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J/53  作者: 池金啓太
二十七話「所謂動く痕跡」

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交渉と役割

静希はエドたちと別れ地下深くから抜け出すと捜査本部のあるマンションの一室へと向かっていた


その途中、静希の携帯に連絡が入る、相手は鏡花からだった


『静希?今大丈夫?』


「あぁ、今ちょうどいろいろ終わったところだ、なんかあったか?」


『えっと陽太からの報告、目標を見失ったらしいわ、車を止めた時には囮と入れ替わってたんだって』


犯人の一人を連れて逃走したテオドールの部下はどうやら逃げおおせたらしい、鏡花と町の索敵をしていた明利の言葉では何台かの車が連動して動いていたという、恐らくはテオドールの部下の人間が共同で誘拐に当たっていたのだろう


陽太の追跡を振り切るために複数の車を使ってその眼を逸らさせたのだ、似たような車であれば陽太が惑わされるのも無理はないかもしれない


「陽太の方に負傷は?」


『能力を一発食らったって言ってたけど無傷だそうよ、すっごく悔しがってた』


笑いながらそう言う鏡花にそれは何よりだと返しながら静希は少し安心していた、万が一陽太が負傷していたら鏡花にどう顔合わせしたものかと思っていたのだ


恐らくは陽太には効かない程度の能力でその視界を一瞬途切れさせたのだろう、その隙に囮と入れ替わった、どうやったのかはわからないが能力を使えば不可能ではない、例えば車ごと、あるいは車に乗っている人物だけ転移させて他の車と位置をそのまま入れ替えれば簡単に入れ替われる


陽太はまさに煙に巻かれたというわけだ


『で?あんたはこれからどうするの?』


「ちょっと用事ができてな、今から本部の方に行ってくる、お前ももうただの学生アピールは終わっていいぞ?」


『あらそう?ちょっと気に入り始めてたのに』


鏡花は笑いながら気を付けなさいよと付け足して通話を切った、ただの学生の振りをする鏡花はきっともう見られないだろう、なかなかに貴重な姿だっただけに少々惜しい気がしたが、それはまぁよしとしよう


そんなことを考えていると今度はテオドールから連絡が入る、静希はスイッチを切り替えてテオドール用の口調に即座に変化させた


「もしもし?首尾はどうだ?」


『あぁ、例のご夫人とご令嬢合わせて二名しっかりと『保護』したぞ、一応家の中だけじゃなく近所にも盗聴器やらの類があることを想定した動きにしたが、余計な気づかいだったか?』


「いいや、お前にしては気が回るな、助かったよ」


リチャードがどんな手段でジャン・マッカローネの家族の挙動を知っていたのか不明なために、家だけではなく近所にも盗聴器や監視カメラの類があることが最も危惧するべきことだった


野外に仕掛けられているという可能性はあまり考慮していなかったために、そこはテオドールに感謝するべきだろう


「ちなみにどうやって保護した?」


『なに大したことじゃない、ちょっとお荷物を届けにって名目だ、女二人攫うのなんて・・・いや保護するのなんて大した苦労もない』


テオドールは自慢げにそう言うが、攫われた本人からすれば恐ろしいの一言に尽きるだろう、どうして自分たちがこのような状態になっているのか全く分からないのだから


『ところでこの二人はどうすればいい?何かしら指示があればありがたいが?』


「・・・二人は丁重に扱う、大きめの部屋を一つ用意してそこから絶対に出さないようにしろ、ただしその部屋の中であれば自由を認めるようにな」


『随分とお優しいじゃないか、了解した、最高級のもてなしをさせてもらおう』


そう言ってテオドールは何やら準備を始めるのだが、静希はまだ言うべきことがあった


これは絶対にやっておかなければならないことだ、それは静希の義務だ


「あと、部屋に案内したら明日俺をそこに連れて行け、軽くお話をするからな、彼女たちにも明日事情を説明すると言い聞かせておけ」


お話と静希が言うとテオドールは一体何を想像したのか急に笑い出す


『そうかそうか、ならお前とその二人だけにしておくよう取り計らおう、多少音が出ても問題ないような部屋を見繕っておこうか?』


「・・・そうだな、そうしておいてくれ」


また連絡すると告げた後で静希は通話を切る


きっとテオドールは静希がその二人を手籠めにするとか想像しているのだろうが、静希はそんなことをするつもりは毛頭なかった


静希がするのは状況の説明だ、いくら何でもほとんど無関係の人間を駒として扱うのだ、最低限の礼儀と筋は通さなくてはならない


保護された二人が状況を知るために、そして事情を知るために


それをするのは静希の役目だ、その手を取った静希の義務だ


写真でしか見ていないが、写真に写っていた娘の方は小学生くらいだった、一緒に写っていたジャン・マッカローネの姿が若々しかったことを考えると今は中学か高校生くらいの歳だろう


学生であるのなら申し訳ないが、しばらく休学か、あるいは通信教育に切り替えるほかない、そうでなければ命が危ういのだ


テオドールの部下に保護という名目で拘束されているという事も、そして可能なら今の現状をできる限り知らせてやるべきなのだ、それて彼女たちには知るべき権利がある


少々気負いすぎかもしれないなと思いながら静希はため息をつく


我々が悪者になって


カレンの言葉が静希の脳裏に過るが、そんないいものではない、静希は自分の目的のために他人を利用しているだけなのだから


「やっぱ小悪党だよなぁ・・・」


そんなことを呟きながら静希は捜査本部のあるマンションへと歩いて行った







静希が捜査本部のあるマンションにたどりつき、部屋まで向かうと部屋の中は何やら慌ただしく、通信と指示が飛び交っていた


そんな中デビットが静希の存在に気付き立ち上がってやってくる


「ミスターイガラシ、犯人の一人を取り逃がしたそうだな」


「えぇ、まさかあそこまで組織的な動きをしているとは思いませんでした、ですが顔は押さえているんでしょう?」


「あぁ・・・調べたところこの辺りに住んでいるごろつきのようだが・・・」


顔から個人を判別するという事は彼らにとっては容易なようだったが、今気にするべくはそこではないようだった


控えていたはずの静希が犯人の一人とそれを攫った人間を取り逃がしたという事実が一番のネックとなっている


取り逃がしたと言っても静希は実際に追っていない、陽太にすべて任せていたために出し抜かれてしまっていても仕方のないことだ


だが作戦行動をとっていた人間には自分が追うと言ってしまった以上、取り逃がした責任は自分にあるだろう


「取り逃がした犯人はどうするつもりだ?もうすでに国外に逃げられているかもしれないぞ」


「それはありません、俺の方で調べを進めましたが、どうやらあれは別件に巻き込まれているようですね・・・いくつか知り合いに掛け合って数日中には確保できるように取り計らいますよ」


一体どのような別件に巻き込まれたのか、それを聞こうとデビットが口を開きかけたが、静希の眼光がこれ以上は何も聞くなと強く言っているのを見て感じ、声を飲み込んで再び机の方へと歩いていく


「それで、君はなぜここに?我々がマークしていた人物が行方をくらましたから今大忙しなのだが」


用件なら手早く済ませてくれという遠回しな言葉に静希は今回ここにやってきた本題を話すことにした


「用件は今言った人物についてだよデビット、ちょっと事情が変わったんだ」


事情が変わった、そしてマークしていたはずのジャン・マッカローネが消えたことに関係しているという事でデビットの視線が鋭くなる


一体何のことを言いたいのか、何が変わったのか、それがわからないのだ


「・・・確認しておきたいのだが、まさか君が敵に寝返るとか、そう言う話か?」


「そりゃ魅力的な提案だけど、残念ながら違う、実は今回俺は俺で独自にいろいろと動いてたんだけど・・・端的に言おう、ジャン・マッカローネを見逃せ」


静希の言葉が理解できなかったのか、いや理解してなお納得できなかったのかデビットは眉間にしわを寄せて静希を睨む


今回ジャン・マッカローネは黒幕そのもの、あるいは黒幕に繋がるかもしれない重要人物だ、見逃すなどという選択肢はあり得はしない


だがそれを静希も知っているはずだ、それでもなおそう判断を下したという事は何か事情があるという事を感じ取った


事情が変わった


静希は先程そう言った、その言葉にどんな意味があるのかを確認する必要があった


「・・・聞かせてくれるか、その行動にいったい何の意味がある」


「・・・順を追って話すか・・・俺はある犯罪者を追ってる、何十人も殺すきっかけを作った奴で、俺はその事件の一端に巻き込まれた・・・そしてジャン・マッカローネはそいつと繋がってる・・・正確には脅されていた可能性がある」


そこまで聞くとデビットはようやく理解した


「なるほど、研究者の誘拐や奇形化事件も、君が追ってるその人物が引き起こした可能性が高い・・・と、そういう事か・・・まさかジャン・マッカローネを釣り餌にするつもりか?」


「話が早くて何より、奴は定期的にジャン・マッカローネのところに連絡してきている、一方的にではあるけどな・・・そこでいろいろと仕掛けをしておびき出すとまではいかずとも場所を特定したい」


デビットは何故そんなことを知っているのか、そう聞きたくなったが今はそれよりも先に静希の目的について興味がわいていた


その人物とは何者か、一体何をしたのか、具体的なことが何も教えられていない現状では静希の言う事をそのまま鵜呑みにするわけにはいかない


「だから正確には見逃せというよりは泳がせという方が正しいかもな、必要なら専門家を呼んだ方がいいかもしれない」


「・・・脅されていたというのは・・・何か証拠はあるのか?」


「・・・なんでもご家族のプライベートな写真と、ちょっとした脅し文句を突き付けられたらしい、ちなみに同じ状態になった知人はすでにお亡くなりだ」


そこまで聞いてデビットはようやく気付く、静希が先程から行方をくらませているジャン・マッカローネに関わっていると


何らかの方法で調べ上げたのかと思っていたが、あまりにも知りすぎている、状況が変わったというのは今回の件に関わったからこそなのではないかと思い始めていた


「・・・今ジャン・マッカローネはどこに?」


「さぁ?そこまでは俺も知らない・・・」


「・・・君は彼が行方をくらませたことに関わっているか?」


「直接ではないものの、多少かかわりがある、だからこういう風にいろいろ知ってるんだよ」


事情を隠そうともせず静希はデビットめがけて言葉を投げかける、もはや状況は変わってしまっているのだ


ジャン・マッカローネがただの屑だったのならあのまま道端に捨て置いてもよかったのだが、もはやその方法は取れない


リチャード・ロゥの足取りを掴むためには彼の協力が不可欠なのだ


「いつの間にそんなことを・・・というのは今さらか、さすがは悪魔の契約者というべきか?」


「こんなことは別に契約者じゃなくてもできる、で?どうするんだ?奴を泳がせるのか否か」


静希の問いかけにデビットは悩んでいるようだった、どんな事情があるにせよジャン・マッカローネは会社の金を横領し犯罪行為に加担していた


ある程度の公的な処置は必要になるだろうが、それをすればまず間違いなく黒幕とのつながりは断たれるだろう


静希の言うように今は泳がせておいた方が完全な事件の解決にはつながるのではないかと思えてならない


だがだからと言ってそのまま『はい』というわけにもいかなかった


「・・・ジャン・マッカローネは協力的なのか?脅されていた・・・あるいは今もそうだとするならまず間違いなく協力は難しいと思うが」


「そこは安心しろ、知り合いに頼んで脅しの材料にされていた奥さんと娘さんを『保護』してある、そう言ったら協力的になってくれたよ」


保護


自分で言っていてなんと耳触りのいい言葉だろうか、実際は人質と何ら変わりない状態だというのに


そしてデビットもその言葉の真の意味を理解したのか苦虫を噛み潰したような表情をしながら悩み始める


自分たちの目的を、事件の解決を目的としている状況からすれば実動部隊を捕まえたところで意味はないのだ、末端を潰しても根元から潰さなくては何も変わらない


今回の目的の一つである研究者の確保は無事に終了した、後は真の黒幕を捕えるだけ


だが静希の言葉が真実であるなら、ジャン・マッカローネを拘束した時点で黒幕とのつながりは断たれてしまう可能性が高い


「君は・・・具体的にどうするべきだと思っているのかな?」


「・・・さすがにこのまま金を企業から引き出すのは問題だからほかの機関に融通してもらって裏にいる人間の所在を明らかにする、定期的に来るその場所を何度か確認すれば相手の本拠地もつかめると思う、後は俺たちの仕事だ」


俺たちの仕事


今回の事件の裏にいる人物のことをデビットは知らない、だが悪魔の契約者である静希が自分たちの仕事だという事は確実に悪魔かそれに近い人外がいるという事でもある


まだ静希はリチャードに悪魔がついているかどうかは知らない、確証はないが、確信があった、あいつの近くには自分のように悪魔がついていると


「・・・我々はどのように動けば?」


「・・・あまり不自然にならないようにマークしてくれればいい、ついでに逆探知とかそう言う機械とか、あとはジャン・マッカローネ自身の身の安全を確保しておけばいいだろうさ」


あまりに消極的な指示にデビットは自分たちはいらないと言われているような気がしてならなかった


そんな事なら自分たちのような精鋭でなくてもできる、だがそれを自分たちにさせようとしているという事はれっきとした意味があるのだと察していた


その意味が分からずに彼は僅かな不快感を覚える、静希が何を考えているのかわからずに、わからないからこそ言いようのない不安が彼に襲い掛かっていた


「・・・まだ確約はできないが・・・せめてその証拠や状況について調べさせてもらってもいいだろうか?」


「あぁ問題ないよ、ただしあいつの家やその近所に監視カメラやらの類がないとも限らない、調べる時には十分注意してくれ」


「・・・君はどうするつもりだ?」


その言葉に静希はさぁねと薄く笑って見せる


自分の行動を教える義務はない、もうすでに協力関係は終わっていると言っても過言ではないのだ、このままデビットが首を縦に振らなければ静希達はデビットたちを完全に無視して自分たちだけで動くだろう


事実それだけの準備が静希にはあるのだ


ジャン・マッカローネの状態を偽装するには手間取るだろうが、すでに静希達だけで動ける状況にある、それでもデビットたちに話を通したのはジャン・マッカローネの今後のためと、日常の偽装を優位に進めるためだ


「くれぐれも言っておくけど、余計なことはするなよ、これでばれたらまた振り出しなんだ」


わかったと告げてデビットは周囲の人間に指示を飛ばし始める


まだ首を縦に振らせるには至らなかったが、少なくとも考えをこちら側に引きずることはできただろう、これで脅しの証拠と実際に死んでいる彼の知人に関して調べがつけばデビットの考えは完全に静希と同じになる可能性が高い


今日自分にできることは終わった、そう確信し静希は小さくため息をつく


「デビット、俺はもう戻る、今日は疲れた」


「・・・わかった、ゆっくり休んでくれ、また連絡する」


静希は本部となっている部屋から出て小さく息をつく


悪い意味で自分は注目されることになるかもしれない、万が一の時は協力してその印象を払拭する必要があるかもしれないが、今はこれでいい


ジャン・マッカローネよりも、自分とリチャード・ロゥへと意識を向けさせる、そうすることで静希の目的にまた一つ近づける


少しずつ、綿でじわじわと絞め殺すかのような、ゆっくりと近づいていく目的、その輪郭が見えてきたのを確信しながら静希は踵を返してマンションから自分たちのホテルへと向かうことにする









「あ、帰ってきたわね」


静希がホテルの男子部屋に戻ろうとすると、丁度部屋から出てきた鏡花と出くわす


報告をしろと催促するつもりだったが、それより先に静希の顔に疲労の色が強いことを感じ取った鏡花は部屋から明利を引っ張り出してきた


「静希、報告は後でいいから今は休んでおきなさい、明利静希を見張っててね、ちゃんと休ませるように」


「う、うん、わかった!」


明利は静希の手を取って男子部屋の中に入ると静希を強引にベッドに寝かせる


明利に良いようにされるほどに疲れていたのか、静希の体はどんどんとベッドに沈んでいく


「・・・疲れた?」


「・・・あぁ・・・疲れた・・・」


体ではなく、精神的に疲労が蓄積していた、考えてばかりだったのがようやく一息つける状況になったからか、今までの疲労が一気に襲い掛かっているかのようだった


明利が静希の頭を持ち上げ、自分の足の上に乗せてその頭を撫で始める

撫でられることなどあまりなかった静希にとっては、こういう光景は珍しい、だからこそされるがままになっていた


「・・・陽太は?今どこにいる?」


「私達の部屋にいる、城島先生に怒られてたよ、車ごときを逃がすとは何事だって」


「はは・・・そりゃ災難だな」


能力者が本気で逃亡を図った時、物理的な速度でしかアドバンテージを握れない陽太ははっきり言って追跡には不向きだ


索敵をし、速度を保ち、何より相手にしっかりと注意を向けていなければいけないのだ


それこそ発信機のようなものでも着けられれば良かったのだろうが、生憎陽太はそのようなスキルは持ち合わせていない、逃げられてしまうのも半ば必然だっただろう


「・・・少し眠る・・・一時間したら起こしてくれ」


「うん、お休み」


明利はあえて静希に余計な言葉をかけることなく静希の睡眠を助長するかのようにその髪と体を軽くなでていく


まどろみの中で静希はトランプの中にいる人外たちに意識を向けていた


『・・・メフィ、邪薙、ようやくお前達をコケにした奴のしっぽを掴めそうだよ』


『あら、そんな風に思ってくれてたの?ちょっとうれしいじゃない』


『・・・コケにされたのは主にあの村の長だったが・・・原因を作ったという意味では、そうかもしれないな・・・』


リチャード・ロゥが原因となって召喚されたメフィと邪薙からしたら、静希が一連の召喚事件を解決しようとしているというのは少々感慨深かった


自分たちのため、とは静希は明言しなかったが、何かしら思うところがあるのだろう、多少人外たちを気遣っているようにも思えた


『でもシズキ、あんまり気負い過ぎちゃだめよ?今日のあれだってもう少し悪役をエドモンドたちに押し付けてもよかったじゃない』


『エドに悪役が務まるかよ・・・カレンだってそうだ、あいつらには基本的に向かないよ、非情な悪役は』


エドは人が良すぎる、そしてカレンは情が深すぎる、あの二人には悪役は向かない、それを静希は理解していた


ジャンに被害者でいてもらうためには自分たちの誰かが悪役になるほかない、他の二人には任せられないからこそ、静希はその役を買って出たのだ


『・・・マスター、私共でよければどのような事でもお手伝いいたします、どうかおひとりで何もかも背負わないでください』


『わかってるよ・・・オルビア的にはどうなんだ?人質まがいのことをしたわけだけど・・・こんな主で幻滅したか?』


静希の言葉にオルビアは一瞬間をあけて微笑んだ


『まさか・・・我が忠誠は変わらずマスターのために・・・今回のことでその想いをさらに強くしたほどです』


静希を知っている人外たちは今回の行動で一番負担になったのは静希自身だという事を理解しているのだ


自分でやっておきながら、自分自身の行いに自分の精神が追い付いていない、いや正確にはその負荷にまだ慣れていないのだ


敵に対してなら何のためらいもなく引き金を引ける静希だが、今回相手にしたのはただの無能力者だった


静希の敵にはなりえない、何の変哲もない、ただ家族を想い続けた男だった、その事実が静希の精神に今までにない負荷を与えているのだ


銃を突き付けても、釘で体に傷をつけても、家族のために口を割らなかったあの男に、静希は一種の尊敬の念を抱いていた


武器もない、能力もない、戦いなどとは無縁の男が、今まであってきた誰よりも気高く見えたのだ


そしてそれはエドも、カレンも、人外たちも感じていたことだった


あの姿を見たから静希は、あの男をあのままにしておくのはよくないと思ったのだ


あの姿を見たからこそ静希はここまで動いたのだ、リチャードの件もあるが、理由はむしろ彼の行動に、彼の強い意志に動かされたと言っていい


能力者に重傷を負わされたこともあった、能力者に撃たれたこともあった、勝ったことも負けたこともあった


だが無能力者に心を動かされたのは実に久しぶりだった


あんな人もいるんだなと、世界の広さを実感しながら静希は思考を鈍らせていく


ゆっくりと寝息を立て始めたのは、その数分あとの事だった


誤字報告を十件分受けたので二回分(旧ルールで四回分)投稿


最近誤字が少ないかなとか思っていたらこれですよ、油断するとだめですね


これからもお楽しみいただければ幸いです

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