囮と目的
『やぁイガラシ、どうした?随分と焦っているようだが』
「確認するぞ、今回俺が関わってる件の犯人の一人を確保したのはお前らだな?」
『あぁそうだ、あそこで見張りしてる奴の中にある店の息子がいてな、ちょっと人質になってもらおうと思ってな』
見張りをしている奴、つまりは犯人の一人だろう、あの場にいたのは現地で雇われたごろつきに近い連中だったという事である
そしてテオドールはそのうちの一人を人質にとって店側に何らかの要求をするつもりだったという事だ、面倒を起こせと言えば聞こえはいいが、やっていることはただの誘拐と脅迫以外の何物でもない、これから似たようなことをする静希も人のことは言えないかもしれないが
静希はひとまず受話器から耳を離して建物の前に降り立ち、近くにいた捜査員に叫ぶ
「あの車は俺たちが追う!お前たちはこの場の確保を頼む!行くぞ陽太!」
「おうよ!」
隊員たちが反応するよりも早くフィアを駆らせ全力で車を追うふりをする、あの車に追いついてしまっては面倒事終了なのだ、ここはうまく車から距離をとるしかない
「おいテオドール、今さらった奴も一応重要参考人だ、用が済んだら警察の方に叩き込んでおけよ?」
『あぁ勿論だ、犯罪行為に加担するような奴はしっかりとおまわりさんに渡しておかなきゃな』
どの口がそんなことをほざきやがると悪態をつきながら静希は逃げ続けている車の方に目をやる
犯人の一人を連れ去ったテオドールの部下は街を縫うように移動し続けている、このままいけば逃げられるだろう
犯人の確保と研究者の保護が主な目的とはいえ、裏で協調しているテオドールの仕事を邪魔するのも忍びない、とはいえここで追い、なおかつ捕えないというのも少々不自然だ
「テオドール、今犯人の一人を捕まえてった奴、こっちで確保してもいいのか?」
『ちょっとくらい手心を加えてくれるとこっちとしても助かる、一応は仕事だからな』
確かにテオドールからしたらこれからあの犯人を使って仕事が待っているのだ、今後のことを考えればスムーズに事を運びたいだろう
「ならあいつを追うのはうちの班の人間と現地のチームだけにする、それなら文句ないだろう?」
『あぁ十分すぎる、お前が追うって時点で確実に詰んでたからな』
テオドールがそう言いながら笑うのを確認すると静希は通話を切り近くにいる陽太に叫ぶ
「陽太!聞いてたな!?」
「おぉよ!お前は適当に時間潰してな!」
逃げていく車から一瞬も視線を逸らさなかった陽太は炎をたぎらせて建物から建物へと飛び移り逃げる車を追っていく
それを見送ると静希は方向転換しまた電話を掛ける
『もしもし?どうかしたの?』
「運よく自由行動できそうだ、今どういう状況か簡単に教えてくれ」
静希が連絡したのは鏡花だった、ホテルで待機しているのは変わらないようだがその後ろからは明利が何やら指示を飛ばしているのが聞こえる、どうやら既に状況は動いているようだった
『今ちょうどあの二人が動いたところ、目標が移動を開始してるからそこに合わせてエドモンドさんたちが動けるように明利が指示してるわ』
既に状況は動いている、一体どのような忠告をしたのか、情報を漏えいさせたのか、どちらにしろある一定以上静希が近づくわけにはいかなかった
恐らく、いやまず間違いなくジャン・マッカローネは監視されている、そこに自分が向かっていけば関わっていますと公言するようなものだ
ここはエドモンドたちに任せ、移動の途中か、その先に回り込むしかない
「鏡花、問題がない様ならエドたちの最終目的地に誘導してくれるか?そっちに先回りする」
『いいけど・・・あぁそう言う事ね、了解よ・・・えっとナビゲートスタートします』
本来は明利の役割だが、本職の明利がエドモンドたちにかかりきりとなれば自分が代理でこの役をするしかないだろうと、少しだけ楽しそうにしながら静希を誘導していく
エドモンドの最終目的地に向かうのもそうだが、途中で監視に引っかからないように高速で移動しつづけなければならない、何より周りに気を遣って移動するのもなかなか面倒だ
辺りが暗くなっているとはいえ、見つからないようにというのも難易度が高い
邪薙の協力で何もない空中でも障壁を足場代わりにすることで移動できているが、全く目に映らないというわけではないのだ
『そう言えば静希、陽太は?一緒じゃないの?』
「ちょっと面倒が起きてな、囮としてそっちに行ってもらってる、良い目くらましになるよ・・・安心しろ、危なくはないから」
陽太の身を案じていたのか、少し不安そうな声を出していたが静希が大丈夫という事を告げると少しだけ安心した様だった
陽太が追っているのは犯人の一人というだけ、しかもテオドールの部下だ、万が一があったとしても陽太が負けるようなことはないだろう
『それはそうと、尾行とかが無いように注意しなさいよ?それがあるだけで大問題なんだからね?』
「了解、鏡花姐さん直々のエスコートだ、面倒を起こすわけにはいかないな」
鏡花からナビを受けることがほとんどないために少し緊張しているが、下手な行動をするわけにはいかないと静希は気を引き締める
既に状況は動いているのだ、自分がへまをするわけにはいかなかった
静希が移動を開始する少し前、エドモンドたちは既に行動を開始していた
タイミング的には静希が鏡花に連絡し、作戦が始まったことを告げたのとほぼ同時だったと言えるだろう
彼が最初に打った一手は事前に計画していた通り、アイナとレイシャによる目標へのアプローチである
のんきに食事をしているような暇がないという事を自覚させるための行動だったが、どうやらその行動は功を奏した様だった
会社から出てきたところをアイナとレイシャはさりげなく目標と接触し、先程貴方を探している数人の大人と出会ったことと、何やら急いで探しているらしく見つけたら教えてほしいと言われたことなどを伝えた
そして黒服の怪しそうな人だったとも
仕事関係の人ならば携帯や会社に連絡をするが、それをしないという事は訳アリの人間だという事がわかる
そして目標ことジャン・マッカローネもそれに勘付いたのか、急に焦るようなそぶりを見せて電話で今日の接待のキャンセルの連絡を入れていた
第一段階は終了、問題はここからだった
監視の目から逃れられるように細かい路地を通るようにエドモンドの能力を使って黒服の人物を投影し、目標を誘導するのだが、これがまた骨のいる作業だった
なにせ相手は素人、エドたちの思うように動いてくれるはずもなく、何度も何度も動きを修正しながら目的の場所へと追い込むと、エドは第二段階へと移行した
静希達の目標であるジャン・マッカローネからすれば厄日であるかのような日だった、何やら自分の方に怪しげな人間が来ているという事は自分にも理解でき、視界の隅に黒服のいかにも怪しい人間がいる、しかもついてきているような節さえあるのだ
路地を通りながら何とかやり過ごそうとするのだがどうにもうまくいかない
そんな中、路地を抜けた通りに一台のタクシーが停まっているのに気付いた、これ幸いと後部座席に乗り込み、彼は一息つくことにした
「すまない、今から言う場所に行ってくれ、早く!」
「・・・わかりました、シートベルトを締めてくださいね」
運転手は何も聞くこともなく、ジャン・マッカローネの言う住所へ向かうべく車を動かした
これでもう安心だとジャン・マッカローネが安心し、携帯で接待先の人間にキャンセルすることになってしまった理由と謝罪をするべく電話をかけ始めた
外の景色など気にする余裕もなく、電話に集中しているといつの間にかタクシーは停まっていた、まだ自分が指定した場所には程遠いため、信号にでも捕まっているのかと思ったら、そうではないことに気付ける
辺りはいつの間にか真っ暗だ、いつの間にかどこかの建物に入ったのだろうか、外の景色を見ようとしてもコンクリートの壁と床と天井しか見えなかった
「おい、ここはどこだ?駐車場か何かか?」
「・・・」
運転手が何か答える前に、彼は自分の体の異常に気付くことができた
体を固定しているシートベルトが外せない、そして何か甘い匂いが漂ってきたのである
暗闇の中何とか運転手に伺いを立てようと肩を掴むが、その瞬間自分が窮地の中にいることに気付ける
運転手はガスマスクのようなものを被り、こちらを見ていた、そして先ほどから漂っている匂いが自分の体に影響を及ぼしていることに気付くと同時にジャン・マッカローネの意識は徐々に薄れていく
ドアか窓を開けようと取っ手を掴むのだがまったく反応がない、完全に密室状態になっていることを悟りながらもなんとか新鮮な空気を求めるが、襲い掛かる眠気に勝つことはできずに徐々に体から力が抜けていく
完全に意識をなくすまで数十秒かかったが、暴れることも逃げることもできずにそのまま座席に体を預けるように寝息を立て始めた
「・・・第二段階完了、第三段階へ移行する、準備はいいね?」
『問題ありません、すでにVIPも到着しています、お急ぎください』
「おっと、それは待たせてはいけないね、すぐにそちらに向かうよ」
運転手、エドモンド・パークスはガスマスクの内側で笑みを浮かべながら車を再び動かし始める
建物の奥の奥、立体駐車場のような構造の建物を地下へ地下へと進んでいくとその部屋はあった
エドはジャン・マッカローネを何とか運びだし、その部屋へと運ぶと、その中にはアイナとレイシャ、そしてカレン、さらには鏡花の案内によってここにたどり着いた静希の姿もあった
「やぁ、遅くなったかな?」
「いや、気にしないでくれ、後はこいつから話を聞くだけだな」
車の中で嗅がせた睡眠ガスが随分効いているのか、寝息を立てた状態でぐったりしている目標を見ながら静希は苦笑する
これからどんな目に合うかもわかっていないため安らかな寝顔である、自分がどんな人間と関わってしまったのか、それを存分に知ることになるだろう
「後は縛って目隠しして、一応みんなこれを付けてね、声で判別されると困るから」
そう言ってエドはあらかじめ準備しておいた変声機を全員に渡す、用意周到なことだと思いながら静希は自分の携帯を確認する、地下という事もあって電波は弱い、通話できるかは微妙な状態だった
「エド、ここって通話できるのか?」
「これに繋げばできるよ、外のアンテナと直結してある」
エドが差し出す器具を確認した後で静希は了解と告げ、全ての準備が整ったことを確認する
これから長い尋問が始まるのだ




