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J/53  作者: 池金啓太
二十七話「所謂動く痕跡」

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立場と役割

電車で移動し空港に到着してから手続きを済ませ、飛行機の中に乗るのもなかなか慣れてきた


三回目という事もあって全員それなりに緊張することもなく乗ることができたのだが、この後また十数時間も時間がかかると思うと億劫でならなかった


「私達だけで飛行機っていうのは初めてかしら?今まで結構人居たし」


「・・・あー・・・そうだな、俺らの班だけっていうのは初めてか」


今までの移動では誰かしら同伴の人間がいたが、今回は正真正銘自分たちだけである


一度目、去年の五月の海外交流ではクラスメートたちがたくさんいた、二度目である去年度最後の実習では大野たちがいた、だが今回は自分たちだけである


現地を刺激しないようにするためとはいえ、海外に行くのに自分たちだけというのは些か不安が残る


日本からの追加人員はいないが、現地にはすでにエドたちが向かっていると思っていいだろう、そう言う意味では不安はいくらかは緩和される


「人数が少ないとそれだけ暇になるわね・・・今のうちに寝ておこうかしら」


「いいんじゃないか?どうせ向こうに行ってからが本番だし」


今日は通常授業があった後にこうして移動しているために、正直少し疲れが残っているのだ、今のうちに体を休めておくのも必要なことかもしれない


静希のいうように向こうに行ったら現地のチームと合流し、同時に対策会議になる、時差を修正とまではいかなくとも、ある程度活動できるだけのコンディションにしておいた方がいいのだ


「えー・・・せっかくの飛行機なんだからよ、飽きるまではなんかしてようぜ、どうせ時間なんていくらでも余るんだからさ」


「まぁそれもそうかもだけどさ・・・じゃあ何するのよ?ていうか座ってなさい、そろそろ離陸するみたいだし」


鏡花にたしなめられると陽太は素直に席に座りシートベルトを装着するが、実際じっとしているつもりはないようだった


慣れてきたとはいえ飛行機での移動は心躍るものがあるらしい、もちろんそれは静希も同じだ、何度も海外に行ったとはいえ飛行機に乗った経験など数えられる程度でしかないのだ


「ちなみにどれくらいかかるんだ?向こうまで」


「大体十三時間よ、イギリスとかに比べればちょっと短いけど、これだけ乗ってるとほとんど誤差ね」


移動時間で半日を過ごすというのにもかかわらず向こうについてもまだ日が高いこともあるのだ、あまりに時間の変化がありすぎる


仮眠をとるのも必要だが、しっかり疲れている状態で眠るというのもまた回復に必要なことだ、時間調整をせかすのであればある程度疲れと眠気を残した状態で現地入りしたほうが後々楽になるのも確かである


「現地に着いたら向こうの人が本部と引き合わせてくれるらしい、いろいろ話した後ホテルに移動して今日は終了って流れだな」


「・・・今日は話し合い、明日本格的な事前ブリーフィング、それで状況が好転し次第作戦開始・・・随分曖昧なスケジュールよね」


「仕方ないだろ、相手がこっちの都合で動いてくれるとは限らないんだから」


かなり大雑把なスケジュールではあるが、静希のいうように相手がこちらの思うように動いてくれるとは限らないのだ、それなら最初から大まかなスケジュールしか伝えずに現地で状況をそれぞれ判断して動いた方が楽なのも理解できる


今まで関わったお役所的な、あるいは事務的な内容よりも今回はより現場に近い仕事という事だろう、お偉いさんが出てくるためにスケジュールを調整するのではなく、現場だけで判断して行動する


不確定要素が多いからこそこの体制をとっているというのももちろんあるだろうが、余計な横槍を入れられることがないようにしているというのもあるのだろう


下手に上の人間を関わらせると机上の空論のみを述べて逆に混乱を引き起こしたりしてしまうものだ


最初から余計なことはせずに現場のみで動く、こういう人間の集う場所は地味に厄介である


今回は味方ではあるのだが、静希達はその味方を欺いて行動しなくてはならないのだ、ある程度指揮系統や上下関係が決定されているのであればトップを黙らせればいいだけであるが、現場で鍛え上げられてきた人間が大勢いるとなるといろいろ面倒である


たとえその場所の責任者を黙らせたとしても、その場にいる経験豊富な人間を黙らせることはできない、自分の仕事に自信を持っているからこそ勝手に動く人間は必ず出てくるのだ


日本でのブリーフィングで静希や鏡花が大人しいふりをしたのはそう言う意味も込められているのだ、下手に反発すればこちらへの圧力も強くなる

それなら下手に反抗せず、そのまま流れに沿って自分の都合のいいように動けばいいだけの話である


そうこうしている間に飛行機の離陸時間となりゆっくりと機体が動いていく


「また日本とお別れか、土産何にしようか」


「パスタとか有名な印象ね・・・まぁその暇があればいいけど」


「まぁ今回ばっかりはどうなるかわからないからな・・・すぐ終わるか長引くか・・・」


「自由時間があるかもわからないしね・・・エドモンドさんとも連絡とらなきゃいけないし・・・」


それぞれ今回の実習に対する言葉を述べる中、飛行機はゆっくりと加速して地面から離れていく


現地に着くまで約十三時間、静希達の搭乗時間は長い







静希達が飛行機に搭乗してから六時間ほどが経過した頃、静希は仮眠の間を見繕って城島と話していた、内容は勿論今回の実習についてだった


今回も静希から持ち込んだ内容だったために、これから静希がどう動くべきかを確認しておくのが主な目的だった


幸いにして搭乗している客のほとんどが眠っており、内緒話をするには最適な状況だった


「で・・・お前は今回は特に何もするつもりはないという事か?」


「向こうから仕掛けてこない限りは、そもそも今回俺は表向きは『いるかもしれない』ってだけの理由で来てるんですから、動かない方がいいでしょう?」


静希のいう通り、今回自分たちは表向きは現地の目標である建物、あるいは犯行グループの中に悪魔か、それと契約している人間がいるかもしれないという不確定要素を払拭するために足を運んでいるのだ


契約者である自分は動かない方がむしろ事態としては良い方向に動いている証拠である


「まず間違いなくお前は人質と犯人の方に回されるが、それに関してはどうするつもりだ?」


「実際に人外の類がいないとも限りません、一応俺はそっちに回ります、企業の方は鏡花たちとエドに任せます、俺が無理に出張るとそれはそれで向こうを刺激しかねないので」


今回は完全な隠密行動が求められるだけに、存在するだけで警戒されかねない静希は行動を自粛するべきなのだ


現場の人間を振り切ることができないわけではないが、それをやるにはかなり派手な動きをしなければならないだろう、そんな行動をとるくらいなら大人しくしていた方がましなのである


「現場に契約者がいた場合は・・・まぁお前の判断で連中を動かすといいが、いない場合はどうする?」


「いない場合は単純な能力だけで攻略します、その程度であれば問題ないでしょう」


メフィのおかげで静希の持つ攻撃手段のほとんどが加速措置を施されているために、今まで以上の威力が期待できる


とはいえやはりそこは物理的な攻撃であるためにそれが防がれるとも限らないが、人数で押し切れば問題はないだろう


「ところで、先生は今回どうするつもりですか?」


「私はただの引率だ、動くつもりはない」


やはりというか当然というか、そこまで危険があるわけでもない状況なら自分が動く必要はないというのが城島の基本スタンスのようだった


引率教師としては間違っていないし、静希もそこまでのことはさせられないため無理に手伝えとは言えなかった


「もしよかったらエドたちの方を手伝ってもらえればと思ったんですけど・・・さすがにだめですか」


「当たり前だ、知り合いとはいえ犯罪行為に加担するような真似はできん・・・それに私がいない方が楽に事が運ぶだろう」


あらかじめ用意しておいた以外の戦力が加わると現場が混乱することはある、特に身を隠しながら行動するような状況においては


今回の場合はまさにそれだ、余計な手札を増やして相手に警戒を促すようなことは絶対にしてはならない


その相手が今回の目標であるジャン・マッカローネだけならまだよかったのだが、今回の味方である現地の捜査チームまで警戒させると無駄に実習期間が長引きかねないのだ


行動は最小限に、そして成果は最大限に、それが今回の静希達の目標だった

その難易度がかなり高いという事も承知しているが、それ以外に方法がないのだ、やるしかないのである


「エドモンドとの共闘という事だが、連中とは連絡を取っているのか?」


「えぇ、今回の内容もある程度伝えてあります、後は今日のブリーフィング次第ですね・・・現地のチームがこっちを置いてけぼりにする可能性も考えてかなり早めの行動を心がけてもらってます」


置いてけぼりというのはつまり、こちらに主要の情報を一切流さずに急遽状況を開始するという事である


ブリーフィングとは名ばかりの顔合わせをされただけでは静希達も後ろからついていくくらいしかできない、それを考慮してエドにはすでに現地入りしてもらい、周囲の確認を済ませてもらっている


向こうからすれば自分たちは余剰戦力といってもいい、ある種の保険のようなものだ、いなくてはならないような重要なポジションを務める訳では無い人間に場をかき乱されても問題だ、状況を常に変えて振り回していいように扱おうという人間だっているだろう


ただの学生であればそれで十分に振り回せるだろうが、良くも悪くも静希達は普通の学生という領分をすでに超えかけている、内容を教えられなくとも、仮に偽の内容を伝えられても対応できるだけの準備は整えておくつもりだった


場合によっては自分たちから状況を動かすことも必要だろう


相手は懐に取り込んだのがわかりやすく扱いやすいただの子供ではなく、非常に厄介な人種の集まりであるという事を知らない


今のところ両者がそれぞれアドバンテージを持っている状況だ、ここから先どう動くかはそれこそ静希達のこれからにかかっている


「必要であれば芝居くらいは打ってやるが、どうする?」


「相手の出方次第ですね、状況によってパターンをいくつか練っておいた方がいいと思います、俺らは基本弱弱しい学生を演じてますんで」


自分たちが動きやすくするためには、多少の演技と情報の改竄も必要なことだ、城島もこの程度の協力なら問題ないのだろう、その後の静希の指示にも問題なく従ってくれるようだった








イタリアに向かう飛行機が空港に着陸する中、静希達はこれからのことについて最後の詰めを話し合っていた


内容は主にこれから行われる顔見せとブリーフィングの対応について、実際にこれから向こうがどうやって動くのかわからない以上こちらもある程度対応をつめておく必要があるのだ


特に今回は今までの実習とは少々毛色が違うために綿密に話し合っておく必要があった、幸いにして時間は有り余っていたために仮眠を終えた後十分話し合うことができた


飛行機から降りて手続きを終えロビーへ向かうが、まだここでは海外という印象は薄い


日本と比べるとやはり空気が若干異なる気がするが、まだイタリアに来たという実感はそこまで強くなかった


「ようやくついたか・・・さて・・・お迎えが来るはずだけど・・・」


エントランスで辺りを見渡してみてもそれらしい姿は見つけられない、目立つような恰好をしているはずがないのは理解できるが、こういう時はわかりやすくこちらに視線を向けるくらいはしてほしいものである


「どうするの?ここで迎えが来るまで待ちぼうけ?」


「だったら今のうちに土産買っていいか?どうせ待つだけだし」


「いや、さすがにそんなことは・・・」


ないだろうと言いかけた瞬間、静希と城島はほんのわずかな違和感に気付く


鏡花たちは気づいていないようだったが、独特の粘り気のある視線が自分たちに向けられているのに気づけた


日本人だから珍しいという理由で視線を向けられて入るが、その視線とは別種だ、一種の圧力も一緒に加えられている、悪意というには少々足りないが、こちらをあまり良く思っていないのがよくわかる感覚だった


実戦を潜り抜けているからか、それとも人の目に敏感だからか、静希と城島がいち早く気付いたそれに、陽太、鏡花、続いて明利も気づき始める


「どうやらお迎えはもう来ているみたいだな」


「見られてるってのはわかるけど・・・どこから?」


「・・・いた、あれがそうだろう」


静希と鏡花が辺りを見渡している中、城島が視線の先にそれを捉えた


エントランスの向こう、タクシー乗り場の一角に停まっている少し大きめの黒い車、その中から窓を半分だけ開けてこちらを見ている男がいるのに全員が気づけた


その視線に気づくと男は窓をすべて開け、こちらに顔をすべて見せる


「先生よく気付けましたね」


「これだけ人がいる中でもあぁいうのを見つけるにはコツがいる、まぁお前達ならすぐにわかるだろう、とりあえず移動するぞ」


「もうちょっとわかりやすくしてほしいものですけどね・・・それじゃ行きましょうか」


全員が荷物を持って車の下へと移動すると、男は車から降りてこちらを待っていた


「喜吉学園の人間だな?」


「相違ありません、これからお世話に」


「話は後だ、とりあえず乗れ」


城島の最初の挨拶も遮って男は後部座席の鍵を開け乗車を促す


随分と急いでいるのか、それとも無駄な話はしたくないのか、やけに性急な対応だ


静希と鏡花は表面上は不安そうな顔をしながら、同時に思考を加速させていた


この対応と先程の視線からして、やはり現地の人間に自分たちはあまり良く思われていないのだろう、仕方がないかもしれないが、少々やりにくいのは否めない


とりあえず全員が荷物と一緒に車に乗り込むと、助手席にいたもう一人の男性がこちらに顔を向けて挨拶をしてくる


「これからチームの本部になっている建物に向かう、会話が問題ないのはすでに聞いているからなるべく口頭での伝達になるが、そのあたりは平気か?」


「は、はい、大丈夫です」


ただの学生の振りも疲れるなぁと鏡花は内心ため息をつくが、とりあえずは現場に着くまで、そして情報を引き出すまでが一番注意が必要である


それによって動きやすさががらりと変わるだろう、今のところは不審がられていないようだが、いつばれても不思議はない


一年前の無垢だった頃の自分を思い出してもなお微妙に顔が引きつりそうだ、普通の学生の振りはなかなかに難しいのである


静希達が車で連れられた先は一見すればただのアパートのようだった、細かい場所などは全く分からないが、それなりに高い建築物が周囲にあることを考えるとまだ都心に近い場所であることがうかがえる


アパートとマンションの中間のような建物に到着すると、車は地下駐車場へと入っていく


周りから見られないために地下の駐車場がある場所を本部に選んだのだろうかと思いながらも、静希達は下車し、運転席と助手席に座っていた男の後についていくことにした


「・・・なんか普通の建物みたいだったけど・・・秘密の部屋とかあんのかな?」


「そこまで面倒なことはしないだろ、たぶん適当な部屋を借りてそこでいろいろやってるんじゃないか?」


もし静希がこの辺りにある犯罪組織を潰す作戦を考えるのであれば、同じように近くの建物を一つ借りてそこを拠点にする、その方が怪しまれないし、何より情報も集めやすい


「あの・・・捜査員は現段階でどれくらいいるんですか?」


「ついたら教える、今はついて来い」


取り付く島もないとはこのことだろう、余計な情報は話さないという事は徹底しているようだった、そのあたりはさすがプロといったところか


とはいえここまで静希達に警戒されていては少しだけやりにくい、ただここにいる二人がそう言う気性なのかもしれないが、本部に行ったらもう少し人間観察をした方がいいかもしれない


二人に案内されてやってきたのは三階の真ん中あたりにある部屋だった、ノックした後に鍵を開けて中に入ると、部屋の中からわずかに油の匂いが漂ってくるのに気づけた


そして銃を普段から扱う静希と、かつて扱っていた城島、そして訓練を受けた明利はその油の匂いが銃の手入れに使われるもののそれであるという事に気付けた


銃火器を使用できる状態を維持しているという事でもあり、それだけ緊張状態が強いられているという事に気付き、静希、明利、城島の三人の警戒のレベルが少し上がる


そして三人が警戒を強めたことで、油の匂いを嗅いでも状況を把握できていなかった鏡花もわずかながらに気を引き締める


「きたか、中に入れ、狭いところだがな」


「・・・失礼します」


引率である城島が代表して軽く会釈をした後に全員がその中に入るとその部屋の異様さに気付くことができる


部屋自体はただの住居のように見える、細かい構造まではわからないがそれなりに広く、最低限人が住める環境を提供するには困らないような部屋だ

問題はそこにおかれている家具とは思えない物品の数々である


外から覗かれないようにするためと、一般住宅であることをアピールするためか、窓に設置されているカーテンだけは色鮮やかなものだが、それ以外のものはすべて黒か白で統一されている、その中のほとんどが何らかの機械だった


テーブルの上に置かれているのは食器などの類よりも、コードで繋がれた機械の方が多く、人が腰かけているのも椅子よりも何かの道具を入れているであろう木箱の方が多い


おおよそ人が住む空間ではない、静希の家も大概一般家庭のそれとはかけ離れているが、この場所はそれすら軽く凌駕するほどに異様な様相を醸し出している


リビングと思われる部屋の中心には大きめのテーブル、その上には幾つもの文字が書き記されている二枚の地図とコップがいくつか置かれていた


そしてその近くにある、この部屋で数少ない椅子に腰かけているのは先日静希達が会ったこの現場を仕切っている男性だった


静希達の記憶に残っている彼の名はデビットだったはず、本名なのか偽名なのかは知らないが、名を呼ぶにはそれで十分だった


所狭しと機材や道具が置かれる中で、静希と鏡花が会談の席に着くことになった、今回静希達三班が実際に動くためには、主にこの二人を軸にすることになる


静希と陽太は人質救出と犯人逮捕、鏡花と明利は企業の方へのアクションとエドとの協力体制


簡単に言えば二手に分かれることにはなるが、実際どうなるかはわかったものではない


ひとまず静希も鏡花も周囲に視線を向けて自分たちがあまりこういう場には慣れていないという学生らしい反応をしておくことにした


「さて、わざわざ足を運んでくれたことにまず感謝する、君たちの処遇の話からしようと思うが、構わないかな?」


「はい、お願いします」


早速話し合いをするという中で、部屋の中にいる人員のほとんどの視線が静希達に向けられる、当然と言えば当然だ、今回の静希達の役割は保険であり詰めの部分だ、本当に役に立つのかという疑いのまなざしと、学生なんかに頼らなくてはいけないという事実に何かしら思うところがあるのだろう、僅かな苛立ちのようなものも感じられる


「まず、人質の救助、及び犯人の拘束のチームにミスターイガラシ、ミスターヒビキを加えようと思う、チームを指揮するマイクに従って行動してくれ」


知らない名を出され、デビットの視線の先にいる男性が軽く手をあげて会釈する、彼がマイクなのだろう、今後は彼と話をする機会が増えるかもしれないと思いながら静希と陽太は同時に会釈する


「そして女性陣は企業側へのアプローチに加わってもらう・・・といってもほとんど君たちがやることはない、確かミスターイガラシから離れると言葉が通じなくなるのだったね?」


「はい、こうして会話できてるのは静希の能力の応用ですから」


静希の近くにいなければならない、これはあくまで建前上のものだ、より正確に言うのなら静希の所有するオルビアの近くにいなければいけないというだけである


能力の応用だという事で、言語を介しているだけで静希の能力を誤認させることができるのだ、そう言う意味ではオルビアの存在は非常に重宝していると言っていい


「なら、君たちはとにかく変わった行動をとらなければそれ以上は望まない、場合によってはホテルで待機していてくれても構わないよ」


「あ・・・ありがとうございます」


今回捜査チームが必要としているのは早い話静希だけだ、万が一相手に悪魔の契約者がいた場合の対応として静希を必要としただけで、他の班員、つまりは陽太、鏡花、明利は必要ないのだ


必要とされていないという事は、自由に行動できる時間が増えるという事でもある、ただ余計なことはしないようにという釘を刺されている、一度でも怪しい行動をとれば監視を付けられることも十分にあり得る、少しの間は大人しくしていた方が行動はしやすくなるだろう


自分たちは不要であるという事実に、鏡花は少々不快感にも似た感情を抱いているようだったが、それを顔に出すようなことはしなかった、彼女が浮かべているのは危ない目に遭わなくて済んだという安堵に近いそれである


自分のプライドと、現状するべき表情を秤にかけて、彼女は自分の感情を押し殺した


静希は逆に危ない目に遭うという事がわかって不安そうな表情をしていたのだが、自分のこめかみに突如銃口が向けられたことで、ほんの一瞬だが目を細めた


静希のこめかみに押し付けられた銃口に、全員が表情を強張らせた、中でも城島は何時でも能力を発動できるように


「・・・なんの真似ですか・・・?」


静希が視線を向ける先には浅黒い肌をしている筋肉質な男性がいる、その表情は強い不快感と怒りに満ちているようだった


こういう輩は一人くらいはいるとは思っていたが、まさかこの場で堂々と行動に出るとは思っていなかっただけに、少しだけ動揺した


ただの学生の演技をしている今としては、この動揺はむしろ効果的だっただろう


「・・・俺はどうにも納得できないんだよ、お前みたいなやつがここに来ることが」


「・・・ビル、やめろ」


「あんたは黙っててくれ、俺は今こいつと話してる」


上司であるはずの、指揮官であるはずのデビットの制止を聞かないあたり、彼は現場での仕事が長く、同時に自分の力に自信がある人種であることが読み取れる


要するに自分のように強い人間ではなく、弱そうな学生が同じ場所に立つのが気に入らないのだろう、わかりやすい性格をしている、陽太と同じ前衛型だろうか


そんなことを静希が考えている中、デビットはため息を吐いた後で額に手をつく


「・・・ミスターイガラシ、君の頭に銃を突き付けているのは君が行動を共にするチームのビルだ、腕は立つが見ての通り気性が荒いのが欠点でね」


「・・・そうみたいですね・・・挨拶もなしにいきなり銃を向けられたのは初めてです」


もちろん嘘である、実際には何度か唐突に銃を向けられたことがあるだけに、このような状況でもそこまでの精神的動揺は少ない


とはいえ静希は僅かに冷や汗をかいていた


銃を向けられたからではない、たとえ銃を向けられたとしてもこのビルと呼ばれた男性が静希の頭部を銃で撃つようなことはあり得ない


当然だ、静希は犯罪者でも何でもなく、撃たれるだけの理由もないのだ、彼がやっているのはつまりはゆさぶりのようなものである、普通なら銃を向けられれば慌てる、撃たれるのではないかと怯え、体が震えるものだ


そして、静希が冷や汗をかいているのは、銃を向けられているからではなく、トランプの中の人外たちが殺気立っているからだ


銃を向けられた瞬間に邪薙の緊張が一気に増し、メフィとオルビアは僅かに殺気さえ纏っている、彼女たちを落ち着かせるので静希はいっぱいいっぱいだった


「・・・ビルさんといいましたか、では俺にどうしろと?この場を指揮する人間の命令でチームに入るというのに、俺にいったい何を求めているんですか?」


「弱い奴はいらねえ、銃一つでびくびくしてるような奴がいても邪魔なだけだって言ってるんだ」


それこそ静希に言うべきセリフではないように思える、眼前で呆れているデビットにこそ向けるべきセリフだ、銃を向けられて冷や汗を流し、周囲に視線を向け少々落ち着きがない静希の様子を、ビルは怯えていると受け取ったのだろう


あながち間違いではない、怯えているのは銃にではなく、自らが引き連れる人外たちにだが


ビルは一体何がしたいのか静希は図りかねていた、ただ苛立ちを静希に向けたいだけか、それとも一種の脅しをかけて後々操りやすくするのが目的か


周囲の人間に視線を向けても、誰もビルを止める様子はない、どうやら彼は一種の必要悪的なポジションを担っているのだろう、いわばチームを代弁して静希に銃を向けているというわけだ


とはいえこんな状況を長時間続けるわけにはいかない、なにせ人外たちを抑えるのにも限界がある


静希は城島に視線を向ける、対応によっては城島に介入してもらうことも視野に入れていたが、まさか主要人物が全員そろったこの状況で仕掛けられるとは思っていなかった


上司のいないところで因縁を付けられたのなら、城島に助けに入ってもらうつもりでいたが、周りに多くの人がいる中で仮に城島が介入してもお呼びではないとはねのけられるだけだろう、そう言う空気がこの場には満ちている

静希がこの場の機転で何とかするしかないという事だ


鏡花に視線を向けると、彼女はおびえた表情を維持している、同級生であり班員に銃を向けられて混乱しているという演技をしているのだろう、一見すれば本当にただの学生にしか見えない


そして静希の視線に気づくと、静希にしか見えないように本当に一瞬だけ目を細める


場合によっては静希だけでも本性を現すべきだという感情を込めた瞳に、静希は小さくため息をつく


すでに鏡花たちの立ち位置は確保した、犯人のいる現場で動く静希だけなら本性をあらわにしても問題はない、引き続き鏡花はただの学生というのをア

ピールしてくれているために、彼女たちの扱いは変わらないだろう


「ではあなたは、戦力となる人間だけいればいいと、そう言いたいんですね」


「あぁそうだ、そもそもお前らは悪魔のおまけだ、戦力になる奴だけおいてホテルに引きこもってりゃいいんだよ」


静希達は悪魔のおまけ、実際相手に契約者がいた場合、彼らが欲しいのは悪魔の力だけだ、きっと本心からの言葉だろう


自らの契約者が貶されたという事実に、メフィのボルテージも上がっているようではあるが、静希としてもそれを抑えるつもりはもうなかった


静希の空気が変わったことに、静希と長く行動を共にした人間達だけが気付いていた


鏡花は冷や汗を垂らし、陽太は僅かに笑みを浮かべ、明利は不安そうにし、城島は眉間にしわを寄せながら静希に注意を向けていた


震えも、冷や汗も止まり、静希の思考が冷えていく、それが今までの三文芝居の終わりを表していた


「そうかそうか・・・なるほど・・・俺はおまけときたか・・・舐めてるのか・・・?」


静希の目と口調、そして声音と放つ気配が一変したことでその場にいた全員が静希を注視する


鋭い殺気、雪奈のそれに似た、刃物のようなその殺気に、その場にいた全員が僅かに悪寒を覚えていた


誤字報告が十件分、ブックマーク登録件数が3100件突破したので2.5回分(旧ルールで五回分)投稿


生放送のタイムシフトの予約を忘れたのが悔やまれます、本当に


これからもお楽しみいただければ幸いです

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