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J/53  作者: 池金啓太
二十七話「所謂動く痕跡」

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演技と話し合いと食事

鏡花の提案に静希は内心サムズアップし、城島も彼女がやろうとしていることを理解したのか、小さく息をつく


対して静希達の向かいに座っている男性たちはどうしたものかと悩んでいるようだった


「一応確認しておきたいんだが、その理由は?」


「もし契約者が出てくるなら私たちは戦闘はあまり得意ではないので基本役立たずですし、それなら企業の方に回ったほうがいいかと思って・・・うちの戦闘員は静希と陽太だけですし」


鏡花の発言はあながち間違っているものではない、純粋な戦闘能力で言えば陽太が頭一つ飛び抜け、次に鏡花、静希、明利の順に続くが、悪魔などとの戦闘となるとその順序は変わる


静希、陽太、鏡花、明利の順で戦闘能力が高く、元より工作活動などに向いている鏡花と明利ははっきり言ってその場ではあまり役に立つ存在ではない


鏡花がここで確認したいのは捜査チームである彼らがどれだけ自分たちのことを把握しているかという事である


静希だけに注目し、班員である自分たちの情報を知らないのであれば快諾するだろう、もし鏡花たちにも注意を向けているのであればその能力などを調べ、救出活動の方に配属させられるかもしれない


これは一種の賭けだ、相手が自分たちのことをどれだけ把握しているか、それによっては今後の活動も大きく変わる


「・・・ふむ・・・確かに確保しておきたいのはジョーカーだけ・・・私は構わないと思うが?」


「確かに、戦闘があるような場所に何人も子供を連れていくこともないか・・・」


静希達を見比べる中、捜査員たちの視線が明利に集中する、一体何を想っているのかはわからないが、明らかに明利の外見が幼すぎるのを見て内心困っているのだろう


その言葉と態度に静希と鏡花は確信する、捜査チームは悪魔の契約者である静希にしか注目しておらず、同じ班の鏡花たちはおまけ程度にしか思っていないのだ


もしこちらの情報を掴んでいるのであれば、鏡花は『天災』、明利は『神勅の森』という称号を持っている立派な能力者であるという事を知っていて然るべきである


これなら多少行動がしやすくなる、なにも鏡花たちだけが動かなければいけないというわけではない、鏡花たちはあくまでエドたちが行動できるだけの場を整えればいいのだ


「ちなみに、先程言ったヨータというのは、そこの彼の事でいいのかな?」


「えぇ、戦闘能力はそれなりにあります、悪魔の攻撃であれば・・・最悪一撃は耐えられるかと」


悪魔の攻撃でも一撃は耐えられる、それが事実かどうかは彼らも測り兼ねているようだったが、それほどの実力があると豪語するなら連れていく分には構わないと思っているようだった


そして同時に、二人の戦力がいるなら学校側にも足手まといを連れてきたという印象を与えずに済む、向こうとしても問題はないと判断したのか、軽い話し合いの後に鏡花の提案を快諾する


「了解した、ではジョーカーとそこのヨータ君は救助、あるいは犯人確保のどちらかに配属という形で話を進めておこう、非戦闘員の子たちに関しては可能な限り危険が無いように取り計らう」


「ありがとうございます」


頭を下げる中、鏡花は内心ほくそ笑んだ、これで自分たちの負担も少なくなるが、同時に自由に動ける可能性が多くなる


企業の人間を確保しようとしているチームが突然よそから来た協力員を、しかも学生を内輪に入れるはずがない、恐らく鏡花たちはチームに配属という形をとるだけで実際の仕事はほとんどなくなるだろう


そうなれば自分たちはほぼ自由に動ける、無論企業の人間と直接接触するようなことはできないだろうがそれ以外の行動ならほぼ自由に取れる条件は整ったと言っていい


あえて問題をあげるとすれば、静希と離れることでオルビアの簡易翻訳の恩恵を受けられなくなることくらいだろうか


メリットとデメリットを比べれば、今回の交渉は非常に静希達が望む形で進んでいると言っていいだろう、少なくともまったく自由がないという状況にはならないのが確約されたようなものだ


実際自分たちの処遇がどうなるかは現場に行ってみないとわからないが、少なくとも今の時点では静希と陽太以外の班員は犯人のいる方には向かわせられないという流れができている


近くにいる明利が非戦闘員であるという印象を強めてくれたのかもしれない、こういう時に小さく子供のような印象を与える明利の存在はありがたいものだと小さな同級生に感謝しながら鏡花は小さく息をついていた


「他に何か質問などはあるかな?」


「行動するうえで注意する点などあれば、私達もまだ学生ですので、可能なら基本的なところから教えていただければありがたいです」


まるで本当にただの学生のようだなと鏡花は自分で言っておきながら内心呆れていた、こんな腹黒いことを考えながら少しだけ不安そうな笑みを浮かべるのもずいぶん自然にできている


どれもこれも静希と一緒にいたせいだなと自分を納得させながら鏡花は向かいにいる男性たちからいくつかの諸注意を受け、それをメモしていた


隣にいる静希が鏡花にしか見えないように小さく親指を立てていたが、それに反応することもなく鏡花はその後も捜査員たちと話を続け、事前ブリーフィングはこの後三十分ほど続くことになる








「ぶはぁぁああ・・・こんな感じでよかったの?」


「あぁ、ばっちりだ、さすが鏡花姐さん、最高の演技だったぞ」


事前ブリーフィングを終え、警察署から離れた後鏡花は大きく息をついていた、なにせあそこまで性に合わない演技をしたのはあれが初めてだ


普段のように強く出るのではなく、自分がまるでか弱い女の子であるかのように演じなくてはいけなかったのだ、無理もないかもしれない


「今更なんだけどさ、普通の女の子っぽく振る舞うのってあんなに疲れるのね、なんかやってて悲しくなったわ」


「まぁ基本『普通の女の子』ではないわな、鏡花も明利も」


「え!?私も!?」


まさか自分も普通じゃない女の子のカテゴリーに入れられているとは思わなかったのか、明利は驚愕の表情をしている


客観的に見て明利は限りなく普通に見える、だが身長面で普通とはいい難い、それに性格面も加味すると、普通とは少し違うのではないかと思えてしまうのだ


「明利、静希と関わった人間は普通っていうカテゴリーから外れちゃうのよ、諦めなさい」


「えぇー・・・私十年近く前から普通じゃなかったの・・・?」


鏡花の理論で言えば、雪奈に至っては自我が芽生える前にはもう普通のカテゴリーから外れていたことになるが、実際その理論はあながち間違っていないのではないかと思える


それだけ静希の周りにいる人間が普通ではない特殊な人間が多いという事でもあるのだが、それが幸運なのか不運なことなのかは静希としても判断に困るところだった


「なんにせよこれで俺と陽太はともかく明利と鏡花は比較的動きやすくなったな」


「そうね、企業への直接的なアプローチは無理でもエドモンドさんたちを介した間接的なアプローチはできると思うわ、目的達成のための布石は十分でしょ」


秘密裏に動く中で行動が規制されるのは実際に動く人間とそれに関わる人間のみ、鏡花と明利がただの学生だという認識を持ってくれているのであれば現場に行くこともなくホテルで待機しろというような指示が出る可能性もある


戦力を遊ばせるほどの余裕があるかどうかはさておき、完全に動けない状態から脱することはできたため、今回の事前ブリーフィングは十分収穫ありといったところだろうか


「後は現地に飛んで、最終ブリーフィングをして詳細な日程と内容を把握してからね、エドモンドさんに情報を伝えておけば先回りもできるでしょ」


「あぁ、カレンも一緒だから先回りには苦労はしないと思う、角が立たないように上手く押さえてくれればいう事なしだな」


もしジャン・マッカローネを捕えるのであれば、彼の私生活とそのパターンを確認し、当日の行動を予測する必要がある、そう言う時に役立つのがカレンの連れる悪魔オロバスの能力、予知である


限定された条件であればあるほどその未来は読みやすく、ある人物に限った状態であれば確実に未来を読み取れるだろう、そしてどの行動が最善であるか、どの行動が危険であるかもある程度わかるはずだ


前回の静希がやったような頻度の高い連続攻撃などがない限り、悪魔の予知はほぼはずれないとみていいだろう、となればある程度実動部隊との連携が取れれば確保したも同然である


もっとも、今回の連携はあえて協力しない形でのものになるが、静希の目的を考えれば仕方のないことだろう


「でもさ、もし仮に確保できて、情報を受けとれた後はどうするの?」


「そんなもん適当に放置だ、頑張って逃げたけど逃げられなかったっていう風にすれば問題ないだろ、押さえる段階で目隠しすればだれが何をしたとかもわからないだろうからな」


今回の目的は何もジャン・マッカローネを誘拐する事ではなく、彼がもつ情報を手に入れるのが目的だ、情報を引き出した後は彼がどうなろうと知ったことではない


今回ネックなのは情報を引き出す際にきちんと情報が静希達に届くこと、そして荒事をしたとしても自分たちに余計な疑いなどがかからないことだ


それ以外のことは些事でしかない、目的だけを達成しなおかつそれを可能にするためにはどのように行動すればいいのかそれだけを考えればいいのだ


「で、結局移動は何時なんだ?」


「・・・あんたあんだけ間近で話してたのに覚えてないの?今度の水曜日、みんなと一緒に依頼書を受け取ったらそのまま移動よ」


「今回は前回よりは短くなるだろうけど、結構早めの出発だからなぁ・・・」


前回の実習は木曜日出発で一週間の期間があったが、現段階での予定では水曜日出発、イタリアに到着してから現地のチームと合流し打ち合わせをはさみ、一日間を明けてから決行という事らしかった


現場の状況の如何によっては細かく変更点が出てくるかもしれないが、その場合は静希達も細かく行動を変更していけばいいだけの話である


後はどのような手段を使って目標を確保するか、それが一番のネックといえるだろう


そのあたりはエドモンドと話し合うしかないが、現地にある程度の準備も必要になるだろう


思えばイタリアに行くなどと簡単に言ってはいるが、イタリアが一体どんな国なのかほとんど知らないのだ、調べておくのも必要な事だろう


「なんか俺らだけまったく別種の実習内容ばっかりだからなぁ・・・さすがに次は普通の内容がいいよ」


「・・・そうね・・・この感想一年間言い続けた気がするけど」


毎回毎回もう少し、もう少しまともな実習内容をといい続け、結局毎回毎回面倒極まる内容を押し付けられてきたのだ、そろそろ本当に普通の実習内容でなければ報われないと言うものである



「とりあえず今日はこのまま解散とする、各自帰宅し実習の準備を整えておくこと」


一応学校前まで城島が連れ添う形で戻ってきてから、簡単な締めの言葉を貰いそのまま解散することにする


とはいっても話し合うことはまだ残っているために静希の家にそのまま向かうことになり、日が暮れかけているという事もあって夕食の買い物を済ませながら帰宅することにする


「じゃあ今日はうちで食ってくのか?」


「うん、今日は頑張って作るよ」


「そういう事よ、私たちが作ってあげるから楽にしてなさい」


「おー、静希んちで飯食うのって地味に久しぶりな気がすんな」


食材を買い終えた静希達が家に帰ってくるとトランプの中の人外たちが一斉に飛び出してくる、そして同時にその中の一人、メフィが鏡花の顔を見ながらクスクスと笑う


「キョーカ、貴女のあの演技なかなか面白かったわよ?弱弱しいあなたを見るのは実に久しぶりだったわ」


「あぁそう、喜んでもらえたようで何よりよ、って言っても自分でやってて笑いそうになったのも事実だけどさ・・・」


一年ほど前、メフィと鏡花が初めて出会ったときに鏡花は弱弱しく座り込んだことがあったが、あの時よりのそれと似ていたのかメフィは腹を抱えている


自然とそうなるのではなく演技でやっているということ自体が面白かったのか、鏡花の顔を見るたびに思い出し笑いを浮かべていた


「メフィ、なかなかの名演技だったんだから笑ってやるなよ・・・まぁキャラじゃなかったのはわかるけどさ」


「ま、確かに気持ちはわかるけどな、仮にも『天災』と呼ばれる奴があんな態度で話すとか、少なくとも俺らは見たことがないぞ」


鏡花は今まで学生ながらに自信をもって行動し、話すときにおいてもやや強めな言葉と声を使っていたが、今回の話し合いにおいてはまるで病弱なお嬢様ではないかと思えるほどに可憐で弱弱しい声音を使っていた


一年間一緒にいてそんな鏡花は一度たりとも見たことがなかったため、陽太もわずかながら思い出し笑いをしている


「いいじゃないの、本来の私は実はあんな感じなのよ?弱弱しくて可憐な少女なの」


「あっはっは、それはひょっとしてギャグか何かか?二人きりの時だってあんな声出したことないのむぐ」


余計なことを言わせないためか、鏡花は若干顔を赤くしながら陽太の口を強引に抑える、この二人は本当に付き合っているのかとも思ったが、どうやら二人きりの時はそれなりに仲睦まじくしているようだった


その様子を一度見てみたいものだが、さすがに付き合って数か月しか経っていないのだ、部外者が出歯亀するには少々早いだろう


「で?今日は晩飯は何を作ってくれるんだ?」


「どうしましょうか・・・明利、何か作りたいものとかある?」


買ってきた食材ともともと静希の家の冷蔵庫にしまってある食材を確認するが、一応大まかにではあるが食材としてはかなり種類がそろっている


明利が頻繁に夕食を作りに来ているというのもあってか、食材に関しては貧窮するようなことはほぼないと言ってもいい


というより、明利だけではなく雪奈も頻繁に来襲するためにしっかりと食材を用意しておかないと足りなくなってしまうのだ


「せっかく鏡花ちゃんもいるし、今日は洋食チックにしてみようか、静希君もそれでいい?」


「いいぞ、夕食は任せた」


「おっしゃ、それじゃ俺はゲームやってるわ」


手伝う気などさらさらないのか、陽太は早速ゲーム機を引っ張り出しメフィとの対戦をするべく準備を進めていた


せめて家主に何か一言あるのではないかと静希は眉間にしわを寄せたが、メフィが何の問題もなく一緒にコントローラーを握っている姿を見てもうこの家のゲーム機の所有権は自分にはないのではないかと疑い始めていた


「マスター、私は明利様達のお手伝いに向かいます」


「あぁ、頼んだぞ、こっちは情報の整理をしておくよ、今日はいろいろ話したしな」


今日自分がメモしたことをエドに伝える前に、ある程度自分の中で情報を整理しておくことも必要だ、メモしたことをそのまま話すよりも、自分でそれらを理解してから話した方がより分かりやすい説明もできる


話を聞きながらとっていたメモであるためにそこまでまとめられたものではないのだ、聞いていた内容を思い返しながら今日話した内容を大まかに文章にまとめる作業が必要となる


その作業をしながら情報を理解したうえで中身を覚えていくのだ


「おい静希!お前はやんねーの?四人対戦しようぜ!」


「こっちはこっちで仕事があるんだよ、三人対戦で我慢してろ」


いつの間にか邪薙も仲間に引き入れてゲームをやっている陽太を呆れながらたしなめる、こういう時に雪奈がいると一緒になってゲームをやってくれるために相手をしなくていいのだが、今日はまだ来ていない


わざわざ呼びに行くのも癪なため、三人対戦で我慢してもらうことにした


陽太にも情報を読み聞かせようかと思ったが、それを教えたところで覚えられるはずもない、結局のところ現時点で陽太がやることがない以上、ゲームでもしていた方が些か有意義なのだろう


頭脳労働がないというのは本当に楽なものだと、今日の内容のまとめを作りながら静希は小さくため息を吐いた








「んで・・・今日の簡単なまとめを作ったんだけどさ・・・」


鏡花と明利の合作の夕食が出来上がり、静希達三班の人間で食卓を囲うことになったのだが、半ば予想していた通り、陽太は食事に夢中になっていて話を聞こうとはしていなかった、ここまで来るといっそすがすがしさすら感じる程である


今日の夕食はビーフシチューをメインとしたもので、日本らしいのからしくないのか、一緒に白米も用意してあり、ポテトサラダに青野菜の和え物が作られていた


洋風チックと言っていたが、白米があるのは洋食なのだろうかと首をかしげるが、日本の夕食らしいと言えばらしい光景である


ハンバーグと味噌汁が一緒に出てくるようなものだろうと静希は特に深く考えることもなくそれらを食べていた


「静希、その話は後でいいじゃんか、飯時に話すのは行儀悪いらしいぞ」


「・・・なんか陽太に正論言われるとすごい違和感があるな・・・」


確かに食事中に何か話したりするのは行儀が悪いと言われることもあるが、まさか陽太からそんな指摘を受けるとは思っていなかっただけに静希は驚愕を隠せなかった


恐らくはこれも鏡花の入れ知恵、ならぬ指導のたまものなのだろう、徐々にではあるものの陽太に常識的な思考が身についているようだから恐ろしいものである


「陽太の言葉ももっともよ、せっかくがんばって作ったんだからややこしい話は後にして味わってよね?」


「・・・まぁそうだな、この話は後にするか」


先程作っておいた資料はオルビアにいったん預け、静希も夕食に集中することにした


食事を進めているとやはりというかインターフォンが鳴り響く、きっと雪奈だろうなと思いながらオルビアが対応すると、予想に反することなく玄関から駆け足で雪奈がリビングへとやってくる


「なんかいい匂いがする!お、今日は珍しくみんなで晩御飯?私にも頂戴!」


「たくさん作ってありますから、ちょっと待っててくださいね」


明利はまったく嫌な顔せず、むしろ雪奈が来てくれてうれしいのか皿を取り出して雪奈の分を用意し始めた


「この匂いは・・・明ちゃんだけの料理じゃないね・・・ひょっとして鏡花ちゃんも手伝った感じ?」


「何で匂いでわかるんですか・・・まぁあってますけど・・・」


「ん・・・まぁいつもの明ちゃんの料理じゃなかったから、鏡花ちゃんも一緒に作ったのかなってそれだけだよ」


個人の料理を匂いで判別するというより、普段の明利の料理にはない香りがしたために鏡花も一緒に作ったのではないかという雪奈にしては理論的な推理だ


これで本当に嗅覚だけで判断しているのであれば犬並である


「はいどうぞ、熱いですから気を付けてくださいね」


「おぉ美味しそう!いただきまーす」


明利が運んできた料理を口に運ぶ雪奈はここでふとある疑問を抱える


「そういやなんで今日は鏡花ちゃんに陽がいるの?なんかあったの?」


明利が静希の家にいることは何の不思議もないのだが、鏡花と陽太がいるのは地味に珍しいために雪奈は不思議そうにしている


何かしら用事があることは理解しているのだが何の用事があるのかは不明なのだ


「あー・・・まぁ今度の実習の打合せみたいな感じだな」


「へぇ・・・ん?あれ?ちょっと早くない?実習って来週でしょ?もう内容発表されたの・・・?」


去年の実習スケジュールとあらかじめ静希からある程度の予定を聞いていた雪奈は首をかしげるが、ここである一つのことを思い出す


先日まで静希の家に泊まっていたエドモンドたちの事である、一緒にいたアイナ、レイシャ、カレンとも仲良くなっていたために雪奈には彼らのことが脳裏に過った


「ひょっとしてエドモンドさんとかの関係だったりする?」


「随分と話が早いな、まぁそう言う事、ちょっと面倒だけどあんまり危なくない内容で、また海外に飛ぶことになる」


「へぇ・・・最近静海外いくこと多いね」


雪奈はあまり心配していないようだったが、静希はここ一年でかなりの回数海外へと向かっている


去年の五月にイギリスのエディンバラへ、八月にイギリスのロンドン、十月に同じくロンドン、そして今年の三月にフランス、そして今度はイタリアに行こうとしているのだ


この一年で五回も海外へと向かうことになる、さすがに一年で五回は多すぎだろうかと静希自身嫌気がさしているのだ


面倒事が国内で起こってくれるのであればちょっとした遠出だけで済むのだが、国際的な事件がそう何度も日本で起こるはずもなく各地へと足を運ばなくてはいけないのが現状である


「今度はどこに行くの?アメリカとか?」


「いや、今度はイタリア、何が有名かな・・・パスタとかか?」


各国の有名なものといわれて最初に思い浮かべるのはやはり食べ物だろう、一番生活に関わってくるものでもあり土産にしやすいというのもある


パスタかぁと雪奈は想像を膨らませながら明利と鏡花の作ったビーフシチューを口に含む


普段とは違う味付けで新鮮なのか満面の笑みを浮かべながら飲み込んでいく


美味しそうに食べられるのは一種の才能だなと実感しながら静希達も同じように食事を進めていく


海外に行くことが多くなったこともあって雪奈はあまり心配してはいないようだったが、少しだけ寂しそうでもあった


「まぁ気を付けてね、危ないことはしないように・・・あとそれとは別なんだけどさ、今度私たちの実習も手伝ってくれない?申請出しておくから」


「まぁいいけど・・・それって二年が三年の実習についていくってことだろ?申請通るかな・・・?」


二年生の実習は大まかに分けて三つの種類に分かれる、一年生の補助を含めた内容、二年生だけの内容、三年生の補佐を含めた内容である


三年生は申請すれば二年生の補助を受けられるらしいのだが、その分難易度は上がるらしい


難易度の調整もあって実習内容が決定する前にある程度申請しておかなければならないらしいが、実際にそれが通るかは不明である


「ちなみに雪奈さんの実習って今まであんまり聞いたことなかったですけど、どんなことやってたんです?」


静希や鏡花たちが聞いたことがある雪奈の実習風景というと、主に奇形種関係の討伐が主な内容だった、特に奇形種の群れを観測した時の話が記憶に新しいが、他にどんなことをやっているのかといわれると少々首をかしげてしまう


「んー・・・前にもいったかもだけど主に戦闘系が多いよ、中でも奇形種関係が多いかな、私達の班だと捕獲も討伐も結構楽にできるし」


雪奈の班の能力で判明しているのは班長である藤岡を除いた三人



剣術に長けた雪奈と、音を操り索敵もできる熊田と、空間をつなげることのできる井谷、探索にも戦闘にも向いている実動部隊向きの能力だと言えるだろう


これだけでも十分に戦えるだろうが、班長である藤岡の能力は静希達もよく知らない


他の班員曰く戦闘向きでなおかつ防御力の高い部類だというが、実際見てみないことには何とも言えない


「俺たちの補助が一学期、二学期以降はどんなことやってたんだ?」


「えっと・・・静に助けてもらった霊装のやつと・・・あとはそうだなぁ・・・あぁそうだ、白神山地行ってきたよ」


雪奈の言葉に静希達は目を見開いて驚いていた


白神山地、富士の樹海と同じく魔素過密地帯という事で有名な日本有数の危険地帯だ


広大な土地とその山岳地帯、そしてある一定地域から濃くなる魔素の特性から、山岳地帯の一部では独自の生態系を築いていると言われる場所である


富士の樹海は森林部の外側に行くにつれて魔素濃度は低くなる傾向にあるが、白神山地の場合は山岳を超えると急に魔素濃度が上がる、つまり山岳によって魔素が溜め込まれているのではないかというのが現在の研究者の意見である


だがその説はあくまで仮説で、何故魔素がそこまで高濃度で存在しているのかが不明なのだ、富士の樹海もそうだが何故その場所に魔素が大量に存在するのかを調査するためにも現地に足を運ぼうとする研究者がいる程である


「白神山地って東北地方じゃんか、俺らの活動外地域だろ?」


静希達の所属する喜吉学園は関東と中部、そして東北の南部を活動拠点としているために、東北地方北部の白神山地は確かに活動外地域だ、東北から北海道のあたりを活動地域としているのは楽導学園だ、そこのチームに頼まずに雪奈に依頼が回ってきたという事はまず間違いなく危険が付きまとう事だというのがわかる


「まぁそうなんだけどさ、実際は現地のチームと合同で活動してたわけよ、向こうにも奇形種関係で腕の立つチームがいたらしくて、それで一緒に仲良く山登りってわけ」


仲良く山登り、言葉にするととてもほのぼのとした場面を浮かべるかもしれないが、実際は静希が言ったのと同じ、規模的にはそれ以上の広大さを誇る魔素過密地帯での活動


まず間違いなく血が流れたに違いない


だが問題はそんな場所になにをしに行ったのかという事だ


「ちなみになんでそんなところに?また奇形研究がらみですか?」


「確かそうだったと思うよ?ただ目的は動物じゃなくて植物の調査だった気がする、魔素が大量にある地域での植生の調査だったかな・・・?」


実際に動き回っていた雪奈はそのあたりの正確な内容は覚えていないのだろう、だが一番重要なのは彼女が一体どれだけその山岳地帯の中にいたか、そしてどれだけ戦闘していたかという事である


「ちなみにどれくらい戦闘しました?私達は富士に行ったとき結構追い払ったりしたんですけど・・・」


「いやいやそんなにはしなかったよ、熊田の奴が動物が嫌いな音を出して追っ払ってたし・・・まぁ中にはやんちゃな奴が来ることもあったから斬り落としたけど」


斬り落とした、きっと奇形種の首の事だろうと静希と鏡花は冷や汗を流す


雪奈の戦闘能力は折り紙付きだ、山岳地帯で本来のチームメイトがいて、しかも相手が奇形種となればはっきり言って戦いという状況にすらならないだろう


相手がこちらに敵意を向けて威嚇している次の瞬間にはその首を切り落としていたことだろう、その様子がはっきりとイメージできる静希と鏡花はその奇形種に同情せざるを得ない


「ちなみに研究者の人を連れて行ったんですよね?」


「そうだよ、まったく変な人だったよ、変な草見つけて喜んでたりへこんでたり、まぁそこまであっちこっちに動こうとはしなかったからその分守りやすかったけどね」


雪奈の話を聞く限り、どうやら実習の内容的には護衛にカテゴリーされる内容だったようだ


静希達が富士で行ったのとほとんど同じ内容である、あの時は樹海を封鎖している軍も一緒になって行動していたが、雪奈たちはどうしたのだろうか、どこかの軍のチームが一緒になって行動しているのであれば多少安心といえるかもしれない



「ところで軍の人たちは一緒だったんですか?私達は一緒に行動してたんですけど」


「一応いたよ、四人だけだったけど、まぁ山だからたくさんいたって邪魔になるっていうのもあるんじゃない?」


四人、その言葉に静希と鏡花は唖然とする


静希達が富士の樹海に入り込んだとき、十人程の軍人と一緒に行動していた、富士のふもととはいえ樹海の部分はまだ平坦な場所やなだらかな地形も多い、その為大人数での攻略が可能だが、白神山地では急勾配の場所も多い、たくさんいては邪魔になるという理屈も理解できるが、それにしたって恐ろしい状況だ


学生八人と軍人四人、そして護衛対象の研究者一人、合計十三人での登山だったのだろう、のどかな登山風景となるようなイメージができないのは偏に雪奈の戦う姿を実際に見ているからだろうか


だが大人が少ないというのは、逆に言えば信頼の証でもある、それだけ雪奈と一緒に行動していたチームの実力が確かだったという事でもあるのだろう


奇形種狩り、雪奈が時折呼ばれる名前だ、奇形種に関して、というより動物に対して圧倒的な戦闘能力を有する雪奈がいるというのは向こうのチームとしても非常に楽だっただろう


そしてそれが去年の時点の静希達と雪奈たちの差だ


大人たちに囲まれ守られる形で富士に入った静希達と、大人が少なく自分たちが主導で行動していた雪奈たち


一年の経験値と戦果の差は明確にでている、一応年上というのは理解していたが、こうして目の前で食事をしているところを見ると時折忘れかけてしまう事実である


「こういう話聞くと雪奈さんが先輩なんだなって思うんだけどなぁ・・・」


「私は何時だって先輩だよ?・・・あれ?ひょっとして先輩として見られてなかった!?」


「あぁいえそういう意味じゃなくて、なんか静希のお姉さんってイメージが強いんで」


雪奈は静希の姉貴分、そう言う印象が強すぎて、そして先輩後輩という上下関係というのに結びつけるのが難しかったのだ


雪奈と一緒に行動した熊田は先輩という認識が強いのだが、どうしても雪奈は身近な印象を受けてしまう、普段から静希と一緒にいるというのも原因の一つだろう


「ほほう・・・私の全身からにじみ出るお姉さんオーラがそうさせてしまうのかもしれないね・・・いやぁお姉さんはつらいなぁ」


「ただのお姉さんじゃなくて残念なっていうのがつくと思うけどな」


米を口に含みながら静希が辛辣な言葉を投げかけると雪奈はなにを!と食って掛かるが、実際否定しきれないことは自覚しているのかしょんぼりしながら食事に戻っていった


「でも静希、雪奈さんは確かにあんたの姉かもしれないけど一応先輩なんだからもうちょっと敬ってもいいんじゃないの?今さらだけどさ」


「お、鏡花ちゃんいいこと言うね!そうだそうだ!もうちょっとお姉ちゃんを敬いなさい!」


鏡花の思わぬ言葉に雪奈も同調して静希に対してブーイングを飛ばしている


一体雪奈のどこを敬えというのかと静希はため息をつきながら隣にいる明利に視線を送ると、彼女は苦笑しながらその様子を眺めていた


恐らく明利としても雪奈を敬う場所が見当たらないのだろうか、それとも今こうしている彼女の様子を見て先輩に見えないからか、複雑な心境のようだった


「じゃあなんだ?敬語使って深山先輩とでも言えばいいのか?後輩らしく」


「・・・それは嫌だなぁ・・・静にはお姉ちゃん扱いしてほしい・・・それに敬語もなんか他人行儀で嫌」


先輩というな、そして敬語も使うな、そんなことでどうやって敬意を表せというのか、一番手っ取り早い解決策を潰されたことで静希は額に手を当ててため息をついてしまった


思えば以前静希と明利が入れ替わった際に敬語で話す静希に、雪奈はひどく動揺していた、あの光景を見る限り敬語でさん付けしただけで精神崩壊しかねないのは事実である


「じゃあどうしてほしいのさ・・・敬えっていうけど、具体的には?」


「・・・鏡花ちゃん、敬うって具体的にはどうすればいいの?」


静希からの問いをそのまま鏡花に投げかけるあたり何も考えていなかったことがうかがえる、その様子にさすがの鏡花も呆れてしまったのかため息を吐いた


「ごめん静希、前言撤回するわ・・・あんまり敬いたくないかも」


「だろ?こんな人だからな」


「酷い!私の扱いが酷いよ!明ちゃん!何かフォローはない!?」


唐突にフォローを求められた明利は、自分に話が回ってくるとは思わなかったのか一瞬体を硬直させた後思考を広げていくが、数十秒たっても口を開くことができずにいた


「えっと・・・その・・・あの・・・」


「明利、無理にフォローを入れる必要ないぞ?」


フォローできる内容を必死に探しているのだが出てこないために静希が助け舟を出そうとするのだが、明利は首を横に振って思考を続ける、明利は雪奈の良いところをたくさん知っているのだ、だからこそ助けたいという気持ちが多いのだ


だが年上として敬える点といわれると正直困ってしまう


好きなところならいくらでも言えるのだが、年上としてとなると少々困る、なにせ静希程ではないにせよ明利もずっと姉のような存在として一緒にいたのだ


「えっと・・・そうだ!年下の子に対して優しいです!気配りができたり一緒にいてくれたりします」


「おぉ年上っぽい!どうだ静、敬う内容ができたぞ?」


「抱き着いたり舐めたりレイプしようとしたりする人間をどうやって敬えというのか、反論があれば聞こうじゃないか」


かつて明利の体に入れ替わった時のことを突き出すと雪奈は反論できないのか体を小さくしながら食事に戻っていった


変に調子に乗らなければ普通にいい先輩なのだが、ここが雪奈の欠点といってもいいだろう


食事を終えた静希達は今日の目的でもある事前ブリーフィングの総まとめをするべくリビングのテーブルに集まっていた


今日の情報をある程度まとめておいて、気になる点や伝えるべき点をまとめてエドに送るのが目的である







「というのがさっきのブリーフィングの内容だけど・・・理解したか?」


「・・・鏡花姐さん、詳しく要約してくれ」


詳しく話すだけではなく要約まで求めるあたり陽太らしいというべきか、詳しく話すのか要約するのかどちらかにしろといいたくなるが、鏡花は嫌な顔せずに考え始める


「あんたの場合は静希と一緒に人質救出か犯人逮捕に全力を注げばいいのよ、私と明利でエドモンドさんたちのフォローに回る、状況が変わり次第適宜対応、そんな感じ」


「なるほど、了解した」


鏡花の言葉であれば即座に理解する陽太の頭脳は一体どんな構造をしているのか少し疑問だったが、とりあえず理解できたのであれば十分だ、それ以上を求めるのは酷というものだろう


具体的にはもっと細かい指示があったのだが、陽太にそんなことを言っても覚えられないというのは理解しているのだろう、そのあたりは陽太専用翻訳機能持ちの鏡花だ、要点だけを話すのが非常に上手い


「陽太君はそれでいいけど、私達はどうすればいいのかな・・・?」


「私と明利はまだ行動は決定できないけど、ある程度決めることはできるわ、静希達と違ってこっちはすでに目標の居所が確定してるんだから」


企業のあるビル、そして自宅、この二つの周囲が鏡花たちの主な行動先になる

実際に見つからないように行動自体は制限されるだろうが、そのあたりはうまくごまかしていけば何とかなる


そして最初にするべきことは決まっている


「まずは目標の自宅の周りに明利のマーキングをしておきたいわね、そうすればエドモンドさんたちも動きやすくなるでしょうし」


「だろうな・・・あとは通勤ルートにも同じようにマーキングして、できるなら働いてる場所の・・・デスクとかにも仕掛けておきたいな」


ジャン・マッカローネが建物内のどこにいて何をしているのかまではまだ情報が回ってきていないために断言できないが、行動を把握するうえで企業の建物内にも索敵を張り巡らせておきたいものである


だが建物内に侵入すること自体はまず無理だろう


下手に侵入しようとすればそれだけで相手を警戒させかねない、別の手段を講じたほうがよさそうだった


「家とかの方はまだいいけど、デスクに仕掛けるってもう普通の手段じゃ無理よね・・・能力使うにしてもちょっとなぁ・・・」


鏡花の能力を使えばビルそのものに明利の種を仕込むことはできるだろうが、目標であるジャン・マッカローネの使う机やその身の回りのものに仕込みができるかといわれると正直難しいところである


なにせ建物だけでビル一つ、質量的にも鏡花の能力で扱ったとしても相当に時間がかかるのだ


構造と場所が完全に特定できても数時間で仕込めるかどうかというところである、その間誰にも見つからないでいられるかという話だが、恐らく無理だろう


「建物の中に協力員とかいればよかったんでしょうけど、実際そんな人いないでしょ?」


「・・・エドがもしかしたら仕事上は入れるかもしれないけど・・・入り口とせいぜいエレベーターホールまでだろうなぁ・・・役員のいるところまでは入れないだろ」


仮にエドが目標の勤めている企業ガランに何かしらの仕事を取り付けて侵入することができたとして、目標の近辺まで行けるとは思えなかったのだ

応接室に通されるのがせいぜい、出入口程度なら固められるかもしれないがそれ以上は難しい


「まぁマーキングに関しては考えておくとして、後は実際に向こうに行ってからどういう風な体制になるかね・・・完全に監禁されるようなことは無いでしょうけど・・・」


「・・・マーキングに関してはフィアにお使い頼んでもいいけど・・・俺ら全員に余計な行動をとらないように見張りを付けられる可能性は大きいだろうな・・・だとしたらどうするか」


フィアのように小さな体であれば仮に建物の中に入ったとしても隠れるのは容易だろうし、見つかったとしても動物が迷いこんだ程度にしか思われないため大ごとにはならないだろう


とはいえそれでもマーキングできるのは建物の十分の一にも満たない、そのマーキングで目標を運よくとらえられるかどうか


そして確実に自分たちは捜査チームにマークされるだろう、もちろん疑われているとかではなくて、現場に入った学生が余計なことをして今までの苦労を水の泡にされないようにだ


恐らく指導係と称して誰かしらが静希達の周りにいることになる可能性が高い

契約者である静希はさておき、陽太、鏡花、明利の三人にはまず間違いなく見張りがつくだろう


「相手からして簡単に撒くなんてできないでしょうし、どうしたものかしら」


「見失ったとなればまた面倒になるから近くにいる状態でいろいろやるしかないだろ、パッと見何もしていない体を装いながらこそこそ工作活動」


「・・・なんか今まで以上に地味な実習になりそうね」


戦闘よりもほぼ完全に隠密行動に主軸を置いた内容のために今回は派手な行動も能力も何も使えないとみていい


鏡花からすれば戦闘がないのはありがたいことなのだが、地味な行動を延々と続けなくてはいけないというのもなかなかにしんどいと言わざるを得なかった


「じゃあ今日の話の内容はエドに伝えるぞ、他になにか話し合っておくことはあるか?」


一通りブリーフィングの内容を振り返り、なおかつ頭の中で整理した後で静希は全員を見渡す


ひとまず聞きたいこと気になることなどは無いようで、全員が沈黙を保っていた

今日話し合えることは話し合った、後はこの内容をエドに知らせてやるだけである


今彼がどこにいるか何をしているかもわからないためにまずはメールでこちらに電話するように伝えるべきだろう


メールでそのまま伝えてもよかったのだが、誰でも見ることのできる文章よりも口頭で伝えたほうが確実だと考えたのである


「んじゃ今日はお開きね、後は出発まで待機かぁ・・・」


「んぁ?あれ・・・話し終わったの?」


静希達が話し合っている間明利の膝枕を堪能しながらまどろんでいた雪奈がゆっくりと体を起こす


話を聞く気がないというのは関係ないから当然なのだが、明利の膝を枕にした状態でくつろぐのはさすがにどうかと思えてならない


「雪姉、そのまま寝ると風邪ひくから風呂入って布団で寝ろ」


「んー・・・いいやもうちょっとだけ・・・あと五分だけ」


そう言って再び明利の膝を枕にするのだが、さすがに長時間足を枕替わりにされたせいか明利は足がしびれてしまっているようで少々渋い顔をしている


「この人はなんていうか相変わらずね・・・まぁいいわ、静希、私達は帰るわよ?」


「あぁ、お疲れ様、何か気づいたことがあったら連絡よろしく」


「じゃあな静希、明利も雪さんも」


鏡花と陽太が帰っていく中、静希と明利は横になった状態の雪奈に目を向ける


「おら雪姉、二人とも帰ったぞ、そろそろ引きあげろ」


「んー・・・今日は泊まるー・・・」


「家隣だろうが・・・ったくもう・・・」


もはや動くつもりがなくなってしまったのか、雪奈は明利の体に抱き着きながら惰眠をむさぼろうとしている、ずっと話をしていて放っておいた仕返しのつもりだろうか、今日は普段にもましてだらけている


「しょうがない・・・俺の布団で寝かせておくか・・・明利送っていくよ、もう遅い時間だしな」


そう言って静希は雪奈を抱き上げさっさと自室に雪奈を移動させる、もう少ししっかりしてくれれば、先程言っていたように静希も雪奈を敬えるのだがと思い、ついため息をついてしまう


「雪奈さん今日は甘えんぼだったね」


「まぁまた海外に行くことになるしな、少しでも一緒にいたいんだろ・・・今日は甘やかしてやるさ」


明利を家に向かう中、二人は並んで歩いていた


家はオルビアに任せている、万が一雪奈が暴れるような行動に出ても彼女なら抑えられるだろう


「明利も今のうちに雪姉に甘えておけ、一週間とまではいかないだろうけど、海外に行くと長いだろうからな」


「うん、精一杯甘えるよ、今度お泊りしようかな」


雪奈にとって静希や明利がそうであるように、明利にとっても静希や雪奈が大事で甘える対象なのだ


親とはまた別の意味で、自分に近しく、同時に自分をさらけ出せる存在なのである


横に並んでいる時に静希はふと明利の髪がだいぶ伸びていることに気付く


元々高校に上がってから伸ばし始めていた明利だが、今は肩甲骨から下あたりまで伸びてきている、ここまで来ると立派なロングヘアーだ


「ずいぶん伸びたな、切らなくて平気なのか?」


「うん、このまま伸ばそうかなって・・・髪型を変えるのもいいし・・・どんなのがいいかな?」


静希の身の回りの髪の長い女性というと鏡花、城島、石動、が挙げられるが、中でも城島は悪い意味で髪が長いと言えるだろう


しっかりと手入れされているいい意味での髪の長い女性は断トツで鏡花だ、とはいえ彼女は主にポニーテールしかしないようだったが


「どうせならいろいろ試してみたらどうだ?鏡花みたいなポニーもいいだろうし、ツインにサイド、三つ編みって手もあるな」


短いとできる髪型にも限りがあるが、長い髪であればいくらでもいじることができる


今まで短かっただけに明利はどんな髪型にしようか悩んでいるようだったが、今まで髪をいじってこなかったことが災いし、どうしたらいいのかわからないようでもあった


「どんなのがいいかな・・・子供っぽいのは嫌だし・・・」


「鏡花に頼んでみろよ、髪のケアに関してはあいつの方が知ってそうだ、たまにいじらせてくれれば俺は満足だしな」


静希はそう言いながら明利の髪を軽く手ですくい取る


細く柔らかくきめ細かい髪が静希の指を撫でるように滑る、何故女の子の髪はこんなにやわらかいのだろうかと静希は不思議になってしまう


自分や陽太の髪は基本固めだというのに、なぜこうも髪質が違うのか不思議でならない


「こういう長い髪を見てると雪姉も髪伸ばせばいいのにって思うよな」


「雪奈さんが髪長いと邪魔になっちゃうよ、似合うとは思うけど・・・」


雪奈が長い髪をしているというのは静希は想像できない、少し癖のある外跳ねの髪をしているために長い髪にするという事をしないのだ


似合うは似合うだろうが、前衛としては邪魔になることが多いだろうというのもまた納得できる話である









「ってことだ、なんか気になることはあるか?」


翌日、静希が送ったメールの返信が来たのは学校の昼休みの時間だった、そこで静希は授業の合間の休み時間を利用してエドに情報を伝えていた


『あぁ、大体わかったよ、細かいことはまた今度だろうけど、必要最低限の準備はできそうだ』


最低限の説明だったがエドとしては満足だったらしい、細かいところはまだ決めることが多そうだが、準備には困らないようだった


『という事は今回はシズキとではなく、メーリやキョーカとの共闘になるかもね』


「表立った行動はできないだろうけどな、裏で情報を回して協調するくらいはできるだろうさ」


実際の所鏡花たちも表だって動けるというわけではない、情報を回してエドたちが動きやすいようにすることくらいはできるだろうが、大手を振って活動できないのだ、行動はそれなりに制限されるだろう


それでもエドたちからすれば十分すぎるほどの条件だ、なにせ情報があるだけで先回りすることが容易になるかもしれないのだ


特に索敵のできる明利がいるのは大きなメリットだ、準備に時間がかかるとはいえ彼女の索敵の範囲は広い、目標の位置を把握すれば十分動きやすくなるのは間違いない


「そっちはどうだ?いろいろと」


『ん・・・まぁいろいろと大変さ、二人のことも準備が必要だからね、まだ時間はかかりそうだけど』


二人というのはアイナとレイシャの事だろう、留学の件はこれからまだ準備がいろいろと必要なようだが、彼の声音から判断するに着々と準備は進んでいるとみていいだろう


もしかしたら一学期のうちに留学が可能になるかもしれない、実際のところはエドの手腕次第だが


そしてもう一つ、静希が気になっている事柄がある


「・・・ところで、カレンの方はどうだ?何か変わったことあるか?」


『あぁ彼女かい?いやぁなかなかどうして、君から何か注文でも付けたのかい?彼女が料理を作り出したんだよ、これがまたおいしくてね』


エドの話を聞くにカレンはまずは料理を通じて別のものを見ようとしているようだった


視野を広く、復讐以外の物事に目を向ける、簡単ではないことだが彼女は少しずつ進もうとしている


良い傾向かどうかはさておき、変化しようとしているのは確かである


「そうか、まぁよかったな、今まで料理とかできる人間居なかったんだろ?」


『そうなんだよ、今までは見よう見真似だったり、外食したり彼女に作ってもらったりサプリで誤魔化していたんだが、やはり料理ができる人が身近にいてくれるといいものだね』


エドの彼女は料理はできるようだが、彼女も毎日のようにエドと行動を共にできるわけではない、そう言う意味ではカレンが料理をし始めたというのは丁度良かったのかもしれない


育ちざかりのアイナとレイシャがサプリメントで栄養補給しているというのは視覚的にあまり良い光景とは言えない


育ち盛りの子供はしっかりと食事をとっていなければいけないのだ、もちろん静希の個人的見解でしかないが、しっかり食事をして運動してようやく成長できるのだ


身近に約一名それでまったく成長できていない存在がいるが、彼女のことは一旦おいておくことにしよう


「料理するってことは買い物とかもするんだろ?食材とかどうやって保存してるんだ?」


移動することの多いエドたちが食材を保存するのはなかなかに難儀するだろう、移動する媒体そのものに冷蔵庫でも積んでいれば話は別だが、あちこちに移動する中でそれだけの物を置いておくのは邪魔でしかないだろう


『まぁそのあたりは慣れていたんだろうね、使う分だけ絶妙に買ってくるんだよ、食材も余らないし食費も浮くし、こっちとしては万々歳さ』


「・・・そうか、まぁこまってないならいいか」


静希としてはカレンが復讐以外の別のものに目を向け始めているという事実で満足だ


彼女の料理の実力がどれほどのものか、一度食べただけではわからないため今度はもっとしっかりと味わってみたいものである


「二人はどうなんだ?カレンの料理は好評なのか?」


『あぁ、二人もなかなか気に入っているようだったよ、彼女が住んでいた国の料理だから独特だったけど、すぐに慣れたらしい、子供の順応能力は凄いね』


子供というのは大人に比べて敏感な味覚をしていることが多い、大人には感じられないような独特の味を感じることがあり、大人になるにつれ鈍感になることで味覚が変わっていくのだ


子供の頃に食べられなかったものが大人になって食べられるようになるのも似たようなものである


そして大人には無い順応能力もまた子供ならではだ


あの歳の子供なら一日二日あればその場の環境に適応することもできるだろう


カレンの料理という今まであまり食べたことのなかったものも存分に味わうことができているようだった


「まぁなんにせよ、そっちは任せたよ、何かあったら連絡する」


『了解したよ、そっちも気を付けて、いろいろと面倒はあるだろうけどね』


いろいろと、エドは言葉を濁したがそれが静希の立場的な意味であることは十分に理解できた


味方であるはずの人間を利用して目標を達成しようとしているのだ、静希としても角が立たないように努力するつもりではあるがどうしようもないことだってあり得る


同じ契約者でも静希とエドでは立場が違う、どうしようもないことなだけに苦笑するしかなかった


誤字報告が30回分、プラス累計pvが16,000,000突破したのでお祝い含め4.5回分(旧ルールで9回分)投稿


もしかしたら間違えて10回分投稿してるかもしれませんが、間違えていても許してください、なんか九回分にしては文字数が多いような気がするんです・・・


これからもお楽しみいただければ幸いです

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