子供と大人
「ってことで、先生と話し合って実際にはお前が何とかしてくれ、日程はさっき言った通りだ」
「あぁありがとう、とんとん拍子で話が進むっていうのはこういう時に使うんだね」
その日の放課後、今日あったことと今後の予定を話したうえで静希が書いたメモを簡単に英訳してから渡すと、日本語が達者になっているエドはふふんと笑いながら静希から渡されたメモを読んでいた
必要になる書類などを確認しているのだろう、その姿は仕事の時のものに近いかもしれないが、どちらかというと娘の進学先に悩む父親のようだった
「ミスターイガラシ、先日からボスと一体何のお話を?」
「ボスの様子が最近変なのです、何か心当たりはありませんか?」
さすがにこの二人もエドの変化に気付いたのだろう、アイナとレイシャが少し不安そうに、そして不思議そうに静希の元へと駆け寄ってきた
「二人が一人前になるために必要なことを考えてるんだよ、大事なことだから邪魔しちゃいけないよ」
「・・・そうですか、了解しました」
「・・・そうですか、承知しました」
二人は自分たちのために頑張ってくれていると感じたのか、少し嬉しそうな表情をしながらエドの方を一瞥する
椅子に座った状態で視線をメモとノートパソコンに行ったり来たりしている様子は仕事姿そのものである、もっともその内容は可愛い教え子のためなのだが
「ところで二人は普段はどういう生活してるんだ?」
なんとなく気になってそう聞くと、二人は顔を見合わせて首を傾げた
「どういう・・・」
「とは?」
「いや、普段の生活とか全然知らないからさ、ちょっと気になった」
本当にただの興味本位だったために、特に意味があるかどうかといわれると首をかしげるところだが、二人はこの質問を答えるつもりのようだった
「そうですね・・・まずボスを起こすところから始まります」
「ボスは基本だらしないので私たちがしっかりしないといけません」
アイナとレイシャは自慢げに胸を張っている、どうやらエドよりも自分たちの方がしっかりしていることをアピールしたいようだった
子供らしいささやかな自己顕示に静希は微笑ましくなりながらも二人の頭を撫でてやることにする
「その後はミスアイギスと一緒に簡単な朝の運動をします」
「この時は準備運動なのでそれほど激しい運動はしません」
恐らくは体を活性化させるために行う運動だろう、エドではなくカレンが行うあたりその人間性が垣間見れる瞬間である
「その後は仕事に向かいます、移動がほとんどですが時折一つの場所に留まる事もあるのでその間に勉強をします」
「ボスとミスアイギスが分担して勉強を見てくれますのでとても捗ります、時々ですがヴァラファール卿も勉強を見てくれます」
その言葉に静希はリビングでいつものようにゲームをやっている自らの契約している悪魔メフィストフェレスに目を向ける
エドの契約した悪魔は勉強を見てやれるほどの存在だというのに自分の悪魔は
そう思うと涙が出そうになってしまうが、今はこの涙はそっとしまっておくことにしよう
「仕事が終わるのはその日によりますが、時折その仕事を手伝ったりして、夕方頃から実戦訓練に移行します」
「屋内外は日によりますが、限りなく実戦に近い形を作って訓練しています」
エドの言っていたように勉強だけではなく能力を用いた実戦訓練もしているようだ、そのあたりはさすがかつて研究職に身を置いているだけはある、最低限のカリキュラムはこなしているようだった
「その後夜は趣味の時間です、いろいろなことをします」
「最近は運転できるものを増やすのがマイブームです」
運転できるもの、つまりはバーチャルでの仮想運転などを行っているのだろう、ゲーム感覚でそういう事をさせることで技術を増やしていくつもりなのだろうが、それは趣味といえるのだろうか
とはいえなかなかに濃密な一日を過ごしている、そこらにいる小学生などとはすでに技術や勉学ではかなりの差ができていると思っていいだろう
日本語に関しては話すことはできているが書き取りや読み取りがどこまでできるかは問題だ、小学生とはいえ板書は当然ながら存在する
この二人なら教師が話している内容を理解したうえでノートくらいは取れるだろうが、実際それを毎回の時間に行うというのは地味に苦行だ
コミュニケーションの面では問題ないだろうが、能力面でどんな扱いを受けるかもわからない
留学というのもなかなか難しいものだな
そんなことを考えているとインターフォンが鳴り来客を知らせる、オルビアが対応すると扉の方からドタドタと慌ただしく誰かが入ってくる、いやこの足音からしてやってくるのは一人しかいないだろう
「ヤッホー静、遊びに来たよ!」
やはりというかなんというか、やってきたのは静希の姉貴分であり交際相手の雪奈だった
ポーズまでして部屋に入って静希とその周囲の人間を確認すると雪奈の目は丸くなり、すぐさま驚愕のものへと変貌した
「か、可愛い幼女が二人もいる!?」
失礼ともとられかねない発言をしている自分の姉貴分に対して、とりあえず静希はチョップすると同時に事情を説明することにした
「なぁんだそういう事だったのか、てっきり静がどこかしこから誘拐してきたのかと思っちゃったよ」
「どんだけ失礼なことを考えてんだよ・・・まったく失礼な」
突然の雪奈の来訪に慣れている静希はまだしも、慣れていないこの場の人間や人外は一瞬警戒したが、静希とメフィをはじめとする人外の落ち着いた様子を見てその必要がないと判断したのか、今は大人しいものである
アイナとレイシャに至っては雪奈に抱き着かれて半抱き枕化してしまっている
二人はこういった強烈な存在に会ったことがないのだろう、借りてきた猫のように大人しくなってしまっている
どう対応したらいいのかわからないというのもあるだろうが、何より静希の知人であるという事もある、失礼の無いようにしようと心掛けているのだろう
「にしてもそうか、エドモンドさんの教え子さんか、でそっちのがこの前言ってた・・・えっとカレンさんとリット君?」
「そうだよ、そっちの人外たちもある程度知ってるだろ?」
「聞いてる聞いてる・・・それにしても二人もそうだけど全体的に美人さん多いねぇ・・・」
雪奈の目が怪しく光り、二人を拘束する腕の力を若干強める、どうやら二人を離すつもりはないようだった
アイナとレイシャは視線で助けを求めている、ここは助けるべきなのだろうかと悩むが、そこにエドが横やりを入れた
「アイナ、レイシャ、そういう女性と上手く付き合っていくのも必要なことだよ、シズキに助けを求めるんじゃなく自分たちで何とかしてごらん」
視線から静希に助けを求めていることを察したのか、エドの自力で何とかしろという指示にアイナとレイシャは困ってしまっていた
恩人であるエドの恩人の静希、その静希の知己の方への対応といわれてもどうしたらいいものかと悩んでしまうのだ
そうとは知らず雪奈は思うが儘に二人の体を堪能している、この姉貴分は少し粛清したほうがいいのではないかと思えるのだが、どうやらエドには何かしらの考えがあるらしい
静希が静観することにすると、アイナとレイシャは二人で頷き合って後ろから抱き着かれている状態から自分から抱き合う形へと体の向きを入れ替える
「お?なになに抱き合ってくれるの?お姉さん嬉しいなぁ」
今まで抱かれるままになることはあっても抱き着き返されることはあまりなかった雪奈からすればこの反応は嬉しかったのだろう、頬を緩めながら二人を抱きしめると次の瞬間顔色が変わる
「うひ・・・・あははははははははははは!ひ・・・ひーはははははは!や、やめ!ひゃははははは!」
どうやら二人同時に雪奈の体をくすぐっているらしい、半ば雪奈を押し倒す形でくすぐり続け、雪奈の拘束からなんなく脱出して見せていた
この二人はなかなかどうして機転が利く、そう静希が思っていると一度くすぐりを止めたのか、やり切った顔をしてアイナとレイシャがハイタッチする
「よ、よくもやったなぁ!それ!」
「え!?うあはああははっはははははははは!」
やられっぱなしは性に合わないのか、雪奈はアイナに標的を定めて押し倒しながら彼女をくすぐり始める
「れ・・・れい・・・たす・・・たすけああははっははははははは!」
「アイナ、貴女の犠牲は忘れない、華々しく散るのです」
片方は雪奈の犠牲になり、片方が脱出という何と反応したものか困る状況ではあるが、レイシャは嬉々としてエドの下へと向かった
「ボス!この通り見事帰還して見せました!」
「・・・そうだね、扱いに困る女性を見つけた時は誰かしらに相手をしてもらうのが一番効率がいい、それは確かに正しいがレイシャ、裏切った人というのはね、必ず裏切られるようにできているんだよ」
エドの言葉の意味が一瞬わからなかったのか、レイシャは首をかしげているが、その意味をすぐに知ることになる
なにせ雪奈は標的を変え、そして先ほどまで雪奈にくすぐられていたアイナも標的をレイシャに定めゆっくりと接近しているのだ
その肩を掴み、レイシャが振り返ると同時に二人の捕食者が彼女めがけて襲い掛かる
「逃がさないよかわいこちゃん!私の毒牙からは逃げられんのさ!」
「あっははははははははははははははあははははは!ご・・・ごめああはっはははははゆるしはははははははは!」
「よくも見殺しに・・・!報いを受けるのです!」
自分で自分のことを毒牙というあたり自分がやっていることを理解しているのだろうが、雪奈とアイナは一緒になってレイシャの体をくすぐり続けた
息が絶え絶えになるまで続けられた報復活動はアイナとレイシャの雪奈との距離を縮めるには十分すぎたようだった
子供への対応は雪奈は本当に上手いなと思いながら静希は嘆息する、子供はなんとなくだが向けられる感情を理解する、雪奈は本心で彼女たちと戯れた、それこそ楽しいという気持ちも一緒に
だからこそ打ち解けるのも、理解し合うのも基本的にとても早い、かつての東雲姉妹と同じである
そんな中静希はエドの言葉が少し印象深くなっていた
裏切った人というのは必ず裏切られるようにできている
それは今までのエドの人生から学んだことなのだろうか、静希の脳裏ではその言葉が延々と反芻されていた
「へぇ、じゃあ二人はエドモンドさんのお仕事手伝ってるんだ」
「はい、これでもバリバリ働いています」
「立派なキャリアウーマンです」
すっかり仲良くなった雪奈は二人を抱きかかえながら楽しそうに話をしている、その光景にエドもカレンも微笑ましそうにしていた
「・・・あれが君の姉君か、随分と個性的なのだな」
カレンの言葉に静希はつい苦笑してしまう、個性的という言葉は雪奈には少々合っていないような気がしたのだ
「あの人のあれは一種の病気みたいなもんだよ、お前もいつか標的になるぞ?」
「それは困るな、距離をつめられないように気を付けよう」
カレンは幼い能力者二人と仲良く話している雪奈を見つめながら何やら感傷に浸っているようだった
かつての自分と弟のことを思い出しているのだろうか、その瞳と姿には哀愁のようなものが漂っている
「・・・彼女は随分と、子供に好かれるのが早いのだな」
「ん?まぁあんな性格だからな、思考も子供に近いっていうのもあるんだろうけど」
「表裏がないというのは貴重だ・・・少しうらやましくもある」
カレンは目を細めながら雪奈を、そして雪奈に抱かれている二人を見ている、カレンが二人と出会って一か月が経つが、まだあの二人と打ち解けられていないのだろうか
もとより気難しい性格をしているのはなんとなく察することができるが、子供に警戒されるほどの強い感情は感じることはできない
自分から壁を作っていない限りはあの二人ならすぐに懐くような気がするのだが、そうではないのだろうか
「表裏がなさすぎるってのも考えものだぞ?前衛型にはよくいるタイプだけどさ・・・」
「ふふ、それぞれ本人にはわからない利点や欠点がある、こうやって悩む必要のないことまで悩んでしまうのは、私の欠点だがな」
表裏がないというのはつまり、正直という事でもあり、あまり思考をしないという事でもある、だからこそ思考するより先に体を動かせる
だがその分思考する力は弱く、主に前衛が活躍の場となる
逆に静希やカレンのような中衛型は思考して何ぼの立ち位置だ、思考を優先するあまり行動が遅くなることもあり、思考しなくていいことも思考して泥沼にはまることもある
どちらがいいというわけではないが、それこそカレンの言う通り、利点や欠点がそれぞれあるのだ
「ひょっとしてあれか?混ざりたいのか?なら突撃してきたらどうだ?」
「いいや、そう言うわけではないんだ、私がもしあぁいう風に生きられたら、きっと・・・」
その時静希はようやく気付く、カレンは今までの自分を悔いているのかもしれないと
思考しすぎるが故に、考えすぎるが故に多くの失敗をし、同時に多くを失った
何も考えずに直情的に動いていればあんなふうにはならなかったかもしれない、少なくとも研究者という職に就かず、軍の方にだけ身を置いて日々生活するだけだったかもしれない
自分にはすでに無い当たり前の光景を目にしてカレンは今までの自分を雪奈のような自分に置き換えた時に、どう変化しているだろうかと想像しているようだった
「その仮定こそ無意味だ、意味のないことをするなとは言わないけど、意味のないことで悩んで自滅するなんてばからしいぞ?」
「・・・わかっているさ、もう十分すぎるほどに」
カレンが自分の事柄に悩んでいると、雪奈から脱出しようとしているアイナとレイシャが静希の元へと這い出して来る
もっともその下半身を雪奈が抱きしめるような形で引きずられているために、半ば匍匐前進のように見える
何でこんな状態になっているんだと、弟分としては頭を抱えたくなるが、そんな状況など知らんという風にアイナとレイシャは静希を見上げる
「ミスターイガラシ、貴方が通う学校にはミスミヤマのような方が大勢いるのですか?」
「他にもキャラの濃い方がたくさんいると伺いました、本当ですか?」
まさかこの二人から学校の話が出てくるとは思わなかったが、何故そんな話になったのだろうかと雪奈の方に目を向けると苦笑しながら気まずそうに静希から目をそらす
「いやぁ、私が学校で何してるかとか教えたら興味持ったらしくてさ、いろいろ教えてあげてたら・・・こんなことに・・・」
「なるほどね・・・まぁ結果オーライなのかな・・・?」
留学の話が出ているところに、この二人と雪奈が出会ったのは良い傾向だったようだ
少なくとも通う価値を見いだせなかった学校という場所に、少しながらでも興味を抱いているようである
静希は二人の質問に答えるべく身をかがめて自分の頭を二人の視線の高さに合わせることにする
「そりゃもうたくさんいるぞ、雪姉以上に面倒くさい人も怖い人も、面白い人も優しい人もたくさんいる、学校の中に何百人何千人といるからな」
自分の学校の総生徒数など覚えていないが、小中高と全部足せばそのくらいはいるだろうと楽観視し、静希は若干大げさに事実を伝える
たぶん嘘は言っていないだろうと思いながら話していると二人が目を輝かせていることに気付く
その反応にエドは嬉しいのか僅かに笑みを浮かべている、子供が多くのことに目を向け、興味を持つという事は大人としては嬉しい限りなのだろう、それを助けることはあっても邪魔するようなことはしないようだった
誤字報告を五件受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿
二日間普通に投稿できたのはきっと奇跡か何かですね、たぶん
これからもお楽しみいただければ幸いです




