お父さん化
「ヴァルは・・・どっちかっていうと厳格なほうだから、僕の方がよく注意されたり指摘されたりしてるよ・・・あれでかなり頭がいいからね、僕より先に経済学とか習得したくらいだし」
「・・・へぇ・・・それはちょっと意外だったな」
エドの契約している悪魔ヴァラファール、外見は獣のそれであり、知的な印象は持ち合わせない彼はその実エド以上に頭がいいらしい
歳の功というのもあるだろうが、どうやらエドとヴァラファールの関係は静希とメフィのそれとは違い、対等でありながら師弟のような関係らしかった
ヘマをやらかしてヴァラファールに注意されているエドが目に浮かぶようである
「そう言えば君の所は大所帯だけど、いろいろ問題とかは無いのかい?結構みんな我が強そうなタイプだけど」
「んん・・・うちはまぁ上手いこと折り合いをつけてるな、最初はメフィと邪薙が口げんかしてた時もあったけど、今はほとんど見ないし」
メフィと邪薙が最初に出会い、それから一緒に暮らすようになってすぐのころは二人はよく口げんかしたり対立していたりしてばかりだった
本当にしょうもないことで喧嘩していたりどうでもいいことで言い争いになったりと、見ている静希からするとなかなかハラハラしたものだった
一年も過ごしていればそのようなことも少なくなる、しかも今はオルビアという仲裁役がいるためか、最近はあの二人が言い争いをしているところは見たことがない
ほぼ一年毎日顔を合わせていれば互いのことも分かるし、言い争いになるような内容だって見当がつく、それに妥協点を探せるだけの時間は十分にあるのだ
あの二人だって決してバカではない、何度も同じようなことを繰り返すような愚は冒さないという事だろう
「だいたい、俺のところ以上にお前のところだって大所帯じゃないか、いつの間にやらいろんな奴が増えに増えて」
「アハハ・・・まぁ彼女たちはしっかり働いてくれているしね、社員が増えるのは好ましいことさ」
静希は人外と関わる機会が多いが、エドは人と関わる機会が多い、その為いろんな人とのつながりがあるしアイナやレイシャのように受け入れる人間も多かっただろう
静希とは違う意味でのカリスマの持ち主、これから彼がどうなっていくのかわかったものではないが、きっとどんどんエドの味方は増えていく、なんとなくだがそう思えた
「人員増やしすぎてパンクしないようにな、ただでさえ面倒な事業起こそうってのに」
「わかっているよ、僕のお眼鏡にかなう人員を厳選してスカウトしていくさ、もちろんシズキならいつだって大歓迎だよ」
「そりゃ嬉しいね、職にあぶれたら頼むとするよ」
静希はこれでもいくつかの人間から卒業後うちに来ないかという意味での勧誘を受けたことがある、町崎や鳥海のいる軍、国岳のいる特殊警察、そしてイギリスの幼いお姫様からの護衛役
口約束程度のものもあれば確約してもいいと言っているような条件もある、悪魔の契約者としての力だけではなく、静希自身の力を見てそう言ってくれているのだと思いたいところである
実際将来どのように就職先を決めるかはわからないが、とりあえずは日本にいるつもりである、就職後いきなり海外なんてことになると面倒だ、せめて三十代までは日本でのんびり暮らしたいところである
たぶんのんびりすることはできないだろうという事は静希も理解しているところではあるが
「ところであの二人は学校とかには通わせないのか?個人授業だけじゃ限界があるだろ」
メフィと一緒になってゲームを始めたアイナとレイシャを見ながら静希がそう言うとエドもそうなんだよねと難しそうな顔をして呟く
現在二人の教育は通信教育やエドが担っている、通常行う義務教育から社会に出てから使う職業教育まで行っているが、知識は教えることができても人として必要な部分は何もそれだけではないのだ
同い年の子と一緒になっていろいろなことを学んだり、行動したりすることもまた必要不可欠なことである、今あの二人は大人に囲まれた環境にいるため、子供の教育環境としてはあまりいいものとは言えないのではないかと思える
同い年とは言わずとも、せめて年の近い子供でもいればそこから学べることは多いのだ
「今あの子たちの年代なら、学校に通っているっていうのはわかってるんだけど、僕の仕事についていくって聞かないんだよ・・・今はまだ無理でも、せめて中等部からは学校に通わせてあげたいって思うんだけど・・・」
仕事を手伝ってくれるのは正直凄く助かるんだけどねと付け足しながらエドは苦笑する
学校に通うとなると、一日の大半は学業に拘束されることになる、今がどのような生活を送っているのか静希は知る由もないが、彼女たちは学校に通う事を望んでいないらしい
別段無理に学校に通う必要があるかというとそう言うわけではない、自宅学習や通信教育をメインとした教育体制を許可している国はいくつもあり、必ずしも学校に通わなくてはいけないというわけではないのだ
ただそれは、学業を修めるという目的だけを視野に入れた場合である、先も述べたように学業だけではないことを学校からは学べる、良いことも悪いことも、楽しいことも大変なことも何もかも
人間関係をはじめとした、常識、あるいは自分と同じ年代の子供と関わることで『普通』とは何か、そして他者を通じて『自分』がどんな人間かを学べるのだ
大人と一緒にいることで学べることだってたくさんあるだろう、だが子供と一緒にいて学べることもまたたくさんあるのだ
彼女たちの意思を尊重するか、それを押してなお彼女たちを学校に通わせるか、まるで父親のような悩みを抱えるエドに静希は苦笑してしまう
「そうしてると、本当にあの子たちの父親みたいだな」
「笑いごとじゃないよ、結構深刻さ、あの子たちが優秀になっていくのは見ていて嬉しいし、教えたことをすぐに覚えてくれるのは楽しい、だけどそれじゃダメなんだ」
薄く笑う静希に対しエドは困った顔をしながらも真剣な様子だ
自分がかつて研究者であっただけに、それなりに頭はいい方だという自負はあるのだろうが、いくら頭が良くても教育者になれるわけではない
名選手が名監督になれるわけではないのと同じで、自分が優秀だから教え子を優秀にできるとは限らないのだ
自分に教えられるものが限られているなら、せめて環境だけは整えてやりたいと思うのだが、当の本人がそれを望んでいないあたり、どうしたものかと悩んでいるのである
「そう言えばカレンは?あいつは教えたりしないのか?」
今は料理をしているエルフのカレンの方に視線を向けるとエドは頬を掻きながら唸り始める
「あー・・・彼女も教えてくれるんだけどね、内容がかなり専門的というか・・・エルフだけが知ってるような内容を教えてくれるんだよ、それは凄く有難いんだけどね」
そう言えばカレンはもともとエルフだ、エルフという人種は場所にもよるが同族同士で教育を行う習慣があるという、かつて石動がそうだったようにカレンも似たような教育を受けたのかもしれない
だがエドの言うようにエルフしか知らなかったような知識を教えてくれるというのは非常にありがたいことのように思える
普通の学校では教えないような特殊な授業ではあるものの、聞く人が聞けば泣いて喜ぶ内容だろう
「なんだかすごい英才教育されている感じだな、ちょっとやりすぎな気はするけど」
「仕舞いには彼女たちに精霊を付けてもいいんじゃないかっていう始末さ、僕としては承服しかねるんだけどね」
エドの言葉に静希は疑問符を飛ばしてしまう、あの二人に精霊を付けたところで何の意味もないのではないかと思えてしまう
「あれ?アイナとレイシャってエルフじゃないだろ?」
「あぁ、あの二人はエルフじゃないよ、能力的な意味じゃなくて保護者的な意味でどうだってことらしい・・・万が一があったら危ないから僕はダメって言ってるんだけど・・・」
エルフではない人間に精霊を使役させることにメリットはほとんど無いように思える
なにせ人外との共同生活が待っているのだ、精霊がどんな存在かは静希も詳しくは知らないがプライバシーも何もあったものではなくなるのだ
それにもしあの二人が何らかの拍子に魔素の注入をしてしまった場合どうなるか
静希のように体の一部が奇形化するだけならまだいいが、過去失敗した実験のように全身が奇形化して死亡するなんてことがあってはならない
エドは恐らくそれを危惧しているのだろう、カレンの言う保護者という名目での精霊の召喚及び使役は認めたくないようだった
そもそも人外という存在の認識が静希達とは異なるのかもしれない
なにせカレンたちエルフは十歳の頃から一緒に生活してきた身近な存在かもしれないが、静希達普通の人間にとっては超常の存在なのだ
そんな『ちょっと子供たちの面倒を見ていてほしいんだけど』なんて親戚のような気安さで呼び出すようなものではないのだ
「まぁ彼女がいう事も間違ってはいないと思うけどね、いつでも僕たちが目を光らせていられるわけでもないし、保護者的な存在がいたほうがいいとは思うけど・・・」
「・・・なぁエド、保護者ってわけじゃないけど、あの二人を守るようなものがいればいいんだろ?」
静希の言葉にエドは首を傾げながらそりゃそうだけどと呟く、実際何時でもエドやカレンのような大人が一緒にいられるというわけではないのだ
あの二人も立派な能力者であるとはいえまだ子供、大人には適わない部分が多すぎる
だからこそカレンも保護者役という名目で精霊を使役させようとしたのだ、彼女もアイナとレイシャを心配しているという事は察することができる
「それならヴァラファールに使い魔を作ってもらうのはどうだ?うちのフィアみたいに小動物で能力持ってる奴を見つければ何とかなるんじゃないか?」
「・・・あー・・・でもなぁ・・・ヴァル自身使い魔を作るってことがあまり好きじゃないみたいなんだよね」
近くで横になりながらメフィ達がゲームをやっているのを眺めているヴァラファールに視線を向けると、どうやらこちらの会話も聞いていたのだろう、鼻を鳴らして肯定して見せる
悪魔にもそれぞれ好みがあるのは知っていたが、使い魔を作るのを嫌がる悪魔がいるとは思っていなかった、何かしらのポリシーでもあるのだろうか
「なんならメフィに頼むか?それくらいならあいつもやってくれると思うけど」
「んんん・・・悩みどころだよね、そもそも前にペット禁止って言っちゃってるしなぁ・・・」
「・・・お前本格的にお父さん化してるよな」
恐らくはアイナかレイシャのどちらかが動物を飼いたいと進言したことがあるのだろう、とはいえ世界中あちこちに移動することの多いエドの仕事上、生き物を飼い、なおかつ世話をし続けるというのはなかなかに難易度が高い、そう言う意味でもエドはペットを禁止したのだろう
確かに自分からペット禁止と言っておきながら動物を連れてくるというのは問題があるように思えるだけにエドとしては悩ましいところだった
とはいえこのままだと本格的にエドのお父さん化が進むなと静希としてもどうにかして二人の教育方針に協力できればと思うのだ




