立場と動き方
「なに?国岳に?」
「はい、取り次いでいただければと」
その日の授業が終わった後静希は城島に件の話をするべく職員室にやってきていた
少ない情報で話をつないでくれれば楽だったのだが、城島としても理由もなしにそれをするのは憚られるようだった
「私としても奴から催促されているからな、お前と接点を持たせるのはやぶさかではないが・・・一応理由を言え、でなければ取り次がんぞ」
奴から催促、というのは恐らく国岳から静希に頼み事をさせろという内容だろう、どうやら国岳は悪魔の契約者としての静希ではなく、ただの能力者としての静希の手腕を随分買っているようだった
静希本人からすれば喜ぶべきことなのだが、城島のかつての班員というのが少々複雑な気持ちである
「それは・・・その・・・」
城島に話すことは静希にとっては問題ない、むしろ意見を聞くという意味では積極的に話して味方に引き入れたい存在である
とはいえ職員室で気軽にできるような話ではない、視線を周囲に向けながら言いよどむと城島はここでは話せないという事を察したのか、小さくため息をついて席を立つ
「ついて来い、生徒指導室を使う、その方がお前としても気が楽だろう」
「・・・ありがとうございます」
こういう時に話が分かる大人がいるというのは本当にありがたい、静希が口にするまでもなくこちらの事情を大まかにではあるものの察してくれるのだから
静希は城島の後に続き生徒指導室に入ると、そこには小さな個室がいくつかあった、生徒と教師が二人きりで話すには最適な環境が作られているらしく、時折悩みを抱えた生徒が利用することもあるのだという
今回の場合悩みというには少々きな臭いが、それは置いておくべきだろう
個室の中の一つの中に入ると小さな机を隔てて椅子が二つ用意されており、向かい合うような形で二人はその椅子に座る
「で?なぜ国岳に?今度は何を企んでいる?」
「企むだなんてひどい言いぐさですね、今回は純粋な貢献活動ですよ」
貢献活動などと静希の口から思ってもない言葉が出てきたことに、城島は鼻で笑って返すが、実際の所静希が今回やろうとしているのは事件の解決につながることだ
その過程で少々ある男に話を聞くというだけであってそれ以外の事では事件解決に協力する立場であることに変わりはない
「それで?その貢献活動とやらは一体何なんだ?」
「・・・奇形研究者誘拐、奇形化事件、この二つの事件を同時に解決できるかもしれません」
万が一にも周りに聞こえることがないように静希は小声で城島にそう告げた
瞬間、城島の目が鋭くなる
思考を広げているのだろうがその視線は静希に注がれている、謀っているか否かを確認しているのだろう、静希が視線を逸らさないことを確認すると、どうやら冗談の類ではないことを悟り小さくため息をつく
「二つの事件の関係性が確定的なものになったという事か?」
「まだ確定ではありません、ですが誘拐事件の方と関わっている機関とその場所は特定できました」
静希の言葉に城島は再びため息をつく、学生身分でいったい何をやっているのだと言いたくなるが、同時に学生でありながらそんなことを調べることができる静希に呆れてしまっていた
実際に調べたのは静希ではなく実月やエドなのだが、城島はそんなことは知る由もない
「つまり、その情報を国岳に渡してほしいとそういう事か?」
「いえ、そういう事じゃないんです・・・実は・・・」
自分の考えとは異なる返答に城島は怪訝な表情をするが、この後にシズキがした説明を聞いた後にさらに表情を曇らせた
静希が説明したのは今回の件にリチャード・ロゥが関わっているかもしれないという事、そしてその資金をある企業のある男が提供していたという事である
企業に接触するべく、静希は誘拐と奇形化事件について捜査しているチームと合同で動けないかと考え、警察機関の中でも特殊な部署に所属している国岳が何かしらのコネを持っていないかと考え、接触を図っていたというところまで話すと、城島は頭を抱えてしまっていた
「仮にお前の話が本当だとしたらかなり面倒だぞ、下手すれば国際問題、良くても企業が起こした、あるいは関わった犯罪になる・・・株市場が随分荒れるだろうな」
「関わったのが一人なのか企業全体なのかはわかりませんけど、その男が何らかの形でリチャードとかかわりを持ってたのは事実です、もしかしたら情報が聞けるかもしれない」
ジョン・マッカローネ、静希が注視する人物でもありリチャード・ロゥと何かしらのつながりがある可能性がある重要参考人だ
もしリチャードとのつながりが深ければその個人情報を得られるかもしれないし、上手くいけば行先や目的も把握できるかもしれない
少々荒っぽくても強引に話を聞きたいところではあるが、企業や各国との摩擦を限りなく少なくするためにはある程度面倒な手順が必要なのだ
そして静希がやろうとしていることと、その目的と理由を聞いて城島はどうするべきだろうかと頭を悩ませていた
今まで静希が関わってきた問題が一斉にやってきているようなものだ、しかも事はすでに世界規模の問題になっているだけにどうするのがベストなのか、城島も測り兼ねているようだった
「誘拐事件だけを解決するなら話は早いだろうが、企業がその裏で資金提供しているとなると面倒だな、お前の言うようにいくつかのチームで合同で事に当たらなければならないが・・・そこにお前たちを組み込むのは難儀だぞ?」
「承知してます、ただの学生ならまず間違いなく蚊帳の外に弾かれるでしょうね」
静希の言葉に城島は眉をひそめる、静希が何をしようとしているのかを何とはなしに察したのだ
教師という立場ならば止めるべきだろうが、事件の解決とリチャードの動向を確認するという意味では静希がついていったほうがいいというのも理解できる、そして静希が関わってきた悪魔の契約者たちも同様の気持ちであることはなんとなく察しがついていた
「どうにかして内部に入り込んでその男を尋問するのがお前の目的という事でいいのか?」
「はい、今のところ企業から護衛の任務でも来ればその時にちょっといろいろやって話を聞く場くらいは作れると思いますけど」
ちょっといろいろ、言葉にするとそこまで物騒な響きは無いが静希が言うとどうしてこうも厄介ごとの匂いが強くなるのだろうかと城島は辟易してしまっていた
といっても表向き犯罪を犯していないような人間に接触し、なおかつ強引に隠していることを話させようとするなら人知れず尋問するのが一番である
可能なら顔も声も確認されないことが好ましいが、その為には現地に行き、彼の近くに位置取るしか方法はない
「警備でわざわざお前を指名するだけの理由というと、やはり悪魔関係になるか」
「他の悪魔の契約者が狙ってるみたいなことを他のチームに流してもらって自分が出て行くっていうのを想定してたんですけど・・・どうですか?」
静希の言葉に城島は現実的ではないなと否定的な意見を出す、静希自身理解していたことだったのか、否定的な意見が出ても驚きはしなかった
「悪魔の契約者が狙っているとわかった時点で何らかの報復活動か面倒が押し寄せていることがわかるだろうし、その通知をされた時点で証拠を隠蔽してもおかしくない・・・企業側には何も知らせないのがいいだろうな」
「・・・となると、捜査チームとの合同での作戦になるんですか?さすがに法に関わる人間に犯罪行為はさせられないんじゃ・・・」
「それは時と場合による、警察も案外汚いこともやってるのが普通だ・・・とはいえどうやってお前とその捜査チームを引き合わせるかだな・・・」
国岳のコネというだけでは恐らくチームの中に組み込むことはできないだろう、そう考えた時にもっと真っ当な理由が必要なのだ
ただの子供が証拠を掴んできて、知りたいことがあるから協力してくれといったところで簡単に了承してくれるほど甘くはないのは静希も承知している
そんな中、城島は静希の方を見て僅かに歯噛みした後で口を開く
「こういうのはどうだ?今回の奇形研究者誘拐と、奇形化事件の裏に悪魔の契約者、あるいは悪魔を召喚できる人物が糸を引いている、そこで日本唯一の悪魔の契約者であるお前を護衛と控え役で連れていく」
日本で唯一、いや世界で唯一所在が明らかになっている悪魔の契約者
対悪魔に関して日本の学生の中で、いや日本全体で最も多くの経験を積んでいるのは恐らく静希と、静希と同じ班の三人である
それだけの人材を引き連れるとなれば断られることはまずないだろう
「時期的には今度の実習になりそうですね、またテオドールに任務を引っ張らせますか?」
「いや、今回は委員会に掛け合ったほうがよさそうだ、実際にその証拠さえそろえば委員会も重い腰を上げるだろう」
悪魔が関係している可能性さえ示せれば十分、また海外に飛ぶことになるのかと城島は嫌そうにしていたが、徐々に準備が整いつつある、上手く事が運べば今年中には今までの面倒事を片付けられそうだった
「ともあれ話は分かった、私の方で話を進めておこう、その証拠とやらは国岳を通じて捜査班に委託し、委員会から直接依頼を持ってこさせる、異論はあるか?」
「いいえ、よろしくお願いします、後は俺の方でいろいろ準備を進めておきます」
準備、ただ捜査の中に組み込まれるだけでは意味がない、企業の方に接触するために必要なことはやらなければいけないのだ
そのあたりは捜査チームとの話し合いの場も持たれるだろうが、問題はその後である
企業内のどこまでの人間が今回のことに関わっているかを捜査する流れは必ず生まれるだろうが、静希が、あるいはエドかカレンがどうにかしてジョン・マッカローネと接触する必要がある
場合によっては強引に横槍を入れさせる必要もあるかもしれない、あるいはあえて泳がせて後になってから確保するか
方法はいくらでもある、犯罪になる行動はとらないが蛇の道は蛇、それ相応に使える存在も確保しているのだ、しっかり働いてもらうことにしよう
静希は小さく息をついた後で城島と共に個室を出た
「ところで、お前の連れはこのことを納得しているのか?」
「・・・一応両方とも話はしてあります、乗り気かどうかはさておき一応納得はしてるみたいですよ」
城島の言った『連れ』というのが陽太たちのことを言っているのか、それとも人外たちのことを言っているのかわからなかったために、両方問題ないという旨を言うと城島は小さく息をついて生徒指導室を出て行く
最近自分の都合に巻き込みすぎているというのは理解しているため少々心苦しくもあるが、これ以上厄介ごとを呼び寄せるわけにはいかない
元を断つまではもう少しだけ面倒に巻き込むかもしれないが、その分しっかり詫びと礼をしなくてはならないだろう
「という事で話がまとまりつつある、何か質問はあるか?」
静希は家に帰ると早速エドとカレンに今日城島と話したことを告げていた
内容が内容だけに二人とも真剣に聞いていたが、真剣な表情と共に難しそうな表情をしていた
「つまり、主に静希が動いて僕たちがサポートって形になるのかな?」
「逆になる可能性もある、捜査チームの情報をお前達に流して、二人のどちらかが先回りか、あるいは横やりを入れるか、まぁ状況次第だな」
なにも静希が捜査チームに組み込めるだけの条件がそろいつつあるとはいえ静希が目標に接触できるとは限らないのだ
なにせ名目としては悪魔対策として静希を投入するという話なのだから、むしろ静希は自由に動けない可能性だってある
そう言う意味では比較的自由に動けるエドたちの方が汎用性が高く活躍の場が多いことになるかもしれない
「企業に直接メスを入れるって形になるのか・・・そうなると証拠の確保とかは難しいかもね・・・」
「別に必要な証拠はくれてやればいい、俺らが欲しいのはあくまでリチャードの情報だ、そう考えればこういう行動も悪くはないだろうな、面倒ではあるけど」
流れとしては静希は調査チームと合同で誘拐された人間とそこに関わった企業の捜査に加わることになるだろう、そしてエドとカレンは自由に動けるというのを利用してジョン・マッカローネの確保を最優先にして動くことになる
必要とあればテオドールに依頼してちょっとしたちょっかいをかけてもらうのもありだろう、使える手は何でも使って話を前に進めるべきだ
「カレンは?何か気になることはあるか?」
「・・・二手に分かれるのはいいが、向こう側に悟られないかが心配だな・・・企業側も、そして誘拐犯側もある程度目を光らせているだろうし」
カレンが懸念しているのは事前にこちらのたくらみが向こうにばれ、先に撤収されてしまうという事だ
無論あり得ない話ではない、それを危惧したからこそ静希は徹底的に内密に情報収集を進め、話をここまで持ってきたのだ
「そのあたりは運だろうな、たぶん捜査チームもある程度注意はしてるだろうけど、そこまで大々的に動くようなバカはしないだろ」
「・・・だといいが・・・万が一があっても嫌だな、オロバスにも協力を要請しておこう」
カレンが契約しているオロバスの能力は予知、自らが行動する現在よりも先の未来を確認することができる
相手がどのように動くのか、どういった攻撃をしてくるのか、どうやって回避するのか、近い未来であればあるほど鮮明に見ることができ、確定している未来であればあるほど見えやすいのだという
遠い未来はそれだけ不確定なものが多く、見るたびに未来が変わっているという事もよくある話だというが、占いなどよりはよほど役に立つ、特にチームでの行動においては予知というのは非常に有用である
しかも彼女が連れる悪魔の予知だ、それだけ精度も高く、遠い未来まで見通せる
この場にいるすべての人外を合わせれば、それこそ国相手でも戦争できるというのはあながち間違いではないだろう
オロバスの予知によって状況の予測、邪薙の障壁で防御、メフィやヴァラファールの射撃兼攻撃、さらに静希やエドの能力で若干ではあるが攪乱もできる
我ながらとんでもない人材がそろったものだと少しだけ恐ろしくなるが、今は味方であるが故に頼もしささえ感じている
「それと、実習で行くってことはまたメーリたちもつれていくんだろう?もし本当に契約者が出てきたら・・・大丈夫かな?」
「まぁ大丈夫だろ、あいつら結構悪魔慣れしてるし、万が一の場合はまた邪薙に防御を頼むよ」
静希を連れていくという理由からして、一応は実習という体で行動しなくてはならない、表立って悪魔の契約者と公言していない静希は公式的にはただの能力者の学生だ
だからこそこういった面倒な手順を踏まなくてはいけないのだが、それもまた仕方のないことである
雇う側からすれば静希が学生だというのは非常にありがたいことだろう、本来大枚はたいて雇わなくてはならない、あるいは雇う事さえ難しい悪魔の契約者を通常の能力者の学生と同様の条件で引き入れることができるのだ
もっとも、それができるのは静希が自分から申請した場合だけではある、もし勝手に委員会などが私利私欲で実習を持ってくれば、その時はメフィが黙ってはいないだろう
そのことを知っているからこそ今まで静希は面倒ではあるにしろ普通の学生と同じような実習を行って来れたのだ
「・・・メーリ・・・あの小さな女の子か・・・彼女もつれていくの?」
「・・・?そうだけど・・・なんで?」
「・・・あんな小さな子が戦えるの?見たところ十かそこらにしか・・・」
カレンの言葉に静希は苦笑してしまう、それを明利が聞いたらきっと泣くだろうなと思ったのだ
確かに日本人は外国人に比べ童顔だ、かつてエドがそう見えなかったように、カレンも明利が静希と同い年であるとは到底思えなかったのだろう
彼女の身体的特徴から年齢を割り出すことが難しいのは百も承知だが、こういうところで子ども扱いされる明利は少々気の毒だった
今度二人がしっかり話す機会を用意するべきだろうかと思いながら静希とエドは苦笑しながら簡単にではあるが明利の実力について話すことにした
誤字報告を五件分受けたので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿
これからもお楽しみいただければ幸いです




