生きる目的
「一ついいか?エドは・・・君は彼のことを信頼しているのか?」
「あぁ、あいつのことは信頼してる、あいつは信頼できる奴だ、何度も助けられたしな」
静希がエドを助けたように、静希もエドに助けられた
まだ少しでしかないが彼の性格も知っているし、彼の行動でその信頼は確かなものになっている、だからこそ静希はエドを強く信頼できた
「それは・・・エドが君の力になってきたからか?」
「まぁそれもあるな、言葉でどうこう言われるより行動で示してくれた方がわかりやすいし、何より口だけじゃないってことがわかる」
口だけで信頼を語ったところでそんなものは上辺だけのものかもしれない、だが行動でそれを示せば、その信頼は確固たるものになる
言葉よりも行動で、そう言う理論ならばカレンはまだ信頼に足る人物ではない、彼女は静希の力になると言いつつも、まだそれを行動に移したわけではないのだから
「エドには忠告はしたのか?私のように」
「いいや、あいつは見てても問題ない、言うまでもなくたぶんわかってると思う、そのあたりは年季の違いってところだな」
カレンは聞くところまだ二十半ばだという、エドは三十前半、その歳の違いが両者の違いといっていい、もちろん殺された対象の違いというのもあるだろう、エドは友人でカレンは肉親、比べるまでもない感情の違いだ
歳だけではなく性格面でもその違いはあるのだろうが、静希がエドに忠告などしない理由は他にもあった
「あいつは自分だけじゃなくて、もっとたくさんの人間を巻き込んでいろいろやろうとしてる、能力者全体を巻き込むかもしれないくらいの人助けだ」
上手くいくかどうかはさておきなと付け足して静希は苦笑する、言葉の通り上手くいくかどうかなどわかったものではないような理想論でしかない、いや、現時点では上手くいくビジョンなど見えないような絵空事だ
だがその上手くいくかどうかわからないことこそが、静希がエドを安心して見ていられる理由にもなっていた
「カレン、俺がお前を危ないって思ってるのはそこなんだ、あいつは復讐以外の目的を持ってる、未来を見据えてる、でもお前は復讐にしか目が行ってないんだ、それが俺にとってはすごく怖い」
盲目的とでも言えばいいか、カレンはリチャードに復讐する事しか考えていないように思える、だからこそ危ういのだ
「・・・一つのことに集中することがそんなに悪いことか・・・?」
「集中しすぎると視野が狭くなるって言ってるんだ、ついでに言うと形振り構わなくなりすぎる、だから危ないんだ」
集中すればその物事に対しては効果的な思考と行動ができるようになるだろう、だがそれ以外のことに目が向かなくなる、だからこそ踏み外すのだ
人として犯してはならないその領分すら見えなくなる、目的のためなら人として最低限の良識すら踏み越える
そんなことをしてしまった男を静希は見たことがある、娘をよみがえらせるために命を一つ自らの手で作り出した男を
妄執するという事はそういう事だ、それ以外のことに目が向けられなくなりそのことしか考えられなくなる
「・・・だからといって、どうすればいいの・・・私は今それ以外にやりたいことなんてない、やらなきゃいけないことなんてない、一つのことに集中していた方が何も考えずに済む・・・だから私は・・・」
カレンは握り拳を作りうつむいてしまう
後悔や自責の念から逃れるために、とにかくリチャードへの復讐を至上目的としてきた、それ以外のことが頭に入らないように怒りと憎しみを体の中に蓄えてきた
余計なものに目が移らないように、自分の意志が揺らがないように、だが静希にそれを否定、とまではいかなくともやめるように言われ、どうしたらいいかわからなくなってしまっていた
それ以外の生き方などカレンは知らないのだ
「・・・俺の知り合いにお前みたいな頭がくっそ硬いまじめちゃんがいるんだけどさ」
静希の言葉にカレンは顔をあげずに耳を傾けた、静希が何を言いたいのかわからないながらも、その言葉を理解しようと
「あいつもそうなんだけど、なんでエルフってやつらは頭が固い連中ばっかりなんだろうな、もう少し気楽になればいいのに」
「・・・気楽になどなれるものか・・・私は・・・」
「何も毎日いつでも四六時中復讐のことを考える必要はないだろ、常に張りつめてるよりいざってときに発揮したほうが力が出るぞ」
復讐にしか目を向けないのではなく、必要な時になったらその感情を爆発させればいいだけ、静希はそう言いたいのだと理解しながらもカレンは歯噛みしていた
そんな真似ができるほど自分は器用ではない、何より自分のそばにいる弟の使い魔が目に映る度にカレンの心は深く沈んでいく
彼女自身が諦めているというのもあるが、カレンは復讐以外にすでに生きる目的を失くしている、だからこそ静希が危険視し忠告までしているのだ
難儀しそうだなと思いながらも静希は強引にカレンの顔をあげさせる
「カレン、お前が復讐以外に目を向けられないっていうなら、今後リチャードの件にお前は関わらせない」
「・・・なんだと・・・一体何の権限があって」
「俺の邪魔になるからだ、それ以外に理由が必要か?」
権限などありはしない、ただ邪魔だから近づけさせない、ただそれだけだ
実際静希はやろうと思えばそれができる、実力でカレンを組み伏せることくらいならできるだろう、それに何よりこんなに危うい状態の人間をそのままにしておくわけにもいかないのだ
「何も難しいことは言っていないだろ、復讐以外のことに目を向けろ、なんか好きな事とかやりたいこととかないのか?何かしらあるだろ」
人間生きていれば好きなことの一つや二つあるものだ、何も復讐だけが生きる道ではない、他に好きなことでも気楽になれる事でもあればそれでいいのだ
カレンは少なくとも静希よりも長く生きてきているのだ、何かしら好きなことの一つや二つあっても不思議はないのだ
「・・・そんな事・・・言われても・・・私は・・・」
「・・・じゃあ質問を変える、お前召喚が行われる前は一体何やってたんだ?仕事は?趣味は?」
静希の言葉にカレンは昔のことを思い出そうとしていた、それは召喚が行われる前、家族が殺される前の事
怨嗟の感情に飲み込まれ、今や思い出すことも難しい、それほど昔ではないはずなのに遠い過去のように感じられる昔の話
カレンはかつて軍に勤め、その傍らエルフという立場を活かして数多くの研究に携わってきた、魔素に関係することから、能力に至るまで、エルフとして力になれるようなものには一通り関わってきたのだ
没頭というまでではないが、そこそこに研究に精を出し、時折軍に足を運んで訓練や任務に勤しみ、それなりに充実した日々を送っていた
「趣味・・・といえるかどうかはわからないが・・・料理は・・・それなりにしていた・・・食事はしっかりとらなくてはならなかったからな」
「他には?まさか料理して食べるだけってことはないだろ?」
料理という行動をよく行うという事はそれに乗じて他にも多くの行動をすることになる
買い物だけではなく、その食事を誰と摂るかあるいは誰のために作るか、何のために作るか、ただの栄養補給のためだけならサプリだけをとってればいいようなものである
軍に身を置きながら研究者という立場であったという事はそれなりに忙しかっただろう、なのに料理をしていたというのは料理を作るという行動が好きだったからに他ならない
その好きだったという料理が、何故好きだったのかを気づく必要がある
「料理をして・・・振る舞った家族や友人に、美味しいと言ってもらうのは、嬉しかったのを覚えている・・・もう昔の話だが」
「・・・なら今はまぁ、あいつらに料理を振舞ってやればいいんじゃないか?エドとか料理ができるとは思えないし、給仕係やってやれよ」
将来への目的や、復讐と比べるとひどくお粗末で小さなことかもしれないが、今はそれでいいのだ、今はまだ、このお粗末で小さな変化でいいのだ
「・・・そんな事、やったところで」
「そんな事でいいんだよ、何もいきなり変われなんて言ったってできっこないんだ、少しずつ他の所に目を向けられるようになればいい、まずはエドたちに飯を作ってやれ、ちゃんとあいつに報告させるからな、サボるなよ?」
半ば強引に静希はそう約束を取り付けると、静希はため息をつく、エルフの人間というのはどうしてこう頭が固い人種が多いのか
かつてあった虎杖のように融通の利く性格をした人種が多ければこちらとしても助かるのだが、どうにもままならないものである
将来東雲姉妹もこんな風になるのだろうかと思うと静希は嫌気がさす、子供のままでいろとは言わないがもう少し柔軟な発想や考えができるようになってもらいたいものである
とはいえ、静希だって自分がどれだけ勝手なことを言っているかくらいは承知している
肉親が殺されて平気でいられるような人間は少ない、カレンもその例に漏れず正気ではいられないのだ、だからこそ復讐に憑りつかれるように周りのものに目を向けられていないというのは理解できる
そして自分がどれだけ無配慮な事を言っているかも理解している
静希自身、こういった発言は正直したくない、遺族を無為に刺激するようなことを言って得することは本来ないのだ
だが今は状況が違う、カレンが静希と行動を共にすることになるのであれば、復讐と言うものだけに目を向けてもらっては困るのだ
もしこれから敵と交戦することがあって、カレンが復讐と静希達を天秤にかけるようなことがあった時、復讐の方に傾いてもらうようなことがあってはならない
裏切るという行為とはまたニュアンスが違うが、静希達を危険に晒してまで復讐を優先されては静希達が困るのだ、だからこそ、あえて刺激するような事を言い、なおかつ復讐以外のことに目を向けさせて少しでも気持ちを楽にさせられればと思ったのである
いくら強力な戦力になるとはいっても、いつ自分を切り捨てるかわからないような人間を近くにおいておく趣味は静希には無い
ただカレンを救いたいからとか、苦しんでいる人を放っておけなかったとか善人だったら言うのだろう、だが生憎と静希は善人ではない
自分の都合の良いことなら肯定するし、都合の悪いことなら否定する、自分の危険になる物なら限りなく排除したいし、自分の思い通りになるためなら可能な限り手を尽くす
かつて事件を解決するためにエドに協力を要請したのと同じだ、容疑者の行動を制限させ、同時にもう一人の容疑者への揺さぶりにもなる、ついでに容疑者を釣る餌にもなった
多少言い方が悪いが今回のそれだって同じことだ
「あいつらもお前の手作り料理なら喜ぶだろうさ、せいぜい頑張れ」
「・・・料理か・・・久しくやっていないな・・・」
家族を殺されてからそんなことをする暇も考えている余裕もなかったためか、カレンはもう半年以上料理と言うものをしていなかった、それでも培った技術はまだ体が覚えている、問題は彼女がそれを行使できるだけの精神状態まで戻せるか否かである
だが静希も言ったようにいきなり変われと言ったところでできるはずがないのだ、少しずつ変わって、いや少しずつ戻っていけばいいだけの話である
翌日の早朝、ランニングに行く準備を進めていると家のチャイムが鳴り響く
明利が来たのだろうかと思ったのだが、邪薙の反応を見る限りどうやら違うようだった
そして静希の感覚が明利ではないことを告げている、悪魔の気配がしたのだ
オルビアが対応するとそこには目の下にクマを作ったエドが立っていた
「エド・・・言ってた通り徹夜か?」
「あぁ・・・でもその甲斐あったよ・・・金の流れた先、口座を利用している人間とその居住先、それに決定的な証拠も確保できた・・・まだ片方だけどこれだけで十分動ける」
かなり疲れているようでふらふらしているが、静希はとりあえず水を飲ませるべくエドに水の入ったコップを差し出した
一気にそれを飲み干すとひとまず人心地着いたのかエドは椅子に座り込んで大きくため息をつく
「で?どんな証拠が確保できたんだ?」
「目撃証言・・・いやその映像と言った方がいいね、各国で誘拐された研究者の数人がカメラの中に映っていた、偽造の書類なども見つかってるよ・・・随分と手間がかかったけどね・・・」
手間がかかったという割に一晩でこれだけの情報を集められるだけ相当優秀であると言えるだろう、能力よりもこっちのほうがずっと優秀なのではないかと思えるほどだ
偏にエドの人脈というのもあるのだろうが、さすがの静希もこの情報には言葉もなかった
エドから受け取った情報を閲覧しながら静希は思考を始める、早朝という事もあってまだ完全に頭が覚醒していないが、少なくとも今日静希がとるべき行動は決まりそうだった
「ってことはひとまず誘拐事件の犯人扱いはできそうだな」
「まぁ・・・どうやらこのことには捜査チームも気づいてたみたいだよ、正確なあぶり出しはできなくても逃走ルートからある一定の地域までは絞り込んでたらしい」
さすがに警察などの機関も無能ではないようだった、しかも日本だけならまだしも世界的に起こった事件だ、国際警察などが動いていてもおかしくない
彼らもこの半年近く何もしていないというわけではないようだった
「そっちは企業が絡んでるってことは気づいてるのかな」
「どうだろうね、そこまでは直接確認しないとわからないな、この規模から裏に何かの組織がある程度は想定してるだろうけど・・・」
どうやら静希達とは別の手段で今回の事件の糸口にたどり着いたのだろう、静希は金の動きから、捜査機関は人の動きから今回の核心に迫っているようだった
前者は調べるのは早く済むがその分セキュリティが固く、ちょっとやそっとでは閲覧することすらできない、後者は時間がかかるが確実に前に進むことができる
静希の場合エドという人脈の広い人物と、実月という電子系統に強い能力者がいたからこそ大幅にその経過を短縮できたのだ、本当に運が良かったとしか言いようがない
「捜査してるチームと合同で事に当たれば現場と企業、同時に解決できるかもな」
「問題はそのパイプをどうやって繋ぐかってことだね、下手すれば情報だけ持って行かれかねない」
エドの言うように情報提供をして証拠を差し出せばその後は自分たちの仕事だと言わんばかりに部外者扱いされるだろう、この事件に関わりたい静希達からすればそれは望むところではない
何とかして捜査チームにアプローチをかけ企業の方に接近したいところである
こうして考えると犯罪を犯さないで人を尋問するというのは本当に手間がかかるなと嫌気がさしてくる、とはいえ面倒な工程を挟まなければ自分が犯罪者扱いされるだけだ、多少面倒でもしっかりとこなさなくてはならない
「・・・今日先生にちょっと相談してみるよ、もしかしたら軍や警察のコネが使えるかもしれない」
「ん・・・まぁシズキがそう言うなら任せるよ、僕からもいくつか知人にアプローチをかけてみる」
頼んだと静希がエドの持ってきた資料を机に置くと同時に来客を知らせるチャイムが鳴る
今度こそ明利のようで邪薙がまったく警戒していないのが静希も感じ取れた
「静希君、おはよう・・・あれ?エドモンドさんも、おはようございます、朝早いんですね」
「ハハハ、いや実はこれから寝るところなんだよ・・・今日は徹夜でね」
てっきり静希と一緒に早起きしたのかと思っていたのか、大きく欠伸をするエドを見て大丈夫ですかと気遣っている
何があったのかを正確には把握していないが大人が徹夜をするというのはあまり良くない兆候だという事は知っているのだろう
急ぎであったために徹夜する必要があっただけなのだが、エドとしては必要経費くらいにしか思っていないようだった
「すまない・・・そろそろ限界みたいだ、シズキ、ちょっと横にならせてもらうよ、あの子たちを頼んだ」
「あぁ、ひとまず休め、資料助かった」
エドはそう言いながらふらふらと用意してある布団へと倒れこむように横になった
さすがに疲れたのだろう、これだけの情報を集めるためにどんなことをしてきたのか静希は知る由もないが、その疲労だけは少しだけ理解できた
「オルビア、ちょっと走ってくる、留守番任せたぞ」
「かしこまりました、マスター、明利様、行ってらっしゃいませ」
毎日の日課をこなすべく静希は明利と一緒に早朝の街を走りに行くことにした
この日課ももうすぐ一年になろうとしている、明利もかなり体力がついたと思いたいが、実際のところどうなのだろうか
以前入れ替わった時にはさほど体力の変化は感じられなかったが、昔に比べればましになっていると思いたいものである
誤字報告が五件分溜まったので1.5回分(旧ルールで三回分)投稿
最近WoTに手を出してしまい夜遅くまで戦車道ばっかりやってます・・・いやぁネトゲって怖いわ
これからもお楽しみいただければ幸いです




