信頼の値
静希がリット・アイギスと話をしている間、カレンはアイナとレイシャと共に風呂に入っていた
元々世界のあちこちに行く仕事を手伝っているために場所それぞれに順応するのは早い方だが、アイナとレイシャの順応性は突出している
昨日使っただけで大まかな静希の家の風呂の構造を理解しているようだった、さすがエドの英才教育を受けているだけはある
そんな中でカレンはアイナに背中を洗われながら、湯船につかっているレイシャを眺めていた、幸せそうな顔をしている小さな少女を見て頬が緩むと同時に、その姿が自分の弟と重なるのだ
そしてその度に、ベランダで話した時の静希の言葉が再生される
復讐だけがすべてじゃない
彼自身、自分の言葉の軽さを理解しているのだろう、それ以上突っ込んだことは言わなかったし、説得しようとする気が感じられなかったのも事実だ
だからこそ気になったのだ、純粋に自分を気にかけていてくれるという事が理解できたから
「アイナ、レイシャ、一ついいだろうか」
「なんでしょう?」
「どうしました?」
二人はそれぞれカレンに目を向けその言葉を待っている、一体何を聞かれるのだろうかと首を傾げながら
「君たちはシズキと知り合って長いのか?」
「私達はそこまで長くはありません、ですがよくお話は聞いています」
「ボスからよくお話を聞きます、そしてとてもすごい人であると思っています」
アイナとレイシャのそれぞれの言葉を補完するかのような言葉にカレンは僅かに目を細める
すごい人である、確かに二人からすれば自分を助けてくれたエドの恩人だ、すごい人と思うのも無理のない話だろう
「・・・君たちは、シズキのことをどんな人だと思ってる?すごい人だとは私も思う、だがそれ以外のことがわからないんだ」
エドから話を聞いて、どんな人物であるかは大まかに知っている、冷酷な人物だとも、懐深い人物だとも、思慮深い人物だとも聞いている
だがベランダで二人で話して、わからなくなったのだ
ただの少年のようで、ただの少年ではない、一見普通に見えるのに、普通ではないように感じた
子供の感性は正直だ、大人ではわからない機微に気付くことがある、それこそ物事やその人の本質を突くこともあるのだ、だから聞いてみたかった、これが静希の計らいで得た機会だとしても
「ん・・・私はとても優しいお兄さんだと思いました、時折怖い顔をしますがそれは私達に向けられたものではありませんので」
「私は・・・信頼できる人だと思いました、私達やボスを信じてくれています、だから私もあの人を信じられると思ってます」
二人の言葉にカレンは僅かに目を伏せる
エドも以前言っていた、静希は身内には甘いと、つまりエドやアイナ、レイシャは静希にとって身内に近い扱いになっているのだろう
怖いところを見せてなお、優しさを感じさせるというのはなかなか難しい、静希は感情を向けるというのがとてもうまいのだろう
「シズキは、私をどう思っているだろうな・・・」
カレンの言葉にアイナとレイシャは目を丸くした、彼女の言葉が上手く理解できなかったからではなく、何故そんなことを気にするのかと思ったからである
「信用していない人を我が家に入れるような人はいないのではないですか?」
「私なら信じていない人は近くには寄せ付けません」
二人の言葉にカレンはそうだろうかと目を閉じる
静希が自分を気にかけてくれているのはわかる、だがどこか距離を置かれているような気もするのだ
自分の今までの経歴を考えれば当然のことだ、エドと違い、自分の場合は身の潔白を証明できるものがないのだから
家族を殺されたなどといっても、それは自分がそう言っているに過ぎない、静希が自分を信頼するには足りないのではないかと思えてならない
「・・・気になるのですか?ミスターイガラシにどう思われているのか」
「ん・・・まぁ、そうだな」
カレンの言葉にアイナとレイシャは表情を明るくして内緒話を始めた
一体何を話しているのかカレンには聞こえなかったがとても楽しそうに話している、そして数秒した後二人はカレンの肩を掴んで満面の笑みを浮かべていた
「わかりました!私たちがお手伝いします!」
「きっと成功するように計らいます!お任せください!」
「・・・ん?え?」
一体何のことを言っているのか、一体どんな勘違いをしているのか、二人は嬉々としてカレンへの協力を約束した
状況を飲み込めていないカレンは疑問符を飛ばしながら嬉しそうな、そして楽しそうな二人を見比べるのだが、見ただけで何を考えているのかなどわかるはずもない
子供の余計な気づかいが一体どのようなものを生むのか、カレンはまだそのことに気付かずにいた
「ミスターイガラシ!ただいまお風呂から上がりました!」
「ミスアイギスの体も隅々まで洗いました!任務完了です!」
入浴後パジャマに着替えた二人が再び敬礼するのを見て静希は自分も風呂に入るべく準備を始めようとした
「御苦労、これより夜間行動に入る、各員歯を磨いて就寝の準備をしておくように、解散」
二人の調子に合わせて普段の静希らしからぬ発言をし、リットを連れて入浴することにする
「シ、シズキ、そいつもつれていくのか?」
「あぁ、男同士の裸の付き合いってやつだよ、ちゃんと洗うか見張っておいてやるから安心しろ」
そんな話をしているとちょうど人外たちも話を終えたのかリビングに戻ってきた
この場をオルビアに任せ静希が風呂に向かう中、オロバスは神妙な面持ちでカレンの下へとやってきた
「カレン、少しいいだろうか」
真剣な声音のオロバスに、カレンは僅かに眉を顰めながら彼の言葉に耳を傾けた
その内容はメフィを通じて静希から忠告があったという事だった
隠すこともできただろう、だがオロバスはカレンと契約を交わした悪魔、隠し事をするのは彼の流儀に反するのだ
「そうか・・・メフィストフェレスが・・・」
オロバスが伝えたのはあくまで彼女が言った忠告とメフィが言った言葉のみ、だがそれで十分だった
静希は自分が危険なことをすると思っているのだ
それも、静希が自分を気遣ってくれているという事だとカレンは受け取ったが、やはりどこか信頼されていないように思える
悪魔を通じてそんなことを言ってきたのだ、何かしらの意図がある、そう感じた
カレンがオロバスからの言葉を受け取ると静希とリットが風呂から上がってきた
「ミスターイガラシ、早いですね」
「男の風呂は女のそれと違って早いんだよ、覚えとけ」
烏の行水という言葉もあるだけあって、静希の入浴は早かった、男だからというのもあるだろうが自分たちのそれと比べると格段に早いように思えた
「シズキ、少し時間をくれないか?」
「ん?なんだ?」
カレンが動いたことで、アイナとレイシャが何かに勘付いたのか、他の人外たちを引き連れてリビングを二人だけにしようとしていた
とはいえメフィは二人のいう事を聞こうとしなかったが、そこはオルビアが気を利かせて彼女を連れて行った
一体何をやっているのだろうかと静希はその二人を見て疑問符を浮かべていたが、とりあえず寝巻に着替え軽く飲み物を口にすると、カレンが少し目を細めた後声を出した
「君は・・・私が敵になったらどうするつもりだ?」
「・・・また随分と妙なことを聞くなどうしたんだ?」
「いいから答えてくれ」
カレンのまじめな表情に静希は眉を顰めながら自分の想像力を駆り立てる
何故カレンがこんなことを聞くのか、それは多分メフィからオロバスに宛てた忠告がそのままカレンの耳に届いたからだろう、そこは問題ではない、最初からカレンに伝わることは承知していた
だがなぜ自分と敵対するなどと言い出したのかわからない
「その程度によるな、互いに目的が違って競い合う程度なら、それは仕方ないと思うし、よくあることだと思う、けど俺の身内に手を出すって話なら別だ」
静希の敵になるような行動なら、未来はない
メフィがそう言っていた言葉をまるで体現するかのような鋭い視線にカレンは冷や汗を流した
「わざわざそんなことを聞いて来たってことはオロバスから忠告の話は聞いたんだろ?でなきゃこんなこと聞くはずないもんな」
「・・・あぁ、そうだ」
見抜かれていて当然、カレン自身そう思っていた、なにせ自分が対峙しているのはエドが認めた男なのだ
「口に出すのはどうかと思ってたんだけどな・・・はっきり言っておくか・・・カレン、俺はまだお前のことを完全に信用してない」
あえてはっきりと口にした静希の言葉に、カレンは僅かに動揺する、まさか真正面から言われるとは思っていなかったのだ
そんなことを当人に言ったところで意味はない、ブラフにもならない、だからこそ困惑した
「俺は言葉よりも行動の方を信用するタイプなんだ、だからお前がまだリチャードの回し者じゃないかって疑ってる部分はある」
静希はそこまで言ってさらに言葉をつづけた、だけど、と
「お前がもし敵になるなら、俺の『敵』になったなら、俺は最初たぶん説得すると思う、届くかどうかはさておいて、無警告で攻撃するようなことはしないと思う」
静希にとって『敵』とは的以上の価値を持たない、ただ狙って撃つ、本当の意味での的でしかない、だから説得なんてことはしない、だからこそ静希がそう言うのは何らかの情をかけているからだろう
「カレン、もしお前が本当の意味で俺の『敵』になったら、その時俺は多分容赦しない、殺しはしないだろうけどな」
未来はない、悪魔が言っていた言葉が正しかったかのような言い回しにカレンは目を伏せる、あえてここまで自分に話すことに意味はない、いや正確には静希にとってのメリットがない
それでも話す、自分の心根の内を明かす、それは静希を信頼してほしいという気持ちの表れか、それともこちらはこう思ってるぞという事を明かすことで立場をはっきりさせておきたいからか
どちらにせよカレンは静希のこの行動に、一種の誠実さを感じていた、静希の言葉に嘘偽りがないと感じたからこそ、彼女はそう思った




