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J/53  作者: 池金啓太
二十七話「所謂動く痕跡」

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相談ごと

「・・・シズキ、少しいいだろうか?」


明利を家に送り、布団を敷いてそれぞれが寝る準備が整った中、カレンは静希を呼びだしてベランダへとやってきた


エドやアイナ、レイシャたちはメフィと共にゲームに興じていたりと割とこの状況を楽しんでいるようで、ヴァラファールをはじめとする人外たちも互いに打ち解けつつあるようだった


そんな中、カレンの表情だけが浮かない、呼び出されたとき、何かしら話があるのだろうなという事は察しがついていた


「どうした?随分と重苦しい表情してるけど」


「ん・・・少し、相談・・・いや、質問があってな」


質問、静希がカレンに聞かれて答えられるようなことがあるだろうかと首をかしげる中、彼女はベランダから室内にいるリットの方に視線を向ける、幼い少年の姿をした彼はソファに腰かけじっと遊んでいるメフィ達を眺めている


その動作に、静希は彼女が聞きたいことがリット関係の事であることを察した


「シズキの使い魔、フィアといったか、あのリスの奇形種は本物のリスのような動きをしていた、まるで生きているかのような動きだ・・・何故だ?同じ使い魔のはずなのに、なぜリットは・・・あれは人形のようなのだ?」


カレンの弟であるリットはすでに死んでいる、それは静希の使い魔であるフィアも同じことである


お互いに悪魔の力によってその体を根本からつくりかえられ、主から魔素を供給することによって動いている


静希の場合は使い魔であるフィアが小さいためにその魔素も少量で済んでいるが、リットはフィアの何十、何百倍もの体積を持っている、それに必要な魔素がいくら程なのか、静希は想像もできない、その魔素を供給するためにカレンは自分の体内に余計な魔素を欠片も入れることができない状況だ


つまり、彼女は現状能力を使えないに等しい、自身の体を魔素の供給管にしてリットを動かしているのだ


この二人の使い魔に違いがあるのかは静希にはわからない、だが確かにカレンの言うように、静希の使い魔であるフィアはまるで生きているかのような動きや仕草をすることがある


それに対してカレンの使い魔であるリットは、まるで人形のようだ、動きも最低限のものでしかなく、表情の変化も全くない、声も静希は聞いたことがない


この違い、一体何がそれを起こしているのか


「・・・これは確証もないし、ただの俺の推測でしかないけど、それでもよければ」


「・・・構わない、話してくれ」


リットに会って、そして今日数時間その様子を見て静希が思ったのはたった一つだ、そして彼がなぜあのようになっているのか、いくつかの仮説を立てた、その中で一番有力なのを静希は話すことにした


「お前から供給されてる魔素が、本来の動きをさせるには足りてない可能性がある、言いかたが悪いけど、燃料が足りなければその分動きも鈍る、だからこそ最低限の動きしかできていないのかもしれない、要するに省エネモードになってるのかも」


「・・・私の・・・魔素では足りないのか・・・」


カレンはエルフだ、体の中に貯蓄できる魔素は通常の人間の数倍から数十倍に達するだろう、その性能をすべてリットへの魔素供給に使ってもまだ足りない


ほんの小さな小動物を使い魔にしている静希からすれば想像もできない量の魔素を今でも注いでいるのだろう、だがそれでも足りない


仮説の中で一番筋が通っている、他にもいくつか仮説はある、だがそのどれもが感情論や精神論に揺れているものばかりだ


魂がないのではとか、生まれ変わったせいで別の存在になったのだとか、心は死んだままだとか、およそ仮説にもなっていないただの妄言だ


希望を持たせる曖昧な言葉より、現状を理解したうえで諦めのつくはっきりした言葉をぶつけたほうがましだと考えた


だから、静希はその後にこう告げた


「でも、たとえ供給する魔素を増やしても、お前の弟が生き返るわけじゃない」


その瞬間、カレンは目を見開いた、いやもしかしたら静希を睨んだのかもしれない


だが、すぐに悲しそうな表情をした後で視線を落とす


「そんなこと・・・そんなことわかっている・・・!」


わかっていないよと静希は言いかけたが、その言葉を半ば強引に呑み込んだ


カレンは先程、魔素が足りないのではといったときに、自分の胸元に手を当てた


彼女の奇形部位は胸元だ、その奇形部分を悪魔の協力により強引に増やせば、リットに供給できる魔素も増えるのではないかと考えていたのだろう

だからこそ、静希は諦めるように、先の言葉を言ったのだ


自分から奇形化しても碌なことにならない、静希はそれを身をもって知っている


それに、仮にリットに供給する魔素を増やしたとしても、生前の弟と同じ動作をする確証はない、下手に希望をもって奇形化を進め、取り返しのつかないところまで奇形化させ、それでもなお元の人間に近い動きをしなかったとき、彼女がどうなるか容易に想像がつく


希望は人を生かし夢を見させる、だがそれらが、その希望が偽りだったと知った時、希望が大きい程人は大きく絶望し、その絶望は人を殺す


カレンは死なせてはいけない、すでに死んだ人間を生き返らせようとするなんてのは所詮無理な話だ


なら別の目的を与えるしかない、幸いにして彼女はすでにそれを持っている

利用するようで良心が痛んだが、そういう事を言っているような場合でもないようだ


「カレン、お前の弟も、お前の家族も死んだ、だから仇を討つんだろ?」


「・・・あぁ・・・そうだ・・・リチャード・ロゥを殺す、私が、この手で・・・!」


復讐


生きる理由が仇討ちなんてのは悲しすぎるが、それでも立派な生きる理由だ


それが果たされた後どう生きるかは、彼女自身が見つけなくてはならないが、当面の目的としては十分に思える、少なくとも、今この場では


「エドも、友達が殺されてる、口には出さないけど仇を討ちたいくらいは思ってるかもな」


「・・・前に聞いたな・・・仲の良い友人だったとか」


ベランダから部屋の中でアイナとレイシャ相手にゲームをしているエドを見ながらカレンは目を細める


陽気な今の姿からは想像できないだろう、あの時のエドの姿を思い出すのは静希も難しい、暗闇の中悪魔を引き連れて虎視眈々と獲物を狙う彼の瞳、少しだけ頼りない、怯えと戸惑いの中に怒りと殺意を込めたあの瞳


今のあの姿を見ると、あの時のエドの姿は少しずつかすんでしまう、それほど今のエドは陽気になっている、いや陽気さを演じているのかもしれない


「シズキ・・・君はなぜ奴を追っているんだ?君は確か誰も・・・」


「・・・あぁ、俺は幸いにして誰も身近な奴を殺されてない・・・巻き込まれた奴はいたけどな」


身近で巻き込まれた奴、静希はそう言う風に表現したが本来順序が逆だ


巻き込まれたからこそ身近な存在になったという方が正しい


東雲風香、メフィが召喚した時の出汁にされたエルフの少女、彼女との出会いが始まりだった、そこから静希はメフィと契約し、邪薙と出会った


「だから俺は、お前たちの気持ちの、十分の一も理解できてないと思う、俺があいつに持ってるのは、殺意とか復讐とかじゃない気がする・・・どっちかっていうとよくも面倒事に巻き込んでくれやがったなっていう腹立たしさだと思う」


腹立たしさ、静希はそう表現したが、その内心はそんなに生易しいものではない


ただ静希を巻き込んだだけではなく、リチャードは直接静希を潰そうとしたこともある、その借りを返すという意味でも、静希はリチャードを『敵』として認識している


味方には情に厚い静希でも、敵には容赦がない、それは静希を知る人間のほとんどが知っている事柄だ


「・・・腹が立つから、奴を追うと?」


「・・・それもあるけど、一度あいつが俺に直接ちょっかいかけてきたことがあってな、もしかしたら次は俺じゃなくて俺の周りの奴を狙うかもしれない・・・それだけはさせない、絶対に」


先程までは穏やかな口調で話していた静希が、ほんの一瞬、鋭く、そして重い言葉を放ったことでカレンは僅かに動揺する


刃物にも似た鋭い殺気、どこへ向けられたのかもわからないそれを肌で直接感じ取り、カレンは静希という人物を再認識した


彼の姉貴分である雪奈の殺気をその身で受けていれば、二人の殺気が似通ってきているという事に気付けるだろう、毎日の剣術の訓練によって、静希は僅かながらにではあるものの彼女の技術だけではなく、殺気すらその身に纏いつつある


カレンは生活を共にすることで、エドという人物はそれなりに知ることができた、彼が信頼に足る人物であるというのは十分理解できる


そのエドが、少し頭が回る程度のただの少年を多大に評価するのが少し不思議だったのだ


だが今、静希の表情と声と殺気を見て感じて、カレンは自分の中の静希の評価を改める


少なくとも、ただの子供ではない、エドに匹敵する、あるいは凌駕するほどの何かが静希にはあると、そう感じていた


「だから俺はどっちかっていうと、これ以上余計なことをさせないって意味であいつを追ってるんだ、それ以上の意味はあまりないかもな」


ほんの一瞬だけ見せた表情を打ち消して、静希は苦笑する


先程までの鋭い視線も声もそこにはなく、年相応の表情になっている、今の静希を見ると、先程のそれが嘘か幻ではないかと思えるほどだ


普段の静希は何の威圧感もないただの高校生でしかない、だが幾多もの学生離れした経験と、人外との生活が静希の殺気に一種の凄みを持たせていた


「カレン、俺はあくまで被害を抑えるためにあいつを追ってる、でもお前らは違う、お前らはあいつを殺すっていう目的を持って動いてる、だから俺をいくらでも利用してくれ、そうすりゃたぶんほんのちょっとは楽になると思うから」


復讐などという事に協力するには、静希はあまりにも動機が薄すぎる、だからこそ協力という言葉ではなく、利用という言葉を使った


手は貸せる、だが本質的な意味で助けになることはできないという事を静希自身理解しているのだ


「・・・随分と嫌な言いかたをするな・・・利用などと」


「ハハ・・・俺はあいつが思ってるほどいいやつじゃないんだよ、少なくとも善人とは程遠い、元来小悪党ってのは利用されるもんだろ?」


ベランダから部屋の中にいるエドに視線を向けた後で静希は自嘲交じりに笑みを浮かべる


小悪党、以前にも静希は自分自身をそのように称した、事実そうであると静希自身確信を持っている


正義などというものを振りかざすつもりもなく、大衆のために動くという事もせず、ただ自分と、自分の身内の者のためだけに動く、静希の性格も鑑みた時、小悪党というのは非常に適切な表現であると言えるだろう


少なくとも、今まで静希がしてきた行動を全て見た時、善か悪かで言えば、静希は悪の側にいる、それが間違っているとは言えないが、静希自身それでいいと思っている節さえあるのだ


「悪党か・・・エドが話すシズキの姿からは想像できないな」


「あいつが俺のことをどういってるのかは気になるところだけど、ヒーローじゃないのは確かだよ、変身もできないし、何よりこんな体のヒーローがいてたまるかっての」


静希はそう言いながら自分の両腕を自嘲交じりに見つめる


失った腕の代わりに取り付けられた霊装の義手の左腕、自らの能力の限界を超えた反動で奇形化した右手


少なくとも日曜日の朝にやっているような戦隊ヒーローやライダー系のヒーローのそれとはかけ離れている、どちらかというと怪人の方が似合っているだろう


「・・・その腕は、どちらも元には戻らないのか?」


「手段を問わなければ元には戻るけど、これは俺が自分のせいで負ったものだからな、他の奴を犠牲にしてまで治そうとは思わないよ」


手段を問わなければ、それはつまり有篠晶による生体変換を用いた場合の話だ


右手だけなら犠牲なしで元に戻すこともできるだろうが、左腕に関しては他者を犠牲にするか、静希自身の体の一部を流用するしかない


生きた他人の体を使うか、自分の体の余計な部分を使えば治せるが、後者の場合まず間違いなく有篠晶に殺されるだろう、となれば他者の体を利用するしかないが、そこまでして腕を治そうとは思わなかった


自分の未熟さが招いた結果だ、ある種の教訓ともいえる、それを他人に押し付ける程静希は非情にはなり切れないのだ


「それにこれはこれで便利だしな、左腕の方には結構いろいろ期待できるし、右手の方はまぁあんまり変化はないけど、見た目はいいしさ」


左腕は武器が仕込まれており、最近は高速移動の方法も見つけることができ、その訓練に勤しむ毎日だ、まだまだ移動法としての確立は難しいが上達はしてきている、そのうちフィアがいなくとも自由に辺りを飛び回ることができる日も来るだろう


右手に関してはまだこれと言って利点が思い浮かぶわけではないが、少なくとも通常の肌よりも何倍も強固な肌と鱗がある、通常状態より防御力が優れているという意味では以前より良くなっていると見るべきだろう


「随分と前向きな考え方だな」


「まぁな、そうでもしないとやってられないって学んだし、何よりあいつら見てるといちいち悩んでるのがバカらしくなってくるんだよ」


そう言いながら静希は部屋の中にいる人外たちに目を向ける


自分よりも何倍も生きている悪魔、神格、霊装、そう言った類の存在がいると自分の悩みが酷く矮小なもののように感じるのだ、その為自分の体に起こっていることが大したことではないように思えてくるのである


とはいえ、左腕を失ったときのショックは大きかった、それから数週間は無いはずの左腕が痛みを覚えたり、夢の中で爆炎に包まれることもしばしばだった


だがその度にメフィをはじめとする人外達や、幼馴染である明利達に支えられてきた


静希だけだったらこんなに早く立ち直ることはできなかっただろう


静希は周りの人間に恵まれていた、もしこれで周囲の人間すべてが静希をおちこぼれと蔑んでいたらどうなっていたか、それは静希にも分からない


支えられているから前を向ける、誰かに助けられたからこそ今こうしていられている、静希はそう確信していた


「シズキは彼らと出会って長いのか?」


「メフィはこの前丁度一年経った、早いもんだよ、最初はあいつに腹に穴開けられたってのに」


メフィとの出会いは強烈だった、そしてその時の戦闘を今でも思い出せる、メフィが静希の腹を突き刺したあの時の痛みも、未だ脳裏にこびりついている


そしてそれから一緒にいた時間も、同じように静希の中に刻まれている


「一緒にいた時間じゃ、たぶん俺が一番長いことになるけど・・・お前らとは違う意味で手がかかるかな、ヴァラファールとかオロバスはまじめな性格だけど、あいつ気紛れだから」


メフィの気まぐれは思わぬところでやってくることが多い、一度学校の中で姿を現して逃げ出した時は肝を冷やした


あの時は仮装している人間が数多くいたからそこまで目立たなかったが、あんなことが何度もあるようではいくら静希でも寿命が縮むと言うものである


「・・・契約している悪魔の評価とは思えないな、まるで家族のようだ」


「家族か・・・そうだな、そうかもな、手のかかる家族だよ本当に」


毎日顔を合わせて、なんでもない会話をして、どうでもいいことで口論して、そうやって過ごす数少ない存在


家族というには少々特異すぎるが、悪くない表現だった


そしてそんな存在がいるのは静希だけではない、エドにも家族に等しい存在ができた、アイナやレイシャという、幼くまだ未熟な能力者


カレンもきっと、そんな存在がいつかできると静希は確信していた


「カレン、復讐を止めろとは言わない、だけど復讐だけがすべてじゃない、それだけは覚えておいてくれ」


もし復讐を遂げたら、その後、彼女がどうするか、どうしたいか


自分一人で悩む必要も背負い込む必要もないのだと、そう気づいてくれれば、そう言う意味を込めて、静希は彼女にそう告げた


彼女の周りには、幸か不幸か静希達がいる、復讐以外の未来を探すことだってできる、復讐以外の生きがいを見つけることだってできる


静希では恐らく、説得するにしても言いくるめるにしても、言葉の重みが足りない、だがカレンはその言葉に込められた静希の気づかいは感じ取ったのだろう、目を閉じて小さく息をついた後でわかっているさと呟いた








一夜を明かした後、学校での昼休みの事、静希の携帯にある人物から電話がかかってきた


相手は以前エドの言っていた企業ガランの金の動きの調査依頼をした実月からだった


「もしもし、五十嵐です」


『静希君だね・・・頼まれていた件、調べ終えたよ・・・』


少々疲れた声を出している実月に驚きながら静希はお疲れ様ですとねぎらいの言葉をかけるのだが、彼女が疲れているのは非常に珍しいため静希もどうしたものかと迷ってしまっていた


なにせ陽太と一緒に遊んでいた頃でさえ彼女が疲れているというのを見たことがないのだ、陽太の姉という事もあって身体能力は高い方なのだが、今までいっしょにいた時間の中で疲労を感じさせたことのない実月が疲れているというのは驚きだった


「お疲れのようですね・・・大丈夫ですか?」


『いやなに、ちょっと予定が重なったりしただけだ、肉体的にではなく精神的に疲れたというべきか』


「・・・すいません、そんな時期に面倒な頼みごとを」


静希のような高校生と違って実月は大学生だ、本来の学生の日程とはまた違う生活を送っている、スケジュールそのものが違うために忙しくなる時期も全く異なるのだ


申し訳ないことをしたと悔やむ中、電話の向こうからは実月の乾いた笑い声が聞こえてくる


『気にしなくていい、君から頼られるというのは私としても嬉しいんだ・・・さて、本題に入ろう』


僅かにやわらかくなった後鋭く変化する声音に、静希は手元にメモを置いて耳を傾け始める


『結論から言えば、いくつかの機関に意図的に、しかも秘密裏に金を流しているようだね、詳細は資料で送るが、いくつもの偽装口座を経由してそこにたどり着いていた、まず間違いないと思う』


「その機関というのはその金を何に使っていましたか?」


『いろいろだね、それも後で送付する資料に記してあるが、不動産、機械、薬品、食品、衣類、いろんなものに使っている、幾つかは個人的に購入したものもあるんだろう、調べきれなかったが・・・これだけで何をしていたのか判断するのは難しいだろうけど・・・そうでもないみたいだね』


個人的に購入、つまり口座から直接金を使うのではなく、少量の金を個人が所有して使用したという事だろう、さすがに実月でも金の動きを完璧に調べるという事は難しいようだった


そして実月の言葉に静希は苦笑してしまう、見透かしているのか、それとも静希ならばこの内容だけで察しが付くだろうと確信しているのか、その言葉には自信が満ちていた


なんにせよこの情報は大きい、あとはその金を受け取って使用していた機関のことを調べればいいだけである


その先に何があるのかまではまだ確証は持てないが、確実に前に進んだと言っていいだろう


「ありがとうございます、これでだいぶ楽になりました」


『助けになれたのなら何よりだ、君の無事を祈っているよ』


「ありがとうございます、報酬の方は送らせていただきますので、では」


実月のそれ以上の言葉を許すよりも早く静希は通話を切り、携帯に入れておいたいくつかのデータを実月の携帯へと送信する


こんなことしかできないのが心苦しい限りだが、陽太の写真と鏡花との進捗状況も含めた報告書を送付しておいた


調べてもらった内容に比べて代価が低すぎると思い、後に菓子折りを送ることになるのだがそれはまた別の話である


「静希君、今の実月さん?」


「そうだけど、よくわかったな」


「静希君が敬語使って話すのって結構珍しいし、それに声が優しかったから、知り合いかなって」


静希は人によって態度を露骨に変えることなどはしないつもりでいるが、特定の人物に関してはどうしても甘くなってしまう


それはつまり昔から一緒にいた幼馴染たちのことである


世話になっている大人に対しては、言いかたが少し良くないかもしれないが若干よそよそしい態度をとる、だが昔から一緒にいる幼馴染とその家族に対してはどこか親しみを込めた対応をとるのだ


一見すると同じように見えるだろうが、その程度の機微ならば明利は見分けがつくのだろう、薄く笑いながらわかりやすいよと呟いている


そして実月の名前を聞いて鏡花と陽太の顔が一瞬ひきつり、僅かに冷や汗が流れているが今は別にそこまで緊張する事でもないと悟ったのかすぐに昼食に戻っていた


「今度は実月さんになにを調べてもらってたわけ?最近忙しいらしいんだからあんまり迷惑かけちゃだめよ?」


「・・・へぇ、ひょっとして結構頻繁に連絡とってるのか?よく知ってたなそんな事」


静希の言葉に鏡花はまぁねと若干気まずそうにつぶやく、思えば鏡花からすれば未来の義姉になるかもしれないのだ、機嫌を取っておいて損はないだろう


そうでなくても実月は陽太を溺愛しているのだ、今陽太の隣にいるものと話がしたいというのは実月としても当然の心理かもしれない


案外うまくやっているのだなと思いながら静希が茶化していたことに気付くと、鏡花はむくれながらそうじゃなくてと話を強引に元に戻そうとする


「何を調べてもらってたの?また面倒事?」


「ん・・・まぁ面倒事には違いないけど、ほらあれだよ、例の話だ」


あえて口に出さずに抽象的な表現をしたのが逆にわかりやすかったのか、鏡花はあぁなるほどねと呟いてそれ以上言及するのはやめていた


この場で口に出すと静希がせっかく隠していたことが無駄になるという事を察したのだろう、こういう時に頭が回る人員が近くにいると楽である






帰宅後、静希が帰宅すると見計らったかのように宅配便が届いた


送り主は実月である、アタッシュケースの中に厳重にしまわれたそれを確認するべく、静希は早々にリビングへと向かった


アタッシュケースを開くと中にはさらに金庫のような箱が入っており、ナンバーを入力するタイプの鍵が四つつけられていた、その近くには一枚のメモが貼り付けられていた


内容は『私達の中で、左から君が出会った順に生まれた日を』


随分と厳重にしまったものだなと思いながら静希は鍵の番号を一つずつ入力していく


静希が出会った順にという事は、静希を省いて雪奈、陽太、実月、明利の順に誕生日を入力していくことになる


自分にしかわからないようにしたのだろうが、これでは少々問題があるのではとも思ったが、これで大丈夫だと彼女は感じたのだろう、全てのナンバーキーを解除すると金庫のようなものが開き、中から一つパソコン用の記憶媒体が出てくる


書面にすると膨大になるからパソコンで見ることができるようにしたのだろう、こういう気づかいはありがたい


静希がパソコンにそれを接続すると、認識した瞬間に画面に警告が現れ、メッセージが表示される、今度は『君の生まれた日を』と書かれていた


静希、雪奈、陽太、実月、明利、合計五人の誕生日を正しい順序で入力しなければ見ることができない、なんとも面倒なパスを用意したものだと思いながら静希が番号を入力すると同時に音声が流れてくる


その音声は実月のものだった、恐らくはあらかじめ録音しておいたのだろう


『静希君、これがパソコンに接続されると同時にセキュリティプログラムが作動し私の音声が再生される、万が一にも情報の流出が無いように努めたつもりだ、これを見せるのは君が信頼できる人だけにしてほしい、幸運を祈っている』


実月の音声の再生が終わると、デスクトップ上に一つファイルが現れた、依頼の品と書かれたそのファイルを開くと、その中には大量に分別されたファイルと、膨大な量の情報が入っていた


「・・・あの人どれだけ調べたんだ・・・」


見てみるとエドの怪しいと言っていた企業ガランのここ一年間の金の出入、そして出た金がどこに流れているのかまでを一つ一つ明確に調べていたようだった、中にはまったく関係ない、ただ商売のためだけに使われたものがあるが、最重要というファイルの中にそれがあった


商売でもなく、人件費でも運営費でもない、多額の金の流れ、その経由方法、そしてその先や使われた内容、時間、場所まで事細かに記されている


これはあんな程度では報酬にもならないなと静希は苦笑しながらそのファイルを読み込み始める


一体どれほど資料を読んでいただろうか、すでに日は落ち、あたりが暗くなっている中インターフォンが鳴り部屋の中に来客を知らせた


オルビアがすぐに対応すると外に出ていたエドたちがやってくる、どうやら日本観光をしていたらしくその手にはいくつか土産のようなものがあるのがわかる


「ただいま、いやぁやっぱり日本は面白いね、いろいろなものがあったよ」


「ミスターイガラシ、冷蔵庫をお借りします、アイスを冷やしたいです」


エドとカレンがリビングの隅に土産を置く中、アイナとレイシャは買ってもらったであろうアイスを冷蔵庫の中に入れていく


エドとカレンの体からヴァラファールとオロバスが姿を現し、すぐにその場になじんでいく、もともと家にいたメフィや邪薙たちもそれを容認していた


それを確認しながら静希は目をこすりながらいったん休憩にすることにした


「ずいぶん熱心に見てたみたいだけど・・・ひょっとしてお邪魔だったかな?」


「エド、そう言うのは下品だ・・・まさか・・・シズキ、邪魔だったか?」


どういう意味で言ったのかはなんとなく察することができるが、静希は小さくため息を吐いた後で首を横に振る


少なくとも二人が考えているような事ではないのだ、どちらかというと至極真面目な話である


「安心しろ、そういう事には困ってないから・・・とりあえず見てくれ、前に言ってたガランって企業の金の流れだ」


その言葉にエドとカレンは一瞬顔を見合わせた後食い入るようにパソコンの画面に目を向けた、そこにある内容を読んでいるのだろうが、その全てが日本語であるために読むのに苦労しているようだった


「あぁくそ、僕もまだまだ勉強が足りないな、読めない字が多い」


「普通は読めないもんだよ、大事な部分だけ抜き取って解説するからちょっと待ってろ」


静希はそう言うと企業にとって使途不明となっている部分だけを読み上げ始める


幾つかの口座と人を経由して最終的にそれを使っている口座は一つ、名義の名前もしっかり記載されていた


「お手柄だよシズキ!あとはこの口座を調べて、背後関係を明らかにすれば!」


「・・・ひとまず件の企業が関わっていることは明らかにできそうだな・・・問題は奴が関わっているか否か・・・」


「そこはもう少し後になるだろうな、まずは背後関係を明らかにして、直接お話すれば情報も絞り出せるだろ」


何も焦る必要はない、確定情報になってからいくつかの機関に協力を取り付けた後で踏み込めばいい


これに関わっていた企業の人間はまず間違いなくトカゲのしっぽ扱いされるだろうが、貴重な情報源として確保できればいう事は無い、欲を言えばリチャード・ロゥの情報を持っていればいいのだが、それは欲張り過ぎだろう


誤字報告が十五件分溜まったので2.5回分(旧ルールで五回分)投稿


最近書く量を約六千字から約八千字に変えました、投稿数を増やすにあたってストックが削られているのが目に見えて明らかだったので・・・


これからもお楽しみいただければ幸いです

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