その表情の意味
翌日、静希は明利にも手伝ってもらいかなり多くの料理を作っていた
鏡花や陽太も呼ぼうかと思ったのだが
『え?いやよそんな殺伐とした状況、命がいくつあっても足りなさそうだし』
とのことだった
実際敵対していた悪魔とその契約者がいるような場所に自ら進んで向かいたいとは思わないのだろう、鏡花はただでさえ悪魔と対峙して肝を冷やしていたのだから無理もない
陽太は鏡花がいかないというのならという事で当然のように来ず、今静希の家にいるのは静希と明利と人外たちだけである
雪奈は珍しく静希の家に来ていない、何かしらの理由があるのかそれとも何かを感じ取ったのか、そう言う意味では雪奈の勘は鋭いというほかない
「たくさん作ったね・・・えっと何人分・・・?」
「俺、明利、エド、カレン、アイナ、レイシャだから六人分だな」
「・・・あれ?えっと・・・弟さんの分は・・・?」
明利の言葉に静希は言葉を詰まらせる
カレンの弟、リットはフィアと同じ使い魔だ、食事は基本必要としない、動くのに必要なのは主から、この場合はカレンから供給される魔素だ
それはカレンも承知しているだろう、だが明利としては少しだけ心苦しいようだった
「一応、もう一人分作るね、仲間外れはかわいそうだし・・・」
「・・・そうだな、そうしてくれ」
使い魔とはいえ食べるという行動ができないわけではない、静希の使い魔であるフィアもヒマワリの種などをかじったりしている、それが必要かといわれれば微妙かもしれない、だが人として、生き物としては必要なことだ
すでに死んでいる存在に対して生き物として扱うのはどうかと思うが、静希としても、そしてカレンとしても、身近な存在を死体扱いするのは憚られるのだ
特に、カレンの場合はそれが実の弟なのだ、リットが向こうでどのような扱いをされているかはわからないが、エドの所にいるのだ、少なくとも死体扱いはされていないだろう
「今日は人が多くなりそうね」
「人よりも人外の方が多くなりそうだけどな」
ここにやってくる人間と人外は数多い、その中で人外の割合はどれほどだろうか
静希、明利、エド、カレン、アイナ、レイシャの合計六人が人間だ
メフィ、邪薙、オルビア、フィア、ヴァラファール、オロバス、リットの合計七人が人外だ、この部屋にこれだけの人数が集まるとなると壮観である
この部屋に集まる人間だけで一軍と喧嘩をすることだってできるだろう、上手くいけば国と戦争だってできるかもしれない
我ながら恐ろしいなと思いながら料理の準備を進めているとチャイムが鳴り響き静希達に来客を知らせた
邪薙がオルビアにアイコンタクトをすると、小さくうなずいた後でオルビアは対応するべく玄関へと向かった
数秒してリビングにやってきたのは、今日やってくる予定だったエドとカレンたちだった
「やぁシズキ、久しぶりだね・・・っておぉ、なかなかいい匂いじゃないか、もう空腹で空腹で・・・」
「来たな、とりあえず手を洗って来い、もう少ししたらできるから」
相変わらず努めて明るい声を出しているエドとは対照的に、カレンの表情は鋭い状態だった
その顔にはかつて着けていた半分だけの仮面は無い、代わりに彼女が身に着けている服の一部に似た素材の装飾があるのがわかる、恐らくは変換能力者に頼んで形を変えてもらったのだろう
エルフだという事実を隠すためか、それともある種の決別を済ませるためか、どちらにせよそのほうがよかったのかもしれない
身を隠すという意味でも、これから先進むという意味でも
「ほれ、カレンも行ってこい、荷物は適当にそこら辺においていいから」
空港から直接こちらに来たのだろう、カレンたちは旅行用カバンを持ってやってきていた
明利やオルビアがすかさずその荷物を受け取り軽く足の部分をふいて近くに置いていくのを見て、カレンも同様に荷物を部屋の隅においていく
見たほうが早い、確かにそうかもしれない
カレンは今かなり急いているようだった、何にと聞かれても静希自身不明だが、焦りを自分の理性で抑えているように見える
あんな状態ではまともな会話ができるとも思えない、水があふれる寸前のコップのようなものだ、本当にギリギリのところで表面張力にも似た何かが働いて今の状態を保っているに等しい
カレンが手を洗いに向かうのを見計らって静希はアイナとレイシャを手招きで呼び寄せる
「なぁ、カレンは何時からあの調子なんだ?」
静希の問いに二人は顔を見合わせて不安そうな表情を作る
「あの動画を見てからです、ずっとあの調子で」
「ボスが調べていたものを見てから・・・ずっとです」
あの動画、ボスが調べていたもの
きっと奇形事件に関わることを掴んだのだろう、そしてその動画を見てカレンはあの状態になった
嫌な予感はしないが、少なくとも面倒事の香りは仄かに漂ってきた、カレンとの付き合いはそこまで長くないがあそこまで過剰な反応をしているとなると見過ごせない何かがその動画にはあるのだろう
とりあえずカレンをどうにかしなくてはいけないなと思いながら静希は料理をテーブルに並べ始める、何事も空腹でははじまらないと言うものだ
「とりあえず適当に席ついてくれ、腹減ったから飯にしよう」
人数分の椅子を用意して並べ終えると、アイナとレイシャをはじめとし、エドが席に着いたがカレンとリットはまだ立ったままだった
「シズキ、食事より先にまず件の」
「腹が減っては戦はできぬっていう諺が日本にはあってな、腹減ってたら頭もまわらないだろ、とにかく座れ」
静希の言葉にカレンは不承不承ながら席に着くと一つ空席があることに気付く、そしてそれがリットのためにあるものであるという事に気付くのに少し時間がかかってしまった
カレンが視線を向けるとリットはゆっくりと席に座り、食事の準備が整う
「んじゃとりあえずあいつらも外に出してやれ、外からは見えないようになってるからひとまず安心だ」
「そうだね、じゃあお言葉に甘えて」
そう言うとエドの体からヴァラファールが姿を現し、床の一角に座り込む、人間の体の中にいるのは窮屈なのか、しきりに体を伸ばしていた
「久しぶりじゃないヴァラファール、相変わらず強面ね」
「そちらも変わらないようだな・・・まったく口の減らない奴だ」
互いに軽く挨拶を終え視線をカレンに向ける、正確には彼女の中にいるオロバスに
するとカレンは目を閉じ、少し会話したのか体の中からオロバスを出して見せた
「久しぶりねオロバス、一か月ぶりくらいかしら?」
「メフィストフェレス、お久しぶりです、その節は彼女ともどもお世話になりました」
悪魔が三人そろうという一見すると恐ろしい場面なのだが、静希からするとそこまで気にするような事ではない、日常的に人外三人と一匹を許容しているのだ、今さら一人二人増えたところで同じである
ただエドやカレンとしては人外が二人以上いるところを見るのは壮観なのか、さすがに戸惑いを隠せないようだった
「いやぁ、あぁしてみるとなかなか・・・少し気圧されるものがあるね」
「・・・さすがにあれだけの数の人外がいると・・・少しだけ圧迫感があるように感じる」
悪魔をはじめとする人外が増えたというのに『少し』しか圧力を感じないというのは、さすがは契約者というだけあって人外に慣れている
悪魔たち自身がフレンドリーな雰囲気を出しているというのもあるだろうが、そこまで動揺していないのは偏に彼らの胆力によるものだろう
「それじゃ食うか、いただきます」
日本人である静希と明利はいただきますと号令をし、エドとカレン、そしてアイナとレイシャはそれに倣って手を合わせていただきますと呟いた後食事を始めた
静希と明利は箸を使っているが、他の五人にはナイフとフォークを渡してある、さすがにこの場で箸を使えというのは酷だろう
「カレン、その豆はなかなかおいしいぞ、食べてみるといい」
「ん?これか?粘ついているが・・・」
エドは早速かつて自分が食べられなかった納豆をカレンに勧めているようだった、何もカレンまで巻き添えにしなくてもよいのではないかと思えるのだが、その笑みを見ているとなぜか止める気は起きなかった
日本食の洗礼ともいえる食べ物の一つ『納豆』かつてエドを苦しめたその独特の味と粘りを受けてカレンがどのような反応をするか見ものである
「シズキ、これはどう食べるものなの?」
「それは米・・・ライスに乗せて一緒に食べるんだ、食べにくければ別に器を用意するぞ?」
静希の指示にカレンは米に納豆を少量乗せて一緒に口の中に放り込む
数回咀嚼している間、エドが笑いをこらえるような表情をしているのが印象的だった
それを見てアイナとレイシャはため息をついている、どちらが保護者だかわかったものではない
「・・・独特な味だが・・・なるほど・・・これはなかなか・・・」
「え?なんだって!?」
「え?なかなか美味しいと思うけれど・・・?」
その反応にエドは驚愕の表情を作っていた、自分があそこまで苦しんだ納豆を意にも介していない、その事実に日本の納豆が美味しく変化したのではないかと思えてしまうほどだ
「貴方が美味しいと言ってきたんじゃないか、確かにこれはなかなかの逸品だ」
「・・・そんな馬鹿な・・・」
まさかのカレンの反応にエドは納豆をスプーンですくって口の中に入れるのだが、二、三回噛んだだけで耐えられなくなったのか近くにあった水を一気に飲み干した
そしてそれだけでは足りなかったのか、他のおかずを口の中に放り込んで納豆の味を消そうと奮闘している
「き、君はこれが美味しいというのかい!?このナットウが!?」
「・・・その反応を見る限り、私を謀ろうとしていたようだな・・・まったく・・・アイナとレイシャを見習いなさい」
とても行儀よく食事を続ける二人と比べ、エドのそれは少々雑だ、納豆のせいもあるだろうがカレンが注意するのもよくわかると言うものである
「ボス、好き嫌いはいけませんよ」
「ボス、出していただいたものはすべて食べるのが礼儀ですよ」
「うぐ・・・いやでもこればっかりは・・・」
どうやらエドは本当に納豆が苦手なようだった、アイナとレイシャに注意されながら納豆に視線を向ける彼の額には冷汗が滲んでいる
そこまで嫌いなのかと静希と明利は平然と納豆を食べながらカレンの方を見る
このやり取りのおかげか、少しだけだが表情が穏やかになっているように思える、やはり食事を先にして正解だったなと思いながら静希は食事を進めることにした
食事を終え、食休みをとっている間、エドとカレンは人外たちの会話に混ざりながらいくつか準備を進めているようだった
データそのものを持ってきたようで、ディスクを持ってきたノートパソコンに入れて映像を流すらしい
食器を洗い終えた静希と明利はその映像を見るべく人外たちが屯す場へとやってくる
「で?これがその映像か」
「あぁ、今からある人物が画面に映る、それに注目していてくれ、そしてその人物が誰かと会ってるんだ」
状況が良くつかめないが、とりあえずこの映像の中に二人が注視するべきものがあるらしい、一体何だろうかと映像を見ているとそこはどこかの公園だった
恐らく公園に設置されている監視カメラの映像だろう、解像度がそこまで良くないが人物を見分けることくらいはできそうだった
数十秒間映像が流れた後、エドは一度映像を止めて画面を指さす、そこには黒い髪、スーツ姿の少し太った男性が映っていた
「こいつだ、こいつに注目していてくれ」
「この小太りの男か・・・いったい誰だ?」
「その話はまたあとで、続きを流すよ」
未だ状況がつかめないが、静希は言われた通りにこの男性に視線を集中する
男性は公園のベンチに座り、のんびりと過ごしていたり、公園内を散歩したりしているようだった、単なる休日かとも思ったがさすがに休日にスーツで出歩く人物はいないだろう
何かしらの目的があるのだろうが、歩いたり座ったり、その行動には法則性を見出すことができなかった
幾つかの監視カメラの映像に切り替わり男性を追うが、どうやら彼は公園から出るつもりはないようだった、公園内を徘徊し、休憩しながら歩みを続けている
時間が経過し家族連れなども増え公園内の人通りが多くなり始めたころ、その人通りに紛れるように男性は移動を始めていた
そして数人の人物とすれ違う中の一瞬を静希は見逃さなかった
「今何か渡したな」
「よくわかったね、戻してみよう」
数秒だけ映像を戻し、再度その瞬間を確認してみるとすれ違った人物の手に何かを渡しているのが確認できる
解像度と角度の問題から何を渡したのか、そして誰に渡したのかというのはわからない
「これを見せたかったのか?このおっさんがなんか企んでるってのがわかったくらいだぞ?」
「問題はこの後なんだ、今度は渡された人物に注視している映像を流すよ」
エドはそう言って映像ファイルを切り替えると、丁度男性が何かを渡した直後から再生を始める、すると先程と同じように別のカメラを経由しながら何かを渡された男性は歩いて公園を出て行く、その後も監視カメラによる追跡は続行された
「お前これよく追跡できたな、どうやってこの映像入手した?」
「まぁあまり大きな声では言えない方法でね、ここ!この後だ!」
男性が歩いて公園を出た後、どこかの門の中に入って裏口らしき場所の扉を開けると先程渡された何かを扉の向こうにいる誰かに渡しているようだった
そして扉の構造上、内側に開く扉だったせいか、その人物の体が一瞬だけ映る
「今映ったな、戻すぞ」
一瞬過ぎて見逃してしまった部分を戻して再度確認すると、静希はその何者かが映った状態で一時停止する
それは仮面をつけた男だった
そして静希はその仮面に見覚えがあった、実際に見たわけではない、だが静希が良く知る仮面だった
「・・・あぁ・・・なるほど・・・ようやくか・・・ようやく見つけたか」
それは静希、エド、カレン、この三人の契約者の始まりともいえる人物、全ての元凶を作り出した、黒幕ともいうべき人物
「リチャード・ロゥ・・・!」
静希が口に出す前にカレンが歯噛みするように震えた声を出す
静希は実際に目にしていないが、彼女は実際に会っているのだ、そう言う意味では静希より何倍も執着しているだろう
とはいえまだ確定とは言えない、仮面の模様だけでその人物かどうかを判断するなんてことはできはしないのだ、もう少し調べる必要がある
「エド、この建物は?それとさっきの男は?」
「待ってくれ、順を追って話すから・・・以前から僕がある企業を探っていたのは知っているよね?金の流れを調べるうちにそれを統括している人物にたどり着いたんだ」
企業などにおいて金の動向というのは重要視される項目の一つだ、それ故に確認は数人から数十人にわたって並行で行われることがほとんど、中には部署を一つ置いて確認する会社もあるほどだ
その金の流れをすべて統括しているというのは、それだけ信頼されているのか、それとも規模の小さい会社なのか、どちらにしろ、エドはその人物にたどり着いた
「彼の名前はジャン・マッカローネ、イタリアにあるガランって企業の役員だね、金の動きを調べる上で彼が関わっている部分だけに不明瞭な個所があって調べていたんだ、そしたらこれを見つけたってわけさ」
エドは軽く説明しながらジャンと呼ばれた男性の個人データと、彼の所属する会社のデータをパソコン上に映す、ガランという企業は所謂何でも売るような大企業のようだった、それこそ車も機械も食べ物も薬も、商品になる物であればどんなものでも
誤字報告を五件分受けたので、1.5回分(旧ルールで三回分)投稿
ご飯とライスの調理法が実は違うという事を自分はこの前初めて知りました
これからもお楽しみいただければ幸いです




