頼みごと、そして贈り物
そしてその後、静希はすぐに別の所に電話を掛けた
情報となれば集める方法はいくつかある、その一つ、確実に信頼できる相手に少々調べ物をしてもらおうと思ったのだ
『・・・はいもしもし』
「もしもし、静希です、お久しぶりです」
電話の向こうにいるのは陽太の姉の実月だった、信頼できて情報通となれば、一番先に思い浮かぶのは彼女だったのだ
カエデは情報屋としての顔もあるために必要があれば知っている情報は売ってしまうこともあるだろうからNG、テオドールはそもそも裏の人間であるために情報収集の時に波風が立ちすぎる、情報を集める段階でばれてしまっては元も子もない
ついでに言えば信頼できないというのもある、テオドールはあくまでギブ&テイクと体よい利用関係であるべきなのだ、深くかかわれば痛い目を見るのは自分だと静希自身理解している
『君から電話を貰えるのは嬉しいのだが・・・その声音から察するにあまり楽しい話じゃないのかな?』
「すいません・・・あまり他の人に聞かれたくない話でして」
静希の言葉に実月は小さくふむ・・・と呟いた後、数秒間の沈黙を作ると小さく息をついた
『これで大丈夫、一体どんな話が聞けるのか少し楽しみでもあり不安でもあるけど・・・』
恐らくは静希と実月の回線の間にプロテクトを掛けなおしたのだろう、もしかしたら音声の暗号化などもしているのかもしれない、相変わらず仕事の早い人だと感心する
これが本当に陽太の姉であるなどと、一体どれほどの人間が信じるだろうか
「実は、ちょっと調べてほしいことがありまして」
『ふむ・・・まぁ別にかまわないが、一体何を?』
「ある時期からのとある企業の金の流れの全てです、どのように使っているかもわかるとありがたいですね」
静希の言葉に実月はその意図を測り兼ねているのか、少し悩むような声を出している、当然と言えば当然だろう、ただの高校生がなぜ企業の金の動きなどを調べようとするのか
就職活動というにはいささか注文が細かすぎる気がする
『・・・静希君、それを調べることは別にかまわないが、一体どんな目的が?さすがにそんなものを調べろというからには何か理由があるんだろう?』
以前実験のことについても調べてもらったことがあるが、あの時は静希自身がその実験に関わっていたからこそ調べる理由に関しても察することができた
だが今は状況が違う、なぜ静希が企業の金の流れなどを確認したいのかがわからなかった
「・・・詳しく話すことはできないんですが、ある事件を境に金の流れが不明瞭になっている企業がありまして、もしかしたら何かかかわりがあるかもと」
『・・・君がその事件とやらに関わっていたと?』
そういう事ですと静希が答えると実月はため息をつき沈黙を作った
彼女の中でどうしたものかと悩んでいるのだろう、静希が知りたいと言っているのはどの企業でもトップシークレットに近い部類のものだ、自身に危険が迫っている状況であるというなら実月としても調べることはやぶさかでもないが、ただ知りたいというだけでは決め手に欠ける
『静希君、君が関わったという事はそれは実習でのことだったという事だろう?』
「はい、俺を含め陽太も明利も鏡花も遭遇しました」
『なら、なぜ君がわざわざ調べる必要がある?そもそも君が関わった事件だと、大概は既にほかの機関が動いているだろう』
情報に関しては恐らくこの世界で誰よりも早く仕入れることができる実月だ、静希が関わってきた事件も、もしかしたら最高機密扱いされている静希の事情も全て知っている可能性もある
いや、実際知っているだろう
静希が以前何故容疑者として捕えられたのか、その背景さえも彼女は知っているかもしれないのだ、そのくらいの情報を仕入れていてもおかしくない
『君はまだ高校生だ、何もすべてを君が背負う必要はない、違うか?』
「・・・そうだと思います、でも少なくとも原因が何なのか、誰が何をしようとしてるのか、それくらいは知りたいんです」
それは静希にしては珍しい感情だった
一種の弔い
あの動物園で自分たちが殺した動物達、奇形化させられ平和に過ごしていた日常を壊されたたくさんの動物、あれを引き起こした人間が一体誰で、何を考えているのか、それが知りたかった
そして静希が関わったこの二つの事件が繋がっているとしたら、静希は二つ借りがあることになる
一つは左腕の、一つは動物たちの
善行だとか正義のためだとかそう言う歯の浮くようなセリフを言うつもりもないが、静希としては腕を失うきっかけを作り、自分を不快にさせた相手を一発殴るくらいしたい気分だったのだ
『・・・はぁ・・・私が断っても君のことだ、きっと別のつてで調べようとするだろうな』
「すいません、御迷惑をおかけして・・・」
静希の謝罪に実月は呆れたような笑みを浮かべながら、わかったよと返事を返した
『私がしっかり仕事をしないと君が危ない目に遭いそうだ、そしたら私は明利を悲しませてしまう、私にできる事なら手を貸そう』
実月の言葉に静希はありがとうございますと心の底から礼を言う、実月には世話になりっぱなしだ、今度礼として何か菓子折りでも送るべきだろうか
「ということです、お願いできますか?」
『・・・なるほど、パッと見たところ確かにある時期から急に不明瞭な部分が増えているな・・・いくつかダミーの口座も経由している可能性もある・・・少し時間がかかるが・・・』
多額の金を動かすうえでそれを隠匿するだけの手法はとっているという事だろうか、実月としても少々厄介な事案だったようだが、それでも時間がかかる程度で調べてしまうのだから恐ろしい限りだ、味方である状態では頼もしい限りではある
「構いません・・・それとその企業には気づかれないようにお願いします、証拠を消されるとまずいので他言も控えていただけると」
『もちろんだ、極秘裏に調べを進めよう・・・ただ・・・確かにこれは少々気になるな』
金の動きが変わった時期と静希が関わったという事件の日にちを比べることで、この企業が二つの事件に関わっていることをなんとなく察したのだろう、静希以上に頭が回る実月がこのことに気付けないはずはない
『・・・ところでこの件、君が調べたわけではないだろう?このことは調査機関も知っているのか?』
「いえ、正直わかりません、あくまで個人の調べで分かった程度のものですから、確証も保証も証拠もないので、今は地固めをしようと思って実月さんに」
ばれてもいけない、確証のない情報を掴んでもいけない、遅すぎてもいけない
情報にとって重要な項目でもあるがそれを満たしている人間は案外少ない、それが情報屋ならなおさらだ
『一つ聞くが、もし私が向こう側の人間だったらどうするつもりだったんだい?陽太の姉である以前に私も一人の人なわけだが』
実月に相談するというのは確かに一種の賭けだった、実月の言うように実月がもしこの事件を引き起こした側の人間であるという可能性もゼロではない
だがそれを踏まえたうえで静希は話した、もちろんただ幼馴染だからというだけではない
「実月さんが向こう側である可能性は限りなくゼロに近かったので、結構分の良い賭けだと思ってます」
『その理由を聞いてもいいかな?』
実月が敵側ではありえないわけ、それは静希の中の今までの実月の姿と実績を持って証明できるものであった
「大まかに二つありますね、まず一つ、実月さんが関わったにしては情報が漏れすぎてる、もし実月さんが関わったのなら違和感ですら俺の耳に入ってこなかったでしょう」
『ふむ・・・もう一つは?』
「実月さんが関わったにしては、俺たちが事件に関わりすぎてるってことです、もし実月さんが敵側なら俺たちの実習内容の改変くらいは簡単だったでしょう?」
静希のいうように実月なら静希達が行う実習の内容を改変する事もできるはずだ
実際に行った場合多少の矛盾が生じるかもしれないが実月にとってはそれだってすぐに改変可能である
陽太を溺愛する彼女がわざわざ危険に晒すような真似をするとは思えないのだ
「それに、もし実月さんが敵だった場合俺に勝ち目がなくなりますよ、その時点で無条件降伏確定です」
『・・・君からの信頼を強く感じるのは嬉しいんだが・・・君がもつ私のイメージについて少々話し合いたいところだな』
実月は多少冗談交じりに聞いているのかもしれないが、静希にとっては冗談などという事もない、いたって真面目な感想だった
もし実月が敵に回った場合、静希のいうように勝ち目は限りなくゼロになる
明確に勝ち目がないと言っても過言ではないほどのスペックを実月は持っているのだ
情報収集に加えてあらゆる電子機器に介入できる能力、その気になれば場所も情報も全て丸裸にできるのだ
更に付け加えるなら能力を使わない状態では恐らく肉弾戦最強ではないかと思えるほどの強さを発揮する、仮に陽太が全力で実月に襲い掛かったとしても、彼女は容易に陽太を組み伏せるだろう
現代において、いやいつの時代においても情報というのは戦力と同等の価値を持つ、戦力が等しい状態なら情報量で勝るほうが勝つのが常であるように、情報の有無によって勝つか負けるかが決定すると言っていい
『君は少々私を過大評価しすぎている気がするよ、私はこれでもただの女の子なんだが?』
「知ってますよ、でもこれは結構正当な評価だと思いますよ?何年たっても実月さんには敵う気がしません」
自分の身近にいる残念な姉と違い、実月は静希の中の完璧な姉というイメージに限りなく近い
実際に陽太と一緒にいるところを見ているからか、姉があのような存在であるというイメージが強くなってしまった可能性もあるが、だからこそ勝てない存在という印象も強くなったのかもしれない
何より陽太が手も足も出ない相手に対して自分が勝てるとも思えないのだ
「じゃあよろしくお願いします、お代は後ほど振り込みますので」
『やめてくれ、年下から金をせびるほど困ってなどいない・・・そうだな、何か別の形で返してくれればいい・・・例えば・・・その・・・』
実月が言いよどんでいるのを察して静希はわかりました、楽しみにしていてくださいと付け足すと、すまなそうな声を出しながらそうしてくれと呟いて通話を切った
あの人は何時まで経っても変わらないなと、良い意味でそう思いながら静希はとりあえず陽太の寝顔の写真でも送るかとデジカメのデータを確認し始めた
眠っている写真となると落書きされた写真も混ざっているが、さすがにこれは送れないなと選別する中で苦笑していた
後日、日付の上では若干のずれがあるもののメフィと出会って一年が経過する日曜日、静希はメフィが喜びそうなものを一通りそろえることにした
まずは甘いもの、普段食べないような少し高めのケーキをいくつか、そしてゲーム、以前から興味を持っていたものを一つチョイスして購入した
メフィはというとその買い物にはついてこず、家で明利や雪奈と一緒に留守番をしているのだが、彼女は彼女で何やら考えがあるようだった
静希としてはあまりいい予感はしないが彼女が自分のために何かしら用意しようとしているというのは悪い気はしないため、今回は嫌な予感から目をそらすことにしたのだ
とはいったものの、不安は残る
何をやらかすかわかったものではない典型的な悪魔メフィストフェレス、彼女が何か悩んだ後に決めた静希へのプレゼント(?)が一体何なのか、戦々恐々するばかりである
部屋の中から何かを探して何やら部屋にこもって作業をしていたようなのだが、静希はその内容を一切知らない
帰ってきたら自分の家が吹き飛んでいたなんてことにならないことを祈るばかりである
幸いにして静希の家、ひいては静希の住むマンションはその姿を保っており、何事も大きな事件はなかったという事を知らせていた
安堵するのはまだ早い、まだ自宅がどんな有り様になっているかわかったものではないのだ
住処を破壊するようなことはなかったようだが、せめて静希の寝どこくらいは確保しておきたいところである
静希の部屋で妙な作業をしていたため、ベッドが壊れていなければ御の字と言うものだ
恐る恐る家の扉を開けると、ひとまず部屋が荒れているという様子はなかった
「でぇきたぁ!ようやくできたぁ!」
静希が買ってきたものをまとめていると作業していたメフィが歓喜の声と共にリビングになだれ込んできた
その後ろには明利と雪奈の姿もあり、どうやら何かしらの形で二人が協力していたことがわかる
「できたって、そう言えばなんかやってたな」
「こんなこと初めてだから手間取っちゃったわよ、いやぁ慣れないことはするもんじゃないわね」
メフィは文句を言いながらも笑っている、普段ゲームなどで得ているものとはまた別種の達成感を感じているのだろう、彼女なりにいい経験になったのなら何よりなのだが一体何をやっていたのか気になるところである
「一応聞いておくと一体何ができたんだ?なんか作ってたみたいだけど」
「ふふん、見て驚きなさい!この私の努力の結晶を!」
悪魔が努力などとこれほど似合わない言葉もないなと思いながら静希はメフィの手のひらにあるものに視線を向ける
そこにあったのは一見何かの布のようなものだった
よくよく見るとそれが手袋のようなものであることがわかる、さらに注視してみるとそのところどころに金属や貴金属のようなものが取り付けられているのも確認できた
「なんだこれ、手袋か?」
「ふふふふ、ただの手袋じゃないわよ?前にシズキが私にくれた短剣を覚えてる?」
メフィの言葉に静希は自分の記憶を引きずり出す、その中に確かに該当するものがあった
それは誕生日に両親が静希宛に送ってきた宅配便の中に入っていた儀式用の短剣
静希たちが使っている仮面の一部にもなった金の取っ手と各種貴金属の装飾がなされた豪華な短剣だ、静希が持っていても宝の持ち腐れであるためにメフィに譲ったのだ
「あぁあれか・・・ひょっとしてそれを使ったのか?」
「材料にしたわ、ところどころ飾りにしたけど、むしろ見てほしいのは布の部分よ」
静希がメフィの持っている手袋に触れると奇妙な感触であるのがわかる、少なくともただの布ではないようだった
しかもよく調べてみるとその手袋は片方しかない、右手だけの手袋のようだった
元になっているのは布のはずなのに、布というには明らかに異質なこの奇妙な触り心地に静希は僅かに眉をひそめる
少なくとも今まで静希はこのような触感の布には触れたことがなかった、一体何でできているのか
「これただの布じゃないのか?一体何でできてるんだ?」
「ふふふふふ、よくぞ聞いてくれたわね、布自体は適当にあったものを見繕ったんだけど、実際に手を加えたのはその後、実はその手袋の繊維質部分の細かいところに金とかを練りこんであるのよ」
金とかを練りこんである、といわれても静希にはうまく理解することができない
金属で編まれた手袋などは作業用具の中ではよくあるが、金属と布の混合で作られているものというのは珍しい
ただの布にそんなことができるとすれば変換系統のそれになるだろうがメフィが使えるのは発現系統の能力だ、変換系統のそれに近いような能力を彼女が使えるとも思えない
となればどうやってこれを作ったのか
「ひょっとして鏡花に手伝ってもらったのか」
「失礼ね、オール手作り、メイドイン私よ、これでも苦労したんだから」
全て自分が作ったというメフィの言葉に静希は若干の疑いの気持ちを込めて近くにいた明利と雪奈の方を見ると、二人も何度も頷いてそれを証明してくれる
メフィにしては珍しくやりきったという表情を浮かべているところを見ると本当にすべて自分だけで完成させたのだろう
悪魔が作った右手袋、いやグローブというべきか
これはこれで何かいわくつきになる気がするが、素直に受け取っておくべきだろう
その後のメフィの制作状況の話を聞いて静希はあきれ返ってしまっていた、なんというか恐ろしいほどに面倒な工程を踏んでいたのである
まず以前静希からもらった儀式用の短剣から貴金属の類をとりはずす、そして金属別に分け、それらを極細の繊維質になるまで形を整えたのだという
変換系統であるならその程度は容易にできるが、発現系統のメフィがそんなことができるはずもない、その為メフィは自前の力と能力を使ってとにかく金属を引き伸ばし、叩いて薄くしを繰り返したのだという
確かに金属は強い力をかけると変形するが、何もわざわざそこまでしなくてもよいのではないかと思えてならない、強い能力と魔素に晒されて何かしらの変異がないことを祈るばかりである
そして何とも原始的な変形方法で金属を繊維状になるまで細くした後、メフィは能力を使ってもともとあった手袋にそれらを編み込んでいったのだという
いや正確には編み込んでいったというのは正しくないかもしれない、隙間を通すように生地に通し、さらに熱の能力で溶解させることでもともとあった生地にコーティングするように染み込ませていったのだ
元々あった繊維になじませるように金属が付与されたことで、金属そのものの頑強さはほとんど失われているようだったが、生地と交わることで刃などを通しにくい独特の強さを持ち合わせた状態になっているようだった
「ちなみにこの装飾に関しては二人に意見を貰ったの、こういう風にした方が喜ぶって」
「あぁなるほど、だからこういう感じになってるのか」
メフィが作ったにしては静希好みのそこまで気合の入りすぎていない装飾に納得しながら、静希は二人を見て薄く笑う
手は貸していないが意見は出した、メフィが静希のために作るという事で彼女たちも協力は惜しまなかったのだろう
「右手だけなのは素材と時間の問題か?」
「そうよ、あれだけじゃ上手くできなくてね・・・まぁこれもいいかなって」
そう言いながらメフィは静希の右手を触る、そこにあるのは自分が魔素を注いだ結果できた静希の奇形
静希自身の失態により失った左腕と違い、その右手は静希が悪魔の契約者としてメフィと共にできた結果の一つだ、メフィが静希に与えたものの一つだ
そんな右手を覆うものとして、メフィが贈るものとして、彼女は手袋を選んだ
なんとなく、静希の右手は自分と深くつながっている気がしたのだ
神の名を持つ腕の霊装、そして悪魔の力によって変えられた右手
一年の節目に彼女が贈るにしては何とも皮肉めいているなと思いながらも、メフィは全力でこれを作った
「ところで、これ本当にただのグローブなのか?なんか変な事とかしてないだろうな?」
「あら失礼ね、私は全力でそれを作っただけよ?もしかしたら無意識のうちになんかやっちゃってるかもしれないけど、そこは私の与り知るところではないわね」
自分のやったことなら自分が知っておくべきではないのかと思ったのだが、そこは気まぐれなメフィのことだ、今さら何を言っても仕方がないだろう
仮に無意識で何かやってしまっていたとしても、さすがの静希も自らの意志でやったものではないのなら咎めることなどできないし、そんなことをするつもりもない
少なくとも静希にとってマイナスになる効果が出るとは思えなかったために、静希はとりあえずそのグローブを装着してみることにした
独特の手触りがするが、決して不快ではない
装飾とも装甲ともとれる金属と貴金属の飾りに、独特の手触りの布地、決して悪くない着け心地だった
奇形化してしまった右手でも着けられるようにしてあり、細部にメフィの気遣いが感じられる一品だった
「うん、悪くないな、お前が作ったにしては細かいところに気が利いてる」
「失礼しちゃうわね、でも喜んでくれて何よりよ、頑張った甲斐があるってものだわ」
メフィからしたら物を壊すという事はあってもものを作るという経験はなかったのか、それなりに楽しそうにしていた
いや、どちらかというと苦労して作ったものが喜ばれたという事実が重要なのだろう、今まで感じてきたそれとは別種の感謝に戸惑いつつも嬉しさを覚えているようだった
「なんかお前はこんなに苦労して作ってくれたのに、俺は金で買えるものっていうのはちょっと申し訳なくなるな」
「あら、お金っていうのは人間の苦労の単位化みたいなものでしょう?そう言うのは嫌いじゃないわよ?まぁどうしてもっていうなら他に何か受け取ってあげてもいいけど?」
静希が買ってきたものを一通り見渡して満面の笑みを浮かべたところを見ると、メフィの好みのものを買うことはできたようだった
とはいえメフィだけ手作りというのも少々心苦しいのもまた事実だ
「じゃああんまりシズキに迷惑かけてもあれだし、今日は添い寝してくれればいいわよ?それで私は満足」
メフィの提案に静希の彼女である明利と雪奈は複雑そうな表情をしていたが、こればかりは仕方ないなと諦めつつも、今のうちに静希に抱き着いて自分のものであるというマーキングにも似た行動をとっていた
例えメフィといえど静希は譲れない
そう言う意志が見え隠れするようで、悪魔であるメフィとしては微笑ましかったのか目を細めて笑っている
悪魔と出会って一年、いろいろあったというには、あまりにも多くのことがありすぎた一年、これから先どうなるのか、静希もメフィも分からずにいる
だが二人が対等であり、契約し続けているという事だけは、今と変わらないであろうことは二人とも確信していた
「というわけだ、何か気になることは?」
静希は後日、三班の人間を家に集め、先日エドモンドから得た情報を話していた
無論誰にも言わないようにと釘を刺したうえでの話だ
「確かにその企業が怪しいかもってのはわかるけど、ちょっと不確定要素が多いんじゃない?研究者が攫われたから出費が必要になったのかもしれないし、動物園に出資してたのが取りやめになったのかもしれないし」
静希の話を聞いた中で唯一意見を出したのはやはりというべきか鏡花だった、明利は必死に考えているものの、すぐに答えを出せるだけの頭の回転数は持ち合わせていない
近くにいる陽太に至っては最初から聞く気がないのかメフィとゲームをしている始末だ、これなら訓練をさせていた方が良かったかなと少しだけ後悔している
「確かに、まだ偶然の可能性は捨てきれないな、だから今確認作業中なんだ」
鏡花の言うようにエドが言っていた企業の不透明な金の流れ、これが偶然ではないと言い切れないし、静希達が関わった事件に何らかの形で、具体的には被害者に近い形で関わっていないとも限らない
だからこそ実月に調べてもらっているのだ、もしそれでクロであるというのなら、然るべき対応をするべきであるが、実際の所どのような行動をするかは決まっていない
以前城島が言っていたように、この二つの件に関しては世界規模で起こっているために対策委員会も設置されている、そこに連絡を取ってもらうのも手かもしれないし、背後関係をあぶりだすまで泳がせるというのも一つの手だ
だがそこまでするのは静希の仕事ではない気がする、今静希がやっているのは所謂知的好奇心のそれに近い
背後にいる人間をあぶりだそうとしているという意味では、かなり物騒な好奇心ではあるが
「ちなみに、何で先生にこの件を話してないの?話を先に進めるなら伝えておくべきじゃない?」
「ダメだ、先生は警察やら軍やらにつながりがあるからな、そっから漏れないとも限らない・・・まだ確定じゃないんだ、あんまり多くの人間に知らせたくはないんだよ」
このことを話すと決めたのは、静希が絶対に信頼すると決めた相手だけだ、余計な情報の漏えいを防ぐためにも、あえて口を閉ざすのも手なのである
城島を信頼していないというわけではない、むしろ鏡花の言うように話を先に進めるためには彼女の協力が不可欠だろう
だがまだその段階ではないのだ、彼女は良くも悪くも警察や軍につながりを持っている、もし話をする段階で誰かが耳を立てていた場合、簡単に情報は伝わってしまう
彼女に話せばまず間違いなく町崎をはじめとするかつての班員たちにも伝わるだろう、生徒思いであるが故に情報を収集してくれるだろうが、そこが問題なのだ
「ていうかそれなら私達にも知らせる意味なかったんじゃないの?」
「お前たちは俺と一緒で直接かかわってきたからな、まぁ知っておくべきじゃないかと、それに俺の事情も知ってるし、むやみやたらと言いふらしたりもしないだろうし」
鏡花はそう言う部分で分別が持てる、明利は余計な発言はしない、陽太は話そのものを忘れる
そう言う意味で言えばこの三人は確かに話したとしても問題はない事件の当事者だ、若干一名問題ではないかと思える人間がいるが、今は放置しておくことにする
「にしても、企業が絡んでるかもしれない事件ねぇ・・・これ公になったら大バッシングね」
「まぁ確実に大打撃だろうな、企業そのものがこれをやってんのか、その中の一部がこれをやってんのかはわからないし、さっきお前が言ったみたいに巻き込まれた側かもしれないしな」
確証が持てない以上まだ推測の域を出ない話なのだが、今まで関わってきた二つの事件の規模を考えると、個人で行えるレベルのものではないように思えるのもまた事実だ
人を雇うのにも金がかかる、たとえそれが能力を使う犯罪者であろうと、末端に握らせた金は少なくないだろう
そう言う意味では企業が首謀で行っているというのも理解できるし、また企業を利用してこれを行ったというのも納得のいく仮説ではある
「ちなみにエドモンドさんはどういうスタンスなの?これに積極的に関わろうとしてるの?」
「いや、あいつは本当に興味半分って感じだな、でかい事件だからこれを解決して自分の会社を売り出そうって感じじゃないのか?」
エドは将来能力者を基盤とした企業を運営していくことを視野に入れている、その為こういった世界的な事件は良い餌となるのだ
多少言い方は悪いが、これを解決することによって一種のネームバリューは得られる、この一件を皮切りに自分たちの存在を世に認めさせようとしているのだろう
草の根活動だけが経営ではないという事なのだろう、さすがに実際に社会に揉まれている人間はやることを決めると手段を問わない
「静希君、その成分の結果っていうのはまだ確定ではないんだよね?」
「あぁ、エドの話じゃそう言う効果があるかもしれない程度にとどめておいた方がよさそうだ、それでも十分驚異的な効果だけどな」
生き物の任意の部分を奇形化させられる、それだけで十分すぎるほどの効果だ、それこそ今まで研究者がなしえなかった結果ともいえる
大量の研究者を一堂に集め、研究させた結果なのかもしれない、見方を変えれば技術革新に手を貸したと取れなくもないが、やっていることはれっきとした犯罪だ
いろいろな人間の思惑や策略が巡り合う中で、どうすればいいのかを探すのは非常に苦労しそうだと静希は小さくため息を吐いた
一年生の校外実習が終わり、静希達二年生の校外実習が近づく中、静希は電話を通じてエドと話をしていた
「え?じゃあわざわざ日本に来るのか?」
『あぁ、これはちょっと直接見てもらったほうがいいと思ってね、データ送信はちょっと怖いから、今から仕事のついでで日本に行くつもりだよ』
なんでも新しい情報が入ったようなのだが、情報の漏えいを防ぐためにデータを送信するのではなく直接日本に来てみせるとの事だった
そこまでのことをする価値のあるものなのか静希は少し首をかしげるが、エドが久しぶりに日本に来るという事で少しだけ楽しみにしていた
『一応カレンも同行してもらうつもりだよ、思えばちゃんと話す時間も少なかったからね』
「そうだな・・・顔合わせの時くらいだったか、今回はどれくらいこっちに?」
悪魔の契約者二人が同時に日本に入国する、特定の職に就いている人間だったらレッドアラートを出すレベルの事態だ
もっとも、エドモンドはさておきカレンの方は悪魔の契約者であると気づかれていない可能性もある
『特に決めてないよ、今回は今請け負ってる仕事が最後、後僕たちは二週間くらいフリーなんだ』
社会人で二週間も休みがあるのは異例といえるだろう、実際エドは普通のサラリーマンではないのだから当然かもしれないが
それはエドだけではなく、同じ会社に籍を置いているカレンも同様なのだろう、自由に動くことができるという意味では身内の企業に身を置いているというのは楽なものだ
『ついでに日本観光でもしようと思ってるんだけど・・・もしかしたらこれを見たらシズキは血相変えるかもしれないね・・・』
「そんなにすごい内容なのか?今見たいけど・・・まぁ危ないっていうなら待ってるよ、ところでカレンもそれを見たんだろ?あいつはなんて?」
その言葉にエドは言葉を詰まらせていた、恐らくは部屋にいるカレンに視線を向けているのだろう、唸りながら言葉を選んでいるようだが適切な言葉は思い浮かばないようだった
『・・・まぁ、彼女のことに関してもそうなんだけど、まぁ実際に見てもらったほうが早いよ・・・正直僕じゃ判断できないんだ』
エドでは判断できない、知識的な意味なのかそれとも頭脳的な意味なのか、後者であるとは思えない、エドはそれなりに頭が回る、研究者になったというだけあって頭はいいはずだ
だとしたら知識的な意味だろう、カレンの様子が変わっていることを考えると恐らくは知識的な意味で間違いない
「・・・そうか・・・わかった、何時頃こっちに着くんだ?」
『ん・・・飛行機とかの時間もあるから・・・早くても明日の夕方だろうね、夕食は適当に済ませようかと思ってるけど』
「なんなら用意しておこうか?カレンに日本食の洗礼を与えてやろうと思ってるけど」
ハハハそれはいいねとエドは笑っているが、受話器越しでも向こう側にいるカレンの威圧感が伝わってくるようだった
エドの声が僅かに緊張していることからもそれを感じ取った静希はただ事ではないと理解していた、一体エドは何を見せようとしているのか、カレンは一体何を見たのか
ちょっとした話で和ませようとしたのだが上手くいっていないらしい、アイナとレイシャも困っているようだという事を教えてくれた
「エド、ちょっとカレンに代わってくれるか?」
『え?・・・えっと・・・彼女は今・・・え?あぁ・・・うん・・・わかった、シズキ代わるよ』
どうやらエドの言葉から自分が呼ばれていることを察したのかカレンが受話器をとって静希との会話に応じるようだった
少なくとも誰かに意識を向ける程度の冷静さは保てているようだが、一体どんな状況なのだろうか
『・・・もしもし、シズキか?私だ』
その声を聞いた瞬間、静希の背筋に悪寒が走った
凍り付いたような声だ、いや意図的にそうしているのだろう、そうしなければ感情があふれ出してしまうかのように
陽太の安全装置が作動した時の声に近い、無理矢理強引に感情を押さえこんでいるかのような、抑圧された声だった
「・・・随分と切羽詰ってるみたいだな」
『・・・わかるか?』
「あぁ、身近に似たような声を出す奴がいたもんでな」
静希がその声を聞いたのは随分と前のことだが、今でも思い出せるあの声
鏡花や明利なら去年聞いているからすぐにわかるだろう、抑揚のない平坦な声
『何があったかは今は話せない、直接見せる時に話そう』
「あぁ、待ってる・・・ところでお前は食えないものってあるか?」
少しでも気を紛らわせようと意図的に明るい声を出して聞くが、カレンは迷うような息を吐きながら回答に困っていた
『・・・苦手なものは特にないが・・・何故?』
「晩飯、用意して待ってるからな・・・それとあまり気張りすぎるなよ」
静希の気づかいを感じたのか、カレンはすまないなと呟きながら受話器をエドに返した
これで少しでも緩和されれば良いのだが、実際そう上手くはいかないだろう
カレンもエドと同じで優秀な人間だ、そこまで過剰な行動には出ないだろうが何が起こるかわからない、電話の向こう側のことはエドに何とかしてもらうしかなさそうだった
誤字報告を二十件分受けたので三回分投稿
新しいルールで言えば三回分、旧ルールで言えば六回分ですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




