一年の節目に
その日の授業を境に、静希がエルフである石動を倒したという噂は学年中に響き渡った
先日の明利の試験合格と同じ、あるいはそれ以上の衝撃を伴ったその情報に、ただの噂ではないか、あるいは嘘ではないかと他のクラスの人間までもが静希達のクラスへやってきて本人たちに事実確認に来たほどである
静希はあんなもの負けに等しいと顔をしかめていたが、石動ははっきりと自分は五十嵐に負けたのだと明言していた
その結果、静希が石動に勝ったというのは単なるうわさでも憶測でもなく、明確な事実として学年に知れ渡ることになる
学年の中で五本指に入るほどの劣等生だった静希が、学年で五本指に入るほどの優等生である石動に勝利した
この事実に他の生徒たちも触発されたのか、一層訓練に励むものが出始める
その中にもちろん石動の姿もあった
静希に負けたという事実を認め、自らの中にまだまだ弱さがあるという事を自覚したのか、より一層強くなるために研鑽を重ねているようだった
そんな中には石動に勝負を挑む生徒もおり、その全てがあっさりと返り討ちにあっている姿を時折見かけることができた
「・・・これもお前の策の内か?」
「さぁ?でもあんたの評価は確かに上がったでしょ?」
石動だけではない学年全体の意識の向上、さらに静希でも石動に勝てたのだから自分でも勝てるかもしれないと勝負を挑む人間を増加させる
結果、その全てを返り討ちにし静希の評価をさらに上げることになる
今まで静希が劣等生というレッテルを甘んじて受け入れていたためか、静希自身に勝負を挑むような人間はほとんどいなかった
もちろんゼロだったわけではないが、それら全て静希は断っている、そもそも戦う理由もなければ自分の手の内を見せること自体好きではないのだ
しかも静希に戦いを挑む人間がいたのも最初だけ、途中からは静希ではなく石動に勝利しなければ意味がないと悟ったのか静希に戦いを挑むものは今やいなくなっていた
結果石動は頻繁に同級生から勝負を挑まれ、それらすべてを撃退するという作業にも近い毎日を送っている
そしてそれをマネジメントしているのは意外にも明利だった
その日の体調と血液の状態を管理し、どれくらいの運動であれば問題ないか、そして万が一負傷した際にはその応急処置などやることは多いが、彼女は彼女でこの状況を楽しんでいるようだった
自分の幼馴染が正当に評価され嬉しいというのもあるのだろう、そして何より石動に頼られるという状況が彼女自身きらいではないようだった
そして石動の戦闘には必ず陽太が監視の目的で同行した、これは鏡花がそうするように指示したのだ
陽太は戦闘能力こそ高いが、その技術は石動に比べればまだまだ見劣りする点が多い
その為、鏡花は陽太に見稽古をするように命じたのだ
実戦に限りなく近い訓練の中で、前衛の手本ともいうべき石動の戦いを見て少しでも何か掴んで来れば儲けものである、きっと今回のことは陽太にも成長を促すことになるだろう
そしてこの状況に城島もある種嬉しさを感じているのか、今回の騒動は黙認するようだった、生徒たちの士気が下がっているのなら問題だが、今は逆に士気が上がっている傾向にある
静希の行動に多少のお咎めはあったものの、強い罰などは課せられることなく日々を過ごすことができていた
「そう言えばこの前の東雲姉妹の誕生日、結局静希は何渡したの?私はちょっとした化粧道具だったけど」
「お前小学生に化粧道具渡すなよ・・・俺はぬいぐるみみたいな抱き枕にした、案外喜んでくれてたぞ」
先日石動の試合の後にあった東雲姉妹の誕生日に、静希はしっかりと誕生日プレゼントを持って行った
ほとんどサプライズのつもりだったが、二人の反応から察するに石動が情報を漏らしてしまっていたのだろう
石動を通して東雲姉妹に隠し事をするのは難しそうだなと把握したが、静希の誕生日プレゼントにあの二人はかなり喜んでいた
石動の話ではあれから毎日のようにそのぬいぐるみ抱き枕を抱いて寝ているらしい、そう言うところは年相応の女の子だ
「あれからもう一年経つのね、どうよ昔と今の評価の違いは」
「・・・まぁ悪くはないけど、少し嫌な感じだな、どこにいても見られてる気がするよ」
学年のほとんどが知り合いという事もあってどこに行っても静希のことを知っており、どこに行っても好奇の目を向けられる
評価が変わって自分が高くみられることは決して悪いとは思わないのだがあの視線だけはどうにも慣れない
今までそれに晒され続けていた鏡花からすればもはやそよ風に等しいかもしれないが、ずっと劣等生扱いされてきた静希にとっては僅かながらに不快感さえ覚えるものだった
「まぁ今のうちに慣れておきなさい、これはただの勘だけど、あんたは多分もっと注目されることになるだろうから」
「すごい不吉な勘だな・・・善処するよ」
そう話しているとちょうど石動の模擬戦が終わったのか、陽太と明利が静希と鏡花の元へと戻ってくる
高い評価など受けてもしょうがない、そんなものがあっても邪魔なだけ
そんな風に思っていた静希だが、周りから高い評価を受けて初めて分かったことがある
こういうのも悪くない
劣等生に甘んじていた静希が、初めて高い評価を受け、同級生から羨望のまなざしを向けられて思った、素直な感想の中の一つだ
これからもっと注目されるだろう
鏡花の言った言葉を反芻しながら、静希は苦笑しながら二人を迎える
今後自分がどれほどの人に注目されることになるのか、僅かな不安と共に静希はゆっくりと変わっていく
誤字報告を20件分受けたので五回分投稿・・・その一回目です
話をまたいだので仕方ないですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




