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J/53  作者: 池金啓太
二十六話「新たな年度の彼らのそれぞれ」

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838/1032

勝者と敗者

高速で接近する両者は、すれ違うように交差した


静希はぶつかりかける石動を足場にして跳躍し、石動は足場にされ、なおかつ掴んで動きを封じたかと思った瞬間に切り離された左腕に意識が集中していたためまともな体勢ではない


静希は即座に懐からジョーカーに入ったことで黒い瘴気を吹きだす拳銃を取り出し狙いを定めた


さすがの石動もこの状態での回避は難しいのか、全身の血を装甲に変えて完全な防御態勢に入っていた


それはもはや鎧というより血の塊、いや血の岩のように見えた


静希は元々あった石動の体の場所を思い出しながら銃を一発放った


黒い瘴気を放ちながら射出された弾丸は血の岩へと直進し、その内部へとめり込んでいく


一発では足りないか、そう思った瞬間、静希の反対側から銃弾が弾かれるように飛び出してくる


完全に貫通してなお威力を保持するとまではいかないようだったが、石動の血の防御を破れるだけの威力は有していたようだ


つまり石動の血の鎧は、以前戦った氷を扱う能力者の氷の鎧よりは堅牢であるという事だろうが、問題なのはそこではない、石動の体に傷をつけられたかどうかという事だ


内部まで見渡すことができるわけではないために、弾丸がどの軌道を描いて貫通したのかを知る術はない、その為少し様子を見るしかない


転がりながら地面に着地し、同じく地面に落下した石動を注視する


岩のような血の塊に銃口を向けていると、血の岩が爆散するかのように周囲全体めがけて鎖での攻撃を仕掛けてくる


静希はいったん木の陰に身をひそめると、向こう側から石動の笑い声が聞こえてきた


「ははは・・・あはははははは!危なかった・・・!危なかったぞ五十嵐!あと数センチ逸れていたら傷を負っていた!」


石動は何の問題もなく立ち上がり、笑い声をあげている、弾丸が石動の血によって逸れたのだろう、石動は全くの無傷だった


静希から奪った左腕を振り回しながら石動は静希を追い詰めようとゆっくりと近づいてくる


完全にしとめたと思ったのに、まさか血の装甲で弾丸が逸れるとは思ってもみなかった


それほど石動の能力は強固なのだ、以前の能力者のそれとは大違いである


左腕を失った今、先程のような高速移動はできない、ここで勝負を決めるしかないのだ


幸い、まだ拳銃はジョーカーに入れた効果を保ってくれている、だがそれも長くは続かない、一度使えばその効果は一定時間で無くなってしまうのだ、急いで使い切らなくては奇形化を進めた意味がない


石動の声と足音からその位置を大まかに確認し、木の向こう側にいる石動を、木から出ることなく撃ち抜くべく、二発連続で弾丸を射出する


放たれた弾丸は木を易々と貫通し直進するが、警戒状態にある石動が静希の放った殺気を前にのうのうとその場で停止しているはずがなかった


弾丸が放たれる寸前、石動は真横に跳躍し放たれた弾丸を容易に回避して見せる


だがそれでいい、こちらの放つ弾丸を危険だと思ってくれるならまだ手はある


静希はジョーカーに入れておいた拳銃を懐にしまい、トランプの中からもう一丁の銃を取り出す


すでに動いている石動に触発されるような形で静希は木の陰から飛び出し、石動めがけて射撃する


トランプの中に含まれている弾丸や釘なども駆使して石動めがけて攻撃を当てていくが、彼女は完全によける弾丸を選んでいるようだった


静希が持つ拳銃から直接放たれる弾だけを避け、それ以外は無視


なぜ静希が直接放った弾丸だけが高い威力を有しているのかは不明なようだったが、静希が有する攻撃手段の中に自分の防御を脅かせるものは複数あるということを認識し完全な警戒状態に移行していた


つまり過剰な接触はせずに一定の距離を保ったうえで必要最低限な攻撃で静希の消耗を謀り、隙を見て捕縛する


あえて距離をとり、なおかつ攻撃を消極的にしながら回避に専念している石動を見て、静希は舌打ちする、なにせ消耗戦ではこちらが不利なのだ、時間制限以内に石動に傷を負わせられなければ自分の負けなのだから


どうにかしてジョーカーの力を持った弾丸を使って傷を負わせなければいけない、だが静希が近づこうとすると石動は距離をとる、完全に警戒状態に入ってしまった、この状態に入られるとただの攻撃を当てるのも一苦労だ


静希が直接放つ攻撃はすべて避けるつもりのようで、静希の一挙一動を見逃さないように集中しているようだった


逆に言えばそれ以外は完全に無視、どんな行動をしようと、どんな攻撃をしようと意に介さないという事だろう


ならば、と静希はいったん拳銃をトランプの中に収め、トランプの中からナイフを取り出し石動めがけて投擲する


自分に接近してくるナイフを見て石動は一瞬にも満たない時間に思考した


このナイフは避けるべきか否か、先程の銃での攻撃と違い、ただ投げられただけのようにも見える、だがわざわざ静希がトランプではなく自分の手から投げたことに何か意味があるのではないだろうかと思っていた


無論静希はただ投げただけのために何の仕掛けもないのだが、静希が直接投げたという事実が石動の思考をかき乱し、一つの傷も許されないという条件が石動を回避へと動かした


その行動から、石動が静希の攻撃そのものに他のものとは一線を画するほどの警戒を向けていることを確認した静希は僅かに笑みを浮かべる


左腕も失いバランスもとりにくい、時間ももう限られている、石動を傷つけられる手段はたった一つしかない


そんな状況だというのに静希は笑みを浮かべていた


石動はこちらを注視している、そしてなおかつその攻撃を避けている、ならば視線は常に静希の方へと向けられているとみて間違いない


ならばどうするか


少々危険ではあるが静希ももう攻撃手段や場所を選んでいられる余裕は無くなりつつあった


静希は釘の入ったトランプを操作して石動の顔の近くに持っていく


高速で動こうと、その動きに合わせるように移動させる、長年訓練を重ねてきたのだ、多少早く動こうがその動きについていけないほど静希の能力は遅くない


いくら血の鎧が堅牢だろうと、目によって情報を得ている以上目の部分に装甲は無い


そしてトランプが自分の眼前にあることから静希がやろうとしていることを察したのか、石動は全力で回避行動に移った、その瞬間石動の眼球めがけて釘が射出される


頭部の装甲を掠るように弾かれた釘はあたりに飛散するが、間一髪で避けた石動は冷や汗をかきながら再び静希に意識を向けようとその姿を収めるが、その瞬間自分の眼前にトランプが現れる


トランプの向こう側にいる静希の視線が恐ろしいほどに凍り付いている様を見て石動の背筋は凍り付いた


切り札を使うくらいなら、目を潰すくらいは仕方ない


静希の瞳がそう語りかけているようだったのだ


静希が自分よりも実戦経験が豊富なのは理解していた、そこまですることができるのかと若干疑っていたところもあった、だが先ほど回避しなければ釘は間違いなく石動の眼球に突き刺さっていただろう


静希は本気だ、そのことを認識し、石動は静希から放たれる攻撃だけではなく自分の目に向けて行われる攻撃にも集中せざるを得なくなった


回避しきれないのなら一瞬でも視界をすべて血の鎧で覆えばいいだけの事、まだ優利なのは自分だと疑わずに自身も攻撃を繰り返しながら静希のトランプから逃れようと回避行動を続ける


そして何度目かのトランプを回避して、静希の方を向こうとした瞬間それは起きた


視界外、完全に意識していなかった場所から何かが噴出された


それは、鎧があるが故の視界制限を逆手にとった攻撃だった


石動はトランプに意識を注ぐと同時に、必ず静希を視界に収め、その動きを注視しなくてはいけない、その為には回避した後すぐに静希の方を向く必要がある


そのわずかな顔の動きに合わせて、静希はトランプの中の一つから催涙ガスを噴出させた


「ああぁぁ!?な・・・なんだ・・・!?」


唐突に襲い掛かった目の痛みに石動は反射的に攻撃を受けたと判断して体を完全な防御体勢に移行した、関節も、目の部分も鎧で包み込んだ


鼻水と涙で呼吸が苦しくなる中、急接近した静希が片腕と片足を使って石動を転倒させる


呼吸が上手くできずにもがく石動を足で押さえつけ、ジョーカーの効力を有したままの拳銃を向ける


「痛いけど我慢しろよ!」


静希が引き金を引き、弾丸を発射する寸前、二人の携帯が着信を知らせるべくなり始める


それは鏡花から送られる、時間切れの合図だった


あと数秒あれば、静希の指は引き金を引きその弾丸を石動の体のどこかに命中していただろう


だが、結果は時間切れ、それを知らせるためになり続ける携帯の呼び出し音を確認し、静希は電話をとる


『もしもし静希?時間切れよ、どうなった?』


「・・・あぁ・・・あと数秒あれば・・・あと数秒あれば俺の勝ちだったのに・・・!」


静希の悔しそうな言葉に鏡花は悪いことをしたわねといいながら苦笑していた


確かにあと数秒大目に見てもらえば静希の勝ちだっただろう、だがこれはルールだ、それに従って勝てなかったのだ、ただそれだけ、鏡花は何も悪いことはしていない


『で?どうするの?一度戻る?それともそこで切り札使う?』


「・・・みんなに見られるのはいやだからここでやるよ、ちょっと待っててくれ、十分くらいしたらそっちに戻るから」


わかったわといった後で鏡花は通話を切った


どうしたものかと悩みながら静希は自分に踏みつけられている石動に気付き、足をどけて手を貸すことにした


「結局勝てなかったな、もうちょっとだったんだけど」


「うぐぅ・・げほっ!こんな手を使ってくる・・・とは・・・!思えば前にも似たようなことが・・・あったな」


鼻をすすりながら痛みに耐えている石動、確か以前村に行ったときに彼女には催涙ガスを見せていた、その使用対象は雪奈と熊田だったが、さすがに戦闘中にそんなことを気にしている余裕はなかったのだろう


静希はトランプの中から清潔な布と水を出して石動の顔を洗わせた、少量とはいえ催涙ガスを噴射されたことで強い痛みを覚えているようだったが、洗浄したことで多少緩和されたのか顔を拭きながら石動はため息をついていた


「以前は私が勝ちに等しい形で引き分けたが、今回はお前が勝ちに等しい形で引き分けたわけだな・・・まったく、やはりお前は大した奴だ」


「お前に褒められるのは悪い気はしないけどな・・・とりあえず左腕返してくれ、バランスがとりにくい」


先程から静希の左腕をずっと掴んでいたことを思い出したのか、石動は詫びながらヌァダの片腕を静希に返す、静希は装着した後で動作を確認してため息をつく


そして石動は逆に胸を張って鼻を鳴らしていた


「さぁ五十嵐、引き分けたとはいえ約束だ、お前の切り札とやら、私に使ってもらうぞ?」


「・・・やっぱそうなるよな」


最初からそう言う条件だったのだ、これ以上先延ばしにすることはできないだろう、腹をくくるしかないなと思いながら静希は今回の事件の中心にあるトランプを取り出した


「ところで五十嵐、一つ確認しておきたいのだが」


「ん?なんだ?威力がどうこう聞かれても俺も答えられないぞ」


少し距離をとりながら怪訝な声を出しながら石動が恐る恐る静希の機嫌をうかがうかのようにしてきたことで静希は不思議そうな表情をする


これから切り札を使うにあたり気になることでもあるのだろうかと思ったのだが、どうやらそうでもないのか、チラチラとこちらを見ながら、僅かに戸惑いの表情を見せていた


「その・・・先程お前は私の目を狙ったな?」


「あぁ、装甲がないのってあそこしかなかったしな」


特に変わった様子もなく静希が答えると、石動はため息をつきながら静希を睨んでいた


「もし私があそこで避けなかったらどうするつもりだったんだ?目に当たったら重症だぞ」


「まぁそれは仕方ないんじゃないのか?それも勝負の内だろ、それにお前は避けるってわかってたし」


前衛の人間に対して単調な攻撃が通じるとは思っていなかったし、何より自分の顔を狙われれば全力で回避することは十分理解していた


視覚情報に頼る人間は当然ながら顔に対する攻撃を非常に恐れる傾向にある、そして目を潰されたときに体が硬直するのも把握済みである


「それに眼球に傷がついたくらいなら能力使える医者に頼めば治せるしな、まぁ時間も金もかかるだろうけど」


「・・・女子の顔めがけて何の躊躇もなしに攻撃するとは・・・少し手厳しいのではないのか?」


「生憎と手段を選んでられるほど強くもないもんでな、腕もとられてたし」


静希が左腕を奪われた時点で静希の選択肢はかなり狭まったのだ、逆に言えばあの状況においてそれをするほど、静希は拳銃での攻撃にすべてを注いでいたのだ


結果、銃弾が逸れるという形で攻撃は失敗したわけだが


「・・・じゃあこっちからも一ついいか?確認しておくことがある」


「なんだ?」


「まだ切り札を受けるつもりか?正直使いたくないんだけど」


静希はダメもとで最後の説得のつもりでそう進言した


先程の静希の攻撃から石動も理解している、片目を犠牲にしてもおつりがくるほどの威力が静希の切り札にはあるかもしれないのだ


だからこそもう一度だけ確認しておく必要がある、まだ静希の切り札に対して立ち向かうつもりなのか否か


「私は考えを覆すつもりはない、お前の一撃を受ける、その為にこの戦いに臨んだのだ、よもや約束をたがえるなどという事はしないだろうな?」


「・・・んなことはしないけど・・・改めて言っておくぞ、完全に防御態勢に入ること、手加減なしの最大出力だ、あともし大怪我しても俺を恨むなよ?」


静希はトランプを操りながら石動に最終警告を放つ、そして彼女もそれに応じたのか、体を覆っていた血をすべて鎧と盾に変えて静希の攻撃に備えていた


「無論だ、これこそ私が望んでいたことなのだから!来い!五十嵐!」


静希との真っ向勝負、石動からすればこれは特別なことだった


今まで同年代で自分に競うことのできたような人間はいなかった、そもそもエルフの里では同年代の人間すらいなかった


村の学校が廃校になってから喜吉学園に通うようになったが、それでも自分を脅かすような人間はいなかったし、エルフという人種に対して気安く話しかけるような人間も稀有だった


高等部に進み、班というシステムの中に入ることで親しい友人はできた、そしてそれを通じて仲の良い人物もできた


その中で静希の存在は一種の特別なものだった


自分の妹分ともいえる東雲風香を助けてくれた班の人間、村に存在した神格に対処して見せたチームの司令塔、そして条件を変えることで自分に勝って見せた初めての男


条件付きでもエルフに勝とうなどとほとんどの人間は考えないのに、静希は条件さえかえればエルフにも勝てるという事を証明してみせた


そして今、石動は全力で静希に立ち向かい、ほとんど負けに等しい形で引き分けた


つい先日は立場が逆だったはずなのに、自分の方が圧倒的に優利だったはずなのに、条件がほんの少し変わるだけでこうまで力を発揮する、そんな静希に石動は惹かれていた


だからこそ、静希の切り札を自分の体で受けてみたかった、鏡花曰く今まで試射すらしたことのないものだという


静希すら理解していないことを、自分の体を使うことで把握できるのだ、これほど面白そうなことはない


『メフィ、頼むぞ』


『了解、減衰を始めるわ』


静希は目の前にトランプを取り出す、高速弾の入ったスペードのトランプ


静希と石動の距離は約五メートル、十分な距離とは言えないが、いつも静希が加速に使っている台に比べれば五倍近い距離だ


この距離でメフィが速度をどれだけ減衰できるか、そもそもどれほどの速度を持っているかもわからないのだ、ぶっつけ本番でこんな危険なことをやらなくてはいけないとは思っていなかっただけに静希は大きくため息をつく


とはいえ目の前にいる石動が考えを覆すとも思えない、彼女はあれで頑固なところもある


一種の教訓としてこれを受けておいて損はないかもしれない


「んじゃ、行くぞ!」


「来い!」


静希は無事であるように祈りを込めて石動の盾のほぼ中心めがけ、トランプの中に入っている弾を射出した


一瞬、静希は何が起きたのか理解できなかった


風にも似た強烈な圧力がかかり静希の体が後方へ吹き飛ばされたかと思えば、聞いたこともないような異音と共に放たれた弾は石動の盾めがけて直進し、その盾ごと彼女の体を吹き飛ばしていた


交通事故にあった時、あんな感じで吹き飛ぶのだろうか


自分自身も木に激突しながらそんな感想を抱いたのもほんの一瞬だった、高速で吹き飛ぶ石動は木々に体を何度もぶつけながら転がるように地面に横たわった


そして意識を失ったのか能力が解除され、彼女の体を覆っていた盾と装甲はただの血液に戻り、周囲にまき散らされていく


「うわぁ・・・だ、大丈夫か石動!?」


まるで殺人現場のそれに近い惨状に、静希は血まみれの石動の元に駆け寄る


距離にして一体どれほど吹き飛んだだろうか、静希がたどり着くころには石動の周囲は夥しい量の血がぶちまけられていた


血だらけの状態では上手く判断できないが、軽く触診してみたところ外傷はほとんどないようだった、そしてわずかにうめく声が聞こえることで静希は生きていることを確認して安堵する


「よかった・・・生きてる」


どうやら体のどこにも外傷はないようだった、静希の放った弾が石動の体を貫通していたらどうしようかと思ったが、完全防御というだけあって彼女の血の盾はしっかりとその役目を果たしていたようだ


ただ体を守ることはできても吹き飛ぶのは防げなかったようだ、弾自体に当たったのか、それとも衝撃波によって吹き飛ばされたのか、木々に体をぶつけ、頭を強く打ったことで脳震盪を起こしたのだろう、下手に動かすべきではないが、この場所に放置していい状態ではない


簡単に見ただけでは気づけないような傷を負っているかもしれない、可能なら明利の所に向かうべきだ


仕方がないと呟いて静希は石動を背負う、身長からは想像できないほどに軽い体を背負ってできる限り揺らさないように注意しながら静希は森から抜けようと歩き出した


『メフィ、お疲れ様、どれくらい減衰できた?』


『さぁ?でもこうして生きてるんだから結果オーライってところね・・・あれだけの威力があるってのは私も予想外だったけど』


自分自身の力で加速した彼女としてもまさかあれほどの威力があるとは思わなかったのだろう、本当に一瞬だった、何が起きたのか静希自身も理解できていない


高速で射出された弾が石動を吹き飛ばしたというのはわかる、だがそれを肉眼でとらえられなかったのだ


音速を超えると、物体は周囲の空気を押しのけるようにして衝撃波を発生させる、それは物体の進行方向の先に行けばいくほど強くなり、速度が上がれば上がるほど強くなる


同時に極超音速と呼ばれるマッハ五以上の音速物体の物体先端には極めて強い衝撃波が形成される、石動は恐らくその衝撃波によって吹き飛ばされた


弾自体がどこに飛んでいったのかまではわからない、完全に静希の肉眼でとらえられる速度を超えていたためにどこまで飛んだのか、あるいは空気との摩擦熱で融けて消滅したか


反応する事すらできないほどの速度、たった数日しか加速していないのにあれほどの速度を作れるという事は、何日も何週間も何年もかければもっと威力を出せるという事になる


『・・・メフィ、これからもあの高速弾作るの手伝ってもらえるか?』


『・・・うーん・・・まぁいいわよ、いい加減うちで何の仕事を持ってないってのもあれだしね』


静希の家の中で仕事を持っていないのはメフィだけだ、邪薙は結界を、オルビアは家事をこなしているがメフィは日がな一日ゲームやらの娯楽にうつつを抜かしている


気にしていないと思っていたのだが、存外そういう事を気にする性格だったようだ


彼女の場合、後から来た邪薙やオルビアの方が静希の生活に貢献しているという事実が気に食わないのかもしれない、どちらかというとそっちの意味合いの方が強そうだが、協力してくれるというのであれば静希としてはありがたいことこの上ない


高速弾、どこまで速くなるか静希にも分からないが、上手くいけば静希の持つ手札の中で最高威力のものになるかもしれない


もし可能ならば静希が持つ物理的攻撃手段の全てに加速措置を施して全体の威力の底上げを図りたいところである


上手くいけば静希の攻撃はすべて高威力のもので埋め尽くされることになるだろう


もっともそれをやるのにも時間がかかるし、何より手間がかかる、とはいえやる価値はある内容だった


ゆっくりと歩いていると静希の携帯に着信が届き、振動を始める


「はいもしもし?」


『あ、静希?どうよ首尾は、あれから結構経ったけど』


相手は鏡花だった、恐らくある程度予想はできているだろうが静希の口から結果を聞きたいようだった


背中で気絶している石動に視線を送りながら静希はため息をつく


「石動は俺の背中でおねんね中だ、今からそっちに行くから明利に診察の準備をしておくように言っておいてくれ」


『やっぱりそうなったか、了解よ、待ってるわ』


鏡花はそれだけ言って通話を切った、静希の敗北、そして切り札によって石動を打倒、良くも悪くも鏡花の思い通りに事が運んだことになる


石動にとっては試合に勝って勝負に負けたというところだろうか、静希にとってはどちらの勝敗にも特にこれと言って意味はないためにため息をつくしかない


いや正確に言うなら意味はあったのだ、あそこで静希が勝てれば、あと数秒あれば危険な橋を渡らずに済んだし石動をこんな状態にすることもなかったのだ


今さら何を言ったところで、考えたところで悔やんだところで何が変わるというわけでもない、自分が弱かったから石動に余計な怪我をさせた、それだけだ


だが静希の中にあるのはそれだけではない


あと少しで石動に勝てたのに


条件付きとはいえ真っ向勝負だったのだ、あそこまで彼女を追い詰められたのは初めてだったし、あそこまで拮抗した戦いができたのも初めてだった


惜しかったなぁ


そんな後悔に近い感情が渦巻く中、静希は森から抜け出すべく歩みを進めていた






静希が血みどろの石動を背負って森林地帯の演習場から出てくると結果を待っていたクラスメートたちが歓声を上げる


石動ではなく、静希が自分の足で歩いて出てきたのだ、しかも気絶した石動を背負って


それは言葉で繕う必要もない、れっきとした勝者の姿だった


「お疲れ様、酷い有り様ね」


「能力が解けたせいでな、明利、軽く診断してくれ、体に異常がないかどうか」


「う、うん、そこにゆっくり寝かせて」


静希が戻ってくるのに合わせて石動の診断ができるように簡易式のベッドを用意していた鏡花と明利、即座に診断を始めるべく明利が石動の体に同調を始めた


彼女の安否を気遣った班員の樹蔵や上村と下北が石動の元に駆け寄るが、とりあえず今のところ命に別状はないという事を知ったのか安堵の息をついていた


ようやく肩の荷が下りたと静希は座り込んで大きく息をつくが、肩の荷が下りたにしてはやたらと気が重かった


何せ周囲のクラスメートが自分の方を注視しているのだ、どんな戦いをすればあんな状況になるのか、どんな戦いをしたのか、どうやって勝ったのか、恐らく彼らが聞きたいのはそんなところだろう


だが静希は答えるつもりはなかった、石動の名誉のために、何より静希自身の都合のために


手品のタネを明かすマジシャンはいない、質問されたからといって答えてやるほど静希は親切でもバカでもないのだ


「お疲れさん、あんなに血が出てて大丈夫なのか?」


「あれは石動が持ってきた輸血パックの血だよ、あいつ自身はほとんど無傷だ・・・と思う」


未だ確証が持てないために静希は明利の診察結果を待つしかできないが、大事には至っていないと思いたい


そんな中鏡花が静希の方に近づいてきて眉間にしわを寄せながら小声で静希に話しかける


「・・・あんた、ほんの少しだけどメフィを外に出したでしょ」


「・・・何でわかった?」


森林地帯の中であれば外部から見られることはまずないだろうと思いメフィを外に出したのだが、まさか鏡花に気付かれているとは思わなかった


「気づいたのは私じゃないわ、明利がメフィの気配を感じ取ったのよ」


その言葉に静希は半ば納得する


静希程ではないにせよ明利は静希の家によく遊びに来る、その過程で人外の気配に敏感になっていてもおかしくない


明利にも人外を感知するだけの独特の察知能力が備わってきたのだ、喜ぶべきか悲しむべきかは悩むところではあるが、今気にするべきはそこではない


「・・・なるほど、他の奴は?メフィに気付いたやつはいるか?」


「今のところはいないみたいよ?特に騒いでる人もいなかったし、一番の懸念だった樹蔵君は石動さんの状況を実況してたから」


その言葉に静希は安堵する、それ以外に手がなかったとはいえ一瞬でもメフィを外に出すのは静希としても一種の賭けだったのだ


後でもしかしたら城島にお叱りを受けるかもしれないが、その程度であれば必要経費だと言えるだろう


「でもメフィを出して一体何をしたわけ?まさかとは思うけどあいつの能力に頼ったわけじゃないわよね?」


「当たり前だ、ちょっとジョーカーを使っただけだ、奇形が少し進んだけど、これやるにはあいつの協力が不可欠だからな」


ジョーカー


静希の言葉の中のそれの意味を知っている鏡花は静希の右手に視線を移した


肌を偽装するためのスキンを付けているため、一見すると特に何も変わった様子は無いように見える、だがその奇形が進行しているのは間違いないだろう


逆に言えばそれだけ静希は本気で事に当たったのだ、自分の身を削ってでも石動を余計な危険に晒すわけにはいかなかったのだろう


「今回は運が良かったけど、森林とかの中でもメフィを出すのはやめておきなさい、どこに人の目があるかわからないんだから」


「わかってる、注意するよ」


鏡花の言葉を素直に受け止め、静希は苦笑する、確かに授業中にメフィを外に出したのはさすがに大胆すぎたかと反省しているのだ


明利がメフィの、悪魔の気配を感じ取れるようになっていたことには驚きだった、だが静希が過ごした時間を考えれば不思議はない


そう考えると雪奈ももしかしたら気配で人外を察知できるようになっているかもしれない


明利よりもずっと多く静希の家にいる機会があるのだ、今度試してみるのもいいかもしれない、そんなことを考えていると集中していた明利が一息ついて静希の方に駆け寄ってきた


「静希君、診断終わったよ、とりあえずほぼ外傷は無し、頭を強く打ってたけど、これくらいならすぐに治るよ」


「そうか・・・脳に異常とかは?」


「脳の中の毛細血管も切れてないし、脳震盪もあまり大したことなかったから大丈夫、たぶんあと数分もすれば目を覚ますんじゃないかな」


明利の診断に静希はようやく完全に安心したのか、大きく息をつく


これだから石動相手に切り札を使いたくなかったのだ、こんなに肝が冷えたのはいつ以来だろうか、二度とこんな真似はしたくないものである


少なくとも、もし仮に石動に切り札との再戦を持ちかけられても絶対に断るつもりだった


なにせ次に作る高速弾は今回よりも長く時間と手間をかける予定なのだ、もしそんなものを石動に向けたらまず間違いなく大惨事を引き起こす


二度は無い


そう言う意味では今回のこの結果は両者にとっていい経験になっただろうと静希は少し前向きにとらえることにした






「・・・う・・・ぁ・・・?」


「・・・起きたか、気分はどうだ?」


石動が起きたのは明利の診断通り数分後の事だった


ゆっくりと体を起こし周囲の状況を確認するべくあたりに視線を移すと石動はまだ意識が完全に覚醒していないのかふらふらしながら静希の方を確認した


自分の周りにクラスメートが集まっているという事と、自分が気を失っていたという事から状況を把握したのか、仮面に手を当てて呻きだす


「・・・そうか・・・私は・・・」


「死んだかと思って肝が冷えたぞ、もう二度とお前には切り札は使わないからな」


自分の体が血みどろになっているのも確認し、悪いことをしただろうかと石動は反省しているのか頭を垂れたままになっている


そして自分の体が血まみれになっているという状況と、自分の体に傷がないことを再確認したのか、勢いよく立ち上がり周囲を見渡して何かを探しているようだった


「石動さん、いきなり立ったらダメだよ、まだ安静にしてないと」


「すまん、それより先に・・・五十嵐、私が使っていた血はどうなった!?」


自分の身の安全よりも先に血の確認を優先するというのはどういう事なのだろうかと静希は首を傾げながら森の中を見る


「お前が気絶したと同時に森の中にぶちまけられてたけど?全部綺麗に液状化してたな」


静希の言葉に石動はめまいを起こしながらその場に座り込んでしまう、気分でも悪くなったのだろうかと明利が急いで同調を始めるが、どうやら体調が変化したというわけではないようだった


「あぁ・・・あぁぁぁぁ・・・!あれだけの血を貯蔵するのに・・・いったいどれだけ時間がかかったと・・・あぁぁぁぁぁあぁぁ・・・!」


「・・・あぁ・・・なるほど、そういう事か」


石動の能力は血液を媒体にする、自分以外の血でもその効力を発揮するが自分自身の血液の方が効果が高いらしい、大量の血液に能力を使えばその分出力が高くなるが人間一人にある血液量は個人によって決まっている


その為石動はコツコツと血を定期的に貯蓄していたのだろう、病院でやったのか個人でやったのかは不明だが、あれだけの血をためるのにはかなり時間がかかっただろうことが容易に想像できた


そう考えるともう少し状況を変えてやった方が良かったかもしれないなと同情しながら静希はどう反応したものか困ってしまっていた


「えと・・・その・・・悪かったな、血を無駄にしちゃって」


「・・・いや、五十嵐は悪くない・・・お前の実力を甘く見過ぎていた私の未熟さが招いたことだ・・・!」


拳を握りしめて地面を叩くその姿は、静希も、そして班員である樹蔵たちも初めて見る姿だった


今まで敗北と言うものを味わったことのない石動が初めて敗北を、いや正確に言うなら初めて敗北感を味わっているというべきだろう


この場にいる誰よりも石動自身が、静希に負けたという事実を認め、それを悔やんでいるのだ


そして何より石動が悔やんでいるのは自らが負けたことだけではなかった


「私はいつの間にか、お前が私よりも下であると当たり前のように決めつけてしまっていた・・・自分でお前は強いなどといっておきながら・・・これ程情けないことはない・・・!」


負けるはずがない、静希相手なのだから


石動の中でそんな感情があったのだろう、だからこそ血の回収という事に気を遣う事すらしなかった


万全を期すならば、気絶したことを考慮して策を講じておくものだ、だが石動はそれをしなかった


慢心


石動が今回のことで最も悔やみ、恥じているのは自らの中に強さに溺れる心があったという事実そのものだった


負けたことよりも自分が認めていた静希の事を気づかないうちに貶めていたという事実そのものの方が彼女としては悔いるべき点だというのは、何とも『らしい』というべきだろうか


生真面目というかなんというか、石動という人間が浮き彫りになる光景である


「まぁあれだ、明利に頼んで血の生産とかが楽になるように調整してもらえって、さすがにあの量を取り戻すのは時間がかかるだろうけど、ないよりはましだろ」


さすがにこの状態のままにしておくのはまずいなと思い、静希は半ば強引に話題を失った血液の方向へと戻すことにした


実際問題能力を使う上で必要な血液を大量に失ったというのは石動にとって痛手以外の何物でもない、あらかじめ準備を必要とする静希としても、この光景を見て何も思わないわけでもないのだ


「・・・そう・・・だな・・・幹原、手伝ってくれるか・・・?」


「うん、私でよければ、食材とか体調とかの管理は任せてよ」


医師の資格を取得できる条件がすでに揃っている明利の協力があれば百人力だろう、人間が血液を生産するにあたって必要な栄養素や、生産に必要な臓器の機能の強化も明利ならば可能だ


当然、あれだけの量をまた作り出すとなると相当な時間が必要になるだろう、だが今までよりは多少早くなることは確かである


明らかに落ち込んでいる石動も、少しだけ気が紛れたのか、うつむくことを止めてその場に座り込む、さすがにまだ立つのはつらいようで、深呼吸をしながら先程の戦闘を思い出しているようだった


誤字報告が20件分溜まったのでプラス月曜日なので六回分投稿


誤字報告四天王みたいなのがなんとなく出来上がっているのが微妙に面白い


これからもお楽しみいただければ幸いです

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