その左腕の認識
静希の左腕、ヌァダの片腕の効果は大まかに分けて二つ
一つは使用者の治癒、自動発動するこれは霊装そのものの能力であり、静希自身にもコントロールはできない
そしてもう一つは使用者の意のままに動くという、一種の付加効果のようなものだ
何故この腕が意のままに動くのかはさておき、意のままに動くというのはそれすなわち、どんな動きでもできるという事である
それは岩を砕くこともできるほどの握力を発揮し、どんな状況においても力を発揮する
疲労などは無い、あるのは意のままに動くという確定事項のみ、それは力であり、また速度でもあった
静希は左腕で太い木の枝を掴み、思い切り引き寄せた
瞬間、静希の体は加速装置でも発動したのではないかと思えるほどに急速に前へと進んだ
だが当然のように、その体勢は無茶苦茶だった、移動というにはあまりにも拙く、前進というにはあまりにも荒々しい『一歩』だった
だが静希はすぐに体勢を整え視界に入った枝を左腕で掴み、同じように思い切り引き寄せて体を前に進める
それは静希が走る速度をはるかに超え、石動からの一時的な逃走すら可能にしていた
今まで自分の左腕は握力という形でしか使えないと思っていた、だが移動という形で使えるのだと、今さっきようやく気付くことができた
これは使えると思う反面、時間が限られているということを思い出し、静希は木の枝を掴んで急停止する
義手の接合面である肩に強い力がかかり僅かに痛みが走るが、今は痛がっている時間は無い、ようやく石動から離れて作戦を練るだけの時間ができたのだ
そしてさらには石動の動きに対抗できるだけの手段も、拙いながら手に入れることができた
石動も全力でこちらに向かってきているのだ、こちらもそれに応えるべく深呼吸をして集中を高める
静希がいくら高速で動ける手段を有したところで、反射神経は通常の人間のそれと同じ、極限まで集中力を高めたところで石動のあの動きに対抗できるかどうか
否、対抗しなくてはいけないのだ
高速で動き続ける状態の石動では関節を狙うという事は無理に等しい、かといって鏡花のように動きを止められるような技があるわけでもない
ならば少々荒っぽい手段に出るしかない
静希は左腕の中に仕込まれた大砲に一発の弾を入れ、準備を整えた
石動の姿を視界の隅でとらえるよりも早く、静希は再び左腕を使って移動を開始する
そして石動は移動を始めた瞬間に静希を確認し、攻撃を繰り出してきた
先程のような血球のついた鎖を、木々の合間を縫って正確に静希めがけて放ち続ける
だが木の合間を縫うという動作をしなければいけないためか、軌道は読みやすく、速度も遅い、左腕を使った半ば強引な加速ではあるが何とか避け続けることができていた
だが本来前衛である石動がいつまでも中距離攻撃に甘んじているはずがなかった
血の鎖一本を囮に、木を足場に跳躍するように静希との距離を一気に詰めてくる
かかった
静希は木を掴み逆に石動に接近する
完全に不意を突かれたのか、石動はその腕に刃を作り、構えた状態で硬直していた、今まで逃げていた人間が急に自分に向けて接近してきたのだ、それが前衛型ならまだ予想もできた、だが相手は中距離支援を主とする静希だった
以前の訓練戦ではとにかく逃げ回る戦い方をしていた人間がいきなり彼我の距離をゼロにしようとしてきたことで、石動は動揺した
そして静希はその動揺を見逃さなかった
左腕の肘から先を外し、石動に狙いを定め腋にある引き金を握る
瞬間的に石動は静希のやりたいことを把握し、そして周りに展開していた鎖の何本かを自分の前に集め、盾に作り替えた
静希の左腕に大砲のような武器が仕込まれていることは以前の実習で見ている、だがその威力はすでに把握していた、だからこそ最低限の盾を作り出して防御し、静希を拘束するつもりだった、動けなくすれば自分の勝ちだ
石動だってむやみやたらと静希を傷つけたいとは思わないのだ、友人であり、同じく友人である明利の恋人、傷つけたいはずがない
だからこそ穏便に、傷を付けずに勝つつもりだった
無論手を抜くつもりはない、全力で静希に勝つ、それが今の石動の戦い方だった
だが石動は静希の表情とその顔を見て、自分の判断が誤っていたことを察知してしまう
一瞬のはずが、一秒にも満たないその時間が何秒かに延長されたかのような時間の矛盾の中で静希の口がゆっくりと動く、それはこういっているように動いた
残念でした
邪笑を浮かべた状態で放たれた言葉を聞くより早く、静希の左腕から弾丸が射出される
互いにぶつかるような形で接近していた中、静希の体がやや後方に吹き飛ばされるなか、放たれた弾は石動に向けて直進し、彼女が作った血の盾に直撃する
石動が以前見た威力の弾ならこの盾で防げるはずだった
だが今静希が放った弾は石動の血の盾を貫通し、石動の体めがけて直進した
静希の放った弾は、三種類の中で最も貫通力のあるライフル弾、以前石動に見せたスラッグ弾とはそもそも弾としての性質そのものが違う
貫通した弾は石動の血の鎧めがけて吸い込まれていく、血の鎧に深々とめり込むライフル弾は、完全に血の鎧にめり込んだ、だがそれ以上の変化はない
完全に防がれた
静希はそう思いながら即座に左腕をつけなおし、石動は弾丸を体で受け止めた衝撃で体勢を崩しながら地面へと落下していく
だが静希の攻撃はこれだけでは終わらなかった
石動の体が弾丸の衝撃で一瞬硬直するその瞬間を静希が見逃すはずはない
落下というあらがいようもない現象を前に、静希は石動の周囲に大量にトランプを顕現し、石動の関節めがけて一斉に弾丸と釘を射出していた
体を動かしている以上、装甲状態にある血では邪魔になる部分も多い、さすがに何の装甲もないというわけではないだろうが鎧部分よりはだいぶ脆いのではと考えたのだ
そしてその考えは当たっていた、石動の主な装甲以外の関節部分は薄い鎖帷子のような形状になった血液の防具があるだけだったのだ
銃弾や釘といった一点突破の攻撃なら十分傷つけるに値する攻撃だった
そう、攻撃だった、ほんの数瞬前までは
静希の放ったライフル弾が石動の作った盾を貫通した瞬間、彼女は完全な防御態勢に入っていた、まるで蛹のように体全体を血の鎧で覆い、関節部さえもすべて埋め、動くことよりも身を守ることに重点を置いた完全な防御態勢
静希がライフル弾を放つと同時に関節部を狙えていたなら、もしかしたら傷を与えることもできたかもしれないが、彼女の体は静希の持つただの銃弾や釘だけでは貫通できないほどの硬度の鎧で包まれていた
地面に着地し、石動の状態を確認すると静希は舌打ちしながら一時的にその場から離脱する
人に対しては絶対に撃たないという源蔵との約束を破ってまで放ったライフル弾だったのだが、あそこまで完璧に防御されるとは思っていなかった、そしてさらに言えば、薄い血液の盾程度ならあのライフル弾で打ち抜けるという事がわかってしまった
この事実が、なおさら静希をあせらせる、とっさの防御だったとはいえ通常の火力で得られる攻撃で石動の防御を貫通できたのだ、現状威力が不明ではあるものの、切り札の一角を担う高速弾を撃つのはあまりに危険だと判断したのだ
何とかして石動の防御を打ち破らなくてはならない、事前に仕込みを終えていた拳銃を使うべきなのかもしれない
氷でできた壁や鎧を簡単に貫通する威力を持った弾丸であれば、石動の血の盾と鎧も打ち破れるかもしれない
問題はどこに当てるかだ、拳銃という武器の特性上、手加減などという生易しいことができるはずもない、必ずどこかの部位に当てることになるのだが、どこに当てるべきか
選り好みできる立場ではないが、殺さないように傷をつけたいのにそれで殺してしまっては本末転倒だ
当てるとしたら手足、胴体や頭部は論外だ、もし臓器などを傷つけた場合取り返しがつかないこともあり得る
石動に与える傷は最低限にしたい、無論そんなことができるだけの実力が自分に無いのは承知している、半ば特攻という形になるかもしれないが自分は傷を負ってもいいのだ、行動を起こして損はないだろう
左腕を駆使して不恰好でも高速で移動する中、背後から草や土を踏み砕きながら高速で移動する足音が聞こえてくる
逃げ出した静希を捕えるだけの胆力はまだ持ち合わせているようだった、ライフル弾による不意打ちも全く意に介していないと見える、そもそも石動は逃げていれば勝利できるというのに、わざわざ静希を捕えようとするあたり、やはり前衛の人間であるという事だろう
向かってきてくれるのであればやりようはいくらでもある
静希はトランプを周囲に顕現しながら石動を牽制する、無論弾丸を受けようが釘を射出されようが止まる気配など微塵もないが今はそれでいいのだ
今度はあえて自分の姿を見せる、そして自分の左腕に意識を向けさせるのが今の目的である
石動は今のところ静希の左腕にしか自分の防御を脅かす武装は無いと判断するだろう、だからこそ次に静希が左腕を構えた時、強引に回避するか先程と同じように盾を使って防御するはずだ、それも先程のような薄い盾ではなく、分厚い防御に適した盾を用意するだろう
当然のように、盾を使えばその分視界は制限される、そこがねらい目だ
回避されないようにするには半ば無茶な突進も必要だろう、彼我の距離をゼロにすること、そして回避するような暇がないほどの速度で射出の構えをし、盾を展開したら拳銃を打ち込む
空中での行動が大前提だ、地上では悠々と回避されてしまう、こういう状況は不慣れであるために多少不恰好でも構わない、元より不利な戦いを挑んでいることは百も承知なのだ
石動から伸びる鎖状の攻撃はその数を減らしていた、先程の砲撃を見て攻撃ばかりに気を取られていると足元をすくわれると察知したのだろう
警戒しているのは少々都合が悪いが、攻撃の手が少なくなるのならありがたい、左腕を駆使して木から木へと移動を続ける中、タイミングを見計らって静希は反転する
先程と同じ、移動状態からの反転加速にまったく同じ行動に石動は待ってましたと言わんばかりに静希の左腕に血の鎖を数本展開する
発射そのものを潰してしまおうという魂胆なのだろう、確かに左腕の大砲が使えなければ今のところ静希の取れる手段はない、石動から見ればこれが最良の策だと言える
もっとも、その策に欠陥があるとすれば、石動が今相手をしているのが静希だという点だろう
石動が左腕を封じてくるのは予想できた、防御するよりも攻撃する、それが前衛の考え方だ、相手の行動を封じ、なおかつ自分の攻撃へと転じる、それこそ戦闘において必要なことだ
静希と石動の認識に違いがあるとすれば、それは勝利のために必要な道具
石動にとってその左腕は勝利に絶対必要なものであると思えた、だが静希にとって、左腕はあくまで手段の一つでしかない
鎖に巻き付かれ、動きが阻害される寸前、静希は左腕を肩口から切り離した
日曜日なので二回分、そしてちょっと用事があったので予約投稿です、反応が遅れるかもしれませんがご容赦ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




