表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
二十六話「新たな年度の彼らのそれぞれ」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

836/1032

静希vs石動

「え?で結局俺はどうすりゃいいわけ?」


授業で訓練を行うべく演習場に向かう中、静希が軽く事情を説明するのだが陽太は話の内容をほとんど理解していなかったのか首をかしげていた


「要するにあんたは石動さんに全力の槍を使えばいいのよ、条件は私が確保しておいてあげるから」


「そうか、了解」


さすがは陽太専門の指導教官、陽太にもわかるように適切な言葉を選ぶことに関しては鏡花の右に出るものはいないだろう


事前の申請により時間制限付きだがすでに森林地帯の演習場を借りる手はずは済んでいるそうだ、城島にもその旨を伝えてあるのだという


手際がいいのは結構なのだが、実際戦う静希としては気が重いばかりである


「ちなみに静希、お前勝算はあるのか?傷一つ付ければオッケーとか言ってたけど」


「・・・そうなんだよなぁ・・・現状手がないわけじゃないけど・・・めちゃくちゃシビアなんだよ、そもそもあいつ相手にするってだけで負けが確定してるようなもんなのに・・・」


いくら自分に有利なフィールドとはいえ石動本人の戦闘能力が下がるわけではない、結局のところ静希が自分自身で何とかしなくてはいけないのだ


この前の引き分けだってかなり運の要素が強かったのに、今回同じような、いやそれ以上の成果をあげなくてはいけないのだ、気が滅入るのも仕方がないと言えるだろう


「万が一のことを考えて明利にはしっかり待機しておいてもらうから、ぼろぼろになっても安心よ」


「えっと・・・怪我はしないようにね」


明利としても石動と戦うというのはあまり良い気分ではないのか、少しだけ困ったような表情をしているが、余計な危険に晒すわけにはいかない以上静希が全力で戦わなければいけないのは変わらない


腹をくくるしかないなと覚悟したうえで静希達は演習場へとやってくる


まだ本格的に授業が始まらないという事もあって、適度な運動や能力の訓練が認められる四月の演習、静希達はまずコンクリートの演習場の隅で準備運動をしていた


そこには静希達だけではなく石動達の姿も見えた、その近くには大きめのクーラーボックスの姿も確認することができた


「遅いぞ五十嵐、準備はできているだろうな?」


「絶望感で腹を下しそうだよ、まずは陽太の出番だ、それまでに準備運動終わらせておくからちょっと待ってろ」


静希が体を軽く動かしながら準備運動を進めている間、自分の出番だと言わんばかりに前に出た陽太が嬉々として能力を発動する


「それじゃあまず石動さんが陽太の槍に耐えられるかどうかね、これをクリアしたら静希は切り札の使用を許可する、異論はないわね?」


「ないよ、さっさとやれ」


準備運動を続ける静希に最終確認をとった後で鏡花は地面を足で叩き、金属でできた球体を作り出す、陽太の槍の威力を上げるために必要不可欠な質量だ、陽太は右腕に槍を作りながらその金属を溶かして槍の中に閉じ込めていく


以前刑務所の門を破った時と遜色ない、もしかしたらその時よりも大きいかもしれない槍を前に石動は驚きを隠せないようだった


「なるほど、これが本領というわけか」


「おうよ、簡単に静希に相手してもらえると思うなよ?」


もちろんだと言いながら石動はクーラーボックスの蓋を開けると、その中には大量の血液パックが内包されていた


以前動物園に持って行ったようなのとはその数が明らかに違うことがわかる、何リットル、もしかしたら何十リットルにも及ぶかもしれないほどの量の血液に静希は眉をひそめる


「全力でぶつかると宣言したからには、有言実行させてもらう、これが私の最大戦力だ」


今まで石動がコツコツ用意してきた血液、そして今の時点で石動が操れる、能力を発動できる最大の血の量、それがあのクーラーボックスの中に入っているのだろう


陽太は金属を入れることで質量を確保しその威力を上げているが、彼女の場合質量を持った血が増えれば増える程能力が強化されるのだ、その威力は計り知れない


とはいえ今回は石動は防御に徹する形だ、陽太の攻撃を耐えればそれでよし、耐えられなければ静希の出番そのものがなくなるのだ


「陽太、使っていいのは第一段階の槍までよ、白と青は厳禁」


鏡花の言葉に陽太は明らかに不満を抱いているようで、えー・・・と声を漏らしてやる気をなくしている


「なんだよ、せっかくだから全力でやりたいんだけど」


「威力変えたら不公平でしょ、それにもし暴発したらどうすんのよ、後片付けするの私なんだけど?」


「アイアイマム、仰せの通りに」


さすがに面倒をかける程の事ではないと理解したのか、陽太は槍を構えて集中を高めていた、炎が燃え盛り、その体が一層熱くなっていくのが傍目でもわかる


一方石動は陽太から二十メートルほど距離を置き、クーラーボックスの中に入っている血液をすべて自らの体に纏い、堅牢な鎧を形成していた、今まで見たことのある動きやすさ重視の鎧ではなく、守備力重視の分厚い装甲を有した鎧だ、陽太の槍が高い威力を持っているという事を察したのだろう


「んじゃせーので行くぞ、しっかり構えとけよ?」


「問題ない、一度は止めた攻撃だ、今度も止めて見せようじゃないか」


石動の挑発ともとれる言葉に、陽太は全速力で走り出しその槍を石動めがけて叩き付けた


砕け散る音が周囲に聞こえる中、静希達はその結果をその目で確認した


石動は陽太の槍の攻撃を真正面から受け、かなり後方へと運ばれていた


以前と同じように血の鎖を大量に展開し足元に杭として打ち込むことで陽太の槍を受け止め、同時に自分がそこから動かないようにしたのだ


だが陽太の槍がそんな程度の固定具で止まるはずがない


コンクリートの地面は砕け、石動の体は後方へと運ばれてしまう、その槍の威力を一身に受けた石動の血の鎧は僅かに傷をつけられているものの、その槍は彼女の体には届いていなかった


そして石動はかなり後方に運ばれた事実を確認しながら大きく息をつく


「この場合、耐えたという事になるのか?清水」


「・・・そうね、鎧自体はしっかり形を保ってるし、防御できたってことにしましょうか」


「ちくしょう・・・せめて炎の色変化が使えれば」


陽太にとっては半ば手加減した形で攻撃したために満足していないのか、不満そうに槍を片付けていた、炎の色を変化させた状態で槍を維持するのに関してはまだ実戦投入できないレベルなのだとか


調子が良ければ一分を超えても維持できるのだというが、それでは実戦では使えないのだという、まだまだ陽太の訓練は先が長そうだった


「さて、これで私はお前への挑戦権を得たというわけだな?五十嵐、まさか男に二言はあるまいな」


「・・・はぁ・・・もうどうなっても知らないからな?ただし使う時は最大防御をするって約束しろよ?」


約束しようと石動は上機嫌になりながら静希の前で胸を張る、陽太の槍さえ防いで見せたその防御力、体が完全に固定されていなかったからこそ衝撃が緩和されたというのもあるかもしれないが、血の鎧の防御力はただの鎧よりよほど強いのだろう


陽太は全力を出せなかったことで少々悔しそうにしているが、仮に全力だったところであの鎧を破れたかどうかは怪しいものである


まず間違いなく石動の体は吹き飛んだだろうが、その鎧を破壊できたかはわからない


とはいえ石動は確かに戦車の主砲級の攻撃を防いで見せたのだ、静希も腹をくくらなくてはいけないだろう


『メフィ、万が一の時、弾丸の速度を緩める事ってできるか?』


『肉眼でとらえられる速さならね、それ以上だと難しいわよ?今から弾丸を遅くするようにするのにも時間かかるでしょうし・・・何よりキョーカが許すとは思えないわ』


石動を危ない目に遭わせるくらいなら自分の持つ切り札の威力をわざと弱めることを考慮に入れていたのだが、実際それは難しいようだった


今鏡花に頼んで場所を作ってもらうにしろ加速し続けた物体を減速させるのだって時間がかかる、空中に出せばそれだけで空気抵抗によって減速するだろうが音速を超えていた場合衝撃波が発生しすぐにばれるだろう


『じゃあ射出する方向と真逆に力を発生させることは?』


『それなら何とか、でも距離によるわね、減速がどれくらいできるかもわからないし・・・』


メフィもあまり自信なさげだが本番の一発勝負の時になんとかしてもらうしかない


メフィ自身が加速した物体を減速するなんてことはやったことがないのだろう、当然だ、そもそも加速自体ここまで重ねがけのような形で行ったことがないのだから


「それじゃあそれぞれ入り口に行ってくれるかしら、制限時間は十分、それ以内に静希が石動さんにかすり傷でも与えることができたら切り札の使用は無し、逆に石動さんは傷を負わせられないか、静希を戦闘不能にすれば勝利よ、時間切れになったら電話するから、はい時間ないからさっさと動く!」


これから始まろうという静希と石動の勝負に周囲のクラスメートの何人かの視線が二人に注がれる


何人もの視線が注がれる中、その中には勝てるはずがないのにと半ば嘲笑に近い物も含まれている、当然だ、普通に考えれば勝てるはずがないのだ


それは静希だって十分に理解している、だが勝たなくてはいけない、石動を危険に晒すわけにはいかないのだ


多少荒っぽい手段を使うことになってもどうにかして石動に傷を付けなくてはいけないだろう


とはいえ陽太の一撃を防ぐほどの装甲を有している石動相手に静希の手札でどうにかなるとは思っていない、だが陽太には無いものを自分は持っているのだ、多少の無茶は許容してしかるべきだろう


多少痛い目を見ることになっても、それは仕方がない


演習場の入り口に着いた静希はトランプの中からオルビアと拳銃を取り出す、悠長に取り出していられるような時間的余裕はないのだ


『メフィ、あともう一つ頼みがある』


『あら何かしら、直接手を下すっていうのは無しにした方がいいと思うけど?』


『安心しろ、そう言う話じゃない、ちょっと手を貸してくれればいい』


静希のその言い分にメフィは静希が何を言わんとしているのかを察する


なるほどねと呟いた後でメフィは嬉しそうに、そして同時にどこか悔しそうに笑って見せる


『シズキがそこまでする価値のある相手なのかしら?ただのエルフの小娘のように見えたけど?』


『結構恩やら借りやらがあるんだよ、森に入ったらすぐに仕込みをする、森に入ってすぐが勝負の分かれ目だ、いいな?』


『了解よ、まったく人使いが荒いんだから』


文句を言いながらもメフィは嬉しそうだ、頼られて悪い気はしないのだろう


静希が言うように森に入った瞬間、そこから数分の間に勝負が決まると言ってもいいだろう、なにせ相手は石動だ、悠長に待っていたらすぐに追い詰められることになるだろう、それは以前の訓練戦闘ですでに味わっている


試合開始時間になり、静希と石動は同時に森の中に侵入した


静希はメフィの協力のもと仕込みをしようと一時的にメフィを取り出すが、同時に森の奥から強烈なプレッシャーが襲い掛かってきた


急いだ方がよさそうだ


静希はメフィに魔素を注いでもらい自らの体に襲い掛かる痛みを無視して拳銃をジョーカーの中に入れ、すぐに取り出す


強制的に体に魔素を注入することで以前作り出したジョーカーを使用し拳銃を一時的に強化する、これが仕込みだ


黒い瘴気のようなものが噴出する拳銃を懐にしまい込んですぐにメフィを再びトランプの中にしまう


スキンの中にある右手の黒い浸食部分が増加しただろうがそんなことはいちいち気にしていられない、一度使うまではこの拳銃は強化された状態にあり続ける、ここからが勝負だ


静希はオルビア片手に森林地帯を疾走する、同じ場所にいれば相手の思うつぼだ、いや同じ場所にいようといまいと、石動にとっては変わらないのかもしれない


待ち伏せだとか追いかけっこだとか、そう言う次元の勝負にすらなりはしないのだ


まだ森林地帯に入って一分も経過していない、だというのに静希はその姿を見た


血の鎧を纏い、まるでイノシシか何かのように突進してくる石動の姿を


大量の血を体に纏い、重量が増しているはずなのにその速度は通常の人間のそれとはかけ離れている


前の戦闘と同じだ、圧倒的な身体能力を発揮しての接近戦、障害物の少ない岩石地帯やコンクリート上では真っ直ぐ突っ込んで体当たりするだけで静希は戦闘不能になるだろう


だがここは森林地帯、視界は制限され、その体を視線により捉えることは難しい、何より石動が大量に展開できる鎖鎌に似た形状の武器もこの密集地帯では使用が難しい、そこに勝機があると静希は睨んでいた


これで明利がいればいくらでも罠を張り放題なのだが、今は個人戦、そんな悠長なことをしている時間的余裕はない、なにせ


「見つけたぞ五十嵐ィ!」


こちらが向こうを見つけられるという事は、あちらも向こうを見つけられるという事でもあるのだ、静希に有利だというのは、本当に若干でしかない、ほぼ条件はイーブンなのだ


木の間を縫うようにして突進してくる石動に静希は大量にトランプを飛翔させる、以前も行ったトランプでの視界制限、ただでさえ視界の悪いこの場ではこの補助動作がかなり有用に働いた


とはいえ高速で動き続ける石動の身体能力に、何の強化も施されていない静希の体が勝てるはずがなかった、視界が制限されようとも、一瞬だけ映る静希の姿を確認して即座に方向を変換してくる


戦い慣れた前衛はこれだからやりにくい、静希は内心舌打ちをしながらトランプの中から何発か銃弾と釘を射出する


だが、まるで当然のように、小石でも当たったかのような容易さでそれらは石動の鎧を前に弾かれてしまう、やはり通常攻撃ではダメージは与えられないようだと、一旦木に身を隠しながら大きく静かに息をつく


通常攻撃では石動の装甲は撃ちぬけない、ならば関節はどうだろうか、血液でできているとはいえあれは鎧の形をしている、ある程度関節部分の装甲は薄いのではないかと考え、再び静希は走り出す


その動きを待っていたのか、まるで分かっていたかのように石動は先に大きな球体のついた鎖状の血を静希めがけて放った


彼女としてもむやみな殺傷はしたくないという気持ちの表れだろうか、刃ではなく球体を使ってくるあたり多少手心は加えているようだった


だがほぼ直線上に向かってくる攻撃程度、静希に避けられないはずはない、雪奈の攻撃に比べればまるでスローモーションだ


だが石動の本命は遠距離攻撃ではなかった


放たれた血球を自らの体から切り離し、障害物である木々を縫うように一気に静希との距離を縮めていく、回避行動をとった後すぐの静希は簡単に石動の接近を許してしまっていた


距離がゼロになる刹那、彼女の体を覆っていた血の鎧の形が変わり、血球のついた鎖となって大量に静希めがけて襲い掛かってきた


一本、二本なら回避もできただろう、目算でも十本はあるような攻撃が一斉に静希めがけ向かってきている


回避は難しい


そう判断した静希は自分の体に当たる数本をオルビアで受け流し、顔めがけて向かっていた鎖を一本、左腕で掴み、全力で引き寄せた


鎖の根元は石動の体につながっている、思い切り引き寄せれば石動の体勢を崩し、狙いを変えられるのではないかと思ったのだ


だが石動はびくともせず、逆に引き寄せられたのは静希の方だった


考えればわかることだ、重い方と軽い方、どちらが動きやすいかなんて小学生でもわかる


本来の体重なら静希の方が体重は重い、だから普段の状態であれば静希に石動が引き寄せられたかもしれないが、今石動はその体を血液によって覆い、その重量を増している、それこそ静希よりもずっと重くなっているのだ


左腕を全力で駆動させ引き寄せたせいで静希の体は鎖を伝って前へと運ばれる、走るよりずっと速く、体勢など全く考えないような形で、前へ


鎖先についた血球の一発が静希の肩を捉えるが、痛みを感じるより先に静希はこの行動の可能性を模索していた


そう、今まで当たり前のようにやっていて気づかなかったのだ


腕で何かを掴み、思い切り引き寄せれば体は前に進む


石動の頭上を越え、地面を転がるように着地しながら静希はすぐにその場から離れるべく走り始めた、無論石動も追ってくる、練習している時間などない、ぶっつけ本番でやってみるしかないのだ


静希は意を決して左腕を駆動させた


土曜日+誤字報告五件分で三回分投稿


これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ