扇動する天災
「じゃああれだ、陽太の最大威力の槍を耐えられたら、高速弾を使うのを許可してやるよ、それならいいだろ?」
静希の提案に鏡花はその手があったわねとわざとらしく手を叩く、静希がこの提案をすることも予想済みという事だろうか
陽太の称号『攻城兵器』の由来にもなった最大威力の槍、あれを防御できたなら戦車砲以上の威力を防ぎきれるという事は証明される
それほどの防御力を持っているのであれば使っても万が一はあり得ないのではないかという気がしたのだ
そして陽太の実力を測り、なおかつ石動の防御を破れば陽太の評判を回復させることもできるかもしれない、二重どころか三重で静希と陽太の評判回復に貢献する形になる
「響の一撃か・・・最高威力という事は以前使っていた槍というわけではないのだな?」
「えぇ、少なくとも戦車の主砲よりは威力がある攻撃よ」
陽太の一撃は強い、生身で受ければ一発で戦闘不能になるほどの威力を有しているのは実際に戦った石動も十分に理解しているだろう
だが生身で戦うだけが陽太の強みではない、むしろ鏡花との連携においてその真価を発揮すると言ってもいい
「新しい切り札はいまどれくらいの威力になってるのか俺にもわからないんだ、ただの拳銃のそれより劣るかもしれないし、もしかしたら音速なんて軽く飛び越えるくらいの速度になってるかもしれない、なにせ作り始めてまだ一週間も経ってないんだ」
あくまで試射、そう言う意味では本来なら鏡花の作る的などを作ってそれに撃つのが一番正しい方法なのだろう
だが鏡花はわざわざ石動に協力を要請した、丁度良かったのだろう、肉体強化のできる能力を持ち、なおかつ防壁や鎧も作れて、さらにエルフであるという存在などそういない
褒められた方法ではないにしろ、鏡花が求める評価の改善としてこれ以上の相手はいない
「響の一撃を耐えることができれば、お前の切り札とやらにも耐えられる・・・という事か?」
「耐えられる可能性が上がるってだけだな、少なくとも俺がこれを使う時は全力で防御するってことを約束してくれ・・・まぁ俺がお前に傷をつければその約束も意味ないけどな」
その言葉に石動は体を震わせながら笑いをこらえているようだった
いや、もうこらえることもせずに声を漏らしながら笑っている
「どういう事だ五十嵐、今まで相対した時よりもずっといい表情をしているじゃないか・・・本気を出す気になったのか?」
「・・・お前が死なない可能性がないわけじゃないんだ、俺は全力でお前に傷をつけるぞ、切り札を使う必要が無いようにな」
今まで以上に、今までとは比べようのないほどに充実した静希のやる気を感じ取ったのか、石動は嬉しそうにしている
互いに手加減をした戦いではなく、互いに本気になった戦いができるのだと石動は先程の怒りなど忘れ嬉しさに満たされていた
訓練の時、静希はいつも気を遣って戦っていた
当然だ、相手を必要以上に傷つけるようなことはしたくないからだ、相手が中間距離を得意とするような中衛であれば『殺さない攻撃』をすることくらいはできるが、相手が接近戦を得意とする前衛だと、そんな器用なことはできない
だから致死性の低い攻撃をメインに攻撃を繰り出していたが、今回ばかりはそんな生易しいことを言っていられない
この場で僅かながらに傷をつけられなければ、殺してしまうかもしれないのだ
「お前との対峙は何時だって心が躍る、何故だろうな、響と対峙した時はこんな感覚は無かった」
「さぁな、好みの問題なんじゃないのか?」
剣で対峙した時も、先日の訓練戦闘の時も、石動は静希と戦うとわかると心が躍った
純粋に楽しみだというのもある、だがそれだけではないのだ、静希は次に何をしてくるかわからない、そしてその技術のほとんどが努力によって培われたものだからかもしれない
エルフとして訓練を重ねた石動と、能力者として訓練を重ねつづけた静希
どちらに軍配が上がるかなど決まりきっていることではある、大人と子供ほど戦力の違いがあるのだ
だが同時に相性と言うものもある、中間距離を得意とする静希と、接近戦を得意とする石動、静希が遠距離からの攻撃に徹することができれば勝機はある
もっとも、前回それをやろうとして結局追いつめられていたのだが
「それじゃ決まりね、模擬戦は森林地帯にしましょうか、この前は石動さんに有利な岩石地帯だったし、今度は静希有利ってことで」
森林地帯、確かに静希が得意とする地形だ、だが明利の索敵がない状態では石動と条件はほとんど変わらない
身を隠して死角からの攻撃ができるという点では、確かに静希に有利なフィールドだろう
「構わないぞ、五十嵐もそれでいいか?」
「あぁ、問題ない・・・んで戦う前に陽太の攻撃を受けろよ?」
わかっているさと石動は笑いながら上機嫌で自分の席に戻っていく
「・・・お前な、今回のはさすがにやりすぎだぞ、後先考えなさすぎだ」
「ちゃんと考えてるわよ、少なくともあんたと石動さんの関係を悪くしないでなおかつあんたに有利に事が運ぶようにセッティングしたつもりよ?どんな形であれ傷つけたくないって言われてうれしくならない女の子はいないんだから」
鏡花の言葉に静希は呆れてしまう、静希が石動の説得に使うであろう台詞さえ予測してこの場を作ったという事だろう
さすが天才というだけある、一年間問題児をまとめ上げるための班長として身を置いたおかげで、いやそのせいでというべきか、どちらにせよその人物がどのようなことを考え行動するのかというのを予測するのが身についているようだった
「もし会話が別の方向に進んだらどうするつもりだったんだ?一歩間違えば喧嘩になってたぞ」
「それは無いわね、石動さんってあんたの事特別扱いしてる節があるし、たとえあんたがエルフの誇りとやらを公然と侮辱したところで怒らないでしょうね・・・むしろさっきあんたが演技を始めた時ちょっと戸惑ってたわよ?」
ひょっとしたら怒らせてしまったのかもしれない、もしかしたら静希の逆鱗に触れてしまったのかもしれない
そう言う意味でわずかな後悔すら見せた一瞬だったのを鏡花は見逃さなかった、要するに石動は静希を気に入っているのだ
東雲姉妹のこともあって、静希が優秀であることも知っているし人格的に優れていると思っているのだろう、だからこそ良い友人として競い合いたかった
だがその過程で静希を怒らせてしまったのではないかと感じ取ったのだ
実際は石動を引き下がらせるための静希の演技だったわけだが
「それにもしあんたと関係が悪くなったとしたら、私がフォローを入れるわよ、静希は貴方が大事だから傷つけたくなかったのよとか言って、さすがにそう言われたら静希の心情を察せずにはいられないでしょ?」
自分の切り札で石動を傷つけてしまうかもしれない、だから使いたくない
それは静希の本心だ、良い友人として石動を傷つける理由などそもそもないのだ
鏡花はあくまで事実だけ伝えて石動を扇動し、もし自分の思ったような流れにならなかったら同じように事実だけ伝えて互いを取り持つつもりだったのだ
今までだったら静希が使うような心因的なゆさぶりを鏡花が使うとは思いもしなかった、いや正確には思うように転がされたというべきだろう、なにせ鏡花が石動に伝えたのはあくまで静希の切り札に関する事だけだったのだから
「お前は本当に敵に回したくない奴だな」
「それはこっちの台詞なんだけどね、少なくともあんただけは敵に回したくないわ・・・まぁ今回のはちょっとやりすぎたかなって私も思うけど」
他人の人間関係を利用したうえで成長や変化を促すというのは鏡花にしてみれば珍しい
それもまた、静希が絶対に石動相手に切り札を使わないという意志を読み取っての行動だったのだろう
鏡花は必要のないことはしない、そう考えれば今回のことも、彼女にとっては、そして彼女の思い浮かべる理想のためには必要だったのかもしれない
結果的に石動と静希の関係は悪化しておらず、順風満帆のまま話が進んでいるが、一歩間違えれば、先程静希が言ったように喧嘩になっていたかもしれない
むしろ静希は喧嘩を誘って仲違いになってもいいから石動との交戦を避けようとしていた、だが結果的には条件付きで交戦する羽目になっている
「鏡花、一度はっきり言っておくぞ」
「何かしら?」
静希は目を細めてドスの聞いた声を出す
今度のそれは演技ではない、心の底から、そして何の嘘偽りもなく怒りを込めて鏡花を睨んでいた
「お前が俺たちの評価を改めようってのはありがたいけどな、それに今度また俺の知り合いを利用して危険な目に遭わせようっていうなら・・・覚悟しておけよ」
「・・・肝に銘じておくわ」
静希は敵には容赦がないが、身内にはとことん甘い、傷つけるべき相手と守るべき相手くらいは区別できる、そしてその境界線はとてつもなく大きく、隔てることができないほどに広い
一度静希に身内認定されてしまえば傷つけられることはない、逆に一度静希に敵認定されてしまえば、もはやそれはどうしようもない死刑判決のようなものだ
もちろん静希とて自分に対する周囲の評価を改善しようとしていた鏡花に感謝の念がないわけではない
だがその方法が問題なのだ
威力も分からない、効果も不明な状態でいくら防御力に定評のある石動とはいえ受け切れるかもわからない攻撃をしたくない
「でも正直言うとさ、これ以外にあんたの評判回復って思いつかなかったのよね・・・班で成績残しても私がいるからみたいな感じで見られるし、あんた個人が誰かに勝たないとって考えると、石動さんが適役だったのよ」
以前優秀班に選ばれたときも、それは静希達の力ではなく鏡花の力のおこぼれをもらったという風にとらえられていた、確かに班自体の評価では静希の評判を回復させるには至らないだろう
そう考えると確かに石動との個人戦での勝利というのは手っ取り早く、なおかつわかりやすい
なにせエルフに勝ったという結果が知れ渡るのだ、石動の戦闘能力をもってしてただの能力者に負けるという光景は確かに思い浮かべることは難しい
「俺と石動が戦ったらどっちが勝つかは明白、そうなると俺に切り札を使わせるしかないと、そういう事か」
「そういう事、前から持ってる二つはさておきこの前作ったのは殺傷性はまちまちだし、石動さんなら耐えられるかなって思ったのよ、どれくらいの威力なのか私も把握してないけどね」
計算上そこまでの威力を出すのは難しいしと付け足して鏡花は少しだけ申し訳なさそうな表情をしてため息をつく
「まぁ、あんたが怒るのはもっともだし、ちょっとえげつないなってのは自覚してるわ、ごめん」
「・・・まぁ、二度とやらないならそれでいい、問題はこれからだよ・・・」
今日の訓練、しかも授業中にそれを行うという事は少なくとも多くのクラスメートにも見られる可能性が高い
模擬試合をすることもあって森林地帯の訓練場を貸し切る形になるだろうが、自分の手の内を衆目に晒すというのは静希としてはあまりいい気はしなかった
評価者人数が325人を超えたので二回分投稿
十月からの新ルールを活動報告の方に記しておきました、気になる方は見てみてください
これからもお楽しみいただければ幸いです




