折衷案
「はいはいそこまで、二人とも熱くなりすぎよ」
二人がにらみ合う中、場の空気を変えようと鏡花が手を叩く
この状況を作り出した元凶が何をのんきな声を出しているのだと静希は鏡花を睨むが、鏡花は落ち着きなさいよという視線を静希に向けると石動も落ち着かせるべくとりあえず座らせることにした
「お互いに意固地になってたら話が前に進まないわ、ここは折衷案で行きましょう」
「・・・折衷案?」
石動の疑問に、鏡花は笑みを浮かべて応える、そしてその笑みの意味を、そして鏡花が天才と呼ばれる由縁を静希は思い知ることになる
「静希、あんたが切り札を使いたがらないのはよくわかる、十分危ないしね、そして石動さんが静希に負けたくないってのも、負けない自信があるってのもよくわかる、だったら両者が納得する形で決着を付ければいいわ」
両者が納得する形、そんなものがあるとは思えないが静希と石動が互いに視線を交わすと、鏡花はにやりと笑って一枚の紙に条件を書き記していく
「静希と石動さんには今日の訓練の時間に模擬戦をやってもらう、けど条件がある、静希が一定時間以内に石動さんに傷を負わせることができたら、静希は切り札を使わない、逆に石動さんが傷を負わずに静希を戦闘不能にできたら、その時は切り札を一回だけ使わせる、これでどうよ」
その条件に石動はなるほどと呟くが、静希は大きく項垂れてしまう、前提条件が静希に不利すぎるのだ
「お前な、石動相手に傷一つ付けるだけだって俺の手札じゃ難しいんだぞ?何でこんな条件に」
「あんたが得意なのは不意打ち、そして殺すだけならいつでもできる、さっきあんたが自分で言った事よ・・・だから小さな傷でも負わせることができれば石動さんには切り札を使うまでもないって解釈、あんたとしても悪くないんじゃない?」
ここまで聞いて、静希はようやく理解した、鏡花がなぜこの話を振ったのか
これは二段構えの策だ、仮に静希が石動に傷をつければ、全力の戦闘でエルフに傷をつけたという事実が残る、そして逆に静希が負けても切り札によって石動を戦闘不能状態にできる可能性がある、結果によってはエルフを打倒したという事になりかねない
もし勝負を受ける場合、石動を守るためには静希は全力で彼女を傷つけようとしなくてはならない、小さな傷だけで十分なのだ、命の危険に比べればその程度たいしたことはないだろう
だがこの勝負を受ける理由は一つもない、鏡花の案では石動が危険に晒されることに変わりはないのだ
「おい鏡花、いくらお前でもわざわざ俺に箔を付けるためだけにこいつを利用しようってんならまた痛い目を見てもらうことになるぞ」
「別にあんたに箔を付けようってだけじゃないわよ、あんたの新しい切り札の実験、石動さんの意識改革、あんたの周囲の認識改善、単独戦闘の総合戦闘訓練、一石四鳥くらいの内容が詰まってるんだからね」
陽太の指導を一年間こなしていたためか、指導や課題に対する答えの導き方やその内容の効率の良さが異様だ
そこになによりと付け足して鏡花は石動を指差す
「一度本当に危ない目に遭っておけば、石動さんもこれは危ないって理解できるでしょ?少なくとも物理攻撃なら石動さんは多少耐性があるんだから、一発くらい平気よたぶん」
「そのたぶんが怖いんだっての!お前万が一石動の体が吹き飛んだらどうするつもりだ?そんな危ない橋わたりたくないっての!」
いくら石動の能力が強力であるとはいえ限界がある、もし防御しても防ぎきれないレベルの攻撃だった場合、彼女の体がバラバラになることだってあり得るのだ
そんな危なすぎる綱渡りは絶対にしたくないところである
「全力で石動と戦うってのはまだ了承してやるよ、傷一つ付けるだけで勝利っていう条件なら何とかなりそうだしな、でも切り札を使うってのは無しだ、そこは譲れない」
「あんたも結構頑固ねぇ・・・まぁ予想はしてたけど・・・それじゃあそうね・・・石動さんとしてはどうなの?死ぬかもしれないけど静希に切り札使ってほしい?」
「そこまで脅されても未だ信じられんな、そもそも五十嵐の切り札とは何なのだ」
そう言えば静希の切り札の内容を教えていなかったのを思い出し、鏡花の視線が静希の方に向く、しゃべってもいいだろうかという確認だろう
本来切り札の情報そのものは隠しておきたいのだが、このままだと説得もできない、ある程度手の内を明かすのも必要だろう
「・・・なるほど、硫化水素に太陽光、そして高速の弾丸か・・・」
声を小さくして石動にそれを告げると、彼女は唸りながら思考し始める、三つの切り札だけを教えたが、メフィや邪薙のことは勿論教えていない
この三つだけでも十分石動を殺すに値する手段なのだ
「確かに硫化水素と太陽光に関しては私の能力では防ぎきれんかもしれんな、だが三つめなら防ぐ自信はあるぞ、戦車砲程度の威力なら防ぎきる自信はある」
静希の能力で収納しておける質量は五百グラム、たとえいくら加速したところで戦車砲ほどの威力が出せているかどうかは疑問である
なにせ今もなお切り札である高速弾は作成途中なのだ、今どれほどの速度を有しているのか静希でも理解できていない
「まぁこの間作り始めたばっかだし、そこまで速くはなってないんじゃない?それくらいなら使ってあげてもいいんじゃないの?」
「・・・」
自信満々にしている石動と諭すようにそう告げる鏡花に、静希は眉間にしわを寄せながら口を噤んでいた
納得したわけでもないし、理解したわけでもない、なおかつ許可できるはずもない、そこで静希は新しく条件を付けることにした




