思惑と誇り
「まぁ説明するよりも早くやらなきゃいけないことがあるわね、石動さん!ちょっといい?」
鏡花は声をあげて近くにいたエルフ、石動に声をかける、すると下北と話していた石動は話を中断して鏡花たちの方にやってくる
「どうした?何か用か?」
「うん、実は今度の授業で静希と模擬戦やってほしいのよ、全力で」
鏡花の言葉にその場にいた静希は思わず吹き出してしまった、一体鏡花が何を言っているのか訳が分からなかったからでもあるが、唐突過ぎて理解が追い付かないのだ
「・・・それは構わないが、少し前にも模擬戦ならしたぞ?引き分けだったが・・・」
「そう言うのじゃなくて今度はちゃんと白黒つけてほしいのよ、もちろん全力で」
石動としては静希と戦うこと自体はやぶさかではないが、巻き込まれようとしている静希からすればたまったものではない
勝てそうもない戦いに身を投じるような趣味は無い、訓練だからそれも経験の内だと言われたってそう何度も死線をくぐるような真似はしたくないのだ
石動との戦闘は本当にそれほど神経をすり減らす戦いになるのである
「おい待て鏡花、この前だってほぼ負けに近い引き分けだったんだぞ、こいつが全力でやって俺に勝ち目があるわけないだろ」
「そうかしら、あんたが殺す気で行けばそうでもないんじゃないの?」
返す言葉がないのか、静希は項垂れてしまう、鏡花の言うように静希が本気で殺そうとすれば石動を殺す手段はいくつか考えられる、だがだからといって静希が石動を殺す理由など一つもない
何より模擬戦と言っておきながら殺すつもりでやるなんて矛盾している
「授業の訓練でそんな危険な手札を使えるわけないだろ、危険すぎるっての」
「ふぅん、エルフが相手でも危ないくらいの強い手札を持っていながらそれを使わないってのはどうなんでしょうね」
鏡花の言葉に近くにいた石動が視線を静希に向ける、その眼にはわずかな怒気が含まれているのが静希にも理解できた
怒っているというよりは不満を覚えているようだった、なにせ訓練とは言え手を抜かれていい気持ちがするはずないのだ
安い挑発だ、確かに静希はエルフでも受け切れるかわからないようなレベルの手札をいくつか有している、だがこれはあくまで切り札だ、恨みなどない、恩すらあるような同級生に向けるものではない
「ほう・・・五十嵐、お前は私相手に手加減をしていたのか、私はお前のためを思って手を抜いたが、もしやそれは余計な世話だったか?」
「まてまて落ち着け、あれが平常時の俺の全力だ、武装は全部使った、可能な限り策を弄した、あれ以上は」
「切り札を使わないと無理よね、あんたの切り札強すぎるし、下手したら石動さん殺しちゃうものね」
誤解を解こうとする中鏡花が畳みかけるように情報を突き付ける
間違ってはいない、だがなぜ今この状況でそれを言うのか、ここまで鏡花がたきつけるという事で静希は理解した、鏡花は静希と石動を戦わせ、クラスメートが見ている前で静希に勝たせるつもりなのだ
確かにエルフに勝ったという事実は今までの『静希が劣等生である』というレッテルをはがすには十分すぎる要素だろう
だがだからといって静希の切り札を友人相手に向けろなどといくら何でも承服しかねる
「・・・五十嵐、事実か?お前の切り札は私を殺し得るほどのものか?」
不満そうな石動の声音に、静希は額に手を当てて悩んでいた
どう答えたものか、明らかに静希を注視している状態で石動相手に嘘偽りが通じるかどうかも怪しい、何より静希と同程度に頭が切れる鏡花が二人を戦わせようとしている現状、素直に答えるしかないのかもしれない
「・・・最悪、死ぬこともある、確かに俺はそう言う手札を持ってる、だからこそお前には使えないし使いたくない」
「・・・それは私が死ぬ、そう言う可能性があると思っているからか」
「当たり前だ、俺はお前と殺し合いをするつもりはない、誰がなんと言おうと俺はお前を殺したくない」
静希の言葉に石動は僅かに迷いの色を見せ、それを眺める鏡花は僅かに笑みを浮かべている、一体鏡花は何が目的なのか
静希と石動を戦わせるだけならわざわざこんな挑発じみたことをする必要はない、ただ単に模擬戦を持ち掛ければいいだけだ
恐らくその場合間違いなく静希は負けるだろうが
「・・・五十嵐、私はエルフだ、お前が周りの人間から落ちこぼれといわれていることは知っている、そんなお前が私を殺し切る術を持っているとは思えない・・・」
無論お前が優秀であることは知っているがと付け足しながら石動はまっすぐに静希の方を見る、石動の言うように静希は落ちこぼれのレッテルを張られている、それに間違いはない
一方石動はエルフだ、実力でいえば学年、いやもしかしたらこの学校で一番の戦闘能力を有しているかもしれない、それほどの実力者だ
そんな相手を殺し切る術を静希が持っている、その事実に石動は疑問を持つと同時に興味を抱いていた
「五十嵐、一回でいい、お前の切り札とやら、私にぶつけてみろ」
石動の提案に静希は歯噛みしながら眼光を強くする、その眼にはわずかな苛立ちが宿っていた
「いい加減にしろ、俺はお前に切り札は使わない、何度言えばわかる」
「エルフである私を殺せると豪語されたのだ、侮辱とまではいわずとも一種の挑戦のそれに等しい、私はエルフとしてお前の切り札を打ち勝って見せる、私の挑戦を受けろ、五十嵐」
石動の言葉に静希は呆れを通り越して怒りさえ覚えていた、何故この女子はこんなにも力を誇示するのか、なるほど、若いとはいえ石動もエルフなのだろう
全力でやってなお、自分がただの能力者に負けるとは思ってもいないのだろう、今まで静希を純粋に賞賛できていたのも、自分がはるか高みにいるからこそだったのかもしれない
だが自分より戦闘能力においては格下だと思っていた人物が、自分を殺せるかもしれないと言った、それは彼女にとって、挑戦のように見えたのだろう
そしてここまで話が進んでようやく静希は気づく、鏡花はこれを狙ったのだと
石動は大人のエルフと違い話がわかるほうだが、大人のエルフと同じように強い能力を持つことでエルフの強さに少なからず誇りを持っている節がある、彼女はそれを刺激することで静希を無理やりに土俵に上げるつもりだ
静希が友人に切り札を使いたがらないという事を理解しているからこそ、石動を焚き付けることで強引にその場を作ろうとしているのだ
お前では私は殺せないから安心して私に立ち向かって来い、私は何時でもお前の全力を受け止めてやる
石動の言葉はそう言っているようだった
最初から格下扱いされるのは静希としてもいろいろ思うところがあるとはいえ、事実であるのも確かだ、石動と自分では総合的な戦闘能力は雲泥の差がある
体を鍛え技術を磨き、かつての自分とかけ離れた実力を身に着けようと根本から性能の違う相手に対しては全く意味がない
十の力が百になろうと、万の力を持っている相手にとってはさしたる違いはないのだ
そして石動の視線が自分に注がれている中、静希の目つきが変わる、鏡花はそれを見て僅かに背筋を凍らせた
「石動、何度も言わせるな、俺はお前に切り札を使うつもりなんてない・・・それにお前を殺す程度なら切り札を使うまでもないんだよ」
「・・・なんだと・・・?」
ドスの聞いた静希の声に石動はわずかに警戒を強める、静希が怒っていると思ったのだろうか、その声には狼狽の色が覗えただが鏡花に言わせれば違う
静希は今演じている、圧倒的な圧力を叩きつけながら、石動が前言を撤回するように
自分の頭を触ってみろという静希の言葉に、石動は言う通りに自分の頭に手を当てると、そこにはいつの間にか静希のトランプが顕現していた
能力によって死角から顕現させたトランプ、石動に宿る精霊なら気づけたかもしれないが完全に注意を静希に向けていた状態で話している余裕はなかったのか、その事実に石動は驚いていた
「その中には銃弾がたっぷり入ってる、その気になればいつでも殺せる・・・いいか、俺の得意分野は不意打ちだ、お前と本気で殺し合うなら、お前とまともにやり合う選択肢自体が俺にはないんだよ」
それはかつて静希が陽太と戦ったときのように、静希はまともな手段で戦おうとはしない、相手を揺さぶり、自らの策にはまるようにコントロールする
時には意識の外から、時には視界の外から、いつ来るかもわからないような攻撃を仕掛けるのが静希の専売特許だ
要するに石動に能力を発動された時点で静希の負けのようなものなのだ、だから本気でやろうとしたら能力が発動する前に倒す、それが一番手っ取り早い
「いいか、俺の切り札は敵にだけ向けるためのものだ、どうしようもない状況を切り開くためのものだ、お前の御大層な誇りのために使うもんじゃない、お前にメリットがあろうと、お前に切り札を使うメリットが俺にはないんだ」
「・・・私にメリットが・・・?」
「違うのか?自分の力を証明したいだけなら教師相手と戦ってろ、そっちの方がよほど箔がつく、俺を相手にしたところでただの弱い者いじめだ、そんなもんでお前が証明したがる誇りが大したものだとは思えないぞ」
石動に圧力を加えるのと、石動を怒らせるの、同時にやってこの場を乱闘のようにさせればきっと誰かしらがこの場を収める、石動との関係は悪くなるかもしれないが彼女を危険に晒すよりずっとましだ
このままでは鏡花の思い通り石動に切り札を使うことになりかねないのだ、それだけは避けたいところである
「取り消せ五十嵐、私は損得勘定でお前と競い合いたいわけではない、そこまで堕ちたつもりもなければお前をそんな風に見たこともない、先程のそれとは違う、これは明らかな侮辱だぞ・・・それにお前自身が自分を弱者などと、口が裂けても言ってはならないことだ」
石動は自分の誇りが侮辱されただけではなく、自分と戦い、なおかつ条件付きとはいえ引き分けにまで持ち込んだ静希が自分自身を弱いと認識していることが許せないようだった
自分だけではなく、誰かのために怒ることができる、石動は本当にいいやつだなと実感しながらも静希はその眼光と圧力を弱めることはしなかった
「事実を言ったまでだ、お前等エルフにとっては、俺みたいな弱小能力者は虫けらみたいなものだ、そんな奴をいたぶるのが趣味か?だとしたらそれこそ程度が知れるぞ」
「・・・お前は弱小などではない、周りの人間がいくらお前を蔑もうとも、私はお前が強者であると知っている、そんなお前と競い合いたい、それがそんなにおかしいことか?力を誇示する誇りがそんなにおかしいことか?」
僅かに声を荒らげた石動にクラスメートの何人かが静希達の方に視線を向けたがすぐにまた辺りは雑音に包まれていく
石動は純粋に、自分の全力と静希の切り札の力比べをしたいのだろう、エルフとしてただの能力者に負けられないという気持ちと、静希を強者と認めるからこそ負けたくないという気持ちが同居しているようだった
だがだからこそ、静希は首を縦に振るわけにはいかなかった
「何度でも言うぞ石動、お前に切り札は使わない、使いたくない・・・俺はお前を殺したくない」
誤字報告が五件分溜まったので二回分投稿
二回分がすごく少ないような気がしてならない今日この頃、もう末期ですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




