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J/53  作者: 池金啓太
二十六話「新たな年度の彼らのそれぞれ」

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明利の我儘

「ところで明利、このことはご両親や実月さんには報告したの?」


「うん、メールで合格したって伝えたよ、書類の手続きとかも手伝ってもらわないとだけど」


未成年という事で両親が書かなければいけない書類もいくつかある、話は事前に通していたとはいえ、両親としてもこの結果は嬉しいだろう


「今日おじさんは?遅いのか?」


「うん、というか今日は出張中で、明日帰ってきたらお祝いしようって」


「なるへそ、だから今日は静の家だったんだね」


明利のめでたいことなのだから明利の家でやるべきではないのかと最初鏡花も思ったが、そう言う事情があるのでは仕方がない


自分たちだけでしっかりと祝い、明日明利の父が帰ってきたらその時はしっかりと家族に祝ってもらう、それが明利にとっても一番いいだろう


静希達からすれば少しでも早く明利を祝ってやりたかったという気持ちが一番大きかったのも否定できないが


「姉貴は明利に結構入れ込んでたし、嬉しかったんじゃないか?なんて返信来た?」


「おめでとうって、頑張った結果が出たんだなって、あと合格祝い送るって書いてあったよ」


明利の師匠であった実月、彼女のうれしさもまた一入だろう、昔は泣いてばかりだった小さな女の子が、ここまで立派になったのだ、見る影もなく成長したという事はなくとも、彼女は確実に成長している、小さく何もできなかった子供から、責任感ある大人へと


実月が贈る合格祝い、一体どんなものか見当もつかないが、少なくとも悪いものではないだろう


今まで明利に関わったすべての人が、明利の新たな一歩を祝福していた、彼女が積み重ねた努力を認め、それが手繰り寄せた結果を称え、幹原明利という人物の評価を改めたことだろう


「これだけ明利ががんばってるところ見ると触発されるわね・・・私も何か資格取ろうかな・・・?」


「そう言えばお前運転免許は?もうとったのか?」


あれくらいすぐとったわよと鏡花は自分の免許を見せびらかすが、鏡花がとりたいのはそんな簡単に取れるものではない、もっと難易度の高いものだった


どうせならとるだけで箔がつくような、そんなものをとりたいと考えていた


「静希は?免許とか刃物とか以外になんかないわけ?」


「ん・・・まぁ薬物を少しと、今は危険物とヘリの操縦をとろうかと思ってる」


「へぇ、ヘリか、いつか自家用機とか持つのが目標か?」


陽太の言葉にそんなわけないだろと静希は呆れるが、現段階で空を飛ぶ乗り物の免許の取得を目標としているのは事実だ


何時か一人でそう言うものを飛ばせるだけの技術を身に着けられれば、きっと役に立つことがあるだろう


「へぇ、そんなことしてるんだ、今もうとばしてたりするの?」


「んなわけないだろ、まだシミュレータでの模擬飛行だけだよ・・・しかも軍の施設でやらせてもらってるからなかなか時間が取れなくてな・・・」


静希は今も軍の施設に顔をだし射撃などの訓練を行っているが、それと併用してヘリの運用法を習っているらしい


最初は半ば無理矢理に冗談半分でやらされたものなのだが、実際にとってみようと思い始めたのはつい最近だ


その為まだ練度はかなり低く、ようやく疑似操縦でまともに飛ばせるようになった程度である、まだまだ先は長そうだ


在学中に取得できれば御の字、そのくらいのつもりで毎週訓練を重ねている


「私も何か特殊免許取ろうかな・・・別の乗り物で・・・飛行機とか戦車とか」


「・・・戦車って免許必要なの?ていうかなんて免許・・・?」


戦車を運用するうえで必要な免許は二つあるのだが、そんなことは知らない明利は首をかしげてしまっていた


軍の施設が近くにあるため聞けばすぐにわかりそうだが、その答えは静希から出ることになる


「まず大型特殊が必要だな、公道を走りたいなら戦車MOSっていうのも必要だけど」


「へぇ、二つだけでいいんだ、案外楽に取れそうね」


「軍の中でかなり厳しく教え込まれるらしいぞ、部隊の人の何人かがもってたけど全員それ話すとき遠い目してた」


実際に軍の中に知り合いが何人かいる静希が言うとその言葉の重みが違ってくる、戦車という特殊な車両だけあってかなり厳しく指導されるらしい、当然と言えば当然かもしれないが


「なぁ鏡花、船の免許はとらねえの?お前なら取れそうじゃん」


「・・・船舶免許かぁ・・・船にはあんまりいい記憶がないのよねぇ・・・」


鏡花の言葉に静希と明利も苦笑いしてしまう、なにせ最初に乗った船は嵐に巻き込まれ孤島に遭難、二回目に乗った船では静希がキレて、なおかつ外部勢力に爆破されるという奇想天外っぷりを見せつけられたのだ


鏡花は自分が、いやこの班の中の誰かが船に対して圧倒的にマイナスの何かを持っているに違いないと確信していた


そして鏡花の視線は静希に向かう


この班の中で最も可能性が高いのは静希だ、なにせ死にかけた時に地下水脈に流され行方不明になっている、きっと水難の相とかを持っているに違いないとそう思っていた


唐突に視線を向けられたことで静希は不思議がっているが、鏡花は二度と静希と一緒に船には乗りたくないなと心の中で強く願っていた




「さて、そろそろお開きにするか、あんまり遅くなるのもあれだし」


「あ、もう結構な時間ね・・・それじゃお暇しようかしら」


「片づけはどうする?手伝うか?」


「いえ、この場は私めにお任せください・・・皆さまどうぞ遅くなる前にご帰宅するのがよろしいでしょう」


珍しい陽太の提案をやんわりと断りながら、オルビアは着々と後片付けを進めていく、こういう時に働いてくれる人員がいると本当にうれしいものだなと静希は涙をこらえながら目元を押さえる


かつてダメな姉貴分の尻を叩きながら片づけをしていた頃とは大違いだ、オルビアが来て本当に家の生活水準が上がったなぁと静希が感動している中、それを見て鏡花は若干引いていた


「とりあえず陽太は私を送ってちょうだい、明利は静希が送るんでしょ?」


「今日は私も送るよ!明ちゃんは私が守るのさ!」


「・・・という事らしいよ」


抱きしめられる形で明利は困ったような表情をしている、めでたい日なのだから最後までいっしょにという事なのだろうが、あれでは迷惑になるだけではないかと思える反面、あれはあれで幸せそうだなとも思えてしまう


何とも不思議な二人だなと思いながら鏡花と陽太は静希の家からお暇することにする


「それじゃ明利、静希、雪奈さん、また明日学校で」


「じゃあな」


鏡花と陽太が帰っていった後で、静希と雪奈は明利を送るべく三人で並んで歩きだした


明利が真ん中で、その両手を静希と雪奈が繋ぐ、まるで家族のような形で


「あの・・・この格好だと・・・ちょっと恥ずかしいんだけど・・・」


それは明利がまるで子供のように見える配置だ、静希が父親で、雪奈が母親で、明利がその子供であるかのような配置


身長が低いこともあってそう見られても仕方がないが、今日は明利が主役なのだ、真ん中にいることに何の違和感も、そして何の間違いもないことは確かだ


「恥ずかしがらなくてもいいんだよ明ちゃん、今日はたんと甘えなさいな、頑張った子にはそれだけご褒美があるんだよ?」


「そうだぞ、明利は頑張ったんだ、何でもは無理だけど少し位わがまま言っていいんだぞ」


甘えることが恥ずかしいのではなくこの配置が恥ずかしいのだが、そういう事には気づいてくれないところが、この二人が姉弟といわれる由縁なのかもしれない、普段はほとんど似ていない癖に妙なところだけ似ているのだ、

長年一緒にいたという事もあってか妙なところで思考回路が似通ってしまっていると言った方が良いだろうか、あるいは、ペットは飼い主に似るとかそういう類の話なのだろうか


そこまで考えて明利は静希と雪奈の手を強く引き寄せる


甘える、わがままを言う、いずれも明利が今まであまりやってこなかったことだ


だから今このときは、少し位はいいだろうと思ったのだ


二人の体を自分の腕で抱きしめ、その体に顔をうずめる


二人の体臭が混ざり、独特の匂いが明利の鼻をくすぐる、悪い気分ではなかった、むしろどこか安心できる、昔からよく嗅いでいた匂いだった


「おやおや、明ちゃんの方から抱き着いてくれるとは、役得役得」


「・・・もう・・・そういう事言わないでください」


「まぁまぁ、たまにはこういうのもいいもんだろ?」


静希と雪奈の二人から同時に撫でられ抱きしめられ、明利は顔を和ませながらその顔を摺り寄せるように二人の体に押し付けた


自分を受け止めてくれる人がいるというのは嬉しいものだ、どんな時でも自分のことを肯定してくれる、そう確信している二人がいるからこそ、明利は安心して二人に抱き着くことができる


そして二人は微笑ましく明利を受け止め続けていた、明利が満足するまで、自分たちの体で明利を受け止めてやるつもりだった


数秒か、それとも数分か、その状態でいると明利はゆっくりと二人から離れる、といっても手は繋がれたままだ、三人並んで手をつないで、そんな光景がいつまでも続けばいいなと願いながら


もうすぐ明利の家に着こうという頃、明利は一度立ち止まって二人を見上げる


静希、自分が好きな人、自分を助けてくれた人、自分と、自分の家族の恩人

雪奈、自分が好きな人、静希のお姉さん、自分と静希が好きな人


この二人の間にいる自分が、幹原明利という人物が何をしたいか、改めて考えてみた、そして一つだけわがままを言おうと思った


「あの・・・雪奈さん」


「ん?なんだい?」


「・・・ぎゅーってしてくれませんか?」


明利のまさかのお願いに雪奈はいつもとは違う、愛でるのではなく包み込むように明利の体に手を回しゆっくりと優しく、そして強く明利を抱きしめていく


雪奈が体を離すと、今度は明利は静希の方を向いた


「あの、静希君・・・その・・・キス・・・したい・・・」


「・・・あぁ、いくらでも」


静希は少しだけ前かがみになって明利とキスしていく、口だけではなく額に、頬に、瞼に耳に、明利のあらゆる場所にキスしていく


「満足したかな?お姫様」


「・・・うん、ありがとう」


「このくらい何時でもしてあげるよ」


明利の家の前でかわした抱擁と口づけをかみしめるように、明利は満面の笑みで二人に別れを告げる


晴れ晴れとした、満開の笑みであるのは静希も雪奈も十分実感することができた








翌日、明利が医師免許試験に合格したという話は学年を超えて広がりつつあった


学生でありながら医師免許試験をクリアした人間は十人もいないらしく、その中に明利の名が刻まれるという事もあってクラスの中はその話が多く展開されていた


そして同時に自分も何か資格を取ろうと、いい意味で触発された人間が数多くいた


明利の存在がもとよりそこまで大きくなく、むしろ弱い立場の人間だったからこそここまでの影響力を持ったのではないかというのが鏡花の意見だった


無論静希もその考えには同意していた、自己主張が少なく引っ込み思案な明利を見ればそこまでの行動力があるなどとは思わないだろう


一見控えめで情けない姿を見せているからこそ、そんな明利だったからこそここまで周りへの影響を持ったのだと考えていた


「まぁね、周りの人のやる気をあげたっていう意味ではいいことだと思うんだけどさ・・・」


「ん?なんかあんまり嬉しそうじゃないのな」


周りの反応とは真逆で、鏡花はそこまで嬉しそうではなく、同時にやる気が減退しているようだった


クラスメートに引っ張りだこになって質問されている明利を見ながら鏡花は小さくため息を吐いた


もちろん明利が合格したのは嬉しい、手放しに喜ぶべきことだった、それは嘘でも偽りでもない


「なんかさ、今まで大して明利のことを凄いって言ってこなかった人がいきなり手のひら返してるの見ると・・・ちょっとね」


「あー・・・お前そう言う風に考える人か、こういう時は見返したんだからスカッとするべきなんじゃないのか?」


静希の言い分も間違いではないが、今まで明利をたいしたことがないと思っていた人間までもが手のひらを反して明利がすごいというようになったのだ、スカッとする気も少しはあるがそれ以上になんて現金な連中だろうと思ってしまうのだ


一緒に行動していると明利の凄さはわかるものだ、最初に実習で行動するまでは鏡花も明利が引っ込み思案な女の子くらいにしか思っていなかったが、毎日を一緒に過ごすことでそのすごさを理解したのだ


難関な試験をクリアしたというのは確かにすごいが、それだけで明利の凄さをすべて理解したわけでもないのに、という気持ちも湧いて出てくるのだ


「まぁいいんじゃねえの?そもそも明利は昔から俺らと一緒にいたからさ、どっちかっていうとマイナスイメージの方が大きかったんじゃね?」


「あー・・・確かにそれはあるな、俺と陽太と一緒にいたしな」


「・・・あぁ、なるほどね」


静希と陽太はそれぞれ能力の弱さと扱いの悪さで劣等生扱いされてきた、その二人と一緒にいてなおかつ明利は引っ込み思案なのだ、高い評価を受けていたとは思えない


この三人がとてつもなく実戦派で、本番でこそ高い能力を発揮するタイプであることを知っている人間は数少ない


そう言う意味ではそれを知っていることに少し優越感が湧いてくるのも事実だ、どんどん危険人物になりつつある静希と、どんどん実力をつけていく陽太、この二人に関しては未だ落ちこぼれと同等の評価を同級生からは受けている


公的に用意された試合などがないためにそれを証明する術がないのが何とも口惜しい限りではあるが、この状態も悪くはないなと思っている


自分だけが知っている、そう言うのは悪くない


「先生からも褒められてたし、明利の評判に関してはかなり向上したんじゃない?あとはあんたたち二人ね」


「あ?別にいいんじゃねえの?言いたい奴には言わせとけって」


「前評判が悪い方が不意打ちしやすいしな、こっちとしちゃむしろありがたいぞ?」


「私の班にいる以上あんたたちの評価も高いものにしておきたいのよ、そのほうがハッタリだって効くでしょうが」


鏡花の鏡花らしい理由に静希と陽太は苦笑するしかなかったが、確かに二人とて現状に慣れてしまっているだけであって高い評価が欲しくないわけではない


テストの点数などの数値での評価だけではなく、人の声や視線から得られる名声といわれるようなものが欲しいと思ったことだってある、憧れが欲しいと思ったことだってある


今までそれをあきらめていたからこそ、現状の利点を思い浮かべただけであって、静希や陽太だって名誉欲がないわけではないのだ


「といってもな、何年もの積み重ねがそんな簡単に変わるとは思えないぞ?それこそ国家資格レベルの条件をクリアしないと」


「俺らにそんなん無理だしな」


二人は難易度の高さに最初からあきらめムードのようだったが、おあつらえ向きの方法があることを鏡花は理解していた、そしてその方法をするにあたって解消する問題はほとんどないと言っていい


問題があるとすれば状況と条件次第といったところか


「それに関しては私に良い考えがあるわ、まぁ危ないことには変わりないけど」


鏡花は陽太と静希を見比べた後に、静希の前に指を突き立てる


「陽太のはまだクリアしなきゃいけないものがたくさんあるけど、まずは静希、あんたの評判を回復しましょうか」


「・・・いやな予感がプンプンするぜ鏡花姐さん」


「あら、いい勘してるじゃない?あんたにとっては確かにやりたくない手段でしょうね」


鏡花の満面の笑みを見ながら静希は項垂れる


評判を回復したところで良いことなどない、せいぜい静希の名誉欲が満たされるくらいだ


自分の身を危険に晒してまで名誉が得たいとは思わない、それに静希はなんとなく鏡花がやろうとしていることの予想ができてしまっていた


誤字報告が十件分溜まったので三回分投稿


一日誤字がなかったと思ったらこのざまですよ


これからもお楽しみいただければ幸いです

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