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J/53  作者: 池金啓太
二十六話「新たな年度の彼らのそれぞれ」

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素顔の銅像

「でもそんなのずっとつけてたんじゃ、確かに普通に恋愛とかはできそうにないわよね・・・掟なんだっけ?」


「あぁ、場所によっては完全に顔を隠す必要はないらしいが、まぁ仮面をつけるのが一般的だ、そこは文化の違いというやつだな」


石動の言葉にそう言えばとフランスで会ったエルフの姉弟、カロラインとフリッツ、今はカレンとリットと名乗る二人を思い出す


あの二人は仮面をつけていたものの、顔半分を隠しているだけだった、そう言えば以前アクセサリー感覚でつけているエルフもいると言っていたが、なるほど、場所によって仮面に対する意識の違いと言うものは確かにあるようだった


「中には仮面をつけないエルフもいる、まぁ個人次第という事だな、村によってはもう仮面をつけていないところもあるらしいが・・・私のところはまだ無理そうだ」


仮面をつけていないエルフといわれて鏡花と明利はかつて雪山で出会った斑鳩を思い出す


彼は人間の完全奇形であり、人間の姿とはかけ離れていたと同時に仮面をつけていなかった、奥さんに言われてと言っていたが、なるほど人によって仮面をつけるのにも外すのにも理由があるという事だろう


「正直な話さ、その仮面いつまでつけてるつもりなの?まさか一生とか言うつもりないわよね?」


「まさか、私だって人並みに恋愛くらいはしてみたいさ、だが今私は親に、引いては私の村に養ってもらっている身だ、これを外すのはしっかりと自活できてからだな」


「つまり・・・就職したらってこと?」


そうなるだろうなと石動が自分の仮面を撫でるように触れると、小さくため息をついて見せる


彼女自身、仮面を外したいという欲求がないわけではないのだろう、いろいろ不便だというのは彼女自身認めていたし、何より顔を隠すという事に明確な目的や意味があるわけではないのだ


いや、正確にはあったのだろう、過去、それこそ現代のような技術や常識が広まるよりはるか昔の時代には、隠すだけの目的と意味があったのかもしれない


だが現代においては、それはただの古い風習でしかない、廃れていく文化の欠片でしかない、そう言ったものを大事にするのは大事なことだと理解できるが、若い年代に移り変わるにつれそう言うものは自然と軽視されていく


エルフの社会も世知辛いなと思いながら鏡花は小さくため息を吐いた


「とはいえ、最初に素顔を見せるのは私が見定めたものにしようと思っている、それでがっかりされたりするのは・・・少々辛いかもしれないが・・・まぁそれもしょうがないだろう」


石動としても見ず知らずの第三者に突然素顔を見せるというのは憚られるのだろう、どうせなら自分が決めた相手だけにという気持ちが強いようだった

こういうところは何というか乙女だなと思いながら鏡花は思う、石動の素顔についてだ


「・・・ちなみにさ、石動さんは自分の顔をどう評価するの?可愛い系?綺麗系?」


「ん・・・自分で評価させるというのは少々酷ではないのか・・・?そうだな・・・」


石動が悩んでいると、明利が何かひらめいたのか、石動の手に触れる


一体何をしているのかと鏡花と石動が明利の行動を見守っていると、数瞬して鏡花が、そしてその後に石動が明利の行動の意味を理解した


「み、幹原・・・まさか、まさか同調しているのではあるまいな・・・?」


石動の問いに明利は満面の笑みで答える


この方法があったかと鏡花は嬉々として紙とペンを用意した、石動が幾分かショックを受けているようだったが、今はそんなことは関係ない


明利の同調は生物に有効であり、その同調したものの状態を細かく知ることができる、細胞などの極小単位だけではなく、その体の形なども知ることができる


顔の形を知ることくらい朝飯前なのだ


「明利、大まかにで良いからデッサンよ!石動さんの素顔を今ここに!」


「ちょ!ちょっと待て!待ってくれ!まだ心の準備ができていない!少しでいいから待ってはくれないか!」


石動としても唐突に素顔が晒されるというのはなかなかハードルが高かったのか、珍しく狼狽してしまっている


今まで完全に隠してきたことなだけに、唐突な状況に心の整理が追い付いていないようだった


だが明利はそんなことはお構いなしに鏡花の用意した紙に素顔を描いていく

数分して出来上がった絵に、鏡花は少々がっかりしていた


石動の素顔が醜かったとかそういう話ではなく、明利に画才がなかったのだ


描きたいことはわかるし、顔の大まかな輪郭やバランスは取れているように見えるが、少なくとも人を描いたデッサンとしては赤点だ


石動は明利の描いた絵を見て安心したのか、胸をなでおろしていた、だがここまで来て素顔を拝むことができないというのは鏡花の精神衛生上よろしくなかった


明利は石動の素顔を把握しているのに自分だけ知らないというのはなんだか悔しかったのだ


そこで鏡花は少々強引な手を使うことにした


「石動さん、ちょっと動かないでね」


「ん?な・・・なにを!?」


鏡花は石動の仮面に手をつき、能力を発動する、仮面を外そうとしたのではない、むしろ仮面を顔に押し付けた


そう、顔の形を記憶しようとしたのだ


実際に顔を見なくても、その形を把握すればいくらでも顔型を作ることができる、これでようやく素顔を大まかに確認できると言うものだ





「・・・なぁ、これなんだ?」


「銅像っぽく見えるけどなんだろな」


教室の一角にそれはあった、銅のような素材で作られた肩から上の人の像、もっと言えば女性の像だ


静希と陽太は昼休みにその存在に気付き、その像を眺めていた、顔や頭だけではなく髪までしっかりと再現されている、恐らくは誰かを模して造られたのだろうが、静希達の記憶の中にこの顔は思い当たらなかった


きめ細やかな仕事に静希と陽太は顔を見合わせた後これを作ることができるであろう人物の元へ向かうことにした


「なぁ鏡花、あれ作ったのおまえだろ」


「あらわかる?嬉しいわね、一発でわかるなんて」


この教室内に変換能力者は何人かいるが、あそこまで精密な仕事を短時間でこなせるような人間は数える程度しかいない、その中で一番仲の良い鏡花に話を持ち掛けたのだが、あたりだったようだ


「あれ誰の像だ?ずいぶんな美人さんだけど」


静希の言葉に少し離れたところにいた石動がピクリと反応する


「なんかのモデルさんか?てかなんであんなの作ったんだ?」


陽太の言葉に、聞き耳を立て始めたであろう石動がさらに反応する


鏡花は無駄なことをする人間ではない、それを知っているからこそ静希も陽太も鏡花があんなものを作り、しかも教室の後ろにおいているという事実が不思議でならなかったのだ


「ふぅん、美人さんにモデルさんか・・・あんたたちがそんな風に表現するとはねぇ・・・ふむふむなるほど」


わざとらしく大きな声を出す鏡花に、石動が再度反応しているが、静希達は気づくことができずに先程からずっと疑問符を飛ばしてしまっている


「いやね、あれは私の知り合いの顔なんだけど、自分の顔が綺麗かどうか自信が持てないって言ってたからちょっと他の人の意見を聞こうと思って作ったのよ」


「あー・・・なるほど・・・?」


陽太は納得しているのかいないのか、首を傾げながら微妙な表情をしている、静希は何かしら意味があるのだろうなという事には気付けているが、その意味を理解できずに首をかしげていた


鏡花の視線が意図的に石動から外れているために、その目線の先から誰のものであるかを判断することもできず、静希と陽太は疑問の渦に巻き込まれることになる


「でもなんで銅像なんだ?顔を作るなら皮膚とか眼球とかも再現すればよかったのに、お前ならできるだろ?」


「あー・・・その発想はなかったわね、ちょっとやってみようかしら」


鏡花はそう言って教室の後ろにおかれた銅像の方に向かうと、そこにはちょうど明利もいた、どうやら銅像を眺めていたらしい


「あれ鏡花ちゃん、これ片付けちゃうの?」


「違うわよ、ちょっと改良するの、ちょっと待っててね」


鏡花が銅像に触れるとその材質が変わっていき、肌の部分は肌色に、髪の部分は黒に色を変えていく、こういう事をさらっとできるあたりさすが天才というべきか


だがそこまでして鏡花は手を止める、完全とは言えないが配色はできているのになぜここで手を止めるのだろうかと静希と陽太は不思議そうにしている

鏡花が色を付けていないのは目と唇の部分だ、その部分だけが色がついていない


すると近くにいた明利が鏡花の服の裾を引き、何やら耳打ちする


明利に何か言われた後鏡花は再び作業を再開し、着色作業につくと顔の全てがしっかりと色がついた状態になる


遠目から見れば人間と何ら変わりない出来栄えだ、ここまで来ると恐怖すら覚える程である、それが美人であるからなおさら狂気じみたものを感じてしまう


「できた、これでどうよ?どう見える?」


「どうって・・・まぁ普通に綺麗だなとしか・・・」


「あぁ・・・普通に美人だとしか・・・」


静希と陽太の言葉に、先程からずっと聞き耳を立てている石動は顔を抑えながらプルプルと小刻みに体を震わせていた


その様子を見て鏡花はさすがに我慢できなくなったのか、口元に手を当てて笑みを隠してしまう、明利は石動の様子を見に駆け寄ると、どうやらうれしいのと恥ずかしいので板挟みになってしまっているようだった


「別に顔を見るだけなら写真でもよかったんじゃねえの?何でわざわざ銅像?」


「しかも何でこんなところに・・・」


教室の後ろという誰にでも見ることができるような場所なら、確かにいろんな人の意見が聞けるだろうが、なぜわざわざこの場所においたのかという疑問は尽きない


さすがにいたたまれなくなったのか、明利が静希と陽太に耳打ちしネタ晴らしをすることになった


この銅像は、石動の素顔を元にして作ったものであると


その事実を聞いた瞬間、静希と陽太は銅像を見た後机に突っ伏してしまっている石動の方を見る


「お前・・・これ石動の許可とったのか?」


「もちろんとったわよ、彼女自身知りたかったんでしょ?自分の顔がいいか悪いか」


いいか悪いかという表現は少々表現として適切かどうかはさておき、仮面をずっとつけている石動としては重要な問題だったのだろう、エルフといえどただの女の子という事だ


「やぁ美人さん、どうして机に顔を押し付けているんだい?」


「やめてくれ・・・!恥ずかしくて顔から火が出そうだ・・・!」


静希が笑いながら石動に近づくと、相当恥ずかしいのか声を震わせながら石動はどんどん小さくなっていく


その中にはうれしさもあるのだろうが、今は恥ずかしさの方が勝っているようだった、なんというか難儀な性格である


「いやぁそれにしても、まさか石動の素顔ねぇ・・・あんなんだったとは」


「もう忘れてくれ・・・まだ顔が熱い・・・!」


陽太が面白そうに笑いながら石動の方を見ると、彼女は恥ずかしいのか少々うつむいて顔に風を送ろうと手団扇を扇いでいた


教室の後ろに配置されていた銅像は既に鏡花の手によって解体され、すでに跡形もない、その銅像を見たものはこのクラスのほとんどだが、その顔を記憶しているのは片手で足りる程度の少数だった


石動は自分の顔を間接的にではあるものの見られたことでかなり取り乱していた、しっかりと了承したとはいえ何の悪意もなく絶賛されるとは思ってもみなかったのである


「というかあれだな、何でまたあんなことを?素顔を晒すのはダメなんだろ?」


「・・・直接素顔を晒したわけでないなら問題はない・・・直接素顔を晒すのは限られた者のみだ、そこは覚えておけ」


石動の言葉に静希達は一瞬顔を見合わせる、実際は東雲風香の素顔を見てしまっているのだが、これは言わない方が良いだろう、言ったら面倒事になるにおいがプンプンしている


「でもよ、正直な話もったいなくね?あんだけ美人だったら男なんて腐るほど寄ってくるだろ」


「・・・そうは言うがな、別に私はもてたいわけではない、普通に恋がしたいというだけだ、この仮面がそれを阻害しているというのはわかっているが、どうせなら外見ではなく中身を見てくれる人に最初にこの顔を晒したい」


陽太の言葉も間違いではない、先程の銅像の顔が石動の素顔なら、街を歩けば何人もの男が石動の方に目を向けるだろう、仮面をつけている状態でもその異様さから目を向けられるかもしれないが


そして石動の考えもまた間違っているものではない、外見に吸い寄せられる人間は大概が薄っぺらく、安っぽい人間であると彼女は考えていた、この外見でも自分のことをわかってくれる人に、自分の顔を見せたいと思っているのだ


理想が高いかといわれると、正直微妙なところだ、素顔を隠しているというのはかなり大きなデメリットだ、それを考慮に入れ、なおかつ石動の性格を理解してもらい、恋愛沙汰に持って行くには長い時間が必要だろう


「私の周りにいる男は良くも悪くも私が手を出そうと思えない者たちばかりでな、そう言う機会に恵まれなかったというのも理由の一つだ」


石動の周りにいる男子というと、同じ班の二人に静希や陽太、そして虎杖などが挙げられるだろうか、樹蔵以外の全員が相手がいる状態では確かに手を出そうとは思えないだろう


唯一相手のいない樹蔵に関しては石動はかなり警戒している様子だ、入浴を覗かれたのだから無理もないだろう


「同年代がダメなら年上とか年下はどうだ?視野を広く持てば誰かしら見つかるかもだぞ」


「むぅ・・・確かにそうかもしれんが・・・というかなぜ私の恋人談義になっているのだ、そもそも素顔の話だっただろう」


そう言えばそうだったと全員が思い返す中、石動は小さくため息をつく


「まぁあれだ、私はそもそもエルフだから普通の人と恋をしても結婚は難しいかもしれんがな」


「あー・・・やっぱ掟とかめんどくさい感じか?」


それもあるがなと付け足して石動は自分の臀部についている尾を触る


本来人にあるはずのない尾、それを触る動作を見てその場にいた全員がなんとなく察する


「お前たちは知っているかもしれんが、奇形というのは子にも受け継がれる、エルフが生んだ子ならまず間違いなくエルフが生まれる、普通の家庭なら自分の子孫が奇形になるなど拒むだろう?」


「まぁ・・・能力者ってだけで忌避されることもあるからなぁ・・・」


「だからこそエルフは同族同士で結ばれてきた、それ故に数が減ったのだが・・・時代の変化によってそれも変わりつつある、認識が変わってくれるならありがたいのだが・・・」


親というのは良い意味でも悪い意味でも子の心配をするものだ、悪影響になるものは徹底的に排除しようとする者もいる、その為エルフであるというのは現在においてはかなりのマイナスポイントになるようだった


もちろん強い能力を使えるというプラスポイントもあるが、社会で生きていくうえで必要なコミュニティはかなり限定されたものになってしまう


城島や斑鳩のようにそう言った垣根を越えて幸せを掴んでいる人間もいるが、そう言った人種の方が稀有なのかもしれない


「まぁ世代交代が大きな転機になるだろうな、今のお前の村にいる長が変わって、お前がトップになるころにはエルフの中の考え方も変わってくるだろ」


以前石動の故郷である村の長を実際に見て、話したこともある静希からすれば、あのような老害というにふさわしい人物がいる限り考えというのは変わらないものだ


個人のそれと違い、集団の考えは劇的には変わらない、少しずつ少しずつでしか変えていくことのできないものだ


「やはり一筋縄ではいかんか・・・せめてあの子たちにはこういう思いはしてほしくないものだが・・・」


そう言って石動は五十嵐の方を見るが、小さくため息をつく


「まぁあれだ、せめて傷が浅いうちに何とかしてくれればいいんだがな・・・」


「あー・・・まぁそうかもしれないわね」


石動と鏡花は静希を見ながらため息をつく、いきなり呆れられているのだろうかと静希は首をかしげている、唐突にそんなことを言われても何のことを言っているのか意味不明である


静希が理解できないのも無理ないかもしれない


日曜日、誤字報告五件分なので三回分投稿


リアルな銅像や人形は怖いというのが自分の実直な感想です、和室とかにあるとそっちの方向を向けなくなります


これからもお楽しみいただければ幸いです

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