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J/53  作者: 池金啓太
二十六話「新たな年度の彼らのそれぞれ」

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想像と仮面の

台形内で加速を始めて、一体どれくらいの時間が経過しただろうか、静希と明利は台形内から一定距離を離した状態でその様子を見守っていた


なにせ少し間違えば台形物体の片方、終点部分からあの弾丸が高速で撃ちだされるのだ


本来の加速器は大きな円形の輪を作りその中で加速させるのだが、鏡花の作った加速器は直線的に、なおかつ断続的に加速状況を構成するために時間がかかるのは仕方のないことである


確実な方法をとるとなるとやはりなかなかもどかしいものがあるが、確実に威力を高められる代物である


「どう?上手くいってるかな」


「どうだろうな、トランプの射出と回収を繰り返してるだけだから何とも・・・ちょっと試し撃ちしてみるか・・・?いや、やめといたほうがいいか・・・」


台形の中にある弾がいまどれくらいの速度になっているかもわからないのだ、それこそもうすでにマッハを超えているかもしれないし、逆にまだ音速にも届いていないかもしれない


メフィは一定の力を台形内の空洞にかけているだけだし、静希もトランプの中にある物体は認識できても物体がもっている運動量などのエネルギーは認識しにくい、確認するには実際使ってみるのが一番早いのだろうが、危険すぎるのだ


だが確実に加速はできている、それは間違いない


「ありがとな明利、これでまた一つ切り札が増えそうだ」


「そう?役に立てて良かったよ」


明利がはにかむ中、その様子を見に鏡花が静希達の元へと駆け寄ってきた


注意しろと再三警告していたが、さすがに気になったのだろう、静希と台形の物体を見比べながら不安そうな表情でこちらにやってくる


「どう?上手くいってる?」


「今のところは、威力の方はわからないけど、まぁ加速はできてるな」


こればかりは使ってみないとわからねえなと付け足して静希は苦笑する


なにせ大砲以上の威力を備える可能性があるのだ、迂闊に試射実験などできるはずもない


もし行うのであれば大量の水を用意して緩衝材代わりに使わなくてはいけなくなるだろう


鏡花も今回静希が行っている加速の危険性を理解しているのか、ふぅんと呟いて台形物体の方に目を向けた後に明利の方に視線を移す


数秒間見つめられた後、明利はその視線の意味に気付いたのか、一瞬静希の方を見る、すると鏡花は小さくため息をつきながら頷いて見せた


「いいわね静希、くれぐれも取扱には注意しなさい、万が一にも失敗しないようにね、あんたの部屋が粉々になっても知らないから」


「わかってるって、何年収納系統やってきたと思ってるんだよ、取り扱いには十分注意するよ」


今までも何度も危険なものを取り扱ってきたからか、静希は自信を込めてそう言うと、鏡花は本当に平気だろうかと不安になりながらもその場を後にして陽太の指導へと戻っていった


それを見届けると明利は今朝石動とした約束を思い出していた


静希が東雲姉妹の誕生日を知っているかどうか


さりげなく聞かなければいけないのだがどうやって切り出したものだろうかと悩んでしまう、ここは彼女たちの話題を振るべきだろうか、それとも別の話題からつなげた方が自然だろうか


明利がそんなことを悩んでいると静希がゆっくりと口を開いた


「そう言えば明利、一つ聞きたいことがあったんだ」


「え?な、なに?」


「お前ってさ、小学校の頃とかどんなものが好きだった?」


唐突な質問に明利は首をかしげてしまう、小学校の頃に自分が好きだったもの、人がではなくものがという質問だろうからどう答えたものかと悩んでしまうが、何故そんな質問をしたのかが気になる


「えっと、何でいきなり?」


「ん・・・まぁお前ならいいか、今度東雲姉妹の誕生日だろ?なんかしらあげようと思っててな」


まさか明利が聞こうとしていたことを静希に先にこたえられるとは思っていなかっただけに、悩んで損したという気持ちと気づいていてよかったという二つの気持ちが明利の中で混在していた


とはいえ、この質問に対してどう答えたものか


「それなら石動さんに聞いた方がいい答えが返ってくるんじゃないかな、二人がどんなものが好きかとか」


今朝も話していたが、石動なら的確なアドバイスができるだろうし何よりそれを東雲姉妹にも伝えることもできると思ったのである


だが静希は首を横に振る


「どうせならサプライズとかの方が嬉しいだろ、俺らはもう何度もやってるからあれだけど、サプライズで渡されるのとか結構嬉しいと思うぞ?」


「あー・・・なるほど、じゃあ石動さんにも教えないほうがいいのかな」


そうしてくれると助かると言いながら静希は作業をしつつ悩み始める


「それにしてもよく知ってたね、二人の誕生日」


「俺らが最初にあった実習に関わってきてたからな、そりゃ印象深くもなるよ」


エルフは十歳になると精霊を与えられる、その記憶が静希の中にこびりついていたのだ


なにせ初めての実習で戦った相手でもあり、助けた被害者でもあり、静希が人外たちと関わることになった始まりの出会いだったのだから、印象深くなるのも当然だと言えるだろう


「というわけで何貰えば小学生って喜ぶんだ?俺らは子供の頃はゲームとかおもちゃとかが嬉しかったけど」


「えっと・・・んと・・・可愛い服とか、ぬいぐるみとかお花とか、私はそう言うのが嬉しかったな」


男女によって好き嫌いが異なるのはどの年代も同じようなもの、特に子供の頃はその違いは顕著に表れる


自分の子供の頃のことは分かっても、幼い少女のこととなると静希達は全く分からないのだ、なにせ静希は男なのだから


「服にぬいぐるみに花か・・・明利のチョイスだから花は除外するとして・・・服かぬいぐるみか・・・選びやすいのは後者だよな」


「そうだね、男の子が小さい女の子用の服を買うっていうのは・・・ちょっと・・・ね」


さりげなく花が除外されたことに少しだけショックを受けながら明利は静希の案に同意する


そしてその場面を想像したのか、明利はわずかに居た堪れなくなる、だが同時にそれは自分と一緒に買い物をしている時の静希のそれと重なるのだ


東雲姉妹の身長は、もう明利の身長に近づきつつある、もしかしたら今年の夏にはもう


そう思えるほどの成長をあの姉妹は見せているのだ


そう考えると明利は少し落ち込むが、今は落ち込んでいる場合ではない


「ぬいぐるみ・・・ぬいぐるみねぇ・・・無難にクマとかペンギンとかがいいのかな」


今までぬいぐるみなど買った経験がほとんどないために静希は首をかしげてしまう


そもそもこの近くにぬいぐるみが売っている店がどれほどあるかもわかったものではない


以前陽太が鏡花にプレゼントしたものはゲームセンターのUFOキャッチャーの景品だったが、自分が同じようなことをするのも気が引けた


「静希君が選んだのなら何でもいいんじゃないかな、きっと喜んでくれると思うよ?」


「なんでもいいっていうのが一番困るんだよなぁ・・・まぁ今度店に行ってみるか」


出費がかさむなぁと思いながら、何度も何度もメフィの能力を使って加速を続けていく中、明利は鏡花の方を見て頷く


鏡花もこちらに気を配っていたのだろう、明利の挙動に小さくうなずいて応えて見せた


そんな動作に悩んでいる静希が気づくはずもなく、加速を続けながら東雲姉妹へのプレゼントを悩み続けていた


「明利!ちょっといいかしら?」


「あ・・・うん!ちょっと行ってくるね」


大声で呼び出され明利は静希のそばを離れて鏡花の元へと駆け寄る


恐らく東雲姉妹の話だろうが、呼び出すほどの事だろうか


「どうだったわけ?あの女たらしは」


「お、女たらしって・・・一応知ってたみたい、プレゼントはぬいぐるみがいいかなって悩んでるみたい・・・あとサプライズにしたいんだって」


明利の言葉に鏡花は難しい顔をしながらなるほどねと呟く、無難といえば無難なのだろうが、なかなか難しいところである


鏡花も女子であるためにぬいぐるみは嫌いではない、というか可愛いもの自体好きな部類に入る、だが大人ぶっているというか背伸びしたい年頃の女の子にぬいぐるみはどうだろうかと思えてしまう


もちろん二人は喜ぶだろうが、それを表面上に出せるかどうか、もっとも仮面をつけているから表情など見えないのだが


「サプライズにしたいんじゃ石動さんには伝えない方がいいかしら・・・でもあっちも気を回すと面倒なことになるし・・・」


「話した上で内緒にしておいてもらえばいいんじゃないかな、二人には内緒だよってことで」


明利の言葉に鏡花は首を傾げて悩みだす、そうしてもらえばいいのだろうが、問題は石動が隠し事ができる性格かどうかだ


「石動さんっていい意味でも悪い意味でも実直だからなぁ・・・変に教えると二人にばれちゃいそうで・・・」


石動は良くも悪くも誠実で嘘がつけない性格をしている、仮面をつけているおかげで表情から嘘を見抜かれるという事は無いかもしれないが、昔から一緒にいたであろう東雲姉妹にはばれてしまうこともあり得る


せっかく静希がサプライズを仕掛けようとしているのにそれでは台無しになってしまうこともあり得る


「そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないかな、小学生にばれるような嘘はつかないでしょ」


「・・・まぁそうかもしれないけど」


なんだかんだ言っても明利達はすでに高校生二年生だ、若干そう見えない外見をしている人物が一人いるがれっきとした高校二年生、今年で十七になろうとしている、さすがに小学生に見抜かれるようなへまはしないだろうと明利は思っていたのだが、鏡花は不安そうにしていた


鏡花は石動のことをそこまで深く知っているというわけではない、何度か一緒に行動したり、お世話になったことがある程度だ


クラスが一緒になって話す機会が増えたとはいえ、まだクラス替えしてから一週間と経過していないのだ、彼女の性格を知るにはもう少し時間がかかる、かかるはずなのだ


何故だろうか、鏡花には石動の性格が把握しやすい気がしたのだ


そして鏡花の勘が言っている、彼女に話したらきっとばれると


長いこと前衛である陽太の指導を行っていたからか、石動からはどこか陽太に近いような感じがするのだ


性別も性格も何もかも違うようでどこか似ている


もちろん確証はない、だがたぶんばれるだろうなという予想が鏡花の頭から離れなかった


「石動さんも気にしてたし、話してあげたほうがいいと思うけど・・・」


「・・・ん・・・そうね、一応内緒ってことで話しておきましょうか・・・」


この瞬間静希のサプライズは失敗するかもなと、内心静希に謝罪しながら鏡花はメールで石動宛てに東雲姉妹の誕生日についてのことを明日話すという旨を送る


自分も何をあげるか考えておくべきかなと思いながら、小さくため息をつく


「ちなみに、明利はケーキ担当だったわよね?」


「うん、飛び切り美味しいのを作ってくるよ」


自分の自信のある部門だとここまで強気になれるのは明利らしさだろう、その自信をもう少し別な部分にも向けられると丁度良いのだがと考えながら鏡花は思い出す


「そう言えばあんたそろそろ医師免許試験の結果発表じゃないの?確か試験から一か月後だったわよね」


明利が医師免許取得のための資格試験を受験してもうすぐ一か月、鏡花の言うようにそろそろ結果が発表されようという頃になっていた


明利としてはすでに受けてしまったものであるためにあとは結果発表を待つだけなのだが、緊張するなというのは無理な話だろう


「うん、一応明後日にネットで発表があるらしいけど・・・まぁ、もう慌ててもしょうがないから・・・」


明利の言う通り今さら焦ったところで何の意味もない、結果はすでに出ているとみていいだろう、後は発表を待つだけ、明利にできることはもはやない

とはいえ、友人が医師免許を取得するとなるとなかなかに自慢できるかもしれない


能力者にとって資格というのはその分権利と責任が増えることに他ならない


例えば静希だったら銃や刃物といった危険物の所持や使用を許可されている代わりに、その分管理と、万が一一般人を危険に晒した時には重い懲罰が課されることになる


明利の場合、国から医師になることを認められ、緊急時以外の治療行為を行えるようになる


更には医療行為の情報閲覧の権利など受けられる、要するに必要だと認められればカルテなどの患者の情報を閲覧することができるのだ、無論部外秘だし持ち出しは不可能だが


「受かってたら全員で盛大にお祝いしなきゃね、うちの班で一番最初に就職先が決まりそうな人が出るわけだし」


「わ、私は医師免許取ってもお医者さんにはならないよ?というかなれないよ、たぶん」


明利は医師になるための勉強はしたし、その為の技術も取得したが圧倒的に経験が足りない上に、医師として勤めるために必要なコネクションも取得していない


本来は医学部に入ってから大学病院などで研修医として配属されることで人脈を作っていくのだが、明利が知識と技術を学んだのは軍に配属されている軍医からだった、その為に病院で勤めようにも、雇ってもらえない可能性があるのだ


仮に雇ってもらえたとしても、そこから先に進むのは難しいだろう、なにせ病院というのは幾多ものコミュニティによって成り立っている、一種の派閥と言い換えてもいいかもしれない


そんな中にぽつんと一人医者がいたとしても、潰されるか無視されるか、あるいは利用されるのが関の山である


明利はそのことを、多くのことを教えてくれた軍医から聞いていたから知っていたが、何もそれだけが理由ではない


明利が医師免許をとろうとしたのはもっと根本的な理由だ


「でももったいないじゃない、医者になるだけの条件はそろってるのに」


「まだ受かったと決まったわけじゃないよ・・・それに医者になりたくて免許取ろうとしたわけじゃないもん」


捕らぬ狸の皮算用かもしれないが、もし受かっていたらという前提で話を進めるのも悪くない、こういう話は何時だって面白いのだ


そして明利が医師免許をとろうとしたのは、自分の力を試したいというのと、持っていた方が後々楽になると思ったからだ


医師としての資格を有していればそれだけでいくつかの権利が解放される、それ目当てというと少々言い方が汚くなるかもしれないが、明利が求めたのはいわば医師になるという本来の権利ではなく、そこから得られる副産物的な権利だったのだ


「でもあれでしょ?もし受かってたら普通に診断とかできるんでしょ?もう病院要らずじゃない」


「診断できても薬とかは持ってないから出せないよ?処方箋とかは書けるけどその分事前に申請しなきゃいけないし・・・」


病院などに勤めていればそのあたりの細かい手続きのほとんどは病院側がやってくれるのだが、個人でそれを行おうとするといろいろと面倒な手続きが発生する


だから明利にできるのはせいぜいその症状がどんなものであるかという診断と栄養管理くらいなのだ


そう考えると今までとやってきていることはあまり変わらないように思える


「いっそのこと静希と一緒に開業したら?雪奈さんがナースで静希が助手で」


「もう、関係ないからってそんな事言って・・・開業するのって結構大変なんだよ?」


口を膨らませながら半眼で鏡花を睨む明利、その口ぶりから恐らく一度調べたことがあるのだろう、きっと静希と雪奈と一緒に町の医者をやっているところを妄想していたりしたのだろう、何とも微笑ましい光景だと思うのだが静希だけが少々浮いている気がしなくもない


「あ・・・でもそうか、明利が医者になったらきっと静希より稼いじゃうわね、それはまずいかな、結婚後はそう言うのが結構溝になったりするらしいわよ?」


「別にまずくないと思うけど・・・静希君もそう言うの気にしないし・・・て・・・ていうか気が早いよ、結婚なんてまだ・・・その・・・」


まだ、その言葉に鏡花はニヤニヤしてしまう、すでに明利は静希と結ばれる気満々のようだった、第三者としては二股している時点で修羅場になりそうではらはらするものだが、こうしてみているとほほえましいものである








「なるほどねぇ、鏡花ちゃんがそんなことを」


場所は静希の家、明利は雪奈の足の間に座り体を雪奈に預けた状態で座りながら今日の放課後にあったことを雪奈に話していた


静希とメフィが延々と加速作業をこなしている中、二人はのんびりとゲームを楽しみながら話に花を咲かせていた


「でも明ちゃんや、本当にお医者さんになるつもりないの?」


「はい、まだ受かってるかもわからないですけど、もし受かってても多分医者にはならないかと・・・」


明利の決定を否定するつもりはないが、鏡花と同様に雪奈ももったいないのではないかと思えてならなかった


せっかく免許をとるのであればそれを活用しない手はないのではないかと思ってしまう、それが将来のこととなればなおさらだ


「ねぇ静はいいの?明ちゃんお医者さんにならないって言ってるけど」


作業している静希は意識を雪奈と明利の方に向けると口元に手を当てて悩みだす


「んー・・・明利がそう決めたんなら俺がとやかくいう事じゃないと思うぞ、なりたくないならならなきゃいいし、なりたいならいつでもなれるんだから」


「えー・・・なんか静冷たくない?せっかくの明ちゃんの門出かもしれないのに」


門出というと少々大げさに聞こえるかもしれないが、就職というのは人生において大きな転機だ、資格を取ることによってその可能性は広がり、できることが増えていく、明利はその一歩を踏み出そうとしたのだ


静希だってそのことは理解しているし明利自身の事なのだから口をはさむ必要はないというのも本心だが、もっと別なところに理由は隠れていた


「ていうかさ、将来的にたぶん三人で暮らすことになるだろうけど、仮に明利が医者になったらさ、誰が食事とか作ってくれるんだ?俺は絶対働くし、雪姉だって働くんだろ?」


その言葉に雪奈は硬直する、以前言っていたように家計を助けるために雪奈も働くつもりだったのだ、その時の想像では明利は専業主婦になっていたが、もし明利が医者になったら自分たち以上に多忙になるだろう


そうなった時、一体誰が家事をやるのか


もちろん家族で分担するのは当然だが限界がある、夜遅くに帰ってきて食事の準備をするほど元気が有り余っているとも思えない


「・・・やっぱ明ちゃんは専業主婦になろう、お医者さんになっちゃダメ」


「えぇ~・・・雪奈さんもたまには手伝ってくださいよ」


「そりゃ手伝うけど、毎日は無理!たまにならオッケー!」


明利を抱きしめながらそんな風に懇願している雪奈を見て静希はため息をつく


雪奈は女性として欠陥が多すぎる、性格的な問題に加え、主に家事や料理といった部分で


できないわけではないのだ、やろうと思えばできるし必要となれば率先してやる、だが周りに甘える対象がいるととことん堕落する、必要なこともやらない、雪奈はそう言う人間だ


甘やかしすぎたかもしれないと静希が後悔しているのとは裏腹に、明利はその光景を想像していた


「でもいいかも・・・明ちゃんが待ってくれてる家に帰ってくるっていうのは・・・なかなか・・・!」


どうやら雪奈も同じことを考えていたようで、二人して微笑んでしまう


ほぼ一人暮らし同然な静希と、基本親の帰宅が夜遅い雪奈にとって帰って来た時に家に誰かがいるというのは珍しい光景である


それが自分たちの信頼する相手となると、顔もほころぶと言うものである


安心するというのが一番しっくりくるだろうか、いるべき人がいて、あるべき家族があるという安心


今こうしてのんびり過ごすのも悪くないが、そんな未来も悪くないなと思えてしまう


「まぁあれだね、鏡花ちゃんの言う通りもし受かってたらお祝いしよう、みんなも呼んで盛大に」


「そうだな、もし明利が医師免許取れてたら・・・最年少にはならないにしろ結構な快挙だと思うぞ」


年齢に問わず資格が取れるという制度が出来上がってから医師免許を飛び級のような形で取得した能力者は数えるほどだが存在する


その中で明利は若い部類になるだろうが、ギネスに登録されている最年少はもっと低いらしい


自分達よりも年下というといったい誰なのだろうかと気になるところではあるが、明利の資格の結果は明後日になればわかると言うものである


「ちなみに明ちゃん、もし受かってたら何したい?お姉ちゃん何でもいう事聞いちゃうよ?」


「受かってたら・・・ん・・・思いつかないです、まだ全然わからないし」


「そうプレッシャーかけてやるなって、ダメでもともとくらいの気持ちでいたほうが気が楽だぞ」


明利は周囲からの評価が比較的高い、医学に特化した知識を持っているというのが共通の認識になっているせいか、誰も明利が落ちるという想像をしていないのだ


その結果、みんな明利なら受かるだろうと言ってくる、周りからすれば気楽なものだが実際に受験した明利からすれば気が気でないだろう


周りは善意で慕ってくれて、信頼してくれているのだからそれを裏切らないように頑張らなくてはと変に気負ってしまう事だってある


もう受験を終えた後だから言っても仕方ないが、せめて結果がわかるまではストレスを少なくしてやりたいところである







「ていう事があったのよ、一応内緒ってことで片付けておいてくれる?」


「了解した、そのほうがあの子たちも嬉しいかもしれないな」


翌日、明利と鏡花は静希に探りを入れたことを石動に報告していた


一応メールでは伝えなかった部分、東雲姉妹の誕生日は知っているし何をプレゼントしようか悩んでいるという事と、できるならサプライズを狙っていること


そのことを聞いた石動は満足そうにうなずいていた


「やはり気づかいのできる男というのはいいものだな、幹原がうらやましいくらいだ」


「ん・・・そうかな・・・」


明利は照れながら満面の笑みを浮かべている、自分の彼氏を褒められてうれしくならないはずがない、鏡花としても、静希が二股さえしていなければ文句なしで褒めちぎるところなのだが、現状を知ってしまっているために褒めるに褒められない


しかも本人たちが了承しているというのが性質が悪い、鏡花には考えられない状況だった


いっそのこと石動には話しておこうかと思ったのだが、人の口には戸が立てられないというし、下手に話が広がるくらいなら自分の胸に秘めておこうと鏡花は口を閉ざす


「ちなみに、幹原の方はいいとして清水の方はどうなのだ?」


「・・・?ひょっとして陽太の事?」


それ以外に誰がいるんだと石動がさも当然のように言うと、鏡花はため息をつく


石動は以前鏡花が陽太に好意を向けているという現状を見ている、同じ女子としていろいろ思うところがあるために気になっていたのだ


「あいつに気づかいとか期待する方が間違いよ、朴念仁を絵にかいたような奴なんだから、デリカシーってものがないのよ基本的に」


「ふむふむ、口では悪く言いながらも、顔は笑っているところを見るとまんざらでもないようだな」


石動の指摘通り、鏡花は口では陽太のことを悪く言いながらもその表情は楽しそうで嬉しそうだった


鏡花自身意識していなかったのか、赤くなった自分の顔を手で覆った後で眉間にしわを寄せる、完全に不意打ちだったようだ


「なんだ、清水もそんな顔ができたのだな、幹原もそうだが、なかなかどうして愛い奴だ」


「ぬぐぐ・・・ったく仮面で顔隠してるけど不快な笑みを浮かべてるのが見えるようだわ・・・その顔一回拝んでやろうかしら」


鏡花の反撃にそれは勘弁してくれと石動は苦笑しながら後ずさりしてしまう、彼女自身その言葉が冗談であることはわかっているのだろう、すぐに元の位置に戻って悪かったよとわびの言葉を出した


「ていうか私たちのことはいいのよ、そう言う石動さんはどうなわけ?ちょっとは浮いた話の一つや二つないの?」


鏡花の言葉に石動は腕を組んだ後で何やら唸りだす、自分の記憶の中をあさっているのだろうか、その反応を見せた時点で浮いた話が今までなかったことがうかがえる


「自慢ではないがそう言った話は今までないな、そもそもこんなものを付けているような女を好きになるような男などいないだろう」


「本当に自慢にならないわね・・・まぁ確かに外見って重要よね」


「・・・その仮面って絶対にはずしちゃだめなの?ちょっと見せるくらいダメなのかな?」


石動や鏡花の言うように、人が誰かを好きになるのに外見というのは重要なファクターだ、外見で好きになるような人がいるように顔を隠した状態でその人を好きになるというのはなかなかに珍しい


それが四六時中仮面をつけているエルフならなおさらだ


「この仮面も自宅だったり、他に誰もいなかったり身内相手なら外しているぞ?それ以外は外さんがな」


プールに入るときとかどうしていたんだろうと明利や鏡花が悩んでいるとさらに一つ疑問が生じる


「・・・あの石動さん、証明写真とかってどうしてるの?まさか仮面のまま?」


「あぁ、何か問題があるか?」


さも当然のように言い放つ石動に鏡花と明利は目を見合わせてしまった


これが認識の違いと言うものだろうか、石動にとって仮面は顔と同じ、その状態で写真を撮ることに何のためらいもないのだろう


「・・・ちょっと学生証みせてくれる?」


「いいぞ?これだ」


石動が出した学生証には確かに仮面の状態の石動が写っている、鏡花と明利はうわぁと思わす顔をしかめてしまう


まさか本人の証明である証明写真にも仮面をつけているとは思わなかっただけにどう反応したらいいのかわからないのだ


こんなもので本人の認証ができるのだろうかと頭を抱えていると、学生証の一部に何やら番号が記載されている、自分たちのものには載っていない番号だった


「石動さん、この番号なに?私達のにはないけど」


「あぁ、それは仮面の登録番号だ、それで本人かどうかの確認が取れる・・・ちょっと待っていろ」


そう言って石動は自分の仮面の一部を取り外す、食事をする時などにはずす下半分の部分だ、そしてその裏側を鏡花と明利に見せるとそこには確かに学生証に書かれているのと同じ番号がついている


「この番号は警察や委員会などにも登録されていてな、紛失した場合すぐに届け出ることになっている、悪用されても困るからな、仮面の中にはICチップも入っていて機械での確認もできるようになっているんだ」


「・・・無駄に高性能ね・・・」


以前東雲風香の仮面を作成した時、下半分が破損、紛失していたためにそんな工夫がされていることには気づかなかったが、まさか仮面自体を自分の証明代わりに使うとは思っていなかった


そんな苦労するくらいなら素顔を晒せばいいのにと思ったが、さすがに口には出せなかった


土曜日、誤字報告十件分、ブックマーク登録件数3000件突破記念で五回分投稿


3000人の方がブックマーク登録してくれていると思うと胸が熱くなりますね


これからもお楽しみいただければ幸いです

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