それぞれの頼み事
「というわけでお願いします鏡花姐さん!」
翌日、鏡花が登校してきた途端に静希は見事な土下座をし、鏡花に明利の考えを話していた
昨日の今日でいったいこいつは何を言っているのだと鏡花は呆れてしまっていた
「ねぇ静希、昨日私自分で用意できるものだけにしなさいって言ったわよね?」
「はい、言いました」
鏡花は静希を土下座させたまま椅子に座り、高圧的な声を出している、怒っているわけではないだろうがその声には陽太が聞いたら震えあがる何かが存在した
「で、今日また更に用意しろと、何の報酬もなしに?」
「・・・今度駅前のケーキをごちそうさせていただきます」
「へぇそれだけ?これだけ苦労してる私にそれだけ?水圧関係でも結構忙しいんだけどなぁ」
「・・・陽太とのディナーもセッティングさせていただきます」
完全に平伏してしまっている静希を見てため息を吐いた後、鏡花は静希が提示した内容を思い返す
決して難しい内容ではない、水圧関係に比べれば簡単すぎるほどだ、だからといって困った時に毎回自分を頼られるというのはあまり良くないのだ
鏡花としては頼られるのは嬉しいのだが、それでは静希のためにもならない、横で明利がおろおろしながら見ているのを察するに、明利も何かしらの形で関わったことを理解すると、鏡花は小さくため息をついて静希の顔をあげさせる
「わかったわよ、でも毎回私に頼るのはやめなさいよね、それと取扱に注意しなさい、一歩間違えれば大惨事よ?」
「わかってる、ディナーは前行ったところでいいか?」
好きにしなさいよと呆れながらそう言うと、鏡花は大きなため息をつく
「何やら揉めていたようだが、平気か?」
さすがに教室で土下座をしていては目立つのか、クラスメートになった石動が様子を見に来るのだが、揉めていたというより一方的にお願いをされたというだけである
きっちり代価をいただくあたり鏡花らしいと言えるかもしれないが
「なんでもないわ、ただちょっとお願いされただけ、まぁ楽な内容だからそこまで時間はかからないわ、むしろ面倒なのは昨日頼まれた方ね」
「ほう?五十嵐が頼み事・・・珍しいことなのか?」
「そうでもないわ、でも私は基本陽太にかかりきりだから・・・まぁ珍しいと言えば珍しいかもね」
静希があそこまでして鏡花に頼みごとをするというのは確かに珍しい光景だ
元々頭を下げることに躊躇いのない静希だがここまでするというのは初めてだったかもしれない
「ごめんね鏡花ちゃん・・・無理言っちゃって」
「いいわよ、それにどうして明利が謝るのよ」
「えっと・・・あれは私の案だったんだ・・・だからその・・・」
その言葉に鏡花はへぇと驚いていた、てっきり先ほどの案は静希が持ち出したものだと思っていたのだ
こういっては何だが新しいアイディアや静希が思いつかないことを言うのは自分か陽太の役割だと思っていたのだ、まさか明利から新しい案が出てくるとは予想外だったのである
「して、一体何を頼んだのだ?道具の類か?」
「あー・・・まぁそうね、それに近いかも・・・」
そこまで考えて鏡花は石動の方を見る、石動の能力と今回出来上がるかもしれない攻撃を考えた時、どちらが上なのだろうか
「もしかしたら石動さんでも止められない攻撃かもね」
「・・・ほう・・・それは楽しみだ、とてもとても楽しみだ」
仮面の奥の瞳に闘争心が灯るのを見て、鏡花は薄く微笑む、その視線はすでに静希の方へと向いていた
静希の実力から言って、石動と正面衝突した際に勝てる確率はほぼゼロだ、石動を殺すつもりでやればまだわからないが、今回の場合石動が本気で防御すればもしかしたら防御を破るだけで済むかもわからない
もっともまだ机上の空論でしかないために、実現可能かどうかは定かではないが
「時に清水、私が何か依頼してもその・・・頼まれてくれることはあるのか?」
「・・・まぁ陽太達優先になるけど・・・何か作ってほしいの?」
鏡花は優秀な能力者だ、石動は過去実習でその実力を見ているし、以前一緒に訓練した際もその能力の出力の高さを見ている
だからこその申し出なのだろうが、石動の挙動は少々不審だ、落ち着かないというのが一番しっくりくる表現だろうか
こんな風にしている石動を見るのは久しぶりかもしれない
「あぁ・・・その・・・できるなら内密にしてほしいことでな」
「ふぅん・・・まぁ内容とお代次第ね、その様子から察するに恥ずかしいことなのかしら?」
鏡花の言葉に石動はさらに挙動不審にしているが、吹っ切れたのか胸を張って鏡花に対峙していた
「いやまぁ・・・恥ずかしくはない・・・恥ずかしくはないのだが・・・まぁ・・・いろいろあるのだ、見なかったことにしてくれると助かる」
石動の言葉に鏡花と明利は目を見合わせながら首をかしげる、一体何を頼もうというのかと疑問に思いながらも鏡花はとりあえず石動の申し出を聞くことにする
それを了承するかどうかは別として、聞くだけ聞いてみて損はないだろう
そしてそれを聞いた結果、鏡花はどうしたものかと悩んでしまった、結論から言えば石動は東雲姉妹の誕生日プレゼントを頼んできたのだ
「・・・石動さん、確かに私だったらそれは作れるけど、私が作ったんじゃ意味がないんじゃないの?」
東雲風香と東雲優花、静希達が初めての実習で出会ったエルフの少女、彼女たちは去年十歳になった時に召喚を行った、つまり四月が彼女たちの誕生日なのだ
その為石動は誕生日プレゼントを用意しようと、二人で一組のアクセサリの類を用意しようとしたのだが、どれを選んだらいいものか悩んでいたらしい
なにせ二つで一つなどというアクセサリはあまりない、どちらかが欠ければ完成しないようなものであるために片方だけ渡すのも憚られ、鏡花に作成を頼んだのだ
だが鏡花はその提案に難色を示していた、なにせ誕生日プレゼントとは当人が贈られてうれしいものを渡してこそではあるものの、渡す本人が直接選んだり悩んだりしなくては意味が無いのだ
鏡花が用意したものであればそれこそ鏡花が東雲姉妹に与えるプレゼントになってしまう、石動が贈りたいと思いたいなら彼女自身が選んで渡すべきなのだ
「そうは言うがな・・・あの子たちももうすぐ中学生になる、あの子たちの歳に着けられるようなアクセサリーなどあまり売っていないんだ、しかもペアとなると・・・」
「別にペアにする必要はないんじゃないかな、二人とも双子だから一緒のものって言う風にするのは・・・たぶん二人も二人一緒のものじゃなくて自分だけのものが欲しいと思うんだけど・・・」
明利の言葉に石動はさらに悩みだしてしまう
自分たちの中で姉弟がいるのは陽太だけだ、静希にも雪奈という姉貴分はいるが、本当の意味での姉ではない、そしてその中で明利はもっとも劣等感を抱えていたためにその気持ちが理解できた
同じように扱われるより、自分を見てほしい
明利がそう思ったのは何時の事だっただろうか、自己主張が少ない明利だって何も不満を覚えないわけではない、静希や雪奈、陽太といったキャラの濃い人物に囲まれる中で自分をしっかり見てくれる人というのは本当に少数だった
大体静希と一緒にいる奴という認識を受けることも少なくなかった、最近はそうでもないが、子供の頃はそう言う風にみられることもあったのだ
子供の頃は一緒にいるとしても、一個人としてみてほしいのだ、だからこそ相手と違うところを探す、それが双子の姉妹となればそう考えるのは半ば必然だろう
「だがそうするとあの子たちにあげるものによって差が出てしまうのでは・・・」
「そこを悩むのが石動さんの仕事だよ、違うものでも差が出ないように、ちゃんと悩んであげなきゃ、誰かに用意してもらうんじゃなくてちゃんと自分で用意しなきゃだよ」
明利の正論に返す言葉がないのか石動は頭を抱えてしまう
こんな風に誰かに物を言うのも一年前なら考えられないなと鏡花は実感しながら、頬杖を突きながら明後日の方向を眺める
東雲優花、一度や二度とはいえ鏡花が直々に指導した、弟子とまでは言えないかもしれないがそれなりに関わりのある女の子だ、自分も何かしらプレゼントしてやるべきだろうかと思いながら優花のことを思い出す
そう言えば自分は彼女の能力と性格くらいしか知らないのだなと思い、近くで悩み続けている石動の方を見る
「ねぇ石動さん、風香と優花って昔からの知り合いなのよね?」
「ん?あぁそうだが・・・それがどうかしたのか?」
「いや、二人の好みとかの違いとかって知らないの?そうすれば選びやすくなるんじゃない?二人がどういう性格とかも私良く知らないんだけど」
鏡花の言葉に石動は記憶を掘り出しているのだろう、腕組みをして頭を揺らしている
風香と優花、一見仮面の違いしか見られないが双子でありながらその性質は大きく違う
それは能力にも表れており、風香は発現を、優花は変換を有している、作り出すか、変えるか、その本質から言って両者は似通っていながらも全くの別人なのだ
「そうだな・・・風香は姉で大人びようとしているところもあるが実は子供だ、まだまだはしゃぎたくて甘えたい年頃だからな、対して優花は大人しいが甘えたがりだ、だがどちらかというと話の輪の外からそれを眺めていることが多いというか・・・」
石動の言葉になるほどと内心納得する、数えられる程度とはいえ実際に指導したのだ、優花の変換能力に対する能力の高さは折り紙付きだ
変換能力は物質を理解したうえで自分の思うようにつくりかえることができる、つまりは物事を把握する力とそれをイメージする力が求められる
優花は周りの流れに乗る前にそれを確認するようなそぶりが見られた、能力のせいかそれとももともとの性格か、いち早く状況を確かめ分析するような行動が身についているのだろう
「好みは・・・風香はちょっと大人びたものを好む、アクセサリーとか服とかだな、優花は子供っぽいものではないにしろ、落ち着いた色のアクセサリーを好むな・・・そういう事もあり両者が喜ぶアクセサリーをと思ったんだが・・・」
風香の場合は背伸びしている節があるが、優花はどちらかというと自分の好みで好きなものを選んでいるのだろう、どちらにせよ石動の言うアクセサリーというのはあながち間違っていないかもしれない
小学生がアクセサリーを付けるのかと鏡花は不思議がっていたが、たぶん自分が思っているようなものではなく、髪飾りなどの類のものだろうことが覗えた
なるほど確かにそうなると二つで一つのものというのはなかなかに珍しいし二人に差を付けずに渡すというのも難しいだろう
鏡花がいくつか思い浮かぶ中でも、両者が両者をうらやむことなく満足させるためには同じものを贈るのが楽だ、無論明利の言っていることも間違いではないが、確執を生むよりはましな気がする
「ちなみに静希はこのこと知ってるわけ?」
ちらりと先程まで自分に土下座していた静希の方を見るが、彼は今陽太と何やら談笑していた、わざわざ女子の話し合いに加わるつもりはないようでこちらの視線に気づきもしない
「ん・・・私の口からは言っていないが・・・どうだろうか、あの子たちも実は楽しみにしているのだ、プレゼントはともかく五十嵐に祝ってほしい気持ちはあるだろうな」
知っているかどうかも定かではない、そうなると難しいだろう
本人たちが『今度私たちの誕生日なので祝ってください』なんてことを言えるはずがない、静希はあの二人にとって、特に風香にとって恩人のようなものだ、そんな厚かましいことができるような性格ではないことくらい鏡花も知っている
静希があの二人のことに関して知っているか、この中でそのことを把握していそうなのは明利くらいのものだ
「明利、あいつは東雲姉妹の事知ってるわけ?今度誕生日だってこと」
「ん・・・ごめん、わからない、もしよければ私の方からさりげなく伝えておこうか?」
明利の方から伝える、それも一つの方法だ、だがどうしたものか
本人たちからすれば静希に自分から気づいてほしいと思っているかもしれないし、自発的に祝ってほしいと思っているかもしれない
そうなるとこちらが気を回すのはお門違いな気がするのだ
「いや、探りだけ入れておいてくれ、もし必要ならその旨をあの子たちに伝えて、あの子たちが自分でアプローチするだろう」
あくまで本人たちが自分でどう思うかが大事なのだ、周りがいくら気を利かせたところで本人たちの問題でしかない
それでいいのだろうかと明利は鏡花の方に視線を向けるが、鏡花はお手上げのポーズをする、これ以上自分たちがどうこうするつもりはないし、できることもないと考えているのだろう
「じゃあ私は誕生日に向けて大きなケーキでも作ろうか?」
「おぉ、それはあの子たちも喜ぶ、是非頼む」
菓子も含めて料理に定評のある明利の提案に石動は嬉しそうにすると、丁度チャイムが鳴り城島が朝のHRをするべく教室に入ってきた
雑談もそこそこにそれぞれ自分の席に戻り、時間は放課後へと移る
一年生たちの実習を再来週に控え、何人かのクラスメートはその話で放課後に残されていた
一年の実習の補佐をする二年生たちは今から大まかにこれからのことを指導されるのと同時に、自分が担当する一年生の班を決めるようだった
静希達はそんなものは関係なくのんびりと演習場にやってくることができた
いつものコンクリートの演習場で陽太は何時ものように訓練を、そして鏡花は静希に頼まれたものを用意していた
「・・・はい、これでいいはずよ、確かめて」
鏡花が静希に渡したのは三つの弾丸のようなものと、台形のインゴットのような物体だった
弾丸は重さがぴったり五百グラム、そして台形の方は長さが約一メートルほど、特殊な金属でできているらしくそれなりに重たかった、そして足場などに固定できるようにいくつか取っ手のようなものもついている
「中は真空にしてあるわ・・くれぐれも言うけど扱いには気を付けなさいよ?もし間違いでも起きたら大惨事になるんだからね」
「わかってるって、ありがとな」
トランプの中に弾丸を収納して確認したうえで静希は鏡花に礼を言った
彼女が作った弾丸は静希の左腕に仕込まれている大砲のそれの中でいうなら、ライフル弾に限りなく近い構造をしていた
空気を切り裂き螺旋回転しながら前進できるように僅かに溝が作られており、手に持っただけでその重さが伝わってくる
この弾丸には炸薬が込められていない
鏡花の説明によると、特別な構造など何もないただの金属と合成鉛の混合物でしかないそうだ
左腕の大砲の弾頭部分、つまりは射出される部分の重量は五百グラムに満たない、だがこれはこの弾丸そのものを撃ちだすためのものだ、破壊力は左腕のそれよりも高いだろう
「実際にやってみたいから、軽く固定してくれるか?」
「はいはい、後は勝手にやってなさい・・・くれぐれも気を付けなさいよ」
鏡花の再三の忠告を苦笑しながら受け止め、台形の物体を固定してもらうとトランプの中のメフィと意思を疎通させながらその台形の物体に意識を集中する
明利が出した案は、実にシンプルかつ、静希の能力を使って実現可能なものだった
いくらメフィの能力が強くても、瞬間的にマッハ以上の速度を物体には与えられない、いや、やろうとすれば与えることくらいできるのだろうがその時にはすでに物体は遠く離れてしまっており回収そのものが難しいという難点があった
だから、瞬間的に、なおかつ断続的に加速するための力を加えればいいのではないかという結論に達したのだ
やり方は単純、一定の方向の力をメフィが与え続け、片側から加速対象を取り出し、加速させる、そしてその進行先にトランプを配置し回収する、そして加速対象を回収したトランプをスタート地点へ戻し、射出、そして回収してまたスタート地点へ
これを繰り返すことで時間はかかるが確実に物体を加速させ続けることができるのだ
ただ空気がこもっていたりすると、空気抵抗によって加速が難しくなるために台形内の空洞の中の空気をゼロにしてもらったのだ
台形の物体の中にある空洞内にトランプを二枚仕込み、片方から射出、加速、回収、トランプを移動させてまた射出、加速、回収
静希の能力が収納系統で、なおかつ運動量などが保存されるタイプだからこそできる芸当である
誤字報告五件分と累計pvが15,000,000突破したのでお祝いで3回分投稿
今回の話、特に明利の案についてバッチリ言い当てられてちょっとショック・・・感想で言い当てられることがあるのが困りものです、嬉しいんですけどね
これからもお楽しみいただければ幸いです




