トランプの中身
二年生になったとはいえ日常生活が劇的に変化するという事があるはずもなく、静希の家には当然のように人外たちが蔓延っていた
宙に浮きながらゲームに興じるメフィ、座禅を組みながらそれを眺め、ところどころ口を出している邪薙、部屋を掃除しながらその様子をちらちらと覗っているオルビア、われ関せずとケージの中で眠りこけるフィア
去年の自分が見たら卒倒するかもしれないような光景にすでに静希は何かを言うつもりなどなく、パソコンで調べ物をしていた
静希が今調べているのは爆弾に関しての項目だった
軍に訓練と指導をしてもらったときに一通り爆弾の取り扱いは学んだが、実際に手札の中に加えたことはなかった
なにせ爆弾という言葉の通り、爆発するものであるために扱いが難しく、特に軍用のものとなると個人での作成はほぼ不可能な上に入手も困難なのだ
軍にあるものを横流ししてもらおうものならそれ相応の罰が下されるのは目に見えている、だが今は静希にもそれなりのコネがある、わざわざ日本の軍から受け取らなくてもいろいろと入手することが容易な立場の人間が何人かいるのだ
とはいえ、それでも悩みどころではある
爆弾にもいろいろ種類があるのだ、C4のような可塑性を持つ、つまりは粘土のように力を加えると変形するようなタイプの化学爆弾もあれば、手榴弾のような信管を抜くことで時間経過で爆発するタイプの爆弾もある
それらが共通するのは、人の手が加わって初めて動作を開始すると言うものだ
今まで静希のトランプの中には収納し、出すだけで効果を発揮するようなものばかりが入れられてきた
射出されるナイフや釘、そして銃弾、さらには太陽光や酸素や水素といった部類のものだが、入れた後、出してさらに何か一工夫が必要というのは入れてこなかったのだ
ワンアクションで攻撃できるというのはそれだけ攻撃速度と頻度を高めることにもなり、より効果的に相手を追い詰められる、だがいちいち動作を手動で行っていてはテンポが悪いというのが今まで爆弾を入れてこなかった理由の一つだった
何より、あらかじめ爆発の条件を取り付けるにも手順を踏まなくてはならない、時限式か信管式かそれともスイッチか、スイッチの場合それをつなぐ導線はどうするのか、無線にするのか有線にするのか、考えることと必要な知識と道具が多すぎるのだ
爆弾の項目をいくつか見てみても、殺傷能力が高く一撃で人間位なら殺せるものが多い、物によっては対人ではなく対物、つまり物を破壊することを目的としたものもある
だが自分の班に陽太と鏡花がいる状況で対物兵器が必要になるかといわれると疑問である、無論あって困ることはないだろうが
C4一つくらいは用意しておいた方がいいのかもなと思いながら別の兵器の部門を見る、クレイモア、要するに感知式の地雷のようなものだ
指向性を持つ対人式地雷、これは鏡花の能力と相性がよさそうである、なにせ設置する手間も、さらにはそれを動かすことだって彼女の能力ならできるのだから
内部には小さな鉄球が大量に込められており、作動と同時に内部の鉄球が扇状に射出される、点攻撃ではなく面攻撃の典型的な例である、至近距離でこれをくらった場合避ける手段はほぼないと言っていいだろう
ただこちらは重量に難がある、なにせ一キロを余裕で超えているのだ、これではトランプの中に入れることができない
自分の能力の許容量を満たし、なおかつ威力のある兵器というのはなかなかに少ない、となると自分で何かしらの道具、あるいは素の量を変えられるものを用意するべきなのだ
そう言う意味ではC4爆弾は量の調整ができるという点で優れている、とはいえあまりにその量が少ないと威力も期待できないという問題がある
ままならないものだなと思いながら静希はメフィがやっているゲームに目を向ける、丁度戦争をモチーフにしたFPSをやっていて、アサルトライフルをもって敵軍に攻め込んでいるシーンだった
閃光手榴弾などを用いて敵の視界を塞いで特攻を仕掛けようとしているのがわかる
そんな光景を見て静希はふと思いつく
手榴弾にもいくつか種類がある、内部に鉄球を込めた威力の高いタイプのものや、先程メフィがゲームの中で投げた強い音と光を出すスタングレネードなどと呼ばれる閃光手榴弾、そして煙幕を作り出すスモークグレネード
この中で目を付けたのは煙幕が出るという点だった
視覚情報に頼る人間にとって、一時的にでも視認できなくなるというのは重要な情報の欠落だ、身を隠すのが得意な静希にとってはかなり重要なポイントになる
調べてみたところ、スモークグレネードに含まれる化学物質はおおよそ二五〇グラム、これなら静希のトランプの中にも入りきる
とはいえこれを切り札ともいえるスペードの中に入れる気にはなれなかった
ハートシリーズ、そしてダイヤシリーズも最近では武器を入れることの方が多くなってきたためにそちらに回すべきだろう
今までは日用品をハート、貴重品をダイヤ、武器をクラブ、気体をスペードに入れてきたが、これからは非殺傷武器をハート、低威力殺傷武器をダイヤ、高威力殺傷武器をクラブ、切り札をスペードという風に分けたほうがいいかもしれない
ジョーカーに関しては適宜必要になるものを入れ、本当に危険になった時に使うくらいになるだろう、これ以上体が奇形化するのは静希としても望むところではない
収納系統としての役割からは大きくかけ離れるかもしれないが、これも自分の能力の弱さゆえのことだ
我ながら情けなくなってくるがそう言う棲み分けも今後は必要になってくるだろう、チームのために何ができるのか、元より収納系統は補助に回ることの多い系統だ、それもまた自分のできる事だろうと半ば納得することにした
煙幕を出せる手榴弾など、そう言った道具や武器をエドに頼んで購入し、連絡を終えるとちょうどよく、まるで見計らったかのように静希の家のインターフォンが鳴り響く
オルビアが対応するとやはりというかなんというか、玄関の方から三年生になった姉貴分雪奈がやってきた
「やぁやぁ静、お姉ちゃんは三年生になったぞ」
「はいはい、よかったな、じゃあ手洗いうがいしてこような」
子供をあやすように雪奈の背を押しながら洗面所へと誘導すると、静希は再びパソコンの画面に食らいつく
どうにかいい攻撃法は無いものかと悩んでいるのだが、そんな悩みなど知らんというかのように洗面所から雪奈がやってくる
「何やってんの?また武器の仕入れ?」
「新しく何か攻撃手段がないか探してるんだよ・・・だけどあんまりいいのがなくてさ」
実際に使う時に一気に逆転、あるいはそれだけの効果があるようなものがあるかといわれると、当然そんなに都合の良いものはないわけで、だからこそ静希は悩んでいるのだ
特に欲しいのはスペードに入れる切り札の一角、今の静希にも手に入れられるものとなると限りがあるが、だからこそ悩む価値があるものである
「今のままじゃ不満なの?なんかたくさん攻撃手段あるじゃん」
「それじゃダメなんだって・・・ていうか重いぞ、頭の上に顎を乗せるな」
静希の頭に顎を乗せてパソコンを覗き見る雪奈を嗜めるも、どうやらやめるつもりはないようで体重をかけながら徐々にパソコンの方へと視線を近づけていく
「静はどういうのが欲しいの?爆発?それとも前みたいなレーザーみたいなやつ?」
「周りの被害が少なくて、なおかつ威力が高い奴だな、鏡花曰くもっとスマートな感じだそうだ」
静希の言葉にスマートねぇと雪奈は悩みだす、静希の攻撃は確かに周りを巻き込むものが多いためにそう言った一点集中型の攻撃があると楽になるのは間違いないだろう
だがそれでいて威力が高いとなると雪奈には銃位しか思いつかなかった
「難しく考えないでさなんかこうパッと見バカらしいの入れてみたら?思い付きとかでもいいけど」
「・・・楽観的でいいよなぁ・・・こっちは真剣だってのに」
私だって真剣に言ってるよと静希の頭にさらに体重をかける雪奈に対し、静希はパソコンの画面を眺めながらため息をついていた
思い付きといっても何も思いつかないのだ、現代兵器においても五百グラム以下の制限があるとかなり威力は低くなるものが多い、そんなものをスペードの中に入れるつもりはなかった
ただの武器ではなく、欲しいのは一挙に逆転ができるほどのもの、武器に拘るつもりはないのだが、簡単に手に入るのが今のところ武器しかないのだ
「威力が高いってのはさ、つまり人を殺せるようなって事?」
「そう言うのだけじゃなくて、現状を打開できるって意味での威力なんだけど・・・」
「じゃあさこういうのは?ほら麻酔銃とかは?時計から飛び出すような奴」
それはいろいろと無理があるぞといいたくなるが、麻酔銃というのはかなり昔からある技術だ、とはいえ公にそれを使っている軍機関はほとんどない
薬物というだけではなく、それを射出する銃器自体が問題となっているのだ、主に使用するのは動物相手、人間相手に使用することはほぼないのだという
ゲームやアニメなどではよくそれらを使って人をこん睡させたりしているシーンがあるが、実際は無いのだ、その為それらの道具もほとんど自作になるだろう
幸いにして銃は手元にあるが、麻酔銃を撃つ機構はほとんどが空気圧での射出だ、今持っている銃では撃つことすらできないだろう
「一応町崎さんたちに聞いてみるか・・・非公式でもそう言うの持ってるかもしれないし・・・」
とはいえこれも非殺傷武器、つまりはハートシリーズに入れることになりそうな武装であり、スペードに入れられるほどの効果があるとも言い切れない
「じゃあ・・・いっそのことウィルスでも作れば?ピンポイントにすごい威力を発揮するようなの」
「俺は科学者じゃないぞ・・・まぁ面白い案だけどさ」
そんな簡単にウィルスなど作れるのなら最初からやっていると言うものだ、それにそう言うウィルスを作るとたぶんかなり危険なことになる、まず間違いなく面倒の種になる
去年の経験から何かしら面倒を呼び寄せる内容というのがなんとなくわかってしまうのが悲しいところである
「じゃあいっそもう別の人外たちを探したら?悪魔に神格に霊装に使い魔だっけ?あと他の人外って言ったら精霊と・・・なんだろ」
「これ以上うちの人外密度を増やすつもりか・・・まぁ必要となればそうするけど、うぅん・・・」
案を出してもらっておいて否定してばかりでは申し訳ないと静希も頭をひねるのだがどうにもうまくいかない
固定概念に縛られ過ぎているのだ、もっと頭を柔軟に、普通の思考では思いつかないようなことを考えていればいい案が浮かぶかもしれない
そう思いながら頭をひねっていると、雪奈が一つの記事を見つける
「今週末雨かぁ・・・こりゃ家でダラダラしてるしかないね」
「雨じゃなくてもダラダラしてるだろ、うちのと一緒に」
うちのといわれてメフィが一瞬こちらを見た気がしたが特に気にした様子もなさそうだった
だらけるのはいいのだが度が過ぎるというのも考え物だった、そんなことを考えていると、静希の頭の中に一つ疑問が浮かぶ
それはメフィの能力に関してのことだった
「なぁメフィ、お前の持ってる能力の中でさ、前に鏡花の作ったドームを切断した奴あるだろ?」
「何よ唐突に!?今ちょっと忙しいからちょっと待ってて!」
それはメフィと静希が最初にあった時の記憶だ、鏡花が鋼のドームでメフィを閉じ込めその中に硫化水素を出してメフィを攻撃した
結局メフィの持つ消滅の能力によって硫化水素は消滅させられたが、あのドームを切り裂いた能力に関してはあまりよく知らない、そしてメフィの持つ能力のうちいくつかに気になるものがあったのだ
「えー・・・っと、なに?ドームを切った奴?えっと・・・シズキと最初にあった時の事でいいのよね?」
ゲームをひと段落させ、メフィ自身も記憶を手繰り寄せているのだろう、その時の事を思い出そうと頭を揺らしていると思い出したのか手を叩いてそうだそうだと呟く
「あれは単純よ、単に能力の一つを高圧でぶつけて切断しただけ、人間の技術の中にもあるじゃない」
「・・・あぁ水圧カッターみたいなもんか、なるほどな」
水圧カッターとはその言葉通り、高圧で水を噴出させてその勢いで鉱物を切断する技術である
鏡花や陽太、そしてメフィの力を借りれば似た現象を作り出せるかもしれないが、ここでも問題になるのは静希のトランプの許容量だ
たった五百グラムでは例え高威力の水を噴出でき、物質を切断できたとしても応用力が低すぎる、しかも水圧カッターは水だけで切断する方法だけではなく、水の中に微量に研磨剤を含めた手法もある、ただの水でもそれなりの効果はあるが固いものに関してはあまり効果的ではないのだという
ならば水以外の液体を使ってはどうだろうか
もっとも軽い液体、分子において最も軽いものは水素だ、所謂液体水素を作り出してそれを研磨剤と共に噴出させるのはどうだろうか
液体水素の存在条件はマイナス二百五十度半ば、それよりも少し高い温度になると沸騰を始め、それよりも低い温度だと固体化が始まる
ほぼ絶対零度に近いほどの超低温、鏡花の力を借りれば作ることはできるだろうが、それを高圧で噴出することができるだろうか
もしできたなら、研磨剤を含め斬るという行為と凍らせるという行為を同時に行うことができる
しかももともとは水素だ、平時においては恐らく瞬時にとは言わずとも、時間が進めば勝手に気体化する、ただ当然強い可燃性を持っているために酸素との結合が始まると危険な状態になるのも確かだ、扱いには非常に気を付けなければならない
それ以外で軽いものというとヘリウム、液体ヘリウムの沸点と融点はマイナス二百六十九度前後、ほとんど絶対零度のそれに近い、水素よりは扱いが楽になるかもしれないがこっちの方が管理が面倒そうであるうえに、入手が面倒だろう
水素なら今までと同じように水を電気分解して手に入れることができるだろうが、ヘリウムの作り方や入手の仕方など考えたこともない、どこかで売っているのかもしれないがそれも考えると手間が多すぎる
「なぁメフィ、お前って念動力系の能力も持ってるよな?」
「えぇ持ってるわよ?微調整とかは苦手だけどね」
かつて静希が車の中から脱出する際に使った念動力、機微な能力の操作は苦手なメフィにとって『人をやさしく放り投げる』という動作は難関を極めただろう、だが今求められているのは圧力をかけて勢いよく水を撃ちだすことができるか否かだ、むしろ細部ではなく高い威力が求められる
「その能力を使って水を高圧で噴射することってできるか?それこそ水圧カッターみたいに」
その言葉にメフィは静希がやらせたいことを理解したのだろう、薄く笑いながら頷いて肯定して見せる
メフィの能力は発現系統を再現する、つまり発現系統である以上能力を解除すればその能力は消えてしまう
だが能力によって動いたもの、あるいは能力によってエネルギーを与えられたものは能力が消えてもそのままになる
つまり静希がやりたいのはメフィに液体を高圧で噴出させ水圧カッターの真似事をしようというのだ
噴出先が小さければ小さいほどその威力は上がる、その噴出先に関しては鏡花に手伝ってもらうとして、問題は液体、どれだけの重さを入れられるかは決まってしまっているためどの液体を入れるかによってその量は変わる
もっとも軽いのは水素だ、低温という事を無視すればこれ以外に選択肢はない、問題はその精製方法
現在静希の家にある機材は水素と酸素を分離するためのもの、そして硫化水素を作り出せるだけのものしかなく、絶対零度に近づくほどの低温を作り出せるようなものはない
一度トランプの中に入れてしまいさえすればそのまま液体の状態と運動量を保存できるが、そこまでがネックだった
「シズキ、ずいぶん悪い顔してるわよ?」
「え?あぁ・・・そうかも・・・」
静希は自分自身自覚しないうちに笑みを浮かべていた、それも飛び切り邪な笑みを
なにせ自分の可能性がまた一つ広がろうというのだ、太陽光による熱とは真逆の超低温液体による切断
もしこれが実現すればどうなるか、静希は今すぐにでも試してみたかった
ともあれまずは水圧カッター実現に必要だと思われるものを手に入れなくては
具体的には研磨剤と、高圧噴射に耐えられるだけのノズル、そして噴射させる液体
楽しくなってきたと思いながら、静希はとりあえず研磨剤を取り寄せることにした
「という事をしようと考えててな、頼めないか?」
翌日、教室にて思いついた水圧カッターの案件を鏡花に持ち込んだところ、鏡花はいやそうな顔をしていた
また面倒な話を持ってきたなこいつという表情をしている、口に出さなくても思いが伝わるというのは何も良いことだけではないらしい
「それでまずは必要な道具を作ってほしいと、そう言いたいわけね?」
「あぁ、昨日のうちにそれっぽいノズルでメフィに練習してもらったんだけど・・・やっぱ市販の奴じゃ圧力に耐えられなくてな」
思い立ったが吉日という言葉があるように、静希はホームセンターでちょっとしたノズルを購入し、風呂場の水を使ってメフィに水圧カッターの真似事をしてもらったのだが、やはりというかなんというか、高い圧力に耐えかねてノズルの方が破損してしまったのだ
火を見るより明らかだったかもしれないが、とりあえず原理上はメフィの力で水圧カッターもどきを作り出すことは可能であるという結論に至り、それの実現を目指して行動することにしたのだ
「まぁあんたの攻撃手段の中では比較的まともなほうかもしれないけど・・・あれって対物用の一種の工具よ?それを生物に当てるとなると・・・しかも液体水素使うとか・・・」
水圧カッターという道具の性質上、どうしても至近距離での使用になるだろうがそこは静希のトランプ操作能力を使えばそこまで苦労は無い、強力な水圧と研磨剤によって切り刻まれ、同時に傷口が凍り付く、そんな光景を静希と鏡花は想像したのだが、実際そこまでうまくいくかは不明である
「頼めるか?ノズルと・・・できるなら液体水素の方も頼みたい」
「えー・・・まぁ両方作れるけどさ・・・うーん・・・」
鏡花は静希の申し出に少々渋ってしまっている、なにせ作り出そうというのは超低温の液体、少し間違えば自分も被害が及ぶのだ、悩むのも当然だろう
現段階において頼める人物が鏡花しかいないためにどうにか首を縦に振ってほしいところである
「あんたはそれをスペードの中に入れるつもりなの?」
「あぁ、面白そうだし何より強そうだからな」
未だ試したことがないために想像の域を出ないが、十分切り札に足る力を見せてくれると信じている、超低温での攻撃というのは一瞬でもかなりの効果を及ぼす、それを十秒でも続けられたら十分相手を行動不能にできるだろう
なにせ生き物よりも何倍も硬い物質を切断できるのだ、生き物の皮膚くらい容易に引き裂けると静希は考えていた
「耐えられなかったってことは、そのノズルは壊れて、結局うまくいくかどうかも分からなかったってことでしょ?」
「う・・・まぁそういう事だけど・・・だから頼んでるんだよ、高圧にも耐えられるノズル・・・最悪それだけでもいいんだ」
それだけといっても静希が頼んでいるものは言葉に比べてその難易度は高い、なにせ水というのは人間達や生き物の身近にありながら最も力を持つ自然現象の一部ともなりえるものなのだ
水の力は弱いように見えてとても強い、時には家屋どころかありとあらゆる建築物をなぎ倒す、人間がそれに巻き込まれればひとたまりもない
ただそこにあるだけで強い圧力を発生させ、人間が潜ることができるのはせいぜい水深百程度、それ以上は体がもたないのだ
そんな水圧に耐えられるノズルを作れとなると材質は決まってくる、ちょっとやそっとでは変形しない金属となるが、もちろん構造から全て鏡花任せだ
全く面倒なことは全部自分任せで嫌になってくると思いながらも、頼られて嫌な気持ちにならないのは相手が静希だからだろう
「じゃあそうね・・・一度威力を見せてもらうわ、それによっては作ってあげる」
「それはいいけど・・・こいつ出すのか?」
「トランプの中にいてでも外に能力出すのはできるんでしょ?それでいいじゃない」
邪薙が普段防壁を張っているように、メフィも同じようにトランプの中にいながらトランプの外に能力を発現することは可能だ邪薙曰く多少威力が落ちるらしいがその程度の威力低下は誤差でしかないだろう
「実際に使ってみて、それでもなお使えそうだと私とあんたが判断したら液体水素の用意もしてあげるわ、管理に関してはあんたがしなさい、それでもいいならやってあげるわ」
「マジか!助かるよ、それじゃ放課後にテスト頼むな」
静希は嬉しそうに今後の試作についての手法をまとめだす、我ながら甘いのかもしれないなと思いながら鏡花がはめ息をついていると、近くにいた明利が微笑ましそうにこちらを見ている
「・・・なに?何か言いたいことがありそうな顔ね」
「えっと・・・鏡花ちゃん優しいね」
明利の言葉に鏡花は口を開けたままあきれ顔を作ってしまう
自分が優しい?そんなはずがない、自分は優しさなどとはかけ離れた位置にいる人間だと自覚している、口が悪いのも不器用なのも自覚済みだ、そんなことを言われても皮肉にしか聞こえない
とはいえ明利がそんな皮肉を言うとは思えないために、恐らく本心から言っているのだろうという事がうかがえる
「バカなこと言ってないで、次の授業の準備するわよ、ったくもう・・・」
そう言いながら鏡花は片手で携帯を操り水圧カッターの噴射部分の構造を調べ始めた
根が真面目な分、こういう時に損をするというか、苦労するのが鏡花の特徴なのかもしれない、明利はそう思いながら鏡花の近くで微笑み続けた
放課後、静希との約束通り演習場で水圧カッターの試作試験をすることになった鏡花はホースを作って近くの水道から水を大量に確保した後何個かノズル部分を試作していた
圧力に耐えるというのはその用途によって構造が異なる
例えば大砲のように、圧力が逃げる方向があるのであればそれほど強い強度は必要なく、その形を維持できさえすればいいのだ
ただ今回のような極小の逃げ道となると話が変わってくる、要するにその一点に圧力の全てが加わり、そこから水が逃げようとするのだ、それによって加わる力は相当強い
ダムなどがほんの小さな亀裂から崩壊することがあるように、小さなほころびすらも許さないほどの強度が求められ、その圧力に長時間耐えられるだけの硬度も求められる
簡単に言ってくれるなと思いながらも何度目かの試作品でうまくいきそうなものは作れた
「いいわよ、それじゃやってくれる?」
近くに水だまりを作ってそこから直接強度の高いホース状のパイプから試作品をつなぎ、水が噴出するように仕立てた
そしてその噴射口を抑えるのは筋力に自信のある陽太である
強い噴出はそれだけ推進力を有し、強く抑えていないとあちらこちらへと水をまき散らす結果になるのだ
「いくぞー・・・加圧開始」
メフィに頼んで水だまりそのものに圧力を加えると水が徐々に逃げ場を失いホースの先にある噴射口から勢いよく水が出てくる
「おぉ!こりゃいいな!水鉄砲みたいだ」
陽太がはしゃいでいるが原理としては水鉄砲そのものだ、圧力を加えて水を噴出させる、それを高い威力で行えば当然このようになる
「明利!水がなくなってきたから追加頼む!」
「了解!追加するね!」
近くの水道にいる明利が追加で水を送ろうと蛇口をひねると数秒遅れて静希達のいる場所に水が送られてくる
これで準備はほぼ整ったことになる
「よし、じゃあ威力調査のための目標を設置するわ、徐々に威力をあげていってね、陽太はしっかり押さえてなさいよ!」
「オーライだ!ちなみにこの水ってどれくらいの勢いで噴射するんだ?」
目の前に石の板が出来上がることでそれにノズルを近づけるのだが、しっかり押さえてろと言われてもこれ以上の勢いで噴射されるとどうなるか想像もできないのか、陽太は疑問を持ちながら鏡花の方を向くと、水圧カッターのことを調べたことによって得た知識を掘り返している鏡花は一瞬目を背けた
「工業用のやつはマッハ三以上よ」
「・・・え?」
メフィが加圧を強めると水の出る細い噴出口から勢いよく水が出始め、異音を発しながら石板へと注がれていく、ゆっくりではあるが確実にその表面を削っているように見える
だが支えているはずの陽太が手がぶれまくるせいでうまく切断できずにいた
人間が抑えられるだけの勢いではないのだなと理解し、鏡花は即座に実験の停止を指示する
「これはあれね・・・しっかり土台を作っておかないと無理ね・・・ちょっと待ってて、陽太はそこら辺で体育座りでもしてなさい」
役立たず認定されてしまった陽太は鏡花の言う通り少し離れた場所で体育座りをしながらへこんでいるが、今はそんなことをしている場合ではない
強い水圧をかけて噴射すれば、完全に固定していれば一秒と経たずにこの石板を貫通できるかもしれないのだ
「ちなみにさ、研磨剤を入れた状態でやるんでしょ?研磨剤は何を使うわけ?」
「ん・・・まぁ工業用の奴か・・・できればダイヤ素材がいいけど、あれは高いからな・・・」
僅かに削れた石板を前に鏡花はふぅんと呟く、通常の水圧を一瞬当てただけで石が削れるのだ、しっかりと的を絞ればそれこそ容易に切断くらいはできるだろう
研磨剤を入れればさらに切断能力は向上する、これなら確かに切り札たり得るかもしれない
しかもただの水を使うのではなく液体水素を使うとなるとまた別の意味での威力も兼ね備えることになる
液体水素を水の比重で比べた時、水は液体水素の十四倍といわれている、つまり水の十四倍の量を収納できると考えていい
静希のトランプ内に水が0.5リットル入るのに対し7リットルの液体水素を入れられるのだ、単純に考えて持続時間もその分長くなる
とはいえ工業用の水圧カッターは使う水の量が桁違いだ、普通のノズルや速度で撃ちだしたのでは効果もたかが知れている
それは鏡花も分かっている、だからこそ強い圧力に耐えられるだけのノズルを作ろうとしたのだ
工業用の水圧カッターが押し出す水の早さはおよそマッハ三、要するにそれ以上の速度で噴射できれば少ない液体でも十分に効力を発揮するというわけである
とはいえ、そこが問題でもあるのだが
「・・・やっぱりこうなったか・・・」
ノズルだけではなく、圧力に耐えかねたのは貯水していた水だまり部分と、底とノズルをつなげるホース部分だ、圧力を加えれば加える程、その部分が悲鳴を上げ破損していってしまう
工業用以上の高圧を求めるというのは難易度が高いらしい
誤字報告が二十件分溜まったので五回分投稿
最近単一投稿がない気がする・・・誤字ラッシュ恐るべし
これからもお楽しみいただければ幸いです