陽太VS鏡花
放課後、昼食を終えた後で静希達は岩石地帯の演習場へとやってきていた
普段使っているコンクリートの演習場は一年生たちが訓練を行っているために使えなかったのだ、去年の自分たちと同じように監督教師を含めた能力発動の訓練を行っているという事である
静希と明利が少し離れて見守る中、陽太と鏡花がにらみ合うように対峙している
演習場の中には何人か一年生や二年生の姿もあったが、他の演習場に比べその数は少ない
他の生徒の邪魔にならないように隅で戦うつもりではあったが、どうやら鏡花が特設のステージを作り出していた
「懐かしいなぁ、あれがもう一年前か」
「そうだね、あれからいろいろあったから・・・今回はどうなるかな?」
また陽太と鏡花の戦いを見ることになるとは思っていなかっただけに静希と明利は感慨深そうに二人を眺めている
あの時もこうして二人を見ていた、どちらが勝つのか、そしてどちらがどのように動くのかを確かめるように
「あの時は鏡花の圧勝だったけど・・・どこまで追い詰められるかね・・・」
「陽太君も強くなってるからね、どうなるかわからないよ?」
陽太と鏡花は互いに集中を高めているように見える、どうやら本気で戦うらしく、二人の会話も耳には入っていないようだった
「どっちが勝つか賭けるか?」
「もう、そういう事しちゃだめだよ、あの二人にとって大事な事なんだから」
明利の言葉通り、この戦いは二人にとっては重要なことなのだ
初めて会った日に、初めて戦った日にそれぞれが感じたことを、そしてそれぞれが過ごした一年を確かめるためにも、それを証明するためにも、二人にとってこの戦いはかけがえの無いものなのだ
あの時からどれだけ変わったのか、ずっと一緒に訓練してきた二人にしかわからないものを確かめるために
そして両者同時に集中を終えると二人同時に静希の方を見る、それを確認して静希は声を張り上げる
「これより、響陽太vs清水鏡花の親善試合を始めます、互いに所属、能力名を述べ、礼!」
あの時もそうした様に、静希が二人の試合を見届ける、死人が出ないレベルで戦えるように、そして二人の戦いをしっかりと記録するために
静希の言葉に陽太と鏡花はもう一度深く深呼吸してから両者声を張り上げた
「響陽太、喜吉学園二年A組三班所属、能力名『藍炎鬼炎』よろしくお願いします」
「清水鏡花、喜吉学園二年A組三班所属、能力名『万華鏡』よろしくお願いします」
あの時と同じ、違うのは所属と二人の経験だけ
後腐れの無いように全力を尽くして戦う、どちらが上かを決めるための戦い、戦い指導し、指導された二人だからこそこの戦い
「あの時はなんて言ったんだっけか?」
「今謝れば許してやらないことも・・・とかそんな感じじゃなかったかしら?」
一年前に自分が言った言葉を思い返しながら陽太と鏡花は笑う、あの時とは決定的に違う戦う理由
陽太は自分の成長を、自分を指導してくれた鏡花に見せつけるために、そして今度こそ自分が勝つという勝利へと渇望のために
鏡花は自分が指導した陽太の成長を見るために、そしてまだ自分が上だとまだまだ未熟な愛する陽太への指導のために
あの時は怒りが原因だっただろうか、自分の未熟さを侮辱交じりに指摘されたことへの、才能を持ちながら努力を怠ったその怠惰さへの
「んじゃ行くぞ天才さん」
あの時とは違う、陽太は自信をもってそれを見せるために鏡花に立ち向かう
「存分にかかってきなさい、バカ陽太」
あの時とは違う、鏡花はそれを確かめたいが為に陽太を迎え撃つ
二人が笑うのと同時に静希は手をあげて再び声をあげる
「では両者禍根など無いように、始め!」
両者がにらみ合う中、最初に動いたのはやはり陽太だった
咆哮と共にその身を炎で包み込み、炎の鬼の姿へと変貌させる
鏡花が指導し、導いてきたその姿は、一見一年前との変わりは無いように見える、だが決定的に違うところがいくつもあるのだ
その右腕には槍を、左腕には盾を作り出し、腰を落とす
去年とは明らかに違う、凶暴でずさんだった陽太は槍を手に入れ、盾を身に着け、戦いのレベルを獣のそれから人間のそれに近づけているのだ
数秒も経たずに槍と盾を持った陽太はあの時のように炎を体から噴出させながら、脚を地面に大きく叩きつけながら咆哮する
鏡花はその姿を見ただけでも感慨深くなる、一年前とは違う、見違えるようだと
自分の指導で、陽太がここまで成長できたという事を確認するようにその姿を目に焼き付けながら、鏡花はいつの間にかあふれていた涙を片手で拭いながら陽太の方を正面から睨む
今の陽太はあの時とは違うのだ、あの時のただ突っ込んできただけのバカではないのだ
今や陽太はエルフである石動ともまともに戦えるだけの実力を有した前衛のスペシャリスト、感傷に浸っているような暇はない
「行くぞコラァ!」
あの時と同じセリフ、だがその声に怒りはなく、ただ試したいという楽しさにも似たものが含まれ、陽太は地面を蹴って鏡花へと突進する
陽太が突進してくるのを見て、鏡花は足で地面を叩く
その瞬間、陽太の進行ルートからいくつもの岩でできた拳が陽太へと襲い掛かっていく
その数は一個や二個ではない、一度に十にも届くのではないかというほどの巨大な拳が陽太めがけて放たれていた
去年だったら鏡花は陽太に対して壁を張っていたが、もうそんなことはしない
去年はまだ実力を把握していないが故に陽太を甘く見ている節があったが、今の鏡花にそんなものはなかった
「鏡花の奴、結構本気だな」
「みたいだね・・・でも陽太君にとっては嬉しいんじゃないかな」
明利の言う通り、繰り出される拳を砕きながら、避けながら、陽太は笑っていた
あの時は引き出せなかった鏡花の実力を引き出せるだけの実力を自分はつけたのだという、その事実が嬉しかった
だからこそ勝ちたかった
鏡花も同じだ、あの時手を抜いてでも勝つことができた陽太が、今はこんなにも脅威に感じる、近づけたらそれだけで自分の敗北が決まってしまうようなギリギリの戦いを今陽太に強いられている、それだけ陽太は強くなったのだ、その事実が嬉しかった
だからこそ勝ちたかった
「やっぱあんたを止めるには捕まえるのが一番みたいね!」
陽太の体を捕まえようと鏡花の繰り出す拳が一斉に開かれ、掴もうとする瞬間、陽太の体を包む炎の色が変わる
「なめんなよ、こんなもんで俺を捕まえられるかぁ!」
自分を捕まえようとしたすべての拳を軽く砕きながら一気に鏡花との距離を詰めていた
その炎の色は白、かつて実習でその姿を見せ、鏡花の指導によって使用可能になった炎の一つ
あの時は簡単に捕まっていた、だが今はもう捕まらない、捕まる前に槍で砕き、道を作り出す、陽太の道を阻むものはもはやなかった
急接近されるという危険は冒さないつもりか、鏡花は自分の周りや陽太の周りに大量に壁を作り出しその進行を阻もうとする、だが強化状態にある陽太にそんなものは全く通用しなかった
「オラオラぁ!ぬるい壁作ってんじゃねえよ!」
何重にも張られた壁を容易に突き破るその姿はまさしく攻城兵器、陽太の称号に偽りなしといったところだろうか
だが突進していった先に鏡花はいなかった、陽太が突っ込んでくることを予想してすでに移動済みだったのだ
「相変わらず真っ直ぐ突っ込むしか能がないの?戦い方を変えなさいって教えたでしょ」
壁の向こうから聞こえてくる鏡花の声と同時に、周囲の壁が巨大な腕となって再び陽太を襲おうとしてくるが、陽太は笑みを浮かべたままだった
「アイアイマム、じゃあこういうのはどうだ!?」
陽太は姿勢を低くし、まるで反復横跳びのようにあたりを縦横無尽に走り跳躍し、攻撃し続ける、周囲にあった壁も岩も何もかも破壊しつくすかのような突進
正面突破こそ男のロマン、だから正面から全て打ち崩し、辺り一面を平地にするだけ動くつもりだった
身体能力が高いからこそできる戦法に鏡花はあきれ返ってしまっていた
「あんたってやつはホントにもう・・・頭痛くなってくるわ」
そう言いながらも鏡花の声は嬉しそうだった、これだけの動きができるだけ陽太は強くなったのだ
だがまだ足りない、自分は陽太に負けるわけにはいかないのだ
辺りを更地にしようと激走する中、陽太はようやく鏡花の姿をその眼に収めた、破壊した壁と壁の隙間から見えたその姿に、陽太は即座に方向転換し真っ直ぐに鏡花へと突っ込むべく突進を仕掛ける
瞬間、陽太の足元の地面が急速に隆起した
まるでアッパーのように突き上げられた地面に陽太は空中に吹き飛ばされるが、今だ鏡花の姿をその眼に収めていた
空中においても襲い掛かってくる腕を逆に足場にし破壊しながら鏡花へと接近しようと跳躍する
だがもうすぐ鏡花に届くというところで、今までの拳とは段違いの大きさの巨大な拳が陽太を横殴りに叩き付けた
槍で砕こうとするが、突き刺さる槍は拳を破壊するには至らずそのまま陽太は殴り飛ばされ、再び鏡花と陽太の距離は大きく開いてしまうが、いちいち怯んでいる暇は陽太にはなかった
今の状態で砕けないのなら、また一つレベルを上げるまで、陽太は咆哮を響かせながらその体を纏う炎の色を白から青へと変える
藍炎鬼炎、その能力の真髄たる青の炎へと
今まで見たこともないような巨大な質量での攻撃、鏡花もまた一年の経験を経て成長しているのだ
繰り出される拳を高速で回避し破壊しながら陽太は鏡花を目指して前進する
先程は砕けなかった拳も青い炎を前に粉砕されていくのを見ながら鏡花は微笑む
「陽太・・・強くなったわね・・・」
陽太がもう眼前に迫ろうという中、鏡花は目を閉じる
「でも今回も私の勝ちよ」
陽太が前進しようとした瞬間、足場が急に崩れ、陽太の体は落下していく
陽太の足場だけではなく、鏡花の立つ場所以外の全ての地面が崩れ、巨大な穴がのぞいていた
周りに作られた膨大な質量の拳、それによってできた空間で作られた落とし穴、そしてその中には陽太の炎を消すための消火剤となる、岩を変換して作った泥が大量に詰まっていた
空中で身動きのできない陽太はなす術もなく泥の中へ落下していく
そして炎の一部が消えたのを確認すると鏡花は高速で周囲の岩を変換しその全身を包み込み、いつものような生首状態を作って見せた
「勝負あり、だな」
静希と明利が二人の元へと駆け寄るころには、鏡花によって周囲の状態の復元はすでに終了していた、今までずっと後始末を行ってきたためにすでにこの程度息をするように行うことができるようだった
「ああああ・・・落とし穴とかマジかよ・・・卑怯だぞ鏡花・・・」
「戦いに卑怯も何もないのよ、でも本当に強くなったわね陽太、褒めてあげるわ」
そう言いながら頬を撫でる鏡花はとてもうれしそうだった、彼女自身驚いたのかもしれない、まさかあれほど動けるようになっているとは思わなかったのだろう、ところどころ冷や汗をかくような場面もあったかもしれないが、常に冷静に能力を運んでいた
鏡花は能力面だけではなく、恐らく精神面でも大きく成長したのだろう、以前の鏡花だったら焦っていたこともあったかもしれないが、今の彼女に精神的な揺れはほとんど無いように見えた
陽太は体についた泥を炎を付けることで乾かしてどんどんそぎ落としていく、汚れてしまった服に関しては鏡花が変換の能力を使ってすぐに綺麗にしてくれた
「ちくしょう・・・まだ鏡花には勝てないか」
「私に勝とうなんて十年早いわ、まだまだ訓練の余地はありそうね、今後もビシバシしごいていくからそのつもりでいなさい」
嬉しそうにそう言う鏡花の言葉を受けて、陽太は苦笑しながら了解と返答していた、この二人はどんどん強くなっているように見えた、最初は鏡花が突出して強力な能力を有しているだけだったのに、今や陽太と鏡花がこの班の主力になりつつある
本当に一年前とは比べ物にならないほどに二人とも成長したものだ
「どう?静希、どうせならまた二対二でもやる?」
「勘弁してくれ、手の内読まれてるような相手とやって勝てるほど俺は強くないぞ」
相手のことを知っている分、こちらのことを知られているのでは静希にとってはマイナスにしか働かない、静希の能力に対して正確に対応できる人間がいるのだ、そんな状態で戦っても勝ち目はゼロである
相手の裏をかいて奇襲するのが静希の得意分野だ、静希の思考方法自体を把握している鏡花だと相手としては最悪の部類になる
無論、互いに本気での戦い、つまり殺し合いになった時どのような戦いになるかは不明だ
互いに殺さないように手加減した状態では静希に勝ち目はないが、もし静希が加減せず、持ちうるすべての手札を使って戦った場合、どちらが勝つかは静希にも鏡花にもわからない
「ていうかいちいち戦う必要はなかったんじゃないのか?成果を見るっていったって鏡花なら陽太の実力なんて把握してるだろ」
「わかってないわね、こういうのは理屈とは別な部分で必要なことなのよ、人間効率だけじゃ上手く動けないってことよ」
今まで陽太の指導をしてきただけあって鏡花の言葉は重い、確かに陽太の指導をするにあたって効率的とは言えない指導法もしてきただろう、陽太に合わせた特別な指導が必要だったのだ
恐らく効率重視の淡々とした訓練では陽太はここまで伸びなかっただろう、鏡花は陽太との訓練で効率や理屈とは別の部分で必要なものがあるという事を知ったのだ
「陽太は私の期待に十分応えてくれてるわ、そう言うそっちはどうなの?少しは実力上がったわけ?」
「あー・・・まぁぼちぼちだな・・・最近新しくまた何か入れようか悩んでるところだ、特にスペードシリーズで悩んでて・・・」
陽太のような実力イコール訓練の成果であるのに対して、静希の場合は訓練の成果がそのまま実力につながるわけではない
無論剣術に関しては日々の努力によって培われるものだが、静希の実力の本質は剣術ではなくトランプの中身によって決まるのだ
今静希のトランプの中に入っていて使用できる攻撃は数多い
ナイフ、釘、銃弾、酸素、水素、硫化水素、太陽光、スタンバトン、催涙ガス、消火剤、そしてメフィに邪薙にオルビアの人外達
これだけ見れば数多い攻撃手段を有していることになるが、その中でも静希が追加したいのはトランプの中でも『切り札』に分類されるスペードシリーズに関してである
先にあげた内容の中でスペードシリーズに入っているのは水素、酸素、硫化水素、太陽光そして人外達、水素と酸素は陽太との連携で使うとして、使いやすい切り札が今のところ太陽光だけなのだ
硫化水素はその毒性の強さから滅多なことでは使えないために、実質太陽光以外は使用頻度は無いに等しいのだ
もう少し使いやすい切り札があればこちらとしても楽になるのだが、どうにもうまくいかないもので新しい攻撃法が思い浮かばないのだ
「スペードねぇ・・・あんたのトランプの中って結構攻撃的なものが多いけどさ、もうちょっとスマートなものはないわけ?」
「スマートって・・・例えば?」
「例えば・・・もっと一点集中とか、局地的にダメージを与えられるものとか、そういう類のものよ、水素爆発とかこっちが巻き込まれそうで怖いのよ、光だってすごい熱量だし、硫化水素に至ってはちょっと吸い込んだらお陀仏だし」
そう言われると確かに静希の使う切り札は周りへの被害が大きいものが多い、ここはひとつ周囲の被害が少ない物質あるいは道具を考えておくのもいいかもしれない
連携をする上でも必要になるし、何よりこれから難易度の高い実習を行う時に市街地での交戦も増えるかもしれない、いざという時に使えないのでは切り札とは言えないのだ、もう少し深く考える必要があるだろう
周りへの被害を抑え、なおかつ威力のあるものを探すことになるだろうが、果たしていいものがあるかどうか
誤字報告が十件分溜まったので三回分投稿
初めて投稿したあのころから約二年、本当に長かったなぁと実感します
これからも誤字の多い拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたのなら幸いです




