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J/53  作者: 池金啓太
二十五話「夢見月のとある部屋で」

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未来の自分

静希が僅かに首を捻り、その剣を避けたものの、頬からはわずかに血が流れていた


オルビアに傷をつけられることになるとはなと、静希は少し複雑な気持ちだったが、雪奈以外の人間に一太刀浴びせられたというのはなかなかに衝撃的だった


強引な突進だった、だがそれが活路を示したのだ


静希が気を抜くと、同じように鎧の人物は気が抜けたのか、崩れ落ちるようにその場に膝をついた


息を荒くつきながら、肩を上下させている、思えば鎧を付けた状態でここまで動いたのだ、疲れるのも無理はないだろう


自らの頬から垂れる血を拭うと、すでにその傷は消えていた、いやすでに癒えていたという方が正しいだろうか


すでに戦えるような状態ではない、それを理解した静希は小さく息をつく、未来のどこかの誰か、オルビアが認めたであろう新たな主


今も自分が主であるというのに新しい主に出会うことになるとは思っていなかっただけに複雑な心境だが、オルビアが認め、その手のうちに収まっているのであれば静希としてはいう事はない、いや、言いたいことは一つだけあった


静希は鎧の人物の息が整うのを待って手を差し伸べる、恐る恐るその手を取った鎧の人物は静希に立ち上がらせられると、再び礼をする


静希はオルビアをトランプの中にしまうと、鎧の人物が持っているオルビアに一瞬目を向ける


すると、剣が一瞬光った気がした、オルビアが剣の中で喜んでいるようだった


オルビアはまだ自分のことを忘れていない、恐らくは再会を喜んでいるのだろうか


本当にわかりやすい剣だと思いながら静希は鎧の人物の肩に手を置き、その顔を近づける


これだけは言いたかった、きっと自分に尽くしてくれたであろう剣を持つ人物に伝えたいこと、たった一言だけ、たとえこの場から排斥されたとしても


「オルビアを頼む」


言葉にし、それが伝わったのか伝わらなかったのか、鎧の人物が反応した瞬間、静希の体がその場から消えていく


情報の伝達の禁止、その問題を犯した静希は強制的にこの空間から弾き飛ばされたのだ


そして真っ白な空間には、鎧と、鎧の人物が持つ剣だけが残されることになる


その手に収まっている剣は、しばらくの間輝くことを止めず、喜びを体現するかのように光を放ち続けていた


「いった!」


扉からはじき出されるように出てきた静希は勢いよく廊下の壁に激突し、その痛みで頭を押さえていた


「あ、帰ってきた・・・どうだった静?未来の自分は」


「だ、大丈夫?」


いきなり扉の向こうからはじき出されるように出てきた静希に二人は駆け寄るが、静希は頭を抑えたまま悶絶している、かなりの速度で叩きつけられたのだ、これも禁を犯した罰という事なのだろうか


「あの・・・もしかして毎回こんな出し方されるんですか?」


「いいえ、五十嵐さんは情報伝達をしようとしてしまいました、その為このようなことになったんですよ」


古賀の言葉にあちゃーと雪奈は苦笑しながら静希を見ている、最初からやってはいけないことといわれていたのにそれを静希が行うというのは珍しい、というかそれだけの何かがあったという事だろうかと雪奈は推察するが、一体何があったのかを知る術はない


帰ったら聞いてみようかと思いながら雪奈は早速部屋に入る準備を始める


「んじゃ次は私で、明ちゃん、先に失礼するよ」


「は、はい、私は静希君を・・・」


頭の痛みを和らげようと静希の頭を撫でているものの、その効果がいかほどのものかは静希本人にもよくわからなかった


そんな様子を見ながら微笑み、雪奈は体を軽く動かした後で扉を古賀に開けてもらい、扉の向こうへと歩いていく


扉が閉まると雪奈の姿は完全に見えなくなった


『・・・マスター、なぜあのようなことを?』


あのようなこと、それはオルビアを頼むという一言の事だろう、オルビアからしたらあの言葉が必要だったとは思えないのだろう


頼みよりも情報の方を優先するべきで、あのような言葉を言うよりももっとやるべきことがあったのではないかと思えたのだ


無論、彼女としてもそれなりに何も思わなかったわけではない、未来の自分、そしてその主、静希以外に自分が認めた主


今の時点ではそんなことはあり得ないと断言できる、静希以外の人間を主と認めるなどあり得ない、だがそれは現時点の話だ


過去オルビアがまだ生きていた頃、主に忠誠をつくし、主以外に忠誠を尽くすなどあり得ないと考えていた、だが今こうしてオルビアは静希に忠誠を誓っている


未来で何かあったのだ、きっと静希が死んだ後、何かが


だからこそ、あの時静希が未来のオルビアに向けて視線を向け、そしてその主に向けて言葉を送ったのは、正直に言えば嬉しかった、自分のことを気にかけてくれていたとそう思えたから


『ん・・・なんて言うか、お前があいつの手に収まってるってことは、まぁあいつを主と認めたってことなんだろってことはわかったけど、たぶんそれは俺がなんかしら迷惑かけた結果じゃないかと思うんだ・・・だから、一応頼んでおいた』


お前は頑張りすぎるところがあるからなと付け足すと、オルビアは嬉しそうにしながらも恥ずかしがり、どう答えたらいいものか迷ってしまっていた


何百年も時間を超えて生きているとはいえ、オルビアは元はただの女の子だ、気遣うのは当然だろう


「静希君、痛みはどう?」


「あぁ・・・だいぶましになった」


オルビアと話をしていてようやく気が紛れたのか、静希は頭を押さえながらゆっくりと体を起こす


一瞬たんこぶができていたようだが、霊装の効果ですぐに修復されたのかすでにその痕はなく、鈍痛だけが響くように頭の中に残っていた


「ねぇ、未来の静希君ってどんなだった?」


「どんなって・・・まぁ、大人になってたと思うぞ、少し筋肉質になってたな」


顔を隠していた以上外見的特徴で把握できたのは体格くらいのものである、それほど多くの情報は得られなかったが、技術面では多くのことを知ることができた


静希は未来ではあれほどの実力を得ることができるという一種の占いのようなものだ、だが未来の自分があのようになる可能性があるというだけで占いよりずっとましである


もっともあくまで可能性の一つの話だ、訓練を怠ればあのような姿にはなれないだろうし、もしかしたら途中で死んでしまうこともあるかもしれない


「雪奈さんも今頃未来の自分と会ってるんだよね?」


「そうだな・・・雪姉の未来の姿か・・・今とあまり変わらない気がするけど」


そもそもにおいて雪奈が大人というイメージが静希はどうしてももつことができなかった


静希より一つ年上とはいえその思考は静希のそれよりだいぶ劣る、姉貴分として長年一緒にいたが、その頭に残念がつく始末だ、どうしても彼女が大人になり落ち着いた雰囲気になるというのが想像できないのである


十年たっても二十年たっても静希の家に気安く入ってきてのんびりとくつろぐのだろう、もしかしたら一緒に暮らしているかもしれないが、その場合でも思い切りだらけている姿が目に浮かぶようである


「明利、お前は将来どうなりたい?」


「え?えっと・・・三人一緒にいられればそれでいいなって・・・そう・・・思う」


自分で言っておきながら途中からその意味に気付いて恥ずかしそうに声を小さくしていくのだが、静希もその意見には賛成だった


三人一緒に、つまり三人で過ごせるような空間を用意するという事になる


「俺と明利と雪姉、三人で一緒に住むってことか」


「うん、私はそうしたい・・・ダメかな・・・?」


さっき雪奈さんとも話したんだと付け足して明利ははにかむ、雪奈も同じように考えていたのだろう、そしてそれは静希も同じだ


これからも一緒に


二股など許されるものではないだろうが、互いに認め、互いに求めているのであれば止める理由はないのではないかと思えてしまう、無論問題はたくさんある、むしろ問題しかないのではないかと思えるほどだ


だが自分の彼女二人がそれを求めているのに、男である自分が甲斐性を見せないというのも情けない話だ


頑張らなくてはいけないなと実感しながら静希は小さくため息をつく


「俺が働いて、明利と雪姉が家事か?」


「ううん、雪奈さんも働くって言ってたよ、若いうちだけだって言ってたけど、最初は静だけじゃ大変だろうからって」


その言葉に静希は少し驚いた、雪奈がそこまで考えていたとは驚きである、家族を養うというのは良くも悪くも金がかかるものだ、必要な金額を静希だけでは賄えない可能性がある、いくら将来有望だといっても、限度と言うものがあるのである


「最初は苦労させるかもな・・・」


「大丈夫だよ、三人一緒なら」


明利の言葉に静希が笑うと、扉がゆっくりと開き、奥から雪奈がやってくる

その顔は今まで見たことないほどににやけ、幸せそうに見えた


時折思い出し笑いをしているのか、うへへという奇妙な笑い声を出しながらこちらに歩いてくる


「どうしたよ雪姉、すごい顔してるぞ?」


「あ・・・あぁ静・・・だめだ、顔戻んない・・・!」


よほどうれしいことがあったのだろうか、雪奈は顔を両手で押さえながら何とか顔を戻そうとしているが、どうしても戻らないようだった


一体何があったのだろうかと静希と明利も顔を見合わせながら首をかしげるが、この反応を見るに悪い結果ではなかったのだろう


「未来の自分はどんな感じになってた?」


「えぁ?えっと・・・そうだなぁ・・・身長はあんまり変わってなかったけど・・・服とかちょっと大人びてて・・・その・・・」


随分歯切れが悪いなと思いながら言葉を待つと、雪奈は静希の方を見ながら顔を赤くした


「えっと・・・妊娠してた・・・お腹おっきくなってて、すごく幸せそうだった・・・仮面着けてたから顔はわからなかったけど、お腹撫でて、すごく・・・」


その言葉に明利は目を輝かせて雪奈の手を取った


「本当ですか雪奈さん!すごい!わ、私も行ってきます!」


どうやら未来に希望が見えたのか、それとも幸せそうな自分を早く見たいのか、明利はすぐに古賀にお願いして扉の向こうへと走って行った


残された雪奈は気恥ずかしそうにしながら静希の隣へと近づいていく


「あれは多分、静の子だったんだと思う・・・すごく幸せそうだった・・・あ、もちろん第一子は正妻である明ちゃんに譲るよ?・・・でも、私もちゃんと静の子を産めるんだなって・・・すごくうれしかったなぁ・・・」


雪奈は良くも悪くも明利に遠慮することがある、明利にとっては嬉しくもあり残念でもあるらしい、だからこそ明利は先程心の底から喜んだのだ


未来の自分が雪奈を孕ませたというのはなかなかに複雑な気分だが、嬉しくないはずがない


こうまで自分を思ってくれる人がいるのだ、これが嬉しくないはずがなかった






数分後、扉から出てきた明利の顔はそれはもう酷い有り様だった


今にも倒れそうなほどに青ざめ、ふらふらと足取りも不確かになりそうな状態で部屋から出てきた瞬間、静希と雪奈は明利に駆け寄ってしまった


「お、おい明利、大丈夫か?なにがあった?」


「大丈夫明ちゃん!?横になる?」


静希と雪奈が心配する中、明利はゆっくりと口を開いていく


「・・・が・・・てなかった・・・」


「あ?なんだって?」


あまりにも小さい声に聞き取れなかった静希と雪奈は耳を明利の口元に近づけると、再び明利の口が動く


「・・・背が・・・全然伸びてなかった・・・」


今にも泣きそうな明利には悪いのだが、その言葉を聞いて静希と雪奈は安堵の息を漏らしてしまった


体に欠損があったとか、そういう事でなくてよかったと思う反面、明利の身長に関してのコンプレックスがかなり浮き彫りになった形になる


こればかりはどう慰めたものかと悩んでいると、古賀が助け舟を出すことにした


「幹原さん、あれはあくまで可能性の一つです、今からの努力でもまだ背が伸びる可能性はありますよ」


ナイスフォローと静希と雪奈が内心サムズアップするのだが、明利はその言葉を受けても沈んだ心を元に戻せずにいた


なにせ明利が見たのは身長だけではなかったのだ


未来の自分は背が伸びなかっただけではなく、仮面すらつけていなかったのだ


未来の自分の姿形を見せることはそれそのものが未来の情報であり、変化へと至る結果を見てしまうことになるが、明利はその変化さえなかったのだ


顔も体も、一切の変化はなく、未来の古賀、あるいはその一族のものから仮面をつける必要性がないと判断されたらしい


そのため、白い空間に服装が違うだけの全く同じ人間がその場にいるという事になるのだが、この事実が何よりも明利を傷つけたのは言うまでもない


明利は今まで背を伸ばす努力を怠ってきたことはない、少しでも成長できるようにあらゆることに手を出してきたつもりだ


だから未来の自分を見ることができると聞いたとき、その努力が実った未来を見てみたかった、成長し、今の自分とは少しでも違う未来の自分を見てみたかった


だが明利が出会った未来の自分は、今の自分と寸分違わず同じ姿をしたまるでクローンのような、鏡写しのような自分だった


「明利、可能性の一つの姿だって言ったろ?まだ可能性はあるって」


「そ、そうだよ、明ちゃんの努力はきっと神様も見てるよ」


その努力を確実に見ている神といえば、静希の家にいる犬顔の守り神だが、彼に身長を伸ばすような能力があるとは思えない、そもそも身長を伸ばすことができる神がいるかどうかも怪しいものである


二人の励ましを聞いて思いついたのか、明利は不意に顔を上げ古賀の方を見る


「あの、可能性の一つってことは、他にも可能性があるんですよね?背が高い私がいる未来もあり得るんですよね?」


「・・・はい、多くの可能性があなたを待っています」


古賀はあえて否定はしなかった、だが背が高い明利がいるという未来があるという事を肯定もしなかった、その反応で静希と雪奈はある程度察してしまった


だが明利はそのことに気付かず古賀に食って掛かる


「こ、今度は私の背が高くなってる未来の私と会わせてください!お願いします!もう一度部屋に入れてください!」


「え?あ・・・その・・・」


明利の言葉に古賀は困りながら視線を静希と雪奈の方へ向ける


恐らく助け舟が欲しいのだろう、この反応がすべてだった、もうわかってしまった、背が高くなっている明利の未来はないのだと


少なくとも、未来で再び明利がここを訪れた中では、明利の身長が伸びた未来はなかったのだろう、無い物はない、そんな人物に会わせることなどできるはずもない、だからこそ困っているのだ


静希と雪奈としても、これはさすがに可哀想だなと思いながら、明利をなだめることにする


「明利、霊装を連続で使うのは結構疲れるんだぞ?今日はもう諦めたほうがいいって」


「そうだよ明ちゃん、私達三人に無償で能力を使ってくれたんだから、それ以上を望むのは贅沢だよ」


もちろん静希は霊装を使うのに疲れたことなどない、普通に能力を使うよりは消耗するかもしれないが、霊装を使ったことがない明利を説得するには十分すぎた


雪奈の言葉も能力者である明利を止めるには十分だったのか、明利は不承不承ながら古賀に迫るのをやめていた


「で、でしたら今度お代をお持ちしますから、是非未来の私に、背の高い私に会わせてください!」


随分背の高い自分という事に拘っているのだなと思いながら食い下がる明利に、さすがの古賀も黙っているのはまずいと思ったのか苦笑しながら、いや申し訳なさそうに明利の方を見る


「申し訳ありません、この扉は本来易々とつかっていいものではないのです、特に同じ人が連続で使うのは禁止されていて・・・それだけ時間が入り乱れると危険で・・・その・・・数年は時間を空けないと・・・」


恐らくは明利を説得し諦めさせるための方便なのだろう、チラチラとこちらに視線を向けながら同調してくれるように合図を送っているのが見える


本当に申し訳ないと思いながら静希と雪奈もその言葉に乗ることにする


「ほら明利、危ないんじゃ仕方ないって、お前が危ない目に遭うのはいやだぞ?」


「そうだよ明ちゃん、帰ったらカルシウムたっぷりとってしっかり運動しよ?それを続けてればちゃんと身長も伸びるって!」


静希と雪奈が明利を引きずって古賀から引き離すと、古賀は安心した様に息をついてノートを閉じた


説得に応じたのか明利は少し悔しそうに項垂れているが、さすがにこれ以上を求めるのは古賀に迷惑がかかると思ったのか、ごめんなさいと呟いてうつむいてしまった


身長的な意味だけでもなくその顔という意味でも全く変わっていなかったという事がよほどショックだったのか、明利は項垂れたまま一言も発しなくなってしまった


静希や雪奈としても同情を禁じ得ないが、家に帰ってからゆっくり慰めるとして今はしっかりと仕事をするべきだ


「古賀さん、今日はありがとうございました、この霊装のことは村端にしっかり報告させていただきます」


「えぇ、そうしてください、たぶん売り物にはならないと思いますが」


この霊装の担い手に選ばれる条件が何なのか静希の知るところではないが、マンションの一室という形で埋め込まれてしまっているのでは確かに売り物にはならないだろう


古賀はそのことをわかっていたからこそ自分の手の内を、いやこの霊装の全てを見せたのだろう、わかったところでこれではどうしようもないのだ


仮に静希の能力があったとしても、あの部屋を収納できるか怪しいものである、仮に収納できたとしても、はっきり言って邪魔になるだけ、有効的に使えるかどうかは別問題だ


「・・・あと・・・その・・・幹原さんのフォローをお願いします・・・随分傷つけてしまったようなので・・・」


「えぇ、それはこちらに任せてください、俺たちで何とかします」


小声で明利に聞こえないように話すと静希はちらりと明利の方へ視線を向ける


雪奈が必死に元気づけようと励ましているのだが、聞こえているのかいないのか項垂れたままである


今まで明利が落ち込むことは多々あったが、これほどまでに落ち込んだ姿を見るのは珍しい、未来の自分という事ではっきりと形になったことが絶望の底に叩き落とすには十分すぎる材料だったのだろう


これは慰めるのに時間がかかりそうだなと思いながら静希は少し申し訳なく思ってしまう


連れてくるべきではなかったかもしれないなと


結果論になってしまうが、危険な目には遭わなかったが精神的に強く傷付けられたのだ、この展開は予想していなかっただけに後悔の念が強い


明利を傷つけたのは何の因果か明利自身だというのが笑えない話である、これが第三者なら如何様にでも報復できるのだが、明利が傷ついた原因が未来の明利とあってはどうしようもない


運命を変える能力などがあれば明利の身長を伸ばすこともできるかもしれないが、生憎とそんな能力を聞いたことはない


明利の隣でずっと慰めようとしている雪奈がどうしようも無くなって涙目になり始めている、もう雪奈ではどうにもならないレベルに達してしまっているらしい


そろそろ限界だなと思いながら静希は古賀に向き合う


「それじゃ俺たちはこれで失礼します、今日はお時間をいただきありがとうございました」


「いいえ、こちらこそありがとうございました、村端さんによろしくお伝えください」


頭を下げながら明利を引き連れてその場から帰ろうとするのだが、どうにも明利は今までにないほど落ち込んでいるらしくその顔色は真っ青なままだ


これはまずいかもしれないなと思いながら静希は涙目になりかけている雪奈と協力して明利をすぐに自分の家へと連れ帰ることにした


「静・・・どうするの?こんな明ちゃんはさすがに見たことないよ」


「うぅん・・・よほどきつかったんだろうな・・・正直俺もどうしたものか・・・」


今までの明利のへこみ具合とはまた別の次元のへこみ方をしているためにどうしたらいいものかと思ってしまう


まだ背は伸びる可能性があるという気休めをいう事はいくらでもできるが、実際に未来の自分を見た明利の前にその言葉がどれほどの効力を持つかは定かではない


本当にどうしたものだかなと悩みながら静希は明利の手を引きながら困ってしまっていた


雪奈でどうにもならなかったのだ、恐らくこの状態を打破できるのは静希だけだろう


とはいえどうしたものか


静希や雪奈が話題を振っても生返事をするばかり、恐らく頭の中では先程出会った未来の自分の姿を思い返しているのだろう


明利が未来の自分に希望を持てなくなっている中、どうやってその気持ちを上向きにさせればいいのか


「こうなったら落ち込む隙が無いくらいに明ちゃんをいたぶってアヘアヘにしちゃうしかないんじゃ」


「それじゃ根本的な解決にならないだろうが、今のままでも十分明利は魅力的だってことをこいつが自覚して、なおかつそれを自慢できるくらいにならないと」


根本的な解決


つまりは明利が自分の背が低いことを、そして自分の体が幼児体型なことを認めたうえで肯定しなくてはいけないのだ


否定し、背の高さとスタイルの良さを求めているからこうして今にも倒れそうなほどに落ち込んでいるのだ


こればかりは本人のコンプレックスだからとやかく言えることではないかもしれないが、きっかけとなる一言くらい言わなければならないだろう


いつもいつも助けられているのだ、それくらいしなければ明利に申し訳ないと言うものである


結局、明利が立ち直るのには半日を要し、静希も雪奈も大変苦労したのは言うまでもない










「もしもし、私だ、今回はすまなかったな」


静希達が古賀の所に行き、未来の自分に出会ってから数日後、城島はとある人物に電話をしていた


その電話の相手は静希に霊装の調査を依頼した村端その人である


『なに、気にしなくていいって、私たち以外のデータも取れたんだし、こっちとしても万々歳だよ』


「欲を言えば清水と響も連れて行ってほしかったが・・・まぁ過ぎたことを言っても仕方がないか・・・」


『私が静希君以外とも個人的な知り合いだったら頼めたんだけどね、そこはまぁしょうがないか』


城島と村端の会話は、淡々としたもので、静希達の行動はある程度予測済みであると言うものが多かった


村端の手の内には静希達が作成した古賀一族の所有する霊装のデータに関するレポートが存在した、それを見ながら城島と話しているのである


『それにしても懐かしいなぁ、私達が最初にあれに入ったのっていつだったっけ?』


「高校を卒業した後だな・・・あと少しで十年経つ」


この会話からわかるように、城島と村端は過去にあの霊装の中に入ったことがあった、今回の霊装の調査は何を隠そう城島の計らい事だったのだ


村端に連絡をつけ、霊装の調査という名目で古賀と引き合わせ、あの霊装の中に入れる、それこそ城島の目的だった


『美紀は随分と生徒想いになったんだね、昔とはえらい違いだよ、でもこのこと知ったら静希君どう思うかな?』


「どうも思わんだろう、こちらから依頼という形で報酬まで与えて引き合わせてやったんだ、礼を言われこそすれ咎められる道理などない」


その理由はいくつかあるが、最大の理由は未来の自分を見ることによる自己研鑽の具体化である


静希だけではなく、能力者として未熟な今では二年からの実習で万が一を招くかもしれない、その為未来の自分を見せることで訓練への意欲を向上させ、効率よくなおかつイメージしやすい形で努力させるのが目的だった


それは過去、城島が自分自身で行ったことでもある


高校を卒業したころ、村端と城島は縁あって古賀と出会い、霊装の中に入った、そこで見た未来の自分の姿、城島には今もなおその姿が目に焼き付いている


一通り戦闘した後、最後に顔を隠すための仮面を外した時の瞬間を


幸せそうな笑みを浮かべ、額の傷を隠すことなくこちらを見ている未来の自分


結局未来の自分は情報伝達禁止を犯したとしてすぐに部屋からはじき出されてしまったが城島の目には、あの笑顔が焼き付いていた


あくまで可能性の一つだったと言われても、当時少々荒れていた城島からは想像もできない姿だった、だからこそ同じような経験を、自分の生徒にもさせるべきだと思ったのだ


先に述べたように、可能なら陽太や鏡花も霊装の中で未来の自分と会わせたかったところだが、静希に気取られないようにしたために少々回りくどい手を使ったのがまずかった、結果的に未来を見たのは静希と明利と雪奈だけである


『にしても何でわざわざ私にこんなことさせたのさ、直接言えばよかったのに』


村端の疑問はもっともだ、最初から静希に『古賀の所に行き未来の自分を見てこい』といえばそれで済んだことである、しかもそうすれば陽太や鏡花も強引ながら同行させることもできただろう


何故そうしなかったのか、村端はそれが気になっていた


「・・・私が言うと警戒するだろう・・・それに・・・立場上あいつらだけを特別扱いするわけにはいかないからな」


城島は教師だ、静希達の担任教師をしているとはいえ生徒は静希達だけではない、なのに静希達だけ未来を見せるような真似をするのは一種の贔屓になってしまう


だからこそ回りくどくなろうと、個人的に静希とかかわりのある村端に頼らざるを得なかったのだ


それに理由はもう一つある


「・・・あと、私がこれを言うのは・・・その・・・なんだ・・・あいつらに余計な詮索をされかねないからな・・・」


『・・・あぁなるほどね』


城島が静希に古賀のことを告げるという事はすなわち、昔自分も入ったことがあるという事を肯定するようなものだ、その際、あの時に見た未来の城島の話をさせられかねない


あんな自分のことは話したくないのだ、あんなに幸せそうな表情をした自分のことなど


そしてその幸せを作るきっかけになったであろう、静希達には


静希達がいなければ、前原とも今のような関係にはなれなかったかもしれない、未来の自分があの時あれほど幸せそうな表情をしていたのは、たぶん『そういう事』なのだ


だから余計な詮索はされたくない、静希達にこれ以上どんな顔で礼を言えばいいのかわからないのである


『まったく、美紀は素直じゃないね』


「やかましい、もう切るぞ、世話をかけたな」


そう言うなら今度なんか奢ってよと言いかけている間に城島は強引に通話を切る


まったくと呟きながら城島は電話を眺め、その後で小さく思い返す、あの時見た、未来の自分の姿を


あんな笑顔がいつかできるようになるのだろうか、自然に、そして躊躇いなく


一度落ち着いたら古賀の元を訪ねてみようか、そんなことを思いながら城島は小さくため息をつく


時間を超えて、縁を紡いでどこかの誰かと会える部屋、静希が見たのは可能性で、明利が見たのは残酷で、雪奈が見たのは幸福で、城島が見たものは困惑を呼び起こした


だがその未来は確定ではない、その未来をどうするかはそれぞれの行動次第

それを理解している城島は鏡を見ながら笑顔の練習をしてみたが、すぐに気恥ずかしくなり鏡から目を背けた


慣れないことはするものではないなと、そう思いながら


誤字報告が25件分プラス月曜日なので合計7回分投稿、なんですが話をまたぐために二回に分けます、今回が五回分です


昔の分が入るとやっぱり早くなりますね、大量投降がかさむとこんなに一話が短くなるとは


これからもお楽しみいただければ幸いです

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― 新着の感想 ―
[良い点] オルビアといい、城島といい、このシーンが好き過ぎて何度も見に来てしまう
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