その部屋の中で
古賀と名乗った女性はきれいな服に身を包み、その髪と化粧、そしてその佇まいからかなり上品な人間であることが覗えた
身に着けているものが際立って高級そうというわけではない、だがただの女性というには上品さが滲み出ていた
静希達が来るという事もあって着飾ったのだろうか、それにしてはどこか気品のようなものを感じる
「初めまして、村端の代理でやってきました五十嵐です、こっちの二人はついてきただけなのでどうか気にしないでください」
「深山です」
「幹原です」
静希の言葉を終え軽く自己紹介をしたうえで、古賀は静希達を奥の部屋に通してくれた、どうやら応接室のような場所らしい
テーブルの上に紅茶が出され、静希達はそれを飲みながら古賀が資料を用意するのを待っていた
「お待たせしました、霊装に関してのご質問でしたね」
「はい、村端が確認しようとしたところ、上手く確認できなかったとのことで、実物を見せていただけるとありがたいのですが」
さすがに性急な申し出だっただろうかと思ったのだが、古賀は特に気にした様子もなくわかりましたとそれを了承してくれる
最初から話がついているのがこれほど楽とは思わなかった、事前の根回しが本当に大事というのがよくわかる瞬間である
「実際にお見せするのはよいのですが、持ち運びができるものではありませんので、よろしければご足労願えますか?」
「構いませんが・・・古賀さんは担い手ではないのですか?」
古賀が担い手であるのなら霊装の持ち運びは問題ないのではないかと思ったのだが、もしや違うのだろうか
だが彼女の言葉から察するに、彼女は担い手ではないか、あるいは運べないだけの訳があるのかの二択だろう
「私は確かにあの霊装の担い手です、そこに間違いはありませんが・・・実際に見てもらったほうが早いですね・・・こちらへどうぞ」
そう言うと古賀は静希達を連れて移動を始めた、その場所は改修の済んでいない西棟、どうやらこちら側には人が住んでいないようでほぼ完全な無人のようだったが、静希が感じる異様さはそれだけではない
何かおかしい
このマンションの構造とか外見とかそういう話ではなく、何か強い違和感を覚えるのだ
それは理屈ではなく感覚的な問題だ、だがそれは視覚や聴覚などの五感からくるものではない
見えている扉も廊下も一見するとかなり古い物のようだったが、それ以外の感想は抱かない、だが静希の勘が何かおかしいと言っている、だがそれは決していやなものではなかった
嫌悪感とか敵意とかではない、何かがずれているような、ボタンを掛け違えた時のような認識しにくい違和感、それを静希は感じていた
そしてそれを感じていたのは静希だけではない、雪奈もこの建物のどこかにある何かの違和感を感じ取っているようで、しきりに周囲に目を向けている、警戒の色がそこまで濃くないのは彼女自身そこまで危険な気配を感じ取っていないからだろう
おかしいとわかっていながらその正体がつかめないほど嫌なものはない、とはいえそれを確かめることが今回の目的となりえるかもしれないのだ、今は古賀の後に続くほかない
「つきました、こちらです」
古賀の案内でやってきた一室、部屋の番号は706号室、七階のほぼ中心に位置する部屋だ、左右を見渡してもそれらしい道具などは見られない、という事はこの部屋の中に霊装があるという事だろうか
唯一あるとすれば、部屋の入り口部分に机と開かれた一冊のノートがあるだけだ
この二つに触れてみても何ら問題なく触れられる、どうやらこれは霊装ではないらしい
「古賀さん、この部屋の鍵は」
「私が保管しています、ですが今鍵はかかっていません」
鍵がかかっていないというのはなかなか物騒な話だなと思いながら、扉を開けようと右手で扉の取っ手を掴もうとする
だが、取っ手を掴むことはできなかった
比喩するまでもなく、静希の手は取っ手をすり抜け、勢い余ってその扉の向こうにまで突き抜けてしまっていた
その現象に静希はオルビアや村端の家のことを思い出しながら古賀の方を見る
「・・・扉が・・・扉が霊装なんですか?」
まさかこんなものが霊装だったとは思わなかっただけに静希だけではなく明利も雪奈も驚愕しているが、それだと村端の持つ妃の姿見でこの扉を確認できなかったことの説明がつかない
静希が悩んでいると古賀は首を横に振ってみせた
「いいえ、この扉は霊装ではありません、正確に言うならこれは霊装の一部です」
扉が霊装の一部、その言葉に静希は扉に突き刺さったままの右手を抜くと、まさかと呟く
何故この建物が東棟のように改修されていないのか、そしてこの扉が霊装の一部という事
そこまで考えて静希は驚きを通り越して呆れてしまう、こんなことがあり得るのかと
「もしかして・・・古賀さんの霊装は、この部屋そのものですか・・・?」
「その通りです、この部屋そのものが、私が・・・いえ、私の一族が所有、管理する霊装です」
部屋そのものが霊装、そんな常識外れなものがあり得るのかと静希はため息をつくほかなかったが、それなら村端の妃の姿見でうまくその姿が見えなかったことも、そしてこの西棟だけが改修されていなかったことも納得できる
建物の一部である以上、第三者視点から霊装だけを見ようとしてもこの部屋を見ることができないのは当然だ、単なる個体ではなく、建物の一部が霊装化しているのだから
そしてこの西棟だけが改修されていないのはこの部屋が原因だろう、マンションの強度というのは基礎だけで決まるものではなく、途中に伸びる柱や鉄骨など、全て計算されているのだが、一つの部屋に手が加えられないというのは工事をするうえで致命的だ、その為この霊装ができてしまってから、この西棟に人を住まわせることは半ばあきらめていたのだろう
このマンションがいったい何時建造された物かはわからないが、少なくともかなり時間が経過していることが覗えた
彼女の言葉を信じるなら、彼女の親、あるいは祖父がこの霊装を作り出したのだろうか
「一族って・・・結構前からあったんですか?担い手は古賀さんだけ?」
「いえ、どうやらこの霊装の担い手は私の一族の人間であるらしいんです、家族も全員触れられるので・・・この霊装は私の祖父が残したものです」
この建物の老朽具合を見るにそれなりに年数の経っているものであることはわかっていたが、祖父が残したとなるとかなり時間が経過している
だがまさか担い手が一族全員とは思わなかった、霊装を作るときに担い手の設定もできるのだろうかと気になったが、まずは村端から託された仕事をこなすことに集中することにした
「部屋そのものが霊装・・・こりゃ売り物にはできないだろうなぁ・・・」
「そうですね、それと村端さんからは能力を見せてくれと依頼がありましたが、体験していきますか?」
「・・・良いんですか?」
静希の言葉に古賀は勿論と笑って見せる
この反応は静希も予想外だったために少し目を丸くしてしまっていた
能力を確認するというのが一番面倒だと思っていたために、こんなにあっさり確認できるとは思わなかったのである
なにせ能力者は自分の手の内を明かしたがらない、古賀が能力者かどうかは知らないがこんなにあっさり霊装の能力を教えてくれるとは思わなかったのである
「ちなみにですけど・・・この霊装はどういう能力なんです?」
「えっと・・・系統としては収納と転移に属しているそうです、そしてこの霊装を使うにあたって幾つかの制限があるんです」
それがこちらですと言って、部屋の入り口に置いてあるノートを見せる、そこには誰かの名前と、その横に赤黒い水滴のようなものがあった
一体何だろうかと三人で覗き込むと、その赤黒い水滴が血液であることを三人は気づけた
「まず一つ、このノートに本人の署名と本人の血液を一滴垂らすこと、一つ、この中に入ったらあらゆる情報の伝達はできません、もしそれが発覚した場合は強制的に外に出されます」
「・・・中に入るために署名するって感じ・・・ですかね」
大体そんな感じですと古賀は静希に返事を返すと、そのまま説明を続ける
「署名をした後、いつかもう一度ここに来てもらいます、それが何年後か何十年後かはお任せしますが、必ず訪れてください、そうしないとこの霊装は効果が発揮しない可能性があります」
「・・・前二つはわかりましたけど・・・それは何でですか?」
静希の疑問はもっともだ、署名や血液は霊装という能力を持った物体を使う上で必要な媒介や準備と思えばいいのだが、また後日やってくる必要があるとは思えない
そしてその疑問は静希だけではなく明利も雪奈も感じていたのだが、それを察したのか古賀は一拍置いてからノートを閉じ、目の前のある扉に触れる
「この霊装の能力を大まかに説明すると、この部屋の中に時間的な差異を取り除く空間を作ることなのです」
「・・・時間的な差異・・・?」
随分とわかりにくい言葉を使うものだと静希は一瞬首をかしげるが、その言葉の意味を考えた時に顔を引きつらせる
「能力を使用する条件は、担い手が設定した書類に署名と血液を残すこと、そして同一人物、あるいはその人物と強い縁を所有する物がその後に訪れる事」
「・・・ひょっとしてですけど、違う時間軸にいる人間と同じ部屋に入れるっていう事ですか?」
静希の言葉に古賀はその通りですと肯定して見せた
その返答に静希はめまいを起こしかけてしまう、なんという霊装だろうかともはや驚くことも忘れてしまっていた
つまり条件を満たせば、未来あるいは過去の自分か、自分と深くかかわった何者かと出会うことができるという事である
情報伝達が禁止されているというのも頷ける話である、未来の情報を伝えようものなら混乱を呼び起こすだけでは足りないだろう、そう言う意味ではこれを作り出した古賀の祖父は素晴らしい判断をし、同時に恐ろしいものを作ったものだと言いたくなる
元々古賀の祖父の能力がそう言うものだったのかもしれないが、どちらにしろすごいものだ、タイムマシンの限定版のようなものである
売り物にはならないだろうが、たぶん相当重要で貴重な霊装であるという事は十分に把握できた
「えっと・・・静、どういう事?」
どうやら雪奈は静希と古賀の話についていけなかったのか、首を傾げながら小声で助け舟を求めてくる
静希自身どういった原理でそれが起こっているだとか、本当にそんなことが可能なのかとかいろいろ確認したいことはあるが、まずは雪奈への説明を優先することにした
「まぁ要するに、条件を満たせば過去か未来の自分、あるいは自分に関わる誰かに会えるってことだ、俺らの場合ここに来たのは今日初めてだから過去の自分には会えないな」
もし過去に自分と縁の深い誰かがこの場所を訪れていた場合は会える可能性が大きいかもしれないが、今のところ有力なのは未来の自分だ
静希の未来がどのようなものかはわからないが、会ってみたいという気持ちは大きい
「ほほう・・・それは楽しみだ・・・古賀さん、私達も試してみたいんですけどいいですか?」
「構いませんよ、このノートに署名と血を一滴、そして未来に必ずここを訪れることを誓ってくだされば」
その反応に雪奈は嬉々としながら書き込もうとするが、静希がひとまずそれを止めた
「じゃあ一番手は俺が、雪姉と明利はその後に頼む」
「えー、静ずるいよ一番手なんて」
「もしかしたら危ないかもしれないだろ、最初に俺が行って安全かどうか確かめるから」
まだ霊装の力がどのようなものか確定していないのだから静希が安全確認のために体験するというのは別におかしい話ではない
雪奈自身それを理解しているのだが、やはり早く体験したいという気持ちが抑えられないのか複雑な表情をしていた
ノートに署名し、近くにあったカッターを使って指先を切ってノートに血を垂らすと古賀はそれを確認し頷く
「了承しました、それでは五十嵐さん、あなたは何年後にここを訪れてくれますか?」
「んと・・・あんまり決めてないけど・・・まぁキリがいいんで十年後ってことで」
十年後となると静希は二十六歳になる、すでに働いている年齢だろうがどのような変化をしたのか気になるところである
『というわけでオルビア、十年後の今日ここに来るように予定を入れておいてくれ』
『かしこまりました、予定に入れておきます』
この中で一番スケジュール管理に向いているであろうオルビアに一応頼んでおくと、古賀は眼前の扉に手をついて集中し始めていた
未来の自分、十年後の自分
一体どんな成長を遂げているだろうか、そもそも十年後まで自分が生きていられるかどうかも怪しいものだが、これで会うことができたなら一つの判断材料になるだろうか
「あの・・・古賀さん、もし十年後の俺に会えたとして、俺は十年後までは普通に生きていられるっていう事になるんですか?」
こういう時は聞くのが一番だろう、実際にその能力を行使している彼女なら何かわかるかもしれない
「いえ、仮にここで未来の自分に会えたとしても、あなたが不慮の事故などで死なないという確証にはなりません、未来は膨大です、その中の一つ、あなたがこの場所にもう一度訪れるという未来の一つを同一化しているだけですから」
「・・・なるほど、ありがとうございます」
未来は膨大、そしてその中の一つからこの場所に繋いでいる
つまり簡単に言ってしまえば、たくさんある選択肢の中から一つだけ選んでいるという事だ
静希に待ち受ける未来はたくさんあるだろう、それこそ途中で死んでしまう未来もあるだろうし、中にはここに来ることを忘れてしまう未来もあるかもしれない、そんな膨大な未来の中から一つだけを選ぶ
並行世界、パラレルワールドというと少しわかりやすいだろうか、選択によって生まれるもしもの世界、その中から一つを選び取り会うことができる
つまりこの先で待ち構える未来の自分がどのような成長を遂げたのかは、選択した未来によって変わるかもしれないのだ
これではあまり自分の未来が安全であるという確証は得られないなと思いながら静希はため息をつく
「準備ができました、どうぞ中へ」
古賀が扉を開き、中に招き入れ、静希は意識を集中させながら中に入っていく
扉が閉められると、静希の視界には真っ白な空間が広がっていた、通常のマンションの一室とは全く違う、どこにも何もないただまっさらな空間がただそこにある
少し歩くが辺りには何もない、唯一あるのは自分が入ってきた扉があるだけ
一体どんな姿に成長しているのか見ものだが、逆に怖くもある
もしかしたら今の自分より更なる重傷を負っているかもしれないのだ、そんな可能性はあったとしても見たくないものである
静希がそんなことを考えていると、視線の先に突如扉が現れる
先程自分が入ってきた扉と全く同じ形をした扉だ、その扉がゆっくりと開き、その向こう側から仮面をつけた男がやってくる
背丈は自分と同じか少し高いくらい、肩幅が広く、自分よりも一回り筋肉質な体形をしているのが見て取れる
黒い外套を羽織り、どこかの軍服のような見たことのない服を身に着け、その顔には黒い仮面をつけている
そして静希はその仮面に見覚えがあった、当然だ、自分が所持しているものなのだから
黒い素材に金の紋様、あれは間違いなく鏡花が作った静希の仮面だ、つまり今目の前にいるのは何年後かの五十嵐静希その人なのだ
奇妙な感覚だった、目の前に自分がいる
以前霊装の中で同じようなことがあったが、あれは完全な偽物、紛い物、作られただけのものだった
だが目の前にいる彼は違う、その佇まいから、その姿形からあれが五十嵐静希本人であると静希の勘が告げていた
とはいえ仮面をつけているから顔はわからない、恐らく素顔を晒すことも情報伝達のうちの一つという事になってしまうのだろう
自分は未来から見れば過去の人間になるから顔を隠す必要はないが、未来にいる人間が過去の人間に情報を与えてはいけないという事なのだろう
将来の自分の顔を見れないのは少々残念だったが、静希は彼に近づこうと歩を進める、すると未来の自分もそれに応じ、ゆっくりとこちらに近づいてくる
本当なら言葉を交わしたいところだが、それは禁じられている、だから静希はとりあえず手を差し出した
まるで最初から静希がそうするとわかっていたかのように、大人の静希は同じように手を差し伸べ、二人は固く握手を交わした
自分自身と握手するなんてこんな奇妙なことをするとは思っていなかっただけに複雑な気持ちだったが、静希は安堵する
握手を交わした右手、互いにスキンを付けているがその手は間違いなく奇形化した静希の右手だった
奇形化がどこまで進んでいるのかはその服のせいで確認できないが、少なくとも今の静希よりもずっと進んでいると思われる
ごつごつした手だ、自分と同じ、いやそれ以上に
静希がそんなことを考えていると大人の静希は手を離し、数歩後ろへと下がる
そして次の瞬間、強い殺気が静希に向けられる
十年、あるいはそれ以上の経験を積み、能力者として完成した『五十嵐静希』その殺気が静希自身に向け放たれる、肌を刺すような強い圧力、今の自分では出せないような圧倒的な存在感
これが成長した自分の姿
何故未来の自分が現在の自分に殺気を向けるのか、その理由は彼の次の行動で理解できた
懐に手を入れるような動作をし、取り出したのは静希の剣、オルビアだった
当然だ、未来の自分ならオルビアを持っていて然るべきだ、そして彼は剣を構えその場で待っていた
言いたいことがわかる、未来の静希は、現在の静希に向けて『稽古をつけてやるから向かって来い』と言っているのだ
情報伝達が禁止されている空間でも、こういう行為は認められているという事を未来の自分は知っているのだ、恐らくは過去に一度体験しているから
『自分自身の剣術指南か・・・オルビア、頼むぞ』
『かしこまりました、存分に使い潰し下さい』
大人の静希が待っている、そう感じ静希は同じようにトランプの中からオルビアを引き抜いた
同じ剣を持った男が二人、現在と未来に生きる一人の人間
どれだけ成長したのか、確かめたい、それが可能性の一つでしかないとしても、どれほど自分が成長できるのかを知りたい
同じ構え、同じ剣、そして同じ人間が相対している、こんな奇妙な構図を今まで見たことがあるだろうか
片方はまだ少年、だが片方はすでに青年、いや大人の仲間入りをしている人間だ
ゆっくりと間合いを詰める静希に対し、大人の静希は全く動かない、待つという行為に関して選択を変えるつもりはないようだった
相手も自分なのだ、手の内はすでにばれている、ならどこまで試せるか力勝負で行くまでの話である
最初から未来の自分に勝つなんてことは考えていないのだから
静希は腰を落とし一気に接近し未来の自分めがけ横薙に剣を振う、だがまるでさも当然のようにその動きを封じられた
剣で防御するのではなく、腕を蹴りで止め、同時に静希の首筋には未来の自分の持つオルビアが添えられている
かつて雪奈にやられたことに似ている、防御に関しては、雪奈のそれに近い実力を持っているという事を知らせたいのだろうか
自分の今の攻めは雪奈のそれには遠く及ばない、だが防御はそれなりに自信がある、今まで雪奈の攻撃を防いできたのだ
静希は首に当てられた剣を払いのけ、今度は動かず剣を構える
未来の自分はその意味を察したのだろう、ゆっくりと近づきながら自分の持つ剣が届くところまでやってくる
防御に関しては、未来の自分は今の雪奈のそれか、あるいはそれ以上の実力を有しているかもしれない、だが攻撃はどうだろうか
雪奈から散々お粗末だと言われてきた攻撃が未来でどれほど変わったのか見てみたい、とはいえ集中を切らすつもりはなかった
今の雪奈と同じ程度の実力があると考え、常に意識を集中させていた
それを察しているのかいないのか、未来の静希は体をわずかに、そしてゆっくりと揺らし始めていた、体だけではなく剣とその切っ先も揺らしながら近づいてくる
来る
静希は本能的に理解した、そしてその理解の通りに未来の静希の放つ剣が高速で襲い掛かってくる
オルビアの剣同士がぶつかり始めてどれくらい経っただろう、未来の自分から放たれる攻撃は確かに鋭い、今の自分と比べると雲泥の差があることがわかる
だが、今の雪奈には及ばない
雪奈のような鋭く、速く、常に殺すつもりでこちらに放たれ、毎回冷や汗をかくことを強いられる斬撃には程遠い
つまり静希は十年鍛錬を重ねても、雪奈のそれに近づくことはできないという事だ、当然かもしれない、雪奈は能力によって得ているが、静希のそれは単純な静希自身の技術なのだ、むしろここまで鍛え上げられるだけで十分といえるだろう
最初から分かっていたことだと、静希が一瞬表情を曇らせると、未来の静希の太刀筋が変わる
先程まで体と腕を使って素早い一撃を加えることに専念していたのに対し、腰を落とし重い一撃を入れることにシフトしていた
どうやら静希の表情を見て、静希に見せるものを変えたのだろう
自分はここまで成長した、ここまで成長できるのだという事を示しているのだ
鍔迫り合いの状態になると、当然のように静希がじりじりと後方へと押しのけられる
長年の訓練の違いがここで出ている、当然だ、訓練を重ねた未来の自分に現在の自分が勝てるはずがない、経験値も身体能力も何もかも違いすぎるのだ
静希も腰を落として拮抗しようとするが、瞬間大人の静希が構えていた剣から力が抜け、一瞬静希のバランスが崩れる
そして静希の腹部に衝撃と鈍痛が走った
バランスを崩した静希の体に、未来の静希が蹴りをくらわせたのだ、剣術だけではない、体術の面でも恐らく訓練を重ねたのだろう、腹部に残った痛みはかなりの強さだ、今の自分では到底繰り出せないであろうレベルの痛みを脳に伝えている
今度は剣術だけではない、総合的な戦闘に移行しているようだった
上等だ
静希は内心やる気をみなぎらせオルビアを片手に意識を集中する
接近戦は静希の望むところではないし、別段得意というわけでもない、だが今目の前に成長した自分がいるのだ、現在の自分と比べるには最高の相手といえる
それは恐らく相手にとっても同じだろう、昔の自分と比べてどれほど成長できたのかというわかりやすい結果を残すことができるのだから
体術も踏まえた戦闘となると、さらに筋力の差が歴然となるが、それでいいのだ、どれほどの違いが出るのか確かめるいい機会である
姿勢を低くし飛び込むように未来の自分に向けて突進していくと、未来の静希はそれに呼応するように同じような姿勢でこちらに突っ込んでくる
静希が剣を振り上げて斬りかかろうとした瞬間、未来の静希は加速し一気に静希との間合いをゼロにして見せる
振り上げた腕を掴まれ、足をかけられ、走っていたスピードのまま地面へと転倒させられそうになる
だが黙ってやられるほど静希も間抜けではない、体をひねって左腕で地面に手を突き、体ごと回転させて掴まれている腕を解放しそのまま蹴りかかった
その蹴りも悠々と防がれたが、まだまだ様子見の段階、もっともっといろんな手を講じてあらゆる意味で自分との違いを浮き彫りにしていく必要がある
未来の静希の体は、現在の静希に比べるとだいぶ筋肉質だ、となればその分体は重い、身軽な自分の方が軽快な動きに関しては優位に働けると考えていた
だがその予想を裏切るかのように、未来の静希は、軽快な動きで急接近してくる
剣での攻撃に加え、時折含まれる蹴りや殴打に翻弄され、反撃しようとするとバックステップで回避していく
あの体にしては随分と動きが早い、静希の左腕の中に内蔵されている武器はすでに元の腕よりも重いものになっている、だがそれを考慮に入れても未来の静希は早い
筋肉質といっても、今の静希に比べればという話だ、周りと比較すればまだ細身なほうなのだろう、上半身だけではなく下半身もかなり鍛え上げられているようだった
ダッシュ力に加え、その軽快な動きからジャンプ力もかなり向上しているのではないかと思える
一矢報いるためにはどうすればいいか、静希がその思考を始めると同時に未来の静希の攻撃が一気に激しくなる
剣での斬撃、手や足での殴打、単純な攻撃だけではなくフェイントや足払い、受け流しに急所攻撃何でもありだ
だがこれは静希が求めるものでもある
どんな手を使っても相手を倒すという静希の理想のそれに限りなく近い
もう少し一撃一撃が早く、重ければいう事なしだ、これなら今の静希でも防ぎきれる
多少体で受けることはあっても、致命打にまでは至らない、それほどまでに静希の防御に関しての技術は高いものになっているのだ、伊達に雪奈の攻撃を受け続けていた訳ではない
どれほど打ち合っていただろう、静希の息が切れ始めたころ、大人の静希は攻撃をやめオルビアをトランプの中にしまっていた
それを合図にしたのか大人の静希は手を振って扉の方へと去っていく、見せるべきものはすべて見せたとでも言いたげだ、こちらはまだ満足していないというのに
大人の静希が通った扉が消えると静希もオルビアをしまい、その場に座り込む
負けはしなかった、だが勝てると思えなかった、当然だ自分より何倍も経験を積んだ人間なのだから
静希もこの場から去るべきかもしれないなと思い立ち上がって自分が入ってきた扉に向かおうとすると、静希の背後にまた扉が現れた
なんとなく振り返った静希はその扉の存在に気付き、眉をひそめていると、ゆっくりとその扉が開く
聞こえてくるのは、聞いたことのない金属音
連続して聞こえることから、それが足音であるという事に気付くのに少し時間がかかった
その先から現れたのは、全身に鎧を纏った謎の人物だった
誤字報告が十五件分で三回、そして土曜日なので二回、合計五回分投稿です
物語が進むのが早くて短編がいくつもあるみたいになってます、この辺りは一つの話に統合してもよかったかもわかりませんね
これからもお楽しみいただければ幸いです




