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J/53  作者: 池金啓太
二十五話「夢見月のとある部屋で」

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将来の展望

結論から言えば、静希の負けに限りなく近い引き分けという形で実戦訓練は終了した


静希は自分の持っている攻撃手段を可能な限り使い、石動との距離をコントロールした、時に意図的に接近したり、距離を離したりしながらこちらの思惑を相手に悟られないように努めたつもりだ


そしてそれは成功していた


以前のように体の一部に傷を負わせて行動不能にする手が使えない以上、静希ができることといえば逃げる事か、石動の血の鎧を打ち破れるだけの攻撃を放つことだけである


だが後者は彼女の身の安全を考えると使えるはずがない、その為必然的に静希は勝つことを最初から捨てていた


明利と風香、そして鏡花と優花の訓練の邪魔にならないように戦う場所に気を付けながらオルビアとトランプを使って石動の動きを上手くコントロールしていた


トランプを石動の周囲に飛翔させることで視界を制限し同時に攻撃をすることで相手の次の行動を予測、それに従って逃げ回る


実際上手く立ち回ったと静希自身自負していた、ダメージは与えられなかったものの、相手に得意な戦い方をさせない嫌がらせに近い戦い方ができたのだ


だが、それでも実力差は覆らない


「・・・まさか時間いっぱい逃げられるとはな」


「こっちだって前衛との戦いが初めてってわけじゃないんだ、戦い方くらい熟知してるっての」


静希の班にいる前衛陽太、静希は日常的に陽太との戦闘訓練を重ねているわけではないが静希の身近にはもう一人前衛がいる、静希の姉である雪奈だ


毎日のように剣を受け続け、どのように対処すればいいかというのをシミュレーションしその戦い方を確立しつつある


もちろんそれでも勝てるというわけではない、あくまでできるのは時間稼ぎ程度だ


自分の手札を使って勝てないのでは静希にとっては敗北と同じ、だが時にその時間稼ぎがチームの勝利につながることもあるのだ


障害物に身を預けた状態で静希は今石動から刃を向けられている、石動がその気になれば静希の体に致命傷を与えることができるだろう


だがすでに時間切れを知らせるアラームが鳴り響いていた


この状態に追い詰めた瞬間、時間切れのアラームが鳴ったことで、静希は一気に緊張から解放されていた


「あぁもう・・・二度とお前とはやらないぞ・・・これはもう絶対だ・・・」


「ずいぶん嫌われたものだな、まぁこちらとしてもなかなかにフラストレーションの溜まる戦いではあったが」


石動は最初、手加減をした状態で静希と戦っていた、その状態でも静希を倒すのには十分だと思っていたのだ


だが一向に静希に一撃を与えることができず、石動は途中から能力を全開にして戦った


さすがに陽太との戦いで使った鎖と刃は使わなかったが、前衛としての能力をほぼ全開にして戦ったのに静希にその刃を突き立てることができなかった


トランプによる視界制限と、静希が時折行った関節部への攻撃、これらが石動に思ったような動きをさせなかったのだ


「相手のやりたいことをさせないで自分のやりたいことをやる、それが能力者戦の基本だろ?お前は前衛だからまだやりやすい方だったけどな」


「・・・ほう?すでに能力者と実戦をしたことがあるような口ぶりだな」


石動の言葉に静希はあえて肯定せず、苦笑することで返した


その反応を見て、石動は納得する、何故自分が静希に勝てなかったのか


「・・・なるほどな・・・経験の差というわけか」


「そこまで差はねえよ、そのうちの一回は手ひどくやられたしな」


静希は自分の左腕を軽く叩いて笑って見せる、すでに笑い話になりつつあるが、実際その傷を見ると笑えない


腕を失くすほどの戦闘があったという事実に、石動はため息しか出なかった


石動は未だに奇形種以上の相手をしたことがない


静希達が六月に出会ったような完全奇形との戦闘経験もなくこの前の動物園での戦闘が初めての大規模な戦闘だったのだ


他の一年に比べれば、十分経験は積んでいる、だが静希達のそれは石動達をはるかに上回る


静希達が敵対した能力者は、数えられる程度である、中にはほとんど素人と変わらないようなタイプもいた、だがその中に熟練の能力者がいたのもまた事実だ


自分たちの戦い方が通じない、だからこそ静希達は試行錯誤し、相手を切り崩す戦いを覚えた


その中には負けた戦いも、引き分けた戦いもある、深い傷を負ったものもあるがそれらはすべて静希達の血肉になっている


「ふむ・・・ならば次やるときは勝たせてもらおう、来年の実習に期待だな」


「変に期待するなよ、あんなもん面倒でしかないんだから」


もし石動が静希達と同じような経験を積んだら、まず間違いなく静希は勝てなくなるだろう、いや正確に言うなら引き分けすらできなくなるだろう


石動は前衛ではあるがバカではない、戦い方と状況判断を正確にできるようになれば彼女に勝てるような相手はほとんどいなくなるとみている


それは陽太にも言えることなのだが、陽太は石動と違ってバカなために、愚直な戦い方しかできないのだ


静希は大きくため息をつきながらその場に横たわり体を休めることにした、なにせ全力で動き続けたのだ、疲れるのも無理もない


東雲姉妹の特訓のはずだったのに何でこんなことをやっているんだかと思いながら静希は大きくため息を吐いた







その夜、静希は体を休めながら村端からの連絡を待っていた


夜にメールするという何ともアバウトな指示だったために軽く夜更かしすることも視野に入れていた


「で、その霊装とやらを確認しに行くの?」


「あぁ、雪姉はどうする?一緒に来るか?」


さも当然のように静希の家にいる雪奈は難色を示しているのか、唸りながら眉間にしわを寄せていた


彼女は霊装にいい思い出がないのか、どうしようかなぁと呟きながら静希の周りを転がっている


「明ちゃんはどうするって?」


「行くってさ、今回は戦闘もなさそうだし、事前に向こうには話が通ってるらしいから荒事にもならない、本当にただついていくって感じだな」


静希の説明に雪奈はふぅんと興味があるのかないのか微妙な反応をする、警戒心は少し薄れたようだったが未だ彼女の表情には迷いが見える、一度霊装に閉じ込められたというのが随分と堪えているようだった


「まぁ無理にとは言わないよ、まだ日程とかも全然聞いてないしもしかしたら都合がつかないかもしれないしさ」


「・・・いんや、行くよ、明ちゃんが行くのに私だけ行かないのはなんか癪だし」


その言葉に静希は苦笑しながらわかったよと転がり続けている雪奈の体を足で止める、これ以上転がると体に埃がつく、毎日オルビアが掃除しているとはいえまったくゴミがないわけではないのだ


「それにしても静は霊装に縁があるね・・・これでいったい何個目?」


「えっと・・・四つ目かな・・・一年で四つか・・・確かに縁があるって思えるかも」


静希からしたら一年の最初は知りもしなかったものなのだが、こうも遭遇すると何かある種の力が働いているのではないかと思ってしまう


悪魔の遭遇は三回、直接静希は会っていないが鏡花たちが遭遇したカイムを含めると四回になる、神格の遭遇は二回、霊装の遭遇はこれで四回目だ


これだけ見ても明らかにおかしい回数で出会っていることがわかる、一年のうちにこれだけの数遭遇しているのだ、これから先一体どれだけの人外と出会うことになるのかわかったものではない


「そういやさ、静の腕くれた村端さん?って城島先生の同期なんでしょ?」


「あぁそうらしいけど・・・それがどうかしたのか?」


「いやさ、今回のこと先生は知ってるの?一応報告だけはしておいた方がいいんじゃない?」


雪奈の至極真っ当な言葉にそう言えばそうだなと静希は口元に手を当ててしまう


今回の事はいうなれば個人が静希に向けて依頼を出したような状態だ、書類やら何やらがない時点で手伝いレベルのものなのだがその対象が霊装ともなればレベルが『お手伝い』の範疇を軽く超える


霊装という存在の希少さと静希の能力を考えると、事前に城島に話は通しておいた方がいいのではないかと思える


「一応先生にメールしておくか、まぁ咎められることはないだろ・・・たぶん」


最悪教育指導されるなと思いながら静希は城島宛てに報告用のメールを作成する


報告用といっても簡素なものだ、村端から霊装調査の依頼を受けているという事と、自分が知っている情報を記しただけに過ぎない


静希自身ほとんど詳細を知らないので今報告できること自体少ないのだ


「一度昔の写真は見たことあるけど、村端さんってどんな人?私会ったことないけど」


「あー・・・まぁいい人だぞ、俺が世話になったからそう言う風に思うのかもしれないけど・・・まぁ城島先生とも仲良さそうだったし」


少なくとも悪い人じゃないってと付け足すと雪奈はこれまた興味があるのかないのか視線を明後日の方向に向けてふぅんと呟く


恐らく雪奈からすれば自分の判断できていない第三者が静希に何かを頼んだというのが少し引っかかっているのだろう


雪奈は自分の目で見て敵ではないと判断した人間にはとことん甘いが、それ以外にはかなり警戒する、まるで縄張りに勝手に入ってきたかのように強い威嚇と警戒を向けるのだ


オルビアを連れてきた当初突っかかってきたことを思い出して静希はしみじみする


「時に我が弟よ、一つ良いかね?」


「なんだい姉上?」


「霊装って選ばれた・・・選ばれし者しか使えないんだよね?」


何でそこを言い直したのか疑問だがとりあえずスルーしておくことにする、確かに選ばれた人より選ばれし者の方がかっこいいのはわかるが、言いなおす必要性は皆無だ


「その人ってたくさん霊装を扱ってるんだよね?その中に私でも使えるようなのあるかな」


「どうだろうな・・・本当にどういう基準で選ばれてるとか全然知らないからなぁ・・・」


静希自身純粋な霊装の担い手ではないために、正当な霊装使いになった人がどういう基準で選ばれているのかは全く知らない


何かしらの共通点があるのかもしれないが、今のところは全く不明である


「ちなみにその店にはどんなのがあった?」


「・・・ピアノとか小道具とか・・・あと三輪車があったな」


静希の言葉に三輪車?と雪奈は怪訝な表情をしているが、静希としてもなぜあの場に三輪車があったのか、そしてなぜあれを生み出した能力者はわざわざ能力を宿す対象に三輪車を選んだのか全く理解できない


何かしらの深い事情があったのだろうが、せめて自転車くらいにしておけばよかったものを、三輪車ではかっこ悪いことこの上ない


静希と雪奈が霊装について話していると、静希の携帯が震え村端からのメールが届いた


そこにはこれから行ってきてもらう場所、霊装及び保管場所の所有者の名前と住所、あらかじめ会いに行く予定だった時間、さらには見てほしい物や確認しておいてほしいことなどが箇条書きで記入されていた


さすがに仕事というだけあってなかなか真面目な内容だ、静希としては向かう場所と何を見るべきなのかを知ることができただけ御の字である


「来た?いつだって?」


「明後日だな、場所はここから・・・どれくらいだろ・・・ちょい調べるわ」


静希は住所の場所までの移動時間を調べるべく検索をかけると、静希の住む場所から一時間ほどかければ向かえる場所だった


約束の時間は十三時、早めに移動して現地で昼食をとってから向かうのが好ましいだろう


「そこまで離れてないな、一時間くらいだ・・・さてこれを明利にも送ってやるか」


情報が入ったところで明利にもこのことを教えるべく村端から送られてきた文章をそのまま明利へと転送する、するとすぐに了解したという旨の文章が送られてきた


「雪姉はどうだ?明後日なんか予定あるか?」


「いんや、暇してるからついてくよ」


三年になろうとしている人間が暇をしているというのもどうなのだろうと思ってしまうのだが、そのあたり雪奈はどのように考えているのだろうか


雪奈の頭脳ではまず間違いなく進学は無理だろう、となれば就職するのだろうがどこに行くのか決まっているのだろうか


今の時期だとすでに就職活動を始めている人間がいてもおかしくない、特に軍ではなく別の企業や組織への就職を考えているならなおさらである


「・・・ちなみに雪姉、もうすぐ三年生だけどさ、就職とかどうするんだ?」


「ん?私は軍かなぁ・・・この能力じゃあ、なれたとしても庭師とか理髪師とかしかないしね・・・そう言うのは性に合わないし」


普段静希の髪を切っているとはいえ、雪奈自身はそこまで髪を切るという事にこだわりを持っているわけでもない、刃物を扱えるというだけでセンスがなければそのあたりはうまくいかないものなのだ


軍に就職、その言葉に静希は唸ってしまう


予想できていたことだし、何より雪奈の能力とポジションを考えれば何ら不思議なことはないのだが、静希としては危険な目に遭ってほしくないという気持ちもあるのだ


「まぁ私たちの中じゃ一番最初に就職だからね、いろいろ勉強してくるよ、いつか静に養ってもらうけど、若いうちは共働きって感じかな、明ちゃんなんかはこの前の試験の結果次第ではお医者さんになるかもだし」


「まぁそうだな、我ながら社会的にむちゃくちゃなことしてるのを実感するよ」


彼女を二人持ちながら、そのまま生きて行こうとしているのだ、三人の中で公認の関係とはいえ社会的には認められないものである


雪奈は正妻の座は明利に譲ると言ってきかないが、その場合明利は専業主婦で静希と雪奈が働くことになるのだろうか、それとも先に雪奈が言ったように、明利は医者になるのだろうか


身内の人間が就職という社会人の仲間入りをすることを視野に入れたことで現実という重く大きな問題がのしかかる中、静希はため息をつく


今はこのことを考えても仕方がない、なるようにしかならないし、それこそそれらを知ったうえで選んだ道だ、苦労は多いだろうが彼女たちにその苦労を押し付けるようなことがあってはならない


大黒柱というのは大変なのだなという事を実感しながら静希は傍らにいる雪奈に視線を向ける


雪奈は優秀な能力者だ、軍に入れば実力をつけ、それ相応の立場につくことができるだろう、最初は城島達に協力してもらって町崎の部隊に配置してもらうのもいいかもしれない


静希自身安心できるし、何より彼女の住む場所なども工面できるかもしれない、こういう時に頼れる大人がいるというのはありがたいものだと思いながら静希は雪奈の髪を撫でる


「そう言う静はどうするの?軍?進学?それともおじさんの仕事を継ぐの?」


「ん・・・父さんの仕事は継ぐつもりはないけど、軍か進学かはちょっと迷ってる、学力的にはいけなくはないかもしれないけど・・・素行的な問題で弾かれるかもな」


能力者が大学に入学するために必要なのは何も学力だけではない、能力を暴発させるようなことがないような、人格的にも優秀な人物でなければならないのだ


ほぼ初対面のクラスメートにもナイフを刺せるような人間が人格的に優秀かと聞かれると首をかしげてしまう


とはいえ、進学できないからといって軍に入るかというとそれもまたどうかなと思ってしまうのだ、特にこれと言って卒業後にやりたいことも思い浮かばない、だが自分の立場を考えると軍に就職していいのかと悩んでしまう


悪魔の契約者、はっきり言ってその力は絶大だ


軍という上下関係のはっきりとした組織に所属した場合、自分の力をいいようにつかわれてしまうのではないかと静希は危惧しているのだ


自分だけならまだしもメフィの力をいいように利用されるのは静希としてもあまりいい気分ではない


静希の選択肢はそれほど多くない、無理して大学に進学するか、軍に就職するか、あるいは警察などの国家機関に所属するか、または父親の仕事を継ぐか、他にもエドモンドの会社に所属するという選択肢もある


普通の能力者にしては多岐にわたる選択肢があるように思えるが、無能力者を含めた学生に比べるとその選択肢はかなり少ない、能力者である以上避けられないとはいえままならないものだった


誤字報告が十件分溜まったので三回分投稿


少しずつ誤字が落ち着いてきた気がします、十月になったら新しいルールに変えようかな、丁度いいし


これからもお楽しみいただければ幸いです

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