エルフとの訓練
静希の言葉とその期待とは裏腹に、その五十回以上のかくれんぼを通しても風香は五分以上明利から身を隠すことはできずにいた
どうやら射撃の才能はなかなかあるようだが、隠れたりする才能はあまりないらしい
最初から高望みするのはナンセンスではあるが、ひょっとしたらという感があったために少しだけ残念でもあった
静希よりも射撃や能力の才能に恵まれていたからこそ、もしかしたら他の才能もあるのではないかと思っていたのだが、そこは天は二物を与えずという事なのだろうか、風香はなかなか完全に隠れる術を覚えられずにいた
体が小さいからこそ障害物に身を隠すことはできるのだが、動くことで生じる音を上手く消せずにいるのだ
対して静希は匍匐前進や歩行術などを駆使して限りなく動くときに出る音を少なくしている
そして明利が近づいて来た時には自分とは別の方向にある場所に小石などを投げたりして視線誘導を行うことも多い
こういう部分を見せられればいいのだが、下手に見せたところで風香のためにならないのだ
こういうのは実際に自分が見つけられたり、撃たれたりしてようやく気付けるものである
実際静希はそうやって覚えた、部隊の中で何度も何度もペイント弾を当てられたり、何度も見つかったりしながらどうやったらうまく隠れられるのか、自分なりに模索したのだ
時に相手の技を盗んだり、実際に聞いたりして四苦八苦して身に着けたのだ
もし風香が静希に質問や教えを乞うことがあればためらいなく教えるつもりだったが、今のところその様子はない
すでに一時間以上かくれんぼをしているのに随分と気が長いというか根性があるというか、なかなかの根気強さだ
「うぅ、何で見つかるんですか?ちゃんと隠れてるのに・・・」
「んと・・・私の足音に反応しすぎてるからかな・・・そこまで過敏にこっちの様子をうかがわなくてもいいと思うよ?」
もう何回目になっただろうか、明利に見つかってしまった風香はしょんぼりしながら体についた砂を軽く手で払っていた、当然のように静希は見つかっていない
「音とかが原因ですか?それともちゃんと隠れられてないですか?」
実際隠れていると思っていても隠れられていないことはよくあることだ、静希も最初隠れているつもりで遮蔽物に身をひそめていても向こう側からほぼ丸見えだったという事がある、第三者の視点から自分を見ることができないのが人間の弱みの一つだろう
「私の足音が近づいたときに、必ず体勢を変えようとしてない?部屋の外を見ようとしてるというか、その時に音がするの、もっとゆっくり、静かに動くことを試してみるといいと思うよ」
ゆっくり静かに、その言葉を受けて風香は試しにゆっくりと動いて見せるが、妙に力が入っており砂を踏みしめるように歩いているため普通に音が出てしまっている
どう説明したらいいのかと悩んでいると、静希が近くの遮蔽物から顔を出した
「やっぱり口だけじゃ説明は難しいかもな」
「あれ静希君、そこにいたんだ」
部屋の中は軽く見渡したはずなのだが見つけられなかった静希に、明利は少しだけ驚きながら静希の方へ歩く
「やっぱり見せてあげたほうがいいんじゃないかな?そのほうが早いと思うけど」
「そうだな・・・まぁこういう足場なら、わかりやすいか」
別に足跡を残すことを考えなくてもいい今なら、とそう思いながら静希はゆっくりと体を動かす
地面に足を付けるが、その場所からほとんど音はしない
地面に対しほぼ垂直に足をゆっくり下ろすことで砂同士がこすれ合い音が出るのを防いでいるのだ
「こういう足場の場合は真上からゆっくり下ろすんだ、砂があると斜めから足を入れたりこするだけで音が出るからな、まぁこれやるとだいたい足跡残るし足の裏に砂がつくけど」
そう言いながら静希は足の裏だけではなく手のひらも地面につけて四足歩行の構えをとりながらゆっくり動いていく
人間のそれよりも動物のそれに近い動きを見て風香は感心していた
「あんまり人の動きはしないんですね」
「そうだな、これは受け売りだけど、人間より動物の動きの方が出す音は少ないらしい、蛇とかがまさにそうだな、本格的な匍匐前進なんて本当に蛇みたいだしな」
そう言って静希は完全に全身を地面につけて横になるような体勢になる
まるで波のように体を動かすことで、体を上下運動させ僅かな摩擦で前へと進んでいく
動きは本当にゆっくりだがこの動きには前へ進むというだけではなく身を隠すという意味も含まれているのだ
「この匍匐前進は草とかが生えてるような場所でしかやらないから普段はあまり使わないけどな、後は肘と膝を使って四足歩行して足跡を残さないようにしたりもするな」
痕跡を残さないようにするためなら静希は何でもする、いちいち足跡を残してから消すよりも、最初から残さないようにした方が楽なのだ
無論進行速度は落ちるし、肘と膝の窪みが地面にできるのは間違いないが、一見すれば人間の通った跡だと気付ける人物は稀だろう
こんな動き方を知っていても、実際静希が実戦でそれを使ったことはない、だがいつか使うことになるだろうと確信していた
鏡花が近くにいればこんな苦労は無いに等しいのだが、自分の立場上単独行動が増える可能性だってある、覚えておいて損はないのだ
「まぁぶっちゃけ、風香の場合は能力を足場にして動けるから足跡とかは気にしなくていいんだけどな、音を消す動き方は覚えておいていいと思うぞ、きっと役に立つ」
「は、はい!頑張ります!」
風香は素直にうなずきながら先程の静希の動きを真似ようとしていた
だが見た通りの動きをするには至らないのか、伏せた状態でもぞもぞうごめいているようにしか見えなかった
まだまだ指導が必要なのかなと思いながら静希はその様子をほほえましく見ていたが、唐突に静希の持っていた携帯が大きく震えだす
どうやら着信が来たようだ
一体誰だろうかと携帯を見ると、そこには村端の名が記されていた
一体何の用だろうかと不思議に思いながら通話ボタンを押し携帯を耳に宛がう
「もしもし、村端さんですか?」
『あ、静希君?久しぶり、村端だけど、今大丈夫?』
大丈夫ですよと静希が答えるとそりゃよかったと村端は軽快な声を出している
一体どうしたのだろうかと不思議そうな顔をしていると、明利がこちらを同じように不思議そうな表情で見つめている、一体何の用だろうかと明利も思っているのだろう
明利は村端の存在は知っていても実際に会ったことはない、静希が霊装『ヌァダの片腕』を譲り受けた人だという事と城島のかつてのチームメイトだったという事は知っているが、それ以上のことは知らないのだ
『いや実はさ、ちょっとばかし君に頼みたいことがあってさ』
「頼みたいこと・・・ですか」
村端に恩のある静希からすればこれは無碍にはできないなと苦笑しながら内心少し困っていた
静希の能力と村端の職業から言ってあまりいい予感がしなかったのである
「あの、もしまた使えない道具を使えるようにしてくれとかいうのだったらちょっと困るんですけど・・・」
『あぁ安心して、今回はそう言うのじゃないから、ぶっちゃけると本来は私が行くべきなんだろうけど・・・ちょっと予定が被っちゃってさ・・・』
どうやら霊装を使えるようにしてくれという内容の頼み事ではないようだ、口ぶりからしてどこかに行ってほしいようだったが、一体何の用なのだろうか
彼女の職業から考えるにまず間違いなく霊装関係か、あるいは彼女の個人的な頼みかの二択だろう、後者であってほしいと願うばかりである
『実は売り物になりそうな霊装を探してたんだけどさ、ちょっとばかしわかりにくいというか見えにくいものがあったんだけどね、それを調べて来てほしいの』
「はぁ・・・調査ってことですか」
霊装関連だとは思っていたのだが、まさかその調査をお願いされるとは思っていなかっただけに静希は気が重い
確かに静希は事実上二つの霊装を所持しているが、静希自身本当の霊装の担い手ではないのだ、無理矢理使えるようにしているだけで霊装の専門家になったつもりはない、まったくかかわりのない人間よりは詳しいとは思うが
『場所はもうわかってるんだけど、どんな形をしているかとか、どんな能力を持っているかとか、そう言う感じの調査をしてほしいの』
「俺みたいな門外漢の調査で平気ですか?売り物になるかどうかの調査にもなるんでしょう?もっと適任がいると思うんですが・・・」
静希はただの学生だ、今のところ約三件の霊装に関わってきている
オルビアの剣、ヌァダの片腕、神格の入れられた杯
偶然にしては多すぎる量のそれに関わってきているだけに、完全に素人とまでは言えないかもしれないが、霊装の売買を生業としている村端にとって商売の一端を担わせるだけの観察眼があるとは思っていない
『まぁ大丈夫だよ、今はもう所有者・・・というか担い手がいる霊装だから、見た目と能力を確認してレポートにまとめてくれれば満足、後写真も撮ってきてくれると嬉しいかな』
村端の言葉に、静希はわずかに興味を示した
担い手がいる霊装
自分のような紛い物ではなく、真の担い手に出会った霊装
思えば霊装には出会ってきたが、霊装使いには村端以外には出会ったことがなかったなと静希はその対象に興味がわいてきた
「確認ですけど、その担い手の人にはすでに話を通してあるんですよね?」
『もちろん、アポはとってあるんだけどね・・・ちょっと外せない用事ができちゃって・・・それで信頼できる人に行ってきてほしいんだ、頼めるかな?』
学生である静希達にとって春休みでも、社会人にとっては平日と何ら変わりない一日である以上、社会人であり友人である城島に頼むことは憚られるのだろう、だからこうして静希に頼んできているのかもしれない
とはいえ、霊装使い、静希としても興味は尽きない、それにすでにアポイントをとっているとなれば戦闘になるようなことはないだろう
「ちなみにその霊装を調べてどうするんです?担い手がいるんじゃ売り物にはならないんじゃ」
霊装の所有者はどんな状況においても担い手が優先される、仮に何億もの金を出して購入したものでも、担い手が現れれば無償で譲渡しなくてはならないのだ、逆に言えば担い手が金で売るという事は事実上不可能であることを示している
『その担い手が亡くなった場合の話をしたいんだよ、良くも悪くも私はたくさん霊装を扱ってるからね、もしかしたら新しい担い手と出会わせることができるかもでしょ?それに場所がわかってもどんなものかわからないんじゃ売れるかどうかも分からないしね』
どんな霊装かわからなければ売り物になるかどうかも分からない
彼女自身が保有する霊装、妃の姿見、あれはいわば使用者の探している物や見たいものが見れる霊装だ、その能力を使ってもよく見えないという事は、何らかの防壁でも張っているのか、それとも単純に何かに覆われているのか
「ところでどうやってその担い手のことを突き止めたんです?霊装はよく見えなかったって言ってましたけど」
『ん?霊装の周りの景色を見て、その近くの建物から住所を割り出して、霊装がある建物を所有している人を探し出して連絡したらビンゴだった、結構苦労したよ』
随分遠回りな探し方をしている様だったが、どうやら件の霊装は室内にあるようだった、そして建物を有しているという事はそれなりに立場のある人間という事だろう
不動産関係か、それともただ単に金持ちか
どちらにしろ彼女の言葉通りなかなか苦労して探し出した者らしい
「というか本当に見えなかったんですか?村端さんの鏡ならほとんど見えないものなんてないでしょうに」
『それが不思議なんだよね・・・今までこんなことなかったから不思議でさ・・・私も本当は自分の目で見たいんだけど・・・』
村端の話を聞くと、どうやら急な商談が入ってしまったらしい、売り物になるかどうかわからないような霊装と、確実に売ることができる霊装なら村端は後者をとることにしたらしい、商売人としては正しい姿かもしれない
そんな中幸か不幸か村端の代わりの目として静希に白羽の矢が立ったのだ、霊装のことを知っていて、なおかつ学生故に今は春休みの真っ最中、比較的時間に余裕があるかもしれない人間、さらには霊装に対してある程度知識があるという条件を静希は見事満たしていたのだ
『先方には代理人を向かわせるってことは教えてあるから、後は静希君が首を縦に振ってくれるだけで万々歳なんだけど、もしこの数日で予定があるなら無理にとは言わないよ』
「いえ、春休みはほとんど予定はありませんから問題はありませんけど」
さすがの村端も他人の予定を踏みにじってまで頼もうとはしてこないようだった、そう言う意味ではとても常識的で好感が持てる
城島と仲が良かった人という事でかなり荒唐無稽な人間に思われるかもしれないが村端はれっきとした常識人だ
いや城島も常識をわきまえているという意味では常識人なのだが、同じ言葉でもその意味合いと危険性は天と地ほどに離れていると言っても過言ではないだろう
『で、頼まれてくれるのかな?』
「貴女に頼まれたら断れませんね、わかりました、詳しい日程とか場所とかはメールで送ってください」
静希が快諾すると携帯の向こうの村端は良かったと声を漏らしていた、もし静希が断っていたらどうするつもりだったのだろうかと仮定の思考を巡らせながら小さく息をつく
『じゃあ今日の夜にでもメールするよ、詳しいことはそこに書いておくから、あ、もちろん交通費とかはこっちで持つよ、使った分だけ後で請求してね、ついでにお給料も弾むから、それじゃよろしくね』
村端はいう事を言った後で通話を切る、相変わらずというかなんというか、城島のチームメイトなだけあってなかなかにパンチが強い人だなと思い返しながら静希は通話を切る
「静希君、何かあったの?」
「ん・・・村端さんからちょっと頼みごとをな、近いうちに出掛けるかもしれない、どこかはまだわからないけど」
霊装の調査といってもまだどこに行くのか誰と会うのか全く分かっていないのだ、正直言って謎が多いが、やってみたいという気持ちが大きい事案だった
「もしかしてまた危ないこと?」
「いや、今回はちょっとした調べものだ、なんなら明利も来るか?」
静希が自分を誘うという事は本当に危険なことではないのだろうと明利は安心しながら頷いて同行することにした
まだどこに行くかも何をするかも知らないのに決断するのはどうかと思うが、この信頼の深さが明利らしさというべきだろうか
「詳しいことは今日の夜にメールで来るらしいから、来たらすぐ明利にも知らせるよ、雪姉は・・・どうするかな・・・」
明利を連れていくのはいいとして雪奈をどうするか迷ってしまう、彼女は一度霊装の中にとらわれるという体験をしているだけにあまりいい顔はしないかもしれない
トラウマというほどではないだろうが、多少の苦手意識を持っていてもおかしくないのだ
「事情を話してついていきたいって言ったら一緒に行こうよ、その方がきっと楽しいよ」
「一応仕事扱いだから楽しむっていうのもどうかと思うけど・・・まぁそのほうがいいか」
村端がどれだけのものを用意しているかは知らないが、給料が出るのであればれっきとした依頼と何ら変わりない
いくら知人からのものでお使いのようなものであると言えど遊び感覚で行くわけではない以上楽しむというのはどうかと思ったが、たまにはそう言うのもいいかという気分になってくる
静希だって今回、霊装の担い手に遭遇するというある意味霊装そのものを見つける以上に稀有な事案に関われることに何も感じていないわけではない
興奮というには少し弱い、どちらかというとワクワクと言った方が正しいだろうか、独特の期待感が胸の中に満ちている
気になる
村端の妃の姿見でもよく見えなかったという霊装、そしてその担い手、一体どんな人物だろうか、そしてどんな能力なのだろうか、知的好奇心がこれほど刺激されるのは久しぶりかもしれなかった
「い・・・五十嵐さん、あの、お電話は終わりましたか?」
「あ・・・悪いほったらかしにして、次はどうするか・・・」
先程からずっと近くで待機していた風香に申し訳なさそうにしながら静希は口元に手を当てる
なにせ今までずっと明利の探索から逃れられずにいたのだ、少々難易度を変えるか、あるいは別の方法で指導しなければいつまでたっても上達しない可能性もある
静希がその方法で覚えたからといって、風香にとってその指導法が正しいとも限らないのだ
手っ取り早く、まずは身の隠し方から教えることにした、単純に障害物に身を隠すだけなのだが、ただ一つの場所に留まるだけならば子供にだってできる、問題は相手の位置を把握し、同時に移動しながら身を隠すという事だ
建物から出た後、静希達は再び遮蔽物を周囲に作ってもらい、一定空間での『だるまさんが転んだ』のようなものを始めることにした
静希は一定ルートを歩き続け、風香はその静希に見つからないようにその体にタッチするのが目標である
無論静希も視線を上下左右に動かすし、時折立ち止まったり移動速度を早めたりと工夫する
風香にとってはこれがまた難しいようだった、ただ追うのではなく、見つからないように隠れながら移動するという事がかなり難しいようだった
どうやらまだ風香は相手の視線を確認してその死角に回り込むという動作に慣れていないらしい
始めたばかりであることを考えれば当然だろうが、身のこなしからして明利のように運動が苦手というわけではなさそうだ、コツさえ掴めばより良い動きができるかもしれない
「静希君、一度お手本を見せてあげたらどうかな」
「ん・・・そうだな、それもいいか・・・」
なかなか上達しない風香を見かねて明利が助け舟を出すと、静希は唸りながら風香がいる障害物へ歩を進める
「風香、今から明利があるく、俺がそれに接近するからお前は上空でそれを見てろ、丁度上から眺められる状態でな、しっかり見て、よく相談しろ」
「は・・・はい・・・」
自分のふがいなさが情けないのか、風香は少し落ち込みながら空中に圧縮した空気で足場を作っていき、上空へと上がっていく
相談しろ、静希はあえてそう言った
風香の体の中には精霊がいる、彼らとどのような関係を保っているかはわからないが、少なくとも会話くらいはできるだろう
なぜこのようなことをしているのか、また何故自分にはうまくできないのかをしっかり認識させる必要がある
そして自分と静希の違いをはっきりさせるのだ、そうすれば上達はきっと早まる
風香が上空に行き、静希が隠れたのを確認すると明利は先程静希がそうしていたのと同じように歩き始める
上下左右に視線を動かしながら移動する明利の背後の障害物から障害物へ、視線の外から外へ、素早く音をたてないように移動する静希の様子を風香は一挙一動を見逃さないようにしていた
明利があるき、視線があちらこちらへ移る中そのわずかな時間に次の障害物へ、そして身を隠し相手の位置を確認しながら回り込み、近づき、位置を変え、やがて後ろから明利をタッチする
「風香、今の動きどう見えた?」
能力を解除して上空から降りてくる風香をキャッチしながら、静希は先の動作を見た感想を求めた
すると風香は少し考えるような仕草をする
「えっと・・・相手を観察しているように見えました、あと自分のいるところから視線が外れたらすぐに動いてました」
「そうだ、単純なことだけどそれが一番大事なことだ、相手の視線の外に動く、人間の目は前しか見えない、ある特殊な条件でもない限りな、だから視線から外れたところで動けば対象には見えないんだよ」
草食動物などは身を守るために、可視範囲が非常に広いが、人間のそれは多く見積もっても百八十度に届く程度、周囲全てを把握するというのは普通の人間にはできないのだ
「精霊がいれば、自分の周りの様子を見てくれたりするかもしれないけど、ただの能力者にはそんなものはついてない、だから不意を突くには視線の外に行くのが一番手っ取り早いんだ」
「なるほど・・・視線の外に・・・」
「あぁ、それができれば石動にだって勝てるだろうさ、まぁあいつも精霊持ちだから視界の外に行くのは難しいだろけど」
東雲姉妹も、そして石動もエルフであり精霊をその身に宿している、自分の目とは他にちょっとした警告くらいしてくれる存在がいるのは確定だ
そんな人間の不意を突くというのはかなり難しい
だが風香の能力なら、それができる
空間に圧縮した空気を作り出すことで、見えにくい上にそれなりに頑強な攻撃を繰り出すことができる、言ってしまえば障害物に隠れながらほとんど見えない攻撃を与えることができるのだ
静希が風香の能力を知って思ったのは、暗殺向きの能力であるという事である
これは口にしていないが、戦いかたとその手法さえ確立すれば風香はそれこそサイレントキリングにおいて右に出るものはいなくなるかもしれない
「五十嵐、そっちはどうだ?」
「おう、まだまだこれからってところだな」
静希は風香との訓練を一度明利に任せ、石動と一緒に障害物地点の外側へと移動する
様子を見に来た石動に状況を軽く説明すると、彼女は唸りながら腕組みをしてしまう
どうやら静希がこの戦法を教えようとしているのをあまり好ましく思っていないようだった
「・・・指導してくれるのはありがたいのだが、エルフらしい戦い方ではないな・・・もっと別の指導をした方がいいのではないか?」
「エルフらしい戦い方って真正面から強引な力任せの制圧だろ?そう言うのは他のエルフに教えてもらえ、俺がやってるのは賢しいやり方だ、はっきり言って正々堂々とは程遠いけどな」
不意打ちなどの攻撃は確かに正々堂々とはほど遠い、だがいつか必ず必要になることだ
彼女は強い能力を持っているが、その体は普通の女の子だ、相手の攻撃に晒され続けていられるほど頑丈ではない、たとえエルフの強力な能力を持っていてもいつか必ず攻略されるだろう
それなら、攻略させる隙さえ与えずに一方的に攻撃したほうが安全だ
「前衛と違って俺ら中衛は体が脆いんだ、鏡花や優花みたいに変換で逃げたり地形ごと変えられるならまだしも、俺や風香はそれができない、だから身を隠すんだ」
静希はそう言った後でそれになと付け足して風香の方を見る
「お前の言うように、あの子ならエルフらしい戦い方だってできると思う、弱い能力者の真似事をする必要もないかもしれない、けど二つの戦い方ができるのは十分強いぞ」
じゃんけんみたいなもんだよという静希は苦笑しながら自分の手でチョキを作る
自分の使える手段が多いというのはそれだけでずいぶん楽になる、自分のできることが増えればそれだけあらゆることにも対応できるようになるし、その分相手の手を読む重要な参考にもなる
今まで前衛としてしか戦ってこなかった石動には恐らく理解できないことだろう
彼女は前に出る事しか知らない、前に出て敵にその体をさらし、味方を守る盾になり、敵を倒す刃になることしかしてこなかった、それが自分にできることで、自分にしかできないことだったからである
だが静希は違う、前に出ることだってできるし後ろに下がることだってできる、時には自分を囮にすることだってある、その戦い方は多岐にわたる、だからこそ相手によって戦い方を変えられるし、対応できる
「真正面から戦って負けたらそこまでってのは避けたいんだよ、あいつのためでもある・・・まぁエルフらしい戦い方はお前の知り合いにでも教えてもらえ、俺にはできないからな」
「・・・そうか・・・そうだな・・・その通りだ」
今までエルフとしての戦いしかしてこなかった石動にとって、静希の言葉は全く異質なものであると同時に説得力があった
その戦い方しか知らないという事は、同時にその方法で敗れた時他にとる手段がなくなるという事でもある、静希が例えたじゃんけんではないが、必ず戦いには相性がある、だからこそ戦い方を変えられるようになって損はないのだ
「時に五十嵐、そこまで言うのであれば私相手でもそれなりに戦えるようにしたいと思っていいのか?」
「・・・そのつもりだけど・・・まさかまたやろうってんじゃないだろうな?」
以前手加減した状態でも辛勝だったというのに、今の石動は血のストックが大量にある、そんな状態の彼女に勝てる気は全くしなかった
足を止めている状態であれば、単純な剣術にも似た戦いになるため、ほぼ防戦一方になるがそれでも戦うことはできる
石動の速度で縦横無尽に動き回られ、それに加え攻撃までされては防御もままならない
先程陽太との戦いで見せた鎖と刃を持ち出されては戦いにすらならないだろう
静希と石動の実力差は明白、子供と大人の方がまだいい戦いになるだろう、最悪一撃も与えることができずに敗北することだってあり得るのだ
ただの障害物ではなく、建築物などが大量にある市街地戦であればまだやりようがあったのだが、残念ながらこの辺りにあるのはせいぜい高さ二メートルもない鏡花の作った一時的な障害物のみ
視界の制限された森などの戦いでももう少しいい手が使えるかもしれないが、ほぼ平地に近い今の状態では静希の不利は明らかだ
フィールドの条件では相手に地の利があり、なおかつ自分は相手より格下
完全に戦うつもりなどない静希だったが、その思惑に反して石動はやる気満々のようだった
その体の周りに血の鎧が形成されつつあり、その手には血の刃が顕現している
「その通りだと言ったら、どうする?」
その体と声からはやる気がみなぎっており、どうやらすでに戦闘を回避するという選択肢は静希の手元にはないようだった
ため息をつきながらトランプの中からオルビアを取り出し、構える
「・・・時間制限付きで頼むぞ、こちとら中衛の人間なんだ」
「無論だ、こちらもそれなりに加減はするが、能力を使わずに戦うなんてことはしてくれるなよ?」
石動の言葉に、静希は周囲にトランプを顕現させることで応える
あまり戦闘用の道具は使いたくないのだがと思いながら、急接近し、こちらに振り下ろしてくる血の刃を防ぎながら静希と石動の実戦訓練が始まっていた
誤字報告が20件分溜まったので五回分投稿
緊急メンテナンスが地味にあせりました、ログインできなかったから誤字修正もできないし投稿もできないし・・・もうこんなことは勘弁ですね
これからもお楽しみいただければ幸いです




