表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
J/53  作者: 池金啓太
二十五話「夢見月のとある部屋で」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

817/1032

春休みへ

三月ももうすぐ終わろうという頃、無事に今年度の学業をすべて終え、春休みを迎えることができた静希達、ほんのわずかな平穏な時間が訪れると思うだけに、今の状況は理解し難いものだった


いや正確には理解できる、理解できるがそれを理解したところで真似をしようとは思えず、納得がいったとしても自分がそうなりたいとは思えないような状況だった


喜吉学園の演習場、数ある場所の一つ岩石地帯で衝撃と轟音を響かせながら土煙をまき散らし、その場に立つ影が二つ見えた


一つは静希の班の前衛『藍炎鬼炎』『攻城兵器』響陽太、その体に炎を纏い、鬼の姿へと変貌した状態で辺りに熱気を振りまいている


一つは静希の学年唯一のエルフ、石動藍、その体に血の鎧と刃を纏い、赤黒い騎士のような姿へと変貌した状態で辺りに強い圧力を放っている


静希が今いるのは鏡花によって作られた特設観戦席、二人が戦っている岩石地帯よりも高い場所に作られたそこには静希、明利、鏡花、そして東雲姉妹がいた


東雲姉妹は石動を応援し、鏡花と明利は陽太を応援している


「おらどうした!エルフってのはそんなもんか!?」


「なかなかどうしてやるものだ、さすがは五十嵐が見込んだ男というべきか」


再び轟音と土煙が舞う中、両者の武器が交差する


陽太の両腕には炎で形成された武具が存在した


左腕には盾、以前作り上げていた大きなタワーシールド、右腕には槍、すでに完成に近づいている攻城兵器の称号の由来たる破砕槍、その威力は岩を容易に粉砕し、あたりに破壊と強烈な熱をまき散らしていた


対する石動の両腕には鋭く形成された血の刃、両腕共に創られた刃は守ることなど考えていない完全なる攻撃態勢、体を鎧で包んでいるからこそできるその斬撃は、岩を容易に両断し周囲に風切り音と美しい断面図を作り上げていく


同じ前衛なのにどうしてこうも攻撃の内容と性格が違うのかわかる一戦である、陽太はとにかくがむしゃらに攻撃を繰り返しあたりを破壊しつくす勢いだが、石動は的確な回避とピンポイントの攻撃をし続けている、その度に陽太に避けられ防がれ、一見苦戦しているようにも見えた


だが両者ともにまだ全力は出していない


陽太は未だ槍を暴発させることで炎を爆散させる『線香花火』を使っていない、そして炎の色を変えることもなく戦っていた


石動は以前動物園で見せた大量の刃を見せていない、血の総量の問題かもしれないが余った鎧を攻撃に回せば十分可能のはず


恐らく二人ともまだ様子見段階なのだ


「石動さん相手にあそこまでやれるなら十分ね、この一年でずいぶん鍛えられたと思わない?」


「あぁ・・・まったくだよ、もうあいつを能力面で馬鹿にすることはできないだろうな」


もし自分があの場にいたら、恐らく様子見する必要もなく瞬殺されるだろう、陽太は本当に成長した、未だ頭脳面ではバカのままだが、劣等生扱いされていた能力面では十分以上の成果を発揮している


槍と盾を手に入れ、より安定した戦いができるようになっている今なら、エルフともほぼ互角の戦いができるようになりつつあった


「さて、そろそろ様子見も飽きてきたところだ、お互い奥の手を出そうじゃないか」


「いいぜ、びっくりして腰抜かすなよ?」


陽太は炎をみなぎらせ、石動は鎧を変化させ始めた


お互いに様子見をやめ、全力で戦うらしい、これからが本番という事である


「陽太の炎の色の変化はどれくらい保つようになったんだ?」


「槍と盾を保持しながらだと・・・もって一分がいいところでしょうね、今はいい集中状態を維持できてるし、三十秒くらいなら問題はないと思うけど」


槍と盾を持ちながら、陽太の炎の色が変化していく


オレンジから白へ、白から青へ


能力の名の通り、藍色の炎によって作り出された鬼の姿、それを見て石動は体を震わせる、恐怖ではなく、武者震いの類だと本人も自覚していた


「いいぞ響・・・!これ程心が躍るのは初めてだ!こちらも全力で行かせてもらう!」


石動の体の周りに血で作られた鎖と、その先にある刃が数本作り出される


四肢だけではなく、それらすべてが自由に動かせる多手段戦闘、これこそ石動の本領であり、彼女が最も得意とする部門でもある


その実力は多対一の状態だけではなく、一対一の状態にも有効に働く、これが室内や障害物が多くある地帯だったら話はまた変わってきただろうが、今二人がいる場所は破壊と斬撃によって開けた岩石地帯、二人の間を遮るものは何もない


一瞬陽太が鏡花の方に視線を向け、さらに炎をたぎらせていく、その視線の意味を理解したのか鏡花は微笑む


陽太がどこまでエルフに通用するか、劣等生といわれ、バカにされ続けてきた陽太が、優秀という言葉を絵にかいたようなエルフに対してどこまでやれるか、鏡花はそれを見てみたかった


そしてそれは傍らで二人を眺める静希と明利も同じ、いや鏡花以上にその光景を見てみたかった、長年陽太を見てきた幼馴染であるが故に、彼がどこまで成長したのかを見てみたかった


「石動ぃぃぃ!」


「響ぃぃぃぃ!」


両者が両者の名を叫びながら激突し、再び周囲に轟音と土煙が舞い始める、その光景はおよそ訓練のそれとはかけ離れたものだった








時間は少し遡る、具体的には今学年最後の日、所謂終業式の日まで


いつものように登校し、学校にやってきた静希と明利、そして陽太と鏡花に合流し、終業式を恙なく終えた後、当然のようにそれは行われた


成績表の返却


元々自分たちが持っていたものではないために返却というのは正しくないかもしれないが、自分の成績を可視化され渡されるという意味では返却という言葉もあながち間違いではないように思える


学年最後という事もあって、学業成績、個人能力成績、班能力成績の三つの項目に分かれた成績表が返されることになる


学生の本分である勉強と能力者の義務である能力の訓練、そして班で行われた実習の結果を見るという事もあって、普段の実習以上に周囲が緊張に包まれているのがわかる


「えー・・・では五十音順に成績表を返していく、各班班長には実習と班の成績も渡すからそのつもりでいろ、今さらあがいてもどうにもならん、覚悟を決めることだ」


五十音順の時班で一番最初に配られるのは静希だ、学業はともかく能力の成績には正直あまり期待していないのでそこまで緊張も何もないと言うものである


静希の名が呼ばれ前に出ると、小さくため息を吐いた後で成績表を渡される

もうこの反応がすべてを物語っていた


静希が成績表を見ると、学業に関しては問題ない、いつも通り平均より少し上、やや文系寄りの結果だ


問題は能力だ、基礎能力値、能力応用値、精神力、能力操作、制御率の五項目、もともと出力が低い能力であるためにそこまで期待していなかったので、今回もどうせ基礎能力値が最低値だと思っていたのだが、なんと一段階上がっていた


そのほかの結果は以前と全く変わらない、精神力、能力操作、制御率が高い評価を受けそれ以外が軒並み低い


だが基礎能力値が一段階上がったというのは意外だった


そしてその理由をなんとなく察する、静希のトランプの中で一枚だけ変異したジョーカーのカード、恐らくこれが基準値をギリギリ一段階超えるだけの出力を有していたのだろう


結局自分の力でこなしているわけではないために嬉しいやら悲しいやら微妙な気持ちだが、ここは素直に喜んでおくべきだろうか


「えー・・・これで今学期は終了、そしてこの学年も終了になる、明日からは春休みだがほとんど休みなんてないと思え、始業式は忘れずに来ること、もし忘れたら教育的指導だ、わかったな?」


城島の言葉を受けてクラス中の生徒が間延びした返事を返すと、城島はため息をつきながら黒板に幾つかの注意事項を記していく、恐らく今後の予定の事だろう


聞く状態を解除すると同時に教室が一気に騒がしくなっていく


「鏡花、成績表みせてくれ、班の方な」


「あら、能力の方はいいの?こっちは自信あるけど」


「バカ言うな、んなもん比較にもならねえっての・・・まぁ一段階上がってたけどさ」


静希の言葉に鏡花をはじめとし陽太と明利も驚いた様子で静希の成績表を食い入るように見始めた


基礎能力値の値が前回出されたときより一段階上がっているのがわかる、これには全員驚いている様だったが素直喜んでいた


「んっふっふ、静希には負けないぜ、俺もようやく能力操作と制御率が上がったんだよ、これも鏡花のおかげだな」


「そうね、もっと崇め奉りなさい、これからはもっとビシバシ指導していくからね」


陽太の能力の成績もしっかり上がっているようで、以前のような圧倒的に低い能力操作と制御率は見違えていた、鏡花の指導によってここまで改善されるというのはなかなかの快挙だと結果を見るだけでもわかる


「明利と鏡花は?能力の変化はあったのか?」


「能力応用値と精神力が上がったくらいかな、そこまで大きな変化はないよ」


「私はもう上がる余地なかったけどね、精神力がちょっと上がったかな」


鏡花はもともと高い能力を有していたためにそこまで変動はなかったようだが、明利は実習を通して能力の練度を高めている様だった、それこそ実戦向きのものに近づいていると言っていいだろう


能力の方はさておいて学業の方に目を向けると、さりげなく陽太の成績表を見ていた静希が目を丸くした


「おい陽太・・・お前先生にいくら渡したんだ?」


「あぁ!?ちゃんと実力でとった結果だっての!鏡花に勉強もしっかり教わってたしな」


「どれどれ・・・えぇ!?陽太君・・・頭は大丈夫?熱とかない?」


「明利、それさりげなくひどいわよ」


二人が見た陽太の成績表は今まで見たこともないような好成績だったのだ、下手すれば明利や静希にも届くのではないかと思えるほどである


全体を見れば他の三人に及ぶべくもないが、特定の科目では三人よりも高い結果をだし、今まで低かった教科も一段階ずつ評価が上がっている


「・・・これが鏡花姐さんの英才教育か・・・今度俺らも教わるか」


「ダメだよ静希君、二人の時間を邪魔しちゃ」


明利の言葉におっとそうだったなと静希はニヤニヤしながら鏡花と陽太を見比べる


その反応に鏡花は苛立ちを覚えたのか静希の頭部を掴み全力で力を込めていく


頭蓋が軋む音と静希の悲鳴が聞こえる中、鏡花は咳払いをして次の話題に進めようとしていた


明利も陽太も、静希と同じ目に遭いたくないのか姿勢を正して鏡花の言葉を待っている


静希が鏡花の攻撃から解放されたのはあと数分後のことである






「じゃあお待ちかね、実習における各評価と班評価よ」


鏡花の言葉と共に開かれた評価、この一年を総評すると言ってもいい成績表に全員の視線が集まる


能力使用適正、対応力、思考力、意外性、精神安定性、連携・協力性


六つの項目によって記された各員の評価と、それに対する教員のコメントが載る紙を見ながら静希達はまずは自分の評価を見ることにした


五十嵐静希


『能力使用適正』B『対応力』A『思考力』S『意外性』S『精神安定性』S『連携・協力性』S


響陽太


『能力使用適正』B『対応力』C『思考力』E『意外性』B『精神安定性』S『連携・協力性』S


清水鏡花


『能力使用適正』S『対応力』A『思考力』A『意外性』B『精神安定性』B『連携・協力性』S


幹原明利


『能力使用適正』S『対応力』B『思考力』B『意外性』C『精神安定性』A『連携・協力性』S


各員の成績を見て、静希達は唸ってしまう、上がっているものもあれば下がっているものもあり、静希に至っては何も変わらないのが逆に気になる


「これは・・・どうなんだ?俺全く変わってないんだけど」


「もともとあんたって最初からやることほとんど変わってないからね、あ、でも私精神安定性上がってる」


「私は対応力が上がってる、陽太君は対応力が下がって意外性が上がってるね」


「あー・・・良いのか悪いのかよくわかんない変化だな」


陽太の評価は指導をしていた鏡花としても妥当な内容だと判断している様だった


能力の応用ができるようになり、行える行動が増えたのに対して陽太がやっているのは今までの行動とほぼ同じ、状況に適した行動を選択できているかといわれれば首をかしげてしまう


要するに手札に対して最適な行動をとれていなかったという評価を受けていたのだろう、もっとうまく立ち回れという遠回しな意見かもしれない


そして次に各員への教員からのコメントを読むことにした


【五十嵐静希】『相変わらず緊急時における思考力と意外性は高く司令塔としての立場を維持、だが前に出る傾向が出ており中衛としては少々危険、味方に対しては保守的な指示を出すが敵に対する指示では相変わらず手段を選ばないことが多く、本当にもう少しだけでいいから手段を選んでほしい』


静希の評価に鏡花はつい笑みを浮かべてしまっていた


「相変わらずあんたはこういう評価なのね・・・さて次は陽太のね」


鏡花と言葉に全員の視線が陽太の評価へと向かう


【響陽太】『前衛としての能力を確かなものにしつつあり、能力も安定してきている、だが戦い方に難がある、フォローできる中衛がいる時の戦闘能力は高いのだが単騎での戦闘では注意が必要、もう少し戦い方を学ぶべきである』


この評価、陽太としては嬉しくもあり、悔しくもあるものだろう、能力が安定してきているのはいいのだが一人では戦えないと言われているようなものだ


「確かに陽太は考えなし過ぎて突っ込むくらいしかやることないからな、相手によって戦い方変えないし」


「もうちょっと戦術を変えられればいいんだけどね・・・戦い始めると考えるのやめるし」


鏡花の言葉に陽太はいやぁと言いながら照れているが、別に褒めているわけではないために照れる必要はない


そんなことを思いながら静希達は明利の評価に目を通す


【幹原明利】『主に索敵とナビゲートによって班に貢献、その貢献度は学年でも随一、体力の低さも少しずつ改善されつつあるが、相変わらず発言の機会が少ない、班でのコミュニケーションはとれているために問題はないと思われるが、もう少し自己啓発を』


この評価を見て全員が思わず声を漏らしてしまった、まさか評価の中でここまで高いものを持っているとは


「おいおい、学年でも随一だってよ、すげえじゃん明利!」


「明利の索敵にはいつもお世話になってるしね・・・うん、この評価も納得だわ、いろんな意味で」


陽太と鏡花の言葉に明利は恥ずかしそうにうつむいてしまう、自己主張が少ないという事が変わらないのが教師としては気になったのだろう、最後に加えた一文が気になるがそれ以外ではよいことしか書いていない、明利の索敵能力の高さにはいつも助けられているために全員が納得の評価だった


そして最後に我らが班長清水鏡花のコメントを見てみることにした


【清水鏡花】『高い能力と思考力から班をフォローし上手くまとめることができ始めている、不測の事態における対応も少しずつ慣れてきているようで、班の第二の司令塔の役割を担っていると言っていい、時折暴走する班員には手を焼いているようだが関係は良好になっていると判断する』


この評価に鏡花を除く三人がおぉと声を漏らした


「前回は散々書かれてたけど、まともになったな」


「そりゃあんだけ面倒をかけられればね、いやでもなれるわよ、どっかの暴走する班員のおかげでね」


鏡花の言葉に、三人はそれぞれ思い当るところがあるのか苦笑しながら鏡花から目をそらす


良くも悪くも特徴的過ぎる班員たちに鏡花は手を焼いている、だが今の状態も悪くないと思っているのもまた事実だ


「んじゃお待ちかね、班全体の評価ね、これがそうよ」


鏡花が指差す場所にある評価は次の通りである


『能力使用適正』A『対応力』A(+)『思考力』S『意外性』S『精神安定性』A(--)『連携・協力性』S(+)


この項目に静希達は全員首をかしげてしまう、なにせ今まで見たことがなかったプラスとマイナスの記号がついているのだ、マイナスに至っては一つの項目に二つもついている始末である


「・・・これ何?どういう事?」


「知らないわよ・・・たぶん後で先生から説明があるでしょ」


単なる評価なら以前と何ら変わっていないのだが、その評価に更なる追加効果がされているという事に静希達は互いに首をかしげてしまっていた


なにせ今までの人生で成績を返されてきてこんなことは一度もなかったのである


そうこうしているうちに城島が必要事項を書き上げたのか、手を叩いて全員を注目させる


「えー・・・なお今年度、このクラスの最優秀班は三班だ、三班の人間は後で担当教員の元に行き話を聞くこと、それと一班は後で私の元に来ること、以上だ、この一年ご苦労だった、来年からはもっと過酷になるだろう、来年も無事に過ごせるよう祈っている、解散!」


城島の言葉と同時に視線がクラス内にいる三班の人間に注がれ、拍手が送られる


「やっぱり今回は俺らじゃなかったな」


「当たり前でしょ、問題行動起こしてるような人間が優秀に選ばれたらそれこそ問題だもの」


賛辞の拍手を送りながら静希達は全員苦笑してしまう


命令違反に無断行動、これだけでも十分問題視される、何より問題なのはその時の行動が危険すぎたことだ、自分の身を守るという意味でしっかりと安全な行動できなければ能力者としては未熟であるのと同じなのである


解散と同時に静希達は荷物を持って教室から去ろうとする城島の後を追った


「先生、今度は何の用ですか?」


「・・・お前達の方からも聞きたいことがあるだろうが・・・まぁ職員室についてから話す、付いて来い」


静希達はひとまず城島のいう事に従うことにし、職員室まで同行した


そして城島のデスクにやってくると城島はため息をつきながら並んだ四人を見渡した


「・・・ひとまずこの一年ご苦労だった、私の生徒にしては上出来な結果だ」


城島の賛辞に戸惑いながら、静希達はとりあえず成績のことについて聞くことにした


なにせ今までなかったプラスマイナスの追加があるのだ、聞かずにはいられない


「ありがとうございます、あのこの成績の表示についてなんですけど・・・」


鏡花が先程見ていた班の成績の項目を見せると城島は複雑な表情をしながら鏡花を見た後静希を見る


「これは、お前達の班の評価において、今までの基準では判別できない部分があったために追加された項目だ、三年になるといくつかこういう班が出てくるんだが・・・一年ではお前らが初めてだ」


チームで行動していると、どうしてもある程度の基準での測定が難しくなる班が必ず出てくる、要するに実力を数値化することが難しくなる特性が出てくるのだ


不安定というだけではなく、規定値よりも高い能力を発揮したり、逆に普段は基準の能力を発揮するのにある条件が加わると実力が下がったりすることがあるという


その条件が極端すぎるために、成績という形で出すときに通常のS~Eの評価の他に+と-を付けることで評価をさらに細分化するのだという


「えっと、要するにプラスだったらこの評価よりもいい実力を発揮できて、マイナスだと条件によっては実力が出せないってことですか?」


「そうだ、心当たりがあるだろう?」


城島の言葉に鏡花は思い出す、静希がいなくなった時の陽太と明利の精神的な動揺を、恐らくあれがマイナス補正となっているのだ、あの状態の二人は見ていられなかった


行動においてもマイナスと取れるだけのものを行っている、平常時においてはそんなことはないため、確かに普通の評価を付けることは難しいかもしれない、なにせこの二人があの状態になるのは静希が死ぬという状態に限った話なのだ


「えと、マイナスはわかったんですけど、プラスに関しては?俺らそんなに変わったことはしてないと思うんですけど」


「このプラスは、班員以外の協力者がいた場合の補正だ、通常よりも良い結果が出たという事だな、前回と前々回の実習でついた補正と思え」


前回では軍やエドたちの、前々回は石動達の班との共闘が行われた、その時の対応と連携においては普段よりも良い動きができているという意味でこの評価がされたのだろう


「ちなみに、優秀班に関しては?やっぱり樹海の時のマイナスがでかいですか?」


「・・・それなんだがな・・・確かにマイナスはしているんだが、実はそのマイナスを加味してもお前達の点がうちのクラスではトップだったんだ・・・だが問題行動をしているからと、会議で除外されているんだ」


城島の言葉にあぁやっぱりねと静希達は苦笑する、仕方のないことだ、単純な点数だけで優秀な能力者が決まるというわけではない、今回は問題行動を起こしてしまっているだけに仕方がないという気持ちの方が強かった


「まぁ、来年度問題を起こさなければまた優秀班にはなれるだろう、一年の時と違って祝賀会はないが、問題を起こさないように精進しろ」


「了解しました、この一年お世話になりました、来年もよろしくお願いします」


鏡花の言葉と共に全員が礼をする、静希の事情を鑑みると来年も自分たちの担当教師は間違いなく城島になるだろうことを把握しているのだ、そしてそれは当たっていたらしく城島はため息をつく


「まったく、手のかかる生徒を持つと教師は苦労するな」


そう言いながらも、城島は嬉しいようで柔らかな笑みを浮かべながらため息をついていた


職員室を出た後、静希達はようやく学業から解放されたことに喜びを感じながら帰宅しようとしていた


「よし!んじゃ今日はお疲れ様会でもするか!適当に遊んで騒ぐぞ!」


帰宅といっても陽太はそのまま帰宅するつもりはないようで、カバンを振り回しながらこれからのことに花を咲かせようとしている


ようやく一年が終わったのだ、これからのことはさておいて、今は遊ぶことに目を向けてもいいだろうという気持ちなのだ


そしてそれは陽太だけではなく、全員が抱えている気持だった


「じゃあどうしよっか、カラオケ?ボウリング?それとも静希の家?」


「俺の家が選択肢にあるってのも妙な感じだけど・・・まぁ適当に店を回ってみようぜ、どっかしら空いてるだろ」


終業式が行われている時点で考えていることは大体同じ、早めに行動しておきたかったのだが少々込み入った事情があっただけにやむを得ないと言えるだろう


まさか自分たちの評価が通常の班のそれでは測定できないような種別になるとは思ってもみなかったのだ


特定条件での発揮能力の変化


ある一定の条件がそろうと動きが良くなったり悪くなったりというのはよくあることだ、ただそれは個人の話で班での行動においては大体得手不得手が均等になることが多い、だが時折ある条件に特化しているような人間がそろうことがある


静希達の班の場合、それが自分たち以外の協力者のいる場合に、普段以上のスペックを発揮すると言うものだったのだ


連携に特化した班だからこそこの結果が出たのかもしれないが、それにしてもまさか特殊評価を付けられるとは思ってもみなかった


デメリットのマイナスに関しては静希の死亡という極端な内容のためにほとんどないようなものである


「お、ここでいいじゃん、行こうぜ」


「はいはい、あ静希、ついでにお菓子買ってきて、適当なのでいいから」


「はいよ、明利行くぞ」


「うん、わかった」


陽太と鏡花が先に店に入り、四人分の予約を済ませている間に静希と明利は近くのコンビニでつまむ用のお菓子を購入することにする


さりげなく鏡花と陽太を二人だけにしたのも静希の気づかいだ、せっかく今年度が終わったのだ、両者ともにいろいろと伝えたいこともあるだろう


「それにしても残念だったね、優秀班になれなくて」


「まぁしょうがないんじゃないか?今回は樹海の件があったし、それに今回ダメだったからどうってこともないだろうしな、そもそも目立ってもいいことなんてないし」


静希の性格上、そして得意行動の性質上、あまり目立つというのは避けたいのだ、隠密行動を得意としている以上、目立たず行動するのがベストなのである


とはいえ評価されるのが嫌いなわけではない、静希だって真っ当に評価され、褒められたいと思うものだ


自分の周りに人外という稀有な存在がいなければ、素直に優秀班を逃したことを悔しがれるのだろうが、今はどちらかというと安堵している


「明利、来年からも頼むな、いろいろ苦労かけると思うけど」


「ううん、静希君と一緒なら大丈夫、私にできる事なら何でもするよ」


甲斐甲斐しく自分に尽くしてくれる明利に、静希は嬉しくも申し訳なくなりながらその頭をやさしくなでる


負担をかけないように、そして今後守っていけるように、そう思いながら静希は小さく息をする


「買ってきたぞー、適当に好きなの選・・・べ・・・」


近くのコンビニで適当に全員で食べられる菓子を買い、メールで部屋番号を聞いた後でその部屋に突入すると何やら鏡花と陽太が勢いよく離れた


その顔は若干赤くなっており、何かがあったという事を如実に語っていた


「・・・ほほう?もうちょっと買い物してたほうが良かったか?」


「い、いいから!別にいいから!さっさと入りなさいよ!明利もほら!」


どれだけ取り繕うとしても何かがあったことはすでに隠せないところまで来ているが、一応鏡花としては何事もなかったようにしたいのだろう、何も隠すこともないのにと思いながら静希と明利はとりあえず飲み物を取りに行き、それぞれ席に座る


「それじゃあ班長、ひとまず音頭を頼むぞ」


「わかったわよ、そうせかさないで」


赤い顔のままの鏡花が咳払いをすると、その場にいた全員の視線が鏡花に集中する


このやり取りも慣れたものだ、鏡花がこの一年で静希達の仲間としての関係を確固たるものにできたという事でもある


そう言う意味ではこの中で一番苦労し、同時に喜びを感じているのは鏡花なのかもしれない


「えー・・・いろんなことがありましたが、ひとまず無事に今年度の学業をすべて終了することができました、不出来な班長ではありましたが今まで付いてきてくれてありがとう、来年もよろしく、ひとまずお疲れ様でした、乾杯!」


「「「乾杯」」」


四人は持っているグラスをそれぞれぶつけ、甲高い音を部屋中に響かせる


鏡花と出会い、エルフに遭遇し、悪魔と契約し、神格の加護を得て、霊装を従え、奇形種を倒し、実習を乗り越え、幽霊を成仏させ、危険に晒され、城島のことを知り、罠にかけられ、様々な人と出会った濃密な一年、それが今終わろうとしている


年度の終わり、静希達一班はようやく、一息つけたのかもしれない


カラオケで十分以上に騒いだ後、当然というべきか一班の人間は静希の家で二次会へと洒落込んでいた


静希の家につくと同時に人外たちも外に出てきて鏡花たちと同じように年度の終わりを祝うべく思い思いにはしゃいでいた


テーブルに並ぶ食事もほとんどが出前で、ピザやら寿司やらみんなで食べられるようなものがチョイスされていた


和洋折衷といえば聞こえはいいが、ただ単に何も考えずに注文した感は否めない


「にしてもそうかぁ・・・もうすぐシズキに会って一年になるのね、時間の流れって早いわぁ」


四月に静希と出会った人外の中で一番の古株であるメフィは感慨深そうにつぶやきながら静希を抱きしめている


今日ばかりは無礼講なのか、静希も無為に振り払おうとはしていなかった


「ふむ・・・思えばいろいろあったものだ・・・」


「本当に、今まで止まっていた時間に比べると怒涛の日々でした」


人外の中でも最も人間に近いオルビアはこの時間の流れに特に感慨深く思っているようで何とも言えない複雑な表情をしていた


今までずっと地下で閉じ込められていたことを思い出しているのか、その表情は少し浮かない


新しい人との出会い、人外との出会い、それらを考えると濃密すぎる一年だったために静希としても人外としても喜んでいいのか微妙なところである


「おらメフィ!リベンジだ!とっととコントローラー持て!」


「あらあらお呼びだわ、行ってくるわねシズキ」


先程から食事をしながらゲーム大会のようなものを催しているためか、数人がかわるがわるテレビの前に陣取っていく、やるゲームもその内容も毎回毎回変わるために誰が入れ替わるのか全く分からない状況である、今回はどうやら鏡花が入れ替わりのようだった


「お前が陽太に負けるとはな」


「うっさいわね、たまにはいいでしょ」


そう言って鏡花はピザを一切れ手に取り頬張っていく、こんな調子で食べているために一向に減らない、確実にその数を減らしてはいるのだがまだまだ先は長そうだ


「・・・この光景・・・一年前の私に見せてやりたいわ」


「見せたらなんか変わるのか?」


一年前の自分に、そんなことを仮定しても意味はないが、鏡花にとっては今この状況が何よりうれしい物だろう


誰かに必要とされる、実力とかそう言う意味合いではなく、ただ自分を必要としてくれる


例え能力が使えなくても、自分を見てくれる、そんな友人たちに出会えたことを、昔の自分に教えてやりたかった


「ありがとね静希、今こうしていられるのはたぶん、あんたのおかげだから」


「俺?どっちかっていうと喧嘩を吹っかけた陽太の方じゃないか?あいつがムキにならなきゃ俺も介入しようとは思わなかったし、それに初めてお前に話しかけたのは明利だぞ」


あの時、鏡花と初めて出会ったとき、明利に話しかけられ、明利に連れられ、そして陽太と出会い、戦い、静希に打ちのめされた


静希に負けたからこそ、今の自分があるのではと思っているのだ


「確かに、始まりは明利かもしれないけど、でもあの時私が勝ってたら、たぶん今こうしてなかったと思う、勝ったらそのまま、私はまた一人になってたと思う」


だからと区切って鏡花は静希から目をそらす


「ありがと静希、あの時私を負かしてくれて」


それは、一人が強いだけでは勝つことができないという絶対的な証明、劣等生に打ち負かされることで、鏡花は協力と連携の重要性を理解することができ、なおかつ素直に静希と陽太を認めることができた


もしあの時鏡花が勝っていたら、自分のいう事は正しいのだと、再び一人の道を歩んでいたかもしれない


自分を負かしてくれてありがとうなど、そんな奇妙なお礼に静希は思わず笑ってしまった


「な、なによ、こっちは真剣だってのに」


「いや、なんていうか・・・この班の中で一番変わったのは多分お前だわ、もちろんいい意味で」


静希は純粋に褒めたつもりだった、本当に良い意味で角が取れたというか、丸くなったというか、鏡花は他人に対する認識を改めたのだ


相変わらず毒舌で歯に衣着せぬところはあるが、それでも最低限の分別はわきまえられるようになっている


チームで行動することで、個の力よりも、集団の力の強さを学んだのだ


当たり前すぎて学校では教えてくれないこと、誰かと一緒に過ごし、協力することで得られる力とその強さ


鏡花は一年かけて、今までの自分を変え、新しい自分へと変わったのだ


「ったくもう・・・雪奈さんじゃないんだから変に茶かすのやめてよね・・・そう言えば雪奈さんは?」


「ん、今日は班での打ち上げがあるからこっちへは来ないんじゃないか?まぁもしかしたら夜に来るかもしれないけど・・・」


雪奈も雪奈で自分の班でそれなりに苦労している、だからこそその慰安という意味でも楽しむのが一番だ


そんなことを考えていると静希の携帯が着信を告げる、雪奈だろうかと確認すると、その予想は裏切られる


携帯の着信画面には石動の名が浮かんでいた






石動の電話の内容はシンプルだった、後日東雲姉妹の特訓に付き合ってくれないかと言うものである


正直断りたかった静希だったが、近くに鏡花たちがいるという事もあり、少々思うところもあったために条件付きで快諾した


その条件は静希からではなく、鏡花から提示されたものである


東雲姉妹の特訓に鏡花たちも同席することと、石動に陽太との戦闘訓練をお願いすることである


鏡花がいくら能力の特性を理解し、その能力を助長出来たとはいえ、実戦の戦い方まで指導できるわけではない


やろうと思えばできるだろうが圧倒的に前衛の乏しい静希の班では限界があるのだ


そこで同じ前衛である石動に指導を頼めないかと思ったのである


石動はこれを了承した、彼女としても思うところがあったのだろう、陽太と訓練することを楽しみにしている様だった


そして時間は現在に戻る


静希と鏡花で東雲姉妹の訓練をし終え、ひとまず陽太と石動の実戦闘訓練を行っているところなのだ


土煙が晴れ、両者が激突した後にはやはり二つの影


陽太の槍と体を雁字搦めにするように石動の血の鎖が巻き付き、その首筋に鋭い刃が向けられていた


陽太の体に巻き付けられている鎖は周囲の地面や岩に突き刺さり、その動きを完全とは言えないまでも封じようとしていた


足の底にスパイクのような突起をつけ、地面にいくつもの支えを作った状態でも陽太の突進を止めるためにかなり後方まで押し戻されたようだが、それでも石動は自らの体を危険に晒すことなく、陽太への攻撃が可能な状況にして見せていた


「勝負ありね・・・まぁ当然こうなるか」


「まぁ正面から突っ込むだけじゃこうなるわな、受け流さないで受け止めたのは前衛としての意地ってところか?」


単純な身体能力だけの勝負なら陽太に分があったかもしれないが、能力戦ではありとあらゆる要素を必要とする


完全に勝負はついたと思われる中、それでも陽太は前進する


「・・・っ!まだ動くか・・・!」


「当たり前だ!この程度で俺を止められるとか思ってんのか!」


首筋に刃を当てられているのにもかかわらず、陽太は動こうとする


鏡花もその行動が危険だと判断したのか止めようと声を出そうとしたが、陽太の首筋を見てその必要がないことを悟る


石動がしかたなく首に血の鎖を巻き付け窒息させようとするが、まるで金属同士がぶつかるような高音が響く


首を絞めてこんな音が出るはずがないと陽太の首をよくよく見ると、その周りに槍の一部だろうか、硬化した炎が部分的に顕現していた


手だけではなく、体の一部分の炎を硬質化、槍と同じ性質を、体の任意の位置部分で作り出す、まだその練度は低いながらも、陽太はここまで成長していたのだ


鏡花を始め、静希も石動も明利もその変化に驚きつつ、再び様子を見ようとするが、前進を続けていた陽太が大きく槍を振り上げる


地面に埋め込まれた血の鎖を地面ごと引き抜き、その繋がっている先の石動ごと持ち上げようとする中それは起きた


陽太の体の硬質化している部分がいびつに変形してきている


「・・・良いところまでいったんだけどね・・・時間切れだわ」


鏡花の言葉と同時に、陽太の体を覆っていた槍と盾、そして硬質化した部分がその形を維持することができずに暴発する


周囲に炎をまき散らしながら起きたそれを見ながら鏡花はため息をつく


「四十三秒・・・実戦形式にしては保った方ね、まだ青い状態で実戦投入は無理か・・・」


「いやいや、よくやった方だろ、あそこまでできるとは思ってなかった、十分大健闘だ」


炎が収まると陽太はすでに藍色からオレンジの炎へと戻ってしまっており、全力を出せる時間が切れたことを認識したのか項垂れる


そしてその陽太に炎を血の鎧でガードした石動が大量の刃を向ける


「もうさすがにギブアップか?」


「あぁ、できることは全部したけど・・・やっぱまだエルフには勝てないか・・・!」


熟練されつつあるエルフとの戦闘でむしろここまで戦えたのは称賛に値するだろう


以前の陽太なら大量の刃によって簡単に切り刻まれていたかもしれないのだ、大した進歩である


鏡花が観戦席を元の岩場に戻すと、戦闘が終了したと認識したのか陽太も石動も能力を解除する、それと同時にそれを見ていた全員が二人の元へと駆け寄る


「よくもまぁあそこまで戦えたもんだな、鏡花姐さん様様か?」


「まったくだ、これから訓練を積めばきっと石動だって倒せるようになる、な!鏡花」


静希と陽太の会話に、鏡花は大きくため息をつく、何を馬鹿なことを言っているんだかという表情だ


「あんたね、少なくとも今の石動さんを倒せるようになるまでにどれだけ課題があると思ってるの?たぶんあと一年以上かかるわよ」


「一年・・・いや一年あれば勝てるってそれでもすげえじゃん!やる気でてきた!」


今回の訓練のそもそもの目的は陽太に前衛としての戦い方を学ばせることだったのだが、陽太が思わぬことでやる気を上げているためにそれ以上何か言うつもりはなかった


相手も成長することをそもそも考えていないからこそ言える話だが、そんなことは陽太はわかっていないだろう


「いやまさかここまで追い詰められるとは思っていなかった・・・響の能力もなかなかだな」


手加減こそしていなかったが、自分の動きにこうまで付いてこられ、同時にほぼ互角に戦って見せた相手に、石動は素直に賞賛の意を示した


今まで自分と対抗できる前衛などいなかったのだろう、ある意味好敵手を見つけたと思っているのだろうか、石動の声はとても楽しそうだ


競う相手がいるというのは嬉しいのだろう、屈伸運動をして体の調子を確認しながら先程まで二人が戦っていた演習場を眺める


岩がかなり乱雑に置かれていた演習場で、それなりの数と大きさの岩石が置かれていたのだが、そのほとんどが砕かれ切り裂かれほぼ平地と同じ状態になってしまっている、これだけで二人がどれだけ派手に暴れたのかがよくわかる光景である


「ったく二人して派手に暴れてくれちゃって・・・後片付けするの誰だと思ってんのよ」


「すいません鏡花姐さん、よろしくおなしゃす」


陽太がいつものような三下演技をする中、石動が東雲優花に何やら小声で話している


すると小柄なエルフは鏡花の元に駆け寄る


「あ、あの清水さん、私も手伝います」


「優花ちゃんが?そりゃ助かるわ、復元をついでに特訓にでもしましょうか」


例によって後片付け、もとい復元作業は鏡花が行うのだが、今日は変換系統はもう一人いる、東雲優花にも手伝ってもらい、演習場の修復を訓練と同時並行で行うことができた


鏡花自身エルフの変換系統の能力者と競うことができるというのはいい経験になると思っている様だった、さすがにまだ負けるわけにはいかないのか、少しむきになっているのが印象的である


東雲優花がエルフである以上、能力の出力では鏡花は間違いなく劣っているだろう、だが前衛などの強化系統のそれと違って変換系統の能力に求められるのは単なる出力ではなく、それをどれほど扱えるか、つまりは操作性にかかっている


膨大な質量を一度に変換するためには当然ながら強い出力が求められるが、変換の速度は出力だけではなくどれだけ変換しているものを把握できるか、そしてどのような形にするかのイメージをどれだけ具体的にもてるかで決まる


要するに脳の処理能力が高くなければ精密かつ迅速な、そして量の多い変換はできないのだ、こればかりは日々の訓練で上達させていくほかない


「あ、あの五十嵐さん、私達も訓練再開しませんか?」


「あー・・・そうだな、始めるか」


陽太と石動の戦闘訓練を眺めていたおかげで中断できていた訓練だったのだが、鏡花たちが訓練を再開してしまった以上自分たちも再開しなくてはいけないだろう


といっても、はっきり言って静希の能力と風香の能力では勝手が違いすぎる

中距離攻撃という意味では似通っているが、彼女の場合能力を応用して壁のようなものを作ることができるのだ


圧縮した空気を発現する能力、攻撃するための弾丸や刃だけではなく、身を守るための壁や移動するための足場だって作れるのだ


とはいえそこは空気であるために強度は陽太が作る盾や槍とは劣る、せいぜい普通の鉄程度の強度しかないが、恐らく訓練を重ねるうちに強くなるだろう


鉄程度と表現したが、この年で作り出せる能力としたら上出来すぎる強度だ、ほとんどの小火器に対して有効な壁を作り出せるのだから


静希の有する大砲まがいの巨大な弾はさすがに防げないし、陽太が使うような攻城兵器には真正面から太刀打ちすることは難しいだろう


だがやりようはある


「んじゃ射撃訓練でもするか、俺の出すトランプめがけて能力を当ててみろ、ただし使っていいのは極小の圧縮弾だけだ、広範囲の斬撃は使用不可とする」


「・・・あの、何でそんなことを?」


風香はエルフだ、先の石動の戦いや周囲を復元し続けている優花のように大規模かつ高い威力を扱うことに長けている人種である、その為局地戦の中でも広範囲攻撃や制圧行動に向いており、精密射撃などはあまり重視されないのだ


だが彼女の能力は、そう言った場面だけではなく、もっと別の場所にも有効活用できると静希は睨んでいた


「お前の能力、さっき確認したけど足場代わりにもなるし、何より放たれる攻撃の軌道がほとんど見えない、初見じゃ避けることは難しいだろうな」


前衛の人間のような、ある種の勘が優れた人間なら、嫌な予感がするからよけたというわけのわからない理屈で回避することもできるだろう、実際陽太は以前風香の攻撃を避けている、あの時は鏡花の能力の補助もあったからだろうが、完全にその攻撃を回避して見せた


だが今回風香に狙わせる対象は前衛ではない


「あいつらみたいな目立つ一撃を放つ戦車みたいな戦いかたよりも、お前は俺みたいな隠密行動とかの方が向いてると思う、まぁ実際その威力は戦車級なんだろうけどさ」


静希の言葉に風香は一瞬考えるようなしぐさをしていたが、俺みたいなという言葉に仮面の奥の目を輝かせた


静希と同じ、静希と同じような戦い方をすればもっと接点が生まれるかもしれない、そういうちょっとした下心にも近い感情が彼女の中には存在した


「じゃ、じゃあ私が目指すのは五十嵐さんですね!」


「ん・・・俺よりずっといい能力者になるだろうよ、能力の出力が桁違いなんだから」


そう言いながら静希は周囲にトランプを顕現し、飛翔させる、そのトランプの中に幾つか布を垂らして目印を作ると再度あたりに飛翔させる


「目印だけを打ち抜いて見せろ、最初は固定、次からゆっくり動かしていく、最後はトランプ自体がお前を狙って動くようにしていくぞ、準備はいいか?」


「はい!」


元気よく答えながら指をまるでピストルのようにして狙いを定める、戦う訓練より指導する訓練の方が楽でいいなと思いながら静希はトランプを動かさないように注意し続けていた





さすがというかなんというか、東雲風香の射撃能力はかなり高かった


後に目がついているのではないかと思えるほどに視界内だけではなく、背後の標的にも的確に攻撃を当てていく


なぜあのような芸当ができるのかと思い返した時に、彼女にも人外がついていることを思い出す


彼女のそれは静希とは違い精霊だろう、恐らく精霊が細かく指示を飛ばしているか、あるいは別の手段で彼女の補助をしているか


どちらにせよ、もう止まった目標では的にすらならないようだった


そこで静希はトランプをゆっくりと動かしていく、定速で円軌道を描くように


実際一定の動きをするだけなら止まっているのと変わらないだろうが、移動先に照準を即座に変更できるというのは案外必要な技術だ


そしてこれもさすがというか、風香は即座に対応し的に次々と攻撃を当てていく


元々普段からこういった射撃をしているのだろう、彼女の能力による射撃センスはなかなかのものだ


自分とはえらい違いだなと苦笑しながら、静希はトランプの動きを僅かに変える


一定の法則ではあるが、一見不規則に動いているように見えるような軌道を描くことで、周囲の状況の把握能力を確かめようとしたのだ


さすがにこの動きにはなかなかついてこられないようだったが、四苦八苦しながらも弾を乱射することで何とか的に当てることはできている、これはこれで正しい手法だ


となればレベルをさらに上げる必要があるだろう


「鏡花!ちょっといいか?」


「え!?なになんか用!?」


彼女は彼女で集中していたのだろうが、これは鏡花にしかできないことだ、心苦しいが頼むほかない


「風香の周りに障害物をたくさん作ってくれ、カバーリングできるようなの」


「あー、はいはい、やったげるわよ!」


鏡花が地面を足で叩くと風香の周囲に突如大量の突起物が出てくる


単純な立方体だが、静希の指示通り、上手く身を隠せたり視界を塞げたり出来ている、これだけあれば今のところ十分だろう


「風香、今からトランプがお前めがけてぶつかろうとしてくる、布に塗料を付けとくからそれにあたらないように回避と攻撃をしろ、いいな?」


「は・・・はい!で、でもこの岩が邪魔で・・・」


「その岩を破壊することも禁止する、狙うのはあくまで的だけだ、それじゃあ開始」


こんな状態での攻撃と回避はそもそもやったことがないのか、風香は戸惑いながら最初周囲から飛んでくるトランプを回避しながら必死に攻撃していた

さすがの静希も鬼ではない、できる限り彼女から見えやすい位置から攻撃を仕掛けたり、なるべく多方向からの同時急襲などは避けている


とはいえ先程までの開けた状態から一変、周囲の視界は狭くトランプの移動先を予測できないためかなかなかきちんと照準を定めることができずにいた

そんな中静希は動き出す


障害物から障害物へ移動しながら、風香の死角から死角へと移動していく


そして風香が飛び出してきた瞬間、彼女の顔に自分の指を拳銃に見たてて撃つ仕草をした


「え?あれ?」


いつの間に移動していたのか、足音もなく、視界にも収まらなかった静希の動きに風香は戸惑っていた


「風香、今の俺の行動の意味、分かるか?」


「え?・・・えっと、わかりません」


訓練中に突然静希があらわれ、銃で撃つようなしぐさをしただけではさすがにわからなかったかと静希は苦笑しながらトランプを自分の周りに集める


「どんな強い能力者でも、不意打ちをしてしまえば一撃で倒せる、それこそ無能力者にだって倒せる、たとえそれがエルフでも」


不意打ち


それは静希が最も得意とする攻撃手段の一つだ、相手に考える隙を与えずに、相手に反撃する隙を与えずに行動不能にする


小学生相手に教えるような事ではないが、せっかくなので教えることにしたのだ


正々堂々などという言葉からはかけ離れた実戦の理を


「お前はエルフだ、まだ小学生だからこれからもっと能力も体も強くなるだろうけど、お前の能力は隠密行動向きで、不意打ちに向いてる、なにせほとんど見えないからな」


見えない不意打ち、これほど強く恐ろしいものはない


当然ではあるが、不意打ちとは意識の外から攻撃するのがセオリーだ、その中で物理的に見えない攻撃というのは脅威になる


「お前は今、トランプの方ばかりに目が行って俺のことを完全に忘れていただろ?それと同じだ『エルフなんだから真正面からくるに決まってる』っていう事を逆手にとれる、それは凄いメリットだ」


現代において、いや過去においてもエルフの能力者というのはその能力の強さから矢面に立たされることが多い、その圧倒的な能力の強さを利用して相手を蹂躙する戦いを得意としているからに他ならない


だからその裏をかく


静希がやろうとしているのは、戦車を真正面からぶつけず、敵陣地内に隠密侵入させようとしているようなものだ、もっとも実際の戦車と違い、エルフは、引いては東雲風香は体が小さい、いくらでも身を隠せるし、侵入だって簡単にできてしまうのだから


もし彼女が静希と同じかそれ以上の隠密スキルを身に着けたら、その時は最強の伏兵になると静希は考えていた


「という事で、お前には今から射撃ではなく身を隠しながら移動できる方法を教えていく、厳しくいくがしっかりついてくるように!」


「は、はい!」


軍隊仕込みのカバーリングと隠密行動を小学生に教え込むのもどうかと思ったが、今は少しでも覚えられればいい方だ


最低でも身を隠すこととその動き方を学べればいい


「鏡花!この辺りに迷路みたいなの作ってくれ!建物でもいいぞ!隠れるところがたくさんあればなおよし!」


「簡単に言わないでよバカ!ったくもう・・・」


簡単に言わないでといいながら鏡花が一回地面を足で叩くだけで静希の周囲の地面が盛り上がり二階建ての建築物が出来上がる、といっても本当に簡単な正方形の建物だが、その中は迷路とまではいかないが静希の頼み通りいくつもの部屋ができていた、障害物も意図的に多くしているようで隠れられるところがたくさんある


「明利!今から訓練するからちょっと中に入ってくれ!」


「え?う、うん、わかった!」


外で様子を眺めていた明利は不思議そうな表情をしながら鏡花が作った建物の中に入っていく


そして明利が建物に入ると同時に静希は明利に指令を送る、用件は単純に、かくれんぼを開始すると言うもの


「いいか風香、今から明利が鬼でかくれんぼを開始する、障害物を自由に使って逃げて隠れ続けろ、障害物間での移動も可だ、だが能力の使用は禁止する」


「は、はい!見つからないように移動し続けるんですね!」


風香も静希がやらんとしていることを理解したのか、やる気を見せている


子供に対してはこうやって遊び交じりにやったほうが上達する、自分の子供の頃を思い出しながら静希は簡単なルールを明利の携帯にメールで送る


能力の使用は禁止、逃げる二人は隠れる場所をいつでも変えていいと言うものだ


一見明利に不利な条件に見えるが実際はそうでもない、限られた空間の中、余計な音さえ立てなければほぼ完全なる静寂だ、人の足音も、衣擦れの音さえ集中すれば聞こえるのではないかと思えるほどである


さらに言えば、もともとが岩石地帯で、鏡花が案外適当な仕事をしたせいか砂利が多く、人の足音が聞こえやすくなってしまっている


障害物などに関してはコンクリートに近い状態になっているが、地面には砂が目立つ


そして明利は静希がやりたいこととやらせたいことを大まかに理解していた

薄く笑い、静希の開始のメールが届くと同時に大きな声でゆっくりと十数えた後、もういいかいと決まり文句をあたりに響かせる


もちろん返事はない、当然だ、この状況下でわざわざ自分の居場所を知らせるバカはいない


沈黙を合図に明利は動き出す


そしてある部屋の中に入ろうとすると、近くで僅かに砂の音がする


明利がその音のした方向に振り向いた瞬間に、砂の音は聞こえなくなったが、そこに何かがあるのは確定的だ


音のする方向に向かうと、障害物がいくつかあるのが見受けられる


障害物を迂回して部屋の奥に行こうとすると再び砂の音がする


どうやらこの障害物に隠れているようだが、明利から隠れようとしているらしい


微笑ましい抵抗に、明利は小さく笑みを浮かべながら機敏な動きで障害物の反対側に移動する


すると体を小さくして隠れている東雲風香を見つけることができた


「風香ちゃんみーつけた」


「あぅ・・・は、早いです・・・」


よもやこんなに早く見つかるとは思っていなかったのか、風香は若干驚いている様だった、なにせ明利からこちらは見えていなかったのだ、どうして見つかったのかという疑問を持つのは当然だろう


「ふふ・・・隠れるなら音もしっかり隠さなきゃだめだよ、足音って結構わかりやすいから」


明利は温厚な表情と性格をしているし、戦闘は苦手としているがこれでも夏に静希とほとんど同じような訓練は一通り受けているのだ


隠密行動のそれも静希には劣るもののある程度受けている、その時に最低限の技術は取得済みなのである、さらに言えば普段から静希の隠密スキルを見てきているのだ、それなりの技術がある以上、完全素人の風香を相手に後れを取ることはない


「なんだ、風香もう見つかっちゃったのか」


そう言いながら隣の部屋から静かに顔だけ出した静希を見て、明利は小さくため息をついてしまう


「静希君、最初からかくれんぼじゃダメじゃないかな、隠れ方とか動き方とか教えてあげたほうが・・・」


「口で説明してもよくわからないかと思ってな、何で見つかったのか、何でばれたのかを体で覚えさせたほうが早い、今だったら足音で把握された、なら足音を消すにはどうするかって話だな」


そう言いながら静希は扉の枠を掴んだ状態で体を浮かして見せる、足元に砂はあれど、壁や障害物に手を突いたりすれば足音は消せる、どんな状況でも隠密行動ができるようにあらゆる状況に適応する必要があるのだ


静希は移動するときに障害物に手をかけ、壁から壁へ、障害物から障害物へと音をたてないように移動している、一見すると忍者のようなその動きに風香は興奮しながら賛辞の瞳を向けていた


「まぁ明利相手なら五分隠れられ続ければ合格じゃないか?それができたら次のステップだな」


誤字報告が45件分溜まったので十回分投稿


ファーww流石に十回はビビりました、これでまた自分のメンタルの経験値がたまりましたね


今回から二十五話スタートです、これからもお楽しみいただければ幸いです

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ