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J/53  作者: 池金啓太
二十四話「交錯する幼馴染」

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入れ替わる意味

「いやぁそれにしても・・・自分の体というのは素晴らしいな」


「うぅ・・・自分の体なのに使いにくい気がする・・・体が重い・・・」


静希と明利の表情の違いは、互いの体の利便性の違いによるものだろう


今日一度倒れかねないレベルで体を酷使している明利にとっては、その体に若干ながら疲労が残っており体が重く感じるのだ


静希が後先考えずに全力を出したのが原因であるとはいえ、本人からしたら先程までの入れ替わり状態と比べると数倍体の動きが鈍く感じるだろう


「なんならおんぶでもしようか?とりあえず家に帰るけど」


「・・・うん、お願いしようかな・・・」


羞恥なども全くなく明利は静希に背負われそのまま運ばれる、こういう時身長が低いと少しだけありがたい、周りからはきっと兄妹のように思われているだろう、実際は恋人で同級生なのだが、周りにいる赤の他人からしたらそんなことがわかるはずもない


「にしても軽いな・・・もう少し肉付けた方がいいんじゃないか?」


「太るのはいやだよ・・・筋肉の方が重いけど、付くなら脂肪より筋肉の方がいい」


元々肉がつきにくい体質であるとはいえ、明利はかなりやせている、やせ細っているとまではいかないが、余計な肉がほとんどついていないというのが現状だ


筋肉を付けたいと願ってもなかなか筋肉はつかず、身長を伸ばしたいと願っても身長はほとんど伸びず、明利の体積は昔からほとんど変わっていない、唯一変わったと言えば髪の長さくらいだ


「今日はどうする?泊まってくか?」


「ん・・・今日は帰るよ、さすがに二連続だと怒られそうだし・・・それに今日の話をお母さんたちにしたいの、静希君と入れ替わったんだよって」


恐らく説明したところで理解されないだろうし、たとえその内容を理解したとしてもそれが明利にとってどのような感覚だったのかを正確に伝える術はない


今回のことで得たのは静希と明利、実体験した二人だけなのだ


百聞は一見に如かずというが、まさにそれと言っていい、口でどうこう言うよりも体感し、見聞きしたほうが早く理解できるのだ


「じゃあとりあえず軽くシャワー浴びて着替えを回収しなきゃな」


「そうだね、体洗いたいかな・・・汗でべたつくよ」


軽く汗を拭いたとはいえ体から滲む汗は動いている間に体の表面を濡らしていく、髪も体も洗わなければ不快感を増していくだけなのだ


静希の住むマンションに到達し扉を開けると、人外たちが飛び出していくいつもの光景に加え、静希はもう一つあるものを目にする


それは手足を縛られた状態でトイレの扉の前でうつ伏せになっている雪奈の姿だった


そしてその姿を見た瞬間、静希は「あ・・・」と今になって思い出した、縛った後ずっと放置していたなと


「・・・雪姉?」


明利をおろし、雪奈に近づくと、雪奈は静希が帰ってきたことに気付き、さらにはすでに二人が元の状態に戻ったことを察したのか顔だけをこちらに向け涙を流し始める


「し・・・静ぅ・・・まさか・・・まさかこんなに放置するなんて・・・!お昼には帰ってきてくれるかなって思ってたのに・・・こんな時間まで放置なんて・・・ひどいよ・・・」


「悪い、悪かったって、今解くから」


静希はとりあえず縛っていたロープを解き雪奈を自由の身にする


どうやら雪奈は手足を縛られた状態で何とかトイレに行こうとしたのだろう、食事は我慢できたようだったが、尿意や便意までは我慢できなかったようだった


周囲の床を見ても汚れていない上に匂いもしないところを見るとどうやらトイレに行くことには成功したようだが、その後に足をもつれさせて転倒したのだろう


「うぅ・・・お腹空いた・・・朝からずっとあの状態だったから跡着いちゃうよ・・・」


「あー・・・悪かったよ、ほらなんか作ってやるから・・・明利、今のうちシャワー浴びちゃってくれ、軽くつまめるもの作ってるから」


静希の言葉に明利はわかったと返事をした後で浴室へと向かっていった


そして静希は空腹の雪奈に何か食わせてやるべく適当に何かを作ることにした


すでに時刻は十八時に近い、もう夕飯を待った方がいいのではないかと思えるが空腹の雪奈を待たせるのも忍びない、ここは軽く作って後でまた夕食にするのがベストだ


「ちなみにどうだった?女の子の体は」


「ん・・・貧弱だった、体力全然ないし背は低いし力は弱いし・・・」


「そう・・・」


静希の言葉の節々に、これからもっと明利をいたわらねばという意識が込められていることに気付いた雪奈は薄く微笑む


腹の虫が泣いていなければ良いお姉さんという様相なのだが、そこは残念なところである


「にしても悪かったな、すっかり忘れてたよ、あの体勢きつかったろ」


簡単な卵焼きとウインナー炒めを出して謝罪すると雪奈はそれを頬張りながらいいよ別にと笑っている


「まぁ私も昨日は悪乗りしちゃったしさ、そこはまぁお相子ってことで」


それでいいじゃんと言いかけた雪奈に、静希は首を傾げた


何を言っているんだという表情に、雪奈は本能的に冷や汗を流した


「何言ってるんだ雪姉、それとこれとは別問題だ、レイプされかけたんだからこっちもしっかりやり返すぞ?今晩は楽しみにしておけ?」


「・・・あ・・・あははは・・・じょ、冗談が上手いなぁ静は・・・わ、私はちょっと用事を思い出したよ」


「オルビア、逃がすな」


軽食を食べ終え席を立とうとする前に、いつの間にか背後にいたオルビアが立ち上がれないように肩を抑えていた


「お・・・オルビアちゃん・・・!?」


「申し訳ありません雪奈様、我が忠誠は我が主のために」


オルビアのまさかの行動に雪奈は愕然としながら近くにいる静希に目を向ける


そして、静希特有の邪笑を浮かべた時に、これは終わったなと雪奈は半ばあきらめの境地へと至ったのだった






「というわけだ、まぁまぁ楽しめたよ」


とある日の休み時間、静希は店に行った報告とどんな感想を抱いたのかを報告するべく石動と話していた


せっかく紹介してもらったのに報告一つもなしというのはさすがにと思った結果であるが、石動は静希の反応に満足している様だった


「そうか、楽しんでくれたなら何よりだ、あの人も喜ぶだろう」


あの人というのが虎杖のことを示していることに気付くのに時間は必要なかった


同じエルフとして付き合いもあるだろうから、そのうち感想をそのまま伝えることもあるかもしれない


「幹原は随分と嬉しそうにしていたが、何かいいことでもあったのか?」


「いんや、あいつは高い身長を味わえたってだけで嬉しかったらしいぞ、後は俺の体のことがよくわかったって言ってたな」


そう言って静希は軽く左手を開閉して見せる、以前静希の左腕が義手であるのを目撃している石動からすると、その動作がどういう意味を持っているのかを理解することができた


静希の左腕の義手、どこまで腕が無くなっているかという細かいことは知らないが、その実態を知るにはちょうどいい機会だったのだろう


すでに無い左腕と、あこがれの高身長、互いの体力、両者が実感したことは言葉や眼で見るだけでは伝わらないものだったのだ


「さっき陽太と鏡花にも勧めておいたよ、あいつらは春休みに行くって言ってたけど」


「そうか、宣伝してくれるとは有り難い、これでまた忙しくなるだろうさ」


今も十分忙しそうにしていたが、これからさらにという事を考えるとまさにうれしい悲鳴と言うものが聞こえそうである


能力を使っている以上、本人の力量によってでしか得られないために類似店舗などはあり得ない、独占市場というものに近いのだ


「ところで五十嵐、春休みの予定は何か決まっているか?」


唐突にそう聞いてきた石動に静希は首をかしげる


三月も半ばをとうに過ぎ、もうすぐ今年度も終わりに近づいている、短くはあるが春休みも目前に迫っているのだが、石動から話を振られると妙に勘ぐってしまう


「もしかしてまた妙な依頼もどきか?今度は何だ?また幽霊か?それとも精霊の類か?」


「いやいや、そういう類のものではない、風香と優花がお前に会いたがっていてな、今度訓練を一緒に行ってやってくれると助かる」


以前厄介な内容の事案を持ちかけているだけに警戒していたのだが、石動の言葉に静希は安堵したような息をつく


だが実際のところは人外の方がまだよかったかなという気持ちもあるのだ


「俺なんかが訓練したところで意味ないと思うぞ?ぶっちゃけあいつらの方がずっと実力は上なんだから」


静希のいう通り、東雲姉妹は静希よりも何段階も格上の存在である、エルフであるのに加えて精霊もその身に宿し、徐々にではあるが実力と才能を発揮しつつある


以前夏に訓練した時でさえ相手にならなかったのだ、今の時点では手加減されても負ける自信がある


「そういうな、あの子たちなりに思うところがあるんだ、察しろとは言わんがその気持ちは汲んでやってくれ」


東雲姉妹、特に風香は静希達に助けられたという事もあって静希にとてもよくなついている、淡い恋心を抱いている節もあるが、子供特有の恋に恋するというものに近いと静希は感じていた


好意を向けられるのは勿論悪い気はしないが、子供の戯れにも思えてしまうのだ


それに好意を向けられるのはいいのだが、訓練という形で一緒にいようとするのはどうかと思えてしまう、そのあたりはまだ不器用なのか、他の接し方を知らないのかわからないが、エルフの特訓に付き合わされるこっちの身にもなってほしい


風香も優花も強力な能力を有しているため、静希のような弱小能力者にとっては訓練でも命がけなのだ、はっきり言ってあまりやりたいとは思わない


幼いとはいえエルフとの戦闘、そして東雲姉妹にとっては円熟しつつある高校生との戦闘、両者にとって有益であることは頭では理解している、頭では

とてもいい経験になるというのは理解しているのだが、どうしても快諾というわけにはいかなかった、それだけあの二人との訓練は過酷なのだ


両者とも静希が優秀な能力者であると疑っていないために、命の危険があるか無いかのギリギリのラインで攻撃してくる


風香は圧縮した空気を使っての連続攻撃、優花は地面を高速変換しての波状攻撃


避けるのも対処するのも命がけなのだ、両者の所にたどり着くころには体にいくつも生傷や痣を作ったのもいい思い出である


「お前からもうちょっと良い付き合い方ってのを教えてやれよ、あいつらどんどん強くなっていくんだから、いつか俺じゃ相手にもならなくなるぞ」


「ん・・・お前なら受け止めてくれると思っているだけに、そのあたりは難しくてな・・・それに私は男女の付き合いなどしたことがないのでな、良い付き合い方など知るはずもないだろう」


得意げな声音で胸を張っているが、それは自慢する事ではないのではないだろうかと思いながら、恐らく仮面の下では笑みを浮かべているのだろう、いつの間にか石動の感情を読み取るのが上手くなってきている気がする


それが良いことなのか悪いことなのかわからないが


「とにかく春休みの件考えておいてくれ、そのほうがあの子たちも喜ぶ」


「はいはい、どうせなら明利達もつれていくか」


何も自分だけで相手をする必要はない、他に頼りになる人材がいるのだから

あの二人は陽太の実戦形式の訓練の良い相手になるだろう、鏡花を説得すれば一緒に参加してくれる可能性は高い


何とか自分が担当する時間は減らさなくてはと決心しながら静希と石動はチャイムと同時に自分たちのクラスへと戻っていった







体が入れ替わるという珍事を終え、静希と明利は互いの理解を深めることができた、良い意味でも、悪い意味でも


その体の不便さや特性を知ることで、互いに大切なことを知ることができたと思っている


決して無駄な一日ではなかったと言いたいところだが、ある日の放課後、静希の家で家主である静希は顔をしかめていた


「ま、まぁまぁ静、そんなに怒らないでよ、ちゃんと明日には戻るからさ」


「え・・・えっと、ごめんね静希君・・・」


静希の眼前にいるのは明利と雪奈、だが問題があるとすれば、また互いの体を入れ替えているという点だろう


明利の体の中には雪奈が、そして雪奈の体の中には明利がいることになる、なんでも紹介と宣伝をしたのでもう一回ただで入れ替えてもらったらしい


「いやぁそれにしても目線が変わると静が大きく見えるね、たくましさ倍増って感じかな」


「この体は動きやすいんですけど・・・肩がちょっと・・・」


快活に笑う明利の体、そして儚げな表情をしている雪奈の体


二人ともこんな表情ができたのだなと、二人の入れ替わった恋人を前に先日の鏡花たちの心境を理解した


当事者からすれば何のことはなくただ自分であるだけなのだが、入れ替わっているのを第三者視点から見ると非常に強い違和感を覚える、演技をしているのではないかと思えるほどだ


雪奈は明利の体の小ささや弱さを実感しつつ、明利は雪奈の体、特にその大きな胸を堪能しているようだった


「胸が大きいとすごく・・・疲れるんですね、荷物をずっと背負ってるみたい・・・」


「でしょ?結構凝るんだよこれが・・・たまに静やオルビアちゃんにマッサージしてもらってるけど・・・なかなかねぇ・・・」


持っている人間でしかわからない悩みを抱えているのはいいのだが、明日も学校があるというのにこんな状態で大丈夫なのだろうかと頭を抱えてしまう、話を聞くに学校に行く前に虎杖の所に足を運び、能力を解除してもらうらしい


「ていうかなんだってまた入れ替わってるんだよ・・・」


「だって静や明ちゃんは入れ替わったのに私だけ除け者なのはいやだもん、それに明ちゃんが胸が大きいのがどんな感じか知りたいって言ってたからさ、丁度良かったんだよ」


雪奈の言葉に静希は明利に目を向ける、雪奈の体の中にいる明利は恥ずかしそうに胸を押さえて顔をそむけてしまう


今まで見たこともない表情に静希はわずかに顔を赤くしてしまう、自分の姉貴分がこんな表情ができたとは全く知らなかった、本当に人格が変わるだけで何もかも変わる、おもしろくもあり恐ろしくもあった


「ってことは今日は明利も雪姉もうちに泊まっていくのか?こう何度も泊まるんじゃ明利のおじさんやおばさん心配するんじゃ・・・」


家が隣の雪奈はともかく明利は少し遠いところに家がある、一人娘を男の家に何度も外泊させるのはどうなのだろうと思ってしまうのだが、明利は首を横に振る


「静希君なら大丈夫だろうって、ちゃんと信頼してるって言ってたよ、だから大丈夫だよ」


「・・・それならいいけど」


明利の両親に信頼されるのは嬉しいのだが、すでに肉体関係にある時点で信頼もどうもあったものではないなと思いながら静希は苦笑してしまう


明利と添い遂げる覚悟はあるが、学生である以上節度ある付き合いをするべきだとかいう事があるのではないかと思えてならない、昔から泊まりに来ていたというのがその感覚をマヒさせているのかもわからなかった


「とりあえずあれだ、今日は三人でお風呂に入ろう!この体を堪能するのだ!」


「うぐぉ!いつもの調子で抱き着くな・・・!腹部にクリーンヒットしたぞ・・・!」


普段雪奈が静希めがけて抱き着くときは身長差からしっかりと首に手を回すことができるのだが、今は明利の体、頑張って飛びついても胸元か腹部にタックルするような形になってしまう


元々筋力が弱いからそこまで痛くないが、不意打ちだとなかなか効く


「こ、この状態だと・・・洗うの大変そう・・・だね」


「・・・明利・・・いい加減胸を隠そうとするのは諦めろ、雪姉の胸は腕じゃ隠れないよ」


口ではそう言いながら静希の服の裾を掴んで離さない明利、胸に視線を向けられるのが恥ずかしいのかずっと片手で胸を隠そうとしているのだがその豊満な肉が強調されるばかりで一向に隠せていない


胸が大きくなったことなどない明利にとっては何もかも新鮮なようだが、あまりいい経験にはなりそうになかった


「ほらほら静!早くいくよ・・・って全然引っ張れない!ふんぬぐぐ!」


「わかったわかったから、明利、行くぞ」


「うん」


互いに体を入れ替え、お互いがどんな状況で、どんな体なのかを知ることができる能力


憧れや劣等感もすべて理解することができるかもしれない能力


体験することはとても有意義で、面白いと思ったものだが、実際目の前でそれをやられるとどう反応したものか困ってしまう


「・・・あれだな・・・当分は入れ替わりはもう勘弁だな」


とりあえずすでに入れ替わるのも、そしてそれを眺めるのも経験した静希はもうこういった体験はあまりしなくてもいいなと思ってしまった


体が入れ替わるなどという事は日常においてはあり得ない、自分から非日常に首を突っ込むのもどうかと思われるのだ


だがそれ故に面白くもある、だからこそ他人を求め入れ替わりを続ける


あの店が繁盛しているのは、そう言う意味合いもあるのかもしれない


静希の住む町にあるとあるビルの一角、そこにある店のキャッチコピーはこうだ


他人のことを知るための第一歩をあなたに


月曜日なので二回、そして今日はちょっとしたお祝いがあるので合計三回分投稿です


とりあえず予約投稿は今日までにしておきます、何故お祝いなのかはお察しください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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