運動に必要なもの
「最初は軽く打つぞ、その体に少しでいいから慣れておけ」
「う、うん・・・」
明利は今度は自分から『軽く』ボールをラケットで叩いた、いや軽くしたつもりだった
ラケットによってボールは高々と打ち上げられ、鏡花の作ったラインを大幅に超えて静希のはるか後方に落ちて行った
「ご、ごめん静希君!う、上手く体が動かせなくて・・・」
普段自分が使っているよりも、静希の筋力は相当強い、いつもの調子で体を使っていればその分力を発揮してしまうのは半ば当然だ
逆に、静希はいつも以上に力を出さなくては体を動かすことができない、走るのにも、腕を動かすのにも普段の数倍力を込めなくては満足に動かない
そしてそれだけ力を込めればその分消耗は早い、なるほど明利が体力が少ないのはこういった理由もあるのだなと納得しながら静希は軽くラケットを操る
「明利、まずはラケットの上で軽くボールをバウンドさせてみろ、それで力加減を調節すればいい」
「う、うん・・・やってみる」
静希はテニスと言うものをやったことがあるわけではない、だがナイフを扱うことに比べれば、普段雪奈の剣撃を受けていることに比べればボールを面上に当てるという事はさして難しいことではない
それこそスーパープレイこそ望まなければ軽く打ち返すことくらいはできる
静希のいう通りラケットの上でボールを何度か跳ねさせていると、距離感は徐々に修正され、力の調節ができるようになってきたのか、上手くボールを操ることができている様だった
「おっしゃ、今度こそ行くぞ?軽く返せよ?」
「お、オーライ!」
再び静希が軽くボールを打つと、明利も自分の体とラケットの位置を確認しながらボールから目を離さずにゆっくりとラケットを振る
すると独特の弾力ある音と共にボールは静希の元へと戻っていく
明利は運動のセンスこそ無いものの、今まで静希達と一緒に訓練を重ねてきたのだ、それなりに経験値は蓄積されている、この程度のゆっくりなボールなら返すことは苦にならないのはわかっていた
問題はこの後だ
徐々にボールの速度を上げていき、山なりから直線へとボールの軌道が変わっていく中、それが訪れた
静希の放ったボールが明利のすぐ横めがけて放たれるが、慌てた明利はそれに反応することができずにラケットを空振りさせてしまった
「あぅ・・・また空振り・・・」
「ふふん・・・筋力だけじゃ勝てないってことだな」
筋力は圧倒的に静希の体の方が上、その体を使っている明利の方が圧倒的に優利であるように思える、だが先ほどから明利の方がミスが多い
そう、球技において必要なのは筋力ではないのだ
そしてこういったボールを相手の方へと弾き返す様なスポーツにおいて必要なのはどれだけ相手の返したボールに反応できるかという事である
至近距離、いや準至近距離においてどれだけ早く目標に対しての情報を処理できるか、そしてその情報に対して即座に体を動かすことができるか
運動神経などと表現される無意識下での情報解析やとっさの行動がスポーツには求められる
明利には圧倒的にそれが足りないのだ
無論静希の体を最大限使って強力な球を打てば、筋力で劣る明利の体では打ち返せないこともあり得る、だがそもそもその筋力を発揮できなければ意味がないのだ
明利だって少しずつ体に慣れ、上手く動かすことができ始めている、だがもともと静希が持っているセンスと明利のセンスでは大きく差がありすぎる
雪奈にナイフの指導を受けた時も、明利はそこまで才能はなかった、静希もそこまで才能があるほうではないが明利のそれは訓練してもほぼ素人同然だそうだ
体を動かす、思ったとおりに体を動かす、瞬時に物事を判断し、それに適した体の動きをさせる、そう言ったことを明利はとことん苦手としているのだ
幸か不幸か、明利は体をそこまで動かさなくても問題ない能力に開花し、それだけでしっかりと貢献できるだけの実力を付けた
だが同時にその能力を伸ばすことに重点を置いたために身体能力に関してはほぼ壊滅的なのである
体力こそ、徐々についてきているものの、センスや才能は生まれつきのものが多い、それを覆すには多大な努力が必要なのだ
「どうした明利、自分の体には負けないんじゃなかったのか?」
「うぅぅぅぅ!も、もう一回!」
案外負けず嫌いなところもあったのだろうか、明利は妙に食い下がってくる
対峙しているのが自分の体だからというのもあるのだろう、誰かに負けるのはいいが、自分に負けるのはいやなのだ
しかも静希の体を使っておきながら、身体能力で劣る自分の体に負けるのは、静希の体に対する侮辱につながる、明利はそう思っていた
だからこそ勝ちたい、勝たなくてはならない
静希の体が自分に負けることなどあってはならないのだと言い聞かせながら、明利は強くラケットを振る
一時間ほどして、その時は訪れようとしていた
何度もラリーを続け、何回もラケットを振っているうちにそれは訪れた
静希の息が上がっている、肩で息をし、体は汗まみれ、もうすでにラケットを握る手に力が入らなくなってきている
体力の限界
静希がいくら明利に勝る運動センスを持ち、静希の体に対抗できるだけの動きを明利の体でできたとしても、その体の体力まではごまかしようがない
むしろ静希の体の動きについていくのにかなり全力で動き続けた、腕と脚、手の先に至るまで筋力を酷使し続けた
普段明利は走ることはあれど、適度に休憩をはさんだり、極力筋力を使わないようにし、消耗を抑えて動く術を学んでいる、その為体力で劣っていても何とか静希達についていくことができるのだ
だが静希はそんな方法は知らない、常に全力で体を動かしたせいで、体の方が先に悲鳴を上げたのだ
「し、静希君・・・大丈夫?」
「あ・・・あぁ・・・ちょ・・・ちょっと・・・き・・・つい・・・かも・・・」
全力で一時間近く打ち続けられたのは、それだけ明利の体力がついてきている証拠でもある、嬉しい反面、この程度動いただけでガス欠になるのかと、静希は明利の体の弱さに愕然としていた
「休憩にしよ、飲み物も持ってきてるから、ちょっと待ってて」
近くに置いてあるカバンから飲み物を出そうとしている明利を横目に、静希はその場に倒れこむ
ここまで体力がないとは思っていなかったのだ、全力で走り続ければ体力がなくなるのは当然だ、そんなことはわかりきっていることでもある
だがここまで早く体力がなくなるとは思っていなかったのだ
体に力が入らない、完全な脱力状態というのは実に久しぶりだった
なにせ静希の体だったら体力を使い果たすのにかなり時間がかかるうえに、小休憩しながらで十分体力を維持できる、今回だって少しずつ体を休めることはしてきたつもりだ
だがそれでは足りなかった
「静希君、はいお茶」
「あー・・・ありがと・・・」
体だけ起こして何とか明利の持ってきていた茶を口に含むとようやく一息つくことができた
体の中に水分が入ったことで、少し疲労が打ち消されたような感覚が広がっていく
「あれだな・・・明利の体は・・・随分と疲れやすいな」
「そ、そうかな・・・静希君の体が疲れにくいだけじゃないかな」
お互いに体の使い方が違うために、感じる疲労率に違いがあることに気付いていないが、静希が今回理解したのは明利の体はとても弱いという事である
普段自分たちの行動でどれだけ明利に負担を強いていたかがよくわかった、そう言う意味では十分収穫があったと言える
「随分とばててるわね、汗だくだし」
「あー・・・あぁ、そうだな」
様子を見に来た鏡花がその場に座り込んでいる静希を見て不思議そうな表情を浮かべる
訓練でかなり疲労したところなどは度々見かけているが、普段の明利の体であればあの程度の運動ではここまで疲労するとは思えなかったのだ
「そんなに明利の体って体力ないの?前よりは体力ついたんでしょ?」
「そのはずなんだけど・・・静希君の動きはかなり大きかったからそれもあるんじゃないかな・・・」
「あー・・・確かに普段の明利よりかなり無駄に動いたかもな・・・体の使い方の問題か・・・?」
自分の体と同じように使っては、相手の体はうまく動かせない、単純で当たり前のことだが、静希はようやくそのことを理解する
「この体の苦労はなってみないとわからないな・・・鏡花、今度はお前が明利の体使ってみろよ」
「えー・・・まぁいいけどさ、その時は私の体は明利が使うことになるわけでしょ?明利はそれでいいの?」
「鏡花ちゃんの体かぁ・・・」
そう言いながら明利は鏡花の胸を凝視した
その視線に気づいたのか、鏡花は明利の額を小突く
「明利、女の子同士ならいいけど今あんたは静希の体なのよ?露骨な視線はやめなさい」
「ご、ごめんなさい・・・で、でも入れ替わってみるのも楽しそうだよね!」
自らにはない胸の脂肪、その圧倒的な存在感を体験してみたくなったのか明利は案外乗り気だった
鏡花は確信する、入れ替わったら明利も鏡花の胸をもむだろうなと
明利の体は完全に発展途上、小学校の頃から変わらない身長と体重とスタイルのせいで、胸はほとんどないに等しい
その為鏡花や雪奈の胸を時折羨ましそうに見ていることもあるが、当然というかやはりというか、その胸に興味があるのも致し方ないことだろう
「静希は今度は雪奈さんと変わってみたら?それはそれで面白いんじゃない?」
「・・・あの人と入れ替わるとなぁ・・・なんか体をいじくられそうで・・・」
行動のアグレッシブさに定評のある雪奈だ、もし静希と入れ替わった時何をするのか皆目見当もつかない
静希の迷惑になるようなことはしないだろうことは確かなのだが、その体の隅々まで堪能する可能性が高い、たとえ知り尽くしている仲でも少々気恥ずかしいものがあるのだ
土曜日なので二回分投稿
予定があるために予約投稿中です、反応が遅れるかもしれませんがご了承ください
これからもお楽しみいただければ幸いです




