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J/53  作者: 池金啓太
二十四話「交錯する幼馴染」

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二人の違い

ひとしきり鏡花たちと雑談した後、軽く明日のことを話したうえで鏡花と陽太は帰って行った


そもそもこの状態を見せるためだけに呼び出されたために、特に彼女たちに予定も目的もなかったのだ、雪奈が勝手に呼んだとはいえ申し訳ないことをしたと思うばかりである


「ごちそうさま、いやぁやっぱ明ちゃんが作る料理はおいしいねぇ」


「お粗末様です、食器片付けますね」


普段なら台を使わなければまともに料理もできない明利だが、静希の体を使うと料理自体もとてもスムーズに行えるようだった


左腕のハンデがあっても身長の差は埋められないという事だろうか、オルビアの手伝いもあってか普段より幾分か早く夕食の支度を終えていた


「でもさぁ・・・こうしてみるとあれだね・・・反抗期迎えた娘みたいだね、怒ってるみたいに見える」


「・・・ひょっとしなくても俺の事言ってるよな?しょうがないだろ、それとも明利の振りでもしようか?」


食器を片付けるのを手伝いをしている静希は普通にしているつもりなのだが、どうやら雪奈たちからすると怒っているように見えてしまうらしい


本来の自分の体なら普通の表情として見られるのに、なぜ明利の体だとこうも反応が違うのか


普段の明利が温厚すぎるというのもあるが、さすがに気にしすぎではないかと思えてしまう


「明ちゃん、ちょっと真面目な顔してみて」


「え?・・・こうですか?」


明利が口を噤んでまっすぐに雪奈を見つめる、確かにまじめそうな表情なのだが普段の静希のそれとは少し違う、何が違うのだろうかと静希と雪奈は首をかしげると、まじめな顔をしたままの明利の顔を少しいじることにした


「もう少し眉をこうして・・・んで口もこう・・・目を少し閉じるようにすれば・・・あぁこれだね、これが普段の静の顔だ」


「あー・・・普段の俺ってこんな感じなのか」


そこにあるのは普段の静希の顔、吊り上がった眉と少しだけ瞼をおとした瞳、口元は変に力を込めずにただ閉じているだけ


確かに一見すれば不機嫌そうに見えなくもない、だが静希がこうしていても特に誰も気にしないのは単に見慣れているからだろう


「んじゃ次は静ね、明ちゃんの普段の顔を再現してあげよう」


「うぇ・・・俺もかよ」


静希はできる限り明利の顔に近いであろう表情をして見せるのだが、それを見た雪奈と明利はうわぁ・・・と声を漏らしてしまう


「・・・静、静はもしかして笑顔が苦手だったりするの?」


「静希君、もっとやわらかく・・・えっと、目とか口とか、もうちょっとこうかな・・・?」


雪奈と明利監修の下、顔をいじられながら普段の明利の表情を作り出すのだが、これがまた時間がかかった、静希が普段使わないような顔の筋肉を使うために扱いが難しいのだ


「できたできた、これが普段の明ちゃんの顔だよ」


「へぇ・・・これが普段の私なんですね・・・」


「・・・お前いつもこんなに目を見開いてるのか・・・目が乾きそうだ・・・」


普段静希はそこまで意識して目を開けているわけではないのだが、明利は普段からほぼ全開に近いほど目を開けているのではないかというほどに瞼に力を込めていた


目を見開くという事をあまりしない静希はこういう顔の筋肉の使い方に慣れていないせいか非常に疲れたように感じてしまう、実際は明利の体だからそこまで疲れているはずはないのだが、精神的なものもあるのだろう


「そうか、何で明ちゃんが静っぽくないのかわかった、目だよ、いつもより目が澄んでるし見開いてるからだ、やたらと好青年っぽいんだ」


「普段の俺が好青年っぽくないって言われるのは微妙だけど、まぁ同意だな」


こんな純粋な静は何年振りだろうなぁと雪奈は懐かしんでいるが、静希からしたら違和感満載だった


爽やかすぎる笑みに陽太が爆笑していたほどだ、もしこの状態を城島が見たらどう思うか気になるところである


「とりあえず風呂入るか・・・オルビアは明利の補助をしてやってくれ、片腕じゃ洗いにくいだろうしな」


「かしこまりました、お任せください」


オルビアに指示を出すと、雪奈が首を傾げた


「え?二人一緒に入ればいいじゃん、別々にする意味あるの?」


雪奈の言葉に静希と明利は顔を見合わせる、確かに二人はすでに互いの裸など見慣れているし、隠すようなこともないのだが、この状態だと別々の方が良いのではないかと思えてしまったのだ


なにせ相手の体は今自分の体なのだ、隠すようなものがそもそも相手の手に渡っている状況でいったいどうすればいいのか、皆目見当もつかないのである


そんな中明利が何かを思いついたかのように手を叩く


「オルビア、明利を捕まえておけ、一緒に風呂に入るから」


「かしこま・・・明利様・・・一体何の冗談でしょうか?」


静希の体からまるでいつものような口調と声音、そして表情で指示を出されたことでオルビアは反射的に指示に従いかけるが、今は二人が入れ替わっているということを思い出して咳払いの後にすまし顔を作る


まんまと騙されかけたと、少し自分を恥じているような節もあるが、今は置いておこう


「冗談じゃねえよ、今日はそういう気分なんだ、とりあえずさっさと明利をこっちに連れて来てくれ」


まるでいつもの静希だ、声も口調も表情も仕草も、入れ替わりが解けているのではないかと思えるほどに変わらない静希そのもの


オルビアは一瞬能力が解けているのではないかと疑ったが、近くにいる明利の体が眉間にしわを寄せながら大きくため息をついていることでその可能性がないことを悟る


「オルビア、そんな演技に騙されるなよ?さっさと明利を風呂に連れて行ってやってくれ」


「オルビア、聞こえなかったか?明利を捕まえてこっちに連れて来てくれ、時間が惜しい」


片やいつものような静希の口調と声と表情で、片やいつもと違う明利の口調と声と表情で


同時に指示を出されることでオルビアはどちらの指示に従っていいものか迷ってしまっていた


「おぉ・・・明ちゃんすごいね、静のモノマネばっちりだ」


「・・・っ!、わ、我が忠誠は我が主のために・・・!マスター、私は明利様の入浴の補助を行ってまいります、さぁ明利様!行きますよ!」


「うぁ!だ、ダメだったかぁ・・・」


雪奈の言葉に明利が演技をしているという事を再認識したのか、オルビアはその手を取って強引に明利を風呂場へと連れて行った


オルビアが外見と演技に騙されそうになったというのは貴重な場面だ、これは後でからかうべきだなと思いながら静希は雪奈の方を見る


「うまい演技だったと思うけど、見破るコツは?」


「そうだねぇ・・・視線かな、静は相手の目をぶれずにまっすぐ見る、でも明ちゃんの視線は少しぶれる、そこは変わらないなぁ」


さすが雪姉だよと静希が呟くと、雪奈はお姉ちゃんだからねと胸を張りながら得意げにしている


「さて私も突撃しますか!明ちゃん覚悟!」


「・・・今俺の体なんだけど・・・まぁオルビアがいるし平気か・・・」


自分の体を勝手にされるというのはあまりいい気がしないが、オルビアがいいストッパーになってくれるだろうことを期待して、静希はリビングでテレビを見始める


「ふふ・・・さっきのメーリのモノマネ、似てたわね」


「うむ、一瞬元に戻ったのではないかと思ってしまうほどだ、さすがは幼馴染といったところか」


先程のやり取りを見ていた人外が面白そうに口を出す、昔から静希を見ていた明利だからこそできた芸当だろう、本人の体を使ってやっているのだから似ているのは当然かもしれないが


「お前達は見破れたか?もしかして騙されたか?」


「まさか、三文芝居に引っかかるほど私の目は節穴じゃないわ」


「然り、メイリの演技には圧倒的に足りないものがある、それがあればもしかしたら騙せたかもしれんな」


悪魔も神格も、明利の演技はほぼ看破していたようだった、何か独特な見分け方でもあるのだろうかと静希は少しだけ気になった


「ちなみに参考までに、見分けるポイントは?」


「メーリの演技は、体の動きはほぼ完璧、口調もよく真似られてたけどオルビアに対しての言葉にしては違和感があったわ、口調というよりは言葉の抑揚だけどね」


言葉の抑揚、ただの口調ではなく、言葉一つ一つどの部分に力を込めるか、どの部分で声を出すか、明利はほぼ静希の口調は真似られていたが、その中に含まれる言葉のイントネーションやその繋げ方、その部分で悪魔に見破られたのだろう


「邪薙は?どういう部分で見分けた?」


「メフィストフェレスと似ているかもしれないが、メイリの言葉に乗る形とその重さの違いだ、シズキの言葉は鋭く重いものが多い、だがメイリのそれは柔らかく軽いものが多いのだ」


声の形と重さ、またこの神格は独特な表現を持ち出してくる


声にある形と重さ、それは感情だったり、意志の強さだったり、思い入れだったり相手によって変わるものらしい


静希のそれは鋭く重い、だから誰かに届きやすいが、鋭い分固い意志を持った人間には弾かれ拒まれることも多い


明利のそれは柔らかく軽い、誰かに押し付けるようなものではなく、誰かを包み込むものである、争いには向かないが、それ以外の部分では誰よりも聞きやすく、優しい声


神格ならではの感性に静希は興味を示しながらもテレビのチャンネルをいくつか操作していく、そんな中リモコンを持つ手が異様に小さいことに気付き自分の手を、いや明利の手を見つめる


小さい手だ、本来の自分の手とは比べ物にならないほどに小さい手だ


この手に静希は何度も助けられた、そしてこれからも助けられるのだ、この小さい体に明利はとてつもない可能性を秘めている、医師免許をとればその可能性はもっと広がっていくだろう


「どうしたの?やっぱり小さい体だと動かしにくい?」


「ん・・・まぁそれもあるけどな・・・いつも苦労させてばっかりだなと思って」


静希が明利に強いている負担はそれなりに大きいように思える、普段からして能力を使いっぱなしにさせたり、命を任せることもある、危険に晒すことだってたくさんある


「なら守ってあげなさい、あの子はあんたの恋人なんでしょ?」


「・・・そうだな」


そんな、少しだけ感傷に浸っていると浴場から悲鳴が聞こえてくる、その声は男の声だ、つまり静希の体から、引いては明利があげた悲鳴だろう


まずは自分の恋人を、恋人である自分の姉から助け出そうかと、静希は浴場に突貫した







「・・・なんか大変だったみたいね」


「あぁ・・・一週間不眠で過ごした気分だよ」


翌日、いつも通り鏡花と陽太が訓練を行うコンクリートの演習場に集まった静希と明利


明利の方はそこまでつらそうではない、むしろ楽しそうにしているのだが、静希の方の顔色はひどいものだった


眉間にしわを寄せて足に肘を立てる形で座り込んでいる


明利の体でこんな表情をしてほしくないなと思いながらも、鏡花は静希に同情していた


「でも何でそんなに疲れてるわけ?まさかあんたら・・・」


「お前が心配してるようなことはしてない・・・むしろ雪姉にやられかけたってくらいだな・・・あれは大変だった」


静希の話を聞くに、どうやら夜中静希と明利が眠っているところに雪奈が侵入してきて静希と無理矢理に夜這いをかけてきたのだという


普段思い切り虐められているからその仕返しをするには絶好の機会だったのだろう、なにせ明利の体では雪奈に敵うはずもないのだから


「雪姉にレイプされかけるとは思わなかっただけに昨日は大変でな・・・まぁ付き合ってるんだからレイプとはちょっと違うかもだけど・・・力が弱いだけで何もできないってのはきついな」


「あの人は何やってるんだか・・・それで今日は?見たところ雪奈さんいないみたいだけど」


結果的に、襲われかけた静希はメフィやオリビアの力を借りることで雪奈を取り押さえることに成功したものの、この体ではまともに格闘戦もできないという事を再認識したのだ


筋力が圧倒的に低すぎる、体の成長が止まるだけではなく筋力も成長していないのではないかと思えるほどだ


そして鏡花の言うように、この場にいるのは軽く準備運動をしている明利、そしていつも通り訓練をしている陽太、そして項垂れている静希とその近くにいる鏡花しかいない


昨日の話からてっきり雪奈もつれてくると思っていたのだが、この場に雪奈はいなかった


「あぁ、雪姉なら縛って家においてきた・・・体が戻ったらたっぷり仕返ししてやるつもりだよ」


「だから明利の顔でそんな表情しないでよ・・・寒気がするから」


明利の体のまま邪笑を浮かべている静希に鏡花はため息をつきながら場所と道具の作成を終える、今彼女が作っているのは簡単なスポーツ用品だ、もともと学校の備品になっていた古い道具を作り直しているのである


この学校に運動系の部活と言うものはないわけではない、公式戦に出られないというだけでスポーツを純粋に楽しんだりするために必要な最低限の道具は用意されている


無論純粋にスポーツとして楽しむだけではなく、能力を使って遊ぶ生徒もいるわけで壊れた備品も多く存在する、鏡花はそう言った備品を修復して使用できる状態にしているのだ


もちろん事が済んだら元の状態に戻しておく必要がある、証拠は残さないのが鏡花の信条だ


「できたわよ、明利!準備運動は終わった?」


「うん、大丈夫だと思う、それじゃ勝負しよう!」


鏡花からラケットを受け取った明利は悠々と演習場の一カ所に移動する、そこには鏡花が作り出したテニスコートもどきが存在した


正確なラインの長さなどは鏡花も知識に無かったために適当に長方形のラインを作り、その間にネットを張ってあるだけの簡単なものだ、軽く二人でラリーするには十分以上な代物である


「ボールは四つ用意してあるから、ふっとばさないように気を付けてね、一応演習場の周りはフェンスで覆ってあるけど、飛んでったら自分で回収する事」


「了解、悪いなこんなことに付き合わせて」


軽くラケットでボールを叩く静希に鏡花は構わないわよといいながら陽太の訓練の様子を見に行っていた


そしてネットの向こう側にいる明利は嬉しそうにこちらを見つめている


「ふふふ・・・静希君の体なら絶対に負けない・・・しかも相手は私の体!この勝負絶対勝つ!」


「言ってて悲しくならないか?まぁいいや、まずはラケットで普通にボール打てるようになろうな」


そう言って静希は軽くテニスボールを明利にめがけて打つ


ほとんど力もこもっていない山なりの軌道で飛んでいくボールを確認し、明利は腰を落として力を込める


「ボールを打つことくらい、静希君の体なら簡単!」


思い切りスイングしたラケットはボールに当たることなく、ボールの軌道のはるか上を通過した、要するに完全なる空振りである


「え?あれ?」


力強くボールを叩いたつもりだったのに空振りした事実に、明利は困惑していた


やっぱりなと静希は項垂れる


球技において最も必要なのは筋力ではない、もちろん上達するにつれて筋力は必要になってくるが、大前提として必要なのは距離感である


自分の体とボールの位置を正確に把握することで、適切な位置に道具を当てることができるかどうか、そのように体を操れるかどうか、それが球技には求められるのだ


明利だって決して距離感がないわけではない、だが今明利が操っているのは普段の体と違う、自分よりも三十センチも大きい静希の体なのだ


それなりのセンスがあればある程度の距離感の変化は生活と実技によって修正できるかもしれないが、明利にはそのセンスがない


ゆっくりと飛んでくるボールを目で追うことができても、体が反応できたとしても、その軌道に合わせて体を動かすことができないのだ


誤字報告が十件たまったので三回分投稿


ちょっと用事があってまた明日から予約投稿になってしまいます、反応が遅れるかもしれませんがどうかご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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