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J/53  作者: 池金啓太
二十四話「交錯する幼馴染」

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ちょっとした相互理解

「で、今日なんだけどさ、君たちはどうする?藍ちゃんの知り合いなら商売じゃなくても能力かけてあげるけど・・・」


「えっと・・・どういう能力なのか教えてもらっていいですか?」


静希達は元いた事務所のような場所に戻り今後の話をしようとしていた


実際能力をかけられるのはいいのだが、その能力が何なのかによっては遠慮しなければならないかもしれない、少なくとも無防備な状態になることは避けたいのだ


「ん・・・あまり種明かしはしたくないんだよなぁ・・・危険なものじゃないのは保証するよ、もし不安なら無理にとは言わないけど」


彼は自分の能力を商売にしているのだ、敵意とかそういう意味ではなく自分の手の内を明かすようなことはしたくないのだろう


手品師が手品のタネをばらさないのと同じだ、それを体験した人にしかわからない、そう言うものが好まれる


一種の驚きや新鮮さといったものを売りにしているのだと感じた静希はどうしたものかと考えた後で石動に一度連絡することにした


この人が本当に信用に足る人物なのかを確認するためである


『ハイもしもし、石動です』


「もしもし五十嵐だ、今お前の紹介してもらった店にいるんだけど、この人の能力が安全かちょっと不安でな」


静希の言葉に石動は事情を察したのかなるほどなと呟いた後で虎杖に代わるように進言した


静希はその言葉の通り虎杖に携帯を渡す


「あぁもしもし藍ちゃん?うん・・・あぁ、そうみたいだね、うんわかった・・・なるほど、じゃあちょっと特別扱いしよう、はいはい了解、それじゃ代わるよ」


何か話した後で虎杖は再び携帯を静希に返す、すると少し機嫌がよさそうというか楽しそうにしている石動の声が聞こえてくる


『五十嵐、その人の能力に関しては私が保証しよう、何かあったら私がいくらでも謝罪する・・・ただ最初はびっくりするとだけ言っておく、特別に今日と明日、その能力を体験できるようにしてもらった』


「・・・お前がそう言うなら信用するよ、わざわざありがとな」


礼を言ってから通話を切ると静希は虎杖に向き直る


「結論は出たみたいだね、それじゃあ明日の夕方まで能力をかけさせてもらうよ、もし日常生活に支障が出る様なら名刺の番号に連絡してくれ、その時は能力を解除するから」


「わかりました・・・でも店の外に出るかもしれませんけどいいんですか?」


先程も虎杖が言っていたが、能力の使用が認められているのは店内のみという話だった、明日の夕方までここにいるわけにもいかない、もし外に出てしまったら犯罪扱いになってしまう


「今回はお代をいただかないってことにすれば、ただ知り合いの友達に能力をかけたってだけの事さ、商売じゃないから何も言われないよ、君たちが俺を訴えない限りね」


虎杖の言い分に静希はなるほどと呟きながら自分の隣にいる明利に視線を向ける


「明利はどうする?俺はやってみようと思うんだけど」


「うん、私も気になってるからやってみたい・・・でも本当にお代は払わなくてもいいんですか?」


「構わないよ、次からはちゃんとお客として来てくれれば、あぁ、ポイントカードとか作っておこうか、次から使えるように」


個人経営なのにポイントカードまで用意しているのかと静希と明利は感心するが、本当に簡単なカードだ、判子を押してそれが溜まると無料になるとかそういう形のもの


なるほど、コスト削減の意味でもこれが一番楽だという事だろうか


「それじゃちょっと集中するよ、丸一日以上かけるとなると結構重労働だ」


「営業の妨げになるようでしたらいつでも解除してくれて構いませんよ?そこまで迷惑かけるわけにはいきませんし」


さすがのエルフとはいえ一日以上能力を維持するのはなかなか骨が折れるだろう、だが虎杖はそこまで気にした様子もなく問題ないよと笑って見せる


そこはやはりエルフという事だろうか、多少集中を犠牲にすれば問題なく能力を発動できる、しかもその持続時間も距離もまるで問題ないとでもいうかのように


「あ、そう言えば君たちが住んでるところってこの近くだよね?」


「はい、ここから歩いて・・・早ければ二十分もあれば」


ここに来るまでは地図を確認しながらだったために時間がかかったが、ここからまっすぐ帰ればもっと早く帰ることは容易だろう


少なくとも行きよりもずっと早く帰れるのは確実である


「うん、その程度の距離なら問題ないね、ただ一応あまり遠くには行かないでほしいんだ、能力の限界を超えちゃうと強制的に能力が解除されるから気を付けて、後できるなら二人が近い位置にいることが好ましいね、具体的には距離十メートル以内」


「わかりました、気を付けます」


いろいろ注意事項があるのだなと静希と明利は軽くストレッチしている虎杖の姿を眺めながら僅かにワクワクしてしまう


一体どんな能力をかけられるのだろうか、能力など攻撃などの印象しかないが、一般人にも娯楽として認識されているような能力だ、攻撃性が高いとは思えない


「それじゃあ行くよ、目をつぶってリラックスしてくれ」


虎杖の言う通り静希と明利は目を瞑り体の力を抜く、すると何かの手、恐らく虎杖のものだろう手が静希と明利の頭に触れる


瞬間、虎杖の能力が発動した








静希と明利は一瞬意識を失っていた


目を開くと先程まで自分たちがいた事務所の天井が見える


一体自分はどうなったのだろうかと静希が起き上がると、やたらとその視線がいつもより低いことに気が付いた


先程まで自分の腰近くまでしかなかった机が、自分の胸元近くに存在しているこの矛盾に、静希は強い違和感を覚えた


「んぁ・・・どうなって・・・ん・・・!?」


声を出したことでその違和感がさらに強くなる、声がいつもよりずっと高いのだ、まるで自分の声ではないかのように


「ふあぁあ・・・あれ・・・どうなったの?」


そしていつも聞いている、いや少しだけ違和感があるが聞きなれた声が耳に届く


静希がゆっくり振り返ると、そこには眼をこすりながらこちらを見ている自分の、五十嵐静希の姿がある


「あれ?私・・・?え・・・?なんか高い・・・」


立ち上がることでその視線の高さに気付いたのか、静希の体はゆっくりとあたりを見渡していた


「ひょっとして・・・明利か?」


「・・・えっと・・・もしかして、静希君・・・?」


互いが互いの名を呼びながら、二人は驚愕に表情を作っていく


静希の体には明利が、明利の体には静希が、それぞれ入れ替わっているような形になっている様だった


「成功したようだね、それじゃ俺は店があるからこのまま帰ってくれていいよ、今のところ何か問題はあるかい?」


唖然としている静希に対して、明利はきょろきょろとあたりを見渡しながら何やら幸せそうにしている


静希の体であたりを見ているせいか、いつもより視線が高く、自分の身長が高くなったように錯覚しているのか満面の笑みを浮かべている


「あ、あの虎杖さん・・・これはちょ」


「問題ないです!ありがとうございました!行こう静希君!」


静希の言葉を遮って明利は静希が入っている明利自身の体を担いで店から悠々と去ろうとしている、身体能力では静希の体の方が圧倒的に上なのだ、明利の体に入ってしまっている静希に抵抗できるはずもない


「うが!明利離せ!自分で歩くから!」


「うふふふふ、背が高いっていいなぁ!すごくいいよ!」


どうやら明利はこの状態が酷く気に入ったようだった、普段低い場所からしか見えなかったものが、今高い位置から見ることができている


ある意味長年の夢といっても過言ではない状態が今明利に起こっているのだ


とはいえ静希の体でそんな幸せそうな表情をしていると見る人が見れば気持ち悪いと言われそうである


「とりあえず家に帰ろう・・・話はそれから・・・」


そう言いながら静希は明利の拘束から逃れると、明利の左腕、というか静希の体の左腕が全く動いていないことに気付く


静希の体の左腕は義手、ヌァダの片腕だ、普通の動かし方では動かないためか明利は動かせていないようだった


もう少し様子を見てからの方がいいなと思い、静希は義手を掴んで明利を引っ張ることにした


このままだらしない顔の自分を衆目に晒すのは避けたいところである、嬉しい気持ちはわかるがここまで嬉しそうにされると逆にこちらが困るのだ


今明利は静希の体にいるのだからもう少し体裁と言うものを考えてほしい


静希は急ぎ足で明利を引き連れようとするのだが、如何せん歩幅が小さいせいで急いで歩いて静希の体が普通の歩くペースになってしまう


普段は静希が意図的に歩くペースを落としているのだが、ここまで身長差があるとなかなか辛いものだ


というか明利の視線になってわかるのだが、何もかもを見上げなくてはならないために非常に不便だ、首が痛くなる


体も小さく力も弱い、なんと不便な体だろうかと思いながら静希は無意識に左腕で頭を掻いた


その瞬間静希は思い出した


左腕、そう生身の左腕がある感覚を


握った時の手の感覚、体を触った時の手の感覚、今はもう懐かしい生身の腕の感覚


今まで意識していなかったためにあまりうまく動かせていなかったが、やはり十数年動かしてきた腕だ、数か月無くなっただけでは動かし方は忘れていないようだった


嬉しい反面少しむなしくなりながらも静希は明利の手を引き続ける


「静希君、背が高いっていいね」


「そうか?ていうか背が低いとすごい不便だな、この体になって理解した」


歩くのも走るのも、登るのも降りるのも背が低いと非常に苦労する点が多い

普段明利はこんな体で活動しているのかと驚いてしまう


恋人たちがより相手のことを深く知るため


なるほど、確かに相手の体になってようやく分かることもあるという事だろう、石動の話は嘘ではなかった、そして店の中で客たちが互いの体を確認していたりしていた理由がよくわかった、こんな状態では確認したくなるのが道理と言うものだろう


なんとか家にたどり着くと、静希は大きくため息を吐いた





家につくと同時に静希のトランプから人外たちが飛び出してくる、状況を把握している様だったが実際どうなっているのかはよく理解していないようだった


「えっと・・・今シズキの体を操ってるのがメーリで、メーリの体を操ってるのがシズキってことでいいのよね?」


「あぁそうだよ・・・ったくなんて状態だ・・・」


明利の顔と声で悪態をついていると、その場にいた人外全員が複雑そうな表情をする


「マスター・・・明利様の顔でそのような言葉遣いはさすがに・・・」


オルビアの言葉にその場にいた人外全員が何度も頷く、静希は明利の顔で、今まで明利がしたこともないような表情をしていたのだ


具体的には目つきが悪く、忌々しげに口角を歪ませ、その眼の奥にはわずかながら苛立ちのようなものが含まれているように見える


こんな状況、断りを入れればすぐに打開できただろう、それでも静希がこの状況に甘んじているのは、今自分の体の中にいるであろう明利がとても幸せそうだからに他ならない


あんなにいい笑顔をしているのは実に久しぶりだ、あれが明利の体であればなおさらよかったのだが、自分の体があんなにいい笑顔ができたのだなと思うと少々、いやかなり意外である


普段あまり笑顔と言うものを意図的に浮かべない静希にとって、こんなにさわやかな笑顔を見るのは初めてだった


幼少時の写真の中にも、ここまでの笑みはなかったように思える


人格が変わるだけでここまで表情というのは変わるものなのかと静希は驚いていた


「とりあえず明利、ちょっと来い、腕の説明するから」


「え?ど、どうしたの?」


明利が自分の左腕を動かせていないことに気付いていないのか、リビングに連れていくと静希は即座に明利にその腕の動かし方を伝授した


といっても、そう簡単に動かせるようなものではない、静希だってまともに動かせるようになるまでかなり時間がかかったのだ


思考で動かすという奇妙奇天烈な動かし方に慣れるのに時間がかかるのは至極当然、そこで静希はまず腕に取り付けられている武装を外すために明利に腕を取り外させた


「まずは工具で・・・っと重!工具ってこんなに重かったっけ・・・!?」


「いいよ静希君、私持つよ」


自分の家にある工具箱を明利に持ってもらい、とりあえず左腕の内部に取り付けられている武装を外すべく工具をいくつか取り出す


後々取り外せるような仕掛けがこれらの武装にはしてある、普段静希がメンテナンスをする時もいちいち取り外して行っているためにこの工程も慣れたものである


「ぬぐぐぐぐ!か・・・固い・・・!」


「あ、私やるよ、これを回せばいいんだよね?」


普段なら簡単にできる作業が、筋力のなさという決定的な理由のせいで思うようにいかない、まさか明利の体がここまで貧弱だとは思わなかったのである


「まさかここまで不便とはなぁ・・・」


「なんか大変そうね・・・そう言えば能力の方はどうなの?」


メフィの言葉に静希と明利は顔を見合わせる、互いに自分の顔を見る形になるが、もう違和感もどうでもいいものになりつつあった


静希はとりあえずトランプを出してみようと自分の体の周りにトランプを飛翔させようとするが、トランプが現れたのは静希の周りではなく明利の周りだった、要するに『静希の体』の周りにトランプが現れたのだ


普段通り自分の体の周りにトランプを出そうとしたのに、明利の体の周りではなく、静希の体の周りにトランプが顕現したことで、静希はなるほどと小さく納得する


「えっと・・・これどういう事?」


突然自分の周りにトランプが現れたことで戸惑っている明利、それもそのはずだろうなにせ自分は何もしていないのに唐突に能力が発動しているようなものだ


「要するに、虎杖さんの能力は体の電気信号だとかを丸々入れ替える能力ってことだな、五感を含め全部の感覚を他者の肉体に転移させる、そうすることでまるで入れ替わってるように見せかけてるだけってことだ」


恐らく、能力の部分の根本は本人の体のまま、体を動かす電気的な信号のみが他者の体に転移し動いているのだろう


明利の脳が発する右手を動かすという信号は、静希の体に、そして静希の体が見たもの感じたものは明利の脳に転移される、そうすることで入れ替わっているように感じられるだけで実際入れ替わっているわけではないのだ


だから明利の左腕の感覚が静希の脳に伝わっている、生身の肉体の感覚が

久しぶりの感覚に静希は僅かに感慨深くなってしまう、本来もう二度と味わうことができないと思っていた感覚だ、すでにもう諦めてしまっていた感覚だ、だからこそ少しだけこの腕の感覚が愛おしく思えてならなかった


「静希君、外せたよ」


「あぁありがと、もう腕付けて平気だぞ、片腕じゃバランスとりにくいから気を付けろ」


そう言いながら静希は取り外された武装を自分の部屋へと運んでいく


同調系統と転移系統の両方の強い能力を有していなければあり得ないことだ、なるほど相手のことを深く知るための、確かにこれは相手のことを知るいい機会にもなるだろう


実際に相手の体を使い、相手の体にどんなことが起こっているのかを知ることができる


本来男女間ではありえない相互理解、それを深めることのできるいい能力だ、これなら扱いさえ間違わなければいい教育法にもつながる


商売として扱っているのが惜しいほどに良い能力であると静希は感心していた






『なるほど、とりあえず明日の夕方まではそのままにすることにしたのだな?』


静希は明利の体のまま、一応軽く報告するために石動に電話をかけていた


最初は男言葉で話す明利の声にひどく驚いた様子だったが、事情を察したのか石動は普段静希に接するのと同じように接してくれた


「あぁ、これもいい機会だと思ってな、明利も嬉しそうにしてるし」


『そうか、お前の顔で嬉しそうにしているというのが少々想像できんが・・・まぁそれはお互いにといったところか』


茶化すなよといいながら静希は微笑む、この表情も明利が普段浮かべない表情だ、嬉しいような困ったような、呆れを含んだような笑み


そしてその声も、明利が普段出すことの無い物だ、その体を操る人間が変わるだけで、体と言うものは今までと全く違う動きをする、面白いものだと思いながら静希は石動に礼を言う


「ありがとな石動、お前が紹介してくれてよかった、これはいい経験になるよ」


『そうか、気に入ってくれたのなら何よりだ、こちらとしても嬉しい限りだよ』


石動は満足そうにそう言いながらそれではなと電話を切った、彼女には感謝してもしきれない、今回のことで静希は大事なことを思い出し、大事なことに気付くことができたのだから


あの店がなぜ繁盛するのか、わかった気がする、そしてこれは確かに占いにも似ているかもしれない


お互いの相性を、実際にお互いの体になって確かめる、だがその実、その結果まではわからない、決めるのは結局自分達


何とも投げやりな、助言にしては大雑把すぎるがひどく的確な後押し


押された先が安定か破局かはその人によって変わるだろう


「静希君、晩御飯どうする?今日は泊まっていくけど・・・」


自分の携帯から両親に向けて今日は静希の家に泊まっていくという事を伝えたのだろう、静希が芝居をしなくてもよくなったのはいいのだが、これからどうするのかというのは地味に問題だ


なにせ明利は静希の体を動かし慣れていない、もっともそれは静希も同じことだが明利のそれはさらにひどい


もともと体の大きさが違いすぎるせいか先程から何かとものに当たってしまっている


足をぶつけ腰をぶつけ、その度に自分の体が大きくなっていることを再確認して嬉しそうに笑みを浮かべている、幸せそうなのはいいことなのだが正直見ていられない


「適当に頼む、たぶん雪姉も一緒に食うことになると思うから・・・オルビア、明利の補助をしてやってくれ、あれじゃ危なっかしすぎる」


「かしこまりました、お任せください」


体が入れ替わっていてもオルビアの忠義は変わらず静希に注がれ続けていた、彼女にとっては主こそが至上であり、自らが傅く対象なのだから


オルビアが明利の補助に回る中、静希の背後にゆっくりと悪魔の影が忍び寄っていた


「シーズキ?なんだか妙な感じね、私はシズキの体と魂に契約しているけど、この場合どうなるのかしら」


「知るか、そこら辺はお前の裁量次第だろ?体が小さいと身動きとりにくくなるから離れろ」


そう言ってメフィを退けるのだが、メフィは何やらきょとんとしている、一体どうしたのだろうかと不思議がっているとその体を僅かに震わせて自分の体を抱きしめている


「な、なんかメーリにそんな蔑むような目をされるとゾクゾクしちゃうわ・・・!何なのこの感覚・・・!?」


そう言えば普段メフィは明利を抱きしめて愛でていたり困らせたりするのが得意だったなと思い返し、その反応の違いにショックを受けているのだろう、もっともそのショックは悪いものではないようだが


確かに明利の体でここまで攻撃的な発言をするというのは印象が違いすぎるかもしれない、台所で笑みを振りまきながら調理をしている明利を見れば一目瞭然だ、静希の体であそこまで笑みを浮かべて料理をするなどと普段なら絶対にありえない、隣で調理の補助をしているオルビアも少し複雑そうな表情を浮かべている


「邪薙としてはどうなんだ?俺と明利が入れ替わるとなんか違和感あるか?」


「・・・違和感がないと言えば嘘になるが、どちらも守る対象であることに変わりはない、そう言う意味では今までと何も変わらん」


邪薙の言葉に静希はそう言うもんかと呟く


個人との契約を多くする悪魔と違い、神格は大勢の存在を対象にしている、邪薙は小神であるが故にそこまで多く信仰を得ているというわけではないが、守る対象の人格が入れ替わった程度では動じないのだろう


それにしてもと呟きながら静希は今の自分の体、つまりは明利の体をまじまじと観察する


小さい、いろんな意味でそう思ってしまった


体の線は細く、手も足も今までの自分のそれと違い短くか細く、筋肉がついているのかも疑わしいほどだ


今まで自分と同じか少し小さいくらいだったメフィの体がとてつもなく大きく感じる、自分より大きくたくましい邪薙の体がまるで巨大なモンスターのように見えてしまう


これが小さいという事なのかと実感しながら明利の体の小ささを嘆きながらも、普段の明利の苦労を考えると自然と涙が出てしまった


今まで静希はできる限り明利に気を遣っていたつもりだった、実習の時も明利がついてこれる速さで行動したつもりだった、だがこの体になって初めてわかる、今までのあれでも明利は全力を出してようやくついていけるかいけないかという微妙なラインだったという状況だったのだ


深く反省しながらそんなことを考えていると家のインターフォンが鳴り響く


オルビアが一度明利の補助から離れ対応すると、やはりというか当然というかやってきたのは静希の姉貴分であり恋人の雪奈だった


どうやら三年になるにあたっての事前処理のようなものは終わったらしい


「いやぁあんまりたいしたことなかったよ・・・やぁ明ちゃん来てたんだね・・・ってあれ?今日は静が晩御飯作ってるの?」


リビングでくつろぐ明利の体、そして台所で料理を作る静希の体を見つけ雪奈は少しだけ目を丸くしていた


普段明利が家に来る時は大体が明利の手料理だったからである、事情を知らず静希が作っているという風に見えた雪奈には新鮮な光景だった


「あ、雪奈さん、いらっしゃい、今お茶淹れますね」


「そうだね、よろ・・・っ!?」


何気ないやり取りの中で雪奈は強烈な違和感を覚え台所にいる静希の体を二度見する


雪奈の顔は驚愕に染まっており、その体はわずかに震えていた


「え・・・今なんて・・・?」


「え?お茶淹れますねって・・・」


「・・・その前・・・私の事なんて呼んだ?」


「・・・雪奈さんって」


静希の体から放たれる言葉に、雪奈は涙をこぼしていた、体は震えながらゆっくりと台所に歩いていき、その体を掴む


「静!何でいつもみたいに雪姉って呼んでくれないの!?お姉ちゃんなんか悪いことした!?しかも何で敬語!?いつもみたいに雪姉って呼んでよ!」


雪奈がその体を揺らしたことで静希の体を操っている明利はようやく今の状況を理解する、そう言えば雪奈には入れ替わっていることを伝えていなかったなと


はたから見れば静希が突然雪奈にさん付けで敬語を使いだすという奇妙奇天烈な状況だ、今までずっと姉と呼んでもらっていた雪奈からすれば天地がひっくり返るほどの衝撃だっただろう


体裁も何もなく雪奈はかなり真剣にそのことについて言及していた、なにせ今まで静希が雪奈のことを姉以外の言葉で呼んだことはなかったのだ


雪奈お姉ちゃん、雪姉ちゃん、雪姉、様々あれどそこに姉という言葉がつかないことはなかった、そして静希が雪奈に対して敬語を使ったこともなかった


それは他人から見れば年功序列を無視した失礼に値したかもしれないが、雪奈にとっては自分が静希の家族であるという証のようなものだった


なのに、なのに今静希に名前で呼ばれ、なおかつ敬語で話されるという絶望にも近しい状況に自我を保つことさえも怪しくなってしまっていた


突き放されたかのような衝撃に足元さえおぼつかなくなってしまっている


思い切り肩を揺らされているためにしゃべることもおぼつかない明利に代わり、リビングでくつろいでいた静希が助け舟を出すことにした


「雪姉落ち着けっての、それ以上やると気絶するって、力加減を考えろバカ」


明利の顔と声で放たれたその言葉に、雪奈は再度硬直する


明利は礼儀正しい子だった、今まで、出会ってから今まで雪奈に対して尊敬と信頼を寄せてくれていた、それは彼女の態度と性格から十分に理解していた


その明利の口からまさかこんな言葉が飛び出すとは思ってもみなかったのである


「め・・・めめめ明ちゃん!?雪姉って呼んでくれたのは嬉しいけどどうしたのその言葉遣い!?まさか遅めの反抗期!?お姉ちゃんもう訳がわからないよ!?」


静希だけならまだしも明利にも表れたこの変化に雪奈は軽くめまいさえ起こしていた


倒れこみそうになるのを近くにいたオルビアが支えると、うぅと呻きながら顔を蒼くしてしまっている


よほど二人の変化がショックだったのだろう


別に二人は性格的に変化したわけではなく、ただ単に性格というか人格が入れ替わったような状態になっているだけなのだが


「雪奈様、どうかお気を確かに」


「うぅ・・・オルビアちゃん・・・私はもうだめだ・・・愛する二人が変わってしまってもうどうしたらいいのかわからないよぅ・・・」


さめざめと涙を流す雪奈に、さすがにこのままでは雪奈の人格が崩壊してしまうかもなと思いながら静希は雪奈の顔を掴む


「うぇ・・・明ちゃん?」


雪奈からすれば明利に突然顔を掴まれたように見えているために、なおさら驚いただろう、普段明利はこんなことをしない、その驚きに混じっていつもの明利とは違う目つきで見つめられることで雪奈の意識は少しだけ正常になりつつあった


「雪姉、まだわかんないか?こうしてても分からないか?」


「うぇ・・・?」


自分の額を雪奈の額にくっつけながら、静希は強い視線で雪奈を見つめる


普段明利がするような恥ずかしさも、気弱さも、儚さもそこにはない


その眼の奥にあるのはいつも静希がしているような、強く、真っ直ぐで、底のしれない何か


人格が変わり、その体を操る人間が変わると、目が示すものまで変わるのか、雪奈はその眼を見て少しずつ正気を取り戻し、同時に気付きかけていた


何年も何年も見てきた目だ、物心がつく前から、ずっと見てきた目だ


体が変わっていても、雪奈には確信があった、この目は明利にできるものではない、この目は自分が昔から知っている、自分の弟の目だと


「・・・もしかして・・・静・・・?」


「ようやく分かったか、このバカ姉」








「なぁんだそういう事だったのか・・・もうお姉ちゃんびっくりしちゃったよ」


静希と明利から改めて事情を聞くと雪奈は心底安心したようにしながらリビングでくつろぎ、静希を抱きかかえている、正確に言えば明利の体の状態の

静希をだが


「ごめんなさい、説明するのが遅れちゃって」


「いいよ明ちゃん、というか静の顔ってそんな表情もできたんだね、ちょっと意外」


申し訳なさそうにしている明利を見て雪奈は何度も頷く


今まで見てきた中で自分の弟がそんな顔をしているのを見たことがないのか非常に興味深そうだった


「んでこっちの明ちゃんの体の中にいるのが静と・・・妙な感じだねぇ」


「暑苦しいから離れろ、さすがにもう抱き着かれるのに飽きた」


雪奈の拘束から逃れようとするのだが、悲しいかな非力な明利の体では雪奈の拘束から逃れることができない


雪奈は静希を抱きしめながら真面目な顔になる


「なんかあれだね・・・明ちゃんってそんな顔でそんな声出せたんだね・・・静以上にびっくりだ」


普段温厚な明利しか見たことがない雪奈にとって、明利が眉間にしわを寄せながら不機嫌そうな声を出すというのは新鮮、というか初めてだったのだろう、先程以上に興味深そうにしながらその顔をのぞき込む


そんな中雪奈は何かを思いついたのか、静希を解放し台所にいる明利の元に向かう


「雪奈さん?どうしま・・・ひゃん!」


「ここか?ここがいいのか!?」


標的が静希から明利に変わり、その体を弄りに行くと、今まで静希の口からは聞いたことのない声が聞こえてくる


「ゆ、雪奈さん・・・やめて・・・!」


「・・・静ってこんな顔できたのか・・・!やばい別の何かに目覚めそうだ・・・!」


静希の体を弄ることで、明利が困惑し普段静希が絶対に浮かべないであろう表情をしていることで雪奈は今まで抱かなかった感情を抱いている様だった

鼻息を荒くしながら静希の体を弄る雪奈に、明利の体の中にいる静希はため息しか出ない


静希は自分のあんな姿は見たくなかったなと思いながら指を鳴らしてオルビアに指示を飛ばす、何が悲しくて羞恥に満ちた涙目の自分の姿なんて見なければいけないのか


「オルビア、雪姉を取り押さえて明利を救出しろ」


「かしこまりました」


「あぁ!オルビアちゃん離して!もうちょっと!もうちょっとだけだからぁ!」


散々その体を弄られたことで明利は顔を上気させ、僅かに息を荒くしている

本当に何が悲しくて自分のこんな姿を見なければいけないのかと静希は肩を落とす


明利が喜んでくれるのはありがたいのだが、こんな姿を何度も見せられるのなら少々考え物である


「ふぅん・・・シズキってこんな顔もできたのね・・・ちょっとだけ・・・」


「メフィ、もしこれ以上明利に手を出す様ならちょっとばかしお仕置きが必要になるぞ?」


笑みを浮かべながらどす黒い瘴気のようなものを湧き立たせる静希に、その場にいた全員が身の毛を逆立たせた


静希はいつも通り笑っているつもりなのだ、普段見慣れた威圧する笑みを浮かべているつもりなのだ、だが今静希は明利の体の中にいるようなもの、明利の顔と声でいつものように威圧すると、いつもより何倍も圧力があるように見える


普段怒らない人が怒ると、普通より何倍も怖く見える原理である


「静・・・お願いだから明ちゃんの顔でそう言う表情しないでよ・・・本気で怖い」


「そうか?自分じゃどんな顔してるかわからないからな・・・」


鏡でも持っていればすぐにわかったかもしれないが、静希だっていつも鏡を持っているほど手持ち無沙汰なわけではないのだ、そもそも普通に威圧するつもりだったのだがここまで恐れられるとは、案外明利がキレたら怖いのかもしれない


「それにしても・・・こういう場合はどうするべきなんだろうか・・・」


「どうするべきって・・・どういうことだよ」


「ん・・・いやさ、もしする場合さ、いつもは静が攻めじゃん?この場合どうやってするんだろ」


する


その言葉に込められている意味を正しく理解したのか、明利は赤面してしまう、反対に静希は呆れてしまう


「あのなぁ・・・何でこんな時にしなきゃならないんだよ、俺やだぞ、自分の体とやるなんて」


「あー・・・静はそうかも・・・じゃあ私と明ちゃんが・・・ってなった時、どうするべきか・・・」


静希は男だ、どんな理由があれ男とするつもりはない、たとえ今自分の体が女の、自分の恋人の明利のものになっていたとしても男とするのは強い拒否反応を示すだろう


というか自分の体と情事をするなどはっきり言って吐き気がする、強すぎる嫌悪感に体が拒否反応を起こすのは目に見えている


そして雪奈と明利の場合、今は明利が自分の、つまり静希の体をしているわけで、普通に情事には至れるだろうがこの場合問題なのは二人の相性の問題だ


普段は静希が間に入ったり一人ひとり対応したりしているのだが、この二人だけとなると話が別である


なにせ二人ともどっちかといえばエムだ、露骨に言えばマゾだ


静希が生粋のエスでサドというのもあるのだが、二人は運よく、いや運悪くそう言った性癖に目覚めてしまった、その為二人でからんだときどう対応していいのかわからないのだろう、正直なところ絡む必要性はないのだが


「今回はあくまで互いの体のことを知るってのが目的なんだから・・・そこまで気にすることないと思うぞ、そもそも俺はやるつもりがない」


「えー・・・つまんないの・・・じゃあせっかくだし他にもギャラリーを呼ぼうか」


そう言って雪奈は携帯を取り出し電話を始める、相手が誰なのか、静希はおおよそ予測がついていた


誤字報告が25件分溜まったので六回分投稿


まぁ二十回分も投稿すればこのくらい溜まりますよ、もう慣れたもんです


これからもお楽しみいただければ幸いです

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