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J/53  作者: 池金啓太
二十三話「世界に蔓延る仮面の系譜」

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彼女と彼の名

「てなわけだ、わかったか?」


「・・・あぁ、理解した・・・だが良かったのか?自分の能力を明かすなど」


「あぁ、信用されるには手の内を明かすしかない、どこかの誰かさんの時もやったことだしな」


そう静希が言うとエドが頭を掻いて気まずそうにしてしまう、静希は過去エドと遭遇した時、彼と共闘する際に自らの手の内をすべて明かした


何をするかわからない相手を、何か隠し事をしている相手を人間は信用しない、静希はそれを理解しているのだ


「ねぇ静希、こういっちゃなんだけどこんな話をするためにこの人をここに呼んだ訳?何かほかにもあるんじゃないの?」


鏡花の言葉にさすが鏡花姐さんと静希は嬉しそうに笑って見せる、彼女としてはまだカロラインのことを信用しきっていないようだったが、静希がわざわざここに足を運ばせた理由がこれだけとは、鏡花には思えなかったのだ


そしてそれは城島も感じていることだった、疑り深く、同時に思慮深い静希がたったこれだけのために危険人物を自らの懐に入れるはずがない


そして彼女たちの思っている通り静希にはまだ話すべきことが残っていた


「じゃあそろそろ本題に入るけど、カロライン、お前今リチャード・ロウに対する情報はどれだけ持ってる?召喚を行うきっかけになった時のことも含めて教えてほしい」


カロラインが召喚を行ったこと自体は間違いない、という事は彼女は一度リチャードと会っているのだ、恐らくは静希が関わったエルフの村と同じような状況だろうことは予想できた


「奴が私に接触してきたのは去年の今頃だった、悪魔の召喚陣を提供すると・・・その時は特に気にも留めていなかったが父からやるべきだと後押しされてな・・・実験の数日前には家の近くに宿をとって様子を見に来ていた」


「その時何か気になることは?素顔とか」


「いや、奴は常に顔を隠していた・・・声も常に変声機を使っている様だった、今にして思えば何故奴を信用したのか・・・事件が起きた後は私にもわからない、あれから随分と調べているのだが、足取り一つ・・・」


父からの後押しというのは、恐らくエルフの威信の問題だったのだろう、彼女の父親が一体どの程度状況を理解していたのかはわからないが、恐らくは単なる善意で召喚を勧めたとみて間違いないだろう


悪魔の力を手に入れられればその力を利用して大々的に自らの力を見せつけられる、エルフの威信をかけるというのはまさに文字通りというわけだ


カロラインが落ち込んでいる様子を見て静希は二、三回指を上下に動かすと、小さく手を叩き乾いた音を部屋の中に響かせた


「よし、カロライン、本題に入ろう、お前俺たちの仲間になるつもりはないか?」


「・・・は?」


その言葉にカロラインは一瞬何を言っているのかわからない風だったが、静希の仲間である鏡花と城島は目を見開いてた


「ちょっと静希、正気!?なんでこの人をそんなに信頼できるわけ?敵と繋がってるかもしれないのよ!?」


「清水に賛成だ、先程の話も、悲劇に見せかけた作り話である可能性だってある、こいつが信頼に足るとは思えん」


鏡花と城島は客観的に見てカロラインが未だ信頼するに足る人物だとは判断していないようだった、それは十分理解できる、なにせ彼女の話は何の証拠もなく、ただ彼女がそうであると主張しているだけなのだから


自分は犯人ではなく、殺された弟を使い魔にしたのも生き返らせられると思ったから、そしてリチャードを追っているというのもすべてでまかせかもしれない、静希に近づくためについた嘘かもしれない


エドの時とは違いもう何の証明もできない今、彼女が示すことができるものは自分の言葉だけだというのはわかるが、だとしても鏡花はカロラインのことを信用できなかった


「静希、あんたが何でこの人を信用したのかは知らないけど、一つ忠告しておくわ、女は平気でうそを付ける生き物なのよ?そう言う演技もできるし、その気になれば涙の一つだって流せるわ、もしこの人の表情だとか態度で信用するって決めたならやめておきなさい」


随分な言いようだなと静希は呆れてしまうが、なにも静希だってその場の態度や言葉だけで彼女を信頼したわけではない


「エド、お前今日こいつと一緒にいてどう思った?」


「どうって・・・そうだなぁ・・・理知的な人だと思ったよ、同時に少々不安定なところもある、まぁ悪い人ではないと思うけどね」


「そうか、なら大丈夫だろ」


あまりにも理由になっていない内容に鏡花は呆れ果ててしまう、エドが大丈夫だと感じたから大丈夫、なんて理屈にもなっていない


「あんた本気で言ってるわけ・・・?」


「結構本気だよ、エドは人を見る目がある、後ついでに俺の勘がそう言ってる」


こいつは大丈夫だって、そう付け足して笑う静希、かつて城島に勘を鍛えろと言われた気がするが、静希はなんとなく人を見て、観察して、自分にとって害になるか否かを見極められるようになってきたようだった


少なくとも静希にとってカロラインは害にはならない、そう感じていた


「それに、もし敵になったのなら、その時は叩き潰せばいいだけだろ?もう手の内は互いにばれてるんだ、その時は全力で相手するよ」


静希の向けた冷酷な視線にその場にいたほとんどの人間が寒気を覚えながら鏡花も城島も不承不承ながらに納得する、いや納得はしていないのだが静希がこうなったら考えは覆さない、それを経験上知っているのだ


結局自分が苦労することになるのにとため息をつく女性二名を置いて静希はカロラインに向かい合う


「どうだカロライン、俺たちの仲間にならないか?」


静希の問いかけにカロラインは嬉しいような悲しいような複雑そうな表情をしていた


誘ってくれたこと自体は嬉しいのだが、それがかえって心苦しいと言った面持ちのように見える


「・・・ありがたいが、それはできない・・・私は世間では犯罪者にされている、君たちのような者たちとは行動を共にはできない・・・残念だが・・・」


事実がどうあれ、現在カロラインは殺人を犯した罪で指名手配されてしまっている、所謂犯罪者だ、そんな人間が学生や社会人と一緒に行動することは難しい


先程の鏡花や城島が過敏に反応した様に、能力者の犯罪者には世間は厳しい、国にもよるがほとんどの国では見つかった瞬間に射殺されてもおかしくないのだ


先程の鏡花たちの反応がすべてを物語っていると言っていい、疑われ危険視される、それは仕方のないことだ、だから彼女は仲間を作るという事を最初からあきらめていた


「なるほど、じゃあお前が犯罪者扱いされてなければ仲間になってくれるんだな?」


「・・・え?」


静希はそう言った後で携帯を取り出しどこかに電話をかけ始める


「もしもし?俺、例の件だけど・・・うん、二人・・・あぁ、よろしく頼むぞ?・・・あ?俺に恩を返すいい機会じゃねえかグダグダ言わずにやれ」


静希はそう言い放った後で通話を切る、そして満面の笑みでカロラインに視線を向ける


「カロライン、そしてその弟フリッツ、お前たちは今から死んでもらう」


死んでもらう、その言葉にカロラインはわずかに身を強張らせるが、自分の近くにいる悪魔が全く動じていないことから、その必要がないことを察したのか、訝しむような表情をしながら静希を見つめる


その言葉の真意を測り兼ねているのだ


「・・・どういうことか、説明してもらえるか?」


「いいぞ、それより先にエド、昼に言ってたよな?優秀な人間は大歓迎だって」


静希の言葉にエドはもちろんさと軽快に返して見せる、彼はすでに静希が何をしようとしているのかを察している様だった


細かいことはさておき、彼がどのような形で結末を迎えさせようとしているのは理解できているとみて間違いない


「静希、あんたまさかエドモンドさんに押し付けるつもり?」


「押し付けるって嫌な言いかただな、まぁ間違ってはいない、けど犯罪者を押し付けるつもりはないよ、ちゃんと手は打ってある」


それは静希が昼間にあらかじめ連絡して手はずを整えてもらったことだった

すでに先方と話は通してある、後は実行までにカロラインに了承をとることだけだ


「・・・三日後に、お前達の死体がとある場所で発見される、お前たちの体そのままの死体だ、社会的にはお前たちはその日に死亡が確認されることになる、そしてお前達には手術を受けてもらう、体や顔を変える整形手術だな」


すでに司法解剖とかの根回しも済んでいるそうだという静希のその言葉を聞いてその場にいた全員が静希が考えている内容を理解した


静希はカロラインとフリッツという人間を社会的に、そして公的に殺し、まったく新しい人生を歩ませようとしているのだ


一度死亡が確認され、整形をしてしまえばその後を追うのは難しくなる、特に静希が連絡したのは裏の業界を知り尽くしたテオドールだった


死体を用意するのも、手術の手筈を整えるのもお手の物である


事前に静希が連絡を取り、万が一陽太の勘が当たった時の備えとして準備だけはしておいてもらったのだ、まさか当たるとは思っていなかったが


「だが五十嵐、仮にこいつらを死んだことにできたとして、新しい人間が唐突に生まれたことになるが?そこはどうするつもりだ?」


城島のいう事は正しい、人が死んだのに今までいなかった人間が唐突に現れるという事はそれだけ違和感を生じさせる、ただ生きるだけなら苦労しないだろうが、いつどこで生まれどのように成長してきたのか、そう言う記録がないと生きにくいのは確かだ


「問題ありません、新しい顔と名前さえ確立できればすでに書類上の偽造の手筈は済んでいるそうです、後は本人の希望次第ってとこですね」


生まれたところも、その親も、友人も卒業した学校も全て用意してある、新たに犯罪さえ起こさなければ怪しまれることはないように調整してもらっている


そのために静希はテオドールにわざわざ連絡したのだ、取れる手はすべてとる、あらかじめの事前準備ほど大事なものはない


「三日間は大人しくしてもらうが、それが終われば手術して、新しい名前を決めてエドの会社に就職できる、福利厚生は知らないけどちゃんと給料は出ると思うぞ?なぁエド」


「もちろん、そこはしっかりしてるから任せてくれ、住む場所だってしっかりあるよ、移動しっぱなしっていうデメリットはあるけれど有給だってしっかりとれるように計らおう」


二人の契約者の会話についていけていないのか、カロラインは茫然としてしまっている


何故彼らは自分にこうまでしてくれるのか、それが理解できなかったのだ


今日あったばかりの悪魔の契約者、それだけで警戒に値する、最悪殺しておいた方が良いのではないかと思えるような人間に対して何故こうも手を差し伸べるのか


「・・・何故・・・私を助けようとする?君はなにが目的なんだ?」


その考えや行動が理解ができないカロラインの言葉に、静希は僅かに眉を顰めながらどう答えたものかと悩みだす、そして隠すこともないと、取り繕う必要もないと思い考えていることをそのままいう事にした


「単純に言えば、戦力は多いに越したことはないって感じかな、これからリチャードを敵に回すうえで、戦力は多い方がいい、ただの能力者じゃなく、お前はエルフで契約者だ、これ以上の戦力はないだろ?」


リチャード・ロウの目的が一体何なのかは全く不明な状態だ、だが悪魔の召喚を多く行っているような人間が、自らの手駒の中に悪魔を含めていないとは考えられなかったのだ


最悪、複数の悪魔と契約していても何ら不思議はない、その時に自分の味方になってくれる契約者が一人でも欲しかったのだ


「シズキは随分へそ曲がりだね、僕の時もそうだったけど素直に助けたいって言えばいいのに」


「エド、お前の時だって事件を解決する過程で偶然助けただけなんだぞ?別に俺は人助けが好きってわけじゃない、結果的に助けた形になったってだけだ、お前の会社に就職させようとしてるのだって、裏切らないか監視させるためってのもあるんだぞ?」


エドの窮地を救ったときは、事件を解決するために必要だったからそうしたまで、そしていまカロラインを救おうとしているのは、あくまで自分の戦力にしたいから


下心もあるし、思惑もある、それを隠そうともせず真正面から伝えたうえで選ばせる


監視させるという内容を隠そうともせず、真正面から言ってのけるこの少年、一体何を考えているのかわからない、こちらに対してどういう事を考えているのかをすべて明かしたうえで選択を迫る、その結果が救うという形になる


静希はそうやって誰かとの関わりを深めていくのだ、絆というには少々歪な、利害関係を表に出した普通とはかけ離れた信頼という形を作っていく

不思議な少年だ


カロラインは静希を見ながら、心の底からそう思っていた


周りの反応から見るに、静希は善人であるようには見えない、むしろどちらかというと悪人のそれに近い、なのに全員が静希の動向を許容し、信用している


そしていまカロライン自身も、この少年なら信じられると、そう感じている


「エドモンドさんに迷惑かけるのはあれだけど、監視っていうのは正しいと思うわね、まだ信用しきれないし」


「あぁ、言葉だけじゃ信用に値しない、信用は行動で勝ち取るものだからな、これからのこいつの一挙一動で判断する」


鏡花の言葉に賛同したうえで、静希はさて、と言葉を切ってカロラインに向き合う


「もう一度聞くぞカロライン・エレギン、俺たちの仲間にならないか?一人よりも二人よりも、何人も一緒にいたほうが楽ができるぞ」


静希の言葉は嘘偽りのない本心だ、自分の思惑をすべて話したうえでの説得、隠そうとしない利害を真正面から受け止めてカロラインは薄く笑った


「あぁ・・・エドモンド、君がこの少年を信頼できると言っていた意味がようやく分かったよ」


カロラインの言葉にエドは自慢げに微笑んで見せる、口にしなくとも『言ったとおりだろう?』と言っているのがその表情から読み取れるようだった

そして数秒考えた後で、カロラインは改めて静希の方を見る


「・・・あぁ、わかった、君の申し出を受けよう、この命が尽きるまで、私は君の仲間であることを誓おう」


その言葉を受けて静希は満足そうに笑う、その場にいた他の人間は少し心配そうにしていたが、静希が満足しているという事でこれ以上言及はしないようだった


「・・・よし、それじゃあいろいろとやることがあるからな、エド、お前はこいつに付き添ってやってくれ、アイナ、レイシャよかったな、お前達に後輩ができるぞ」


静希の言葉にエドは了解だよと返事をし、アイナとレイシャは初めてできる後輩という言葉に目を輝かせていた


今まで自分たちが一番の下っ端だったこともあり、下の存在ができたという事が非常に嬉しいようだった


「イガラシ、一ついいか?」


「ん?なんだ?」


「先程新しい名を確立と言っていたが、それは私が決めてもいいのか?」


新しく生きる上で、自分の新しい名は必要になる、何よりも大事なことでもあるのだ


顔は手術の方針によって変わるため、今のところ決められるのは名前くらいのものである


「あぁ、あらかじめ言ってくれればその名前で登録してもらうように掛け合うよ」


「・・・そうか・・・わかった」


カロラインは何かを考えている様だったが、それ以上静希に何かを聞くことはなかった


彼女としても何か思惑があるのだろう、それ以上聞くことはせず静希は改めてテオドールに連絡する、準備を急ぐようにと


「まったく、教師のいる前で堂々と違法行為の算段とはな」


「はは、俺は何もしませんよ、やるのはあくまで向こうです、ただの学生風情にそんなハチャメチャなことはできませんよ」


静希の言葉に城島はよく言うとため息をつきながら額に手を当てる


犯罪者を犯罪者でなくすために社会的に死なせて新しく生きさせる手筈ができるような学生などどこにいるだろうか


今まで関わってきた人間にそういう方面に特化していたという事もあるだろうが、それを思っても実行できないのが普通である


そこまで考えて改めて実感する


静希は普通ではない


良くも悪くも静希は普通という枠組みからは外れている、性格的にも能力的にも、そして今までの経歴も交友関係からしても


本来なら、教師としては犯罪行為を助長しているという点では静希を叱るべきところなのだろう、だが静希はリスクに対するリターンというものをよく把握している


今回の場合、死体を用意するのも、新しい人間のデータを作るのも全てテオドールの方で行っている、もしばれた時に割を食うのは彼だ、今回のリスクは実質上完全にテオドールとカロラインの方にしか向かないことになる


そしてそれに対し静希が得たものは悪魔の契約者との交友関係という、金を積んでも手に入れられないものだった、自分に対しては限りなく低いリスクで、限りなく高いリターンを得られたことになる


そう言う意味では、一人の能力者としてはむしろ静希を褒めるべきなのかもしれないと、教師と能力者の狭間で城島はどちらの対応をするべきか悩んでいた


静希が目的としている内容の話を終え、エドに引き連れられたカロラインはその場を後にしていた


この後手術を受けるというのと、いろいろ書類上の手続きがあるのだ、ある場所でテオドールの部下と落ち合うように手配してあるため、あとは彼らが上手くやるだけである


「にしてもあんた・・・いつからこれを考えてたの?また悪魔の契約者を味方に引き入れるなんて」


「ん・・・まぁ考えと準備自体は陽太が予想したあたりからだけど、実際に動いたのは予想が当たってたってわかってからだよ、まさか当たるとは思ってなかったからさ」


実際陽太の考えの八割は当たらない、だが時折発揮する直感は血の力とでもいうべきか、物事を完全に見越したような考えをする


今回はまさにそれだった、あり得ない思考ではないとはいえ完全にカロラインについてのことを言い当てたのだ


そう言う意味ではお手柄といえるのだろうが、本人はそのことを全く自覚していないだろう


「これでお前とお前の交友関係を含め、悪魔の契約者は三人か・・・戦争でも起こすつもりか?」


「冗談やめてくださいよ、こっちはあくまで平和的に事を進めたいんですから」


悪魔を対処するには大隊レベルの軍事力が必要になる、その悪魔が三人もそろっている、この力だけではなく、連携まで駆使したとなれば城島の言うように戦争だって可能なレベルの戦力はすでに集まっていることになる


しかもその中心人物である静希は悪魔だけではなく神格や霊装を引き連れている、一学生が有していいような武力ではないのはもはや明らかである


「ちなみに先生、悪魔が一人いるとどれくらいの相手だったら互角に戦えます?前は対応するには大隊レベルが必要になるとか言われましたけど」


「ん・・・また難しい質問だな・・・互角に戦うには大隊では足りないだろうな」


今まであまり例がなかったのか、鏡花の質問に城島は本格的に悩みだしてしまう


なにせ悪魔との遭遇例自体があまりないのだ、軍においてその戦闘経験などもあまりないしその事例もあまりないだろう


今回の事でもはっきりしたが、対応するだけなら大隊レベルの軍事力は必要だろう、ただ勝つことができるか、あるいは互角に持ち込めるかどうかは微妙なところである


ただの能力者が集まったところで悪魔には勝てない、それは今回からのことでも明らかだ


ただ圧倒的に悪魔と軍との遭遇が少ないとはいえ、前例がないわけではないのだ


「戦時中の話になるが、確かある海域で某国の艦隊が一つ丸ごと潰されたというのがあったな、その時は契約者ではなくたんに悪魔と遭遇したというだけの話だったと記憶しているが・・・」


「艦隊って・・・どのレベルのですか?」


海における戦闘で艦隊というのはその規模によって戦力を変える、基本軍艦二隻以上あれば艦隊として認められるが、その中に空母はあるのか、またその数はどれほどかという風に性能と数によって戦力は大きく変わる


ただの小型戦艦二つを潰しただけなら、そこまでの評価は得られるか微妙なところだ


「確かその時は・・・大型戦艦と空母を含め・・・確か十三ほどの艦隊だったと記憶している、その為戦況は大きく傾いたのだとか」


「・・・ごめんなさい規模が大きすぎてどれくらいすごいのかわからないです」


いくら艦隊の規模を説明されてもどれくらいの相手と戦えるのかという事に対するイメージが全く湧いてこなかったのだ、そもそも艦隊と言うものの力さえ分かっていないため例としては少し良くなかったかもしれない


そこで城島はわかりやすい例を出すことにした


「そうだな、過去日本で活躍した日本軍の能力者部隊が合同で撃沈させたのは大型戦艦が一つと、駆逐艦が二つ、そして重巡洋艦、軽巡洋艦が一つずつだったはずだ、しかも一度ではなく何度も戦闘を繰り返しての戦果だ、手練れの能力者が集まってそのレベル、どれくらいのかは理解できたか?」


能力者が何十人も集まって、長い時間戦ってようやくそのレベルの戦果だというのに、悪魔はそれ以上のことをたった一人でしかも一瞬でやってのける

陸上と違い海上での戦いという事もあって条件も大きく変わっているだろうが、さすがに桁が違うというにふさわしい力である


「契約している悪魔は契約者を守るために少々保守的になるとは思うが、それでも三人・・・今回のオロバスの持つ予知の力が加わると、その総合の戦闘能力ははるかに跳ね上がるだろうな」


能力者において重要視されるのは個人の能力よりも連携である、各個人の能力を最大限に発揮し、協調することで一個人にはできないことを多くやってのけることができる


その連携の力を悪魔の契約者が行ったらどうなるか


存在するだけでプレッシャーを放つ悪魔の契約者が三人、もしその三人が連携をとり、互いに協力し合った場合、恐らく師団、いや軍団から軍レベルの武力が必要になる


それこそ航空支援などを含めた総力戦にならないと勝てないかもしれない、いやもしかしたらそれすら通じないかもしれない


予知の能力を持つ悪魔、一撃で巨大な建造物を破壊できる悪魔、人に対して凶悪な威力を誇る悪魔


この三つの種類が集まっている状況で、人間が勝ちを拾える状況を城島は想定できなかった


それこそ大量殺戮兵器、あるいは戦略級の兵器を使わなくてはならないかもしれない


仮にそれらを使ったとしても、予知によって防がれる可能性があるのだ、それほどに絶望的な状況を作れるだけの戦力を静希はすでに有していることになる


改めて思う、静希を敵に回してはいけないと


普段はただの学生のように見えるのに、時折城島も気圧されるほどのプレッシャーを放つときがある


自分の教え子は怪物に育ってしまっているのかもしれないと思いながら、城島は小さくため息を吐いた









実習の目的である召喚を無事に終え、後は事後処理を見守るだけとなった静希達はフランスの街を観光しながら帰国までの時間を優雅に過ごすことにした


もちろん片づけを手伝ったり、時折顔を出したりと最低限のフォローをしながら、帰国までのわずかな時間を満喫することにしていた


そのあいだにもエドモンドと連絡を取りあったところ、整形手術及び手続は無事終了したとのことだった


これで彼女はこれから新しい人生を歩むことになる、もっともその道は茨かもしれないが


事後処理も観光も無事に終わり、静希達は日本に帰国することになった


その飛行機の中で今週末提出のレポートを書かされることになったのは言うまでもない


他の生徒と実習の期間が違うとはいえ、実習のレポートの提出期限はほとんど同じなのだ


もう少し融通を利かせてくれてもいいのではと思ってしまうのだが、これ以上はもはや言うまい


なにせ今回は静希が主導で持ち込んだ面倒事だったのだ、学校側にも迷惑をかけたし何より班員にも、そして大野たちにも迷惑をかけた、このくらいは甘んじて受けるべきなのかもしれない


巻き込まれただけの鏡花たちにも同じ待遇を強いるのは非常に申し訳なく思ったが、これもまた仕方のないことだろう、彼女たちも半ばあきらめている様だった


「やっと帰ってきた・・・我が国日本!」


長時間のフライトを乗り越えようやく日本の大地を踏みしめた時、全員が行ったのはただ一つ大きなため息だった


なにせ長時間飛行機の中に拘束され続けたのだ、ため息が出るのも無理もないと言うものである


「にしても疲れたわいろんな意味で・・・帰って休みたい・・・」


「まったくだ、服とかも全部洗濯しないと・・・」


一人暮らしとはいえオルビアがいる静希にとってそこまでの負担ではないにせよ、実習が終わった後の家事は非常に億劫になる


特にオルビアは料理の類はできないためにそのあたりが一番面倒なのだ


「それじゃあ五十嵐君、俺たちはこれで失礼するよ、今回は楽しい旅をありがとう」


「あー・・・今回はご迷惑をおかけしました、本当にありがとうございます」


気にしないでくれよといいながら手を振り去っていく大野たちを見送りながら静希は大きくため息をつく


今回はそこまで戦闘に巻き込むという事はなかったとはいえ、大の大人の約一週間を海外で過ごさせるというのはかなり迷惑になっただろう、そう言う意味ではこういう事は二度と起こさない方が無難だ


彼らとしてはほぼタダで海外旅行ができたという事で嬉しかったようなのだが、静希としては申し訳ない気持ちでいっぱいである


「先生、とりあえず今日はこれで解散ですか?」


「そうだな、お前達も疲れがあるだろう、今日は各自解散だ、といっても途中までいっしょかもしれんがな」


帰国の手続きも終え空港のエントランスにたどり着いたところで城島が全員にねぎらいの言葉をかけ、この場で解散となろうとした瞬間、その人物が静希の目に入る


そしてどうやら一緒に帰るのは難しいことを悟った


「陽太、鏡花、頑張れよ」


「は?なによいきなり」


「これ以上何をがんばるっていうんだよ、もう今日は帰って寝たいよ」


「ほう、奇遇だな、私も丁度家に帰ろうとしていたところだ」


陽太にとっては聞きなれた、鏡花にとっては久しぶりのその声に、二人は凍り付いた


この二人が可能なら出会いたくなかった人物筆頭である


響陽太の実姉、響実月である


「実月さんお久しぶりです・・・『奇遇』ですね」


「あぁ静希君、それに明利も、久しぶり・・・『偶然』こちらに帰る予定ができてしまってな、飛行機を適当にとったら『偶々』君たちに会えるとは、僥倖だったよ」


こんな狙い済ました偶然があるものかと静希と明利は顔をひきつらせているが、陽太と鏡花の表情は二人の比ではない


なにせ二人が付き合うことになってから実月に出会うのは初めてなのだ、一体どういう反応をされるかわかったものではない


本人が知っているかどうかは定かではないが、恐らく知っているとみて間違いないだろう


でなければこうして日本に帰ってくる理由がない


「ちなみに実月さんは何で日本に?まさか単に帰省ってわけでもないでしょう?」


「もちろん、ある筋から陽太に関する面白い話を聞けてな、こうして駆けつけたわけだ」


面白い話、まず間違いなく鏡花と陽太が付き合い始めたという情報だろう、実月が日本に帰ってくるなんて陽太のため以外にはありえない


ある筋


そう言われて思いつくのは二人のことを知っているエドモンドか、実月の師匠のカエデ位である、以前情報のやり取りをした際にエドモンドとのつながりを得た実月はそれを限りなく有効活用している様だった


疲れたところを見計らってやってきたところを見ると、完全に逃がすつもりはないようだった


「というわけで陽太、それに鏡花ちゃん、どうだろう帰る途中で一緒にちょっとお茶でもいかがかな?」


いつの間に距離を詰めたのか、二人の肩を掴んで実月が満面の笑みを浮かべると陽太と鏡花は冷や汗を滴らせる


「お・・・俺さっさと寝たいんだけど・・・勘弁してくれないか姉貴」


「わ、私がいると姉弟水入らずの邪魔になっちゃうと思うんですけど・・・」


「なに気にすることはない、私もいろいろ聞きたいことがあるんだ、それでは静希君、明利、そして先生方、お先に失礼させていただきます」


そう言って二人を荷物ごと引きずる実月と、引きずられていく二人を哀れみの目で見ながら静希と明利は二人に手を振って別れを告げた







その後、鏡花と陽太が付き合うという事を正式に実月に報告し、根掘り葉掘りいろいろと聞かれた二人だが、そこまでつらいという事はなかったようだ

問い詰められはしたものの、否定されることも拒否されることもなく、むしろ弟を頼むとまで言われたらしい


最初肩を掴まれたときは心臓が止まるかと思ったと鏡花は語ったが、結果的に良い方向に物事が運んだととるべきだろう


そして、国外の校外実習から一週間ほどが経過した時、静希の家にある客がやってきていた


一人は仕事を終え、ある人物を引き合わせに来たエドモンドとアイナにレイシャ、そしてもう一人、いや二人連れて静希の家を訪ねていた


「おぉ、予想より早かったな、まぁあがれ」


「お邪魔するよ」


エドを先頭に全員が中に入ると、部屋の中でその場に人外たちが勢ぞろいする


そこにはオロバスの姿もあった


そしてその傍らにいる女性と、少年が一人


女性の方は右手にまだ包帯を巻いており、骨折が治りきっていないことを表していた


「さぁ、自己紹介をしてもらおうか、初めましてお嬢さん」


「・・・そうだな・・・初めましてシズキ・イガラシ、私の名前はカレン・アイギス、こっちは弟のリット・アイギスだ」


そう言って差し伸べてきた手を、静希は違和感なく受け止める


カレン・アイギスとリット・アイギス


かつてのカロライン・エレギンとフリッツ・エレギンの新しい姿だ


顔こそ違うものの、その声は以前と変わらず、さらに今までつけていた半分だけの仮面をつけるのをやめたようだった


エルフとしてではなく、ただの人として生きるという意志表示だろうか、仮面の重要性をそこまで詳しく知らない静希にとってはさしたる変化には見えない


「アイギスとは・・・また仰々しい名前を付けたもんだな」


アイギスとは神話の中で度々名を見かける盾の名前である、現代ではイージスと呼ばれることもあり、イージス艦の名前の由来にもなっている


「私としては狙ったつもりはないんだ、君たちのファミリーネームを貰ったんだよ」


イガラシ、パークス、そしてエレギン、この三つを組み合わせて読み方を変え、アイギスとしたのだという


以前エドが立ち上げたアイガースのそれに近い物だろうか


自分の名字が他人の名前の一部になるというのは、なかなかこそばゆい物である


「カレンとリットはお前たちの名前の略称か」


「そうだ、私達の親からもらった名前だ、捨てるのは憚られたのでな」


カレンとリット


この姉弟がどのように生きていくのか静希は全く予想できないが、少なくとも憑き物が落ちたような表情をしていた、立場が変わることで身が軽くなったというだけでずいぶん心境の変化があったのだろう


「今彼女には僕の仕事を手伝ってもらいながら各地での情報収集に協力してもらっているよ、なかなか物覚えが早くて教える方としても嬉しい限りさ」


「へぇ、こりゃうかうかしていられないんじゃないか?先輩方?」


静希がちらりとアイナとレイシャの方を向くと、二人は憤慨した様でそんなことはありませんと同時に静希に食って掛かる


自分の方が先輩なのだから自分の方が優秀であるべきなのだと主張するかのように体を大きく見せようと腕を振り上げている


その様子がおかしいのか微笑ましいのか、カロライン改めカレンは薄く笑みを浮かべている


「新しい生活に慣れるのには時間がかかるだろうけど、まぁゆっくり慣れればいいさ、何か情報が入ったらエドを経由して教えるよ」


「あぁ・・・助かる・・・」


礼を言うカレンだが、何かほかにも言うべきことがあるのか、少々もどかしそうにしながら静希の前に立つ


「・・・君のおかげで、私は本当に助かった・・・感謝してもしきれない・・・ありがとう、シズキ・イガラシ」


「静希でいいよ、それにしっかりギブ&テイクは保っていくんだからそこまで気にすることはない、どっかの誰かにも言われただろ?」


その言葉と一緒に視線を向けられたどこかの誰かもといエドはそれが当たり前であるかのように微笑んで見せる


静希は彼女を救う手を差し伸べ、エドは彼女に社会的な地位を与えた、二人がいなければ今のカレンはない、彼女自身それをよく理解している


だからこそ感謝してもし足りないのだ


「これから面倒に巻き込まれることも多くなるだろうけど、しっかり働いてもらうぞ?貴重な戦力なんだからな」


「あぁ、任せてくれ・・・シズキ、もし君が窮地に立たされたなら、必ず私が助けに向かおう、私は何があっても君の味方であると誓う、いざという時はいくらでも私を頼ってくれ、必ず力になる」


静希の手を握ってそう言うカレンのまっすぐな瞳を見て、静希は思わず笑い出してしまった


「な、なんだ、何かおかしなことを言ったか」


「いいや、どこかの誰かさんも同じようなことを言ってたなって思い出しただけだ」


それはかつて、エドが空港で静希と別れる時に言っていた言葉に似ている、そしてその言葉通りエドは静希が危機に際した時に駆けつけ、静希の助けとなって見せた


「そうか・・・なら私たちはいつでも君の味方だ、それだけ覚えていてくれればそれでいい」


「・・・あぁ、期待してるよ、カレン」


新しい顔と、新しい名と、新しい立場で迎えた、初めての約束


静希はカレンとしっかりと握手をし、互いを認め合った


これから彼らがどのようなことに巻き込まれ、どのような未来へと進むのか


その場にいるすべての存在が興味を持ちながらも誰も知らないその未来に、静希達悪魔の契約者は互いに結束を深めたのであった


二周年なのでお祝い投稿中、6/20投稿終了、あと14回分ですね


話の区切りとしてこの話は六回分投稿しました、次はこの一時間後に投稿するようにしておきます


これからもお楽しみいただければ幸いです


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