動く人と状況
ナビに従いこの辺りで一番高い建物に到着すると、静希はその建物の屋上へと移動し始める
邪薙がいないために障壁を使った空中移動はできないために地道に階段などを使って屋上へとたどり着いた
この辺りで一番高いと言っても、そこは郊外にある建物だ、中心地にあるそれとは比べるべくもないが、少なくとも警戒区域の内側はある程度見渡すことができる
建物の陰になって見えない個所も多いが、開けている部分も視界に入れることができるために見張りをするにはちょうど良いかもしれない
『シズキ、さっきの二人下で待機しちゃってるわよ?』
『放っておけ、ここで少し様子を見てから動くぞ、何も起きてないのに動いて体力消耗するなんてばからしいからな』
静希が一番高い建物に陣取ったのにはもちろん訳がある
広い範囲を見やすくすることで索敵を容易にするというのもあるが、何より奇襲をされにくくされるのが目的の一つである
入り組んだ街中にいればそれだけ有効視界が限られ、容易に背後に回られる可能性が高くなる、だが周囲に比べ高いこの場所なら襲って来られてもすぐに対応できる
そしてもう一つの目的は、静希自身をこの場に配置することで相手の動向を確認するという事である
相手の目的を把握するうえで、自分からも周囲が見えるという事は周囲からも自分が見えていることとほぼ同義である、この場に誰かが配置されているという事をあえて知らせることで相手がどのように動くかを確認するのだ
静希を避けて行動するならそれもよし、軍を動かして対応させるだけだ、静希の方に向かってくるならそれもよし、その場合は後退しながら軍に対応させるだけである
城島のアドバイス通り一番槍は軍に譲るつもりだった、そのほうが静希も相手の動向を確認しやすいし何より相手の力量を把握できる
明利の索敵網を敷いているからこそできる選択でもあるが、自分自身を囮に使うという事は可能ならあまりしたくない、邪薙という防御の要を明利達に預けている今は特に
ただ何も考えずうろつくよりはずっといいと思ったのだ
『メフィ、周りを見えてるのはお前だけだ、注意しておいてくれよ』
『はいはい、目を丸くして覗いてあげるわ』
静希のトランプの中にいる人外は今やメフィのみ、邪薙は明利達の元へ、オルビアは静希の腰に収まっている
フィアも一応トランプの中にいるのだが、しゃべることができなければなにが起きているのか伝えることができない、そう言う意味では少し気の毒だった、フィアもしゃべることができればもっとコミュニケーションが取れるのだが
「マスター、目標が来るまでここで待機でしょうか?」
「一応な・・・相手が動くとしたら一般人がこの辺りから移動し始める頃だろ・・・移動に紛れて中に入ってくるってのが一番楽だからな」
鞘に収まるオルビアが姿を現すことなく声を発し、静希もそれに応える、仮面をつけているおかげで口の動きを読まれることがないのはありがたい、近くにいる人間が読唇術でも習得していたら言葉を読まれてしまう
もっとも話している言語が日本語であるために日本語を知らなくてはそもそも読唇に意味はないかもしれないが
もちろん、静希が言った可能性はあくまで相手の目的が『潜入』であった場合の話だ
もし別の目的があったとしたなら、まったく別の時間に向かってくることだってあり得る、そう思うと頭が痛い限りだが、できる限りの警戒はしておいて損はない
一般人の移動が九時からという風になっているが、確実にそれより早く移動は開始されるだろう、というより市民が自主的に移動するという事もあり得るのだ
避難といっても午前中いっぱいだけの事、出かけるついでに警戒区域内からいなくなればいいだけの事なのだから、いちいち命令されたり牽引されたりするよりはスマートな移動ができる
事実、まだ八時にもなっていない時間でもちらほらと警戒区域外へと向かう市民の姿が見られる
恐らく勝負は八時半以降、人の動きが活発になってからだ
「明利、警戒区域内の人の動きを大まかにで良いから中継してくれ、外に向かう人の流れじゃなくて、中心に・・・研究所に向かおうとする人間の位置を俺や軍に教えてくれ」
『了解、今研究所内の見回りを終えたから召喚陣近くに行くね、少佐さんに伝えておけばいいんだね?』
「そうだ、後は向こうでうまくやるだろ、通信による報告は怠らないようにだけ伝えておけば大丈夫だ」
静希と軍の両方がその情報を共有していれば、仮に一般人だったとしても目標だったとしても反応できる
こういう時に数の利を活かすべきだ、何も自分一人でやる必要などはないのだ
特に相手は一般人に紛れて行動する可能性もある
通信が途絶した場合も、その現場にいた人間に異常があったと知らせることができる、すでに索敵網の中にいるのだ、明利がすぐにその異変に気付くとは思うが救援を差し向ける速度は上がるはずだ
いくら一番槍を任せると言っても、無駄にしていいはずはない、人間を駒と同等に取れるのならそれでもよかったのだが、まだ始まってもいないのにそこまで切羽詰った考えをするほど静希は冷酷ではない
必要があるならそうするが、ゲームと違って人の命は戻らない、少し慎重くらいがちょうどいいのだ
静希が建物の上で待機して数十分、時刻は午前八時半、静希の読み通り徐々に人通りが多くなり始めた、一般人が徐々にではあるが移動を始めているのである
それにつられるように現場を警戒していた軍人たちが誘導を始めている、周囲の警戒よりも一般人の移動を優先するつもりなのだろう、関係ない人間を巻き込まないためにはよい判断だと言える
そんな中で当然というべきか、人の流れに逆らって動く市民は存在する、荷物を忘れたとか鍵をかけ忘れたとか、そう言った報告が本部や静希の方へと回ってくるのが聞こえる中、静希は周囲の警戒を解かずにあたりを見渡していた
そんなやり取りが進む中、刻々と時間が過ぎていき、突然明利の声が大きくなる
『静希君、警戒ラインから数人同時にこちらに向かってきています・・・数は七、それぞれ違う地点から中心地を目指しています、裏路地などを通って移動中、現在一番近い軍の人たちが向かっています、方角は・・・北北東』
「了解、警戒を強める」
明利の指示した方角から七人もの人間が同時に、明らかに何かしら意図された動きである、少なくとも偶然というには少々出来過ぎているタイミングだ
来たか
静希はそう思いながらオルビアの柄に手を置きながら北北東の方角に視線を向ける
見えるはずはない、だがその方角から何かが来るかもしれないという事で警戒を強めているのだ
『・・・報告します・・・先程の七人の内、四人を確保・・・えっと・・・カメラを持った子供たちだったとのことです・・・』
「カメラ?何でそんなものを・・・?」
『えっと・・・なんでも中の写真を撮ろうとしたとか・・・そんなことを言っているそうです』
恐らく通訳からの報告を受けてそれをそのまま静希に伝えているのだろうが、それにしたってこんな状態でカメラを持った子供が行動するだろうか
警戒区域内には確かに軍人が多く存在しており、その写真を撮りたかったというのならまだわかる、だがなぜこのタイミングなのか
『ほか三名も確保できまし・・・え?あれ?!さ、さらに五名・・・いえ八名が警戒区域内に侵入!今度は東からです』
明利の報告に静希は状況がわからずに近くにいる自分の監視役の軍人二人に視線を向ける、どうやら向こうも指示を受けているらしくどこかへ通信を行っている
「明利!そいつらが何で侵入してきてるのか確認するように軍全体に伝えろ、嫌な予感がするぞ」
『了解しました、すぐに伝えます』
静希の嫌な予感は当たる、これが結構高い確率で
そしてその予感は、やはりというか、当然のように的中することになる
『確認が終わりました、えっと、子供たちは通行禁止した中で何を行っているのか確認するように記者の方に依頼され、アルバイト感覚で侵入してきた、とのことです・・・』
「・・・記者・・・明利、この国の報道機関は今回のことは知っているのか、それを確認してくれ」
静希の指示にすぐに近くにいる関係者に確認をとっている様だったが、その確認はすぐすみ、静希の無線に明利の声が飛んでくる
『既に研究所内には報道関係の人間もいるとのことです・・・記者からの依頼というのは・・・考えにくいとのことです』
「・・・くそ・・・やられた・・・!」
静希は歯噛みしながら子供たちが向かってくる主に北東の方角をにらみつける、この子供たちの行動の意味を理解してしまったからだ
侵入するためには一般人に紛れるのが一番楽だ、そしてそれよりもさらに楽な方法がある
こちらの行動を読んで、一般人をあえて警戒区域の内側へと派遣するのだ
内部への侵入を阻もうとする軍人は山ほどいる、単身で侵入してもすぐにばれるという事を考慮して、自分にとって失っても痛くも痒くもない子供たちにその役をやらせているのだ
口上としてはこうだろう
こんなに大々的に人をいなくさせるってことはそれだけのスクープがあるってこと、だけど警備が厳しいからちょっと手伝ってほしい、もちろんお礼は弾むよ、君たち子供ならちょっと怒られるだけで済むだろうから
子供とはいえ侵入してきた人間を無視できるはずもない軍の人間からしたら、一人ひとり確保するしかない、だが侵入してきているのは地の利のある、小柄ですばしっこい子供たち、捕まえるには苦労するだろう
そして既に報道関係者が内部にいるという事もあって外部の報道関係の人間がそれをやっているとは思えない、仮にやっているとしてもこのタイミングでそれをやることに意味はない、それに仮にも報道のプロがただの子供に写真を撮ってこいなどというだろうか
無論フリーの人間が侵入を試みているという事もあり得る、その場合子供たちはただの囮だ、報道関係者が自分が撮った写真以外を使うとは思えない
それに何より静希の勘がそれは違うと言っていた
これを行っているのは、今回の静希の目標である契約者だ、そして相手がしてきているのはつまり、戦力の分散
何も自分の手の中にある駒だけで戦う必要はない、その場にあるすべてを使ってこの中に入りやすい状況を作り出そうとしているのだ
戦闘能力のある能力者を雇ったりするのではなく、悪意も戦闘力も何もない子供を使ってこちらの行動を制限しようとしている
エドモンドとは違う、どちらかといえば自分に近いタイプの契約者だと静希は確信していた
日曜日なので二回分投稿
予約投稿中・・・反応が遅れて以下略
これからもお楽しみいただければ幸いです




