荒々しい交渉術
『メフィ、この位置なら見えるか?』
『えぇ見えるわ、ちょっと待っててね今召喚陣をよく観察するから』
握手して互いに笑みを浮かべながらメフィに召喚陣を読み解かせながら静希はゆっくりと手を離す、とりあえず第一接触は何の問題もなく済ませることができた、問題はここからである
「君たちに紹介しよう、今回の実験の責任者を務めている、ハインリヒ・コーヴァンだ、この研究所に勤めている」
「初めましてみなさん、どうぞよろしく」
モーリスに紹介されるとハインリヒは全員に視線をゆっくりと向けながら軽く会釈をして見せる、愛想がいいとは言えないが研究者ならこれくらい普通なのかもしれない
むしろ本来研究者だったエドが友好的というか社交的過ぎるのだ、研究者とはもっと陰湿なイメージがあっただけに、目の前にいるハインリヒの方が研究者らしく見えてしまう
細い体に眼鏡、白衣をまとった姿はまさに研究者というべきだろう
「少佐、こちらからの要望は伝えたので、私はこれの調整に入ります」
「えぇ、こちらは私の方でやっておきましょう」
そう言ってハインリヒは計器の中心にある召喚陣の方に向かい何やら作業を始める
恐らくは明後日に控えた召喚の最終調整だろう、警護に関してはモーリスに一任されている様だった
「ではこれからの話をしよう、何から話せばいいかな?」
その言葉に城島はすぐに静希の方を見る、すでに城島は引率としての役割を終えている、これからは静希が前に出る時間だ、本来なら班長である鏡花がやるべき仕事だが、今回ばかりはその役目は静希に譲っている様だった
「ではルブラン少佐、今回の警護における人員の数とその種類、そして指揮系統と、我々の処遇に関してお教え願えますか?」
「わかった、一つずつ答えていこう・・・」
そう言ってルブランは手に持っていた資料からファイルを開き閲覧し始める、おそらくあの中に今回の情報が詰まっているのだろう、直接見ることができれば手っ取り早いのだが、恐らく内容はすべてフランス語で書かれているだろう
オルビアが翻訳に関していくら便利でも、文字までは難しい、特にオルビアが学んでいない言語で書かれた文字は読むことができないのだ
「まず今回の召喚に対する警護だが、いくつかの部隊の合同で行われることになる、第一から第三までの国家憲兵隊、そして陸軍の二個小隊、そして合同で行っている国の軍人が一個小隊ずつ、合計約三百人の規模での作戦になる」
三百人、となると少なめな大隊の規模での護衛という事になる、もっともそれらすべてが協調性を持って行動できるかは別の話だ
憲兵隊、陸軍、そして他国の部隊、これらが混じっている状態で協調するという方が難しいだろう、無論協調してくれないと困るのだが
「指揮系統はトップが私、そして各部隊に小隊長を任命しそれぞれの指示は私が統括して出すことになっている、無論状況が変わり、通信が困難になった場合はそれぞれの小隊長が指示を出すことになっている」
憲兵隊の隊長が今回のことを仕切ることになっているという事は、メインが国家憲兵隊、そして陸軍などはその補佐という事になる、だんだんと今回の状況と、それに対する国の考え方が把握できてきた
恐らく今回の召喚に際し、いくつかの国が合同と言ってはいるが、実際のところはフランスがほぼ主動で動き、他の諸外国は資金や機材などを提供した程度なのだろう、つまりはおこぼれにありつければいいな程度の気持ちなのだ
派遣されてくる部隊が一個小隊ずつという少なさがその期待度の低さを表している、もし事故があった時に大きな被害が出ないようにその数を減らしているのだ
そして今回主軸になっているフランスという国に関しては、少々複雑な状況になっていることがうかがえる
憲兵隊三部隊、陸軍二個小隊で市内を閉鎖し、周囲を警戒するだけなら確かに十分な人数であると思うが、人外に対しての対応としては数が少なすぎる
他の国からの部隊を合わせてようやく大隊規模になるというあたりから何か違和感がある、少なくともまともな対応ではない
前回、静希がエドの件でイギリスに赴いたときに駐在していた部隊の数は少なくとも数百人規模だったらしい、そのほとんどが市街地の探索や警備に当たっていたために、実際にエドと対峙できていた人数は数十人程度、それなのに今回フランスが用意した人員は多く見積もっても二百人いるかいないか、明らかに状況を甘く見ているとしか思えない
「それから君たちの処遇、というより君の配置に関してだが、今回召喚が行われるこの建物の警備に当たってもらおうと思っている、当日ここには各国、もちろん我が国の官僚も訪れるのでね、万が一は避けたいんだ」
一応静希から聞かれたすべてを答え終えたところでモーリスはファイルを閉じて静希や他の班員にも視線を向けた後何か質問はあるかい?と聞いてくる
静希からすれば聞きたいことだらけなのだが、まずは一番大事なことをやるべきだ
『メフィ、あの召喚陣、何を召喚する物かわかったか?』
『えぇ、誰を召喚するかまではわからないけど、間違いなく悪魔を召喚するためのものよ、精度とかは保証しないけど』
メフィの言葉に静希がいう事もやることも確定した、今回建物の護衛などやりたいはずもない、というよりやってはいけないのだ、モーリスが言っているようなことをしたいのであればなおさらである
「ルブラン少佐、失礼を承知でお聞きしますが、よろしいでしょうか?」
「・・・なにかね?」
「今回の件、あなたたちはふざけているのでしょうか?こんな状況に何の疑問も持たないとは正気とは思えません」
静希の言葉にモーリスは僅かに顔をひきつらせた、静希の後ろで静観していた鏡花たちも表情を変えないように必死だった
それもそのはずだろう、静希が言ったのははっきりとした侮辱だ、お前たちはバカじゃないのかと言っているようなものだ、一介の学生が言うようなものではなく、少佐という立場にあるような軍人に対して発するものではない
「・・・私としては君の発言に疑問を持ってしまうな、なぜそのようなことを?」
「わかりませんか?まず第一に俺をこの建物の警備に当てるなんてナンセンスだ、そこの召喚陣は悪魔を召喚するためのもの、そんな場所に俺を配置するなんて正気とは思えない」
ここには官僚なども来る場所であると言ったのは貴方自身ですよと付け足しながら静希は一瞬召喚陣の方に視線を向ける
一見しただけでその召喚陣の本質を見抜いたと勘違いしたのか、モーリスと召喚陣の近くで作業していたハインリヒは驚愕の視線をこちらに向けていた
「・・・その理由を聞いても構わないか?なぜナンセンスなどと言う?君は悪魔の契約者だろう?ならばこの場において悪魔に対抗できる唯一の存在と言っていい」
「そのことに関しては肯定します、ですがわかっているんですか?仮に悪魔が召喚され、俺と戦闘になった場合、恐らくこの辺り一帯は更地になりますよ」
悪魔と悪魔が正面から、本気でぶつかり合ったらどうなるか、静希だって容易に想像できる
以前のエドとの戦闘では、エドが常に逃げの姿勢だった、そして彼自身街に被害を出さないように戦っていたからこそそこまで大きな被害は出ずにすんでいた
だが悪魔が召喚された時点で、その悪魔が暴れだした場合、静希がメフィを対抗策として展開した場合まず間違いなくこの研究所は崩壊する
それだけで済めばいいが、本気同士で戦った場合どうなるかわからないのだ、重要人物が訪れる場所を世界で最も危険な場所にするわけにはいかないのである
「召喚が行われる時に俺がそこにいるってことは、召喚された悪魔との正面衝突することと同義です、生憎と俺の契約している奴は誰かを守れるほど器用な奴じゃないんですよ」
メフィは攻撃は得意だが防御に関してはからきしの悪魔だ、誰かを守るという行動をとってこなかったためかその全てが攻撃的で何より雑だ、何かを壊さないように攻撃するなんてことは苦手分野でしかない
そんな状況をこの場に作ることは、静希も向こうも望むところではない
「今回気を付けるべきは召喚される悪魔だけじゃない、それを狙っていると思われる他の契約者もです、仮に俺をここに配置した場合、ほぼ間違いなくそいつはここまで到達します、戦力を後生大事に抱えていても無駄になるだけですよ」
静希だけではない他の契約者がこの場に向かってきているという情報は、すでにテオドールを経由してフランスの方にも伝わっているのだろう、モーリスは僅かに思案するような顔をして静希をわずかににらむ
「ではミスターイガラシ、君はどうするべきだと?なんの案もなしに否定したわけではないだろう?」
「もちろんです、俺の班員も悪魔との戦闘経験が豊富です、勝つことはできなくても時間稼ぎくらいはできる、その場にいる軍の協力があれば官僚が避難する程度の時間は稼げるでしょう」
屈強な体を顕現できる陽太だけではなく、変換の能力を持つ鏡花と広範囲にわたり索敵のできる明利、この三人がいれば官僚がいてもすぐに避難ができるだろう、三人だけではなく軍の支援があればなお確実だ
「俺は研究所の外、具体的には半径二~五キロ以内の地点を移動しつづけます、各所に配置された部隊からの情報をすべて俺に伝えてくれれば、それらしい情報が届き次第急行します」
「それだけの距離があると移動にも時間がかかるのでは?手遅れになったらどうする」
「移動手段はすでに用意してありますよ、車より楽で確実に速く動けるのが」
あえて明言しなかったが、静希の有する移動手段、使い魔であるフィアは場合によっては車より速く動くことができる、数キロ程度の距離なら数分とかからずにたどり着くことが可能だ
その程度の時間であれば十分に稼げると踏んだ結果である
「俺の提案はこいつらをこの研究所内での警備に、俺は研究所周囲の移動行動をメインにしようと思います、もちろん通信要員を付けていただけるとこちらとしてはありがたいです」
静希は自ら通信役としてフランスの人間を付けることを進言した、名目上は各所の通信などの状況などを静希に伝える要員でしかないが、実際は静希の動向を監視するための存在だ
自らそれを言い出すことでアドバンテージを握ろうとしていることは明白、だがモーリスとしても好都合な発言に反対しかねていた
「ふむ・・・道理には適っている・・・だが悪魔の契約者ほどの戦力を遊ばせるのはこちらとしても望むところではない、こちらの指示には従ってもらおう」
「・・・ハッ、何を言い出すかと思えば・・・ではルブラン少佐、今一度失礼を承知で申しあげます、貴方はふざけているのですか?」
先刻も告げた言葉をもう一度繰り返すことで静希は強めにモーリスを挑発する、そろそろ自分の役割が来るだろうかと鏡花がその静希の言葉や一挙一動を観察する中、静希は心底馬鹿にするような笑みを浮かべている
「こちらは真剣だ、君こそふざけているのではないのか?君は自分がどれほどの戦力になるかわかっていないのか?」
「どれほどの戦力になるかをわかっていないのは貴方たちの方だ・・・一つお聞きします、貴方たちは悪魔との戦闘経験はありますか?」
それは静希がすでに確信を持っている内容だった、だがあえて聞いた、それを認めさせるために、そして主導権を握るために
「・・・回答するのであれば・・・ない、我々憲兵隊を含むフランスの軍人は悪魔との戦闘経験はない」
すでに確信を持っていたために静希は驚かなかった、だからこそ言わせたのだ
静希が確信を持った理由は、何も隊員たちの反応だけではない、今回の召喚に対してのフランスという国が派遣した軍の数でも予想できたことだ
明らかに用意した数が少なすぎる
何か思惑があったのかもしれないが、召喚に際し万が一があることを考えればもっと軍を用意してもいいくらいだ、それは今回協力体制にある諸外国にも言えることである
だからこそ、静希は予測できた、フランスには悪魔を相手取った経験がないと
「そう、貴方たちは悪魔との戦闘経験がない、なのに悪魔の力がどのようなものかを、その力の本質を知っているというのですか?」
「・・・他の国からの情報提供はあった、最低限は理解している」
「理解している?聞いただけでそれが理解できるなら苦労はしない、チェスの駒の動き方も知らない人間が、チェスで勝てるわけがないだろう?」
そんな人間の指揮下に入るなど冗談じゃないと言いながら、静希はモーリスを睨む
その瞳は冷え切り、脅迫という域を超え僅かに殺気さえ混ぜた物であることを、モーリスは感じ取っていた
そして彼の勘が告げている、この少年は危険だと
静希が意図的にそのように振る舞っているのだとはいざ知らず、いや仮に振る舞っていることを知っていたとしても、その勘は正しく働いていると言っていいだろう
「では、君は私の指揮ではなく、自らの意志で行動すると?」
「当たり前です、処女にリードされるほど経験不足ではないですから・・・いえこの場合は童貞と言った方がいいでしょうか?」
あえて挑発的な言葉を並べることで、モーリスに正常な思考をさせないようにしている、相手を揺さぶり、相手の隙を見つけ、付け入る
いうのは至極単純だが、実際実行するのは無理難題と言えるだろう、静希は今までの経験から大人に対しての揺さぶり方や対応の仕方を学んでいる
主にテオドールとのやり取りのおかげだろうが、敵対とまではいかないまでも、信用ならない協力関係にある相手にどのような態度で、どのような声で、どのようなセリフで迫ればいいのか、すでに覚えてしまったのだ
「では彼らは?彼らも君の指示で動くのか?」
「その予定です、有事の際は俺の指示で動いてもらいたいですね・・・というか他の部隊全体の指示も俺が出したいくらいですよ」
その言葉に鏡花はわずかに反応した、事前に静希が言っていた内容だ、まだ弱いニュアンスだが、このワードが含まれるという事は自分の出番が近いことを示している
「・・・それは容認しかねる、今回の指揮は私が」
「悪魔相手の戦い方を知らない人間がどうやって悪魔相手の指揮をするんです?部下を無駄死にさせるつもりですか、対無能力者や対能力者とは全く違う動きをしなければいけないんですよ?それをどうやって行うつもりですか?」
静希の言葉に返す言葉がないのかモーリスは眉間にしわを寄せて静希を睨み歯噛みする
実際彼は悪魔の力の概要は知っていてもどのように対処するべきであるかまでは知らない
当然だろう、悪魔という存在自体に遭遇したことがないのだ、知識でどのような存在であるか知っていても、その力や生態、実態は知らないのだ、そんな状態で的確な指示ができるはずがない
眼前にいる悪魔の契約者である少年は、それら全てを知っている、実際に戦闘経験もある、恐らくどのように対処すればいいのかも知っているだろう
だがだからと言って指揮権を譲渡するなどとできるはずがない、してはいけないのだ、今回の警護の指揮を任された人間としてのプライドがある、何より責任がある、それらから逃げ出すことは軍人としてできなかった、だが静希が言うことが事実であるのも彼自身納得していた
だからこそ揺れている、どうするべきなのか
「あなたが無能とは言わない、むしろ今回の統括の指揮を任されているんだ、優秀な人材でもあるんだろう、だが今回のことに関しては身を引け、主な指示は俺が出す、あんたはそれに従っていれば」
「そこまでよ静希」
静希がさらにモーリスを揺さぶろうとした瞬間、凛とした声がこの空間に響く
一度持ち上げられ、さらに落されかけ不安定になったモーリスはその声にはっと我に返る
その声は静希の後ろ、一番端に立っている少女、一班の班長である鏡花から放たれたものだった
「あんたの指示が的確であるのは認める、だけど指揮や命令は信頼関係があって初めて成り立つのよ、仮にあんたが命令したってここの部隊の人は従わないわ」
「・・・だからって無駄死にさせていいはずがないだろう?ここの人間は悪魔に対して初心者もいいところなんだから」
静希が不機嫌そうな声を出しながらゆっくりと鏡花の方に振り返る、最初不機嫌そうな顔をしていた静希だが、モーリスにもハインリヒにも見えないような顔の角度になった瞬間に満面の笑みになる
最高のタイミングだった、静希がこれ以上揺さぶりをかけていたらもしかしたらモーリスは本当に指揮権を譲渡してしまっていたかもしれない、あそこで静希を止め、反対意見をだし、さらには指揮において必要な事柄を説くことでモーリスの自信を取り戻させることもできただろう
静希が思い描いていた以上のタイミングに、笑みがこぼれてしまったが、鏡花はその顔を見てとりあえずあのタイミングで合っていたのだなと安堵するが、それを表情に出すことはなかった
「確かにあんたのいう事は正しいわ、でも強引すぎよ・・・もう少し歩み寄ろうってことをしなさい」
「・・・例えばどうしろってんだ?アドバイスしたところでその意味は五割も伝わらないぞ?」
いくら他人からの助言があったとしても、実際に体験したことのないことではその助言は半分の効力も持たない
思慮深い人間や、想像力豊かな人間がいて始めてそれを理解できるのだ、それだけの人間はほんの一握りに限られる、そんな人間が都合よくこの場にいるはずがない、それはこの場にいる全員がわかっていた
「妥協案は私が出す、あんたは少し大人しくしていなさい、命令よ」
「・・・アイマム」
鏡花の鋭い言葉に静希は手をあげて引き下がる、ここまで完璧な事の運びだ、さすが鏡花と褒めちぎりたいところだが、今は演技の途中、それをこれ以上顔に出すわけにはいかない
「ルブラン少佐、まずは私の班員が失礼な発言をしたことをお詫びします、申し訳ありませんでした」
「・・・あ・・・あぁ・・・」
一歩前に出て鏡花は自ら頭を下げる、部下の失態は上司の失態、それを体現するかのように班長として、班員の失態を詫びる
無論これも演技でしかないことだが
「ですが、静希が言ったこともまた事実です、あなた方は圧倒的に悪魔への対処法を、そして悪魔自体のことを知らなすぎる」
上げてから落とす、それに関しては鏡花もやることは同じだ、と言っても静希より少しマイルドなやり口で、そして今まで静希が猛攻をかけ、作られた隙に割り込むような手法でそれは行われる
「ですので、全ての指示に従えとは言いません、ですが有事の際、静希や我々がこうしたほうがいいという助言を出した時はそれに素直に従ってほしいのです、そのほうが恐らく被害は少なく済むし、こちらとしてもありがたいです」
「・・・まぁ、そのくらいなら・・・だが事が起こるまではどうするつもりだ?我々の指揮下に入るのか?」
その疑問に鏡花はわずかに視線を静希に向ける、その視線に気づいたのか、静希は顔をそむける、それがどういう意味か鏡花は把握してからため息をつく
「うちのはどうやら指揮下に下るつもりはないようです、その場合は私にこうしてほしいと告げてください、それに理があるようであれば、私が静希を説得します」
「・・・そうか、では頼むとしよう」
先のやり取りで静希の言う事を聞かせるのは自分では無理だと察したのだろう、モーリスは素直に鏡花の申し出を受諾する
これでいい、このやり取りでモーリスの中で静希の評価は、強力ではあるが扱いにくい駒として認識された、こうすることで無理難題を突き付けるということ自体ができなくなっているのだ
常識人としての鏡花の立ち位置とその振る舞いから、今回の内容に関係のない命令を出すことができなくなる、しかも自分たちで判断してそれが無意味であると察したら拒否できるだけの条件もそろった
さらに言えば、鏡花の言葉にはこういう意味も含まれている
説得する、それはつまり安定して話ができる状況であるなら従わせられるという事、逆に言えば説得できないほどの緊迫した状況であれば自由に動けるという事である
今回のこの初対面での応酬に関してはあまり作戦は練っていなかったのだが、鏡花はうまく静希が持って行きたい方向へ話を進めてくれた、判断能力と思考力は静希に引けを取らないのはさすが鏡花というべきだろう
その場にいる陽太や明利、そして城島が微動だにしないことからこのやり取りがいつものことであるという印象もつけられた、これで今回の依頼の中で静希達の行動の自由はほぼ確約されたようなものである
かなり強引に見えてしっかりと順序良く攻略していった、もし事前に説明した会話を聞かれていたらすべて理解されただの猿芝居にしかならなかっただろう
「ところでこれからの行動はどのようにするつもりだ?まだ召喚までの時間はあるが」
モーリスの言葉に鏡花と静希は視線を合わせ、その後明利の方へ視線を移す
「時間は限られていますから、まずはうちの能力者の索敵網を構築するつもりです、はじめはこの建物、それから明日にかけてこの周辺まで広げる予定です」
「・・・そうか、連絡係は必要か?」
「・・・そうですね、一応私たちの近くにいてくれればいいですよ、そのほうがそちらも安心できるでしょうから」
あえて邪魔な監視役を付けたのにも理由はある、先程のやり取りのせいでモーリスは自分たちに対して警戒の色が強くなってしまっているのだ
自由な行動権を手に入れた結果の警戒であるため、むしろその程度であれば受け入れるべきだが少しでも有利にするには相手に安心感、あるいは油断を誘わなくてはならない
監視役を付けているのだからその程度の行動に関しては問題ない、そう思わせておけばいいのだ
状況はすでに始まっている、仕掛けをするためにも建物や市街を回るのも必要なことだし、それを最初からやるつもりではあった
それを相手にどのように感じさせるのかがネックだ、何をやっているのかわからない状態でうろつかれるより、やっていることを明確にしておいた方が信用につながる
厄介なじゃじゃ馬役は静希が、話の分かる班のまとめ役として鏡花がそれぞれいることで、静希以外の班員の重要度をあげたのだ、それはこれから役に立つ、事が起こり事態が切迫すれば切迫するほどに
誤字報告が十五間分溜まったので四回分投稿
もはや毎日四回分投稿している気がしてなりません、気のせいだと思いたい今日この頃
これからもお楽しみいただければ幸いです




