飛行機の中の選択肢
小岩が城島の昔話に夢中になっている間に、飛行機は出発時間となり、独特の加速と共に飛行機は空高く舞い上がることになる
これから約十三時間ほど飛行機の中にいることになる、そうなってくると時間はいくらでもあるのだがその分暇になることも多かった
「そう言えば大野さんたちには今回の目的とか話してませんでしたっけ?」
「あー・・・一応概要は知ってるけどね、詳しくは知らないな、今回は護衛に回るつもりなんだっけ?」
飛行機が安定した後、静希が身を乗り出して後ろにいる大野の方を向くと、そのすぐ近くにいる城島が殺気を振りまいていることに気付けるが、今はスルーしておくことにする
恐らく後で小岩が酷い目に遭わされるのだろうが、そこはもう仕方ないだろう
だが大野の言っていた護衛に回るというのは間違いではないのだが、今回自分たちがやろうとしている本当の目的に関しては今教えるべきだろうかと悩んでしまう
「まぁ他にももう一つ目的があるんですけど・・・まぁそれはホテルについてから話します、初日は顔合わせとかばっかりだと思うんで、時間も取れると思いますし」
「・・・もしかしてまた厄介ごとに巻き込まれる感じかい?」
ひきつった顔をしている大野に対してご名答ですと満面の笑みで答えると、彼は額に手を当てて項垂れる
大野と小岩は以前静希と一緒に二度ほどイギリスへ向かったことがある
一度目は悪魔の契約者であるエドとの戦闘の時、二度目はイギリスのお姫様に会いに行かされた時だ、後者は比較的のんびりしたものだったが、前者に関しては危険が満載だったのは言うまでもない
今回はどちらかと言えば前者に近いため、この二人には本当に申し訳ないと思うばかりである
「なぁ大野、五十嵐君っていったい何者なんだ?詳しい話は聞いてないんだが・・・実習で海外に行くなんてなかなかないだろう」
恐らくあまり説明をされずに静希達への同行を命じられたのだろうか、明らかにげんなりしている大野の表情を見てこれがただの実習ではないことを察したのか平井が不安そうな表情をしているのがわかる
「あー・・・俺の方から説明するのはちょっとな・・・たぶんホテルについたらしっかり説明してくれると思うぞ」
「それまでは何も説明なし・・・っていうのはちょっと不安になるんだけど・・・」
平井に同調して荒川も不安そうな表情を前からこちらを覗いている静希に向ける、確かにほとんど説明をしていないのでは不安になるのもしょうがないと言うものだろう
軽く説明して状況を理解してもらうのも必要なことかもしれないと、城島にわずかに視線を向けると、その視線に気づいたのか城島は小さくうなずいて見せる
「えっとですね・・・俺らが今まで関わってきた事件の黒幕につながる手がかりが今回の実習で掴めるかもしれないんです、なので知り合いに頼んで実習に組み込んでもらったんです」
あくまで概要としての話、これで納得できるかはさておいて公共の場で話すことのできる限界まで話したつもりだった
だが平井も荒川もあまり納得していないようだった、当然だ、細かいことは何も話していないんだから
「・・・え?それだけ?」
「もうちょっと詳しい説明してくれないと・・・こっちとしても困るんだけど・・・」
話したいのは山々なのだが、こんな誰が聞いているかもわからない場所で機密性の高い話をするのはさすがに憚られる、どうしたものかと考えていると静希は一つ疑問に思う
彼らはどこまで説明を受けているのか
「ちなみに皆さんは町崎さんの部下・・・なんですよね?」
「あぁ、大野たちと同じだ」
「なら、町崎さんからどういう風に今回のことを説明されましたか?」
今彼らがどのような認識で静希達についてきているか、静希の知っている内容と彼らの知っている内容に差異がないように説明するためには相手が知っている情報を把握しておくのも必要なことだ
「えっと・・・校外実習で学生が海外に行くからそれに同行し協力しろとしか」
「後は事が終わったら好きに観光してくれて構わないくらいしか・・・」
それに付け加えて旅費を出してくれるから喜んで参加したという事を告げると、静希は一瞬大野の方を見る、彼は気の毒そうに笑い、お手上げのポーズをとった
旅行気分で来たのだろうか、学生の実習だからそこまで難易度は高くないと予想しているのだろうか、それなら静希が実習を持ってきたような言い方に疑問を持っているのも納得である
以前静希と行動したことのある大野と小岩には最低限の概要は話してある様だったが、今回初めて行動する平井と荒川にはほとんど何も話していないのと同じなようだった
これはつまり、静希が信頼に値すると判断した場合は話してくれればいいという町崎なりの配慮だ
静希はただでさえ面倒事を抱え込んでいる、味方を増やすにしろ巻き込むにしろ、人を選ぶことは必要だと思ったのだろう
こちらとしてはありがたい限りなのだが、どうしたものかと静希は頭を抱えてしまう
なにせ大野と小岩の時は半ば無理矢理に巻き込んでしまったのだ、それから面倒が起こるたびに二人には世話になっている、二人のように無理やり巻き込むのはさすがにまずいだろうなと考え、静希は少し時間を置くことにした
決定権もなく話を聞くよりはいささか人道的だろうと思ったのが一つの理由でもあるが、今話すことができないというのもある意味丁度良かったのかもしれない
「えっと、今すぐに話すことは難しいです、なので各所への顔見せが終わってからホテルに到着したらお二人には、話を聞くかどうかを決めてもらいます、ただ一つ気を付けてほしいのは、一度聞いたらもう戻ることはできないってことです」
静希がほんの少し殺気を混ぜて話したことで、そのわずかな違いに気が付いたのか平井と荒川は表情を強張らせていた
静希が事情を話すという事はつまり、自分の手の内を少なからず明かすという事でもある
町崎の人選を疑うわけではないが、少し考える時間と、静希が二人を観察する時間が必要なのも事実だ
なにせ今回の人選の場合、丁度数日間仕事を休めるというだけの理由だ、信頼に足るかどうかはまた別の話である
「ちなみに、もし話を聞かないって選択した場合は?」
「その場合はお二人にはなるべく俺には近寄らないような配置をお願いします、今回の実習でも極力関わりが少なくなるように努めますのでご安心を」
町崎の人選を信用していないかと言われれば微妙なところではあるが、望んでもいないのに巻き込むのはさすがに気が引けた
だがその隣にいた大野が苦笑しだす
「おいおい、俺たちの時はそんな選択肢は与えてくれなかったじゃないか、ずるいぞ、贔屓か?」
「いやいや、大野さんたちの場合町崎さんや先生からいろいろ聞いてたって言ってたじゃないですか、だからまぁいいかなと」
悪かったと思ってますよと付け足すが、大野は本当かなぁと不貞腐れたふりをしている
大野と小岩が静希と行動を共にした時はすでに事前情報として静希が悪魔の契約者であることを知らされていた、だがこの平井と荒川はどうやら違うようだ、最低限の情報しか与えられていないが故に、心構えも何もできていない状態だ
最初から前提条件が違う相手を同じ扱いをするわけにはいかない
「えっと、大野と小岩は知ってるのか?」
「えぇ、お二人はもう知ってます、その分酷く迷惑をかけていますけど・・・」
まだ二回程度だが、恐らくこれからもっと迷惑をかける回数は増えていくだろうことが予想される
なにしろ静希が求める情報のほとんどが海外にあるのだ、海外にいる時に静希単体で向かわせることができる程軍部も委員会も甘くないだろう
その気になればエドやテオドールの協力を取り付けて単身海外にも行けるだろうが、その後で何をさせられるかわかったものではない
大野や小岩たちは体裁上は静希の護衛と引率が仕事だが、その実監視という役割も与えられているのだ
「ちなみにさ、その話を聞く上でこっちに何かメリットとかデメリットはある?」
荒川の言葉に静希は押し黙り、大野は少し考えるような表情を浮かべる
メリットやデメリットがあるかと聞かれても、静希からしたらデメリットしかないように思えてならない、なにせ強制的に面倒事に巻き込まれるようなものなのだ
「えっと・・・俺が思う限りデメリットしかないかと・・・大野さんはどうです?俺と関わることで得られるものってあります?」
「えっと・・・そうだな・・・一応手当はつく、あとは・・・なかなか得難い経験ができる・・・それと海外旅行がほぼタダってことかな・・・」
大野の言葉に静希は苦笑するしかなかった、手当はいいとして、得難い経験などと濁した言葉が皮肉に思えてならなかったのだ
世界に数人しか確認されていない悪魔の契約者の戦闘に関わるという意味では確かに得難い経験だろうが、それはむしろデメリットに含まれるのではないかと思われる
「その得難い経験ってのは?」
「そこは話せませんね・・・ただ危険ではあります」
純粋な危険のレベルを挙げるのであれば、日本で味わうようなことはまずないレベルの危険度になる、悪魔の介入というのはそれだけ危ないのだ
以前の戦いはメフィや邪薙、フィアの尽力により人的被害は極力抑えられたが今回どうなるかは全くの未知数である
「それだけ聞くとあまりいいことなさそうだな・・・」
「そうね、デメリットの方が大きい気が・・・」
「そう言うなよ、俺らと一緒に巻き込まれようぜ」
大野は気安く二人を巻き込もうとしている様だったが、静希としては巻き込まないほうがいいような気がしてきた
事情を知らないものをわざわざ巻き込むことはないのではと思い始めているのだ
「ちなみに今まで関わってきて一番よかったと思うことは?」
「そうだな・・・生まれて初めて高級ホテルのスイートに泊まれたってことかな」
「・・・へぇ・・・」
一番よかったことがホテルのスイートに泊まれたことという事な時点で二人の気持ちも聞かない方向に流れているのだろう、なにせ悪魔の戦闘を見れただとか、イギリスの王族に会っただとかそんなことを言うわけにはいかないのだ、そう考えればこの回答は自然なのだが、メリットとしては少ししょぼい気がする
「まぁ、考える時間はまだたくさんありますから、しっかり考えてもらえればと思います・・・後悔だけはないように」
「・・・そうするよ、いろいろと考えてみる」
「そうね・・・いい返答ができるようにするわ」
二人としてはどっちの方に気持ちが揺れているのかは不明だが、後悔がないことが第一だ、後になって聞かなきゃよかったとか言われても静希からしたらどうしようもないのだ、記憶消去などできるはずもないのだから
月曜日なので二回分投稿
一応予約投稿は今日までとします、反応が遅れて申し訳ありません
これからもお楽しみいただければ幸いです




