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J/53  作者: 池金啓太
二十二話「二月半ばの男女のあれこれ」

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陽太の答えと鏡花の未来

唐突に陽太は槍を分解していき、自らも炎を消してしまう


「どうしたの陽太?まだ訓練は終わってないわよ?」


鏡花の言葉も無視して、陽太は鏡花に近づいて肩を掴む


「鏡花、俺はお前の事、たぶんほとんど知らない、だから知りたい、んで俺は・・・その・・・えっと・・・」


その言葉に、陽太が何かを伝えようとしていることに、鏡花は何も言わず陽太が考えをまとめられるまで待つことにした


恐らく、何かしらの答えを出したのだ


だがその答えをどのように伝えたらいいのか、陽太は伝えられるだけの言葉を持たない


必死に頭の中から伝えたいことを伝えられるだけの言葉を探そうとしているが、こういう時に語彙力がないというのは困ったものである


伝えたいのに伝わらない、伝えることができない


陽太は今ほど自分のバカさ加減を恨んだことはなかった


「えっと・・・俺はまだ、お前のことを女として好きになれるかどうか・・・わかんない、考えたんだ!考えたんだぞ?だけど・・・よくわからないんだ」


陽太の言葉を鏡花は一字一句聞き逃さないようにしっかりと受け取っている

陽太なりの不器用な言葉の中に、陽太の出した答えが詰まっている、だから鏡花はしっかりと受け止めるつもりだった


例えそれが自分を拒む言葉でも


「だから、これからも考えさせてくれ!」


てっきり、お前は好きになれないとか、まだわからないとかそういう言葉が来るのだと思っていた


だが陽太の言葉は、これから先も続いているという事を示唆しているように思える


「俺はバカだからさ、考えるのも時間がかかるし、いろいろヒント出されないと答えがわかんないから、だからこれからもヒントを出してほしい、俺が答えを出せるように」


これからも、その言葉に鏡花は少しだけ安堵する、まだ可能性はあるのだと

引き延ばして答えを保留しているような気もするが、陽太だってしっかり悩んだ結果出した物なのだ


「じゃあ要約すると、一緒にいてあんたが答えを出せるまで待ってろってこと?」


「え?いやそうじゃなくて・・・なんて言えばいいんだ・・・?」


先程の言葉だと答えを先延ばしにさせてほしいという事を言いたいのだと思ったのだが、どうやらそうではないらしい


陽太が何を伝えたいのか、どんな答えを出したのかが未だわからない鏡花は首をかしげる


そしてうんうん唸っている陽太を見て助け舟を出そうと小さくため息をつく


「陽太、何が言いたいのかわからないけど一つずつ整理して話してみなさい、ちゃんと最後まで聞いてあげるから」


「えっと・・・お前は俺のことあんまり知らないだろ?んで俺もお前のことをあんまり知らない、だからちゃんとお互いのことを知る時間が必要だと思ったわけだ」


ここまでは陽太の言葉を理解できた、互いに互いのことを深く知らないという事、互いに理解を深める時間が必要だという事、ここまでは何の問題もない


「だからこれから一緒にいて、俺はお前のことを知りながら考えていく、そうすればいいんじゃないかって思ったんだ」


「・・・ん?それは答えを先延ばしにしてるんじゃないの?今までも普通に一緒にいたんだし」


「・・・ん?あれ?」


順序良く物事を話そうとしても、どうやら陽太が考えている答えとは何かが違うのか、自分で言ったはずの言葉が何か違うとさらに陽太は首をひねる


陽太の答えが何なのか鏡花はわからない、だが陽太はわかっている、でもそれを言葉にするときに適切な言葉を選べていない


そこまで理解した鏡花は口元に手を当てて悩み始める


「じゃあ陽太、一つ質問、あんたは何がしたいの?」


「え?どういうことだ?」


「言葉の通り、あんたは私と一緒にいてって言ったけど、一緒にいて何をしたいの?」


鏡花の問いに再び陽太は悩みだす


何をしたいか


答えが決まっても、具体的な事までは全く考えていなかったのだろう


詰めが甘いというか見通しが甘いというか、そう言うところは実に陽太らしい


だがしばらく悩んだ後、陽太は手をポンとたたく、どうやら何をしたいのかを思いついたようだ


「あるぞ、とりあえずやってみたいこと」


「ふぅん、それで?あんたは私と何をしたいわけ?」


鏡花の言葉が終わると同時に陽太は鏡花の肩を掴む


ずいぶんしっかりと掴んでいるために、鏡花の力だけでは抜け出せそうになかった


「あれだな・・・やっぱ俺が口でどうこう伝えようってのが間違ってたわ」


「・・・?じゃあどうするのよ、文章にでもするっての?」


口で伝えなければどうするのか、鏡花の問いに対して陽太は答えを返さなかった


答えの代わりに、陽太は鏡花に顔を近づけて半ば無理矢理に鏡花の唇に自分の唇を押し当てた


瞬間、鏡花は一体何が起こっているのかわからず、頭がショートしそうになった


数瞬か、数秒か、それとも数分か


一体どれほど時間が経ったのかもわからなくなるほどに鏡花の頭の処理能力が落ちているのにもかかわらず、陽太は唇を離してから満足そうに快活に笑って見せる


「うん、やっぱこの方が俺らしいわ」



陽太が笑う中、鏡花は唖然としていた


自分の顔から火が出るのではないかと思うほどに顔が赤くなっているのがわかる、心臓がうるさいくらいに、そして痛いくらいに脈打ち、体に力が入らなくなっていく


一体今自分は何をされた


それを理解する頃には、鏡花は陽太の胸ぐらを掴んでいた


「あぇ?きょ、鏡花さん?」


唐突に胸ぐらを掴まれたことで陽太は驚きながらも鏡花の方を見るのだが、鏡花の体から怒気のようなものが放たれているのを感じ取り、僅かに気圧された


「・・・正座・・・」


「へ?」


「正座しなさい、今すぐに」


「い、イエスマム」


鏡花の言う通りにその場に正座した陽太は僅かに冷や汗を流していた


自分の行動で鏡花を怒らせてしまったのだと気づき、僅かに震えている


「一つ聞くわ、今なんでキスしたの?」


「え・・・えっと・・・言葉より行動の方が伝わるかと・・・思って」


口下手な陽太からすれば、行動で示した方が手早く伝わるのではないかと思い、良かれと思ってキスしたのだが、鏡花にとっては意味不明な行動でしかない


答えを先延ばしにさせてほしいような言葉を言っておきながら、行動ではいきなり口づけ


はっきり言って意味が分からない、言っていることとやっていることが無茶苦茶だ


「そう・・・でも私は何でキスしたのかさっぱりよ、もう一度聞くわ、何でキスしたの?」


「えっと・・・その・・・こうすればいいのかなって、思ったからです」


こうすればいいのかな


何とも漠然としすぎて鏡花は相変わらず理解が及ばない、こんな時静希なら陽太の心理状況から陽太が何を考えているのかわかったのだろうか


「ほう?じゃあなんでこうすればいいのかなって思ったの?」


「・・・鏡花が俺のことを好きだって言ってくれたからです・・・」


その言葉に鏡花は少しずつ、陽太が言いたいことがわかりかけてきた


好きだと言われたからキスをした、いやこれはまだ正しい言い方ではない


陽太はバカだが人の気持ちをないがしろにするような人間では断じてない、同情や情け、哀れみなどをかけて行動するような人種ではないのは鏡花も知っている


「確認するけど、好きだって言われて、それでも好きかどうかわからないけど、今はこれで我慢してくれとか、そう言うキスだったわけ?」


「いや違う、それは断じて違う」


同情などでもなく、慰めでもなく、前金替わりでもなく、陽太は鏡花にキスをした


その意味が、その意図が理解できない、なぜ陽太は鏡花にキスをしたのか


「じゃあ言ってみなさい、あんたは何で私にキスしたの?」


好きだと言われたからキスをした、それは理由になっているようでなっていない


行動には原因がある、そして理由がある、仮に原因が好きだと言われたからだとしても、それは理由にはならない


「そ、それは・・・静希とか明利とか雪さんだってそれくらいするだろ?だからした方がいいと思って」


静希と明利と雪奈が引き合いに出てきたことで鏡花はわずかに眉をひそめる、何故ここであの三人が出てくるのかがわからない、今は鏡花と陽太の話をしているのに


「・・・何でここであの三人が出てきたのか、一応聞いておきましょうか」


「だってあいつら付き合ってるだろ?だから一例として・・・」


鏡花はここで疑問符を飛ばした、何故付き合ってる人間と自分たちを比較する必要があるのかわからなかったのだ


付き合う前の段階で止まっている自分たちと何故付き合っている人間を比較しているのかがわからない


「何で付き合ってる人間と比較する必要があるのよ、私達はまだそこまでいってないのに」


「え!?俺ら付き合ってるんじゃないのか!?」


陽太の言葉に鏡花はさらに疑問符を飛ばすことになる


何時の間に自分と陽太は付き合っていることになっているのだろうか、というかなぜ陽太はそんな風に思っていることになったのかがわからない


思考が明らかに明後日の方向に飛んでいるのを感じながら鏡花は頭を抱える


「ちょっと待って陽太、何であんたはそんな風に思ってるわけ?まだ私の事を女として好きになったわけじゃないんでしょ?」


「・・・あぁ、そうだけど、それを知るために付き合うんじゃないのか?ただの友達じゃそんなのわかりっこないし、付き合ってみないとわかんないことだってあるだろ?」


陽太の言葉に鏡花はようやく納得した、そして理解することができた


つまり陽太は、鏡花と付き合ってそれから決めるつもりだったのだ


好きでもない相手と付き合うというのは少々どうかと思ってしまうが、それも必要なことだ


陽太の言うように付き合ってみないとわからないこともあるし見えないものもある、仮に鏡花がすべて見せると言っても、必ず見えない部分は出てきてしまうのだ


「じゃああんたは、とりあえず付き合ってみて、それから本気になるかどうかを決めようってことを言いたかったわけね?」


「そうそう、そういう事」


ようやく自分の伝えたいことが伝わったことで安心したのか、陽太は笑っている、そして最後に正座したまま鏡花の目をまっすぐに見つめる


「それでさ俺がお前と付き合って、それで俺がお前のことを本気で好きになったら、そん時は結婚しよう」



陽太の言葉に、鏡花は再び思考を停止した


一体このバカは何を言っているのか、先程好きかどうかの話をして、今は付き合うか付き合わないかの話をして、今度は結婚の話まで行ってしまった


突飛というレベルではない、道筋など完全に無視して話をしている、静希達はよく今までこのバカと一緒にいられたものだと感心してしまう


「ちょ・・・ちょっと待って、何で結婚の話になるのよ!」


「え?だって好きあってる奴らは普通結婚するんじゃねえの?俺がお前を好きになったら結婚したいって思うんじゃねえの?」


陽太の言葉に、鏡花は再び顔が真っ赤になっていくのを感じていた、実際顔は赤くなっていた


恥ずかしがることもなく、何のためらいもなく、陽太は自分と結婚する未来を見据えていた、それに対して鏡花は、そこまでの考えは持ち合わせていなかった


陽太の中では、好きになるイコール結婚するというイメージなのだ


もちろんそれは間違っていない、好きになったもの同士が、相思相愛になったものが恋を経て結婚する、その図式は一般的であり、決して間違いではない


だが恋愛や結婚というものはそれだけではない、本人たちが望まなかったりする結婚もあるし、本人たちが望んでいても結婚できない例もある、人によってつがいによってその事案はそれぞれ違うものだ、陽太はそれを理解していない


当然だ、今まで陽太はそんなことを考えてこなかったのだから


そして今になって気づく、いや思い出す、陽太がバカであることを


普通に過ごしていれば、大体の常識的な知識や考え方は様々な情報媒体や人伝で得ることができる、本や新聞、親や姉弟や教師や友人などがそれにあたる


だが陽太はバカだ、そして幸か不幸か少々特殊な人間に囲まれている


興味がないような本や新聞など読まず、読むのはせいぜい漫画程度、教師などが行う授業も大体寝ていたり聞いているようで聞き流していたりと無駄な時間を過ごすこともしばしば、そして何より近くにいた家族や友人が問題だらけだ


両親は陽太のことを嫌い、ほとんど話などしないのだという、姉は優秀であるが重度のブラコン、そして優秀であるが故に陽太とはあまり話が合わなかっただろうし、陽太にわかるような話もできなかっただろう、そして何より友人たちである静希や明利や雪奈、これらが一番のネックだ


男女の境と言うものを曖昧にさせていた交友関係からか、陽太は今まで男と女と言うものを正しく認識してこなかった、それ故に恋愛に関しても正しい知識を持たず、同時にそこから発展する結婚などに対しても正しい認識を持っていないのだろう


今さらながらなんでこんなバカを好きになってしまったのだろうと鏡花は頭を抱える


だが、その口元は、その口角は上がっており、その顔は笑みを浮かべたまま戻らない


陽太から、好きな人から結婚しようなどと言われてうれしくないはずがないのだ


結局のところ、自分が正しい知識や常識などを教えたうえで惚れさせなくてはいけないのだなと実感し、これから大変なことになるなと理解したうえで、鏡花は陽太の眼前に立つ


「本当にあんたって・・・バカでデリカシーなくて鈍感ね」


「な・・・なんだよ・・・しょうがないだろ、こればっかりは・・・」


顔を覗き込むようにして睨む鏡花に、陽太はばつが悪そうにしながら小さくなってしまう


自分がバカであることは自覚している、そして自分が何か間違ったことを言ったのだろうと理解したのだろう、少ししょんぼりしている陽太を見て鏡花は薄く笑う


「でもいいわ、そういうあんたが好きになったんだもの・・・惚れた弱みっていうんでしょうね、こういうの」


鏡花はため息をつきながら陽太の顔を両手で押さえて二、三回深呼吸をする

そして陽太が何か言おうとしたその数瞬前に、今度は自分から陽太の唇めがけて自分の唇を触れさせる


顔が赤いのがわかる、唇が暖かく、触れ合っているのがわかる


興奮状態にあるせいで神経が敏感になっているのか、唇を動かす感触一つ一つを感じ取れる、奇妙な感覚だったが、嫌いな感覚ではなかった


先程のような不意打ちではなく、自分からしたことで、しっかりとその感触を記憶し、堪能し、ゆっくりと陽太から唇を離す


「唇カサカサね・・・リップクリームくらい塗りなさいよ」


「む、無茶言うな、んなもんつけたことないっての、大体いきなりすぎんだろ」


「さっきはあんたからいきなりしてきたじゃないのよ」


鏡花の言葉に陽太はうぐぅと返す言葉が無くなったのか、僅かに顔を赤くしながらうつむいてしまう、だが顔が赤いのは鏡花も同じ、いや陽太以上に赤くなっていた


「陽太、これだけは言っておく」


「・・・なんだよ」


鏡花は陽太の顔を再び両手で掴んで、自分の顔を見えるように、その顔が見えるようにしっかりと目線を合わせる


陽太は少し恥ずかしそうに仄かに顔を赤くしながら鏡花を見ている、鏡花は顔を真っ赤にしているが、憑き物が落ちたかのようにすっきりとした顔をしている


「覚悟しなさい、私はあんたを絶対に惚れさせてみせる・・・絶対にあんたを私のものにして見せる・・・いいわね?」


「・・・な、何とも男らしいセリフだな・・・」


「うるさい・・・これは絶対なんだから・・・その後・・・ううん、これはまだいいわ」


私のものにして見せる、そしてその後は、私をあんたのものにして


本当はそこまで言うつもりだったが鏡花はそれ以上言うことをやめた


鏡花はようやくスタートラインに立ったのだ、これ以上急ぐ必要はない、ゆっくり少しずつ進んでいけばいい、陽太は今目の前にいるし、今自分はここにいるのだから


誤字報告が十件分溜まったので三回分投稿


これは最高の切り方ができたと自分でも思っています、ちょうどいい場所で話を切れました、心底よかったと思えます


これからもお楽しみいただければ幸いです

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