2月14日
男子にとっても女子にとっても、待ちに待ったバレンタイン当日
当然のようにやってきたその日、学園中の男女は当然のようにそわそわしていた
男子はもらえるのだろうかと不安になり、渡す女子としては上手く渡せるか、喜んでもらえるかを悩み考え不安になっていた
無論男女間だけでのやり取りだけでなく、女子同士の友チョコというのも当然のように行われていた
「はい、石動さん、ハッピーバレンタイン」
「これは私から、お世話になっちゃったしね」
「おぉ・・・二人ともありがとう、美味しく頂くとする、ではこちらからも、お前達にはたくさん世話になったからな」
そのやり取りをしていたのは明利、鏡花、石動である
何かと世話になったり頼ったりすることが多かった石動、隣のクラスでありながらその交流はかなり深く、同時に長いものとなっていた
互いに渡すチョコの包みは可愛らしいものが多く、何とも女子らしい光景である
石動の顔に仮面があることを除けば、普通の女子高生のワンシーンだっただろう
「なんだよ石動ぃ、俺らにはないのか!」
近くでその光景を眺めていた陽太は不満を隠そうともせず抗議の声をあげる
もう少し自重することはできないのかと近くにいた静希は呆れていたが、その愚直なまでの態度に石動は好感が持てたようで小さく笑っている
「もちろんお前達にもあるぞ、特に五十嵐には世話になっているからな、感謝の気持ちだ、受け取ってくれ」
そう言って懐から包装されたチョコを取り出すと静希と陽太に手渡していく
包みを開けてみると、どうやらさまざまな形に切り取られたチョコのようだった、中には彫刻のように精巧なものまである
「おぉぉおお!キタァ!明利や雪さん以外からチョコもらえたぞー!」
「悪いな石動、気を遣わせたみたいで」
「なに、感謝の気持ちだと言っただろう?これでも足りないくらいだ」
石動の言葉を受けて静希は微笑むが、近くで喜びを表している陽太を見るとこれを同列に扱われているというのは少々気が重かった
「どうだ野郎ども!俺チョコもらえたぞ!うらやましいか!うらやましいだろ!」
陽太が喜びのあまり他の男子たちにチョコを見せびらかしていると周りから一斉に陽太めがけて罵声の声が飛んでくる
ふざけんな響の癖に、バカの癖に、どうせ義理だろうが、うらやましくなんかないもんね、てめぇそのチョコよこせごるぁ等々、不安に駆られ情緒不安定になっている男子生徒たちの怨嗟の感情を一手に引き受けながら陽太は包みの中に入っていたチョコを一気に口の中に放り込み食べていく
チョコを食べる姿を見せつけられた男子たちはさらに陽太への敵意を向けて罵声を浴びせはじめる
だがそんな罵声は慣れたものだと言わんばかりに陽太は笑っている
「いやぁ・・・負け犬の声が実に気持ちがいいなぁ・・・あっはっはっは!」
「・・・はぁ・・・陽太、もう少し落ち着けみっともない・・・」
静希だって石動からチョコを貰えてうれしいというのはある、義理とはいえ明利や雪奈以外からチョコを貰えるというのはほとんどないことなのだ
だが近くにこうして無茶苦茶にはしゃぐ人間がいるとどうしても自分は冷静になってしまう
「ま、まぁ喜んでくれたようで何よりだ、それではな、あまり騒ぎは起こすなよ」
苦笑しながら石動は自分のクラスへと戻っていった、さすがに陽太のバカ騒ぎを見て少し引いてしまったのだろう、石動だけでなく長年一緒にいた静希だってドン引きである
「えっと・・・じゃあ私からも二人に、ハッピーバレンタイン」
「よしよし、明利からも義理だけどもらえたか、今年はいいことありそうだ」
「あぁ、ありがとうな明利、お返し頑張るよ」
陽太と静希、それぞれ違う形の包みを渡すとその違いは顕著に表れている
静希は少し大きめで、陽太は石動達にあげたようなかわいらしい包みである
義理と本命というのは明らかではあるがそれでも陽太は満足だった
「えっと、さすがにここで食べるのはあれだから、家に帰ってから食べてね」
「おうよ、ふふん、また自慢してこようかな」
「やめなさいバカ、これ以上騒ぎを大きくしたら城島先生に教育指導されるわよ」
教育指導と聞いて陽太はすぐに体を硬直させて椅子におとなしく座り込む
城島にとって教育指導とはそれすなわち体罰だ、ひどい時には能力を行使した状態で体に確実にダメージを与えてくる
教育指導されることが多い陽太はそのことを十分理解しているのだろう、その顔からはわずかに冷や汗が垂れていた
「で、鏡花姐さん・・・姐さんはないんですかい?」
「・・・まるであるのが当然みたいな言いかたね」
陽太の前であり、同時にクラスメートの前であるためか鏡花は気丈に振る舞っている
だがその顔がわずかに赤くなっていることに静希も明利も気づけた
もう少しタイミングを見計らってから切り出したかったが、陽太相手にそんな考えは通じないだろう
鏡花もその程度は想定済みなようで、小さくため息をつきながらカバンからふたつの包みを取り出す
一つは明利が持っていたようなかわいらしい包み、そしてもう一つは綺麗にラッピングされた包みだった
「はい、二人に、ハッピーバレンタイン」
かわいらしい包みは静希に渡し、きれいなラッピングの方を陽太にわたすと、鏡花は付け加えるように陽太にこう述べた
「あ、そうそう陽太、それ本命だから、よく覚えておきなさい」
陽太の先ほどの多大なる挑発のせいで、ざわついていた教室の中、鏡花の言葉を聞き取れたのは幸いにも彼女の近くにいた静希と明利、そしてその言葉を向けられた陽太だけだった
静希と明利は口を開けた状態で唖然とし、陽太はぽかんとしていた
幼馴染三人組の時間が停止している中一番にリアクションしたのは明利だった
「きょ・・・鏡花ちゃん・・・?えと・・・今言うの・・・?」
「なによ、渡すタイミングで言わないと不自然でしょ?こいつだけ後回しにするのもあれだし」
先程の話の流れから、確かに今が渡すタイミングであるというのは理解できる、あのタイミングで渡さなければ陽太に渡すべき時間は取れなかったかもしれない
だが明利と違い鏡花なら陽太との時間はいくらでも確保できるのだから、何も今渡さずともよいのではないかと思える、しかもただ渡すだけではなく告白まで
自分から言うように勧めておきながら実際に言ったら驚くというのはどうなのだろうかと鏡花はため息をつく
だが明利の驚愕も無理はない、まさか本当に言うとは思わなかったのだ
鏡花の性格上、せめて含みを持たせて陽太にはわからないような言い回しで伝えるとばかり思っていただけに、率直な、勘違いができそうにない言葉だっただけにその驚きは大きい
静希に至っては全く予想していなかっただけに開いた口がふさがらなかった
バレンタインチョコを陽太に渡すことまでは予想していたが、まさか告白を一緒にするとは思わなかったのである
なにせここは他のクラスメートもいる教室、ざわついていてまったくもってロマンもムードも欠片もない、こんな場所で鏡花が陽太に想いを伝えるとは思っていなかったのだ
「え・・・えっと・・・聞き間違いじゃなきゃ・・・本命って言ったか?」
「言ったわよ、なに?それとももう一度言ってほしいわけ?」
ようやく鏡花の言葉の意味を自分の中で消化できたのか、陽太は自分の手に収まる少し大きめのラッピングされた袋と鏡花を見比べている
そしてその言葉の意味を理解したが故に、どうすればいいのか困ってしまっていた
「えっと・・・この場合・・・どうすりゃいいんだ・・・?」
「まだ答えは聞かないわ、せいぜいゆっくり悩んで考えるといいわ、あんたの中で答えが見つかったら私に言いに来なさい、いつまでも待っててあげる」
鏡花が陽太にそう言って額に指を押し付けると、丁度次の授業が始まるのか、教師が入ってくる
丁度いいわと言って鏡花は自分の席に戻り、他のクラスメートたちも同じように席に座っていく
陽太も一瞬反応が遅れたものの、同じように席に座り、明利、鏡花にもらった包みを大事そうにカバンの中に入れていく
陽太の動揺は大きい、だがそれは他の幼馴染も同様だった
まさか目の前で告白シーンを見ると思っていなかっただけに、驚きは大きいのだ
そして鏡花の方を明利が盗み見ると、その耳が赤く染まっていることに気付ける
鏡花もかなり動揺しているようだ、何か考えがあっての事だろうが普段の調子を維持しながらの言葉はかなり消耗したらしい
恥ずかしいというのもあるだろうが、言ってしまったという後悔もわずかながらに含まれているのではないかと思える
あの鏡花が陽太に告白した
劇的でも何でもない、ただの告白、しかも授業を挟んでいるせいでそのことに対する言及を陽太にまったくさせない
その状況を見て静希はなるほどと鏡花の作戦を理解する
陽太はバカだ
自他ともに認めるその特性は良くも悪くも陽太もその周りの人間も承知している
仮に、鏡花が最高のロケーションと環境をそろえた状態で告白したとして、恐らく陽太はその場で返事を返すことなどできないだろう
陽太にとって状況の変化などあまり意味はない、どのような状況でもある一定のパフォーマンスを発揮するのが陽太の強みである、だがそれは逆に弱みでもある
陽太の精神状態に強烈な悪影響を及ぼすような何かでもない限り、陽太のパフォーマンスはそれほど変わらないのだ、たとえ鏡花が最高の条件を作り出したとして陽太の反応は変わらないのだ
それならば、鏡花と話す時間の限られる授業の前に告白し、その後の授業中に考えをまとめさせるつもりなのだ
具体的には、疑問点と陽太が抱いている感情について
それにこの後鏡花と陽太は何時もどおりに訓練を行うだろう、鏡花は恐らくその時に陽太が感じる疑問も感情もすべて解消するつもりなのだ
その上で、再び告白をし、返答を待つ
保守的な考えが基本である鏡花が、随分と攻めの姿勢を見せているなと静希は内心感心していたが、当の鏡花はそれどころではなかった
実際に口に出したら止まらない、以前明利が言っていたことは本当だった
一度言ってしまえば楽になる、次々と陽太に向けるべき言葉が出てくる
だが今鏡花の頭の中にあるのは言ってしまったという後悔にも似た感情だ
もう戻れない、今までのような関係には戻れない、それを理解しているからこそ鏡花は自分の頭の中で言ってしまったという言葉を延々と繰り返していた
だが、何度かそんなことを繰り返していると、もう諦めの感情が湧いてくる、そして授業が終わりを迎えそうになった時、鏡花の中にあったのはもうどうにでもなれという自棄にも近い感情だった
「おら陽太!ちょっとこっち来い!」
授業が終わったのと同時に静希は陽太の首根っこを掴んで教室の外へと引きずっていく
「ま、待てよ静希!ちょっと鏡花に聞きたいことが・・・!」
「んなもん訓練の時にでも聞け、とにかく行くぞ!」
有無を言わさず陽太を鏡花から引き離すべく教室の外へと引きずっていく静希は一瞬鏡花へ視線を向け親指を立てて見せる
鏡花がやりたいことはわかった、だが鏡花が望む状況にするには今は両者をクールダウンさせる必要がある
流石に授業一回分だけでは感情を落ち着かせることはできなかったのだろう、鏡花も陽太も一種の興奮状態にある様だった
こんな状態ではまともに話などできるはずもない、一度静希が陽太を連れ出してもう一時間分時間を稼ぐことにしたのだ
静希のその対応を見て鏡花は内心助かったと思っていた
まともな精神状態になっていないのは鏡花も同じ、今陽太に迫られたら一体何をしでかすかわかったものではない
「鏡花ちゃん・・・何であんなタイミングで告白したの?」
「えぁ・・・?あー・・・流れというか・・・勢いというか・・・」
その場の流れというのは重要ではある、タイミングや話の流れというのもあるだろう
絶好の機会と言えるかは微妙だが、少なくとも鏡花はあのタイミングで渡し、告白したのは間違いではないと思っていた
自分が考えていた以上に精神状態が荒れており、まともな精神状態を作れていないというのは予想外だったが、そこは静希がフォローしてくれている、後で礼でもしなくてはいけないだろう
明利にそう答えながら小さくため息をついて机に突っ伏す
鏡を見るまでもなく、顔が赤くなっているのがわかる、自分は告白したのだ、あの陽太に
「なによ、そんなに意外?あんたの注文通りに動いてるのに」
「い、いやそうなんだけど・・・まさか本当に告白すると思ってなくて・・・」
確かに明利が少女漫画などに影響されてそんなことを言ったが、まさか実践するとは思わなかったのだ
渡して終わりか、あるいはそれらしいことを伝えて終わるくらいのものだと思っていたのである
「でも、何で急に告白する気になったの?あれだけ悩んでたのに・・・」
「・・・」
明利の言葉に鏡花は少し黙ってしまった
つい先日まで鏡花は陽太にハート形のケーキを渡すのを渋っていた、ハート形など告白と同義であるように思えたからだろう、彼女自身ハードルの高さは自覚していたつもりだ
だがそのハードルさえも楽々飛び越える勢いで鏡花は陽太に告白した
間接的でもなく、言葉を濁すでもなく、ほぼ直接面と向かって
それだけの行動を起こす理由が一体なんだったのか、明利は気になったのだ
「・・・城島先生がチョコ作りに来た時のこと覚えてる?」
「え?うん・・・覚えてるけど」
「先生さ、告白されたとき嬉しかったっていったじゃない?すごく安心したって」
その言葉は明利も覚えている、城島が前原にプロポーズされたときのことだ
明利達もその現場を見ているために、印象としてはかなり強く残っている、そしてその時のことを思い出してそう言った城島の顔もよく覚えている
嬉しそうで幸せそうで、今まで見たことのない表情をしていた
「人によるんだろうけどさ・・・陽太ってちょっと城島先生と似てるところあるじゃない?性格とかじゃなくて環境だけど」
「ん・・・そう・・・かな・・・?」
陽太はその能力から両親に疎まれて育った、その為誰かからの愛情に疎く、自分が誰かから好かれると思ってもいないだろう
城島はその血縁から周りを巻き込まぬように育った、多くを望まず、何かをあきらめるように生きてきた
誰かから好かれるはずがない、好かれてはいけない
この二人の似ている部分と言えるだろう、明利は二人の性格からそういう風にイメージできないようだったが、鏡花はなんとなくではあるがそう感じていた
「だからさ、先生が告白されて安心したって言ったとき、私もあいつを安心させられるのかなって・・・思ったのよ」
「安心・・・?」
それは、城島の言っていた言葉だ
自分の存在を認めてもらえたような、受け入れてもらえたような、そんな気分
陽太は能力にコンプレックスを抱え、同時に周りに迷惑をかけないようにもしている
それを一番感じたのは、静希が死んだと思った時だった
あの時陽太は部屋に戻らず、駐車場で夜を明かした
まだその頃鏡花は陽太に好意を抱いてはいなかったが、それでも陽太が残ると言ったとき鏡花はある種の線引きをされたように感じたのだ
それは今まで自分が他人に行ってきた、超えるなというかのような一線
それを取り払えれば、そして陽太が自分を受け入れてくれる人がいるのだと理解させられれば良いなと、そう思ったからこそ鏡花は告白したのだ
陽太のため、そして自分のため
鏡花は陽太を安心させたいと思っているのだ、自分の足を枕に眠る陽太を見てその感情は強くなっていた
陽太のためになるのなら、そんなことを考えて鏡花はらしくないなと自嘲気味に笑って見せる
いつの間にか、先程よりも何倍も心は落ち着きを取り戻していた
鏡花と明利が話を始めている頃、陽太を引きずって廊下に脱出してきた静希は陽太の肩を掴んで顔を近づける
「おいおいどうすんだ陽太君、まさかの告白だぞ、あの鏡花姐さんから」
「お・・・おう、俺も今頭がこんがらがってる」
陽太のその表情と口調から、静希が考えている以上に陽太が混乱しているという事を把握した静希はどうしたものかと思案する
とりあえず平静を取り戻させようとしたものの、なにせ予想もしていなかったため完全にノープランなのだ
だがこうしている以上、しっかりと陽太に思考させねばならない
「な、なぁ静希・・・俺どうすりゃいい?どう答えりゃいいんだよ」
「それはお前が考えろ、お前と鏡花の問題だ、俺が答えを知ってるわけがないだろ」
考えることを放棄しがちな陽太でもここは自分で考えさせなければ意味がないのだ
鏡花が自分の意志で告白してみせたのだ、陽太だけが借り物の答えを引っ提げてくるようなことではだめだ
重い意志には、それだけの覚悟が詰まっている、それを突き動かすのは同じように悩みぬいた結果得られた解答だけである
「でもさ・・・何で俺なんだ?何で俺みたいなバカを?」
「自分で言ってて悲しくないか・・・?まぁ鏡花はお前と違ってバカじゃない、しっかり考えて悩んだ結果だろ?」
陽太がバカという事はおおむね同意するが、静希のいう通り鏡花はバカではない、一時の感情や流れだけで人を好きになるほど鏡花の好意は安くない、少なくとも静希はそう思っていた
何より、好きでもない相手のために毎日弁当を作ってきたり、日々アプローチをかけることなどできはしない、鏡花は本気で陽太のことが好きなのだ、好きになってしまったのだ
「でもさぁ・・・あの鏡花だぞ?いや嬉しいけどさ・・・何で俺なんだ?」
「そこは後で鏡花にでも聞け、今考えるべきは鏡花がどうじゃなくてお前がどうかだろ」
それはかつて陽太が城島に言った言葉に似ている
相手がどうこうではなく、環境がどうこうでもなく、本人がどうしたいのか
鏡花の回答など静希は持ち合わせていない、鏡花に聞かなくてはわからないことがあるというのに今この場でその質問をすることに意味はない
今考えるべきは、静希と陽太しかいないこの場で考えるべきは陽太がどう感じているかだ
「鏡花がどうしてお前を好きになったかどうかはさておき、あいつはお前が好きだって言ってるようなもんだ、じゃあお前は?鏡花のこと嫌いか?」
「嫌いじゃねえよ・・・最初は嫌な奴だって思ったけど、あれもあいつのいいところだし・・・一緒にいると楽だし・・・料理美味いし」
陽太の中で鏡花に抱くマイナスイメージはそれほど強くないようだった
長い時間をかけての訓練と最近の鏡花のアプローチがいい意味で働いていると思っていいだろう
鏡花の努力がひとまず報われていたということに安堵しながら静希は陽太の前に指を立てて注視させる
「いいか陽太、鏡花は本気だ、あいつが冗談だとかするような奴じゃないってのはお前もよく知るところだろ?本気で言ってきたなら、お前も本気で答えてやれ」
「本気って・・・どうすりゃいいんだよ」
「考えろ、お前にとって鏡花は何だ?ただのクラスメートか?能力の指導役か?頼りになる班長か?その蜘蛛の巣張った脳みそでしっかり全力で考えろ、放課後まではまだ少し時間がある」
静希の言葉を聞きのがさないように陽太はしっかりと聞いている
頭が動いているかはさておき、しっかりと考えさせるだけの準備はできたようだ
後は時間をかけるしかない、静希や鏡花のような頭の回転の速さを持ち合わせていない陽太に考えさせるというのは、それだけ時間がかかる
それを理解しているからこそ鏡花はいつまでも待つと言ったのだ
しっかりと考えさせて、悔いの無い答えを聞きたいと思っているからこそ、陽太にしっかりと考えさせるのだ
陽太に考え事が向いていないという事など、静希も鏡花も、そして陽太自身も百も千も承知だろう
だがここは陽太が考えなくてはならない
「・・・あー・・・どうするべきかなぁ・・・」
「何も答えを一つに絞る必要はないだろ、鏡花に聞きたいことがあるっていうなら、それによって答えを変えるのもありだ・・・勝負は放課後の訓練の時だな」
「・・・放課後・・・それまでに考えをまとめろと?」
陽太の恨めしそうな顔に静希はそういう事だと言い放つ
明確な答えのないものを考えるという事が苦手な陽太にとっては苦行になるだろうが、その苦行は然るべくして与えられたものだ
本気で向かってきた相手には本気で相手をしなくてはならない、本気で悩んで出した答えなら、同じように本気で悩んだ回答を出さなくては失礼に当たる
陽太もそのあたりは理解しているのだろう、ない頭を必死にひねりながら唸り続けている
陽太が答えを導けるだけのヒントは出したつもりだった、十分道を構築できるだけの言葉と意味を込めたつもりだった
後は放課後までに陽太がどんな答えを用意するか、もう静希にはわからない
可能なら、鏡花の想いが実ればと思う、それだけ鏡花が頑張る姿を静希は見てきたし、陽太の今までだって見てきている
自分にできることはここまで、静希はそう思いながら授業の始まりを告げるチャイムを聞いていた
授業が始まった後も、陽太は悩んでいるのか机に突っ伏しながら悩んでいる様だった
その体勢だけ見るといつものように寝ているのではと思うが、時折頭を掻きむしったりうなりをあげる様子から寝られるような状態ではないのだろう
それだけものを考えているという事でもあるが、陽太がどのような結論を出すか、まったくもって予想できない
鏡花に対して嫌悪に近い感情を抱いていないのはまず間違いない
だからと言って好意を向けているかは微妙なのだ
第三者の視点から見て仲の良いクラスメートであるように見えた、そして毎日のように過ごし、互いの仲を深めていたのも事実
だが仲の良い友人であることと恋仲になることは全く別のベクトルである
静希も明利も陽太との付き合いが長いが、彼がどのような女性が好みであるかを詳しくは知らない
スタイルがいい女性に目が行っているのを見ることはあってもどういう女性が好きかという話になることが少なかったのだ
恐らくだが陽太自身もあまりそういう事を考えてこなかったのだろう、そんなときに鏡花からの告白があり、今までの鏡花の態度や自分との関係を見直しながらそのあたりをしっかりと考えようとしている
陽太に考え事をさせるなどらしくないという事は静希も鏡花も理解しているが、こればかりは他人が答えを用意できるものではない
視線を陽太から鏡花へ移すと、陽太とは対照的に落ち着いている様だった
先程陽太を連れ出した時に明利が何かしらフォローをしたのだろう、これから放課後になるにあたっていい精神状態を維持できそうだった
一体どうなるか、正直に言えば静希も事の顛末を見ておきたい
だが人の告白や、それにまつわる場所に第三者がいるというのはあまり趣味がいいとは言えない
今まで覗き見しておいて今さらだと言われるかもしれないが、線引きは重要だ、超えてはいけない一線というのもある
結果は後日聞けばいいだけ、今日は明利と一緒に早々に引きあげて二人の今後について祈るしかないだろう
そうして授業が終わった後も陽太は関係ないと言わんばかりに悩み続けていた
というか、悩み考え過ぎて授業が終わっていることに気付いていないようだった
「静希君・・・陽太君に何言ったの?あんなに悩む陽太君見たことないよ」
「ん・・・まぁ自分でしっかり考えて答えを出せって言っただけだ、後は陽太と鏡花の問題だからな、俺らの出る幕はないよ」
どうやら明利自身は二人のことが心配で仕方ないようだったが、これ以上の介入はさすがにできない、すでに鏡花は自分のできる限りのことを尽くしたのだ、ならば静希や明利はもうアドバイスをする必要などない
「鏡花、俺らは授業終わったらさっさと帰るからな、後は自分で何とかしろよ」
「はいはい、わかってるわよ・・・いろいろありがとね」
先程陽太を連れて出て行ってくれたことだけではない、今まで気を回してくれたり、アドバイスをくれたりと静希と明利は自分たちも楽しみながら鏡花に手を貸してくれた
ただの色恋沙汰にここまで協力してくれた、その事への感謝だった
「その言葉はまだ早いな、きちんと報告するときにでも言ってくれ」
「ふふ・・・そうね、じゃあ待ってなさい、お礼にご飯でも奢ってあげるから」
鏡花の表情からいつも以上に落ち着いているという事がうかがえる、一度告白してしまうともう慌てる必要がないという事だろうか
普通返事を待つまでの間はあわてながらも挙動不審になる気がするが、鏡花は落ち着いている
すぐ近くで悩み呻いている陽太がいるからこそ、落ち着いていられるのだろうか
「ねぇ鏡花ちゃん、この後はどうするの?」
「どうするって・・・普通にこいつ引きずって訓練するわよ?たぶん今日は全く集中できないでしょうけど、これもいい機会よ」
普段のように安定した精神状態での訓練とは違い、今の陽太は珍しく精神が不安定になっている、というか集中できるような状態ではないと言った方が正しい
こんな状態で訓練などしようものなら普段の実力の半分も出せるか怪しいものである
だが実戦においていつでも十分な集中を発揮できるとは限らない、そう言う意味ではこの状態で訓練することも必要なことであるのは静希も理解できた
陽太は班の要、必要不可欠な前衛だ、精神的に不安定になっていても最低限のパフォーマンスを発揮してもらわないと困る
陽太はある程度の状態なら変わらない実力を発揮できる、そして珍しく不安定になっているのが今この時なのだ
この機を逃す手はない
自分の告白がかかっているというのに鏡花の頭の中では陽太を成長させることをしっかりと並行して考えている
流石というべきか、それとも陽太のことだからこそそこまで考えられるのだろうか
「まぁ、暴発しないようにな・・・安全装置が働いてないみたいだしそこまで感情的になってるわけじゃないと思うけど」
「そうね、注意しとく」
実月の施した感情が一定以上にならないという条件反射的な安全装置が発動していないところを見ると、今陽太は感情が上下しているのではなく、頭の中が考えることでいっぱいになっているという方が正しいだろう、普段考え事をしない陽太にしたらあまり経験のない状態と言える
だからこそこの機会は貴重なのだ、感情ではない部分で陽太が不調になるこの時が
「終わったぁ・・・さぁ陽太、今日の訓練に行くわよ」
授業が終わり城島のホームルームを終えた時点で、鏡花は文字通り陽太を引きずっていつも通り訓練に向かった
静希と明利はその様子を眺めた後で僅かに心配したが、今日はこのまま帰宅することにした
途中で雪奈と合流し、いろいろと話すことにしたのは別の話である
「ほらほら!全然色を変えられてないわよ!集中しなさい集中!」
いつものようにコンクリートの演習場で炎の色を変える訓練を行っているのだが、陽太の炎は一向にその色を変えなかった
炎の総量が変化したり揺らめいたりしていることから、陽太が動揺していることが読み取れたが、それでも鏡花は陽太めがけて檄を飛ばす
そんな中、陽太はもどかしさを感じていた
自分は動揺して、非常に悩んでいるのに鏡花はまるでいつもと変わらない調子だ、それを演じているのかまではわからなかったが、いつも通り過ぎて、それが逆に陽太の心を揺さぶった
「・・・なぁ鏡花・・・さっきのあれって、本気か?」
「ん?さっきのあれって?」
「・・・お前のチョコが、本命だって・・・」
陽太の絞り出した言葉に対して鏡花は本気よと平然と返して見せる
その顔と耳がわずかに赤くなっているのに、陽太は気づけなかった
「・・・何で俺なんだ?お前ずっと俺のことバカにしてたろ?そりゃ最近は少なくなったけどさ・・・俺みたいなバカよりももっといい奴いるんじゃないのかよ」
陽太が抱える疑問の一つが、何故自分なのかという事だった
自分はバカだ、自分自身も他の誰もが認める特徴
頭の良い鏡花がなぜ自分を好きになったのか、それが理解できなかったのだ
「・・・確かに頭の良い奴ならそりゃたくさんいるわ、でもね人を好きになるのに頭の良さとかは関係ないの、例えば明利は静希が頭の回転がいいから好きになったの?」
「・・・それは・・・違うと・・・思う」
陽太がいくらバカでも、長年一緒にいた明利が静希のどこを好きになったのかくらいはわかる、いやどこを好きになったというのは的確ではない、より正しく言うのなら、明利は静希の全てを好きになったのだ、そしてそれは恐らく雪奈も同じである
「確かにバカっていうのは、人を嫌いになる要素の一つだと思うわ、でもね、前にもいったと思うけど、あんたのバカは才能なの、私はあんたがバカなところもひっくるめて好きになったの」
初めて鏡花から好きだという事を言われ、陽太の炎はさらに揺らめく
動揺が直接炎に伝わるというのは面白いなと思いながら、鏡花は赤くなった顔と耳を隠そうともせず陽太に少しずつ近づく
「ねぇ陽太、あんたにとって私はどんな存在?クラスメート?能力の指南役?口喧嘩の相手?班の仲間?」
「そんなの・・・わかんねえよ・・・」
「わかんないじゃない、考えるのよ、あんたの頭はそのためにある、ちゃんとものを考えられる頭があるのよ」
陽太のギリギリまで近づくと、陽太は鏡花が火傷しないように能力を解除した
そして鏡花は陽太の顔をやさしく両手で挟み、しっかりと目を見る、そのとき陽太はようやく鏡花の顔がいつもより赤くなっていることに気付いた
「陽太、あんたが今まで私の事をどう見てきたのか私は知らないし、たぶんあんた自身も理解してない、当然よ、考えたことのないことを理解できるはずがないもの」
人間は考えることで物事を理解する、今まで考えたことがなかった事柄を陽太が理解できていないのは仕方のないことである
それを理解しているからこそ鏡花は結論を急がなかった、しっかりと陽太が考えたうえで結論を出してほしかったから
「だからね、考えてほしいの、あんたにとって私がどういう存在か、そしてできることなら・・・私を女として好きになってほしい」
「・・・もし俺が断ったら?」
「その時はしょうがないわ、時間をかけて、あんたを惚れさせてみせる」
諦めるつもりはないのかよと陽太は苦笑しながらも鏡花の目を見続ける
鏡花は目を逸らさなかった、まっすぐと陽太の瞳を見続け、自分の意志の強さを主張している様だった
「俺が答えを出せなかったら?」
「出せるわ、あんたは実月さんの弟だし、何より、あんたはあんたが思ってるほどバカじゃないもの」
陽太が思っているほどバカではない、それは鏡花が今まで陽太を見て思ったことでもある
周りも陽太自身も、そして鏡花もいつも陽太をバカだと言っているが、陽太は考えることが苦手なのであってそこまでバカというわけではない
考えることが苦手ではあるものの、一つ一つ工程を踏めばしっかりと理解できるし、時折見せる閃きは鏡花だけではなく静希も驚くほどだ
「お前は・・・俺の何を知ってるんだよ」
自分はそこまでバカではない、その言葉と共に実月を引き合いに出されたことで自嘲気味に笑う、自分も知らないようなことを、会って一年も経っていない鏡花が知っているはずがない、そう言う意味を含めた笑いだった
「そうね・・・たぶん私は陽太の半分も知らないと思う、だからもし私を女として好きになってくれたなら・・・これから教えてほしいの、前も言ったけど、私はあんたに、私の全てを見せる、情けないところもかっこいいところも、だから陽太も私に見せてほしい、私の知らない、あんたのことを」
誤字報告十五個分、そしてブックマーク登録件数2800件突破、及び累計pv13,000,000突破で合計6回分投稿
久しぶりに誤字少ないかと思ってたらこれですよ、この話はもう少しのんびり投稿したかった・・・!
これからもお楽しみいただければ幸いです




