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J/53  作者: 池金啓太
二十二話「二月半ばの男女のあれこれ」

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女の悩み

「へぇ・・・エドモンドさんがねぇ・・・」


「あぁ、ずいぶん張り切ってたよ」


バレンタインまであと数日に迫った頃、学校で静希はそんなことを話していた


エドと面識の少ない鏡花は最初そこまで興味はなかったのだが、静希が随分と嬉しそうに話すものだから不思議と話に耳を傾けてしまっていた


「でもエドモンドさんなら大丈夫だと思うよ?すごく優しい人だし、背高いし」


何度か面識があり、なおかつ静希の窮地を救ってくれた人物として明利の中でエドの評価はかなり高いようだった


明利の言う通りエドはかなりの人格者だ、少々子供っぽいところがあるところは否めないがそこも彼の魅力だろう


「確か親の仕事手伝ってんだろ?このままいけば次期社長、優良物件じゃねえか」


「本人はその会社だけじゃなくて別のことをやりたいって言ってるんだけどな、まぁ優良物件には変わりないけど」


何度か静希から話を聞いていたため、エドのことをあまり知らない陽太でもその程度のことは理解できるようだ


次期社長になるかどうかはさておいて、エドは周りから見ても高評価を得やすい人物である


「そっか・・・バレンタインに勝負ねぇ・・・そりゃ成功するといいわねぇ・・・」


「・・・そう言うお前はどうなんだよ」


近くにいる陽太に聞こえないように小声で話しかけると、鏡花は僅かにうつむいて視線を逸らせた


その反応で静希はすべて理解してしまった、あまりうまくいっていない、というかいい方向に向かっていないという事を


続いて明利の方へ視線を向けるのだが、彼女もわずかに苦笑するばかり


一体何が上手くいかないのか静希は知りようがない、なにせその手の情報は完璧に隠匿されているのだ、ささやかなサプライズを狙っているのだという


プレゼントする菓子作り自体はそれなりに順調で、すでに試作を何度か作り終え、後は本番用の物を作るだけなのだが、そこで鏡花がまた足踏みを始めてしまったのだ


エドのようにバレンタインで勝負などと張り切れるほど度胸があるわけでもなく、本当に勝負していいのだろうかと未だ悩んでいるのだ


鏡花の性格から、またへたれているのだろうなという事を理解した静希は小さくため息をつく


鏡花が迷うのも十分理解できる、自分の行動たった一つで今まで積み重ねた物がすべて瓦解するかもしれないのだ


実際、他のクラスメートなどの中でバレンタインに告白するという人間も少なくない、女子は告白のことで浮ついており、男子はバレンタインにチョコを貰えるかどうかでそわそわしている、何とも奇妙な状態である


高校生らしいと言えばらしい、妙な空気がある


授業中にも訓練中にもどこか集中しきれていないような、別のことを考えている人間がいるのも事実である


一歩間違えれば大事故につながるが、そこは長年訓練してきた能力者、ギリギリのところで怪我などはしないようにしている様だった


全員ではないとはいえ、この浮ついた空気は毎年独特のものがあったが、今年は特にその傾向が強い


高校生になって校外実習という班での行動が増えてきた中で、恐らくは男女間の距離が縮まるようなイベントも少なからずあったのだろう


静希達がそうであるように、他の生徒もそうであるようだ


中には逆に距離が離れた例も一つあるが、それは特殊な状態だろう


「み、みんなこの時期はそわそわしてるよね・・・気持ちはわかるけど・・・」


上手くいっていないことをごまかそうとしたのか、明利の言葉に静希達は周囲を見渡す


当然というかなんというか、先も言ったように男子も女子も浮ついている感は否めない


「こういう時俺らは気が楽だな、もらえる相手がいるんだし、義理だけど」


「・・・まぁな、明利は確定・・・鏡花がくれるかどうかは好感度次第ってところか?」


不意に話を振られたことで鏡花はびくりと体を硬直させる


静希成りのアシストのつもりだったのだが、どうやらあまりうまく働いていないようだった


「どうなんだ鏡花姐さん、俺らにチョコくれるか?」


陽太のデリカシーゼロの質問に鏡花は口を半開きにして返答に迷っている様だった


あげるのは確実、だがどのような形であげるか、それが決まっていないのだ


「ど、どうでしょうね・・・もしかしたらないかもしれないわよ?」


「えぇ・・・そんな硬いこと言うなよ鏡花、ギブミーチョコレート」


「バカ言ってないで授業の準備しなさいよ、次宿題あるの忘れてないでしょうね」


上手く話題を切り替えた鏡花の言葉に陽太はヤベっ!と机やカバンの中をあさる作業に没頭することになる


恐らくこの数十秒後に宿題を見せてくれと泣きついてくるだろうが、そのわずかな間に静希は小声で鏡花に話しかける


「まぁ、お前のペースでいけばいいと思うぞ?別にそれっぽい空気だからって流されることはないしな」


「・・・言われなくても分かってるわよ・・・わかってるから悩んでるんじゃない・・・」


鏡花は自己分析も状況判断も高いレベルでこなせる


だからこそ悩むのだ


今後がかかっている言葉をバレンタインにかけるのか、それともいつ来るかもわからない好機に期待するのか、うら若き乙女にとっては最も重要な悩み事と言えるだろう


そしてバレンタインについて悩んでいるのは生徒だけではなかった


どうやら静希達の担任教師である城島も、かなり悩んでいるらしく困り果てている様だった


去年まではただ付き合っていただけ、半ばあきらめていた交際だったのに今は婚約者、となれば何かやらなければいけないのではないかと城島は頭をひねっている様だった


「というわけだ・・・どうすればいいのか何かアドバイスをくれ・・・」


連絡事項という名目で明利と鏡花を呼び出し、もはや恥も外聞も知ったことかと言わんばかりに二人に頭を下げる城島に、明利も鏡花も困った顔をしてしまった


この場に静希や陽太はいない、女子だけの対談なのだが、無論ここは職員室、小声で話せばそこまで聞かれることはないとはいえ人の目もある


こんな所でそんなことを話す度胸があるというのにどうしたらいいのかわからないというのが何とも城島らしい


「でも先生って二年くらい付き合ってるんですよね?去年とかどうしてたんですか?」


「店で買ったものをラッピングしてもらっていた・・・だが正式に婚約した相手にそれでは・・・自作しようかとも考えているんだが、どうすればいいのか」


どうやら今まではそこまで本気ではなかったために悩む必要はなかったが、悩むほどに本気になってしまったためにどうすればいいのかわからなくなっているようだ


良い傾向なのだがここまで困っている城島を見るのもレアなものだ


「チョコの形を変えるくらいなら湯煎か能力で何とかなりますけど・・・それじゃダメなんですか?」


「ん・・・湯煎程度なら問題ないのだが・・・なんというかこう・・・あ・・・愛がないんじゃないかと・・・」


愛という単語だけ非常に小さな声で言った城島に、二人は僅かに微笑ましくなる、そしてその考えを理解できるだけにどう返事をしたものかと悩んでしまう


「だったら・・・私たち今チョコケーキ作ってるんですけど、今度一緒に作りますか?」


「なに・・・?・・・いやだが迷惑にならないか?作るという事はお前達の家でという事だろう?」


「そうですけど、いつもお世話になってますし私は構いませんよ?ね、鏡花ちゃん」


「私は明利に調理器具とか借りてる立場だし、異論はないわよ、あと雪奈さんもいますけど」


明利と鏡花の言葉に城島は僅かに悩むようなそぶりをしている


社会人ともなると流石に時間にも余裕がないのだろうか、一日くらい一緒に作ることができればいいと思って誘ったのだが、余計な気づかいだっただろうかと明利は少し不安になる


「・・・そうだな・・・では今度の土曜日にでも頼む、料理はできても菓子作りなどは全くやったことがないからな・・・」


「・・・先生の料理ってちょっとイメージできないですね・・・」


鏡花の物言いに城島は余計なお世話だとデコピンを打ち込む


実際今まで城島が料理をしている姿を見たことがないだけに、想像できなかったのだ


エプロンをつけて台所に立つ城島の姿を想像したのか、鏡花は口を押さえながら僅かに笑う


これほど鋭い眼光で料理をしていたらいったい何を作っているのかと問いただしたくなるところである


「でも先生、私達はチョコケーキを作りますけど、何か作りたいものとかありますか?あれば材料とかもそろえておきますけど・・・」


「む・・・そのあたりは疎くてな・・・初心者でも簡単に作れそうなものを頼む」


「簡単に・・・ですか・・・」


菓子作りは難しい、それは先日の数度にわたるチャレンジで把握済みである

初心者にもやさしい菓子作りという事で明利は自分の記憶の中にある菓子をいくつか浮かべる


「初心者でも作れるっていうと・・・生チョコかなぁ・・・あれなら焼いたりしなくていいし」


「そうなのか・・・では頼む、材料費などはこちらで持つ・・・あと当日は何か菓子折りでも持って行こう」


「いえ・・・そこまでしなくても」


教師が生徒の家に行くとなると、親御さんへのあいさつというのも必要なのだろうか、そこはしっかりとした社会人だけあって礼節には厳しいようだ

変なところでまじめなのが城島らしい


「他に何か必要なものはあるか?可能ならこちらで用意するが」


「そうですね・・・エプロンは必須で・・・あと髪をまとめられるものを用意してくれれば」


そう言って明利は城島の前髪を見る


料理をするにはいささか長すぎる前髪、これではいつ料理中に髪が混入してしまってもおかしくない


城島自身そのことはわかっているのだろう、そう言えばそうだなと言って自分の前髪をつまむ


傷のこともあってか、城島は相変わらず前髪だけは長い、時折髪を切ってきたときにそのほんの少しの変化に気付くことはあるが、その長さはほとんど一定であるように思える


目元が見えず、額が完全に隠される最適な長さだ、恐らくはその隙間から向こう側が見えやすいようになっているのだろう、あれでよく目が悪くならないものだと感心するばかりである


日曜日なので二回分投稿


引き続き予約投稿なので反応が遅れます、ご容赦ください


これからもお楽しみいただければ幸いです

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