高いハードル
それぞれチョコ菓子について考えたり、その本を探したりしている中で鏡花は一つ気になる文献を見つける
そこには木の育て方と言うものがあった
植物を育てるのが趣味の明利ならなんらおかしいことではないのだが、その本につけられている付箋を開くと、カカオの木の項目があることに気付ける
「・・・ねぇ明利、もしかしてだけど庭にカカオの木とかないわよね?」
「え?え・・・っと・・・その・・・」
明利は気まずそうにしている、もしやあるのかと思いながら明利の部屋から庭を見てみるが、それらしいものはない
「お、気づいちゃったのかい?実は小学生の頃に一度カカオから手作りしようと画策してた時期があったんだけどね、明ちゃんちの庭じゃ育てられないってわかって断念したんだよ」
カカオは熱帯地域で育つ樹木だ、日本で育てるためにはその木の高さをも許容できる大きな温室、あるいはそれに近い施設が必要になる
ただの一軒家でしかない明利の家の庭で育てるのは無理だったようだ
逆に言えば、もし育てられたなら、恐らく明利は育てただろう
育てられると知ったその結果が明利の家の庭で青々と葉を付けている多葉樹なのだから
「品種改良した小さめのカカオの木もあるらしくて、そういうのなら何とかできるかなって考えたこともあったんだけど・・・やっぱり品種改良されてるのは高くて・・・」
「なるほど、断念したわけね」
明利は項垂れているが、もしそのカカオの種や苗が手に入ったら間違いなく育て、カカオからチョコを作っていただろう
明利は妙なところで本気になることがある、こういう育てたり一から作ったりという事を本気でできるのはある意味才能と言えるだろう
「どうしようかな・・・無難にチョコケーキとかにしようかな・・・」
「ほうほう、もちろん形はハート型だよね?」
「な・・・なんですかそれ・・・そんなことできるわけ」
「あっるぇ?能力を使えば簡単でしょ?型を作っておけばいいわけじゃん、簡単じゃん?」
普通ケーキを作る際、その形を決めるのはその土台となるスポンジを作るための型である
それが円形であれば一般的なホールケーキの形に、四角ければ四角形のケーキになる
鏡花の能力を使ってその型をハート形にすれば、恐らくそう言った形のケーキを作るのは無理ではない
だがハート形、その形の意味するものが一体どういうものであるかを鏡花は十分以上に理解していた
それはもう半ば告白するようなものだ、今まで面と向かってすらいえていないものを物を使って間接的に伝えているようなものだ
ハードルが高い
もはやくぐっても許されるのではと思えるほどに高いハードルに鏡花は尻込みしていた
「い、いやその・・・さすがにハート形は・・・普通にケーキ作ってあげるのでも十分」
「何を生易しいことを・・・いいかい?この際だからはっきり言っておこう、陽はものっそい鈍感だよ?口で言っても伝わらない可能性があるんだよ?この機を逃す手はないんだよ!」
バレンタイン
何の因果か日本では女の子が好意を寄せる男の子にチョコをあげる日という都合よくも胡散臭く、同時に迷惑な日となっているが鏡花にとってはむしろこれは好都合と言っていいだろう
なにせ告白のしやすい一日でもあるからである
告白するにしても、チョコを渡して本命だというだけでその意味は理解できるだろう
いくら鈍感でバカな陽太でも、バレンタインデーがどういう日かくらいは十分理解している、それは今までチョコを渡してきた明利や雪奈のお墨付きである
「鏡花ちゃん、大事なことだからもう一度言っておくよ、陽はね、ものすごい鈍感でバカなの、さらに言えばそんな鈍感でバカな陽でも知ってるようなイベントって年に数えられるくらいだよ?」
「そ・・・それは・・・そうかもですけど」
幼馴染に酷いいわれ様ではあるが、実際陽太は本当に馬鹿である
時折祝日であるのに学校に行ったりして電話してきたこともあるし、今日は何で休みなんだと聞いてくるようなこともある
祝日の意味はともかく、名前すらも覚えていないほどのバカだ
そんな馬鹿な陽太でも知っているイベントと言えば春夏冬の長期休みとクリスマス、そして正月とバレンタインくらいだろう
それ以外の祝日やイベントなど陽太にとっては日曜日や平日と何の変りもない
そんな馬鹿で世間知らずというか常識しらずの陽太でも知っている青春的な一日、それがバレンタインである
その機を逃す手はない
雪奈のいう事はもっともだ、理に適っている
今まで陽太の気を引いて告白させようと、惚れさせようとしてきた鏡花だが、好意的に想われていることまでは確証が持ててもその先に行けるかと聞かれると首をかしげてしまう
となれば自分から行くしかないのではないかとさえ思えているのだ
できないことはない、おかしいこともない
告白することで陽太に自分を意識させることだってできるのだ
実際それができるかと言われると確証はなく、もしかしたら意識させることはできないかもしれないが、チャレンジするだけの価値はある、雪奈は本気でそう思っていた




