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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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陽太の望むもの、鏡花の望むもの

「あんたって本当によく食べるわね・・・作りすぎたくらいだったのに・・・」


「げふ・・・飯の時間が遅かったからな、腹が減ってたっていうのもある・・・運動もしたしな」


しばらくして、二人は鏡花が作ってきた弁当を完食していた


ほとんど食べたのは陽太だったが、それにしてもすごい食欲であると感心するばかりだった


吸い込まれるようにという表現が最も似合うであろう食べ方に鏡花は驚く半面嬉しかった


作ったものを美味しいと言って食べてくれるというのは、心の底から嬉しく思えるものである


「あー・・・食った食った・・・うまかったぞ、ごっそさん」


「はい、お粗末様・・・食べてすぐ寝ると牛になるわよ」


食べた後伸びをするついでに横になる陽太を嗜めながら鏡花は弁当箱を片付ける


「あぁ・・・ちょっと眠くなってきたかも」


食後と天気がいいのと、気温が高いのが相まって陽太をわずかな眠気が襲う中、鏡花は意を決する


今回、鏡花が陽太に対してやろうと思っていたことである


鏡花は能力を発動して陽太の体を無理やり地面ごと動かしてみせた


「陽太、さっきのボウリングの命令、今してあげるわ」


「うえ・・・今かよ・・・何なり・・・と・・・?」


いやそうな顔をしながら渋々従おうとしたら、陽太の後頭部にやわらかい何かがある


そして自分の視界に鏡花の体があり、後頭部にあるのが鏡花の足であることに気付くのに時間はかからなかった


所謂、膝枕である


以前陽太が、恋人にしてほしいと言っていたことを、鏡花は覚えていたのだ


「このままゆっくりしてなさい、それが命令よ」


「・・・なんだこの好待遇は?なんかいいことでもあったのか?」


「・・・そうね・・・うん、いいことがあったのよ、すごくうれしいこと」


陽太は鏡花が自分に優しくするという事が、何か裏でもあるのではないかと軽口を言って見せたが、鏡花は薄く笑いながら陽太の髪を撫でる


嬉しいこと


鏡花にとってそれは今この時間そのものであることに、陽太は気づいていない


「んじゃお言葉に甘えて・・・眠っちまっても怒るなよ?」


「構わないわよ、そしたら起こしてあげる」


鏡花の言葉を聞いた陽太は、ゆっくりと体から力を抜いていく


すると数分も経たずに陽太は寝息を立て始めた


一月だというのに暖かい太陽の光が辺りを照らし、暖かい気候が鏡花にも眠気を誘うが、鏡花は陽太の寝顔を見ながら笑う


「ねぇ陽太・・・あんた鈍感だから気付いてないでしょ?」


頭を撫でて、陽太が寝ていることを確認すると鏡花は二、三回深呼吸する


どんな形であれ、言葉にしたかった、だから今、なけなしの勇気を振り絞って言うのだ


「陽太、私ね・・・あんたのことが好きよ」


言葉にした瞬間、鏡花は自分の顔が一気に赤くなっていくのを感じていた


陽太が寝ている状態で言っても、これ程に顔が赤くなるのでは起きている状態で言ったらどうなってしまうかわかったものではない


やばいやばいと繰り返しながら鏡花は手団扇で自分の顔の熱を冷まそうと風を送り込む


こんな所を静希や明利に見られたら、きっとへたれだとバカにされるだろう


自分でもわかっているのだ、眠っている相手にこんなことを言っても意味がないと


でも鏡花にとっては、口に出すこと自体がとても困難なのだ


普段気が強くて、口を開けば文句や注意が飛び出す中で、自分の心を素直に好意を向けている相手にさらけ出すという事がどれだけ困難であるか


拒絶されたらどうしよう、どんな顔をされるだろう、今のままの方が良いのではないだろうか


昔の明利のことを笑えないなと鏡花は複雑な表情を作る


好きな人などいなかったあの時は、静希に想いを寄せる明利をもどかしく思ったものだ


だが今はどうだろう、まるで過去の明利が自分に乗り移っているかのように前に踏み出せない


陽太を自分に惚れさせてみせる


そう意気込んですでに数か月、進歩があったかと言われると微妙なところだ


積極的にアピールを重ねているものの、鈍感を絵にかいたような人間である陽太に効果があるかは不明である


だが少しずつ変わっているからこそ、今こうして鏡花は陽太と一緒にいる、そう思いたい


「あーあ・・・何でこんなバカに惚れたんだか・・・」


自分の足を枕に寝息を立てる陽太を見ながら鏡花は微笑む


最初あった時はただのバカで考えなしの同級生としか思えなかったのに、今はこんなにも愛おしい


不思議なものだと、鏡花は自分の変化に小さく感心しながら少し癖のある陽太の髪を撫でる


それに反応したのか、何か夢でも見ているのかにやりと笑う陽太の顔を見て鏡花は微笑む


「ったく、バカ面しちゃって・・・こっちの気も知らないで・・・」


口では文句を言っている鏡花だが、その声音はとても優しく、その表情は笑みを崩さなかった


嬉しい、とてもうれしいことがあった


間違いではない、鏡花は今、とてもうれしい時間を過ごしている


それが眠りについている陽太が理解できるものではないことは鏡花も承知している


それでも、心から湧き上がる嬉しさを抑えられず、笑みを止めることができなかった








「ん・・・ぅあ・・・?」


「・・・あ、起きた?」


陽太が目を覚ましたのは日が傾き、あたりをオレンジに染め始めたころである


一時間以上は寝ていたことで、陽太はわずかに寝ぼけている様だった


陽太の髪を撫でながら本を読んでいた鏡花は陽太が目を覚ましたことで視線を向けた


「・・・あれ?ん・・・?俺結構寝てた?」


「そうね、一時間くらい寝てたかな」


「あー・・・マジか・・・起こしてくれりゃいいのに・・・」


別にいいわよと言いながら鏡花は読んでいた本をカバンの中に入れると、能力を使って陽太の体を起こした


「どう?ゆっくり眠れた?」


「んん・・・!よく眠ったわ・・・寝心地もよかったし」


「そう、なら良かったわ」


軽く肩を回して寝違えていないかを確認する陽太、鏡花の能力により眠っていた地面の部分も細工をし、陽太の体にフィットするように仕込んでいたために寝心地は最高に近かっただろう


そしてしばらくしてから陽太は周囲が赤く染まっていることに気付く


「ってもう夕方じゃん!何で起こしてくれなかったんだよ!」


「なんでって、気持ちよさそうに寝てたし、それにこういうのも悪くないかなって思ったのよ」


せっかくデートと銘打って一緒に来たのに、片方が眠っているのではさぞ退屈だっただろうと陽太は少しだけ申し訳なく思ったのだが、鏡花のその表情からその考えが杞憂であることを悟る


充実というには少し足りないが、嬉しそうなその表情には陽太に対する不満は無いように見えたのだ


「どうだった?私の膝枕、安心して眠れた?」


「え?あ、あぁ・・・うん、すごくいい感じだった」


その言葉に鏡花は良かったと微笑む


陽太にとって、安心して眠れるというのは非常に重要な意味を持つ


それはかつて陽太が言っていた言葉だ


『なんていうかさ、安心して眠れるってすごい重要だと思うんだよ、それだけ相手に全部預けられるってことだしな』


陽太は今日、鏡花の膝に頭を預け、熟睡していた


それは安心しきっていたという事でもあるのだろう、つまり陽太にとって鏡花はすべてを預けるに値する相手である、あるいはそれだけ信頼できる相手であるという事になる


その事実は、鏡花にとってとてもうれしい物だった


「これからどうするよ・・・もう夕方になっちゃったけど」


「そうね・・・悪いけどしばらくこのままでいさせてくれない?」


「なんで?」


「・・・足痺れちゃった」


長時間陽太の頭を乗せていたためか、血流が悪くなったため鏡花の足は猛烈な痺れを訴えていた


今鏡花は痺れに耐えながら何とか姿勢を保とうとするのが限界で、立ち上がったり歩いたりできる状態ではなかった


そんな鏡花を見て陽太はにやりと笑う


鏡花の背後に回ると痺れているであろう足をつつき始めた


「ちょ、ちょっと!バカやめなさいっての!」


「ふはははは!これこそ下剋上と言うものだ!弱点を晒した己を恨むがいい!」


「や!やめ!バカぁ!」


必死に陽太の魔の手から逃れようとしているが、痺れている足をそこまで高速で動かせるはずもなく、鏡花の足はあっさりと陽太に掴まれて刺激されてしまう


神経が集中している足の裏を刺激されることで、その痺れは耐えがたいものとなって鏡花に襲い掛かった


ひとしきり陽太による反逆をその身に受けたことで、鏡花は息を荒くしながらもシートの上に寝そべる


「よし!初めて鏡花に勝った!」


「こ・・・こんなので勝って・・・どうすんのよ・・・バカ・・・」


息も絶え絶えな鏡花と違い、陽太は初めての勝利に満足した様で鏡花のすぐ横に座り込む


笑っている陽太を横になりながら眺め、鏡花は少しずつ息を整えていく


夕焼けで赤く染まる世界の中で、自分の想い人を見上げながら鏡花は口を開く


「・・・陽太・・・私ね・・・あんたといると安心する」


「あ?安心?」


陽太は鏡花が言っている意味を理解できなかったようだ、鏡花はそんな陽太の頬に自分の手を当て、ゆっくりと撫でる


「うん・・・あんたと一緒にいるとすごく安心する、毎日顔合わせて、一緒にいられて、それが当たり前になって・・・それがすごく、安心するの」


鏡花の言葉の意味は分からずとも、その言葉が何か大切なものであるという事は察したのか、陽太は黙って鏡花の顔を覗き見た


その顔は、目を薄く開き、僅かに微笑む、今まで鏡花があまり見せたことのない表情だった


「あのね陽太、これはお願い・・・これからも私と一緒にいてくれる?」


「・・・?あぁ、それくらいなら俺からお願いしたいくらいだ、お前がいてくれると助かるしな」


快活に笑って見せる陽太に、鏡花は目を閉じる


きっと自分の言葉の意味は正しく伝わっていない、だが、今はそれでいい


「今はこれが・・・私があんたに伝えられる精一杯・・・」


「・・・ん?なんか言ったか?」


その言葉は小さすぎて、陽太には聞こえなかったようだが、それでいい、聞こえずとも、今はまだ


「・・・なんでもないわよ・・・バカ陽太」


鏡花は体を起こし、満面の笑みを陽太に向ける


進んだかどうかはわからない、意味があったかどうかはわからない


でも、鏡花がしてあげたいことも、鏡花が伝えたいことも、この日とりあえず完遂した


臆病でプライドの高い女の子、バカで鈍感な男の子


この二人が結ばれるのは、一体いつになるのだろうか


それは彼ら本人でさえ分からない


夕焼けに染まる休日の、そんな一コマ


誤字報告が五件分、評価者人数315人突破で三回分投稿と同時にこれで21話終了です


なんですけどこれはまだ二回分です、なにせ話をまたいでいたんです、申し訳ありません、なのでもう一回だけ投稿するんじゃよ


これからもお楽しみいただければ幸いです

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