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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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終わりと始まり

結局正規の部隊が到着したのはそれから三十分ほど後の事だった


それまでその場に集められた職員たちも特に暴れるという事もなく、ほとんどの人が自分たちが助かったことを安堵している様子だった


そして部隊に職員の保護と調査を依頼するのと同時に、静希達は外壁の補強作業に入った


陽太と石動が引き続き離れた場所に奇形種をおびき寄せ、鏡花が次々と外壁の高さを上げていく、この作業は単調だったためかかなり早く終わらせることができた


問題はその後である


奇形種が跋扈する園内に侵入し、鳥類などが入れられている檻の下へ向かい、それぞれ補強していく作業


補強自体はすぐに終わるのだがそこに移動するまでが骨の折れる作業だった


前衛二人が囮を担い、鏡花たちが動きやすいようにしてくれるのだが、全ての奇形種を押さえられるわけでもない、静希や上村と下北などが協力して退けることもしばしば、全ての作業が終わったのは夕暮れどころか、完全に日が落ちたころだった


「終わったか・・・とりあえずお疲れさまと言っておこう」


疲れ果てている静希達を見て城島がねぎらいの言葉をかけてくれるのだが、実習の最終日にこれほどまでの重労働があるとは思っていなかったため、全員がかなり疲れていた


この後家まで帰るのが億劫になるほどである


「先生、職員の人たちは?」


「・・・そのことは後日話す、今は帰り支度でもしておけ、挨拶をしたら帰るぞ」


休む暇など与えないという事か、城島は能力を使って静希達をそれぞれ部屋まで運び、帰り支度をさせた


静希達は城島の大人の挨拶を聞いていられる余裕もなく、疲れた体を引きずってなんとか家まで帰宅することができた


明利を家に送った後、静希も帰宅し扉を開け、ゆっくりと家の中に入っていく


「お疲れ様ですマスター・・・夕食はどういたしましょう?」


「あ・・・適当になんか頼んでおいてくれ・・・」


いつものように人外たちが家に帰ったとたんに飛び出してくる中、静希は着替えるよりも早くソファに体をうずめる


疲れた


これほどまでに疲れた実習もなかっただろう


行動範囲が広いというのもそうだが、やることなすこと全て精神的にも肉体的にもつかれることばかり、今までの実習の中で一番疲れたかもしれない


「今回は随分と忙しかったものね、特に終盤が、あ、これなんておいしそうじゃない?」


「それは高くはないか?とりあえずみな無事で何よりだというべきだろう」


「邪薙の言う通りです、皆様無事で何よりでした・・・ではこれにしましょうか」


何やら人外たちで出前を何にするか悩んでいたようだが、すぐにオルビアが店に電話をかけ始める


注文をするとあと三十分ほどで来るとのことだった


「邪薙もお疲れ様、今回は気張ってて大変だったろ」


「ふむ・・・だがいつもの破天荒さに比べれば今回はましだったぞ、職員も誰も暴挙に出ることはなかったからな」


途中から静希から離れ明利達を守護していた邪薙はそれほど消耗もしていないようだった


元より守り神、多くのものを守るという行動には慣れているのだろう、そこは経験の違いとしか言いようがなかった


「オルビアもいい仕事してくれたし、今度なんか甘い物でも買ってやるよ」


「いえ私などは・・・大したことはしていません」


「何よシズキ!私には何もないわけ?」


「お前今回トランプの中で傍観してただけだろ、まぁ俺がそうさせたっていうのもあるけどさ」


もし万が一メフィがトランプの外に出ていたら、それこそ大惨事になっていただろう


奇形種たちは自らの危険を感じ取り、動物園の中から一斉に逃げ出していたかもしれない


何もしなかったというよりは、静希が意図的に何もさせなかったという方が正しい


「まぁとにかくお疲れ様、ちなみに出前ってなに頼んだんだ?」


「ん?かつ丼と豚の角煮よ、疲れたでしょうからガッツリお肉食べなきゃ」


これだけ疲労している中、揚げ物にこってりした肉を食べられるかどうか怪しいところではあるが、確かに疲労している状態だったら肉を食べたほうがいいのではと思える


というか日本の料理をメフィやオルビアがほとんど網羅しているというのも感慨深いものがある


四月、あるいは五月から一緒に住み始めたというのに、ずいぶん日本に慣れ親しんだものだと思えてしまうのだ


「明日からまた学校あるんだもんなぁ・・・あー・・・レポートに後片付け・・・それに武器の補充・・・やること山積みだよ・・・」


「・・・お疲れ様です・・・今日だけはどうかご自愛ください」


今回の実習で武装のほとんどを消費してしまったために、これからまた入れなおさなくてはならない、気体は水素と酸素、武器は釘にナイフに銃弾、持っていった分はほとんど使い切ってしまったのだ


長期戦を想定していなかったとはいえ、これほどまで消費が激しいとは思っていなかった


ただの長期戦であれば戦いようもあったが、今回は個体数も多く対応にやたらと武装が必要だったというのも原因の一つだ


今後は生活用品や貴重品を押しのけてでも武装を増やすべきだなと深く反省しながら、静希は出前が来るのを待つことにした


数十分後、やってきた出前と一緒にその匂いを嗅ぎつけた雪奈の相手もしなくてはならなくなり、辟易することになる


翌日、静希は体内に入った雑菌のせいで微妙に体調を崩し、明利の付きっきりの看護により何とか健康体になれたのは別の話である







後日、静希達は城島に、石動は担当の教師にそれぞれ呼び出され事後の経過報告を聞いていた


かなりの疲労が静希達を蝕み、未だなお倦怠感として体を重くしているがそんなことは知らんと言わんばかりに城島は資料を片手に静希達に向き合っていた


「結果から報告しよう、お前たちの作業中に書類を偽って侵入したと思われる工作員を拘束することに成功した」


その言葉に静希と鏡花は眉をひそめた


つまりは静希の予想が当たっていたことになるが、今は安堵の方が大きい


なにせ爆弾を運んでいながらそれをしっかり処分することができたという事でもあるのだから


静希は実習の成功的な意味で、鏡花は自分たちが無事でという意味で、両者同時に安堵の息を吐いた


「えっと、研修員に紛れ込んでたってことですか?」


「そうだ、まだ詳しい取り調べは済んでいないが能力者の可能性もある、そいつの所有物と連絡先などからそれらしいものを見つけることができた、特に例の成分を含んだ薬物ともう一つ似たようなものが見つかったらしい」


明利が見つけたすべての動物に見られた成分、恐らくは静希達の指示で餌を買い替えたあたりですでに動物達への仕込みを終わらせたのだろう


方法は飲み水を供給しているタンクへの薬物の大量の混入、事後の調べで高い濃度で明利が発見した成分が検出されたとのことだった、現在その成分がどのような効果を持っているのか調査中らしい


そして三日以降に奇形化した動物たちの体内にはまた別種の成分が見つかったという、これも先に述べた成分と同じく解析中だそうだ


常に後手に回っていた現場ではあったが、もう少し早くその危険性に気付くことができればすべての動物が奇形化するなどという事は防げたのではないかと思えてならない


「・・・ちなみに、あの動物園はどうなるんですか?」


「・・・残念ながら当分営業停止だ、営業しようにも見せるべき動物がいないんだ・・・仕方ないだろう」


防げたかもしれないだけに、そのあたり悔やまれるが、あまり気にしても仕方がない


問題は何が目的で今回のことを行ったかだ


「マスコミとかの対応はどういう風にしたんですか?」


「そこは委員会との話になるが・・・とりあえず大事にしないように努めるらしい、動物園側としても営業再開に向けて行動しているらしいからな、余計な騒ぎはごめんなんだろう」


動物がほとんど奇形化してなお営業再開を願うというのは、凄まじい根性と言わざるを得ない、なんでもほかの動物園などから動物を引越しさせたり、赤ちゃんが生まれたら積極的に引き取ったりと、全国的に行動を始めているらしい


募金活動などもするそうであまりマイナスイメージを作る形にはしたくないのだろう、だからこそマスコミの異常な介入は好むところではないのだ


「先生、その犯人の目的とかはわかってるんですか?」


「・・・それに関してだが・・・捕縛した奴はただ雇われただけでな、それとまだニュースにはなってないが・・・一応伝えておこう、世界にある何カ所かの動物園でも、今回と同様の事件が起こっている、これが今回の件と関係があるのかについても調査中だ」


城島の言葉に静希と鏡花は目を見開いた


そんな言葉を以前にも聞いたことがある、それは静希達が樹海に行った後、平坂が攫われそうになった時のことだったと記憶している


自分たちが関わったことが、同時に世界的に起こっている、二回目となるこの事態に静希と鏡花は一瞬だけ視線を合わせた


「先生、今回の奇形騒ぎって、以前の奇形研究者の誘拐となんかかかわりがあると思っていいんですか?」


「・・・可能性がないとは言い切れんな、だが以前も言ったようにただのこじつけに思えるのも確かだ、断言はできん」


城島としても以前の事と今回のことが繋がっているのではと思っている節がある、だが状況証拠にもなっていないようなものばかりでその先にあるものが見えないのだ


一体誰がこんなことをしているのか、何が目的なのかも全く分かっていない


「あの先生・・・動物達から見つかったあの成分なんですけど」


「あぁ、それに関しては研究機関などで解析を始めている、すぐには無理だろうが、いずれどのような効果があるものかはわかるだろう」


明利の言葉に城島は淡々と答えると、資料をファイルに入れて小さくため息をつく


「今回の報告は以上だ、お前達の方から何か質問はあるか?」


静希達を見渡してとりあえず質問がないようなので城島は話を切り上げる


不完全燃焼という感じではあるが、静希達も不承不承ながら職員室から出ることにした


「なんかスッキリしないな・・・振り回されただけって感じだ」


「そうだね・・・結局何が目的だったのかもわからなかったし・・・」


「かなり派手に暴れたからなぁ・・・ニュースとかにもなりそうだな」


「なるでしょうね・・・動物園が一つ潰れるようなものよ」


いくら委員会側が情報規制をするとは言っても、人の口に戸は立てられない、動物園が急に営業停止という事になればそれなりに騒ぎにはなるだろう


その中で自分たちがどのような立ち位置になるのかは微妙なところだが、学校側が上手く手を回すことを期待したいところである


「とりあえず、レポートになんて書けばいいんだか・・・俺ら何やったかもう覚えてねえよ」


「今回は臨機応変な動きが多かったからなぁ・・・まとめたメモがあるけど・・・苦労しそうだ」


「マジかよ、そのメモ見せてくれ」


男子二人が提出するレポートについて話し合っている中、女子二人は少し後ろからその様子を眺めていた


「鏡花ちゃん、頑張ってね」


「う・・・うん・・・わかってるわ」


明利の後押しに、鏡花は意気込みながら陽太に追いつこうと駆けだした


「陽太、レポートの手伝いくらいならしてあげましょうか?」


「ほぁ!?ど、どうした鏡花!?普段はそんなこと言わないのに!」


普段ならレポートは自分の力でやらなきゃ意味がないと言って絶対に手伝わない鏡花が、手伝いを申し出たことで陽太は尋常ではないほどに驚いていた


鏡花のスパルタっぷりを知っているからこその反応であることはわかるのだが、少々驚きすぎではないかと思えてしまう


そして鏡花のその言葉と表情に静希ははっとなってその行動の意図を察した


「あーそうか、鏡花が手伝ってくれるなら俺のメモはいらないな、明利、俺らは俺らでとっとと終わらせようぜ」


「うん、今日静希君ちに行くね」


「は!?おい静希!明利!待ってくれ!俺を見捨てないでくれ!」


「手伝ってあげるって言ってあげてんのにその反応はどうなのよ」


どうやら陽太は鏡花の手助けの内容がスパルタな指導付なものであるという風に誤解しているらしい、実際指導するときはそれなりに厳しくするつもりではあるが、鏡花が今回陽太に手伝いを申し出たのは別の目的がある


実習が始まる前に話に出ていた陽太とのデートの話である


実習が終わってからという話だったが、具体的な事を未だ決めていなかった、ようやく実習が終わり、訓練以外で二人きりになれる機会を作るために鏡花はそのように進言したのだ


そして静希も明利もそのことに勘付き、気を遣って離脱してくれた


ここまでしてもらったのだ、しっかりとできることはしたい


「だってよぉ・・・鏡花絶対スパルタじゃんか・・・」


「偏見もいいところね、今回は普通にやるわよ、それに決めておきたいことだってあるから、なるべく早く終わらせるわ」


「決めるって何を?」


鏡花の言葉に陽太は首をかしげる


一体何のことを言っているのかわからない様子だった、恐らく陽太の頭の中に鏡花とのデートと言う単語は全く存在しない状態だろう


鏡花はわずかに頭を抱えながら眉をひそめる


「それは・・・あれよ・・・あんたと私の、その・・・で・・・デートの事・・・」


「デート?・・・デート・・・デート・・・」


何度かデートという言葉をつぶやいて脳内検索をすると、やがて実習前に言っていた内容の事柄を思い出したのか、陽太はあぁそう言えばと手を叩く


本気で忘れていたのかこのバカはと思った後すぐに今さらだなと思い直し鏡花は、小さくため息をつく


「あんたが誘っておいて忘れるってどうなのよ」


「いやぁ悪い悪い、実習忙しかったから頭から抜けてた・・・で?どこ行く?」


「今決めることもないでしょ、私んちでレポート仕上げながら決めるわよ」


うへぇやっぱやるのかよと項垂れながら陽太は鏡花に引きずられていく


そしてその様子を静希と明利は物陰から眺めていた


「デートうまくいくかな?」


「どうだろうな、鏡花のリード次第だろうな・・・女にリードされる男ってのも情けないもんだけど・・・」


静希の意見は一般的な男性から見れば同意できるかもしれないが、陽太と鏡花の上下関係は完全に決まってしまっている


互いに意見を出し合うという意味では問題ないかもしれないが、どちらが話の展開を持って行くかという話になると完全に鏡花の手腕に託されることになる


陽太はバカだけではなくデリカシーもない、基本任せていたら静希やらと遊ぶのと同じようなプランを立てかねないのだ、ここは鏡花が真面目なデートプランを思いついてくれることに期待するばかりである


「陽太君はあれだからなぁ・・・鏡花ちゃんも結構普通に接してるけど・・・」


「鏡花は肝心なところでへたれだからなぁ・・・可能ならデートの尾行でもしたいところだけど・・・」


以前の城島の案件から、デート中には尾行をするのが静希達の中で半ば当然のようなことになっているが、そこは明利が首を横に振った


「だめだよ、せっかくなんだから二人きりにしてあげなきゃ・・・陽太君変なところで勘が鋭いからばれちゃうよ」


「あー・・・確かにな・・・でも鏡花だってそこまでデートの経験あるってわけでもないだろ?あの反応見る限り」


何度か陽太とともに出かけることはあっても、デートと明言されたものは恐らくほとんどないだろう


以前デートに誘うと言って成功していたようだが、陽太がそれをデートと認識していたかどうかは別である


だが今回は陽太自身もデートであると完全に自覚している、そうなると二人がどのように動くかは全くの未知数である


「ん・・・もし困ったら私がアドバイスとかするよ、この辺りで静かなところとか、あとは遊べるところとか」


「そうだな・・・まぁどっかの誰かに頼むよりは絶対ましなアドバイスができるだろうしな」


どっかの誰かとはもちろん静希のもう一人の恋人であり残念姉貴分雪奈のことだ


明利にしたアドバイスから、極端すぎる内容を告げることは半ばわかりきっていることである


それに比べれば明利はまだ具体的でしっかりとしたプランを立て、それに対してアドバイスもできるだろう、陽太の性格も把握しているし鏡花からかなり相談を受けているため、鏡花の力になれるだろう







「というわけで・・・何かいい案ない?」


「早いね鏡花ちゃん・・・まさか次の日に相談されるとは・・・」


陽太と実習のレポートをやるという名目で二人きりになり、それなりに話し合ったものの、まだこちらで暮らし始めて一年も経過していない鏡花だ、土地勘もあまりなく、この辺りになにがあるのかというのを正確に把握していない


特に遊びのこととなると静希達と一緒に行ったところくらいしか知らないのである


「でも前にやること決まったって言ってなかったっけ?」


「一つは決まってるんだけどね・・・さすがにそれだけってわけにはいかないでしょ?」


どうやら鏡花の中ではすでに確定している案があるようだが、どうにもその前後の流れが上手く決まらないらしい


あまりこういう事は考えたことがなかったようで、どのように行先や内容を決めるかで苦労している様だった


「陽太君はなんて言ってたの?」


「あいつはかなり適当よ、その辺ぶらぶらして適当に遊ぶとかなんとか、ゲーセンとかボウリングとかカラオケとか・・・とにかく遊ぶことメインって感じね」


陽太君らしいなぁと明利はつぶやきながら紅茶を傾ける


明利と鏡花は例によっていつもの喫茶店にやってきていた


今日は静希はおらず、明利と鏡花の二人きりである、静希は陽太と一緒になって訓練をしているのだ


「ん・・・まずは陽太君に楽しんでもらうのが一番だけど、鏡花ちゃんも楽しまなきゃ、片一方が楽しむだけじゃだめだもんね」


「わかってるんだけど・・・どうしたらいいのか・・・」


陽太が楽しむことと言えばそれこそ体を動かすスポーツ系のゲームか球技などである


それこそここら一帯は学生街であるためそう言ったレジャー施設はいくつかあるため選ぶのに苦労はしないだろうが、それだとデートと言うよりただ友人と遊びに行くだけな気がしたのだ


「なんかさ、デートっていうと妙に考えが偏るっていうか・・・普通に遊ぶだけじゃダメなんじゃないかって気がするのよね・・・」


デートなのだから何か特別なことを


鏡花はそう考えているのだが、明利は違うようだった


「別にデートだからって特別なことをする必要はないと思うけど・・・一緒にいられて、一緒に遊べて、一緒に楽しめればそれで十分じゃないかな?」


「・・・そういうもんかしら」


一緒にいて遊び楽しむ、何気なく言葉にするがそれが案外難しいものである

趣味が違えば嗜好も違う、考えも性格もほとんど真逆と言っていい二人だ、同時に楽しむというのは少々難易度が高いように思える


「ちなみに鏡花ちゃんが決めてるプランは何をするつもりなの?」


「ん?そんな大したことじゃないわよ」


鏡花はとりあえず自分の考えを明利に告げると、明利は一瞬ぽかんとした顔だったがなるほどと呟きながら微笑む


「うん、悪くないと思うよ、特に陽太君には、むしろぴったりだと思う」


「そ、そうかしら・・・そうだといいけど」


鏡花の考えは決して悪くない、そして明利の頭の中ではすでにデートプランがいくつか練られていた


「それだったら・・・いくつか候補があるからメモしたほうがいいかも」


「ちょっと待って、用意する・・・ていうか明利がこれほど頼もしく見えたのは初めてよ」


そう?と聞き返しながら明利は胸を張る


鏡花の言葉通り、この小さな同級生がこれほどまで頼もしく見えたことはない


恋愛がらみのことに対しての相談に乗ってもらっていたが、実際に恋人がいる相手の意見というのは非常にありがたいのだ


特に今までそういう経験が少なかった鏡花にとっては


「ところで明利ってさ、静希とのデートでどういうことしてるの?」


「どういうって・・・普通に学生としての・・・」


「説得力ないわねそのセリフは」


明利の言葉に即座に突っ込みを入れる鏡花、すでに肉体関係にありながら普通の学生らしいデートをしているとは思えない、いや実際はするのだろうが、普通というのとは少し違う気がしたのだ


そしてどうやらそれは図星だったらしい


「えっと・・・私の場合は映画を見たり植物園に行ったり・・・あとはDVDとか借りて静希君の家で一緒に見たり・・・ただのんびりしてたり・・・それくらいかな・・・」


前半は明利らしいのだが、後半はもう恋人を飛び越えて熟年の夫婦のような過ごし方である、長年一緒にいるだけあってそこら辺は鏡花とはずいぶんと違う点があるようだ


だがここで鏡花は気づく、明利の恋人である静希は雪奈とも付き合っていることを


「あぁなるほど、雪奈さんとも一緒にいられるプランが多いってことね」


「うん、三人一緒の方が楽しいし、安心できるし」


一見すれば三角関係なのにもかかわらずこの安定感


やはり重ねてきた年月というのは恐ろしいものであると思いながら鏡花は明利の告げるプランを次々メモしていく


陽太も自分も楽しむ


簡単なようで難しい内容ではあるが、ここまで協力してもらっておきながら失敗はできない


よしと意気込みながら鏡花はデートのプランを細かく決めはじめた









そして数日後、鏡花と陽太のデート当日、午前十時半


天候にも恵まれ、一月ももうすぐ終わるという時分でありながら気温が高い、一月とは思えないほどの暖かさである


「悪い、待ったか?」


待ち合わせ場所にやってきた陽太を、当然のように先に待っていた鏡花は笑顔を作りながら迎えた


「ううん、今来たところよ」


「おぉ、デートっぽいセリフ、でもそれウソだろ」


「当たり、待ったのは十分くらいよ・・・言ってみたかったんだからいいじゃない」


鏡花は悪戯っぽく笑って見せる、鏡花は鏡花で気持ちに折り合いをつけているのか、今回のデートを純粋に楽しむつもりのようだった


実際は三十分ほど待ったが、鏡花は大幅にうその申告をする、さすがにそこまでは陽太の謎の直感力でも把握できなかったのか、悪かったなと苦笑している


実際は遅刻したわけではない、陽太にしては珍しく集合予定時間の五分前にやってくるという誠実さを見せている


単に運が良かったというわけではなく、静希が気を回したのだ


明利から鏡花のデートプランを聞いていたために、嫌がらせと称したモーニングコールをかけたのである


尾行できないのは残念だがせっかくだから協力してやるかという気持ちだったが、このとき陽太も鏡花も知る由もない


「で?今日は結局どうするんだ?ていうかその荷物なんだ?」


今日の内容を全く聞いていない陽太は鏡花を見てその荷物に気付く


大きめのバスケットのようだが中身は不明である、鏡花は再び悪戯っぽく笑みを浮かべながらまだ秘密よと言って陽太を連れて歩き始める


「まずは軽く遊びましょ、この時間なら店も開いてるだろうし」


「おぉ、どこ行く?軽くひねってやるぜ」


すでに競うことが前提となっている言い草だったが、そこは鏡花も予想済み


男女間での実力の差が出ないような内容が好ましく、なおかつ陽太も鏡花も楽しめるものというと、案外限られる


明利が提案したのはゲームセンターかボウリング、鏡花に対して陽太が提案した内容に含まれ、同時に体を動かす内容の多い部分だった


鏡花はまずボウリングに行くことにした、午前中はここで過ごす算段のようで三ゲーム程行うようだった


「おうおう、前衛相手にボウリング挑むとは、ずいぶん挑発的だなぁ鏡花姐さん」


「ふふん、こういうのは筋力で競うものじゃないってことを教えてあげるわ」


ボウリングは確かに筋力が必要なゲームである、腕だけではなく手首の強さと体幹の良さが求められ、重いボールをいかに操るかが命運を分ける


「最初の二ゲームは練習とお遊び、三ゲーム目で勝負ってのはどうかしら?」


「いいね、罰ゲームでもやるか?」


「いいわね、じゃあ勝ったほうが負けたほうに一つ命令できるってのはどう?」


上等だと言いながら陽太は比較的重いボールをいくつかチョイスする、対して鏡花は比較的軽め、あるいは中くらいの重さのボールだ


重いボールは、ただ速くまっすぐ投げるだけでも十分に高スコアを叩き出せる点で陽太が有利であるように思える


実際、軽いボールでやるよりも重いボールの方がピンが倒れやすい


練習とお遊びで行った二ゲームは当然というか、鏡花自身遊びと言っているだけあって両者ともにそこまで高いスコアは出していなかった


途中でカーブの練習をしてみたり、利き手ではない手で投げてみたりと本気でスコアを狙わない投げ方である


だが三ゲーム目は、まるで戦闘時であるかのような集中を発揮していた


特に鏡花の集中力はかなり高かった


陽太はただまっすぐ、力いっぱいピンのど真ん中へ叩き込むだけ


それに対して鏡花はカーブなどを駆使して的確にピンを倒していく


結果から言えば、ゲームを制したのは鏡花だった


陽太のボールは重く、そしてその筋力から放たれる速度はかなりのものだったが、まっすぐにしか投げられない陽太ではやはりというか、時折端のピンが残ることがあったのだ


精密な狙いなど付けられない陽太は、ストライクはそれなりに出るものの、それが連続することはあまりなく、スコアも伸び悩んだ


それに対し鏡花はストライクの数こそ陽太より劣るものの、最低でも必ずスペアをとるようなゲームメイクをしギリギリで陽太に勝利した


「マジか・・・!マジか・・・!ちくしょう!あそこでストライク取れてればあぁ!」


「ふふん、負け犬の遠吠えが気持ちいいわ、これで絶対命令権を有したわけだけど、どうしようかしら」


鏡花は嬉しそうに笑いながら敗者である陽太を見下ろす


「くそう・・・煮るなり焼くなり好きにしやがれ」


「そうねそうさせてもらうわ、でも今じゃない、今日中に命令はしてあげるから安心しなさい」


鏡花は嬉しそうにしながら、二人で料金を払いスコア表を受け取って店を出た


「この後どうする?もう飯にするか?」

「ん・・・もうちょっと遊びましょ、今だとちょっと早いし」


時刻はもうすぐ正午になろうとしているところ、運動をしていたとはいえ昼食にはやや早いかもわからない


そこで鏡花と陽太はゲームセンターでもう少し遊ぶことにした


クレーンゲームや音ゲー、レースやガンシューティングなど対戦や協力プレイをしつつ二人はデートの時間を楽しんでいた






一通りゲームを楽しんだ後、店を出たのは十三時半ほどになってからだった

さすがにもう昼をだいぶ過ぎたという事もあって陽太も鏡花も空腹を覚えていた


「鏡花、どっかで飯食おうぜ、腹減ったよ」


「はいはい、それじゃ行きましょうか」


そう言って鏡花が陽太を連れてきたのはこの辺りで比較的大きな広場だった


地面には芝生が植えられており、他にも何グループかの家族連れがシートなどを敷いて休んでいたり遊んでいるのが見える


「ん?あ、ひょっとしてその荷物」


「そ、デートって言ったら手作り弁当でしょ?」


荷物の中からレジャーシートを敷いて持ってきた弁当を取り出す


その中には色とりどりの陽太の好みのおかずが並んでいる、ふたを開けた瞬間陽太はおぉ!とテンションをあげた


見ただけでわかるほどにそこには陽太の好物が詰まっていたのだ、無理もないだろう


毎日のように弁当を作り陽太の好みを把握した鏡花に死角は無かった、あらかじめリサーチし、好みのおかずの種類から味付けまでほとんど網羅しているのだ


二人で頂きますと声を出してすぐに陽太は弁当に食らいついた、本当に味わっているのかも定かではないほどの勢いのため鏡花としては苦笑するしかなかったが、陽太の表情が笑みに包まれているのを見て内心ガッツポーズする


「弁当は逃げないんだから、もっと味わってゆっくり食べなさいよね」


「んん・・・いいじゃんか美味いもんはがっつきたくなるもんだろ」


嗜めながらも顔がにやけるのを抑えられず、まったくもうと言いながら鏡花も作ってきた弁当に箸を伸ばす


味を確認して二度うなずく、うまくできている、日々研鑽した甲斐があったと言うものである


「そう言えばあんたって私が作るまでは買い弁だったわよね、あの量で足りてたの?」


「んぐ・・・ぶっちゃけ足りないけど、まぁ毎日そこまでハードな運動するわけじゃねえし、腹が膨れればいいって感じだったな、でもお前が作ってくれるようになってからかなり調子いいぞ」


調子がいい


恐らくは明利監修の下、栄養に関しての指導を受けた結果であると思われる


弁当一つにしてもただ腹が膨れるだけではなく、そこに確かな栄養素が含まれていなければよい弁当とは言えない


例えばいくら好きだからと言って肉だけ入れたり、野菜だけだったりではだめなのだ


メニューを考え、栄養素を満たし、食材を選び、量を決め、見た目に気を配る


弁当一つ作るだけでクリアするべき工程がかなりあるのだ


それを毎日こなすことで鏡花の料理に関するスキルは格段に上達していた


元よりもの覚えはよく、料理も問題なくこなしていた鏡花ではあるが、ある種目覚めたとでもいえばいいのか、弁当に関していえば彼女の料理の腕前は今や明利と同等に近い実力を持っているかもしれない


「ひょっとしていつもの弁当の量じゃ足りない?」


「いいや?あれは腹八分目いくかいかないかだな、今日のは腹九分目位いきそう」


今回弁当を作ったのは、明利からの助言があったというのが大きい、そしてその時に一つ注意点を付けられたのだ


普段より少し多めに作ること


自分も食べることを考えれば量を多くするのは当然だが、明利は純粋に陽太の分を増やすように言ってきた


おかげで普段の倍以上の量を作ることになったが、さすがに作りすぎたのではないかと思える


残るかもと思っていた量の弁当だが、それでも次々と陽太の腹の中へ納まっていく


明利の助言は正しかったのかもしれないと思いながら鏡花は再び箸を進める


「そういやさ、何で俺らデートすることになったんだっけ?」


陽太の言葉に鏡花は記憶を探りながら当時のことを思い出す、そして小さくため息をついた


「何でって・・・あんたが誘ってきたんじゃないの、理由は忘れたけど」


「そうだっけか・・・何で誘ったんだっけか・・・?」


鏡花が記憶している理由、と言っても静希から聞いた話だったはずだが、陽太が鏡花の変化に気づき、なぜそのような変化が起こったのか知りたいと思ったからデートに誘ったという内容だったはずである


その子のことを知りたいからデートに誘う


間違ってはいないのだが、陽太が知りたい内容を考えれば微妙に解決法を間違えているような気がする


静希のアドバイスをまともに受け取り、考えることを放棄した陽太では恐らくこれが限界だったのだろう


「もうちょっと考えて行動しなさいよね、ていうか女の子をデートに誘うのに理由が必要なわけ?」


「ん・・・確かに、静希とかは普段からデート状態みたいなもんだもんな」


「・・・あいつを比較対象にするのはちょっと・・・」


静希達はかなり変わった恋愛をしているため、比較対象としては少々間違っているような気がするのだ


二人同時に付き合いながらも長続きしている現状を考えると間違っているとは言えないだろうが、それでも正しいかと聞かれると鏡花も首をかしげる


月曜日で二回、誤字報告15件分で三回、評価者人数が310突破で一回


合計六回分投稿です


初めて?久しぶり?の六回分投稿、いやはや恐ろしいです


これからもお楽しみいただければ幸いです

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