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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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園外への一時退避

「そういえば、事務所とかの方にいた職員の方々の確認はすべて済んでるんですか?」


「問題ない、すでに軍関係者に監視を命じてある、あちらに犯人がいないとも限らないからな」


静希達は研修を行っている人間の中にいることを想定していたが、動物たちの餌を調達しその餌に細工をできた人間は何も研修を行っている五十人だけではない、研修中他の業務や事務を行っていた人間も十分可能性がある


職員全員に細工をできる可能性があるのだから、確保するのは当然のことだろう


「にしても、軍そのものを動かせないからって非番の人間を引っ張ってくるなんて、すごいことしますね」


「ふふふ、彼らは今善意で、偶々この動物園にきているだけだ、軍事的な意図があってきているわけでない以上、面倒な書類手続きなどもないからな」


公的に軍を動かそうとすれば、当然のように書類や手続きで無駄な時間をかけることになってしまうが、非番の人間を自主的に動かすという事であればその必要はない


なにせただ散歩をしたり、買い物ついでに寄ったりと、その理由は様々であり、非番である以上彼らは今一般人と変わりはない


いくら委員会と言えど彼らのプライベートまで干渉することができないのを逆手にとった策と言えるだろう


もっとも、彼らからすれば貴重な休日を潰されたことに等しいため、少々同情の気持ちがないわけではない


正規の部隊が到着するまでの時間稼ぎとはいえ、貴重な休日の内の数時間を使わせてしまうというのは非常に心苦しかった


以前は知り合いの部隊の訓練の場所をエルフの村の近くにすることで呼びよせ、今回は非番の人間を引き寄せることで一時的ではあるものの対応をさせる


こういう柔軟な発想と対応ができるのは城島の強みだ、しかも考え付くだけではなくそれを実行できるだけの人脈が彼女にはある


恐らくは何人にも連絡を付けたのだろう、今回のことはそれだけのことをする事態と言える


実際この動物園から奇形種が逃げ出したらそれこそパニックになる、山などであれば奇形種がいても不思議はないが、この辺りには住宅街もあるし駅もある、人の往来が激しい場所で奇形種を逃がすことがどれだけの混乱を生むのか城島だけではなく委員会の方も理解しているのだ


「私はこの後一時的に離脱して離れた場所から連れられてくる職員を監視する、お前は清水達に事情を説明したうえで監視、その後壁や檻の補強にかかれ、いいな?」


「了解です、このままうまくいけば、被害は抑えられそうですね・・・」


「まだ終わったわけではない、気を抜くなよ?」


城島の忠告に、静希が了解ですと答えると、体を包んでいた浮遊感が解け、静希の体はゆっくりと地上へと降下していく、対して城島は一度横への移動を終えてから移動を開始した、どうやら彼女は建物の上で待機するようだった


周囲をよく見るためには高さが必要だろう、万が一の保険としての役割を考えれば当然の判断だ


地上に着地して約一分後、静希達の待つ園外の一角に鏡花たちを乗せた足場がゆっくりとやってくる


周囲の人間は警戒を密にし、階段を作り出して一人ずつ確実に職員を下ろしていくと、彼ら全員を私服の軍人たちが取り囲んだ


「つ・・・着いたぁ・・・!」


「お疲れ様鏡花ちゃん、樹蔵君達は後方に注意を向けてて、もし奇形種が近づいてきたら対応をお願い」


明利の指示に樹蔵たちは了承の意を示し、再び警戒状態に入る


目的を達成したときが一番油断しやすいという事を明利はしっかりわかっている様だった


そして鏡花と明利は職員を取り囲んでいる私服姿の何者かを見た時眉をひそめた


「え・・・?なにこれ?」


「・・・あー・・・そういう事か・・・」


明利は何が起こっているのかわからなかったようだが、鏡花はその物々しさから今の状況を大まかにではあるが把握した様だった


とりあえず職員たちが下りてくるのを確認してから静希は明利と鏡花の元に駆け寄る


「二人ともお疲れ、ずいぶん消耗してるな・・・」


「私はそうでもないけど・・・鏡花ちゃんは・・・」


「途中で面倒な指示を受けたからね・・・さすがに能力の使いっぱなしはきついわ」


ちょっと休ませてと言って鏡花は壁に背を預けてゆっくりと息をつき始める、その動作だけで鏡花がどれだけ消耗しているかが理解できた


周りの建物などを傷つけないように変換を続け、なおかつ移動し続けるという工程を数十分にわたり休憩なしで続けたのだ、彼女の疲労はかなりたまっている、休憩をとりながら戦っていた静希達とは違い、その疲労度は大きい


「休憩しながらで良いから聞け、お前らが運んだ職員を含めた人間に今回の奇形事件を仕込んだ人間がいるかもしれない、あっちで囲んでいる私服の人たちは先生たちが手配してくれた軍の人間だ、あの人たちを逃がさないようにな」


「あ・・・そういう事だったんだ」


明利もようやく今の状況を把握したのか、城島の指示の意図がようやく理解できたようで納得がいったという表情をしている


一方鏡花は汗を拭いながらそんなことだろうと思ったわと呟いている


あの状況を見ただけで気づいたという事は、恐らくいくつかの予想のうちの一つだったのだろう、さすがに城島の指示だけでそのことに気付くまでは至らなかったようだが、それでも賞賛に値する回転の速さである


「職員を確保して・・・あとは事情聴取なりなんなりするわけね、あの人たちは正規の部隊が来るまでの代理ってところかしら?」


「さすが鏡花、そういう事だ、ほいお茶」


軍の部隊でありながら軍服や装備を持っていないところから、彼らが何らかの事情により召集された人間であることを把握した鏡花は、大きくため息をつく


彼らを用意するための時間稼ぎをしたのだと考えれば、自分が疲労したことにも意味があったなと思いながら荒く息をつきながら静希が渡したペットボトルのお茶を一気に口に含む


一月で気温が低いと言っても高い集中を維持し続けたせいで鏡花は随分汗をかいている、脱水症状とまではいかないだろうが、水分補給が必要なのは明らかだった


「ていうか陽太達は?あんただけ先に離脱したわけ?」


「あぁ、防衛線を築いて今は防衛中、徐々にこっちに向かってると思うぞ、職員の安全が確保できたら一度合図しなきゃな」


そこまで言って鏡花と明利はようやく静希の姿を把握できた


その腕や腹、そして背中にはわずかに血が滲んでいる箇所がある、恐らく負傷したのだろうことが窺える


すでに傷はふさがっているだろうがそれなりに静希達も苦労したことが理解できた


「で?このあと私はどうすればいいの?」


「職員の安全と確保が完了したら、外壁と檻の補強をしたい、その時の護衛は俺たちがやる・・・まぁ正規部隊が到着した後の事だろうから、それまでは休んでおけ、ただ警戒だけはしておけよ」


静希の指示に鏡花はわかったわよと言いながら体の力を抜いていく、ずいぶん疲れたのだろう、目をつむってゆっくり深呼吸しながら体を休めている様だった


「あの静希君、これ」


そう言って明利が取り出したのは邪薙の入ったトランプと静希が渡した拳銃だった


どうやら使うことはなかったようで弾丸は減っていなかった


「いや、それはまだ持っておけ、全部終わったら返してもらうよ」


「そう?・・・わかったまだ持っておくよ」


そう言って懐にトランプと拳銃をしまった明利は静希の衣服に付いた血を見て僅かに目を細める


そして静希の手を取ってその体に同調をかけ始めた


「・・・やっぱり怪我したんだね」


「わかるか」


「わかるよ、体内に雑菌とかがいくつか入っちゃってるから・・・あとでちゃんと治療しないと」


「全部終わってからな、まだ終わってないから、もう少し待っててくれ」


危険は承知で今回の作戦に至ったのだ、これほどの軽症で終えられたのはむしろ幸運と言えるだろう


陽太と石動の健闘の証でもあるが、静希の実力が上がっているのが一つの要因となっているのも確かだった


「そっちも大変だったろ、周りに奇形種がわんさかいたんだし」


「私はそうでもないよ、鏡花ちゃんや樹蔵君達の方が忙しそうにしてた」


「っていっても、明利の索敵がなきゃこんなにスムーズには動けなかったでしょうけどね」


明利が時間をかけて動物達へのマーキングをこなしていたからこそこれだけ順調に事を運ぶことができたという事を鏡花は理解していた


奇形種の数が少ないところを把握してそのルートを選べるというのはかなり優位に働いた


明利の力がなければ鏡花への負担も、そして奇形種を警戒、迎撃し続けていた樹蔵たちの負担ももっと増えていただろう


そうこうしていると、どうやら職員たちを一カ所に集めることができたようだった


こうなってしまえば陽太たちが防衛線を張る必要もない、一度こちらに呼び寄せることができるだろう


そして警戒を続けている樹蔵たちにも一度休憩させた方がいい、これからさらに動くことを考えておくと、休憩できるのは今しかない


「それじゃ俺はあいつらをこっちに呼んでくる、しっかり休んでおけよ」


「うん、気を付けてね」


「行ってらっしゃい」


明利と鏡花を置いて静希は駆け出し、未だ足場の上にいる樹蔵たちの元へと向かう


周囲を索敵し続ける樹蔵と、集中を切らさない上村と下北がしっかりと警戒を続けている光景に、静希は頼もしさを覚えながらも声をかけた


「お前ら、一度休め、園外に下りて休憩だ」


「おぉ、ようやくか・・・お前はどうする?」


「あいつらに帰還命令出さなきゃな、先に休んでろ、俺は向こうに行ってくるから」


防衛線を展開している地点で未だ戦闘を続けている陽太と石動を回収しなくては全員を集められない、今休憩を逃せば恐らく作業が終わるまでノンストップで動くことになるのだ


前衛二人に休憩をさせないというのはリスクが高い


「ていうか五十嵐、今どういう状況なの?あの人たちはなに?」


「あー・・・そこら辺は明利達にもう話してあるからそっちから聞いてくれ、まぁ警戒は解くなよとだけ言っておくよ」


静希の言葉に三人は視線を合わせながらとりあえず足場から降りていく


三人が下りたのを確認すると静希は足場から飛び降りて再び園内に戻る


奇形種のいない地点を全力で走り、陽太達の戦っている場所に戻るのにそう時間はかからなかった


「そうか、では一度園外に退避するんだな?」


最前線までやってきた後、最低限の事情を説明すると石動は安堵したような声を出した後小さく息をつく


ようやく緊張から逃れられるという事に安心しているようだった


「そうだ、殿は陽太、最後に線香花火ぶっ放してこい」


「アイアイサー、派手に行くぜ」


派手な線香花火というのもイメージしにくいのだが、陽太は集中して自分に近づく奇形種を蹴り飛ばす


その間に静希と石動は協力して外壁へ向かう、静希は石動に投げてもらい、石動は軽々と壁を跳び越えた


そして陽太は槍を暴発させた後すぐに静希達を追い、園外への脱出を成功させた


「ふぅ・・・ようやく一息つけるな」


ようやく緊張状態が解けたことで陽太は能力を解除してその場に座り込む、すると先に休んでいた明利が三人分の飲み物を持ってきてくれた


「お疲れ様、はいこれ」


「サンキュー明利、そっちもお疲れ」


「おぉ、すまないな、そちらはどうだった?」


「私はそうでもないけど、鏡花ちゃんや樹蔵君達は結構疲れてるみたい」


それぞれに飲み物を渡しながら視線を鏡花たちの元へと向けると、固まって座っている姿を見ることができる


一番疲労しているのは鏡花のようで、樹蔵、上村、下北は何度か会話しながらではあるが体は動かさずに回復に努めている様だった


「お前達も休んでおけ、職員の安全とかが確保できたらすぐにまた動くことになるだろうからな」


「なんだよまだやることあんのかよ・・・今日だけで過労死しそうだ」


「そういうな、職員の退避が済んだとはいえ中の動物たちは未だ野放しなのだ、そっちの対策もしなくてはいけないだろう」


前衛であるからか、他の班員に比べ比較的に疲れを見せていない陽太と石動だが、この後も動くとなるとどうなるかはわからない


休憩しつつの戦闘だったとはいえ長時間の戦闘には違いないのだ、少しでも休んでおいた方がいい


そして石動はやることがすでに分かっているのだろう、樹蔵たちの元へ向かいそれぞれの体調などの確認をするようだった


静希達も疲れ果てている鏡花の元へ向かい、とりあえずは休憩することにする


「おっす鏡花、ずいぶんばててんな」


「あぁ?あぁ陽太か・・・だいぶ回復したけどね・・・こんなの二度とごめんよ」


相変わらず疲れは残っているようだが、まともに話せるくらいまでは回復した様で鏡花は嫌そうな顔をしながら手を振っている


彼女としてもこんな能力の使い方をしたのは初めてだったのだろう、相当に消耗していたのが窺えた


「そっちは?なんかずいぶん元気そうだけど」


「おうよ、まぁ静希とかのフォローのおかげでだいぶ楽に戦えたな、途中休憩はさんだりもしたし」


陽太の言葉にそりゃよかったわと言いながらも、休憩があったことを羨ましそうにしている鏡花、大規模変換を行えるような能力者がこの場に鏡花しかいなかったから仕方がないとはいえ、確かに能力の使いっぱなしはつらい


静希や明利のようにそこまで消費の激しくない能力や、陽太のような体力バカならまだしも、鏡花は中衛から後衛に属するうえ、体力は普通より少し多い程度、それなのにもかかわらず消耗の激しい大能力を使い続けるというのはかなりの重労働だっただろう


「まぁこの後もやることあるみたいだけどね・・・まったく働かせすぎよ」


「本当にお疲れ様です鏡花姐さん、俺らも最大限バックアップしますんで」


いやそうにする鏡花に静希は頭を下げながらその場に腰を下ろす


鏡花程ではないにせよ静希だってそれなりに消耗しているのだ、これからやることを考えればしっかり休んでおきたいのである


「でもよ、具体的には何するんだよ?俺なにも聞いてねえぞ?」


「陽太は引き続き囮だな、鏡花の作業中に奇形種が寄ってこないようにする、鏡花は壁とか檻の補強だ、奇形種が逃げ出さないようにな」


陽太はあぁなるほどねと納得しているようだったが、これもかなり重労働だ

実際に檻を強化するのは鳥類などに限定するが、それでもかなりの数の檻がある、そして外周を囲む壁の増強もかなりの時間がかかるだろう、それだけ鏡花の負担も増えることを考えるとかなり心苦しい


「じゃあすぐに取り掛かったほうがいいんじゃねえの?早い方が安全だろ?」


「あんたね、この疲れてる状態見てまだ働かせようっての?少しは休ませなさいよ、それに職員の人たちをきちんと確保しないといけないんだから」


確保


それは安全という意味でも、身柄をという意味でもある


なにせあの中に今回の事件を引き起こしたかもしれない人間がいるのだ、少なくとも正規の部隊が到着するまでは静希達も協力して目を光らせておくべきである


なにせ五十人以上いる職員を全員見ていることなど静希達だけでできるはずがない、だからこそ非番の人間まで動員しているのだ


彼らを早く自由にするためにも早いうちの部隊の到着が望まれるが、そう上手くはいかないものである


そのおかげで静希達に休息の時間が当てられているのだから、あながちマイナスだけではないのは確かだ


もっとも安全面を考えればすぐにでも動きたいのが本音である


評価者人数が305を超えたのと日曜日なので合計三回分投稿


新ルール早速発動ですね、これから物語が加速しそうで嬉しい限りです


これからもお楽しみいただければ幸いです

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