防衛線の構築
静希達が再び戦闘を開始して少ししてから、明利の携帯に城島から連絡が入った
『時間稼ぎ御苦労、もう目標地点に向かっても大丈夫だ、これから最短でこちらに来い』
「了解です、静希君達にもその旨を」
『伝えておこう、では最後まで警戒を怠るな』
城島からの指示を受け、通話を切ると明利は集中状態を持続している鏡花の肩を二回タップする
「なに?またなんか注文?」
「ううん、もうまっすぐ目的地に向かっていいみたい、最後まで警戒を怠るなって」
明利の言葉に鏡花は目を細める、城島の言葉に何かきな臭さのようなものを感じながらも、地図を取り出して現在位置から最短で向かえるルートを形成していた
何かがあるという事は察知していても、その全容までは把握していない鏡花からすれば本当に気が抜けない、何が起こるかわからないから言われるまでもなく警戒を怠るつもりもなかった
とはいえ、休憩なしで長時間集中を持続していたせいで鏡花はだいぶ疲労している
肉体的疲労はそこまで多くはないが、精神的疲労がかなり蓄積している
そしてそれは継続して索敵を続ける明利も、奇形種に気を配っている樹蔵や上村、下北も同じである
戦闘し続ける、あるいは能力を集中して使い続けるというのは多大な疲労を使用者に与えるのだ
特に移動し続けている鏡花の疲労は他のそれに比べればかなり多い、さすがにつらくなってきたところだ
このタイミングで直接目的地である園外に向かっていいというのは、ある意味運が良かったというほかない
「鏡花ちゃん、大丈夫?」
「えぇ、あとちょっとならもたせてみせるわ・・・ただその後はお願いしていい?ダムの撤去並みにきついわ・・・」
以前行ったダムでの撤去は大質量の変換と構造変換という作業を延々と続けていたが、あの時は時間的余裕があったために休みながら行動できた、だが今回はそこまでの大質量変換ではないとはいえ、休まず変換しつづけなくてはならないのだ
重いものを休みながらでも運ぶのと、軽いものを運び続けるという違いのようなもので、その精神的疲労はかなり鏡花を蝕んでいる様だった
一方、明利が城島と通話を切ったそのすぐ後に静希の携帯にも電話が入っていた
『というわけだ、お前たちは可能な限り清水達を援護しろ』
「了解です、どういう対応をするのかだけ確認してもいいですか」
戦闘中に電話がかかってきたことで、静希達は再び建物の上に避難してから状況を確認していた
顔を覆っていた血の鎧を一時的に解除してもらい通話しているのだが、まっすぐに園外へ向かう足場を見て時間がないことを悟る
『あぁ、委員会の方に無理を言って、非番でこの辺りにいるチームを何人かここに派遣してもらった、装備は無いが、皆優秀な軍の能力者だ』
「なるほど、それで逃げる人間が出ないように取り囲むってことですね」
非番の人間を近くに召集するだけなら電話をかけて十分もあれば可能だ、ここが都心に近いのが不幸中の幸いだったと言えるだろう、どうやらこの辺りには軍に所属している部隊の人間がそれなりにいたようだ
例え能力者が職員の中に紛れ込んでいたとしても、数で圧倒してしまえばいいだけのことである
もちろんそれでも逃げられる可能性があるため、城島が少し遠いところからいつでも反応できるように対処するとのことだった
「正式な軍の到着は何時頃に?」
『あと一時間と言ったところか、さすがにそれまでお前達に負担を強いるわけにはいかん、そろそろ限界だろうしな』
前衛の二人はさておき、他の人間の疲労はかなり蓄積しているために、そろそろ万全のパフォーマンスを発揮できなくなる頃だと城島も把握しているのだろう
休憩できないという状況での疲労の蓄積の早さを彼女も理解しているのだ
『とにかくお前たちは清水達がここに安全にたどり着けるように尽くせ、後始末は我々が請け負う、いいな』
「了解です、それじゃ派手に行かせてもらいます」
後始末は請け負うという言葉に静希は笑みを浮かべながら通話を切る
「どうだった?」
「先生が上手く対応してくれたよ、俺らは鏡花たちが無事につけるように最後の仕事をするだけだ、後始末はしてくれるらしいから派手に行けるぞ」
静希の言葉に陽太は笑みを浮かべる、普段は静希達の後始末は鏡花の担当であったために多少気おくれすることがあったのだが、城島達教員や大人たちがやってくれるのであればこれほど楽なものはない
大きな問題さえ起こさなければ問題はないだろう、せいぜい怪我をしないように気を付けるくらいだ
「んじゃいっちょやりますか、思い切りやっていいなら試したいことたくさんあるぜ」
「響、やる気を出すのはいいが目的を忘れるな、五十嵐の指示を聞きのがすなよ?」
「わかってるって、任せとけよ」
陽太はそう言いながら両腕に槍を作り出す、両腕で槍を作ったという事実に石動は若干驚いていたが、すぐに静希の方へ向き直す
「五十嵐、移動のタイミングなどはお前に任せる、最後の戦闘だ、気を抜くなよ?」
「俺の台詞だよ、油断するなよ?まだやることはいくつかあるんだからな」
やることがいくつかある、それは別に静希達だけでやる必要はない、だがやれることはすべてやっておくべきだと静希は考えていた
特に、万全を尽くすならそれは必要なことでもあるのだ
鏡花たちが園外に近づくころ、静希達は奇形種を集めたうえで防衛線を構築していた
これ以上先に奇形種を近づけさせないために、陽太と石動を広く展開させて徹底的に奇形種を打倒しているのだ
これまでかなりの数の奇形種を打倒していたおかげか、防衛線に向かってくる奇形種は数えられる程度、この程度であれば数で押しつぶされるという事もなく、確実に対処ができていた
「もうすぐ園外に到着か・・・このまま何事もなければいいけど・・・」
「ふむ・・・今のところ問題はなさそうだが・・・一応五十嵐だけでも園外で待機しておいた方がいいのではないか?この数ならすでに私と響だけでも問題ないように思えるが」
僅かに園外に視線を向けた静希に石動がそう言うと、近くにいた陽太も頷く
奇形種の数が少なくなり、同時に動物園の敷地の端にきているおかげかこちらにやってくる奇形種の数は少ない、これなら静希のフォローがなくとも前衛二人だけでも十分対応できる数である
鏡花たちの仕事は終わりつつあり、陽太達も自分が抜けても問題ないほどの状態になっている、武器の残量も少なくなっている今、早めに離脱するには絶好のタイミングと言えるだろう
「確かに、状況を理解している人間が必要ってのはあるかもな・・・明利とかに事情を話さなきゃいけないし、指示も出しておきたいし」
静希は班の司令塔だ、一時的にとはいえ明利や鏡花と離脱したのはよい状態であるとは言えない、可能なら一度接触して彼女たちの状態を見ておきたい
「俺らなら平気だぞ、もしやばかったら線香花火使うし、石動といりゃ平気だろ」
「響の言う通りだ、お前は十分我々をサポートしてくれた、本来の役割に戻れ」
静希の本来の役割、それは全員に指示を出すことだ
前衛の人間だけでは長時間の戦闘には耐えられないと思ったために囮組に混じったが、本当なら早々に現状を正しく把握できる場所にいたかったというのが実際のところである
「・・・わかった、それじゃここは任せたぞ、ネズミ一匹通すなよ?」
「オーライ、任せとけ」
「了解した、任せておけ」
前衛二人に背を向け、静希は園外に向かうべく全力で走る、途中鏡花が操る足場を追い抜き去る、このスピードなら、あと数分もかからずに外壁にたどり着くだろう、それまでに現状を把握する必要がありそうだった
フィアの力を借りて外壁を飛び越えると外で待機している人間の視線が静希に集中する、その中には当然静希達の担任教師の城島の姿もあった
「五十嵐、状況は?」
「あの速度なら鏡花たちはあと数分でここに到着するかと、陽太と石動はそこからさらに向こう側で防衛線を作っています、奇形種の数から二人だけでも問題ないと判断し、自分は状況判断のため一時戦線を離脱しました」
簡潔に現状を軽く説明すると城島はわかったと告げた後で静希と自分を能力で上空に浮かべる
二人だけで話をするにしても、動物園内全体を見渡すためにも、この行動が最善であるように思えたからである
「先生、包囲に関してですが、くれぐれも逃がさないようにお願いできますか?」
「あぁ、こちらからも言い含めておいた、非番とはいえ軍人だ、以前のような失態を繰り返されても困るからな」
以前のような失態
それがエルフの村での話であることは静希も理解していた
鳥海の部隊が包囲したエルフの村から何者かが脱出したという実例がある、今回はそんなことがないようにしっかりと対応するという事だろう
「お前はこの後どうするつもりだ?」
「鏡花たちの疲労状態を確認した後で決めますが、まずは外壁を高くするのと、園内にいる鳥類の檻を強固にするのが最優先かと、とにかく逃げないようにしないと安全を確保したとは言えませんから」
軍人の方の中に変換系統の方がいれば協力を打診したいですねと付け足したうえで、静希は自分達よりもだいぶ下にある園内を見渡す
陽太と石動が築いている防衛線と、こちらに接近してきている鏡花たちの姿がよく見える
遠くからではその様子はよく見えなかったが、陽太達が築いた防衛線のおかげで樹蔵たちもだいぶ楽をできている様だった
静希のいう通り、今は職員の安全を優先して中にいる動物たちのことは後回しにして行動している、鳥類などの奇形種が檻から出ていないのが不幸中の幸いだろう
だがまだ大型種が何体かいるという事で楽観はできない
動物園を囲う外壁の増強と、鳥類などを逃がさないための檻を早めに作らなければ安心はできない
鏡花への負担がかなり増えることになるのが心苦しいが、耐えてもらうしかない
「今いる軍関係者にも変換系統の人間は何人かいる、職員の確保が終わったらそっちに回るように言っておこう、恐らく清水はかなり疲労しているだろうからな」
「でしょうね、延々と動かし続けたんですから、無理もありません」
まだ現状の鏡花の状態を見ていないために何とも言えないが、まず間違いなく強い疲労に襲われているだろうことは容易に想像できた、だがだからと言って休ませられるほど事態は楽ではない
まだ奇形種は園内にいるし、逃げ出す危険がなくなったわけでもないのだから
その事を理解しているが故に、鏡花に頼らなくてはいけない状況が歯がゆかった
土曜日なので二回分投稿
誤字がいったん落ち着いたので新たなルールを追加しようと思います
今まで誤字は5件分、ブックマークや評価人数は100人刻みで追加という形でやってきましたが、今度から評価人数は誤字と同じく5刻みで追加投稿していこうと思います
評価人数は増えにくいですからね、これでさらに物語が加速することを期待します
これからもお楽しみいただければ幸いです




