思惑と行動
「え?ど、どうしてですか?」
静希達が奇形種と再び戦闘を始めたころ、明利は城島からの電話で指示を受け僅かに狼狽していた
『どうしてもだ、万が一到着地点の近くに奇形種がいた場合職員を危険に晒す可能性がある、少し進行速度を遅らせろ、その間にこちらでお前達を迎える準備を整えておく』
城島はあえて本当のことを明利には伝えなかった
敵をだますにはまず味方からというが、今回はまさにそれである
職員の中に犯人がいるのであれば、真実を知った明利や鏡花のわずかな変化に気付く可能性もある、そうなった時、一番危険に晒されるのは彼女たちが守ろうとしている職員だ
追い詰められた人間は何をするかわからない、だからこそ城島はその可能性を隠している
「・・・了解しました、鏡花ちゃんにそのように伝えます」
『頼む、くれぐれも注意しろ』
何にとは言わなかったが、城島は明利へ最低限の情報を告げた後、通話を切る
明利自身先程の指示がどれほどの意味を持っているのかは理解していないが、行動を遅らせることが今の自分たちに必要なことであることは理解していた
そしてその指示が静希からではなく、城島から来たという事で明利はこの行動が必要不可欠であるという事を把握した
「鏡花ちゃん、城島先生からの指示が来たよ、少し進行速度を遅らせろって」
「りょうか・・・はぁ!?この状況で!?」
周囲に敵が満ちているこの状態で進行速度をあげろという指示ならまだ理解できる、だが遅らせろという指示に鏡花は疑問符を飛ばしていた
当然だろう、彼女たちが今するべきは職員を安全な場所へと移送する事、その為に危険地帯を早く抜けるというのは思考するうえでは当たり前の内容であるからだ
そんな危険地帯に長く留まれと言っているような内容の指示に、鏡花は城島の考えが理解できなかった
「とりあえず何で?理由はあるんでしょ?」
「うん、到着地点に奇形種が近づかないように今のうちに準備するんだけど、その時間が欲しいんだって、今のペースだと奇形種がいる状態で到着するかもしれなくて、危険になるからって」
「はぁ?そんなの・・・」
言い返そうとして鏡花は口をつぐむ
鏡花や城島、そしてこの場にいる全員の能力を駆使すればたとえ奇形種が数匹、数十匹いたところでたいした問題にはならない
例えその場に職員がいて危険に晒すわけにはいかなくても、鏡花の能力なら門などを完全に無視して外部に人員を運べる、鏡花の能力を把握している城島がそんなことに気付けないとは思えない
なのに城島がそのような指示を出したという事は、それが表向きの理由で、裏には別の理由で時間が欲しいという事であり、そしてその内容を自分たちに知らせないようにしているという事
だとしたら、ここはその指示に従っておくのが吉だろう、自分たちがいる場所は現場、そして城島はその外側からこの現状を把握している、となれば自分達よりもより正確にこの状況を把握できていて然るべきである
自分たちにわからないことでも、城島は理解していて、何かしらの考えと策があるのだ
鏡花は思案を重ね、そのような結論に至ると数秒目をつむり、疑問などをすべて投げやって移動に集中する
「了解よ、当初の予定より少しかかるようにするわ・・・ただその分静希達の負担が増えるかもしれないけどね」
「・・・うん・・・大丈夫だと思う・・・」
明利は常に索敵を行っている、その中で静希達の戦闘の光景もしっかりと把握していた
危険な場面は確かにあったが、三人がそれぞれうまく動いてそれを乗り越えている、この状態が続くのであれば、たとえ少し時間が伸びても問題はない、明利はそう考えていた
「進行を遅らせるっていったって・・・どうしようかしら・・・単純に速度を遅らせると奇形種が集まってくるし・・・」
「そこは・・・こう、うまくやってくれると・・・」
「うまくって・・・あぁもうわかったわよ、やればいいんでしょ」
具体性も何もない明利の提案に鏡花は呆れながら持っていた地図を広げてルートを考え始める
今まで作り出した最短のルートではなく、わざと距離を稼ぐような動きをする必要がある、それでいて危険の少ない道を選ぶ必要がある
「明利、ルートを再構築するわ、奇形種の数が少ない場所を教えて」
「了解、ここと、ここ、あとこの一帯も奇形種が少ないよ」
明利の索敵によって把握した現在の奇形種の位置を元に地図に印をつけていくと、鏡花は集中していく
時間をかけて移動するというのは、案外難しいものである
最短で行く道は簡単に見つけられるが、わざと遅く到着するというのは考えてやると言うものではない
しかも安全第一で動かなくてはならないのだ、何分だけ時間を稼げとか、明確な目標がないだけにさらにやりにくい
時間を稼げと言われるなら方法はあるが、危険地帯を職員を守りながらゆっくり進めと言われると、少々難しい
自分たちだけならまだいいが、樹蔵たちの負担だってある、可能なら最短距離で移動したかった
だがそうはいっていられない、自分たちの知らない何かが起きているのだ、自分たちの勝手な判断で城島達の行動を無駄にすることはできない
鏡花は頭をフル回転させながら明利と共に新しいルートを形成し移動を開始する
「・・・ルートを変えたみたいだな・・・鏡花の判断か」
鏡花たちが移動先を変えている間、静希達は戦闘を続けていた
中型の奇形種が辺りにひしめいているが、長時間戦ったことにより独特の集中を維持できていた
所謂、話しながらでも近くにいる奇形種に注意を向けられると言うものである
「進行速度を遅らせるとなると、移動速度を下げるか回り道をするほかあるまい、一つの場所に留まるよりかはいい判断だと思うぞ」
「その分俺らの移動する場所が変わるけどな」
石動の言うように、奇形種がはびこるこの場所で一つの場所に留まるというのは危険極まりない、特に高い場所に登れたりするような動物がいる地点は注意が必要である
鏡花が作り出している足場は高く、それこそ地面からはその上になにがあるのか見ることはできないが、その外壁を伝って上に登れば簡単に内部を覗き込むことができる
樹蔵たちが尽力し、足場そのものに奇形種を近づけないようにしているがそれだって限界がある、だからこそ静希達が囮として奇形種をおびき寄せているのだ
そして陽太の言うように、進行ルートが変われば静希達が戦闘をする場所も変わってくる、その時々によって戦闘地点を変え、最適な距離で奇形種をおびき寄せなくてはいけないのだ
「あいつらの移動先がわかるように休憩も兼ねて定期的に高い場所に移動する必要があるかもな、長丁場になりそうだし」
「当初の予定より時間がかかるようだしな、私は異論はないぞ」
「こっちもだ、楽できるならそのほうがいいしな」
定期的に休憩を取り、肉体だけではなく精神を休ませるのも大切なことだ
特にこの中で一番精神的疲労を抱えているのは静希だ
陽太や石動、二人のフォローを同時にこなしながら鏡花たちとの位置を把握して最適な位置を割り出している
体を休め、頭を休めることは必要不可欠と言える
だが、そう簡単にはいかないようだった
静希達が奇形種たちを切り伏せると、周囲にいた奇形種が僅かに静希達から距離をとり始めた、そして代わりに、別の奇形種の群れがこちらに接近してくるのがわかる
その奇形種は、外観から猿の奇形種であることが把握できた
腕や足、顔や皮膚などが奇形化している個体や、原形をとどめていない奇形種も中にはいたが、その中で一番異色を放っているのは、群れの奥にいる一際大きな猿だった
両腕の筋肉が他の個体より数段隆起しており、骨格ごと変わっているように見える
猿というより、ゴリラのそれに近い形をしていた
「あれってボス猿か?随分とマッチョになってんな」
「そのようだな・・・しかも他の動物と違い、統制がとれているように見えるが」
他の奇形種は群れているように見えてその実、ただ行動先が一緒だというだけで協力しているというわけではない
だが群れでの行動を基本としている猿はどうやら奇形化してもその根本が変わらなかったのか、それともあのボス猿がまとめあげたのか、静希達の周囲をゆっくりと囲み大勢で一気に威嚇を始めた
「五十嵐、さすがにこの数に同時に襲い掛かられると・・・守り切れるかわからんぞ」
「問題ねえよ、能力持ちじゃないならただの動物と変わらない・・・けど・・・」
視線の先にいる筋骨隆々なボス猿に、静希は僅かに眉をひそめた
「陽太、あのお山の大将を先に叩いて来い、俺らがその間踏ん張ってやる」
「平気か?この数だぞ?」
「気にするな、とっとと行ってこい」
この場で最も突破力があるのは陽太であり、もっとも周辺への攻撃を可能としているのは石動だ、分担する中でこれほど適任もいないだろう
特にあのボス猿の奇形が、筋力を上げることに費やされているのであれば、陽太の出番だ
たとえ奇形化していたとしても力比べで陽太に勝るような場面は想像できなかった
こういう統率がとれているタイプの動物というのは、一番上の存在を叩けば動きが鈍くなるものだ
そのあたりは動物も人間も変わらない、組織のトップが唐突にいなくなると指揮系統や面倒事で活動が鈍るのと同じである
静希の指示通り、陽太がボス猿の元へと突進すると、同時に周りにいた猿たちが静希達めがけて一斉に群がり始める
静希と石動は全力で接近してくる猿たちを攻撃していく、陽太にも当然猿たちが襲い掛かるが、まるでゴミでも払うかのような容易さで猿たちを殴り飛ばし、一直線にボス猿の元へと向かっていく
陽太が全力で槍をボス猿めがけ突き立てようとした瞬間、周りの猿とは桁違いの速度で回避して見せる
単に奇形によって筋力が上がっているとかそう言う次元の加速ではない、そして何より自分自身の速度に反応できないのか、転がるようにして距離をとっている
すでに奇形化騒ぎが起こってからかなり時間が経過している、奇形化した状態に慣れるくらいの時間はあっただろう、なのに自身が反応できないほどの身体能力を発揮している
その光景を見た陽太は、そして陽太の攻撃が避けられた光景を見た静希と石動は警戒のレベルを引き上げる
「能力持ちか・・・?」
この動物園の中で能力を持っている動物は、数えられる程度だが存在するとは思っていた
動物たちにとって能力は死の淵に立たされるか、強いストレスを受けて初めて発現するものだ、安全に管理されている動物園でそのような状況になること自体が少ない
だから今まで能力持ちであると知らずに育てられていた動物がいても不思議はなく、最初に遭遇した奇形化した鹿が能力を持っていたのも何の不思議もなかった
そして奇形種でありながら能力を持っていない個体が多いのにも驚かなかったし、今こうして能力を保持している個体が存在していても、別段驚きはしなかった
陽太は攻撃を避けた猿がどこに行ったのかをしっかりと目で追っていた
確かに速い、人間のそれと比べ、根本の身体能力の高い動物が身体能力強化を使えばそれだけ高い身体能力を備えることができるのは半ば必然
だがその程度で陽太が後れを取るという事はあり得なかった
誤字報告が五件たまったので二回分投稿
なんだか二回分投稿が少なく感じる今日この頃、感覚麻痺してきた気がします
これからもお楽しみいただければ幸いです




