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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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良心の呵責と左腕

「・・・あまり気持ちのいいものではないな」


「まぁな・・・割り切ってくしかないだろうよ」


動物の知識に疎い石動と陽太でも、ゾウが温厚な性格の動物であることは知っている


そんなゾウの命を絶たなければならないというこの状況に二人は憤りを感じていた


だがそんな感情を抱いたのも一瞬だけ、すぐさま振り返ると数匹の奇形種に襲い掛かられている静希の姿を確認することができる


前衛の二人がゾウに集中しているのを見て好機とでも思ったのだろうか


トランプと拳銃、そしてオルビアを使って何とか逃れているが、物量で押しつぶされている節がある、その右腕と背中には引っかかれたのか、噛みつかれたのか、わずかに血が滲んでいた


「五十嵐!無事か!?」


「おら!あっち行け!」


石動と陽太がすぐさま静希に群がる奇形種たちを蹴散らすと静希は小さくため息をつきながら苦笑する


「静希!平気か?」


「助かった・・・ちょっと痛かったけど問題なし、雑菌入っただろうけどな・・・」


すでに傷はふさがっているようだったが痛みまでは消せるわけではない


肉体的な疲労に加えて精神的な疲労も蓄積し始める中、静希はそれでも集中を途切れさせない


集団戦という事で少し気圧されていた部分はあるが、わかったこともある


普段静希達が行う集団戦は連携が重視される班同士での戦闘訓練だ、だが今回の場合少し方向性が異なる


なにせ相手は連携などと言う言葉が一切通じない、知性など欠片もないただの動物


これが日々狩りに勤しむ野生動物の群れならばまだ話は変わっただろうが、日々与えられた餌だけを食んで生きてきた飼育動物ならば御するのは容易い


人数や戦闘能力が低すぎると、先程の静希のように物量で押し潰されかねないが、陽太と石動という前衛二人が近くにいるのであればこの程度の数なら問題なく対処できる


ただ、その前衛二人でしか対応できないような大型動物が接近してきた場合、やはり静希が危険になるのは避けられない


もう少しうまく立ち回る必要がありそうだった


「五十嵐、ゾウに対してはどうする?私と響ならば対応はできるが、その間お前が無防備になるのでは・・・」


「そうだな、ずっと続けるのは困るな・・・ゾウはあと何体くらいだ?」


「見えてるだけであと四体いるぞ」


四体、あと四回静希が無防備になることを考えると危険はある


しかも他にも大型動物がいるのだ、毎回毎回静希が危険に晒されていてはいくら静希の傷が癒えると言っても事故が起きてしまう可能性がある


自分が止めを刺すことができればそれが一番いいのだが、それができる手札には限りがある、可能なら温存しておきたいところではある


となれば、静希が使える武器で未だ未知数の威力のものが一つある


「それじゃ次は俺が止めを刺すよ、陽太と石動はフォローよろしく」


「なんだと?平気か?」


「まぁ仕留められるかはさておいて、一応やってみるさ」


そう言って静希は左腕を軽く叩いて見せる


その動きを見て陽太は静希が何をしようとしているのかを理解した


連携の内容を話しながらも戦闘を継続し、再びゾウが自分たちの近くへやってくると静希達は視線を合わせて同時に動き出した


陽太が振り下ろされた鼻を受け止めその場から動かないように全力で力をかけていく、そして石動の血の鎖でゾウの足を地面に固定し、これ以上動けなくする


「よし、石動!足場!」


「了解!」


跳躍しながら叫ぶ静希の足元に血の足場を作り、高々と上空へと放り投げる


静希は僅かに体勢を崩しながらもゾウの頭上に飛び乗り、左腕の肘から先を外して見せる


その腕には、源蔵が仕込んだ砲身が内蔵されている


そして現在その中に装填されている弾丸は、もっとも破砕の効果があるスラッグ弾


生き物にこれを使うのは初めてだと実感しながら、静希はゾウの頭部に狙いを定め、腋についているトリガーを全力で引く


轟音とともに放たれた三十ミリの弾丸はゾウの頭部に深々とめり込んでいく


血と肉を弾き飛ばしながらその頭蓋と脳を完全に破壊したことでゾウは完全に絶命した


そして弾丸を放った静希はその反動で回転しながら地面へと落ちていく


体が地面に叩き付けられる寸前のところで、石動が静希をキャッチし、呆れた声を出しながらため息をついた


「どういうものを使ったらそうなる・・・それにその腕・・・まさか義手だったとはな」


そう言えば石動にこの腕を見せるのは初めてだったかもしれないなと、苦笑しながら静希は左腕を元に戻し連結させる


「いやぁ、まぁ前の実習でミスった時にちょっとな、自由に動くから不便はしてないけど」


「・・・はぁ・・・風香と優花が知ったらなんというか・・・」


東雲姉妹にもこのことは伝えていないが、もしそんなことになったらどんな顔をされるかわかったものではない、静希としてもこのことを伝えるつもりはないが、そうなったら石動にフォローしてもらうことにしようと内心苦笑した


「おい二人とも!しゃべるより相手する方に集中しろよ!」


陽太が一人で奇形種の相手をしているのを見て静希と石動はすぐに陽太の援護に回ることにした


静希が初めてスラッグ弾を生物相手に使った際、もっとも感じたのはその威力の高さだった


当然というべきか、その威力は生き物に向けるべきものではない


人間より数倍強固なはずの動物の皮膚や骨を易々と砕き、内臓器を破壊することができるのだから


高い威力があるのは予測済みだったが、まさかここまでの威力があるとは思っていなかったため、今後使う上で本当に人間相手に向けることはできないなと自らを戒めていた


動物相手に使うのでさえ良心の呵責が恐ろしいまでに静希を蝕んでいる、これでもし人間に使ったら、その体に穴が開くだけでは済まない


そうなった時、静希にかかる精神的な負荷は計り知れないだろう


とはいえ、割り切らなければならない、自分がこういった武器を手にしているのだから、当然のように乗り越えなければならない


ゾウの数は残り三、他にも大型動物がいることを考えれば早めにすべて片づけておきたいところではあるが、そこは動物、気まぐれな動きでここまでやってきてくれるかというと、そんなわけがない


特にすでにここには二体のゾウの死骸と、大量の奇形種の死骸が散らばっている


すでにここでの戦闘にも限界が近づこうとしていた


「どうする五十嵐、足場が悪い、これ以上ここでの戦闘は・・・」


「あぁ・・・ちょっと厳しいかもな・・・移動するべきか・・・」


「数は減らしてるはずなのに減ってる気がしねえな・・・さすがに嫌気がさしてきたぞ」


陽太の言葉の通り、静希達はそれ相応の数の奇形種を処分してきたというのに、一向に数が減らない、さすがに動物園、かなりの数の動物がいたのは先日の調査の時に理解していたが、その動物たちが一斉に放たれるとここまでの数になるとは思っていなかった


「五十嵐、一度檻などに登って小休憩しないか?向こうの様子も気がかりだ」


「ん・・・それもいいかもな、じゃあ一分休憩しよう」


長時間戦闘を続けている人間にとって、たった一分でも休息できるというのは非常にありがたいことだ


休むことで再び集中を維持できる状態に戻すこともできるし、精神的な疲労も幾分か解消できる


焼け石に水かもしれないが、ないよりかはましなのである


「陽太は一度線香花火で近くの奴らを吹き飛ばせ、俺と石動は上で待ってる!」


「了解」


静希の号令で石動は静希を抱え、檻の上へと跳躍していく


そして陽太は少しの間その場に留まり、炎を猛らせた後でその槍を爆散させあたりの奇形種を焼き尽くしていく


奇形種たちの悲鳴が響く中、陽太は悠々と静希達の待つ檻の上へとやってきた


悲鳴を聞きつけて集まってきた奇形種たちは檻の上に登ろうとしているがさすがに難しいのか、檻を囲むようにして静希達に威嚇を放っていた


「おぉ、あっちもだいぶ進んでるな、この分なら予定より少し早く済むんじゃないか?」


陽太が指差す先には鏡花の能力で移動し続ける巨大な足場があった


予定より少し早めに進んでいるのか、静希の予想よりも随分と遠くにいるのがわかる


この調子ならまた戦闘場所を変えることも視野に入れたほうがいいかもしれない


「にしても、何でこんな有り様になったんだか・・・」


檻の下に転がる大量の奇形種の死骸を目の当たりにして、陽太は小さくため息をついた


その感想は、今回のことに関わったすべての人間が感じていることだろう

何者かの関与があったことは確実なのだが、なぜこのようなことをしたのか、推察はできるがそれは本人に確認するしかない


「餌に細工をされていることは見抜いたが、向こうがさらに細工をしたと考えるのが妥当だろうな」


「ってことは餌を用意した業者に犯人がいるってことか?そもそも餌に細工されたって知ってるのはここの職員だけだろ?どうやって追加の細工したんだよ、新しく仕入れた餌には反応はなかったって・・・」


石動と陽太の会話に、静希は今回のことに関する事柄を整理し始める


石動の言うように、餌の細工を静希達が見破ったまではよかった、そして職員が細工のされていない餌を調達、明利と鏡花、そして獣医の方でチェックをしたのが先日の夜中


そして食事を与える際、静希達も可能な限り付き添った


そう考えた時、誰が餌、あるいは他の手段で動物に細工を行えるか


「・・・職員が犯人ってこと・・・か・・・?」


「・・・冗談にしては笑えないが・・・消去法でいけば・・・そうなりそうだな」


静希と石動が同意する中、嫌な予感が加速していく


今現在この動物園には他の園や関係各所からも研修に来ている人間が多数いる


その中に紛れて工作を行ったのだとしたら、恐らく今鏡花たちが運んでいる人間の中にその犯人がいることになる


仮定の域は出ないが、可能性は高い


「五十嵐、私の班の人間に連絡するか?」


「いや、今あぁして移動できてるってことは外に出るまでは向こうも動くつもりがないってことだろう、ここは城島先生に連絡して対応してもらう、万が一にも逃げられないようにな」


もし鏡花や明利達に連絡して、その反応で気取られると他の職員も危険に晒すことになる、それなら出入り口で待機している城島に対応を任せた方が他の職員は安全である可能性も高い


それに職員に紛れて行動している、あるいは職員自体が工作活動しているのであれば現在移動中の鏡花たちよりも城島の方が上手く立ち回れるだろうと判断したのだ






『なるほど・・・ではこちらで対応しよう、他の職員と連携してチェックを始めておく、向こうには私の方から上手く伝えて進行速度を遅らせるように言っておこう、その分お前たちの負担は増えるが、できるな?』


「はい、問題ありません」


城島に連絡し、現状を報告すると、彼女は準備をするためにすぐに通話を切った


準備が整うまでに鏡花たちが到着するのは好ましくない、意図的に進行速度を遅らせるのだろう、その分囮になる静希達は長く戦闘を行わなくてはならないが、その程度なら必要経費だ


当初戦闘する時間は一時間もないと見越していたが、この分だとそれに近い時間を戦い続けなくてはならないかもしれない


「・・・やることが増えたな・・・」


「まったく嫌になるな・・・こちらは私達に任せてくれてもいいのだぞ?」


「冗談、今回は補助に徹するって決めたんだ、向こうは先生に何とかしてもらうさ」


奇形種の対応、職員の脱出、そして犯人の確保


二つだけでも目が回りそうなプランだったのに三つになったことで事態はかなり切迫している


奇形種の対応などと言葉でいうのは単純だが、奇形種を一つの場所に集めて捕縛するのにも鏡花の能力が必要だし、奇形種をこの動物園の中から出さないために正門や外壁の増強にも鏡花の能力が不可欠だ


今回の実習で一番忙しいのは間違いなく鏡花だろう、そうなると自分たちは可能な限り奇形種の数を減らすのが仕事になる


犯人の確保に関しては城島に完全に委託することを前提として動くなら、上村と下北で城島に加勢、鏡花は外壁などの増強、明利は索敵を続けながら鏡花と静希達の補助、そして静希達は職員たちの退避が終わったら、鏡花の仕事の邪魔にならないように奇形種たちを動物園の中心部に誘導するのが主な仕事になるだろう


職員の中に紛れているかもしれない実行犯が能力者であった場合を考えても、その場にいるのは喜吉学園の教員二人と学生五人、城島にあらかじめ情報を伝えてあるから不意打ちを食らうという事はまずないだろう


問題は一般の職員を人質にとられた場合だ


城島がへまをするとは思えないが、万が一を考えれば多少対策を練っておくべきだろう


『邪薙、聞こえてるか?』


『あぁ聞こえている、何か問題があったか?』


明利の持つ邪薙のトランプへ意識を飛ばすと、明利達の挙動に集中していた邪薙はこちらに何かあったのではと心配している様だった


距離的に聞こえないかと思ったのだが、どうやら静希の能力の効果範囲内には入っているらしくトランプの中から邪薙の低い声が聞こえてくる


『問題と言えば問題だな、そっちで守ってる職員の中に今回の事件を起こした実行犯がいるかもしれない、万が一他の職員や明利達を人質にとられないように気を配っておいてくれ』


『なるほどそういう事か、了解した、こちらは任せておけ、そちらも十分に注意するのだぞ』


わかってるよと告げて静希は意識を現実の方に向ける


徐々にだが奇形種がこちらに集まりつつある、これから行動するにあたって好ましいやら好ましくないやら、少々微妙な状況だった


目に見える範囲に大型の奇形種は数えられる程度、それらすべて、明利達とはずいぶん距離がある、万が一にも接触はしないだろう


「五十嵐、そろそろ動くか?」


「あぁ、十分休んだ、陽太、行けるな?」


「おぉよ、もう一発派手に行くか?」


陽太の問いに静希は笑みを浮かべることで返した


状況が変わっても、静希達がやることは変わらない、できる手はすべて打った、ならあとは自分たちが可能な限り奇形種をおびき寄せ、数を減らすだけである


トランプを展開し、周囲に集まっている奇形種と明利達の位置を確認する

最適な戦闘場所はどこか、おびき寄せるにはどこがいいか


城島が明利達の移動速度を低下させるという事は、それを考慮したうえで場所を決定したほうがいい


先程よりも少し遠めに配置し、なおかつ一時離脱の容易な場所が最適である


「陽太、石動、あの建物の前まで移動する、奇形種を引っ張りながら移動するからきついだろうけど頼むぞ」


大きな音を出して大型を呼び込むよりも、小さな奇形種たちを少しずつ自分たちの方に集めたほうが後々楽になる、静希はそう判断したのだ


その分移動中が厄介になるが、二人の前衛はすでにやる気をみなぎらせているように見えた


「任せろ、ぶっ飛ばしてやる」


「問題ない、薙ぎ払おう」


頼もしい二人の言葉に、静希は少し安心する


自分だけで何とかする必要はないのだ、他に頼りになる人材がこれほどいるのだから


陽太が能力を発動し槍を作り出し、石動は再び大量の刃のついた鎖を作り出す


完全に戦闘状態に入った二人に、静希は意識を集中する


自分にできる最善を尽くす、今は囮だ、派手に暴れるのが一番手っ取り早い


「よし、それじゃ移動開始!」


静希の指示と同時に陽太と石動はまず檻の下にたむろしている奇形種に向けて攻撃を仕掛ける


可能な限り数を減らす、その為に静希も奇形種に向けてオルビアの刃を叩き付けた


誤字報告が十件分溜まったので三回分投稿


少しずつ、少しずつ減ってきていると思いたい誤字の数々、誤字ゼロ運動を実施したいほどです、できてるかどうかはわかりませんが!


これからもお楽しみいただければ幸いです

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