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J/53  作者: 池金啓太
二十一話「生命の園に息吹く芽」

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状況変化と作戦伝達

「とりあえずこの建物を一時的な拠点にする、鏡花かなり頑丈にしてくれ、鉄の塊くらいの勢いで、扉も窓も全部塞いでくれ」


奇形種たちに牽制しながら指示を出す静希と、一心不乱に戦う陽太、混戦というにはあまりにも雑多なこの状況に嫌気がさしながらも鏡花はその指示を聞き洩らさない


「了解!それが終わったら石動さんたちのフォローね」


こちらには変換能力を有する鏡花がいたからこそ大人数を守ることができたが、あちらには大人数を守るだけの能力を持っている人間がいない、となればこちらがフォローするしかないのだ


「明利は中に入って職員の人たちに説明するのと、城島先生に今の状況を報告するのと、安心させるように今の俺たちの状況を実況してくれ!少ししたらこっちに戻ってくるから!」


「わかった!鏡花ちゃん、中に入るから穴開けて」


「はいはい、頼んだわよ」


鏡花は天井に穴をあけて職員たちがいる場所までのはしごを作り出す、明利が即座にその中に入ると同時に鏡花は穴をふさぎ周りの外壁を強固にしていく


そしてすぐに屋上から降り、行動を開始する


明利の指示した場所へと一直線に向かうと、そこには大量の奇形種の死骸と壁際に追い詰められている職員たち、そして彼らを守る石動達の姿があった


中でも存在感を放っているのは石動の姿だ、全身を血の鎧で覆い、刃や鎖鎌のようなものを展開し接近戦だけではなく、中距離戦闘も行えるように能力を発動しているのがわかる


「陽太!蹴散らせ!鏡花は壁!」


「あいよ!」


「任せなさい!」


静希がトランプを飛翔させ周りにいる奇形種たちに攻撃を仕掛け怯ませると同時に陽太が襲い掛かり、鏡花が石動達と職員たちの間に壁を作り出し、職員の安全を確保した


「はぁ・・・助かったぞ」


「まだ助かってねえよ、これから一時避難所まで行く、そこまで俺らは鏡花の援護だ」


安堵の声を出している石動とは対照的に静希の声音は低い、鏡花はすでに先ほどと同じように頭上まである高さの足場を作り出しており、奇形種たちに干渉されないように移動できるだけの準備を整えていた


石動がかなり奇形種たちを牽制していたおかげか、周囲にいる奇形種は一定以上の距離に近付こうとはしてこなかった、とはいえ進むにつれて石動の戦闘を目撃していない奇形種たちがやってくるためその都度静希達は職員を守るために奇形種への攻撃を強いられた


鏡花が移動に専念している中、静希と陽太、そして石動と上村、下北の五人が奇形種を攻撃するのだが、中でも最も攻撃範囲と頻度が多いのが石動だった


体から鎖のような形状の血液を伸ばしその先端に刃や鈍器の形の血の武器を作り出すことで遠距離からの攻撃も行っているのだ


攻撃範囲というのもそうだが、見えている場所全てに攻撃できる能力というのは本当に強力というほかない


そして上村と下北のコンビは石動の攻撃でも届かないほどの遠距離の敵を次々と攻撃していた


樹蔵の能力で奇形種の場所を明確にし、楽器から放たれた音をその場所に収束させて能力を発動させる


単純に見える行動だが、連携のレベルはなかなか高い、特に上村と下北の能力発動のタイミングに関しては右に出る者はいないのではと思わせるほどの連携の正確さだ


「静希!見えてきたわよ!」


「了解!屋上から中に入れたら合図してくれ!」


移動を始めて数分、ようやく明利達のいる建物が見えてきたことで静希達は一瞬安堵する


だが周りにいる奇形種の数は多い


唯一救いなのは今のところまだ能力を保有している奇形種と遭遇していないことだろうか


体だけ無理やり奇形化させられているのは間違いないようで、能力を有していない個体も奇形化し凶暴化している、何とも不憫である


鏡花が職員たちを屋上へ下ろし、建物の中へ入れている間、静希達は前衛、中衛、後衛の順で防衛線を築き、奇形種を近づけないようにしていた


陽太の炎と声の威嚇、石動の中距離攻撃で奇形種を牽制し一定以上近づいてきた奇形種には静希の拳銃や釘、上村と下北の中距離攻撃、そして樹蔵が辺りを見渡して近づいてくる奇形種を指示していた


その場限りの構成にしては十分以上に協力し合えているように見える


「いいわよ!全員上がって!」


「わかった!陽太お前は殿だ、石動は俺たちを屋上に投げてくれ、樹蔵、上村、下北、俺の順だ」


「了解した、響、しばらく頼むぞ」


「任された!」


石動が班員たちを屋上に投げる間、陽太は炎を全力で猛らせて周囲の奇形種に対して全力で威嚇をする、今まで炎を見たことのなかった温室育ちの動物には十分効果があるのか、僅かに尻込みしているのがわかる


「五十嵐!お前の番だ!」


「オーライ、優しく頼むぞ」


「それは保証しかねる!」


石動に投げられた静希は何回か回転しながら屋上の上に着地し、すぐに状況を確認する


奇形種たちに徐々に囲まれつつあるが、この程度の数ならば問題はない


石動が屋上に跳躍するのを確認すると、陽太もすぐに屋上に飛びあがる


避難が完了したのを確認すると、静希達はすぐに建物の中へと入っていく


「はい、はいそうです・・・あ、今戻ってきました・・・静希君、城島先生だよ」


静希が建物の中へ入ると、建物の中に詰め込まれた職員たちをかき分けて明利が携帯を持ってやってくる、城島に状況説明を行っていたらしい


「明利、他の職員が取り残されてるかどうかチェックしてくれ、万が一の場合は俺たちで救出しに行く、樹蔵!お前も取り残された職員がいないかチェックしてくれ!鏡花は外壁の補強!他は休んでてくれ!」


すぐさま指示を飛ばし全員が返事をするのを確認すると静希は明利の携帯を手に取り受話器を耳に当てる


「もしもし、五十嵐です」


『あぁ・・・状況は幹原から聞いた、そちらに怪我人などはいるか?』


「今のところはいないようです・・・今明利と樹蔵に取り残された職員の方がいないかをチェックしてもらってます・・・」


状況が状況だけに切迫しているが、これだけの数の職員を無傷で救出できたのは大きい、戦闘向きの班が二ついたからこそできた芸当だと言えるだろう、あの場で石動が壁を背にして職員たちを守っていたのも大きな功績だ、周囲から囲まれるよりも一方向からの攻撃の方が防ぎやすいし攻めやすい、石動があの場にいてよかったと心から思う


『こちらにいる職員はすでに宿舎の方に立てこもっている、こちらの防御は任せろ、他に何か要望はあるか?』


「この動物園の出入り口の封鎖をお願いしたいです、あと軍の出動要請を至急お願いします、この状況じゃ俺たちだけじゃ対応できません、周りの住民にも被害が及ぶかもしれない」


『任せろ、だが今お前たちが守っている職員たちはどうする?その場で待機させるのか?』


城島の言葉に静希は言葉を詰まらせる


この場で待機するのも一つの手だ、だがどれほどの数の奇形種が檻から出ているのかも未だ把握し切れていない、それにいくら鏡花の能力で頑丈にしたとはいえこの建物が突破されないとも限らないのだ


可能ならこの場から、そしてこの園内から職員たちは脱出させたいところである


方法がないわけではない、だが危険も多い


「一応話し合って決めますが、職員の方々は動物園の外に退避させるつもりです」


『そうか、方法は任せる、職員の方々には傷一つ付けるな』


「了解です、ではそちらはお願いします」


通話を切ると静希は小さくため息をついて頭の中で現状の把握、そしてどうやってこの場を切り抜けるかを考え始めていた


奇形種は普通の動物と違って凶暴化している、近くに自分以外の生き物がいれば襲い掛かるような喧嘩っ早さになってしまっているのだ


人が見えていればそこに襲い掛かるのはまるで当たり前であるかのような挙動をする、草食だろうと雑食だろうと、肉食だろうと関係ないといった感じである、ここまで来ると笑えない


「静希君、逃げ遅れた人が二人いるよ!場所は猿の檻とペリカンの檻!」


「マジか・・・石動!お前はペリカンの方に行ってくれ!俺は猿の方に行く!一人くらいなら背負って来れるだろ!?」


考えもまとまらない中で静希は舌打ちしながらすぐにでようと足を速める


「待て五十嵐、私はいいがお前はどうやって連れてくるつもりだ!?」


「考えはある、いいからさっさと行動するぞ、鏡花、屋上への道頼む、明利はここから最短距離で園外に出られるルートを探しておいてくれ!」


石動の制止も無視して静希は鏡花の作った屋上までの梯子を上っていく、石動は心配そうにしながらも静希の後についていった


「五十嵐!落ち着け!お前はそう早くは動けないだろう!?私が二人回収すれば」


「二人同時に運べば面倒なことになるかもだろ?それに時間が惜しいんだ、二人同時に行ったほうが早い、陽太はあんな能力だから人を運ぶのには向かないしな」


陽太の能力も部分発動すれば人を運べないこともないのだが、その分能力の出力は落ちる、奇形種が大量にいるこの状況で出力が落ちるというのは非常に危険だ、万が一襲われたときに反応が鈍る


だからこそ静希が出るのだ、そして静希が出るというその意味を一班の人間は理解している


「諭す暇があるなら動け、俺はもう行くぞ」


静希はトランプの中からフィアを取り出し能力を発動させる


思えば石動にフィアを見せたのは初めてだっただろうか、能力を発動し巨大な獣となったフィアにまたがると静希は全速力で猿の檻の方へと移動を開始する


一瞬呆けた石動も、すぐに思考を切り替えたのか、ペリカンの檻にいるという職員の下へと走り出した


静希は一分もかからずに猿の檻にやってきていた、その場にすでに猿の姿はない、しかも本来閉じているはずの檻があけられているのだ


破壊されているのかどうかまでは遠すぎて見えなかったが、すでに中にいた猿たちは動物園の中に蔓延っているとみて間違いない、そしてその檻の一角、いや正確に言えば檻にしがみつくように一人の職員がいるのを見つけることができた


動物が登ってこれないほどの高さまでよじ登ったのだろう、身体能力の高さに救われたようだった


「喜吉学園の者です!捕まってください!」


静希は檻の上に登っている職員に手を伸ばす、職員は静希が乗っている獣、フィアを見て一瞬悲鳴を上げたが、助かりたい一心からか精一杯手を伸ばした


静希はすぐに職員をフィアの背に乗せると再び全速力で籠城している建物へと向かった


静希が戻ると、丁度石動も戻ってきたところで二人は屋上で鉢合わせすることになる


静希はフィアの能力を解除させて再びトランプの中にしまう、そして鏡花に連絡を取って屋上から建物内への入り口を作らせた


「五十嵐、先程のあれは何だ?」


「ん?企業秘密と言いたいところだけど、あれは俺のペットだ、賢い奴でな、フィアっていうんだ」


職員を建物の中に入れた後、静希は笑いながらその後に続く


石動はあまり納得していないようだったが、とりあえず今は言及は避けたようだった


今はそんな問答を行っている場合ではないと彼女も理解しているのだろう


「明利、他に逃げ遅れた人はいないな?」


「うん、今のところいないよ、朝に世話してた人がほとんどだったから、他の職員さんは宿舎とか事務所にいたみたい、今城島先生と共同で人数確認してるところ」


中を見ると、どうやら鏡花が携帯電話を片手に職員一人一人の名前を読み上げているところだった、ここにきている人間をすべて把握するのが目的だろう、そこまで気が回らなかったと静希は苦笑するが、とにかく今は急ぐべきだ


もしゾウとかがこの建物に襲い掛かったらどうなるかわかったものではない


「明利、ルートは作れたか?」


「うん、この地図に幾つか作ってみたよ」


明利が持つ地図を見ながら静希は思考を加速する、いくつかのルートがあるとはいえ状況によって安全の度合いは変わってくる、適宜判断してルートを変えることを考えると脱出時は明利と樹蔵に随時索敵してもらうしかない


もちろん鏡花の能力で足場を作り奇形種が干渉できないようにするのが絶対条件だ、彼女への負担は増えるがここにいるすべての職員を無傷で安全な場所まで移動させるとなるとそれが最善であるように思える


「あの、静希君・・・鏡花ちゃんの能力で地下を進むわけにはいかないのかな?」


明利の言葉に静希は少し考える、だが首を横に振った


「確かに鏡花の能力で地下を進むのが一番安全だとは思うけど、時間がかかりすぎる上に負担が大きすぎる・・・この数の人間を一気に動かすとなると、地下に造る空間も、必要になる酸素も桁違いだ、それに水道とかのパイプを避けていくとなると現実的じゃない」


職員の安全を第一に考えるのであれば、その方法が最も適切な対応だろうが、事態はそう簡単にはいかない


なにせかなりの数の動物が逃げ出しており、その奇形化した動物達への対応も行わなければいけない


今はまだ陸上を主に動く動物だけで済んでいるが、鳥類などの空を飛ぶことのできる動物が檻から逃げ出した時、それらが園内から逃げ出すのを抑える術はない


それに城島達が尽力してくれているとはいえ、大型の動物が正門を破らないとも限らないのだ


その為いま求められるのは限りなく早く職員たちを園外に避難させ、鏡花の能力でこの動物園を完全な隔離状態にすること、そして動物園内にいる動物たちを行動不能な状況にすることである


もちろん簡単なことではない、移動させるためには鏡花や明利、樹蔵などの変換や索敵が行える能力者が必要になるし、園内に蔓延る動物たちを何とかするには戦闘が行える人間が必要だ


幸いにして静希達の能力だけでもなんとかなるが、確実に事を成すには二つのことを同時に行う必要がある


限られた戦力を二分するだけでも厳しいのに、同時にやらなくてはいつ動物たちが逃げ出すかわからないのがつらかった


「静希、職員の人たちの確認とれたわ、全員無事みたい」


「よし・・・あとはどうやってこの人たちを無事に脱出させるかだな・・・」


静希が悩み始める中、鏡花は周りに聞こえないように小さな声で静希に話しかけてくる


「ねぇ・・・あいつを出して獣除けを使うわけにはいかないの?この人たちの安全だけでも保障したほうが・・・」


「だめだ、もしあいつを出したら園内にいる動物たちが一斉に街に逃げ出すこともあり得る、奇形種を街に出すわけにはいかない」


メフィを外に出すことで動物たちを本能的に恐怖させ、その場から退避させる、確かにこの手を使えば静希達をはじめとし、この場にいる職員たちの安全は確保されるだろう


だが動物たちは一斉に逃げ出す、そうなった時動物園の周りにある街に逃げ出す可能性は大きい


そうなったらもうどうしようもない、本格的に大被害となってしまう、それだけは避けたいところである


「でもここだっていつまでもつか・・・動物達だってなんとかしなきゃいけないし・・・」


「・・・鏡花、この場所から職員全員を連れて移動したとして、園外まで最短でどれくらいかかる?」


静希の言葉に、鏡花は地図を見ながら自分の体調や集中状態を確認しながら軽く計算していく、可能な限り早く、そして安全に移動するために必要な時間


「・・・そうね・・・ここからなら・・・二十分・・・いえ十五分もくれれば」


「いいね、十分現実的な時間だ・・・」


現在位置から出口まではおおよそ三百メートルほど、鏡花の能力を使ってこの場にいる全員を安全に乗せられるだけの質量を変換し、守りながら移動して十五分ならまだ何とかなる


静希の頭が高速で可能性と選択肢を取捨選択していく中で、小さく歯噛みしながらため息をつく


「・・・よし・・・ちょっと荒っぽいけど・・・できることをするか」


考えがまとまったところで、静希はこの場で戦力になる全員を招集する、動物園からの脱出作戦をこれから話すためである


静希が全員を集めると、その顔はお世辞にもいい物とは言えないものだった

特にひどいのは石動の班の人間だ、こんな状況に立ち会ったことがないというのが一瞬でわかるほどに憔悴している


それに引き換え静希をはじめとする一班は特に変わった様子もない、この程度慣れたものだというかのような貫禄すら感じられる


「よし、これからの方針を発表する、意見があれば挙手してくれ、まず職員全員を連れて脱出するぞ」


静希の言葉に動揺したのは石動だった


「待て、まさかこれだけの数の職員を一度に移動させるとは言わないだろうな」


「そのまさかだ、他の動物が檻から抜け出す前に一気に移動させる」


静希の言葉に無茶苦茶だと言いながら石動は項垂れる、人数が多ければ多いほど守りにくくなるのは当然だ、可能ならば十人ずつの編成を組んで逃がしたいと思えるほどの状況なのだ


「もちろんただ歩かせるわけじゃない、鏡花の能力ででかい足場を作ってそれごと移動させる、そして、今回はチームを二つに分ける」


その言葉に反応したのは鏡花と明利だ


この状況でチームを分けるという事がどういう事であるか察したのである、特に今まで静希が考案してきた作戦を知っているからこそ、その内容をある程度予想することができた


「二つにって・・・一つは護衛として、もう一つは?」


「一つは鏡花と一緒に職員と脱出するための護衛、もう一つは奇形種をおびき寄せる囮だ」


静希の言葉に石動の班員は全員戦慄する


能力の有無が定かではないとはいえ、これだけの数の奇形種がうろついている危険地帯で囮をする、その危険性は十分理解できているのだ


先程の戦闘で、そのあたりは身にしみてわかっている様だった


「チーム分けを発表する、鏡花、明利、樹蔵、上村、下北は脱出班だ、鏡花は足場と移動に集中、明利は奇形種の密度とかを考慮してナビ、樹蔵は近づく奇形種の索敵、上村と下北はやってくる奇形種の迎撃だ」


脱出する方に組み込まれたことで樹蔵たちは安心しているようだったが、その言葉に反論する者が一人いた


「待て五十嵐・・・私や響は前衛だからまだいいが、まさかお前も残るつもりか?」


石動の反論は至極当然のものだと言えるだろう、耐久力や総合的な戦闘能力に定評のある前衛型ならまだしも、静希は完全なる支援型、このように大量の敵がいるような状況では命の危険さえある


前衛として第一線に身を置いてきた石動からすれば、承服しかねる内容だった


「いくらお前たちの戦闘能力が高いと言っても、持久戦をやるには必ずフォローが必要だろ、それともお前達だけで時間稼ぎができるか?」


「それは・・・」


静希の言葉に石動は言葉を詰まらせる


石動と陽太の能力を考えれば、決して不可能ではないだろう


だがあれほどの数を相手に、囮になるという事がどういう事か石動はわかっているのだ


鏡花たちが移動している間に、可能な限り奇形種を自分たちに引きつける、それはつまり奇形種とずっと戦闘しっぱなしの状態にするという事でもある

いくら戦闘能力が高くても、物量で押しつぶされればひとたまりもないのである、それを防ぐためにフォローは必要なのだ


近距離だけではなく、中距離攻撃を的確にこなせる人材が


先程壁を背にした状態で戦っていた時も、上村や下北のフォローがあったからこそ一定距離に奇形種を近づけさせないでいられたのだ


例え戦闘能力の高い前衛がいたとしても限界がある


「お前たち二人でそれができるならいいけど、陽太はそんな器用じゃないし、石動だって多少は消耗してるだろ?中距離支援ができる人間の中で残るとしたら俺が一番適役だ」


いくら前衛と言えど、高い集中力を長時間維持できるような精神力は持ち合わせていない、特に周りが敵で覆い尽くされているような状況では休むこともままならないだろう


熟練した、互いを知り尽くした前衛二人ならうまく連携し互いのフォローができるだろうが、この場にいる前衛はあまり組んだことのない二人、そんなことができようはずもない


石動の能力であれば中距離の攻撃もできるだろうが、接近戦を行いながらそれが長時間できるかと聞かれると、首をかしげてしまう、先程の攻防で石動はそれを理解していた


現在中距離支援が行える人間は四人


静希と鏡花、そして上村と下北である


「鏡花は職員を逃がすって役割があるため除外、上村と下北は二人で行動することが多いしそのほうが実力を発揮できるけど、前衛二人だけでの戦闘だと守り切れない可能性があるから除外、その点俺なら陽太とのコンビネーションは慣れてるし石動の能力も把握してる」


「だがお前の実力ではすぐにやられる、全方位から敵が襲い掛かってくるんだぞ、いくら私と響でも守り切れん」


石動の言葉に静希は懐からナイフを取り出し自分の右腕に突き立てる


深々と突き刺さった刃は肉を裂き、血を滴らせる


唐突な自傷行為に石動をはじめとし、静希の事情を知らない人間は動揺するが、静希がナイフを引き抜き、血を拭って見せると、傷がゆっくりと治っていくのを見ることができた


「それは・・・治癒か?」


「あぁ、何の因果かこういう能力も持っててな、多少の傷なら無視できる、俺を守る必要はない、俺はお前たちのフォローに徹する、この中の支援型じゃ一番生き残る可能性は高いだろ?」


自己治癒能力を持ち、中距離支援を可能にしている能力者


長期戦を視野に入れる現状においては、静希は最適と言える能力を有していることになる


「反論はないみたいだな、それじゃ一人ずつ詳しい注文を付けてくぞ、まず鏡花は高い足場で移動し続けてくれ、絶対に下にいる奇形種たちから職員の人たちが見えないようにな、送り届けたら正門と外壁を奇形種が絶対に超えられないようにしてくれ」


「了解よ、時間はかかるかもだけど、任せて」


これ以上の時間のロスは避けたいため静希は少し早口で指示を飛ばしていく、可能な限り早く、職員をこの場から退避させたい


危険を増やす前に安全を確保すれば、後は自分たちが自由に行動できるようになるのだから


「樹蔵、お前は自分たちの周りにいる奇形種を常時索敵して上村と下北に知らせ続けろ、二人は樹蔵の指示に従って奇形種に牽制、近づいてくるようなら攻撃だ」


静希の指示に樹蔵、上村、下北はわかったと了解する


この三人は能力の性質上、恐らく普段から連携を行っている可能性が高い、こういう時はセットで行動させておいた方がいい働きをするのだ


「明利、お前は奇形種の少ないルートを鏡花に教え続けろ、安全な道を最短で割り出せ、できるな?」


「うん、頑張る」


明利の力強い返事を受けて静希は懐からあるものを取り出す


それは静希が持っている拳銃のうちの一丁だった


「これをお前に預ける、いざとなったらお前が引き金を引いてみんなを守れ、いいな?」


「・・・うん・・・わかった」


静希と同じで射撃訓練を受けていた明利は慣れた手つきで拳銃の動作を確認する、静希からカートリッジを受け取りポケットの中にしまい込む


「あと、これも渡しておく」


静希が渡したのは邪薙の入ったトランプだった


「静希君、これはダメだよ、これは静希君が持ってないと」


「いや、お前が持っておくべきだ、お前だけじゃない、お前の周りにいる人を守るためにもこれは必要だ」


そう言って明利の懐に半ば強引にトランプを入れると、静希はトランプの中にいる邪薙に向けて意識を飛ばす


『邪薙、明利を頼む、職員の人たちにも傷一つ付けるな』


『守り神としての本懐を果たすときという事だな、承知した、任せておけ』


頼もしい言葉と共に邪薙は集中状態に入っていく


できることはすべてした、可能な限り明利達が安全に移動できるような配置をした


後はどれだけ自分たちが奇形種をおびき寄せることができるかにかかっている


「静希、一気に移動させるのはいいんだけど、全員屋上に移動させるのに結構時間かかるわよ?」


「あぁん?何をおっしゃいますやら、んなもん屋上ぶち抜いて足場作るとかできるだろ?」


静希の言葉に鏡花は絶句する


確かにできないことはない、鏡花の能力であれば建物の形を変えた状態で移動させることだって容易だろう


ライフラインなどの関係上から、建物そのものを移動させることは難しいだろうが、建物の形を変えることくらいなら簡単にできる


「無茶苦茶言ってくれるわね、どんだけ疲れると思ってんのよ・・・」


「それでも無理じゃないだろ?『天災』らしくいっちょ頼むよ鏡花姐さん」


静希の言葉に鏡花はあきらめたようでため息をつく


自分たちができる最大限のことをするしかない、それは鏡花も分かっている様だった


「俺らが出て、明利の索敵でここら辺の奇形種の密度が下がったら移動を開始してくれ、くれぐれも安全にな」


「わかってるわよ、あんたたちも気を付けなさいよ」


了解と言って静希は準備運動をしている陽太と石動の元へ向かう


陽太はいい集中状態を保てているようで、その表情から調子がいいことが覗えた


対して石動は体の動きがどこかぎこちない、恐らく緊張でもしているのだろう、たくさんの奇形種が周りにいるという状況自体が少ないのだ、無理もない


「静希、俺ら特に指示受けてなかったけど、やることって暴れるだけか?」


「あぁ、その場その場で俺が指示するけど、指示って言ってもたぶん移動とかだけだな、基本お前たちは派手に暴れるだけだ、俺がそれに合わせる」


「合わせると言っても・・・できるのか?今まで私とは組んだこともないだろう・・・?」


石動はどうやら静希のフォローが信じられないようだった


当たり前だろう、何度か手合わせしたことはあっても、実際に静希と共闘したことなどはないのだ


長年静希と一緒にいた陽太が何の不安も感じていないのは、偏に静希と過ごした時間の違いという事だろうか


「俺は本来支援系だっていっただろ?お前らが暴れやすいようにしっかりフォローしてやるよ」


石動としても、静希の言葉を信じたい気持ちはあるのだろうが、こういう信頼や安心は言葉ではだめなのだ、行動で示してこそ、誰かの信頼は得ることができる


「陽太、これ着けていきなさい」


「ん?なんだこれ」


鏡花が地面から能力で作り出したのは鉄でできたグローブ、いや巨大なメリケンのようなものだった


握ることのできるグリップがあり、その先には円柱状の鉄の塊がついている


重さは大体十五キロほどだろうか、両腕でつけられるように二つ用意されたそれを陽太は手に取って装着してみせる


「槍を作るなら必要でしょ、頑張りなさい」


「おうよ、任せとけって」


快活に笑う陽太の笑みを見た後で、鏡花は明利と共にこれからの方針を決めはじめた


それを見ながらもまだ石動が気落ちしているのを察したのか、陽太は呆れながら石動の肩を軽く叩く


「まぁそう気張んなって、静希が全力でフォローすれば問題ねえよ」


「・・・そうか・・・」


陽太が緊張をほぐそうとしているが、どうにもまだ固い、これは少し様子見しながら戦ったほうがいいかもしれないなと思いながら、静希も軽く準備運動をする


「よっし、それじゃちょい行ってきますか」


鏡花に屋上への道を開いてもらい、静希達は奇形種の大群へと挑む


日曜日+誤字十五件分溜まったので合計五回分投稿


ここ数日すごい勢いで投稿してますね、誤字マジパナイッス


これからもお楽しみいただければ幸いです

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