動物園での異常事態
「どうする静希?これもう絶対何かあるでしょ・・・」
「あぁ・・・とにかく先生に報告と・・・あと全部の動物の同調を済ませておかないとな・・・今夜職員の人とも話して精密検査とかもさせないと・・・万が一の場合閉鎖もあり得る」
この短時間の間に生まれた奇形種は三匹、明らかに異常だ
この動物園の中で何かが起こっている、それは間違いない、だが何が起こっているのかがわからない
明利の言っていた成分のせいなのか、調査を早めなくてはならない
「明利、ちょっとハードスケジュールになるけど、頼むぞ」
「うん、任せて」
明利ばかりに負担を強いるわけにはいかないが状況が状況だ、少しハイペースでマーキングを済ませる必要がある
静希は城島に電話をかけようと移動しながら携帯を取り出す
『もしもし今度は五十嵐か、また何かあったか』
「何かあったなんてもんじゃないです、この動物園、封鎖したほうがいいですよ」
先程の鏡花の報告と今の静希の報告からただ事ではないという事を把握したのか、城島は深々とため息をついた
『とりあえず何が起こったのか教えろ、でなければ反応もできん』
「奇形種がまた新たに二体生まれました、サイとクジャクです、もしかしたらもっと増えるかも」
鏡花からサイが奇形種になったということは聞いていただろうが、また更に奇形種が増えたという報告に城島は今のこの動物園に起こっていることを把握しかねている様だった
静希自身一体この動物園で何が起こっているのか正確に把握できていない、怪しいのは餌なのだが、そちらを確認するよりもまず動物達への同調をするのが先だ
明利の能力で索敵網を敷いてしまえばどこでどの動物に変化があるのかを瞬時に把握できる、職員たちの安全を考慮すれば完全に退避させるべきだが、彼らの仕事は動物たちの世話だ、そう易々と退避してくれるはずがない
そうなると静希達が動き回って適宜対処していくしかないのである
『これからどうするつもりだ?』
「すべての動物に対して明利のマーキングをするつもりです、その後奇形種が確認でき次第対応します・・・先生には専門家と万が一を考えて軍の出動を打診してもらえますか?」
もしこれから先奇形種が増えていくのであれば、周囲への対応と奇形種の制圧のためにも専門家と軍の存在は必須だ
静希達と石動達を含めても八人だけ、これでこの動物園をすべて対応するには人手不足だ
『構わないが・・・時間がかかるぞ、少なくとも今日明日でここに来られるかどうか・・・』
「鳥海さんの部隊は今どこに?近くにはいないんですか?」
『・・・奴らは今北海道で仕事中だ、今から呼ぶのは無理だろうな』
以前エルフの村に行ったときは城島が個人的に付き合いのある鳥海の部隊と連絡を付けて出動させたが、今回はその手は使えないらしい
可能な限り早く軍の監視下に置きたいところだが、今はそうも言っていられない
「あと先生、職員の方々に注意勧告と、餌や水のチェックをするようにお願いします、誰かが餌に何かを混入しているか、あるいは動物に直接何かを与えている可能性があります、それと委員会の方に奇形種の回収もお願いしてくれるとありがたいです」
突然動物が奇形化するなどと言う変化が起こっている以上、明利が言っていた成分が何らかの影響を与えている可能性が大きい、となれば食べ物などから摂取していると考えるのが自然だ
『ふむ・・・わかった伝えよう、そちらは極力無理はするな、何が起こるかわからない、注意しろ、万が一の場合は処分しても構わん』
「了解です、それでは失礼します」
通話を切るころには次の目的地であるライオンたちの収容されている檻に到着し、静希達はすぐさま職員に話をつけ檻の中に侵入していった
ライオンたちが過ごしているのは小高い丘のように岩や土がむき出しになっている場所だった、有効視界は限られるがかなりの数のライオンがいるのが確認できる
元々群れで生活する動物なだけあってその数は十を軽く超えていた、嫌気がさすがあまり時間はかけていられない
「明利、固定するから一気に走ってマーキングしちゃいなさい!静希は明利のフォロー、陽太は私の護衛!」
「りょ、了解!」
「了解」
「了解任せろ!」
檻に入った瞬間、鏡花は目に見えるすべてのライオンに対して拘束を行う
地面の形が唐突に変わり自らの動きを拘束するのに対して、ライオンたちは全く反応できていなかった
異常事態にライオンたちは呻きもがくが、鏡花の拘束からは全く抜け出すことができずにいた
明利と静希が全速で駆け抜けながらその体に触れていき、マーキングを施す中、丘の向こう側から異常事態を察したのか三匹のライオンが顔をだし、静希達に接近してくるのがわかる
だが静希達の位置から見えても入り口付近にいる鏡花たちからは見えていないようだった
鏡花に拘束させるにはこちら側におびき寄せる必要がある
その姿を確認すると同時に静希は明利を隠すようにライオンの視線上に体を移動させて明利を見えないように隠す
どうやらライオンは静希が敵であると判断したのか牙を剥き出しにして威嚇している
攻撃してくるのも時間の問題かもしれないが、とりあえず拘束されている分だけでも早く終えるべきだ、安全よりも時間の方が今は優先される事項である以上、多少の無茶も必要なのである
「静希君、あとは上にいる三匹だけだよ」
「オーライ、鏡花!俺が気を引くから拘束頼むぞ!陽太!一旦明利の護衛も頼む!」
静希は明利から離れ、ライオンたちに近づいていく、その言葉と同時に明利は陽太の方へ、陽太は明利の方へ近づきすぐに対応できるように身構えた
威嚇をするライオンに自ら近づくことで、さらに警戒心と敵愾心を煽り、こちらへの攻撃を促す、そして次の瞬間丘の上から静希めがけて飛びかかって来た
ネコのような跳躍を見せ、飛びかかって来たライオンの爪と牙を静希は左腕を前に突き出すことで防御して見せる
思い切り左腕に対して噛みつき、爪を立てて攻撃するが静希の左腕は義手、痛くもかゆくもなかった
だが一匹の攻撃を防いだだけでは意味がない、ライオンはもとより集団で狩りをする生き物、正面から飛びかかったライオンは一匹、そして二匹のライオンが静希の左右から襲い掛かっていた
だが左右から大きく回り道して移動したその姿を、鏡花は正確にとらえていた
能力を発動し地面から生えた腕が静希めがけて飛びかかったライオンを即座にとらえ拘束する、そして静希の左腕に食らいついている一匹も、静希が体ごと腕をひねることで体勢を崩し地面に転がるように打ち伏せられ、他の二匹と同じように拘束される
静希はすぐさま丘の上に上がり他にライオンがいないか確認を始めた
目に見えるライオンはすべて捕縛した、そしてもう自由に動く個体はいない
「明利!安全だ!走れ!」
静希の確認が終わると同時に明利は三匹の元に走りそれぞれに触れてマーキングを終了する
そして静希と明利は全力で鏡花たちのいる方へ走り、全員で檻の外へ出ると鏡花はライオンたちの拘束を解く
拘束から解かれたライオンたちは最初静希達に対して威嚇を続けていたが、自分たちがほぼ無傷であることと、すでに檻の外にいるという事実からこれ以上の追撃は不可能であると察したのか、丘の向こう側へと早々に移動していった
「ふぅ・・・あー危なかった・・・服とスキンがぼろぼろだ・・・」
「ひどいわね、今直すからちょっと見せて」
ライオンに噛みつかれ爪を立てられたせいで引き裂かれ、下にある銀色の装甲がのぞいてしまっている左腕を見て鏡花は即座に能力を発動して元通りに直して見せる
「おっしゃ、次は?次はどこに行く?」
「次は虎ね、まぁライオンよりは楽でしょ・・・たぶん」
個体数はその生態からライオンより虎の方が少ないだろう、その分虎の方が体は大きいが、鏡花の拘束をかければ問題なく触れることはできるだろう
全員で再び移動を開始すると明利の索敵に何かが引っ掛かる
「・・・!静希君!また・・・奇形種が・・・!」
「マジか!今度はどこだよ!」
「えっと・・・ミニブタ!血が流れてる・・・!」
今まで大きかったり派手な動物だっただけにミニブタという動物が奇形した時どういう風になるのか想像できなかったが、ミニブタとはいえ暴れだした時どうなるかわかったものではない
「しかたない、石動に連絡して何とかしてもらうか、鏡花、サイの拘束は大丈夫だよな?」
「えぇ、少なくともちょっと暴れたくらいじゃ拘束は解けないわ」
サイの方を任せていた石動にミニブタを拘束、及び眠らせることができれば静希達が出向くのは後でも問題ない
静希は再び走りながら携帯を取り出し石動に電話を掛ける
『もしもし、五十嵐か、いきなりいなくなったから心配したぞ』
「悪い、そこら辺の話は後だ、ミニブタの檻で奇形化してる奴がいるらしい、そっちに行って拘束と睡眠薬の投薬を頼む」
静希の言葉に、石動も今この動物園で何が起こっているのかを察したのか、わかったすぐに向かうと返事をして通話を切った
これから先行動するのは班ごとの方がいいかもしれない、石動のことだ、すぐに班員に連絡して合流するだろう
「オッケーだ、俺たちはさっさと虎の方に行くぞ、虎を終えたらあと何種類だ?」
「あとは・・・チーターとカンガルー、それにカバにラクダ・・・まだまだいるね」
「まだまだ結構あるわね・・・急いだ方がよさそう」
「っていっても、明利は一人だし・・・時間かかるな」
肉食動物と大型動物、残りは数えられるほどの種類になったが、その数は大したことないが急いだ方がいいとなると少々厄介になるかもしれない
「ところで明利、動物たちの体調に変化はないのか?奇形するまで何の変化もなかったか?」
先程、二回ほど奇形の瞬間を感じ取った明利だが、首を横に振って見せる
「ううん・・・体調に関しては全く変化はなかったの、同調したときから変わってなかったし・・・本当に急に出血したりしてて・・・」
「事前に察知するのは難しいってことね・・・後手に回ってばっかりね・・・」
明利の索敵でも反応を探知できないというのは厄介だった、事前に何か反応があれば奇形種が生まれる瞬間をしっかりと認識した状態でその体の状態を把握できるかもしれないのだが、なかなかうまくいかないものだ
「マーキングが終わったらいったん石動達に連絡とって先生の所に戻ったほうがいいかもな、これからの方針も確認しておきたいし・・・」
城島達への報告というのもそうだが、石動達ともしっかり状況確認と対応の指示もしておきたい、これからも奇形種が増えるのであれば速度と対応力が必要になる、いつまでこれが続くかわからないのだ、今のうちに行動方針を決めておいた方がいいと思ったのだ
静希達が残った動物たちにマーキングをする間も、三匹ほど奇形種が生まれ、その度に石動や鏡花が拘束しに行き、かなり時間をかけてすべての動物へのマーキングが終了する
時間にして十四時、昼食をとる暇もなく動き続けたせいでそろそろ空腹の限界が来ていた
石動達と連絡して一度宿舎の方へ戻ることにし、昼食を食べるついでに教師陣への報告と今後の行動方針を決めることにした
食堂には静希達と石動達、そしてそれぞれの担当教官と、この動物園の責任者である遠藤も同席していた
今後の行動を思案するうえで、最終確認をしなくてはいけないのだ
「以上がこれまでの報告です・・・この様子だとたぶんこれからも断続的に奇形種が増えることが予想されます」
「今後は各班で行動し、明利が奇形種を確認したら即座に現場に近い方の班が急行、奇形種を捕縛する方向で行こうと思います」
鏡花に続くようにそう述べた石動に、教員は資料を作成しながら何度かうなずく、その中で城島が昼食を口に放り込みながら眉をひそめていた
「それは構わないが、奇形種が発生するまではどう動くつもりだ?よもやただ園内を徘徊するだけじゃあるまいな」
「それなんですが、奇形種が増える原因として、動物たちが摂取しているものを徹底的に調べようと思っています、具体的には餌や備蓄してある薬品など、もし異常が見つかればそれらを完全に取り除けば奇形化は止まるのではないかと考えています」
鏡花は静希に視線を一瞬向けた後城島にそう言うが、実際それ以外に静希達にできることはないのだ
明利が調べた結果浮かび上がった謎の成分、どうにも普通の方法で摂取したとは考えにくい、だからこそ第三者の介入を視野に入れて餌や薬品などに細工をされているのではないかとにらんだのだが、もしこれが外れていた場合、静希達になす術はない
この動物園付近の魔素濃度は安定している、何より何年も過ごしてきた動物たちが急に奇形化する事態が異常なのだ
摂取したもののせいで奇形化するというのも静希には考えられなかったが、元より奇形化は魔素の過剰摂取が原因でも起こる現象だ、静希の右手がいい例である
問題はなぜ動物たちにそれが起きているのかという事だ
「それ以外に何かやるべきこと、やりたいことは?」
「・・・先生方には委員会や軍へのパイプ役をお願いしたいです、これから奇形種が増えるとなると俺たちだけじゃ手に負えなくなるかもしれませんから」
鏡花の提案に城島も石動達の教員も問題なく了承してくれた
奇形種が大量に現れるという時点で難易度は当初設定していたそれよりも何倍も高くなっている、しかもその奇形種の数が増え続けるかもしれないとなると以前静希達が行った樹海の難易度にかなり近づくと考えていいだろう
「それと遠藤さん、これは一応伝えておくべきことですが、職員の方々を可能な限り動物に近づけないように言ってください、もし奇形化したときに近くに居たら怪我するだけじゃ済まないかもしれません」
「わ・・・わかりました・・・ですが我々の職務上、どうしても近づかなければいけないこともあります」
「その場合は可能な限り我々が護衛を務めます・・・無論状況によってはそれも不可能なこともあります・・・その場合は自己責任という事になりますが・・・」
無能力者に対して自分の身は自分で守れというのは酷な話だ、だがそうでもしない限り静希達だけでは圧倒的に人手が足りないのも事実である
そして静希が鏡花に視線を向けると、鏡花はわかっているわよと表情で示した後で遠藤に向き直る
「それと、これは緊急時になった場合のことですが、園内の動物の処分をその場で行うことがあり得ますので、その点はご容赦ください」
処分
鏡花は言葉を濁したが、要するに職員に危険が及ぶかもしれない場合、そして多くの現場で奇形種が確認され一つ一つの現場に時間をかけられない場合などには動物たちをその場で殺すことも視野に入れているという事である
遠藤も当初、奇形化した鹿を捕縛あるいは処分という風に言っていたが、あの時はたった一匹だった奇形種は、すでに片手では数えられないほどに多くなっている
これ程の数が奇形化したことを考えると、もっと増える、その場合の動物園側の損害は計り知れない
「それは・・・可能なら・・・生かしたままで・・・」
「もちろん私たちとしてもそのつもりです、ですが能力者は万能ではありません、全力はつくしますが動物たちの命より職員の方々の命の方が優先されます」
遠藤の言葉に鏡花は真剣に返すが、どうやら遠藤は損得勘定だけで殺してほしくないと言っているわけではないようだった
当然と言えば当然だ、今まで自分たちが世話してきた動物が殺されるなど考えたくもないだろう、どんな形でもいいから生きていてほしい、そう願うのは鏡花にも十分理解できた
「あと遠藤さんには餌や薬品を仕入れている業者のリストを作っておいてほしいんです、もし問題が発覚したときにすぐに調査できるように」
「・・・わかりました、職員に作らせておきます」
そう言う遠藤の顔色はお世辞にも良い物とは言えない
気の毒というほかない、突然原因不明の奇形化騒ぎ、一匹だけだと思っていたそれは動物園全体に広まりつつある
もはや動物園の損害などと言うレベルの話ではなくなりつつあるのだ、一つの生物災害と言ってもいい段階に入ってしまっている、このままいけば周りへの被害も出てくるかもしれない、なんとしてもこの場で食い止めないといけない
誤字報告が十件たまったので三回分投稿
今のところ感想998件の内誤字報告が入ってない純粋な感想が430件、ただの感想の率が43.08%です・・・誤字報告多すぎぃ!、自分のせいなんだけれども!
これからもお楽しみいただければ幸いです




